音楽

2009/06/15

■週末音楽■ SAVATAGE / STREETS A ROCK OPERA

アメリカのへヴィ・メタル・グループなのだけど、ヨーロッパの香りがする曲づくりや演奏が気に入ってる。タイトルどおりロック・オペラ風のアルバムで、ドラマティックな構成や演奏が楽しめる。とくにギターは力強くもメロディアスな哀愁を漂わせ、ときおり入るピアノとともに情感を盛り上げる。オーケストラ代わりのキーボードは入っていないけれど、ギターが音に厚みを加えるアレンジが施されていて、ちょっとシンフォニックにすら聞こえたり。ヴォーカルがいかにもへヴィメタリックなシャウトだらけなのが少し残念。もう少し抑揚のある「唄」を聴かせてほしかったな。


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■週末音楽■ KISS / ALIVE


KISSの最初のライヴ盤。そんでもって、名盤。古い録音のうえ、自分が持っているのは古いCDなので、音はもこもここもり気味なところはあるけれど、それがむしろロックの迫力や力強さを感じさせる。キャッチーなメロディを持ったストレートなロックが、いま聴いてもかっこいいです。彼らってメロディメイカーだよな。

  

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2009/06/03

■平日音楽■ Triumph / In the Beginning

カナダのロック・グループ。たぶん、デビュー作。のちの作品ではストレートなロックながらもテクニカル(とくにギター)かつドラマティックな楽曲が増えていくのだけど、このアルバムではまだ、だいぶシンプルな感じ。いかにもロックン・ロールぽい雰囲気もある。だけど美しいメロディはすでにあちこちにちりばめられてて、魅力の片鱗がうかがえます。そしてやっぱりギターがうまいよな。

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■平日音楽■ Scorpions / Love at the First Sting

ドイツのロック・グループ。ストレートなハード・ロックですね。ところどころに哀愁のメロディが見え隠れするところがヨーロッパ。でも曲のコアはあまり凝ったところのないシンプルなもので、ちょっと平凡というか、退屈を感じたり。ヴォーカルの声質と歌い方に独特の湿り気と伸びやかさがあって魅力的。

  

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2009/06/01

■週末音楽■ Sky / 3

クラシック・ギタリストのジョン・ウィリアムス率いるポップ・ロック・グループ。日本では(外国でも?)プログレ系のグループとして扱われることが多いように思うのだけど、また、自分も当時はそのつもりで聴いていたようにも思うのだけど、冷静になっていま聴けば、プログレというよりはイージー・リスニングとかのほうが近いよね。ただ、メンバーがみな芸達者で、たんにBGMにしておくにはもったいない演奏とアレンジを聴かせてくれるので、プログレ系のリスナーにも耐えられるんだな、きっと。


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■週末音楽■ Vow Wow / Cyclone

めっちゃひさしぶりに聴いた。日本人離れしたパワフルなヴォーカル。華麗なキーボード。テクニカルなギター。すごく演奏のうまいグループだよな。だけどなぜか、ロックを聴いたときのワクワク感がね、湧きあがってこないんですよ、このアルバム。学生時代に聴いたときもそうだったのだけど、いま聴いてもやっぱり同じ。どうしてなのかなぁ。旨いんだけどなぁ。

  

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■週末音楽■ Andrea Chimenti / Il porto sepolto

たぶん日本ではほとんど誰も聴いていないだろうし、本国イタリアでもいったいどれだけの人が彼のことを知っているのかわからないけど、でも、彼の曲はなかなか染みるのです。収録時間の短い、ほとんどミニ・アルバムのような作品ですが、どこか枯れた哀愁漂うオーケストラとつぶやくような地味な歌声には、なんともいえないセンチメンタルとロマンティシズムを感じるのですわ。


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2009/05/18

週末映画&音楽

■アルゼンチンババア■
たぶん、いい感じの個人&家族再生ストーリーなんだろうと思うのだけど、どうもしっくりこない。物語のカギとなり、タイトルともなっているアルゼンチンババアの描き方が甘いというか、もうひとつ深みが足りないからかな。アルゼンチンババア役の京香さんの芝居自体は悪くないと思うのだけど、ババアというにはあまりに若く美しすぎ。本来はいったい何歳の設定だったのだろう。このあたりにもしっくりこない理由がありそう。しかし、この映画での堀北さんはめっちゃ可愛いなぁ。

  


■キサラギ■
物語の早い段階から少しずつ伏線となるヒントをちりばめ、終盤に向けてそれらがきちんと残らず拾われひとつの結論へとつながっていくつくりがとてもうまいと思う。前半がちょっともたもたするけれど中盤以降はテンポも展開も速くなり、飽きない。役者さんたちもみな芸達者というか、よく役にはまっていると思う。最後にやっと姿が映し出される如月ミキのどうしようもなくD級な感じもうまいな。

  


■ミッション・トゥ・マーズ■
何度か見たことがあるのに、どうしてもストーリーが覚えられないというか、印象が薄いのは、エンディングがあまりにあっさりしているからか。救出ミッションとか、それなりに緊張感とドラマ性があって盛り上がるのだけどな。そんで、火星人はいったいなにがしたいんだ?

  


■ランドリー■
う~ん、ファンタジーだから、まぁいいのか。おまえらふたりとも、ひとりじゃだめだけど、ふたり一緒なら大丈夫、とかいうセリフが劇中にあったけど、たぶん、ふたり一緒でもダメだと思うぞ、現実的には。ふたりとも現実とは少し距離を置いた場所にいるから、その場所に居続けるかぎりはふたり一緒でいいかもしれないけれど、いつかは現実に直面するだろうし、直視しなくてはいけないときも来るだろうし、あるいは正気に戻ることもあるだろう。そのときに、この相手とは続けていけないと感じる日も来るだろうなぁ。でも、ファンタジーはいつか現実世界に帰ってこなければならないといったのはイギリスの作家だったか。その意味では、よくできたファンタジーなのかもしれない、これも。

  


■青の炎■
公開時に劇場で観て、これは原作本が読みたくなると思うくらいになかなかおもしろく感じ、実際に原作本を読んだらかなりおもしろくて、そしてひさしぶりにまた映画版を観たわけだけど、原作小説を読んでしまったあとに観ると間引かれ具合の多さにかなりびっくり。原作にあった気持ちの揺れとか心の機微とかがずっぽり省かれ、ほとんどあらすじというかダイジェストというか、そんな感じになっちゃってたのね、これ。でも、その分、描かれていない隙間を想像する楽しみがあるともいえる。いえるけど、やっぱり原作を読んじゃったあとだと、原作にはかなわんなぁと思ってしまう。彼の最後の決断だって、そこに至るさまざまな葛藤や想像や想いが、この映画からはなかなか想像しきれないよなぁ。

  


■ゾンビーノ■
ゾンビ映画のふりをしてるけど、実はすごくアメリカらしい、それも、古いアメリカ映画っぽいホームコメディというか、家族再生ストーリーなんだね、これ。ゾンビ映画とかホラー映画とかを期待して観ると思いっきり肩すかしだし、コメディ映画としてはかなりの変化球。観る人を選ぶというか、観る人に選ばれたくないというか。変な味わいのあるほのぼのスプラッターもどきでした。

  


■Yngwie Malmsteen's Rising Force / Marching Out■
懐かしい。セカンド・アルバムだっけ。この人のつくる曲って、ギター・ソロはえらくかっこいいのだけど、バッキングのアレンジとか歌メロに魅力がないんだよな。少なくともこのころは。でも、学生時代に一生懸命コピーしたわ。半分くらいのスピードで(^^;)。

  


■Europe / Europe, Wings of Tomorrow■
スウェディッシュ・メタルのトップ・グループというか、北欧メタルのブームを牽引した人気グループというか。たしかにクラシカルな響きとかはちょっとあるんだけど、でも実は意外とアメリカンな感じですよね、冷静に聴けば。このあたりの、メイン・ストリームにほんのりユーロピアンなテイストを混ぜたバランスが受けたのかしら。人気はあったけど、メロディの魅力は薄いし、アレンジも野暮ったいよなぁと、あらためて思う。

  

  


■Carmen / Fandangos in Space■
フラメンコ・ロックの印象が強いグループだけど、出身はたしかスペインじゃなくてイギリスですよね。実際、たしかにスパニッシュ・テイストなギター・アレンジも聞かれるけれど、アルバム全体を包む雰囲気はとてもブリティッシュ。むしろカンタベリー系とかの雰囲気があったりして。そこに紛れ込むスパニッシュなアレンジがむしろ異質で、その異質さがおもしろい感じです。


  


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2009/05/07

休日映画&音楽

■スクール・オブ・ロック■
公開時に劇場で観て、最後の演奏シーンでは思わず客席にいた他の観客と一緒に拍手してしまったのを思い出す。テレビだとやはり、画面も音も迫力不足になってしまうのは否めないな。でも、やっぱりロックはかっこいい。スクール・オブ・ロックが奏でる曲も、とくにドラムとキーボードがいいね。自分はやはりハードなロックンロールが好きなんだなと思い出させてくれる映画。

  


■ボーン・アイデンティティー■
なかなかスリリングな展開で、途中でだらけることなく緊張感も続き、よくできたエンタテインメント作品だと思う。ラヴ・ストーリー部分も必要最小限に抑えてあるのが好ましい。記憶喪失になった理由と喪失の程度がもうひとつ納得できない気はするし、追手側の決着のつけ方があれでいいのかというのも気にはなるけど(だから続編があるのか?)、鑑賞中はそれを感じさせないほどに引き込ませるおもしろみがあった。

  


■そのときは彼によろしく■
まだ長澤まさみがお母さんぽくなる前の若くて可愛かった姿を堪能する映画。細くて長い足の美しさが印象的。たくさんセリフをしゃべらせたり、楽しくはしゃいでいるような芝居をさせると、とたんにちょっとアホっぽくなってしまいがちな女優さん(なのか?)なので、こういうふうにあまりしゃべらずはしゃがない役のほうが魅力的に映る。ストーリーは、まぁ想定の範囲かな。少女コミックなどにありがちなちょっと切ない幼馴染辛みのラヴ・ストーリーに、難病&死者による救済の連鎖を組み合わせてみましたと。しかし、眠ったら目が覚めなくなりそのまま死んじゃう病気ってなんだよ? そういう病気が本当にあるのかしらん??

  


■Flash & The Pan / Lights in the Night■
デジタリックというかエレクトリックな演奏がけっこう躍動的。メインのヴォーカルはとくにメロディらしきものはなく、電気処理をされた声でしゃべるだけ。でも、さびの部分やコーラスにははっとするメロディがちりばめられ、突然のドラマティック&メランコリックな展開があったりと、一筋縄ではいかない独特のポップセンスが堪能できる。「Welcome to the Universe」とか好きで学生のころはよく聴いたな。最後の鐘の音がもうたまらん。

  


■Genesis / And Then There Were Three■
そして3人が残った状態でのアルバムだけど、音の分厚さや繊細さ、精密さはけっして薄まることはなく、ロックとしての迫力やダイナミズムはむしろ増しているように感じる。すっきりとクリアかつメロウでロマンティックなところもあって、ポップさとハードさとプログレッシヴさのバランスがとれたアルバムだと思う。

  


■Therion / Gothic Kabbalah■
近所の中古盤屋で購入したら、店員に「マニアックなものを買いますね」といわれてしまった。人気ないのか、このバンド? プログレッシヴな感性が強く感じられるオーケストラ入りクワイア・ロックとしては前々作あたりがピークかな。前作の2枚組ではオーケストラやクワイアの要素は残しつつもストレートなへヴィ・メタルへの回帰傾向が感じられ、個人的にはちょっと残念に感じていたのだけど、続く今作もその延長上にあるようで、もうこのままこっちの方向へ進むのかな。まぁ、もともとはたしかストレートなデス・メタルかなにかだったし、このグループ。稀有で特異な音楽性は後退し、比較的ありきたりな感じのするオーケストラ&美声コーラス入りへヴィ・メタルといった感じ。

  


■Kate Bush / The Whole Story, The Dreaming■
ガラスのように透き通った、硬いけれどある方向・角度からの衝撃にはもろくも砕け散ってしまうような歌声。繊細で、奥行きがあって、儚げで、力強く、孤独で、包容力のある、さまざまな面をみせる楽曲。やっぱり唯一無二。初期から中期のベスト盤である『The Whole Story』ではその多彩さが感じられ、中期の『The Dreaming』は感性の鋭さが日常の枠を突き破り痛々しげですらある。美しい調和と美しい不調和に彩られたお伽の世界。

  

  


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2009/04/30

休日映画&音楽

■惑星ソラリス■
古くからの映画ファンの間で評価の高い作品だけど、う~ん、どうかなぁ。原作小説を何度か読んだことがあり、具体的にはよくわからないものの自分のなかで「ソラリス」という物語のイメージがある程度できてしまっているからなのだろうけど、なにかが違う、という印象が残ってしまう。とくに終わり方があれでいいのかというか、あの方向なのか、というのがね、どうもね。
序盤のほうでも、東京の首都高速(だよね?)を使ったシーンは印象的だけど、どことも知れぬ田舎から帰る人のクルマがなぜ首都高を走ってるんだ? そしてどこに向かってるんだ? といったん思ってしまうと、もうちぐはぐな印象ばかりが強調されてしまう。もちろん、監督としては「首都高」を見せたかったのではなく、首都高の持つ当時としてはある種近未来的な感じとか、うねうねとうねる高速道路が上下左右に絡まるように伸びている様子でこれから始まる混沌としたストーリーを暗示したかったのだろうとは思うのだけど、だとしても、使った材料が自分にとってはあまりに具体的過ぎ、イメージを膨らませるよりは現実に意識を固定する方向に作用しちゃった。
そう、原作小説は非常にイマジナリーで、読むうちにどんどんとイメージが広がっていくのに対し、映像で映し出す映画はどうしても視覚に影響されイメージが固定していってしまう。それが観終わって感じた違和感の正体なのかもしれないな。

  


■Sweet Rain 死神の精度■
題材・アイデアはおもしろいのに、なんだかぬるい方向でストーリーをつくっちゃったなぁという印象。最初のほうのエピソードに出てくる電話ストーカーの正体からして、もうそんなのありえないよなぁと引いてしまい、なんか話に入り込めなかった。ファンタジーなのでコアとなるストーリーが荒唐無稽なのはかまわないけれど、ファンタジーだからこそファンタジーを信じさせる細部のこだわりとかって重要なんだけどねぇ。死神を狂言回しに人の生きる姿を描こうとしたのかもしれないけれど、ただの雰囲気映画になってしまった感じ。

  


■Night Ranger / Midnight Madness, Seven Wishes■
懐かしい。元気なアメリカン・ロック。学生時代にライヴで演奏する必要が出て、ギターをコピーするために手に入れたんだったなぁ。そんな理由がなければ、たぶん聴かなかったであろうグループ。わかりやすくてキャッチーなメロディだけど、あんまり魅力的には思わない。でも、派手なツイン・ギターをはじめあちらこちらに華やかな雰囲気があり、それはそれで悪くないね。

  

  


■Van Halen / Van Halen■
懐かしのファースト・アルバム。これもギターをコピーしたくて手に入れたんだった。元気でパワフルなアメリカン・ロック。夏の暑い盛りに聴きたい。というか、それ以外の季節にはとくに聴く気が起きない。かっこいいとは思うのだけど、あまりのめり込めなかったグループだな。

  


■Journey / Escape, Frontiers■
『Escape』はライヴでギターを弾く必要に迫られて手に入れたのだった。当時、ずいぶんはやったよなぁ。キャッチーなメロディとほどよいハードさは、いま聴いても心地いい。あんまり派手なことも難しいこともしていない感じだけど、実はけっこう細部まで丁寧に演奏されているところが好ましい。このアルバムあたりで一気に人気が高まって、さらなる大衆アピールをめざしたのか、そのあとにリリースされた『Frontiers』ではずいぶんと派手な印象になってしまった。これはこれで悪くないんだけど、ちょっと狙いすぎな印象もあるな。

  

  


■Riot / Rock City■
これは高校生のときに初めて聴いたのだったか。メロディアスでスピーディなハード・ロック。こういうメロディっくなロックはやっぱり好きだ。


  


■Toto / Fahrenheit■
学生だった当時ずいぶん人気があったグループで、所属していたサークルの部員たちやバンドのメンバーにもファンが多かったのだけど、自分はあんまり好きじゃなかった。なのでアルバムとしてちゃんと聴いたことがあるのは、実はこれだけ。曲調もそうだけど、何よりヴォーカルが苦手だったんだよなぁ、このグループ。でもこのアルバムではヴォーカリストが変わり(たしか、この1枚にしか参加していないヴォーカリスト)、なんとか聴けるようになった。適度に抑制のきいた華やかなコンテンポラリー・ロックといった印象で、そこそこに力強さもあって悪くない。

  


■The Doobie Brothers / Captain & Me■
有名なヒット曲「Long Train Runnin'」が聴きたくて手に入れたのは高校生のころだったか。ひさしぶりに聴いた。やっぱ「Long Train Runnin'」のイントロはカッコイイね。ギターのカッティングに意識が行きがちだけど、そのバックにアルペジオ風の演奏を重ねるあたりのセンスが好き。しかしこのグループも暑苦しいな。聴くのは夏だけでいいや。

  


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2009/04/13

週末テレビ&音楽

■救命病棟24時 第1シリーズ■
権利関係の問題かなにかでいまだにDVD-BOX化されていない第1シリーズだけど、海外の動画サイトを丁寧に探せば全話が見られたりする。画質はかなりきついけどね。あと、中国語の字幕が邪魔だけど。でも、ドラマ自体は素晴らしい。第2シリーズ以降はほとんど超人&スーパーヒーロー化している新藤先生が、まだきちんと人間なのがいいな。こういったさまざまな苦悩を経たうえでの、第2シリーズの新藤先生だし、第3シリーズの新藤先生なんだと思うと、さらに趣深い感じ。中国あたりでこのインターネット動画版とほぼ同レベルの画質クオリティらしい海賊版DVD(VCD?)のボックスセットが売られているらしいけど、正規版としては第3シリーズ放送の少し前にテレビで放送された総集編スペシャルのディレクターズカット版しか入手できない第1シリーズ。でも、このままお蔵にしてしまうには惜しいなぁ。ぜひ完全版での正規再発を望む。

  

■外科東病棟 / ガン病棟八階■
緒方拳演じるガンで余命数カ月の外科医が主人公のテレビドラマ(かな?)。どちらも1時間半程度の上映時間で、『外科東病棟』の終わり方が微妙に中途半端だったので、2本で1作品というか、前後編みたいなものなのかなと思って続けてみたら、意味合い的にけっこう重要な役割である主人公の元妻の配役が変わっててびっくり。どうやら『外科東病棟』の評判がよかったのであとから続編として『ガン病棟八階』をつくったようだ。しかし、こっちはこっちでやっぱりなんだか中途半端な終わり方。う~む。


■宇宙戦争■
地上波で。小娘うるさい。息子自由すぎ。子供ってほんと邪魔くさい。自分だったら間違いなく保護しないな、あのふたり... などということばかり思ってしまった。宇宙人たちの最後、あっさりしすぎ。『アンドロメダ病原体』みたいだ。

  

■MAKOTO■
かったるい展開。盛り上がらないストーリー。『シックス・センス』的というか、『ゴースト 天国からのささやき』的というか、いまとなってはよくある設定。なんだかなぁ。

  

■Def Leppard / High 'n' Dry■
ひさしぶりに聴いた。わかりやすくてかっこいい。ミディアム・テンポの曲が多く、どっしりとした音と力強いヴォーカル、無駄に弾き倒さないギターが素敵。そしてメロディがね、いいよね。キャッチーかつほどよくドラマティックだわ。う~ん、ブリティッシュ。

  

■Eurythmics / Be Yourself Tonight■
ひさしぶりに聴いた。いま聴いてもけっこうスタイリッシュでかっこいいな。デジタルな演奏にパワフル&ソウルフルな女性ヴォーカル。きらびやかなポップセンス。「There must be an Angel」はやっぱり名曲。

  

■Flash and the Pan / Flash and the Pan■
たぶんファースト。日本では人気がなかったように思うけど、1970年代終わりから90年代初めにかけて8枚のアルバムをリリースしてるオーストラリアのグループ。これまでセカンド・アルバムの『Lights in the Night』しか聴いたことがなくて、ほかのアルバムも聴いてみたいとずっと思ってた。演奏はシンセサイザーを使った軽快なエレ・ポップ、ヴォーカルはフィルター処理をした声で歌詞をリズムに乗せて読むような感じで、ほとんどメロディはなし、サビでは生声でメロディのあるバック・ヴォーカルが入り、ときおりとてもメロウなフレーズが紛れ込む。この「いきなりのメロウ」がたまらんのだな。ほんの一瞬なんだけど。ちなみに主要メンバーのGeorge YoungはAC/DCのAngus Youngのお兄さんだそうだ。



■Omega / Trombitas Fredi es a rettenetes emberek■
ハンガリーの国民的ロック・グループ、Omegaのデビュー作。ブルージーだったりサイケな風味がありつつ、東欧らしいというかOmegaらしい哀愁のメロディもあちこちにちりばめられてる。やっぱり彼らってメロディメイカーだよな。



■Tricarico / Il bosco delle fragole■
2009年のサンレモ参加曲を含むアルバム。サンレモ曲は、前年の参加曲とくらべると、なんだか普通な感じになっちゃってあまりおもしろくなかったのだけど、アルバムは前作同様、微妙に不安定な感じが全体にあって、やはり独特の個性。ところどころノスタルジックで、古いブリティッシュ・ポップとか思いだす。



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2009/03/30

週末音楽


■Gianna Nannini / Giannadream - Solo i sogni sono veri
ここのところアーティスティックな感性が前面に出た繊細な感じの作品が多かったのだけれど、このアルバムではそれ以前のGiannaに戻ったような印象です。ストレートで力強いロックを迫力のある歌声で聴かせてくれる。でも、歌い方もメロディも単調でもうひとつ。


■Malika Ayane / Malika Ayane
なんか日本人みたいな名前。サンレモ参加曲は伝統的というか、サンレモらしい曲でしたが、アルバムのほうはもう少しジャジーというか、落ち着きのあるワールド・スタンダードな印象。半分くらいの曲は英語で歌ってるし。悪くはないけど、自分の好みのタイプとは少し違うな。


■Marco Carta / La forza mia
今年のサンレモ参加曲のなかでも突き抜けて明るくさわやかなポップ・ロックだったMarco Carta。アルバムのほうも気持ちのいいポップ・ロックが多いけれど、イタリアらしいロック・バラードなどもちりばめられ、聴いていて気分がいい。Eros RamazzottiとかMichele Zarrilloとかの影がちらつきますな。


■Marco Masini / L'italia e altre storie
ひさしぶりに聴いたMarco Masini。以前ほど暑苦しい哀愁はなくなったけど、相変わらずのドラマティック&ロマンティックさでした。


■Renato Zero / Presente
前作の『Il dono』が2005年なので、およそ4年ぶりの新譜ですかね。ベストや再録等ではない、全部新曲のニューアルバム。適度にドラマティックで、適度にメロディアスで、適度にポップで、最近のRenatoらしいといえばらしいのだけど、予想の範囲内というかなんというか。悪くはないけど、強くひきつけられるものもないなぁ。『Amore dopo amore』と同等以上のドラマティックストーリーは、もう出ないのだろうか。


■Dolcenera / Nel paese delle meraviglie
サンレモ参加曲はなんだか妙に軽くてスカスカしたポップチューンだったけど、アルバムのほうではDolceneraらしい重厚さと力強さを持ったドラマティックな曲がちゃんと聴けます。以前の彼女のアルバムは、それぞれの曲はいいのだけどアルバムとして全体を効いてると途中で飽きちゃうことが多かったのだけど、これは飽きずに最後まで聴けたのは、曲自体のヴァリエーションと配置のしかた、それにヴォーカルの表現力の幅が広がったからかな。


■Arisa / Sincerita'
素朴でほのぼのとした感じのサンレモ参加曲が印象的だったArisa。アルバムも、ほぼ同様の印象ですね。ロック色の感じられないフォーキーなポップスって、なんだかすごくひさしぶりな感じがする。


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2008/10/30

SILVIA MEZZANOTTE / LUNATICA (2008)

Silvia Mezzanotte(シルヴィア・メッツァノッテ)のセカンド・ソロ・アルバム。前作『Il viaggio』は収録時間30分が程度のミニ・アルバム的な印象でしたが、今作では45分弱と、最近のCDとしては短めですがアルバムらしい長さになっています。収録時間の長さだけでなく、ヴォーカリストとしてのSilviaの多彩な歌声も存分に発揮され、前作よりも魅力的な作品になっていると思います。

全体には、いかにもイタリアの女性ヴォーカルものらしい、のびやかで美しいメロディを持った曲が多く、カンツォーネからの正統的な流れを感じる歌唱も聴かれます。前作にはあまりなかった、Matia Bazar(マティア・バザール)時代のようなダイナミックな歌唱や、おなじみの伸びのあるファルセットもあります。囁くような静かな歌い方から情熱的な歌い上げまで、振り幅の大きいヴォーカルを表情豊かに聴かせてくれます。とくに低域で静かに歌うときの歌声は、少しかすれたような声で、個人的にぞくぞくします。Silviaって、こんな声でしたっけ?

M2「Oggi un dio non ho」、M3「Ma il buio」、M4「Al di la' del mare」などにはMatia Bazarの香りが感じられますが、SilviaMatia Bazarにいたのって、たったの5年くらいなんですよね。「元Matia Bazarの歌姫」といえばデビューから約15年間在籍した初代ヴォーカリストのAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)がいちばんに思いだされますが、その後、音楽性の幅を広げ、ポップスのフィールドには収まりきれない作品を何枚もリリースしているAntonellaよりも、ポップスのフィールドの中でヴォーカリストとしての魅力や表現力の豊かさを発揮しているSilviaのほうが、いまでは「元Matia Bazarの歌姫」らしいような気がします。

美しく伸びやかで、ほどよい哀愁とやわらかなあたたかさのある、イタリアン・ポップスらしい魅力あふれる楽曲を、歌唱力も表現力も豊かな女性シンガーが鮮やかに歌い上げる、とても素敵なアルバムです。

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2008/10/27

週末映画&音楽

■man-hole マンホール■
「水曜どうでしょう」の“ミスター”こと鈴井さんの映画監督デビュー作。当然のように「水どう」仲間?の大泉洋さんも出演しています。しかも、なにげで「いい兄ちゃん」の役どころ。お話自体はなぁ、これといってひきつけられるところなし。あのお巡りさん、鬱陶しいし、職務内容をブログに書いちゃだめよ。ありゃ、情報漏洩を理由に懲戒解雇ものですね。子供と一緒になってマンホールにごみを流してもだめよ。そんな感じでしょうか。

  


■銀のエンゼル■
「水曜どうでしょう」の“ミスター”こと鈴井さんの映画監督2作目だったか。今回は主役に小日向さんという独特な味わいのある役者さんを据えたことで、映画全体にちょっと統一感というか、芯がきちんとできた感じはあるし、雰囲気もある。でもなぁ、冷静に見ると、だからどうだって感じではあるなぁ。今回も大泉洋さんが「いい兄ちゃん」の役で出てるけど、あんまり効果的じゃなかったように思うし。とりあえず、僻地のローソンがんばれって感じでしょうか。

  


■クローズド・ノート■
沢尻エリカって、表情豊かな役者さんなんですね。うまいんじゃないかと思います。歩き方は美しくないけどな。しかし、なんだか中途半端な映画。最初のほうに出てきたサエコとの絡みとか、なんの役にも立ってない。万年筆へのこだわりも、なんの伏線にもなってない。思わせぶりなエピソードやおもしろそうな背景がありそうな登場人物を出しておいて、それをまったく活用しない場面がしばしば。無駄だなぁ。もっと上手に構成できなかったんだろうか。とりあえず、校庭にごみを捨ててはいけませんといった感じでしょうか。

  


■7月24日通りのクリスマス■
主人公が妄想癖のあるダメ女だからか、そしてそれを演じるのが中谷美紀さんだからか、どことなく『嫌われ松子の一生』に似た匂いのする映画。ストーリー的にはどうでもいいというか、少女マンガのようなラブストーリーですね。とりあえず、いくら地方の書店でもあんなに暇な書店員はいまどきいないんじゃないかと思いました。パラパラ漫画はちょっとおもしろかったけどね。

  


■日本のこわい夜■
5つの短編ホラーをまとめたオムニバス映画?みたいなんだけど、そのうちのふたつは以前に見たことがある気がするんだよなぁ。もしかして、テレビで1話ずつ放送したのをひとまとめにしただけなんだろうか。で、どれもべつに怖くないなぁ。「すきま」だけ、ちょっと気持ち悪かったけど。それよりも、最初と最後に出てくる語り部役?の白石加代子さん自身がいちばん怖い。

  


■犬と歩けば チロリとタムラ■
田中直樹さん演じる主人公?があまりにもダメな人で、見ていていらいらするし、共感も持てないのがつらかった。おそらく、セラピードッグの一般的認知を上げることが第一目的の映画で、ストーリーは添え物程度の意味合いだからしかたがないのだろうけど、なんだかありがちな設定にありがちな展開だったなぁ。犬の名前がタムラさんなところち、タムラさんである理由がちょっとおもしろいくらい。インストラクターさんの伏線もきちんと解明されたし。最後の「田村、タムラ」でちょっと笑った。しかし、チロリのほうはほとんどストーリーに絡みませんでしたねぇ、タイトルに名前出てるのに。

  


■MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人■
2008年に渋谷のPARCO劇場で上演された舞台のテレビ中継。2004年に初演された作品を、配役を変えて再演したもののようです。いかにも後藤ひろひと大王作&G2プロデュースといった感じで、ベタながらもほんのり悲しく切なく胸にしみる、とてもいいストーリー。なのに、役者さんがなぁ、いまいちだなぁ。とくに大貫。ただがなってるだけじゃダメでしょ。そして全体に、なんとなく役者さん間の力量バランスが悪いというか、それぞれの演技スタイルの調和がとれていないというか。なんとなく舞台の上がばらばらした印象で、物語の世界にうまく入っていけなかったのが残念。オリジナルキャストで見てみたかった。

  


■David Gilmour / Live in Gdansk (2008)■
2006年にポーランドで行なわれた「On An Island Tour」最終公演を収録した2枚組ライヴ盤。DVDつきのヴァージョンや、初回は5枚セットもあったようだ。『On An Island』の曲を中心に、Pink Floyd(ピンク・フロイド)の名曲もちりばめた構成。バックにはフル・オーケストラを配置しているらしいのだけど、オケの音はほとんど聞こえず残念。どうせならオケを前面に出したロック・バンド・ウィズ・シンフォニック・アレンジで聴きたかった。『On An Island』もそうだったけど、最近のDavid Gilmour(ディヴィッド・ギルモア)はすっかり老成したというか、穏やかな落ち着きが出てきちゃった印象で、古いPink Floydの曲でのギター・ソロもPink Floyd時代のような鋭い切れ込みや瞬発力のようなものは感じられず、なめらかで穏やかな雰囲気になっていて、これも残念。しかし、Roger Waters(ロジャー・ウォータース)がいなくなったあとのPink Floydの曲ってあまり好きなものがないのだけど、「High Hopes」と「Great Day for Freedom」はいい曲だな。

  


■Devil Doll / Sacrilegium (1992)■
このアルバムのエクステンド・ヴァージョンともいえる『The sacrilege of fatal arms』を先に聴いちゃっているので、それとくらべると、やっぱりあっさりした感じですね。こっちのほうがシンプルで、Devil Doll(デヴィル・ドール)初心者?には聴きやすいかもしれません。半年くらい前から洋書ペーパーバックの『The Woman in Black』を読んでいるのだけど、こうしたゴシック・ホラーのBGMにぴったりです。

  


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2008/10/22

WISHBONE ASH / JUST TESTING (1980)

1960年代の終わりごろに結成され、1970年にアルバム・デビュー。その後、1980年代前半までは毎年、それ以後も数年おきにアルバムをリリースし続けているWishbone Ash(ウィッシュボン・アッシュ)の、10枚目のスタジオ・アルバムです。

Wishbone Ashって「ツイン・リード・ギターがどうのこうの」と紹介されることが多いように思うのだけど、実際、美しいハーモナイズド・ツイン・リードもときおり聴けるけれど、実はあんまりツイン・リードじゃないですよね。ふたりのギタリストはどちらもリードが取れるけれど、曲によって、パートによって、リードとバックの役割分担をきちんとしていることのほうが多いです。

それよりも彼らの魅力の大きなところは、2本のギターのコンビネーションによる多彩なアレンジにあると思います。リズム楽器として、あるいはコード楽器として、単純にリフを刻むだけでなく、2本が違うかたちでコードを崩し、リフやカウンター・メロディを組み合わせ、さまざまなアンサンブルをかたちづくる、その妙が素晴らしい。コードを響かせるときも、ギターで一般的なオープン・コードだけでなくキーボード的なクローズド・コードも多用し、あたかもキーボーディストがいるかのように聴かせたり。さらにここに、単純にルートを単純な譜割りで弾くだけでない、むしろメロディ楽器かと思うくらいに動きまわるベースも絡むことで、アレンジ・アンサンブルに無限の可能性を感じることができます。そうしたWishbone Ashならではの魅力が、このアルバムにもたっぷりです。

ライヴではソリッドなかっこいい演奏が聴けることの多いM1「Living Proof」も、スタジオ録音の利点を生かし、エレキ・ギターだけでなくアコースティック・ギターも使い、複数のギター・サウンドを重ね合わせ、複雑で厚みのある、だけど曲自体の力強さを失わないアレンジになっています。この曲は個人的に大好きなのだけど、おそらく彼らの曲の中でもベストに入る1曲でしょう。リフも構成もギター・アンサンブルもコーラスも、すべてにおいてよく練られているし、完成されていると思います。

M2「Haunting Me」ではボリューム奏法(ヴァイオリン奏法)によるキーボード風のコード・バッキングを上手に使っています。ミディアム・スローのリズムで少しルーズな感じのあるブルージーな曲。スピーカーの左右で掛け合い風に演奏されるツイン・ギターが楽しめます。

M3「Insomnia」ではギター・シンセサイザーを前面に出した演奏が聴けます。

M4「Helpless」はハードでラウドな重たいリフを持ったブルース・テイストのロック。スローなシャッフル・ビートの上で奏でられるエレキ・ギターの歪んだ音がとてもいいです。

軽快なポップ・ロックのM5「Pay The Price」では、ベースが奏でるロックンロール風のフレーズの上でギターがホンキートンク・ピアノ風に細かいコード崩しを聴かせます。ツイン・リードも彼ららしいけれど、こうしたバック・アレンジの細やかさもまさにWishbone Ash的。

M6「New Rising Star」ではテープの逆回転SEからエレキ・ギターのクリーン・トーンによるアルペジオへとつなぎ、どことなくノスタルジックな古典SFに描かれる近未来的な雰囲気があります。こういう感じ、Electric Light Orchestra(エレクトリック・ライト・オーケストラ。ELO)とかThe Alan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト。APP)などにもときどきありますね。

アコースティック・ギターのアルペジオとワウ・ペダルを使ったエレクトリック・ギターが印象的なM7「Master Of Disguise」は、前半はフォーク風というか、カントリー風な香りがありますが、エレキ・ギターのクリーン・トーンで始まる間奏はファンタジックでドリーミーな雰囲気があります。キーボードを思わせるギターのコード・ワークも彼ららしい。終盤に来るとDavid Gilmour(デイヴィッド・ギルモア)Pink Floyd(ピンク・フロイド)ぽい感じにもなったりします。

M8「Lifeline」は、ヴォーカル・パートもありますが、それよりもインスト・パートの比率が非常に高く、複数本のギターとベースが複雑にかつ美しく絡み合うアンサンブルの妙を聴かせるという、いかにもWishbone Ashならではの曲になっています。イントロから前半はどことなくミステリアスな雰囲気も漂わせたスローなポップ・ロック、後半に入るとテンポ・アップし、力強く美しいハード・ロック風になります。ルートを弾くよりもフレーズを弾くほうが多いベースはほとんどリード楽器のようで、そのベースとギターがハーモニーを奏で、もう1本のギターが崩したコードで華やかにバックを飾ります。

CDにはこのあと4曲のボーナス・トラックが入っています。



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2008/09/11

LITTLE TRAGEDIES / THE SIXTH SENSE (2006)

1994年に結成されたロシアのプログレッシヴ・ロック・グループ。トータル・タイムが80分近い大作で、全12曲収録のうち7分以上の曲が6曲、そのうち2曲は10分以上と、収録曲も大曲率が高いです。スピーディでクラシカルでテクニカルな演奏に、東欧らしい哀愁も入り混じり、タイプとしては自分好みの要素がたくさんあるのですが、なぜかあまりのめりこめないのはなぜだろう。

バックを含めた演奏部分は意外と爽やかです。チェンバロ系のキーボードやフルートなど、クラシカルな楽器も使われていますが、あまり湿っぽくならず、むしろ乾いた印象があるのはロシアにしては珍しいような気がしないでもないです。一方、ヴォーカルはロシア語で歌われている(のですよね?)こともあってか、妙に哀愁度が高い。ただ、言葉の響きと声自体の哀愁度は高いけれど、歌メロは意外と平凡であまり魅力を感じませんし、ヴォーカリストとしてのうまさも感じません。このあたりが、自分にとってあまり楽しめない理由のひとつかも。

また、わざとかもしれませんが、往年のプログレッシヴ・ロック・グループに似た(似せた?)演奏が頻出し、なんだか落ち着きません。明らかにPink Floyd(ピンク・フロイド)かと思えば1970年代後半頃のOmega(オメガ)もどきな部分やSolaris(ソラリス)みたいなところもあり、かと思えばアメリカン・プログレ・ハード風だったり、ドイツのシンセ・プログレ風だったり。しかも、曲ごとに違うグループ、違う雰囲気、だけど耳になじんだ感じの演奏やメロディが飛び出すので、だんだんなにを聴いてるのだかわからなくなってきてしまったり。そして歌メロはなんだか哀愁の韓国ポップス風?

演奏はうまいと思うし、上手に展開する曲づくりも悪くないと思います。けっこう複雑で密度も濃い楽曲が並べられていると思うのだけど、なにかこう、がしっと心をつかまれるところ、グサッと心に突き刺さるところ、じわっと心に染みいるところが感じられず、なんとなくあっさりさっぱりした印象が残りました。こてこてなのに薄味、みたいな感じ。なんだろうなぁ、やっぱ、歌を含めた個々のメロディの魅力が少ないのかなぁ。


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2008/08/21

THE ALAN PARSONS PROJECT / I ROBOT (1977)


デビュー作ではエドガー・アラン・ポーを題材にしたThe Alan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト。APP)が、今度はアイザック・アシモフの小説『I Robot(われはロボット)』を題材につくりあげたセカンド・アルバム。

モチーフとなった小説は読んでいないのだけど、たぶん、近未来SFなんだと思います。でも、このアルバムで聴かれる音楽は人間的なあたたかみがあって、ロボット(機械)のイメージとは違う感じがします。曲によっては混声合唱が入り、荘厳さや哀愁が漂うところもありますが、全体にはやわらかいメロディをカラフルなキーボード類を中心とした丸いアレンジでフォローするという、APPらしい美しさと魅力にあふれたアルバムです。しかしアルバム終盤ではいきなり雰囲気が変わり、不安感を煽るような、どことなく不気味な感じで終わっていきます。これは、モチーフとなった小説となにか関連があるのかしら。

M1: I Robot
シンセサイザーによるシークエンスが、曲自体のリズムとはわざと少しずらしてあるため、ちょっとポリリズム風に聴こえるという工夫がされています。キーボードのコード・ストロークの感じがとてもAPPらしい。コーラスも入り、どことなくミステリアスな雰囲気のあるインスト曲。

M3: Some Other Time
パイのとアコースティック・ギターの美しいアルペジオ。ぼんやりと寂しさの漂うやわらかな夕暮れ時から夜にかけてのイメージが浮かびます。バラード風のヴォーカル・ラインですが、バックの演奏はけっこう力強い。歌メロにもバックにも、シンプルだけど印象的なメロディがあります。

M4: Breakdown
ミディアム・スローの、明るい感じのポップス。どこと泣くエキゾチックな雰囲気もあります。後半では混声合唱が入り、哀愁と荘厳さが入り混じります。

M5: Don't Let It Show
これは名曲だと思う。オルガン系のキーボードによる賛美歌風のイントロから、パッヘルベルのカノン風のコード進行の上に寂しげな雰囲気を持った歌メロが乗ります。よく知られたクラシックのコード進行の上に哀愁のメロディを乗せるというやり方は、Procol Harum(プロコル・ハルム)「A Whiter Shade of Pale(青い影)」に倣ったのかもしれません。やわらかな哀愁のある美しい曲です。

M7: Nucleus
星空しかない草原で、宇宙に想いを馳せながら寝転んでいるような、そんな風景が浮かびます。現われては消える川の流れのようなハーモニーが印象的なインスト曲。

M8: Day After Day (The Show Must Go On)
APPらしい、やわらかなメロディを持った美しくおだやかなポップス。透明感のあるヴォーカル、丸いオーケストレーション、あたたかみのあるコーラス。バックの演奏にわずかだけどエスニックというか、オリエンタルな匂いを感じます。

M9: Total Eclipse
なぜかここからアルバムの印象ががらっと変わります。不安を煽るような不気味なコーラス。サイコ・ホラーやオカルトなどの恐怖映画のBGMぽいオーケストラ。APPのデビュー作に収録されていた「Fall of the House of Usher(アッシャー家の崩壊)」を少し思い出します。

M10: Genesis CH.1 V.32
哀しげな雰囲気の漂うキーボードのアルペジオとコーラス。哀愁を帯びたエレキ・ギターのメロディ。分厚いシンフォニー。アルバム終盤でいったいどんなドラマが起きたのでしょうか。人間とロボットの未来が心配になります。


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2008/08/19

STYX / EDGE OF THE CENTURY (1990)

Styx(スティクス)って、けっこう好きだったんです、自分。『The Serpent is Rising』『Man of Miracles』のころのブリティッシュな香りとプログレッシヴな要素が強いころも好きだし、なんといってもTommy Shaw(トミー・ショウ)が加わってからの『Crystal Ball』から『Paradise Theatre』までのアルバムは(『Cornerstone』はちょっといまいち。「Boat on the River」はいい曲だけど)どれも、ドラマティック&メロディアスなDennis De Young(デニス・デ・ヤング)の持ち味とTommy Shawの軽やかでスタイリッシュなポップ・ロック・センス、それにJames Young(ジェームズ・ヤング)のハード・ロックなドライヴ感が、ときに寄り添い、ときにぶつかり、融合したりしなかったりと絶妙なバランス感覚でStyxならではの独特の個性をつくりあげていました。
でも、メンバー間でいろいろあって、1983年の『Kilroy Was Here』および翌年にライヴ・アルバム『Caught in the Act』をリリースし、グループは活動休止。以後6年間、沈黙しました。その間にメンバーはそれぞれソロ活動や別のグループを結成するなどし、Styxはもう終わりかなと思ってたら、1990年になぜか再結成され、再結成第1弾としてリリースされたのが『Edge of the Century』です。

しかし、これってStyxの音楽なんだろうか。アルバムには10曲が収録されていますが、明確に「いかにもStyxらしい」と感じる、Styxならではの独特な個性を持った曲は、ほとんどないように思います。かろうじてM8「Carrie Ann」でStyxのドラマティックなメロディアス・ポップ面(Dennis De Young風味)が楽しめますが、他の曲はStyxじゃない別のグループの曲だといわれたら自分は簡単に信じるくらいに、らしさがありません。

それはやはり、再結成メンバーにTommy Shawがいないことが大きく影響してるのでしょう、きっと。演奏面でも、曲づくりの面でも、Tommyがいないことで往年のStyxサウンドをつくりあげていた「Dennis, Tommy, Jamesによる3つの個性のバランス」が崩れてしまい、そこから出てきた音楽は意外と凡庸なアメリカン・ハード・ロックになってしまった印象です。

M1「Love Is the Ritual」のエレキ・ギターなどは妙に重く暑苦しく、それまでのStyxにはなかったもの。いかにも1980年代後半から90年代にかけてのアメリカン・ハード・ロック/ヘヴィ・メタル風です。それはそれでかっこいいのだけど、Styxに求めている音じゃないと思います。炎天下でこぶしを振り上げ叫びながら聴くような汗臭いハード・ロック/ヘヴィ・メタルなんて、Styxじゃない。もちろん、バラード系の曲やフォーク・タッチの曲などもあり、ぱっと聴いた感じでは「Styx風」のラインナップをそろえているように見えますが、どれもなんとなく「どこかで聴いたことがある別の誰かの曲」のように感じますし、なによりもメロディや構成が平凡かつひねりがなく、あまりにもストレートかつアメリカンで、Styxとしての魅力を感じません。これがStyxでなければ、こういうアメリカン・ロックも悪くないと思えるのでしょうが、Styxのアルバムとしては、これでは満足できません。M2「Show Me the Way」の間奏部分や(歌メロはつまらない)、ほどよくドラマティックなM8「Carrie Ann」、そしてM10「Back to Chicago」の演奏アレンジなどにStyxらしい音の片鱗を見ることはできますが、アルバム全体の印象を左右するほどではありませんでした。



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2008/08/14

RENATO ZERO / CALORE (1983)

1980年代前半ころのイタリアにはQ-Discという、LPサイズで33回転なんだけど収録曲数は4曲という、シングルでもなければアルバムでもない中途半端な立ち位置のヴィニール盤シリーズがありまして、Lucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)とかAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)とかいろんな人がこのシリーズのものをリリースしていました。このシリーズでリリースされた曲は他のオリジナル・アルバムに収録されることが少なく、かといってシリーズ自体が中途半端なのであまり流通せず、ライヴ盤やベスト盤以外ではなかなか聴けない入手困難曲になってしまうことが多いようで、困ったものです。しかも、収録曲には意外といい曲が多いようで、それもまた悩ましいところ。

『Calore』は、Renato Zero(レナート・ゼロ)『Via Tagliamento 1965/1970』『Leoni si nasce』のあいだにリリースしたQ-Disc。ディスコグラフィ上はいちおう「アルバム」扱いになっているようですが、イタリアのWikipediaによるとヒット・チャート上はシングル扱いで、最高4位まで上がったようです。Q-Discなので4曲入りですが、収録曲の中に「Calore」というタイトルのものはなく、なんだかやっぱり不思議な存在。

しかし収録された曲自体は、どれもイタリアらしい、Renato Zeroらしい、ロマンティックで、おだやかなあたたかさがあって、べたつかないさらっとした哀愁がほどよく振りまかれた、美しいポップス。落ち着いたRenatoのヴォーカルのうしろでピアノとオーケストラが心地よく響きます。すべての曲で曲づくりにDario Baldan Bembo(ダリオ・バルダン・ベンボ)がかかわっています。

M1: Spiagge
人気がある曲のようで、その後のライヴ盤でも歌われています。暖かで爽やかさを感じるピアノとオーケストラ。おだやかでやわらかいメロディ。サビにごくわずかに紛れ込む哀愁。ミディアム・テンポの心地よいポップス。

M2: Voglia
イントロはオーケストラが映画のサウンドトラック風に盛り上がります。Renatoのロマンティックな響きのある歌声をピアノとオーケストラがサポート。シンセサイザーのソロにはおだやかな明るさが感じられます。後奏ではオーケストラにうっすらとコーラスがかぶさり、ホーンがやわらかなメロディを奏でます。やさしいあたたかみのあるバラード系のポップスで、ちょっとPooh(プー)の曲に似た印象があるかもしれません。

M3: Navigare
キーボードとシンセサイザーの響きが1980年代のシティ・ポップスぽい雰囲気。すっきりしていて洒落た感じにふとまざる寂しさが都会風です。リズムはけっこう軽快で、ヴォーカル・ラインは落ち着いた感じなのも、おしゃれ系ポップスの香りがします。

M4: Fantasia
ピアノとオーケストラのみをバックにロマンティックに歌い上げられるバラード系スロー・ポップス。やさしいあたたかみ、べたつきのない爽やかな哀愁が、Renatoらしいです。おだやかでロマンティックで美しいなかに、どこか明るいイタリアの陽射しも感じます。


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2008/08/13

RHAPSODY / SYMPHONY OF ENCHANTED LANDS II - THE DARK SECRET (2004)


アルバム・タイトルから1998年にリリースされた『Symphony of Enchanted Lands』の続編もしくは後編かと思いきや、まったく違うストーリーを持った別のコンセプト・アルバムなんだそうです。ややこしい。『Symphony of Enchanted Lands』を期待して聴いたので、ちょっと拍子抜けです。

実際に聴いてみると、歌詞の内容はわからないけれど、音の感じから、たしかに『Symphony of Enchanted Lands』とは違うストーリーと感じられます。『Symphony of Enchanted Lands』は光の力に満ちたヒロイック・ファンタジーを思わせましたが、『Symphony of Enchanted Lands II - The Dark Secret』は邪悪な力を感じるダークな印象。オカルトやゴシック系ホラー・ムーヴィーのサウンドトラックだといわれたら、自分は信じます、きっと。

『Symphony of Enchanted Lands』以上に大仰にオーケストラや合唱が使われていて、その点では自分好みではありますが、『Symphony of Enchanted Lands』にくらべると楽曲やヴォーカル・ライン、それぞれの楽器が奏でるフレーズが持つ魅力が、少し弱いように思います。どこかで聴いたことのあるようなメロディも多く、せっかくアルバムの世界観に浸ろうとしているところで現実に引き戻されてしまうような、そんな印象を感じるところが何度かあります。それに、SEを使いすぎ。楽曲に魅力が足りない分をSEの多用に頼っているように感じてしまいます。それがまた、いっそうサウンドトラックぽい印象を強めてもいます。

また演奏面でも、『Symphony of Enchanted Lands』では極端な緩急のつけ方や、クラシカルでオーケストラルなパートとヘヴィ・メタリックなパートの対比が非常にドラマティックで構成も複雑さがあり、疾走するハイ・スピードなバンド・サウンドを持ちながらも基本となるメロディはなめらかで美しい、非常に魅力的なメロディック・スピード・メタル・ウィズ・シンフォニーといった感じがありましたが、この『Symphony of Enchanted Lands II - The Dark Secret』では緩急のつけ方がゆるやかになり、全編通して盛り上がりっぱなしな印象です。疾走感のある曲も少なく、ミディアム・スピードのものが中心で、あまりリズム・チェンジもありません。長尺の曲が多く場面転換も比較的多いのだけど、それが構成の複雑さによる魅力を感じさせるよりも、長時間を飽きずに聴かせるための工夫として使われているように感じてしまいました。

チェンバロやチャーチ・オルガン、暗黒ミサのような合唱、中世トラッドを思わせる木管の響きなど、自分の好みを突っつくパーツがふんだんに使用され、気持ちよく聴くことが充分にできるアルバムなのだけど、もう少し「ロック」が強く感じられるとさらにいいなぁと思います。それに、こうしたダークなコンセプトを持った作品は、「ロック」が強く感じられないならハード・ロック/ヘヴィ・メタル系のグループで聴くよりもプログレッシヴ・ロック系のグループで聴いたほうがより楽しめるんじゃないかしら。あぁ、ひさしぶりにMercyful Fate(マーシフル・フェイト)が聴きたくなってきた。

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2008/08/07

RHAPSODY / SYMPHONY OF ENCHANTED LANDS (1998)

イタリア出身のシンフォニック・メタル・グループだそうです。いやぁ、これはすごい。

ベースにあるのはHelloween(ハロウィーン)などが一気に世に広めた、いわゆるメロディック・スピード・メタルなのだろうと思います。疾走する高速ギター・リフ、意外とゆったりめでメロディアスなヴォーカル・ライン、ドラマティックに盛り上がる構成など、Helloweenなどと同種の匂いがします。

しかしRhapsody(ラプソディ)の場合は、それだけじゃ収まらない。自分が学生時代に親しんだメロディック・スピード・メタルにクラシカル・シンフォニック・アレンジをかぶせ、合唱団も導入し、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの枠を超えた、とてつもなく大仰な演奏をバンド・サウンドに織り交ぜています。構成も複雑で、極端な緩急のつけ方もことさらにドラマティック。派手な緩急はいかにもイタリア音楽らしいと思います。

ヴォーカル・パートに対する演奏パートがけっこう長く、しかも演奏パートではロックというよりもシンフォニック・プログレッシヴやクラシック的な印象が強いのも好ましいところ。そしてところどころに混じるトラッド風味。Skyclad(スカイクラッド)とかちょっと思いだしてしまいました。ヒロイック・ファンタジーをベースにしたコンセプト作のようですが、物語の内容はわからないものの、その雰囲気は非常によくでていると思います。

M1: Epicus Furor
怪しい雰囲気を漂わすストリングスに合唱がかぶります。ファンファーレ風のイントロダクション。

M2: Emerald Sword
M1から続いて演奏されます。スピーディなギター・リフを持った典型的なメロディック・スピード・メタルだと思います。合唱とオーケストラが入り、クラシカルな要素が強く感じられますが、あまり重苦しい感じにはならず、どことなく軽やかなところがプログレッシヴ・メタルやシンフォニック・メタルというよりもメロディック・スピード・メタルっぽいと自分は思うのだけど、どうかしら。

M3: Wisdom of the King
木管2本とリュートかな、クラシカルでファンタジックに始まります。ちょっとトラッドぽい香りもします。そしてキーボードが派手なファンファーレ風メロディを奏でだし、そこにスピーディなギター・リフが重なります。ヴォーカル・パートはけっこう大きめのフレーズを組み合わせてメロディアスに、というのもお約束。クラシカルなフィルインや、どことなくエキゾティックな雰囲気のある間奏も魅力的です。終わり方がちょっとあっさりしてるかな。

M4: Heroes of the Lost Valley
鳥のさえずりと小川のせせらぎ。チェンバロ風のキーボードと木管2本によるバロック風のインスト曲。馬のいななきに続いてモノローグが入ります。

M5: Eternal Glory
ブラス系の音づくりをしたシンセサイザーが戦いの前のファンファーレ風の勇猛なメロディを高らかに奏でます。細かく16分音符を刻むスピーディなギターがそれを引き継ぎ、力強い進撃が始まるかと思いきや、ヴォーカル・パートに入ると一気にスロー・ダウン。この落差に意表をつかれます。その後、4分を刻んでいたリズムが8分に、そして16分にとスピード・アップ。静かでおだやかなパートから徐々にスピーディに盛り上がっていきます。中間部にはロマンティックで静寂さを感じるシンフォニック・パートがはさまれます。アウトロはチェンバロ系のキーボードとフルート、バイオリンでバロック風。

M6: Beyond the Gate of Infinity
風の音と狼の遠吠え。神経質な印象のあるシンセサイザーのアルペジオに力強いエレキ・ギターとドラムが入り、サスペンス・ホラー映画のBGMのようです。Mercyful Fate(マーシフル・フェイト)とかKing Diamond(キング・ダイアモンド)とかを少し思い出す、どことなく恐ろしげな雰囲気があります。チャーチ・オルガンも導入され、荘厳な響きを奏でます。分厚いコーラスも魅力的。途中には静寂な美しさを感じるパートもあり、とてもドラマティックな構成。

M7: Wings of Destiny
ロマンティックで美しいピアノをバックに少し哀しげに歌われるスロー・チューン。パンパイプやコーラス、オーケストレーションも入り、それなりにドラマティックな演奏になっていますが、歌メロの構成や展開がシンプルで、ちょっと平凡な印象。他の曲がスピーディかつけっこう複雑な構成と激しい緩急による強烈な場面展開を見せる分、この曲の「普通さ」が際立ってしまうのかもしれません。とりあえず、休憩時間ということで。

M8: Dark Tower of Abyss
ストリングス・シンセサイザーによるバロック風のイントロ。ヘヴィ・メタルにクラシカル・シンフォニーを載せたというより、クラシック・オーケストラにヘヴィ・メタルを組み合わせたような印象でしょうか。合唱が深遠に響き、チャーチ・オルガンが荘厳に鳴り渡ります。華やかな哀愁がとてもバロック風?

M9: Riding the Winds of Eternity
分厚くシンフォニックなオーケストレーションによるイントロ。スピーディなハード・ロック部と美しくロマンティックなシンフォニック部の対比がドラマティック。歌メロも雄大な感じです。

M10: Symphony of Enchanted Lands
モノローグから始まります。キーボードによるオーケストレーションとピアノが美しく、ファンタジックですが、どこか哀しい影も感じます。そして突然のチャーチ・オルガン。続くヴォーカルは力強い祈りのよう。分厚いシンフォニーと合唱。ハード・ロック部もこの曲ではそれほどスピーディな感じではなく、むしろミディアム・テンポで荘厳に、シンフォニックに演奏されます。そして静寂のパートは神秘の森の泉のように透明に、美しく。約13分という長尺のなかに緩急をつけたドラマティックな場面転換が続きます。フィドルやパンパイプにヨーロッパのトラッドや神話の世界が垣間見える気がします。

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2008/07/31

RENATO ZERO / VOYEUR (1989)

Renato Zero(レナート・ゼロ)の15枚目のアルバム。

1970年代後半から80年代なかばにかけてリリースしたアルバムがどれもチャート1位を獲得し、人気を磐石なものにしたかに見えたRenatoでしたが、1984年の『Identikit』以降セールスが低迷、ツアーの動員も厳しくなっていました。2枚組アルバムとしては好調期であった1981年の『Artide e Antartide』、翌1982年の『Via Tagliamento 1965/1970』以来の『Zero』を1987年にリリースし起死回生をはかりますが、これもセールスはまったく振るわず。そこで心機一転をはかったのか1989年にロンドンへと飛び、次のアルバムはLucio Battisti(ルーチォ・バッティスティ)Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)などのアルバム・プロデュースやアレンジャー、キーボーディストとしても著名なGeoff Westley(ジェフ・ウェストリー)とともにつくることにしました。そうしてリリースされたのが『Voyeur』です。

Renatoらしいロマンティックで美しいメロディがふんだんに聴かれるアルバムになりましたが、どこか都会的で爽やかな印象があるのは、Geoff Westleyの影響でしょうか。キーボードによるオーケストレーションをふんだんに使い、生のオーケストラとは違う、どこか乾いた感じの厚みと奥行きを表現しています。ハード・ロック的なギター・サウンドが聴ける曲があったり、エスニックな雰囲気のパーカッションが効果的に使われたりと、イタリアン・ポップスの枠にとらわれない、よりワールド・ワイドな印象のあるアレンジが施されています。シンセ・ベースの多用や、シンセ・プログレなどでよく聴かれるピロピロと鳴るシンセサイザー・サウンドなど、全体にデジタル感が強く感じられるのはちょっとどうかなと思いますが、それもまたRenatoの挑戦だったのかもしれません。同じようなことをイタリア国内でやろうとすると、それまでの彼のアルバムに散見された「安っぽい歌謡曲風のシンセ・サウンド」になってしまったようにも思います。

軽快な曲も多く収録されていますが、歌謡曲ぽい安っぽさが感じられるものはなくなり、より洗練されたポップスばかりになりました。もちろん、ロマンティックなバラード系のスロー・チューンもあり、それらは抑え気味のオーケストレーションをバックに、ほどよい哀愁を持って歌い上げられます。哀愁はあってもべたべたとしつこい感じがしないのはRenatoの持ち味ですね。一方、これもまたRenatoの個性である芝居がかったヴォーカルは、このアルバムではほとんど聴けません。より素直に、なめらかに歌っています。

ドラマティックな構成がRenatoらしいM1「Il canto di Esmeralda」、アコーディオン風に音づくりされたシンセサイザーが哀愁を奏で南伊風の印象を漂わせるM2「Voyeur」、夜空を眺めているようなおだやかでやさしい気持ちになるM4「Accade」、あやしげなイントロと明るく美しいヴォーカル・パートのミスマッチ感がおもしろいM6「Il grande mare」、イタリアらしい素直で流れるようなメロディが魅力的なM9「Talento」、ピアノとオーケストラをバックにやわらかであたたかみのあるメロディをロマンティックに歌い上げるM11「Ha tanti cieli la Luna」など、心地のいい曲が多数収録されています。



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2008/07/24

RENATO ZERO / LEONI SI NASCE (1984)

Renato Zero(レナート・ゼロ)の12枚目のアルバム。

1979年にリリースした6枚目のアルバム『Ero Zero』からこの『Leoni si nasce』までは、すべてのアルバムがヒット・チャートで1位を獲得しています。しかし同年にリリースされた新録・新アレンジのベスト盤『Identikt』が16位、1986年の『Soggetti smarriti』は2位までのぼったものの翌1987年の『Zero』は13位となり、以後しばらくアルバム・セールスの低迷が続きます。その意味では、Renato Zeroの最初の最盛期の最終部分に当たる作品かもしれません。実際、このアルバムそのものはチャート1位を獲得したものの、アルバム・ジャケットと同じライオンのコスチュームをまとい4人のアボリジニーとともにローマの動物園からスタートしたコンサート・ツアーは観客の入りが悪く、商業的に失敗。以後、これまでの高人気を後ろ盾にアリーナ級・スタジアム級のコンサートを開く一方で、地方の小都市では町の広場やディスコでほとんど無料で歌うといったドサまわりを余儀なくされたようです。

さて、この作品。イントロとフィナーレにオーケストラによるドラマティックなシンフォニーをバックにしたMCを配してあることからも、おそらくストーリーを持ったコンセプト・アルバム、あるいはポップ・オペラ的な作品なのでしょう。冒頭から美しいオーケストラが聴け、このままロマンティック&ドラマティックな世界が展開されるかと期待させます。しかしM2以降は意外とポップで軽快な曲が多く、このころの彼のアルバムにありがちな歌謡曲チックなアレンジも散見されます。ただ、歌謡曲チックさがありつつもそんなに安っぽい印象を感じないのは、Renato Serio(レナート・セリオ)によるツボを押さえたオーケストラ・アレンジと、楽曲の持つ素直でなめらかなメロディの魅力によるところが多いのだと思います。これといって飛びぬけた名曲は見当たりませんが、全体に粒の揃ったポップ・ソング集となっていて、愛らしいアルバムだと思います。

M2: Da uomo a uomo
ゆったりとした8ビートを刻むエレキ・ギター。おだやかでなめらかなメロディ。やさしさと奥行きを表現するキーボード・オーケストレーション。あたたかみのあるミディアム・テンポのポップス。

M3: Si gira
リズムを強調した軽快で少しコミカルな雰囲気のあるポップ・ロック。バックのアレンジ、とくにホーンの使い方が歌謡曲風。メロディも素直なものだけど、媚びた感じがないので、安っぽい歌謡曲もどきにはなりません。

M4: Per non essere cosi'
ヴィブラフォンとオーケストラによるやわらかなイントロに続き、少し寂しげなヴォーカル。もの哀しげなヴァイオリンも入ります。しかしBメロからはメジャー・キーに転調し、やさしくおだやかでゆったりしたメロディに。セカンド・コーラス以降はあまり派手にならない程度に厚みのあるオーケストラも曲を盛り上げます。サロン・ミュージック系ポップスというか、Kryzler & Kompany(クライズラー&カンパニー)を思わせるような部分もあります。終盤ではRenato Zeroらしい芝居がかったヴォーカルも聴けます。

M5: Sospetto
女性の悲鳴(叫び声)から始まりますが、曲自体はべつに危険だったり怪しい香りがするわけではなく、むしろ明るく、どこか楽しげで、なんだかそぐわない感じです。ミュートしたエレキ・ギターのアルペジオはThe Police(ポリス)の「Every Breath You Take」を思い出させます。やわらかなオーケストラも入る、おだやかなポップス。

M6: Pelle
少しシリアス&ミステリアスな雰囲気があります。クリーン・トーンによるエレキ・ギターのコード・カッティングとエレクトリック・ピアノが都会の夜を思わせます。歌メロもマイナー調で、愁いを秘めた感じで始まります。しかしサビからはメジャーに転調し、伸びやかで美しいメロディになります。場面転換がはっきりしていてわかりやすい曲です。終盤はオーケストラが入り、ほどよく華やかでメロディアスな雰囲気に包まれます。

M7: Frenesia
イントロのエレキ・ギターの演奏がThe Doobie Brothers(ドゥービー・ブラザーズ)の「Long Train Runnin'」に似ています。軽快なリズムにコンガやホーン、細かいフレーズを奏でるヴァイオリンの入った華やかな演奏。途中では子供のコーラスも入り、いくぶん歌謡曲ぽい印象もあります。リズミカルながらもきちんとメロディがある、良質のポップスになっています。

M8: Oscuro futuro
エレキ・ギターのアルペジオとエレクトリック・ピアノのやわらかな音色。ほどよく明るくなめらかでやさしいメロディを、おだやかなオーケストラがバックアップします。ホーンのアレンジが歌謡曲風だけど、素直で美しい歌メロが安っぽくなるのを防いでいます。オーケストラの入り方やアコーディオン風のキーボード?ソロなどに夢見るような雰囲気があるのも素敵です。

M9: Il leone
ハード・ロック風のディストーション・ギターがコードを刻み、派手でチープなホーンとRenato Zeroの少し芝居じみたヴォーカルがのります。ロック・オペラのような雰囲気です。サビで入るコーラスで、The Who(フー)『Tommy』で繰り返される「See Me Feel Me...」のところを思い出しました。

M10: Il prezzo
少しミステリアスで陰のある感じから徐々に盛り上がる構成は、わかりやすくドラマティック。サビではメジャー・キーに転調し、素直に美しいメロディをオーケストラがバックアップします。ロマンティックな明るさとやさしさを感じます。

M11: Giorni
シンセサイザーによる軽快なリズムとエレキ・ギターのコード・カッティングにのって歌われる、おだやかな明るさのあるポップス。歌メロに無理がなく、シンプルだけどなめらかで美しいのが好感を持てます。少し歌謡曲ぽいながらも終盤に向けてシンフォニックに盛り上がるオーケストラもいい感じ。


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2008/07/17

RENATO ZERO / SOGGETTI SMARRITI (1986)

Renato Zero(レナート・ゼロ)の14枚目のアルバム。

1984年にリリースした前作『Identikit』はベスト選曲にRenato Serio(レナート・セリオ)による統一感のあるオーケストラを全曲に配した再アレンジ新録盤で、派手さはないものの、非常にしっとりと落ち着いた、聴き心地のいいものでしたが、残念なことにセールス的には振るわず、アルバム・チャートで最高16位と、1979年以降続いていた連続1位の記録を止めてしまいました。それを反省したのか、それとも前作でお金がかかりすぎたのかはわかりませんが、このアルバムではオーケストラの導入はなく、主にシンセサイザーがオーケストラ・セクションの代わりを務めています。

しかし、このシンセサイザーの音づくりがとてもチープというか、いかにも時代を感じさせるもの。1980年代のRenato Zeroの曲は、90年代以降のたおやかさを感じさせるものがある一方で、いま聴くといかにも古くさい歌謡曲チックなものも多いのですが、このアルバムは歌謡曲チックなものを中心に構成されています。そして、その歌謡曲ぽい安っぽさを感じさせるもっとも大きな要素が、シンセサイザーの音づくりと、そのシンセを中心にした演奏アレンジでしょう。いきなり飛び出す派手な金管シミュレーションのシンセ・サウンドとか、なんだか恥ずかしくて泣けてきます。それでもこのアルバムはファンに受け入れられたのか、残念ながらチャート1位に返り咲くことはできませんでしたが、2位を獲得しています。

全体に軽快で歌謡曲チックなポップス/ロックで、ヴォーカルにはRenato Zeroらしいいくぶん芝居がかったシャウトなども入るのですが、自分にはあまり魅力的に感じられません。演奏アレンジの安っぽい派手さとか、けっこうつらい。M4「Donna donna donna」、M7「Ostinato amore」、M9「Problemi」といった、イタリアらしい美しさ、Renato Zeroらしいロマンティシズムを感じさせるメロディを持った曲もあるのだけど、これらもアレンジの平凡さ、安っぽさが曲の魅力を制限している感じです。これがRenato Serioの深みのあるオーケストラ・アレンジだったら、かなり聴かせる曲になっただろうに。残念です。



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2008/07/15

SITI NURHALIZA / TRANSKRIPSI (2006)


1979年1月11日生まれ、マレーシアのパハン州トュルムロー村出身の女性シンガーだそうです。シティ・ヌールハリザと読むらしい。アルバム・デビューは1996年で、以後、ほぼ毎年1枚のペースでアルバム・リリースを続けています。マレーシアなどの東南アジア音楽も女性シンガーも自分の守備範囲ではないのですが、イタリアン・ポップス仲間で女性シンガー好き(女性好き?)のP君が「これ、いいですよ」とCDを貸してくれたので聴いてみました。

うん、良くも悪くも女性シンガー好き(女性好き)のP君が好みそうな音楽。

伸びやかな歌声。おおらかで美しいメロディ。やわらかな哀愁。ほどよく盛り上げるオーケストラ。東南アジア的なエキゾチックさはほとんど感じないけれど、歌い回しでときどき独特のコブシが入ります。このコブシの入り方がなんとなく、南イタリアぽい感じがすると思うのは自分だけ? Nino D'Angelo(ニーノ・ダンジェロ)とかのナポレターナ系ポップス・シンガーの歌い方に似てると思うのだけど。

サビなどの歌い上げるところでは、素直で伸びやかな歌声を聴かせてくれます。この感じはLaura Pausini(ラウラ・パウジーニ)とかに似ているかも。というか、全体に「ときどき南伊ぽいコブシの入るLaura Pausiniがアメリカのチャート・インを狙ったスロー・チューン主体の女性ポップス・アルバムをつくりました」という印象が、アルバムを聴きすすめていくうちに自分の中でどんどん強くなりました。

で、Lauraのアルバムを聴いたときによく感じるのと同じ印象を、Siti Nurhalizaのこのアルバムにも感じてしまったのだな。つまり、曲(歌メロ)はいいし、ヴォーカルも素直で伸びやかで上手なんだけど、歌い方があまりに優等生的でつまらない。もっと曲によって、パートによって、違う表情を見せてくれたり、瞬発力・爆発力があればいいのに。たとえばこれを、Antonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)が歌ったなら、Silvia Mezzanotte(シルヴィア・メッツァノッテ)が歌ったなら、最近のGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)が歌ったなら、もっとシンガー独自の魅力を曲に加えられただろうに... と思ってしまうのでした。

大半はやわらかな哀愁を持った美しくスローなポップスですが、Earth, Wind & Fire(アース・ウィンド&ファイア)の「Fantasy」に少し似たサビを持ったM1「Siti Situ Sana Sini」、バックの演奏はアメリカン・ハードロックぽいのに歌メロは歌謡曲ぽいM3「Destinasi Cinta」、尺八のような木管の音とほんのりアラブ風のエキゾチズムが印象的なM5「Hidup Penuh Bicara」、やわらかく軽快なボサ・ノヴァのリズムに乗った女性ジャズ・ヴォーカル風のM9「Rupanya Kita Serupa」など、印象を少し変える曲がバランスよく配置され、聴きやすいと思います。声や歌い方に強い個性やクセがないのも、BGM的にリラックスして聴く分にはかえっていいのだろうな。

P君、せっかく貸してくれたのにこんな感想でごめんな。



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2008/07/10

RICK WAKEMAN / THE MYTHS AND LEGENDS OF KING ARTHUR AND THE KNIGHTS OF THE ROUND TABLE (1975)

正式タイトルがすごく長くて覚えられません。邦題はシンプルに『アーサー王と円卓の騎士たち』でした。タイトルどおり、イギリスの古典?「アーサー王伝説」がテーマのコンセプト作のようです。

神話とか伝説をモチーフにしたイギリスのシンフォニック系作品って、ヴォーカルがファンタジックで弱っちいものが多いように思うのですが、このアルバムでのヴォーカルはなかなかにパワフルです。妖精も神秘の森も浮かんできません。むしろパワフルすぎて、ときにラテン民族を思わせたり、ソウルフルにも感じたり。これがテーマや曲想に合っているのかどうか、微妙に思います。自分には、あまり魅力的には感じられません。

M1「Arthur」で登場する、おそらくアーサー王のモチーフ、M3「Guinevere」で登場する、おそらく王妃グィネヴィアのモチーフが、他の曲でも繰り返し現われて、トータル・コンセプト・アルバムとしての印象を強く感じさせます。とくにグィネヴィアの(と思われる)モチーフはメロディが美しく印象的。一方、アーサー王の(と思われる)モチーフはファンファーレ風の華やかさや力強さを持ったメロディがさまざまなアレンジで、ときには勇猛に、ときにはもの悲しく演奏され、アーサー王の心の動きや葛藤を感じさせます。

全編に大編成のオーケストラが配置され、混声合唱の導入比率も高いのだけど、あまり荘厳でクラシカルという感じはなく、意外と爽やかで力強い劇伴風な印象です。M2「Lady of the Lake」や、M5「Merlin The Magician」とM6「Sir Galahad」の導入部では合唱のみで聖歌風の雰囲気もありますが、M4「Sir Lancelot and the Black Knight」はむかしの冒険活劇映画のテーマ曲風だったりしますし、M5の中間部ではラテンぽかったりカントリー・フレーバーだったり、さらにはカートゥーン風のコミカルな印象もあったり。アルバム・ラストのM7「The Last Battle」ではおなじみのモチーフを繰り返し散りばめ、さまざまな場面転換をしながら合唱とオーケストラで終幕へ向けて盛り上がり、ついには大団円を迎えます。派手で大仰な作風ですね。これでもっと歌メロとヴォーカルに魅力があったならなぁと思います。




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2008/07/03

THE ALAN PARSONS PROJECT / EVE (1979)


The Alan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト)の4枚目のアルバムで、「女性」をテーマにしたコンセプト作らしいです。デビュー作ではエドガー・アラン・ポー、セカンドはアイザック・アシモフの『I Robot』と、小説がテーマのコンセプト作、そしてサードのテーマはピラミッドで、この4枚目は女性。だんだんテーマの求心力が下がってきている気がします。

ひさしぶりに聴いたのだけど、意外とデジタルっぽいというか、いかにもシンセサイザーぽい音が多かったんですね、この作品。もっと生音に近いシミュレートかと思ってた。でも、ほんのりシンセ臭さの残るブラス・サウンドとかは、聴いた瞬間に「いかにもAPPらしい」と思ってしまいました。

M1「Lucifer」はミステリアスな雰囲気を持ったイントロにモールス・コードのSE、混声コーラスなど、ミステリー&サスペンスな映画に使われそうな感じで、もしやこのままプログレッシヴ風に展開するのかと思いきや、その後はやわらかくあたたかな、そしてけっこう軽快なポップスになっていきました。

と思っていたらM5「Winding Me Up」のイントロと中間部でいきなりRondo' Veneziano(ロンド・ヴェネツィアーノ)かよ、みたいなバロック・アンサンブルが飛び出し、びっくり。だけど、ヴォーカル・パートの雰囲気とはあっていないし、アルバム全体の雰囲気からも浮いていて、なんだかなぁという感じです。

M9「If I Could Change Your Mind」は、なかなかの佳曲。やさしいピアノとやわらかなオーボエの音色、印象的なメロディ、美しいオーケストレーション、コーラスの使い方やチャーチ・オルガンの厚みのある和音など、自分好みな要素の多い曲でした。

そのほかは全体に印象が弱く、聴いている最中はAPPらしい演奏や音づくりだなぁなどと思うのですが、聴き終わるとどんな曲だったか忘れてしまいました。



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2008/07/01

DARK MOOR / THE GATES OF OBLIVION (2002)

スペインのグループだそうです。アルバム・デビューは1999年だけど、グループの結成は1993年頃らしいので、途中でメンバーチェンジはあったものの、もう15年くらい続いている中堅グループのようです。

こういうヘヴィ・メタル、ひさしぶりに聴きました。最近では「クサメタル」とか呼ぶらしいですが(クサい哀愁メロディを奏でるヘヴィ・メタルという意味らしい)、自分が学生だったころはメロディック・スピード・メタルと呼んでいたタイプのものですね。Helloween(ハロウィン)とかGamma Ray(ガンマ・レイ)あたりが元祖の。ほどよく哀愁のある美しいメロディをパワフルでスピーディなリズムに乗せて展開するヘヴィ・メタル。

パワフルさやラウドさが前面に出るようなヘヴィ・メタルは、最近は聴いてると疲れてしまうのだけど、このアルバムは疲れを感じずに聴けるのは、やはりメロディがしっかりあるからでしょう。高速クラシカルな要素を持ったギター、シンフォニックなキーボード・オーケストレーション、意外とおおらかなヴォーカル・ライン、それぞれが魅力的です。

ヴォーカリスト、女性なんですね。気づかなかった。男性ヴォーカル+女性ゲスト・ヴォーカルかと思ったら、どちらもひとりの女性だった。なかなかの力量と表現力を感じるヴォーカルです。そしてバックには合唱。個人的に、ツボです。ヴォーカルのバックでコーラス風に使われることが多いのが少し残念だけど。M12「Dies Irae(Amadeus)」のように、メイン・ヴォーカルとは違う合唱が前面に出るパートを用意するなど、もっと大胆に合唱を使った曲が多ければ、さらに好みだったのですが。

シンセサイザーによるクラシカル・シンフォニー風のインスト小曲をいくつかはさみ、その前後は疾走するシンフォニックなスピード・メタルという構成も好ましいです。M9「Your Symphony」の少しトラッド風味の入った曲はアメリカの女性ポップ・バラードみたいで微妙ですが。あと、キーボードの音づくりにもう少し厚みと深みがあれば、オーケストレーションがさらにドラマティックになったと思うのだけどな。M3「The Gates Of Oblivion」とかは、生オーケストラ使ってほしかった。

でも、高速様式美メタルのような雰囲気は美しくかっこよく、基本16ビートでツーバスをどこどこ踏むリズムの疾走感も爽快で、Aメロ・Bメロは哀愁気味だけどサビはけっこう明るくおおらかな歌メロも美しく、あぁ、ロックって、ヘヴィ・メタルって、やっぱいいなぁとあらためて思い出させてくれるに充分なアルバムでした。M7「By The Strange Path Of Destiny」とか、めっちゃ好きなタイプです。


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2008/06/27

RENATO ZERO / IDENTIKIT (1984)


1950年9月30日、ローマ生まれのRenato Zero(レナート・ゼロ)の、13枚目のアルバムになるのでしょうか。

全部で16曲が収録されていますが、M9「La gente come noi」とM15「Io qui」の2曲のみが新曲で、あとはそれまでのベスト選曲となっています。ただ、たんに以前の録音を集めたのではなく、すべての曲を再アレンジし、Renato Serio(レナート・セリオ)のオーケストラをつけた新録となっています。そのためもあってか、アルバム全体を通して非常に統一感のある仕上がりになっていて、ベスト盤にありがちな飽きがきません。M1「Introduzione」とM16「Finale」は「Io qui」のメロディを奏でるオーケストラをバックにRenatoがMCをしているような内容で、舞台作品のサウンドトラックであるかのような、トータルなストーリーを持ったアルバムのように感じさせます。

全体におだやかで落ち着いた雰囲気があり、ときおりRenatoらしい演劇風なヴォーカルは聴けるものの、際立って印象的な部分は見つけにくいように思います。そのためもあってか、1979年以降リリースのアルバムが続けていたアルバム・ヒット・チャート連続1位の記録をこのアルバムがストップさせただけでなく、最高で16位と、ベスト10にも入らない結果に終わっています。続く1986年の『Soggetti smarriti』は2位を獲得しましたが、1987年の『Zero』は最高13位、1989年の『Voyeur』は最高でも20位と、80年代後半におけるRenato不遇時代はこの『Identikit』から始まったといえそうです。

とはいえ、ベスト選曲ということもあり、収録された曲はどれもRenatoらしい美しいメロディにあふれていて、それを盛り立てるオーケストラもとてもロマンティック。最近の作風にくらべると多少小粒な感じはありますが、楽曲のメロディや構成はいいし、アレンジも丁寧で、安心して気持ちよく聴いていられます。M7「Mi vendo」などは元気なポップスという印象が強い曲だと思いますが、このアルバムではピアノやホーン、スネア・ドラムのリム・ショットなどのジャジーな演奏とオーケストラをバックにした、ちょっとミステリアスでけだるい感じのアレンジになっています。新曲のM9「La gente come noi」はピアノとオーケストラをバックにしたミディアム・スローのポップスで、木管(オーボエかな)のやわらかな響きや、ほのかにバロック風味のオーケストラがロマンティック。同じく新曲のM15「Io qui」もオーケストラとピアノをバックにしたスローなポップスで、やわらかく、夢見るようなやさしさがあり、徐々にロマンティックに盛り上がっていく流れが心地いいです。

この『Identikit』も含め、1980年代のRenatoのアルバムは現在どれも入手困難になっていますが、このまま廃盤として忘れ去られるのはもったいないです。ぜひ再発してほしい。



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2008/06/24

STYX / KILROY WAS HERE (1983)

前作『Paradise Theatre』の大ヒットを受け、多くのファンの大きな期待のなかでリリースされた『Kilroy Was Here』。しかし、アルバム冒頭でおそらく大半の(日本人)ファンが「あぁ、やっちまったぁ~(涙)」と崩れ落ちたであろうことがいまでも想像できます。

良くも悪くもこのアルバムはM1「Mr.Roboto」に尽きるように思います。

曲自体は悪くないのですよ。ドラマチック・ポップな構成とメロディ。レトロな未来観を感じさせるコズミックなシンセサイザー。ベース・シンセのデジタル感とパワフルなドラムのアナログ感の対比から生まれる迫力のあるリズム。スペース・オペラっぽいSF感だって、子供っぽいといえば子供っぽいかもしれないけれど、わかりやすいアドヴェンチャーが思い描けて、男の子なら大好きなんじゃないかと思います。

ただ、いきなり「ドモアリガットミスターロボット マタッアッウヒマデー ドモアリガットミスターロボット ヒミッツッヲシリターイ」はないだろうと。しかも冒頭だけでなくサビでも使われ、さらに「ドモッ」の部分がリピートって、すさまじい脱力感です。これまでも、たとえばQueen(クイーン)の「Teo Torriatte」とか、The Police(ポリス)の「De Do Do Do, De Da Da Da」のように歌詞の一部に日本語が使われてて微妙な気分になる曲はありましたが、この「Mr.Roboto」ほどズッコケ感の強いものはそうそうないでしょう。日本語の内容自体がなんじゃそりゃだし、曲のイメージと日本語内容の落差が激しすぎるし。

にもかかわらずこの「Mr.Roboto」が収録曲のなかでもっともかっこよく印象的というところにアルバム『Kilroy Was Here』の残念さが漂います。「Babe」や「Desert Moon」などにも通じるいかにもDennis De Young(デニス・デ・ヤング)らしいM3「Don't Let It End」もヒットはしましたが、甘ったるいポップスでいまいちだし、いかにもJames Young(ジェームズ・ヤング)らしいハード・ロックンロールのM5「Heavy Metal Poisoning」もメロディにはあまり魅力がない。イントロに三味線を使い、ギター・ソロはテープの逆回し風にするといった工夫のあるM6「Just Get Through This Night」や、ほどよい哀愁と美しいメロディでドラマチックに展開しサビのコーラスがちょっと印象的なM8「Haven't We Been Here Before」も、いい線まで行っているのだけど、もうひと展開、もうひと押しが足りない感じだし。

そんなわけでアルバムを聴き終えると、「Mr.Roboto」にあんな変な日本語歌詞を使わず、英語だけで歌ってくれていたならなぁという思いだけが強く残るのでした。ちなみにミスター・ロボット君は「Robot」じゃなくて「Roboto」なのね。日本で使うローマ字表記風にしたんでしょうか。これも微妙...


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2008/06/19

PAUL GAFFEY / MEPHISTOPHELES (1975)

オーストラリアのシドニーで録音された、ゲーテの戯曲『ファウスト』などで有名な悪魔・メフィストフェレスをテーマにしたコンセプト・アルバム。ジャケットの背にはヴォーカルを担当したPaul Gaffey(ポール・ガフィー)の名前がクレジットされているので、ここでも便宜上「Paul Gaffeyの“Mephistopheles”というアルバム」にしておきますが、実際は作詞・作曲を手がけたSimon Heath(サイモン・ヒース)が中心となったプロジェクトのようです。

52人からなるオーケストラを全編に配し、15人の合唱隊をしたがえて展開されるロック・オペラ。非常にドラマティックで厚みのある演奏が聴けます。ただ、もう30年以上前の作品ということもあり、曲調はどことなく古くさいミュージカル風。オーケストラの使い方もプログレッシヴ・ロックというよりは劇伴風というか、映画のサントラ風で、ここにも時代を感じます。それでもオーケストラの熱の入った演奏や工夫の感じられる楽曲展開、アルバム構成などは、いまでも楽しめると思います。

ロック・オペラということもあり、歌メロに歌詞優先・台詞優先の部分がいくらか見受けられ、歌曲としてのメロディの魅力が制限された感じを受けます。ロック・オペラであるための演劇調のヴォーカルが、ときに楽曲にうまくマッチしていないように感じられるのと、Paul Gaffeyのヴォーカル・スタイルもこうしたシアトリカルな歌唱にあまり合っていないように思います。

また、せっかく15人もの合唱隊がいながら、彼らにスキャットのコーラスしかさせていないのがもったいない。メイン・ヴォーカリストと一緒に歌詞を混声のハーモニーで歌わせるとか、メイン・ヴォーカリストもまじえた複数旋律のヴォーカライゼーションを導入するとか、もっと合唱隊を上手に使い倒していたなら、よりドラマ性と厚みがましたように思います。それと、リズム・セクションが弱いなぁ。せっかくオーケストラが力強く分厚くドラマティックに鳴っているのに、リズムのアレンジが単調だしドラムの音はバタバタしてるしで、ちょっと興ざめです。

M1: Mephistopheles
不安げなオーケストラ。サスペンス映画のBGMのよう。アコースティック・ギターのコード・ストロークとドラムの音になんだか艶がないというか、なめらかさがないように感じるのは、残響処理がうまくいってないからでしょうか。せっかくオーケストラがつくりだした雰囲気をリズム楽器が壊している感じです。

M2: So Sad
ちょっとシリアスな感じのオーケストラ。うっすらと悲壮感を漂わせるメロトロン。オルガンとスキャットによる合唱が入るパートはクラシカルで荘厳な雰囲気。

M3: Dreamer of Dreams
おだやかな弦楽四重奏をバックに歌われる静かな曲。夜想曲といった感じです。

M4: Paradise
深い響きのピアノとスキャットの合唱によるイントロはクラシカルですが、ヴォーカル・パートは古いロックンロール風。軽快なピアノのコード・ストロークと、ぶかぶかと鳴るラッパに、言葉を投げるような演劇調ヴォーカルがミスマッチ。

M5: Dear People
深遠なメロトロンの響き。悪魔の甘い言葉を囁くヴォーカル。悪夢への入口を感じさせます。

M6: Finale
M1のテーマへ戻ります。クラシカルなオーケストラと合唱に、やっぱりリズムがそぐわない感じが残ります。

LPでA面だったM1~M2、LPのB面だったM3~M6は途切れなしに演奏されます。おおよそ同年代のロック・オペラだからか、Emilio Locurcio(エミリオ・ロクルチオ)の『L'eliogabalo』(1977)とか、Tito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)の『Orfeo 9』(1973)などにもどこか通じるような雰囲気があるように思います。



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2008/06/17

COS / PASIONES (1983)


Daniel Schell(ダニエル・シェル)率いるベルギーのグループ。彼らは約10年の活動期間中に5枚のアルバムをリリースしていて、この『Pasiones』が最終アルバムとなっています。なんでも、スペインの内乱がテーマのオペレッタのようです。

彼らの音楽は(といっても自分はこの『Pasiones』と1978年の『Babel』の2枚しかアルバムを聴いたことがないのですが)、言葉で表現するのが難しい。プログレッシヴ系のウェブサイトなどではアヴァンギャルドとかジャズ・ロックと紹介されていることが多いようで、たしかにそういわれればそうかもしれないと思いつつも、いや、そうじゃないよなとも思ってしまいます。アヴァンギャルドという言葉からは、とっつきにくい感じ、なんだか深刻そうな感じが自分には想像されるのだけど、ここで聴かれる彼らの音楽は軽快で楽しげでポップです。ジャズ・ロックという言葉からは、テクニカルな印象が前面に出ていたり、スタイリッシュな雰囲気が自分には想像されるのだけど、ここで聞かれる彼らの音楽は、たしかにすごくテクニカルな演奏はしているけれど、前面に出ているのはユーモラスだったりコミカルだったり、およそテクニカルともスタイリッシュとも違った印象。

シャンソン風だったり、南欧風だったり、ジャジーだったり、レゲエやアフリカンな雰囲気もあったり、なんでもありな曲調。軽快なリズム。オペレッタらしい演劇調のヴォーカルやコーラス。軽やかなユーモアとコミカルな感じにインテリジェンスが入り混じったような感じです。なんとなく気の抜けたようなギターが耳に残るので、ぼんやり聴いているとどうということもない簡単な演奏のように感じるけれど、よく聴くととんでもない変則拍子を非常に細かいアレンジ・アンサンブルで演奏してたりします。ときにNina Hagen(ニナ・ハーゲン)のように、あるいは怖くないArt Bears(アート・ベアーズ)のようにも感じますし、曲によってはTalking Heads(トーキング・へッズ)なども思い出しました。アルバムを聴き終わって残ったのは、軽やかで楽しげな、変なアヴァンギャルド・ポップという印象。うん、やっぱり一筋縄ではいかない感じです。

ちなみに手元のCDはM14以降がボーナス・トラックで、ライヴ録音などが収録されているのですが、ライヴになると軽やかさが少し薄れるというか、ライヴならではの力強さ、ロックな感じが少し強調されるようで、これはこれでまた楽し。



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2008/06/11

RUNAWAY TOTEM / TEP ZEPI -L'era degli dei- (2002)

1980年代の終わりごろに結成され、1993年にアルバム・デビュー。その後、3年ごとくらいにコンスタントにアルバム・リリースを続け、いまも現役で活動中のイタリアのグループ。『Tep zepi』は彼らの4枚目の作品になります。

非常にハッタリの効いた作風だと思います。タイプとしてはダーク・ヘヴィ・シンフォニック・プログレッシヴなのでしょうが、さらにゴシック・メタルなどの要素も混じっているような。重いリズムの上を金属質な音色のギザギザしたエレキ・ギターが暴れまわる様は狂暴にすら感じられますが、ヴォーカル・パートでは一転して聖歌隊のソリストのような深みと奥行きのある声で落ち着いたおだやかなメロディを歌い、ヒューマン・ヴォイスをサンプリングしたと思われるシンセサイザーによる重厚なコーラスがクラシカルで荘厳な世界をつくりあげます。フランスのMagma(マグマ)との類似性について言及されることが多いようですが、自分はMagmaをほとんど聴いたことがないので、よくわかりません。それよりは、同じイタリアということもあってか、Il balletto di bronzo(イル・バレット・ディ・ブロンゾ)Metamorfosi(メタモルフォシ)に通じる匂いがときどきするというほうが、自分にはわかりやすいかも。あと、King Crimson(キング・クリムゾン)にも通じる部分があるように思います。

曲の構成がどれも、重く密教めいた怪しさをもって狂暴に力強く演奏されるパートと荘厳でクラシカルで美しいヴォーカル・パートの極端な対比というパターンで、あまりヴァリエーションはない感じだし、リズムが細かく速くなってくるとドラムの手数が追いつけていないような印象もときどきあるし、ヴォーカルの音程が多少あやしかったりもするのですが、それらに気をとられる暇を与えずに一気に聴かせきる勢いと力を感じます。いくぶんもっさりしたドラムもむしろ魅力的に感じるし、ハード・エッジでメタリックなエレキ・ギターは非常にかっこいい。そしてメロディのはしばしに、やはりイタリア、これぞイタリアと意識させる、熱くドラマティックで美しいイタリアン・プログレッシヴの香りが色濃く感じられるのが非常に好ましい。シンセサイザーの安っぽいデジタルチックな音づくりだけがちょっと残念です。


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2008/06/06

SIMONE LO PORTO / LA VALLE DELL'UTOPIA (2007)

1974年、ミラノ生まれ(両親はシチリア人)のカンタウトーレだそうです。湖の見える高知の草原に座り込む牛といういかにものんびりした感じのジャケットがなんだか気に入ってしまい、つい購入してしまいました。アルバムに収録された音楽は、ジャケットに描かれた山岳地帯とは違い、どちらかというとビーチ・リゾートぽい印象ですが、平和でのんびりした感じはジャケットのイメージにも通じ、なかなか自分好みです。若いころに中南米や中東、アフリカなどを訪れ、それぞれの地の音楽に親しんだことが、いまの彼の曲づくりや演奏スタイルに影響しているのでしょう。

ベースはフォーク・ポップスで、そこにカントリーやブルースのニュアンスが入り込んでくることが多いのだけど、けっして泥臭くいなたい雰囲気にはならず、どこかのんびりとリラックスした感じがいつも漂います。歌もけっしてうまくはなく、おっさんぽい声でけっこう適当に歌っている感じですが、いい具合に力が抜けていて、おだやかなあたたかさがあり、1960年代とかの歌手みたいに心地いいです。管楽器や女性コーラス、ギター・アンプのトレモロ機能、ハモニカなどの使い方やラテン・フレーバーも古き良き時代のポップスを思い出させ、ゆったりとリラックスした気分になります。33歳のカンタウトーレの作品にしては若さがぜんぜん感じられませんが、その分、時間がゆっくりと流れる地方都市でのんびりと休暇を楽しんでいるような気分になれます。うん、気に入りました。

M1: Fiume in salita
ウッド・ベースとアコースティック・ギターがほんのりジャジー。ギター・ソロはルーズでちょっとアシッドな香りがあり、フルートがうっすらと幻想味を加えたりもしますが、基本はフォークです。

M2: In girasole
クリーン・トーンのエレキ・ギターやドラムのリズムの取り方が、古き良き時代のポップ・ロックといった感じです。あまり流行っていないリゾート地の、陽射しのあたたかいのどかな午後といった雰囲気が漂っています。犬の鳴き声のSEがのんびり感を高めます。

M3: Palme finte e acquari tropicali
フォーク・ギターのアルペジオやクリーン・トーンのエレキ・ギターがカントリー風のポップス。ここでも犬の鳴き声が使われていて、のどかな山間の農村にいるようなイメージが浮かびます。

M4: Niente cambiera'
これもカントリーぽいけど、こっちはフォーク。ブラシを使ったドラムや、やわらかな木管の音色、のんびりしたアコースティック・ギターのストロークなど、穏やかで心地いいです。月の出ている夜の荒野、だけど危険な動物はおらず、心地よい夜風に吹かれながら大地に座り、ぼんやりしている――といったイメージが浮かびました。

M5: La pelle di un pollo onesto
軽快なカントリー風味のフォーク。スリー・フィンガー奏法のバンジョーが入っていないのがむしろ不思議な感じです。ドラムの音が木樽を叩いているみたい。

M6: Postino
60'sやラテンの香りがするフォーク・ポップス。やわらかく、あたたかく、懐かしい感じがします。

M7: Cartulen de paris
古いカンツォーネの香りがします。8分の6拍子で、ウッド・ベースとアコーディオンが印象的です。アコーディオンが入るからといって哀愁が漂うわけではなく、やっぱりのんびりした感じが漂います。

M8: Il vino vien dall'uva
陽気だけどのんびりした感じはラテン・リゾートを思わせます。ぶかぶかと鳴るトロンボーンとホンキートンク調のピアノを聴いていたら、東京ディズニーランドのショーを思い出しました。

M9: Malandrino
イントロはハモニカがやたらとブルージーですが、ヴォーカル・パートに入ると楽しげなフォーク・ロックになります。軽快ながらものんびりとゆるい感じがリゾートぽいです。

M10: Profondo piu' blu
アコースティック・ギターのアルペジオとやさしく響くハモニカ。スローなフォーク・ポップスで、アンプのトレモロ機能を使ったクリーン・トーンのエレキ・ギターなどに古き良き時代の、時間がゆっくり流れていくような感じがあります。ひなびた古いビーチ・リゾートで夜、ハンモックに揺られながら月を眺めているような(そんな経験はありませんが)、おだやかでゆったりした気分になります。

M11: La valle dell'utopia
ボサ・ノヴァのリズムを刻むガット・ギター。丸い音色の管楽器。ストリングスのやさしいオーケストレーション。平和でやさしくあたたかな心持ちになるインストゥルメンタル曲です。あたたかい太陽の下、海の浅瀬でふざけあう若い恋人たちの姿を見ながらビーチに置かれたパラソルつきのテーブルでトロピカル・カクテルを飲む初老の男性を写した写真(動画映像ではない)を微笑ましい気持ちで見ているような、そんな心持ちになりました。


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2008/06/04

HALLOWEEN / MERLIN (1994)


1988年にアルバム・デビューしたフランスのシンフォニック・グループ。デビュー作の『Part One』はたしか、けっこうシアトリカルで力強いドラマティックなシンフォニック・プログレッシヴだった気がします。『Merlin』は彼らのサード・アルバムで、タイトルからわかるとおり、アーサー王伝説などで有名な魔術師マーリンをテーマにしたコンセプト・アルバムのようです。グループ名がHalloween(ハロウィーン)で、テーマがMerlin。いかにもな組み合わせのように感じます。ちなみに日本ではドイツのメロディック・スピード・メタル・グループのハロウィーンのほうが有名かと思いますが、ドイツのハロウィーンは綴りがHelloweenなので注意。

さて、このアルバム。プログレ・ファン、シンフォ・ファンのあいだでは評判がいいようですが、自分にはあまり魅力的に響きませんでした。中世ヨーロッパの伝説の魔術師がテーマらしく、妖精や魔物が潜む森を思わせるようなファンタジックでどこか怪しい雰囲気はよく出ています。ブラスやストリングスによるファンファーレ風のアンサンブルも頻繁にあり、古い西洋映画に出てくる宮殿のシーンが思い浮かんだり、まるで雨の降る森の中を馬車で進んでいるような映像が頭に浮かぶところがあったりと、物語を感じさせ、映像イメージを喚起させる音楽ではあります。

でも、どこかこう、突き抜けていないというか、あと少しのところで「普通で平凡」なまま終わってしまっているというか。せっかくダーク・ファンタジーぽい場が脳内イメージを満たしそうだったのに、その後に続く妙に軽快な演奏ですかされてしまったり、中世ヨーロッパを感じさせる映像がまぶたの裏に広がってきたのに、なんだか安っぽい合成写真のようなものに塗り替えられてしまったり。せっかくチャーチ・オルガンを使っても、どこか荘厳になりきれない。女性ヴォーカルは透明な歌声だけど、ミステリアスさとシアトリカルさが中途半端。一見、魔物や妖精が潜んでいる暗く大きな森に見えるのだけど、横幅が広いだけで奥行きはあまりなく、入ってみたら意外と陽射しは明るいし風通しもよくて爽やかな、ピクニックにもこれそうな林だった、みたいな印象です。

小規模な管弦楽によるクラシカルなバロック・アンサンブルを導入したり、M6「Morgane」のエンディングでは身の毛も凍るような恐ろしい笑い声を入れてみたり、映画音楽風の映像感たっぷりな曲があったりと、いろいろと頑張っているのだけど、どれもがもうひとつ突き抜けていないのが残念。飛び切り魅力的なメロディがあるとか、圧倒的なテクニックがあるとか、心拍を高めずにはいられないロック感があるとか、聴き手を中世ヨーロッパの舞台に引きずり込んで帰さない表現力や説得力があるとか、なにかひとつ突き抜けたものがあれば、もっとよかったのだけど。全体にあっさりしていて、心地よく聴けるシンフォニック・プログレではあります。


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2008/05/28

KHATSATURJAN / ARAMED FORCES OF SIMANTIPAK (2006)

フィンランドのプログレッシヴ・グループ、Khatsaturjan(ハチャトゥリアン)のセカンド・アルバム。70分弱にわたるアイデア満載のロック・シンフォニーが展開されます。ちなみにハチャトゥリアンといえば有名なロシアの作曲家の名前ですが、ロック・グループのKhatsaturjanはとくにクラシックのハチャトゥリアンの曲を演奏に取り入れたりはしていないようですムソルグスキーベルリオーズヘンデルの曲は使ったりしてるのに)。そのかわり、デビュー作である『Aramsome Sums』(2003)も、セカンドである『Aramed Forces of Simantipak』も、アルバム・タイトルがハチャトゥリアンのファースト・ネームである「Aram」から始まる、というこだわりがあるらしい。

ベース、ギター、ドラム、チェロの4人からなるグループですが、それぞれの担当楽器だけでなく、メンバー全員がヴォーカルをとりキーボードも演奏するため、非常に厚みのあるアレンジが楽しめます。いろいろなアイデアを次々と繰り出して展開していく様は楽しくもありますが、有名どころのプログレッシヴ・グループの曲で聴いたことのあるようなメロディや演奏もけっこうあります。分厚いキーボード・オーケストレーションやハーモナイズド・ギター、頻繁に入る合唱などに力強さとユーロピアンな哀愁を感じつつも、全体の印象は意外とすっきり爽やかで軽快な感じがするのは、北欧だからでしょうか。情緒的ではなく淡々とした印象で歌われるヴォーカルはイギリスのファンタジック系シンフォニックを思い出させます。

若者らしい(みんな1981年生まれ)瑞々しさと勢いがあり、好感が持てます。なんとなく、Mandalaband(マンダラバンド)から「圧倒的な迫力」を除いたような、そんな印象を受けました。

M1: Prelude
キーボードの雄大なオーケストレーション。ファンタジックな雰囲気の、イギリスのシンフォニック・ロックぽい導入部。

M2: The Grand Pariah Lament
M1から途切れずに場面展開して始まります。ほどよく力強くて軽やかでテクニカルな演奏。ストリングスの入る静かな演奏からシンセサイザーのソロへとつながる中間部も含め、いかにもシンフォニック・プログレッシヴらしい曲。

M3: Oh, Cosmic Pearl
力強いリズム。シンフォニックなキーボード。ファンタジック・シンフォニック風のコーラス。軽快なプログレ・ハードといった感じ。中間部ではゆったりとしたリズムのおだやかな演奏に場面転換します。やわらかくなめらかな美しさを持ったメロディには涼しげな清涼感があります。

M4: Advent Rise
チェンバロのようなキーボードによるイントロはバロック風。さらに弦楽器が入り、室内楽風へと変わっていきます。と思っていたらヴォーカル・パートでは荘厳なオルガンが鳴り響き、そこに合唱が入って、合唱ロック好きな自分としてはぞくぞくしてしまいます。序盤はクラシカルな印象が強いのですが、中盤以降はオルガンを中心としたシンフォニック・ロック・テイストが強まります。

M5: Scenario Triangular
3つのパートからなる12分弱の組曲。合唱入りのオルガン系シンフォニック・ロックで始まり、中間部ではシンセサイザーとガット・ギターでおだやかに。そこにリズムが入るとキーボードがやわらかなアルペジオを奏でだし、いくぶんジャジーなエレキ・ギターのソロへとつながります。後半ではハーモナイズド・ギターがほどよい哀愁を振りまくおだやかなシンフォニック・ロックへ。そして、合唱。さらにタンゴ風のパートを経て、最後はシンフォニック・ロックへと戻ってきます。

M6: The New Masters Of My Body
M5から途切れなく始まります。どことなくコミカルな雰囲気のあるストリングスのピッチカート風アルペジオ。ヴォーカルはイギリス系ファンタジック・ロック風。ポップな雰囲気もあって、なんとなくTeru's Symphonia(テルズ・シンフォニア)とか思い出してしまいました。

M7: I've Got Your Daddy's Phonenumber
テクニカル・シンフォニック風のイントロから爽やかなシンフォニック・ロックへ。しかしオルガンと合唱が入ると、どことなく邪悪な雰囲気の漂う怪しい感じになります。さっきまでふつうに八分音符を刻んでいたはずが、気がつくといつのまにかさりげなく付点つき八分音符のシャッフル風にリズム・チェンジされていたりするところが玄人っぽい感じ。プログレ・フュージョンに似た雰囲気もあり、ちょっとKenso(ケンソー)とかが思い浮かびました。

M8: Guidance Of Blinded Light
軽快で爽やかなシンフォニック・ロック。ヴォーカル・ラインはストレートなハード・ロックぽいけれど、コーラスを上手に使ったアレンジはファンタジック・ポップス風でもあります。

M9: Chromatic Movement
5拍子のリズムに憂鬱な感じのヴォーカル。ちょっとシリアスで、いくらか退廃的にも感じられる雰囲気は、Lewis Furey(ルイス・ヒューレイ)などに通じるかも。6/8拍子に変わる間奏部は重ね録りのエレキ・ギターが縦横無尽に鳴り響くシンフォニック・ロック。

M10: The Mass
3つのパートからなる15分超の組曲。クラシカルなピアノのイントロに続いて厳かな合唱。そこに加わるチェロには室内楽風のリラックスした感じがあります。ヴォーカル・パートはマイナー調のメロディですが、細かなリズムを刻む演奏には軽快さがあります。途中でヘンデルのサラバンドを挟み、いくぶんブルージーなシンフォ・ロックへと展開。そこからリズムが速まり軽快なロック・パートへつながるなど、さまざまな場面転換を繰り返しながら進みます。

M11: Upon The Plummeth
演奏なしのスキャットで歌われる、聖歌ぽい合唱。地響きのようなシンセサイザーと、そこに色彩を加えるオーケストラ。呪術めいたヴォイスが入り、最後は教会の鐘の音で終わります。なんだか恐ろしげな終焉です。



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2008/05/22

NEW ENGLAND / WALKING WILD (1981)


Kiss(キッス)Paul Stanley(ポール・スタンレー)のプロデュースでアルバム・デビューしたNew England(ニュー・イングランド)。アメリカらしい明るく元気なロックン・ロールにヨーロッパ風の哀愁がほどよく入り混じり、あたたかな美旋律とさわやかなコーラスが心地よく響く、愛すべきグループだと思います。とくにファースト、セカンドはヨーロピアン・テイストだけどやっぱりアメリカンなメロディやアレンジが多く、いわゆる産業ロックとかアメリカン・プログレッシヴが好きな人にもアピール度が高いであろう作品でした。

1981年にリリースされた『Walking Wild』は彼らのサード・アルバムで、Todd Rundgren(トッド・ラングレン)がプロデュースしています。だからなのか、それとも「Todd Rundgrenがプロデュース」という情報に意識が引きずられてしまうのかもしれませんが、ところどころでTodd Rundgren's Utopia(トッド・ラングレンズ・ユートピア)に通じるような、あるいは、The Alan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト)が持っているような、プログレッシヴ風味のポップさを感じます。ただ、彼らのバックボーンはあきらかにアメリカン・ハード・ロックで、ごきげんなディストーション・サウンドを聴かせてくれるエレキ・ギターのバッキングはストレートなロックン・ロール。汗をかいてそうな元気なアメリカン・ロックのうえにUtopiaThe Alan Parsons Projectぽいポップなプログレ風味で味付けされているといった感じです。

ファースト、セカンドにくらべるとユーロピアン度、哀愁度がかなり後退し、その分、ポップ度、アメリカン・ロック度が強くなっているように感じます。また、楽曲自体の印象は小粒になっていて、もうひとつキャッチーさが足りない感じですが、ときにスペイシーに響くキーボードのアレンジや、彼らの魅力のひとつであるさわやかで美しいコーラスの多用は健在です。とくにコーラスの美しさは印象的。全体としては前2作よりもパワー・ダウン、スケール・ダウンを感じるけれど、このコーラスが聴けたから、まぁいいかと思いました。

New Englandファンに比較的人気があるらしいM6「Get It Up」は、クラシック・オーケストラの演奏をシンセサイザーに置き換えたようなアレンジが、シンセサイザーの音づくりのせいか、なんだか安っぽく感じられて、自分はあまり気に入りませんでした。一方、エレキ・ギターのいかにも泥臭いロックン・ロール風の暑苦しいバッキングがかっこよく、ギター・ソロのパートではシンセサイザーがスペイシーに響くM2「Holdin' Out On Me」や、キーボードのオーケストレーションとアコースティック・ギターのストロークを中心にフォークぽいメロディを歌い、オルガンやコーラスの美しさが印象的なM4「Love's Up In The Water」、アルバム・ラストを飾るおだやかなM10「You're There」あたりは自分の好みに合いますし、実際、なかなかの佳曲だと思います。

  

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2008/05/21

I POOH / ROTOLANDO RESPIRANDO (1977)

1960年代からいまも活動を続ける人気グループ、Pooh(プー)。初期のころはオーケストラをバックに従えたゴージャスなアレンジが特徴的でしたが、このアルバムのころにはバンド演奏が主体となり、オーケストラはほとんど入ってきません。ポップ・ロックらしいかっちりとしたシンプルな演奏になっています。ここよりさらにあとの時代になると、とくにギターなどはよりテクニカルでハードな演奏が増えてくるのですが、このころはまだ、もんやりとした隙間が残っているような感じの演奏で、愛らしいです。

黒い背景に白地で浮かび上がるグループ名とアルバム・タイトルの文字。斜め上から光を当てられた真っ白な卵の殻と、そこに生けられた真っ赤な花。はっきりしたコントラストがドラマティックで、非常に美しく印象的なアルバム・ジャケットは、それまでの彼らのアルバムにない洗練を感じさせます。収録された曲もドラマティックでロマンティックで、鮮やかなコントラストを保ちつつ、オーケストラをバックにしていたころよりも洗練されたアレンジが楽しめます。あたたかで、澄んだ明るさのなかに心地よい哀愁が漂うメロディはPoohならでは。もちろん、彼らの魅力である完璧なコーラスも随所で聴けます。

哀愁のア・カペラから躍動的なリズム入りのヴォーカル・パートへと進むM5「Rotolando respirando」は、やはり印象的な曲。また、軽やかなアコースティック・ギターのコード・ストロークや、やわらかであたたかいメロディに明るい陽射しを感じるM8「Una domenica da buttare」、静かなAメロと感情ののったサビの対比が美しく、無理のない構成でわかりやすい強弱と素直で美しいメロディを聴かせてくれるM9「Dammi solo un minuto」、おだやかなオーケストラとピアノをバックにした歌が、あたかも満天の星空の下で聴いているような、おおらかで、やさしい気持ちになれて、だけど少しさびしさも感じさせ、胸にしみるM10「Ancora tra un anno」とつながるアルバム終盤の流れはとても印象的です。とくにM9、M10はよい曲だと思います。



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2008/05/13

TRIANA / LLEGO EL DIA (1983)

1974年に結成されたスペインのロック・グループ、Triana(トリアナ)の、6枚目のアルバム。このアルバムをリリース後、グループはいったん解散しますが、1990年代に再結成され、4枚くらいの作品をリリースしているようです。

いまでこそ、英米以外でも電気やガスといったインフラストラクチュアが整った都市生活をおくれる国であればおそらく世界中どこにでもロック・ミュージックはあるだろうと、当たり前のこととして感じられますが、ほんの20年くらい前までは、イタリアといえばカンツォーネ、フランスといえばシャンソン、ソ連といえばロシア民謡くらいしかイメージできなかったわけで。また、そうした国で生まれたロックには、どことなくそれらのイメージに近い雰囲気をきちんとまとっていました。つまり、イタリアのロックであればカンツォーネの香りがしたり、フランスであればヴォーカルがやっぱりシャンソン風であったり。大衆音楽であるロックと、そうした地域性を感じる音楽が入り混じったところが新鮮であり、まだ見ぬ国への想像力をかきたてたものです。

では、スペインといえば? そう、フラメンコです。

イタリアやフランス、ドイツのグループにくらべ、スペインのグループが日本に紹介されたのは遅かったように思います。量的にも、ずいぶん少ないのじゃないでしょうか。これまでにあまり聴いたことのない「スペインのロック・グループ」からどんな音が出てくるのか、やっぱりフラメンコ・テイストたっぷりのロックなんじゃないだろうか... しかし、その期待にストレートに応えてくれるグループは、意外と少ないのが実態です。フラメンコチックなギターがちょこっと顔を出すことはあっても、全体にはもっと軽快ですっきりとしたロック、フュージョンぽいなめらかさや軽やかさを持った曲が多く、スペイン&フラメンコのイメージを強く持つグループは、実はあまり見当たらないのです。むしろスペイン国外のグループのほうが、よりスパニッシュ・フレーバーなロックを演奏しています。たとえば、Santa Esmeralda(サンタ・エスメラルダ。ポルトガル系アメリカ人を中心にフランスで結成されたグループ)や、Carmen(カルメン。出身はアメリカだけど、主にイギリスで活動していたグループ)、Gipsy Kings(ジプシー・キングス。南仏のプロヴァンス出身で、主にフランスで活動)などのほうが、よほどスペインぽい感じです。

そんななか、きっちりと「スペイン出身」を感じさせてくれるスペインのロック・グループが、このTriana。分厚いキーボードのオーケストレーションにスパニッシュ・フレーバーたっぷりなガット・ギターの演奏が絡み、独特の哀愁を振りまく歌メロが乗る。まさにイメージどおり、スペインでしかありえないと素直に感じられるスパニッシュ・ロックを演奏するグループ。とくにファースト、セカンドの哀愁度、完成度は素晴らしく、スパニッシュの名盤といえます。

当初はキーボードを使ったシンフォニックな要素も多かったのですが、その後、徐々にキーボードの比重が減っていったようで、6枚目となるこの『Llego el dia』ではかなりシンプルな演奏になっています。ピアノやオルガンのクラシカルな響きが心地よく、ポップ度を増したけれど埃っぽい哀愁のきちんと残ったスパニッシュな歌メロが楽しいです。ときおり地中海プログレっぽい印象を見せたり、古い芝居小屋っぽい雰囲気を漂わせたりすることもあり、野暮ったくも味わい深いアルバムと思います。

M1: Desnuda la manana
フラメンコの香りのする歌メロ。ソレアレス風味のあるアコースティック・ギター。エレキ・ギターはツインでハーモニーを聴かせ、ほどよい洗練を感じます。

M2: Perdido por las calles
フラメンコというよりはラテン・ポップス風でしょうか。レゲエっぽいリズムにスペインらしい哀愁を持ったメロディがのります。明るい感じがするのに哀愁も混じってるところがスペインぽいように思います。歌のバックで四分音符の三連を刻むキーボードのコート・ストロークが印象的。

M3: De una nana siendo nino
ピアノによるイントロはベートーヴェンの「月光」風でしょうか。8分の6拍子によるミディアム・スローの曲で、オルガンのひなびた響きも印象的。少しざらついたあたたかみのあるキーボードの音色には、どことなくPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)を思い出したり。メロディを奏でるように動き回るベースをバックに哀愁のメロディが歌われます。エレキ・ギターはちょっとブルージーな感じ。

M4: Aires de mi cancion
スペインらしいフラメンコ風のガット・ギターで始まります。歌メロもスペインらしい、どこか野暮ったい感じのする哀愁。しかしバックはテクニカル・プログレのような雰囲気があり、そこに南欧や地中海の香りが混じって、どこかPFMにも通じるような印象を受けます。

M5: Llego el dia
クラシカルなコード進行を奏でる古色ゆかしいオルガンの響きにProcol Harum(プロコル・ハルム)を思い出したり。シンプルなメロディですが、サビではコーラスが入り、ほどよい哀愁があるところはTrianaらしい味わいです。静かなオルガンの上に抑えたギターと子供たちの歌が入る間奏はシンフォニックな味わいで、その後のリズム隊が入ったパートとともにプログレッシヴ・ロックらしい感じがします。

M6: Querida nina
リズムの強調されたミディアム・テンポのロック。いまとなってはキーボードの使い方がちょっと古くさく野暮ったい感じがしますが、味わいのあるヴォーカル・ラインはTrianaらしいです。

M7: Como el viento
ミュートをつけたホーンのくすんだ音色が、スペインというよりは、どことなく大正浪漫風。古い芝居小屋めいた、どことなく怪しく胡散臭い感じが漂います。


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2008/05/09

KARAT / TANZ MIT MIR (1995)

1970年代初頭に東ベルリンで活動していたジャズ・ロック・グループ、Panta Rhei(パンタ・レイ)を母体に、1975年に結成され、1978年にアルバム・デビューしたKarat(カラット)が、1995年にリリースしたライヴ盤です。これまでのアルバムからのベスト選曲的な構成になっているようです。

Karatといえば、日本での標準的な認知は「旧東ドイツ出身のプログレ系グループ」となるのではないかと思うのですが、このライヴ盤から「プログレ系グループ」という修飾語を引き出すのは、かなり難しいように思います。

思いっきりハード・ロックです。ときにポップでもありますが、それよりもロックン・ロール。しかも、けっこうアメリカっぽい。お客さんもノリノリです。この興奮はどことなくOmega(オメガ)のライヴ盤を思い出させたりもします。変拍子を用いた曲などもあり、プログレぽい雰囲気を匂わせることも極まれにありますが、軽快なロックン・ロールやブルージーなロックぽい演奏のほうがより印象に残ります。デジタルなリズム・ボックスやキーボードのオーケストレーションなども聴こえますが、その使い方もプログレッシヴやシンフォニック系の使い方ではなく、ハード・ロックの使い方だと思います。ただ、軽快なリズムに乗った明るく爽やかな感じのメロディが多いのだけど、ヴォーカルにどことなく乾ききらない湿っぽさが残ってるような印象を受けるのは、やはり東欧の味なのでしょうか。

ちなみに、彼らには「Der Albatros」という、プログレ・ファンのあいだでは超有名な曲があるのですが、自分は聴いたことがありませんでした。旧共産圏シンフォニック・プログレの超名曲といわれることも多いので、このライヴ盤で聴くのを楽しみにしていたのですが、なんか、思ったよりふつうでちょっとガッカリ。ライヴの興奮が、曲の持つ叙情性や透明感などを薄めてしまったのかもしれません。この曲はスタジオ収録で聴いてみたい感じでした。

M2: Tanz mit der Sphinx
トラック・ナンバーは2になっていますが、オープニングSEに続いて始まる実質的なライヴのオープニング曲。観客の手拍子がすごいです。クリーン・トーンのエレキ・ギターとピアノをバックにしたポップなロック。意外と爽やかで、旧共産圏のロックに対して持っていた印象とずいぶん違いました。

M4: Schwanenkonig
ピアノのやさしい音にのって歌われるやわらかなポップス。爽やかな歌メロはアメリカのフォーク・ソングみたいで、あまり東欧やヨーロッパの印象がありません。エレキ・ギターの奏でるメロディにはほんのりとした哀愁と寂しげな感じがあり、なんとなく荒野のイメージが浮かびました。キーボードを比較的多用してはいますが、だからといってシンフォニックな感じになることはなく、むしろ素朴な印象です。良いメロディを持った曲だと思います。

M5: Blumen aus Eis
ピアノが八分音符のコードを刻む軽快なポップス。サビのあたりでは厚い音のエレキ・ギターとベースが入り、いかにもロックン・ロールな曲になります。

M6: Tanz mit mir
八分音符のリズムを刻むシンセサイザーがデジタリックな雰囲気ではありますが、曲自体はブルージーなロックン・ロール。ボトルネック奏法を使うエレキ・ギターもブルージーだし、キーボードのソロはブルース・ハープの演奏を鍵盤に置き換えたような感じです。

M7: Der blaue Planet
デジタルなハード・ポップなのだけど、どこかゆったりとした雰囲気があります。明るく爽やかだけど、それほど乾いてはいない感じが独特です。木管風のシンセサイザーの音色も可愛いく感じます。最後にはドラムのソロがあり、やっぱり熱いロック。

M9: Gewitterregen
イントロのメロディにはほんのりエキゾティックな香りがあります。最初は8分の7拍子で始まりますが、後半はふつうに4拍子へとリズムチェンジがあります。変拍子を使っているからプログレ風かというとそんなことはなく、歌メロはポップで可愛らしかったりします。

M10: Kalter Rauch
ちょっとRoxy Music(ロキシー・ミュージック)の「Avalon」ぽい雰囲気があるメロディ。でもRoxy Musicよりもずっと明るい感じです。ほどよく歪んだエレキ・ギターの音色が心地いい。

M11: Jede Stunde
落ち着いたポップス風に始まりますが、リズム隊が加わると軽快な感じになっていきます。ハーモニカのソロなども入り、アメリカぽいというか、カントリー&ウェスタン風の雰囲気も感じます。
なお、M9からM11はあいだをリズム・ボックスでつないでメドレー風に演奏されています。

M12: ... und der Mond schien rot
8分の6拍子をピアノが刻むブルースぽいポップス。キーボードのソロもいなたくブルージーです。

M13: Der Albatros
アコースティック・ギターのコード・ストロークとキーボードの白玉系オーケストレーションにのって、抑えた感じで始まります。東欧シンフォニック・プログレの名曲と評価の高い曲ですが、あんまりプログレっぽい感じは受けません。どちらかというと、ブルージーなハード・ロックといった感じ。ただ、力強いヴォーカルがサビに向けて徐々に高揚していく構成は、オーソドックスだけど安心して聴いていられます。間奏部はシンフォニックで清涼感もあり、聴きどころといえそうです。ほどよく哀愁があり少しエキゾティックなメロディが好ましいです。

M14: Don Alfredo
森へピクニックにでも行くかのような、楽しげなリズム。明るいのだけれど、くすんだ湿り気がとりきれないようなメロディが独特の雰囲気です。この感じは、どことなくOmegaとかにも通じるところがあるかもしれません。ちょっと不思議な魅力を感じます。


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2008/04/25

CICO / NOTTE (1974)

イタリアン・プログレッシヴ・ロックのファンとしてはどうしても元Formula 3(フォルムラ・トレ)のドラマー、という形容詞をつけたくなってしまうCico(チコ)だけれど、Formula 3が解散したのは1973年(のちに突然の再活動があったりしますが)で、翌1974年には『Notte』でソロ・デビューですから、もうソリストとしての期間のほうが長くなりましたね。1980年代からは名前をTony Cicco(トニー・チッコ)と改め、歌って曲もつくれるドラマーとして活動していたようですが、最近はあまり名前を聞かなくなってしまいました。

彼のアルバムは、ソロ・デビュー作である『Notte』と、おそらく現時点での最新盤であると思われる『Ogni volta che vedo il mare』(2004年リリース。1997年リリースの『Voce e batteria』を再発したもの)しか聴いたことがないのですが、この2枚、かなり趣が違います。『Ogni volta che vedo il mare』は軽快でポップなアルバムだけど、この『Notte』はオーケストラ入りでしっとりとドラマティック。リリース年が古いこともあって、M3「Se mi vuoi」やM4「I cattivi consigli」、M10「Piu'」などはむかしのロマンティック歌謡曲のような雰囲気があります。

また、プログレッシヴ・ロック・グループからソロになって最初のアルバムだからか、ところどころにプログレ風な「なんでもあり感」が垣間見えるのもおもしろいところです。M6「Il prete e il semplice」はいきなりのパイプ・オルガンが妙に大仰で、軽快なポップ感を持つ曲調から浮いてたり、つづくM7「Il gatto di casa」も、なぜかイントロはバロック風の室内楽から始まるのにヴォーカル・パートは飄々としたポップス風というか、ロックンロール風というか、変なバランス感。

M2「Il successo」などは軽快なポップスで、『Ogni volta che vedo il mare』収録曲に近い感じがありますが、しかし『Notte』全体で印象に残るのは、やわらかくたおやかなオーケストラでしょう。あまり派手にドラマティックに全体を盛り上げるのではなく、比較的おだやかに、抑えめに、要所要所で歌と演奏をフォローする感じに入っているのが好ましいです。M3「Se mi vuoi」でのオーケストラは、まるで明るく澄んだ星空を眺めているようですし、M11「La notte」でも哀しげなピアノにのって語るように始まる歌い出しから一気に場面転換したサビでの感情の高ぶりをオーケストラがみごとにバックアップします。やわらかなピアノのアルペジオと木管、弦の響きが印象的なM5「Il fiore rosa」などもロマンティックな佳曲だと思います。ただ、全体的にちょっとドラムがうるさい感じがするのは、ドラマーの性でCicoが叩きすぎちゃったのかな。



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2008/04/23

TIMORIA / SENZATEMPO - DIECI ANNI (1998)

1988年にデビューしたロック・グループ、Timoria(ティモリア)が、デビュー10周年を記念してリリースしたベスト盤のようです。M1「Cuore mio」とM14「Terra senza eroi」の新曲のほかに、別ミックス、初CD化(当時)音源、未発表ライヴ・ヴァージョンなどが多くあり、過去のアルバムからの音源をそのまま収録したものは4分の1程度。たんなる寄せ集め的なベスト盤ではなく、人気のある曲をアルバムとは別ヴァージョンで聴ける、Timoriaファンにとってはうれしい企画だと思います。また、グループの看板ヴォーカリストであったFrancesco Renga(フランチェスコ・レンガ)が在籍した最後のアルバムでもあります。

これまでTimoriaのアルバムってほとんど聴いたことがなく、Francesco Rengaが以前在籍していたグループ程度の知識しかないままに聴いたのですが、なかなかパワフルでかっこいいロックを演奏するグループなのですね。ベスト選曲だからということもあるかと思いますが、どの曲もシンプルで魅力的なメロディや構成を持っています。演奏はハード・ロック/ヘヴィ・メタルの要素が強いけれど、歌自体はソロになってからのFrancesco Rengaの作品にも通じるところのある、伸びやかで素直なメロディがけっこう多いように感じます。ほとんどがリーダーのOmar Pedrini(オマール・ペドリーニ)が書いた曲ですが、Omarのソロ・アルバムで聴ける曲よりも、Francescoのソロ・アルバムで聴ける曲のほうに似ているように感じるのは、ヴォーカルの個性の違いのせいだけなのでしょうか。なんだか不思議です。

全体的にハード・ロック的な印象が強いですが、M1「Cuore mio」ではなぜか中近東チックで妖しげなアコースティック・ギターが入ってなんとなくKingston Wall(キングストン・ウォール)を思い出させたりしますし、M3「L'uomo che ride」の歌メロにはどことなくPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)の「Impressioni di settembre (The World Became The World)」ぽいところを感じたりもします。M4「La nave」できれいなア・カペラによるコーラスを楽しんだかと思うと、M5「Sud europa」はレゲエ風のリズムに乗ったラップにNina Hagen(ニナ・ハーゲン)の「African Reggae」を思い出したり。M8「Lasciami in down」はパンキッシュなギターのコード・カッティングが小気味よく、M18「Mi manca l'aria」は思いもしなかったデス声ヴォーカルのデス・メタル。なかなか演奏の幅が広いです。M10ではGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)とのデュエットでNomadi(ノマディ)の「Io vagabondo」をカヴァーしています。



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2008/04/18

MASSIMO GIANGRANDE / APNEA (2008)

ローマ出身のカンタウトーレだそうです。1998年にPunch & Judy(パンチ・アンド・ジュディ)というロック・グループを結成し、2004年に『La cura migliore』でデビュー。そのかたわら、プロデューサーとしての活動や、Pino Marino(ピーノ・マリーノ)Tiromancino(ティロマンチーノ)など他のアーティストの作品への参加、さらにはMassimiliano Bruno(マッシミリアーノ・ブルーノ)の『Zero』やPaola Cortellesi(パオラ・コルテッレージ)の『Ancora un attimo』といった舞台演劇用の音楽提供などを経て、2008年に『Apnea』でソロ・デビューとなったようです。

自分はこれまで、彼のことをまったく知らなかったし、ジャケットもとくに気になるものでもないのに、なんでこのCDを買ったのか、ぜんぜん覚えていません。ほんの2か月ほど前のはずなのに。でも、買って正解でした。自分の好みの作品です。

主にアコースティック・ギターとピアノが中心の、淡い演奏と曲調。少し高めの声で歌われるヴォーカルは、とくに緩急があったりドラマティックに高揚したりすることはなく、比較的淡々としたなかに、ほどよい浮遊感や、ときに儚さを感じさせます。効果音的に使われるキーボードやエレキ・ギター。淡くやわらかなポップスをベースに、エレクトロニクスを抑えめに散りばめた音響系ミュージックともいえそうですが、その背後にうっすらと靄がかかったようにサイケデリック・フォーク、幻想フォークの影が感じられます。曲の感じも演奏スタイルもぜんぜん違うのに、ときおりむかしのPink Floyd(ピンク・フロイド)を思い出したりもしてしまいます。力強いロック風なところや、エロティックかつノスタルジックな妖しい雰囲気をのぞかせるときもあり、ひと言では表現しにくい、どこかふわふわとつかみどころのない個性が、非常に魅力的に自分には感じられます。

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2008/04/16

ALBERTO FORTIS / TRA DEMONIO E SANTITA' (1980)


1955年6月3日、北イタリアのDomodossola(ドモドッソラ)生まれのカンタウトーレ、Alberto Fortis(アルベルト・フォルティス)が1980年にリリースしたセカンド・アルバムです。前年リリースのデビュー作『Alberto Fortis』では演奏にPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)が参加していましたが、今作でもClaudio Fabi(クラウディオ・ファビ)とMauro Pagani(マウロ・パガーニ)が参加しています。

独特の少し細い声で、ときにメロディをはずれて演劇調に叫ぶように歌ったり、かと思えば可愛らしいファルセットをまじえたりもするスタイルは、クセが強いので苦手な人は苦手だと思います。また、メロディ的にもそれほど美しさやなめらかさがなく、メロディの魅力よりもヴォーカルの個性と演奏で聴かせる要素のほうが強いように感じます。前作には「Milano e Vincenzo」などの可愛らしいメロディを持った曲もあったのですが、今作にはそれほど魅力的な歌メロが見当たらなかったのが少し残念です。

演奏はいろいろと工夫やアイデアが凝らしてあり、なかなかおもしろく感じます。少しキーボードがやりすぎな感じの部分も多いのですが、ところどころでほんのりとプログレッシヴな香りがしたり、ジャジーな雰囲気があったりと、楽しみどころがいろいろです。全体にうっすらとプログレ・ポップな匂いがあります。また、出だしと終わりではずいぶんと雰囲気が違っている曲が多いのも特徴でしょうか。

M1からM3は「Tra demonio e santita' parte uno - due - tre」のちょっとした組曲風になっていて、緩急のはっきりした演奏やころころと場面転換する構成にプログレッシヴな香りが漂います。Supertramp(スーパートランプ)とか、『Il fantastico viaggio del "Bagarozzo" Mark(マークの幻想の旅)』Goblin(ゴブリン)とか、ちょっと思い出してしまいました。少し陰鬱なジャズ風味が漂うM11「Parlando ai grandi」も、ヴォーカルのうしろで鳴っているシンセサイザーにプログレッシヴやサイケデリックの匂いがします。

一方、いきなり「イエーッ!」で始まる陽気なフォーク・ロックのM8「Bene, insomma」や、ソウルっぽいコーラスの入るM7「Prendimi, fratello」、M10「Al di la' della porta di vetro」などはアメリカっぽい感じが強くあります。

ファルセットを上手に使った「夜中のおもちゃ箱」のようなイメージのあるM4「Dialogo」や、夢見がちなフォーク・ポップ風からフィドルの入ったトラッド風に展開し、またポップスにもどってくるM9「Dio volesse」などは、ちょっと印象的で好みです。

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2008/04/14

Opus Avantraの夜 ―― April 12, 2008 - 川崎クラブ・チッタ

Opus Avantra(オプス・アヴァントラ)。イタリアのプログレッシヴ・ロック界が生んだ至宝。1974年にリリースされたデビュー・アルバム『Introspezione』は芸術と世俗、伝統と革新、叙情性と攻撃性、その他もろもろの対立要素が絶妙なバランスの上に配置され構築された奇跡のような作品でした。その奇跡を生み出したグループが、奇跡の創出から34年を経て、初めて日本にやってきたのです。しかも、たった一夜限りの公演。観ないわけにはいきません。

ふだんは600席くらいのキャパシティがある川崎のクラブ・チッタですが、この日は限定300席。ふだんの半分です。そのため、空間の広い非常にゆったりとした座席配置になっていました。この時点ですでに、いつものライヴ・コンサートとは趣が違います。

開演は18時。オープン前のテープとアナウンスに続き、『Introspezione』の1曲目「Introspezione」が始まります。非常に即興演奏色の強いアヴァン・ギャルドなピアノ。でも、ステージ上で演奏してない。これもテープでした。あれれ?

ところで、彼らのファースト・アルバムって最近では『Introspezione』というタイトルで通っていますが、もともとのLPの背にはたしかOpus Avantraというグループ名しか入っていなかったというように記憶しています。だからむかしは「Opus Avantraのファースト・アルバム」もしくは「Opus Avantraというアルバム」と呼んでいたように思うのだけど、いつのまにアルバム1曲目の曲名である「Introspezione」がアルバムそのもののタイトルになったのでしょうか?

それはともかく、本編が始まってもいきなりテープで拍子抜けしましたが、リリカルなピアノ・パートからはステージ上での実際の演奏が始まりました。そして、いまだステージに現われぬDonella Del Monaco(ドネッラ・デル・モナコ)の歌声がスピーカーから聴こえはじめ、しばらくしてステージ左の袖からDonellaが歌いながら登場。

Donella、でかい。

むかしのオペラ歌手のように体積のある体つきのおばちゃんになっていました。イタリアン・プログレ界で太ったオペラ歌手のように体積のある体つきの美声ヴォーカリストといえばBanco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)のFrancesco Di Giacomo(フランチェスコ・ディ・ジァコモ)というのが以前はプログレ・ファンのあいだでの共通認識だったはずですが、考えを改めねばなりません。たぶん、いまのDonellaのほうがいまのFrancescoよりも大きいんじゃないでしょうか。

Donellaが登場し、Opus Avantraのメンバーがステージ上に揃ったあとは、よどみなく演奏が進みました。いわゆるプログレのライヴ・コンサートと大きく趣を異にするのは、アンコール時の簡単なメンバー紹介のとき以外、ただの1度もMCが入らなかったこと。ステージ構成の一部としての詩の朗読? モノローグはありましたが、それと歌以外の「声」がステージ上には一切なかったのです。

思うに、Opus Avantraのステージは「コンサート」ではなく、「ミュージック・パフォーミング・アート」とでも呼ぶべきなのでしょう。とくに2時間の公演のうちの前半約1時間はアルバム『Introspezione』の再現となっていて、アルバム収録順に曲が演奏されます。

『Introspezione』の素晴らしいところは、個々の曲にあるのではなく、ああいった音の組み合わせを持った「単位」としての曲があの順番に配置されたこと、その「単位」の流れが心と頭を揺さぶるように組み合わされていたことにあります。「Il pavone」のように単体として美しい名曲もありますが、本来の「Il pavone」の役割は『Introspezione』という作品全体の中であの位置に配置されることだと思うのです。この曲も作品全体のなかのひとつの要素、ひとつの「単位」として扱われることで、作品全体の魅力度が高まるのです。

その意味で、ステージ上でも『Introspezione』が収録順そのままに演奏されたのは正解だと思います。ただ、観客側には「ステージで展開される『Introspezione』を堪能する準備」ができていなかったかもしれません。つい、ふつうのコンサートと同じ気分で、1曲終わるごとに拍手をしたくなってしまうし、してしまう。そこで『Introspezione』の流れが分断されてしまう。『Introspezione』を構成する曲は、いわゆる「曲」ではなく、『Introspezione』という作品の一要素です。クラシックでいうなら楽章みたいなものかもしれません。それを理解し、『Introspezione』の最初から最後まで流れを止めることなく演奏させてあげられたなら、もっと堪能できたかもしれません。

ステージ上には美しい女性4人のストリングス・クァルテットがいて、その音色やヴィジュアル(プラチナ・ブロンドのヴァイオリニストがめちゃめちゃ綺麗だった)で魅了してくれるだけでなく、曲によっては演奏しながらステージの中央まで出てきてダンス?や、Donellaを相手にちょっとした演技?を見せてくれます。このアクションが、なんというか非常に古い感じ。アングラ演劇ぽいというか、むかしの映画に出てくるドラッグ服用による幻想シーンのような印象でした。

後半のステージではセカンド・アルバム以降の作品から何曲かずつピック・アップして演奏されました。個人的にはセカンドから「Flowers on Pride」が演奏されたのが非常に嬉しい感じです。途中、Alfredo Tisocco(アルフレド・ティゾッコ)のピアノ・ソロ曲で激しい眠気が襲ってきたのはきっと花粉症の薬を飲んでいたせいだということにしておきますが、全体に満足のいくステージでした。

ちょっと残念だったのは、Donella Del Monaco。もともとこの人、ヴォーカリストとしてはそんなにうまくないと思うのですが(Donella信者からの反感を一気に集めそう...)、アルバムから想像していた以上にうまくなかった。もちろんクラシックの素養もあるようなので、そこらの中途半端なポップス系ヴォーカリストよりはうまいのですが、地声での歌唱は声量が足りないし音程も少しふらつき気味、ファルセットでのオペラ唱法ではさすがに声量たっぷりですが、意外と表現力がなくて一本調子。残念ながら、衰えを感じました。サビだけファルセットの「Il pavone」もなんだか変な感じ。オリジナルはずっと地声なのに、なぜああいうかたちにしたのでしょうか。地声の高音が出なくなっちゃったのかな。いっそ全編ファルセットで歌ってもらえたら、それはそれで新しい魅力があったかもしれないのに。

Opus AvantraというグループにとってDonellaが重要な役割を持っていることはわかるけれど、その役割はグループのコンセプトとか楽曲のアイデアといったところに抑えたほうがいいのかもしれません。それを「歌」で表現するシンガー/ヴォーカリストとしての役割は、もっと歌える人にまかせたほうがいいのかも。Donellaのヴォーカルってこれまでも、Opus Avantraというグループの中でOpus Avantraの作品を歌っているときしか自分には強い魅力を感じられなかったのだけど、ステージ上のDonellaは、Opus Avantraに囲まれてOpus Avantraの作品を歌っているにもかかわらず、あの奇跡ともいえる作品を生み出した伝説の歌姫ではなく、舞台の上ではしゃぎまわるちょっと歌のうまい中年のおばちゃんに見えてしまいました。

また、ライヴなのでしかたがありませんが、緩急の落差がスタジオ収録にくらべてつけにくいため、もともとの楽曲が持っていた急激な場面転換やドラマ性といったものが薄まっていたように思います。同じ楽曲でも、スタジオ作とは別のものとして楽しんだほうがよさそうです。力強いOpus Avantraも、それはそれとして悪くありませんし、ステージングも含めてライブならではの躍動感が楽しめました。そして、なんだかんだいってもけっきょく本編およびアンコールで歌われた「Il pavone」に涙がこみあげてきてしまう自分だったりもするのでした。

おそらく、1970年代当時のOpus Avantraとくらべたら、精神的な、そして音楽的な密度はかなり低くなっているのだろうと思います。それでもやはり、観にきてよかった。きっと再来日はないだろうことを除いても、観ておいてよかった。そんな、Opus Avantraの夜でした。

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2008/04/10

SERGIO ENDRIGO / NUOVE CANZONI D'AMORE (1971)


1933年6月15日、アドリア海に三角形に突き出したイストリア半島の南端に近いPola(ポーラ。当時はイタリア王国の領土でしたが、第二次世界大戦中はユーゴスラビアが占領。その後、国連安全保障理事会管理下の非武装中立地域を経て、現在はクロアチア領)で生まれたSergio Endrigo(セルジォ・エンドリゴ)が1971年にリリースしたアルバムです。手元にあるのは2008年にCD再発されたもので、ボーナストラックが3曲追加収録されています。

ガット・ギターとオーケストラをバックにした、やさしく素直で美しいメロディが楽しめます。古い時代のアルバムなので、曲の感じも古いですが、これはこれで魅力的。ポピュラー・ミュージックがまだリズムよりもメロディ重視だった頃のやわらかなポップスです。ほどよく哀愁をにじませた美しさはイタリアらしい感じですが、あまり力強く情熱的に歌い上げたりすることはなく、その点ではカンツォーネとかナポレターナというよりもアメリカのオールディーズのほうに近いかと思います。歌声も、声量豊かというタイプではなく、とてもやさしげです。

アレンジとディレクションをLuis Enriquez Bacalov(ルイス・エンリケス・バカロフ)が担当していることもあり、艶やかで映画音楽風のドラマチックさを持ったオーケストラが配置されています。Bacalovによるオーケストラ、しかも1971年のリリースということで、プログレッシヴ・ロックのファンならOsanna(オザンナ)New Trolls(ニュー・トロルス)のアルバムにあった雰囲気をここにも探したくなるところでしょうが、Sergioのアルバムはあくまでもポップス作品なので、それはちょっと無理な感じです。それでもM6「Le parole dell'addio」などではオーケストラによる演奏パートやストリングスの音色に「Concerto grosso」の面影が見えます。

M1: La prima compagnia
アコースティック・ギターをバックにしたナポレターナぽい曲。ガット・ギターの響きがメランコリックで、やわらかな哀愁があります。

M2: Erano per te
たおやかなオーケストラとハープの音色。オーケストラだけ聴いているといいのだけど、歌メロやヴォーカルとはあまりマッチしていない気がします。むしろオーケストラなしのシンプルな演奏のほうが、この曲の魅力が引き立ちそう。

M3: Ma dico ancora parole d'amore
南イタリアの情景が浮かびます。明るい海と陽射しを感じるガット・ギター。シンプルで素直でやさしいメロディ。この曲でもちょっとオーケストラが強すぎるかな。

M4: Ljubica
なぜか歌詞がフランス語のようです。それもあってか、シャンソンぽい感じがします。だけどあまりメソメソした感じがなく(シャンソンはメソメソしているというイメージなんです、自分にとって)、明るい海のようなイメージが広がるところはやっぱりイタリアです。ひなびた音色のヴァイオリンも古いヨーロッパらしい趣があります。

M5: Quando tu suonavi Chopin
クラシカルなピアノが印象的です。タイトルにもあるように、バックにショパンの曲を使っています(有名な曲なのでメロディは知っているのだけど、曲名は知りません)。やわらかな美しさとほのかな哀愁のあるなめらかなメロディは、いまとなっては非常にオールドスタイルですが、安心して聴いていられます。

M6: Le parole dell'addio
Luis Enriquez Bacalovの名前にOsannaNew Trollsのアルバムのオーケストラ・サウンドを期待するプログレッシヴ・ロック寄りのファンが求めるオーケストラの音がここにあると思います。このオーケストラが歌メロやヴォーカルとあっているかというと、なんとも微妙かもしれない気がしますが、オーケストラの演奏パートや艶やかなストリングスの音色だけを聴いていると「Concerto grosso」の面影が見えてきます。歌メロがむかしながらのシンプルなポップスなので、オーケストラに少し負けてしまっているかも。

M7: Io che vivo camminando
古いフォーク・ポップスといった感じの曲。このアルバムの収録曲には南イタリアやナポレターナぽい雰囲気が見え隠れするものが多いのですが、この曲からは南のイメージを受けません。少し寂しげな哀愁をまとった、やさしく美しい曲で、イタリアらしい感じではあります。Sandro Giacobbe(サンドロ・ジァコッベ)とかに通じる感じかもしれません。この曲でのオーケストラはあまりでしゃばらずにいい塩梅です。

M8: A mio favore
ガット・ギターの音色が、少し弦が古くなって枯れた味わいが出てきたときのようで、ちょっとノスタルジックです。あえて新品の音じゃない感じが、ナポリの古い街角音楽を思わせます。メロディ展開が素直で、あまり激しく盛り上がることなくおだやかに歌っている感じも、何年か前に見た「18世紀のナポリ」(だったかな?)というミュージカルで歌われていたような古いナポリ音楽を思い出させます。ガット・ギターのアルペジオとオーケストラをバックに、やさしくやわらかなヴォーカルが聴けます。

M9: Chi sei
M8と似たタイプの曲。ほとんどガット・ギターによる弾き語りにオーケストラが入っているような感じです。オーケストラの艶やかな音色がどこか映画音楽風に感じます。

M10: Quando ti lascio
たおやかなオーケストラをバックにしたやさしい感じのポップスふうに始まりますが、途中からスリー・フィンガー双方によるアコースティック・ギターが入り、軽快なフォーク風のポップスへと変わっていきます。さらにはSchola Cantorum(スコラ・カントルム)風のコーラスも加わり(もしかしたらSchola Cantorumがレコーディングに参加してるのかも)、いっそうフラワー・ムーヴメント時代のコーラス入りフォーク・ソングのようになります。

M11以降はボーナストラックで、オーケストラ入りの古いポップスといった感じです。

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2008/04/04

SONOHRA / LIBERI DA SEMPRE (2008)

ヴェローナ出身、1982年2月27日生まれのLuca Fainello(ルーカ・ファイネッロ)と1986年11月27日生まれのDiego Fainello(ディエーゴ・ファイネッロ)の兄弟によるデュオ、Sonohra(ソノーラ)のデビュー・アルバム。このアルバムに収録された「L'amore」は、2008年のサンレモ音楽祭参加曲のなかでは個人的にもっとも印象に残った曲です。

サンレモ曲はフォーク・ロックぽい曲で、ほどよく哀愁をまといつつサビではけっこう力強く歌い上げていましたが、アルバムにはこうしたフォーク・ロック系の曲のほかに、よりパワフルなロック色の強い曲も多くあります。そのどれもが素直で美しいフレーズを持っていて、そのフレーズの配置のしかたや組み合わせのうまさに才能を感じます。演奏のスタイルにこそフォーク風だったりロック風だったりといったヴァリエーションはあるものの、核となるヴォーカル・ラインはどれも、素直なフレーズをもった小さなグループを丁寧に破綻なく徐々に盛り上がるように配置し、サビにはロングトーンを含む印象的で力強いメロディを持ってきてバックの演奏も厚くしドラマティックに展開するというつくり方で、非常に王道的なポップ・ミュージックの構成になっていると思いますし、それが成功しているとも思います。

ときにJ.D.Souther(ジェイ・ディ・サウザー)などにも通じそうな素朴でやさしいフォーク風味を漂わせたり、Paolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)などにも通じそうな哀愁を含んだ美しいイタリアン・ポップスらしさを見せたりする一方で、ソウルフルな女性コーラスを使ったファンクっぽいパワフルな曲があったり、オーケストラを上手に使いシンフォニック・プログレッシヴな匂いを感じさせたりと、いろいろなアイデアを持っているようですが、ほどよくノスタルジックでメロディ重視の姿勢がアルバムに統一感を与えています。演奏やアレンジも含め、個々の曲も、アルバム全体としても、非常に完成度の高い作品になっていると思います。

M1: Love Show
軽やかでソフトなアコースティック・ギターのコード・ストローク。美しく素直でポップなメロディが好ましいです。サビではディストーションの効いたエレキ・ギターが入り、力強いポップ・ロックになります。

M2: L'Amore
2008年サンレモ音楽祭新人部門参加曲で、新人部門1位をとった曲。リリカルなピアノの音色とアコースティック・ギターが哀愁漂うメロディを盛りたてます。Aメロ、Bメロ、サビと徐々に力強く、ドラマティックに盛り上がる構成や、オーケストラのアレンジも含め、上手につくられた曲だと思います。歌いきりの部分の力の込め方やヴィブラートまで合わせたハーモニーもよく練られています。印象的なフォーク・ロック。

M3: English Dance
エレキ・ギターのコード・カッティングで始まる軽快なポップ・ロック。シンプルで無理のない複数のメロディを上手に配列して破綻なくまとめあげたという印象です。エレキ・ギターの音やリズム・セクションはロック色が強いのだけど、そこにかぶさるオーケストラがなんだか歌謡曲チックなのがおもしろいです。

M4: Liberi Da Sempre
スローなフォーク・タッチの曲で、美しいアコースティック・ギターのアルペジオがやさしい雰囲気を出しています。素朴でおだやかなメロディを聴いていると、あたたかな陽だまりの中にいるような印象を受けます。

M5: Cinquemila Mini Mani
少し歪ませた音色のエレクトリック・ピアノがコード・ストロークを奏でる、ロック色の強い曲。曲の前半はマイナー調で、少しシビアな印象もあるメロディだけど、サビに入るとイギリスの古いソフト・ロックのような明るく楽しい、そしてほんのり哀愁のある感じに変わるのがおもしろいです。間奏ではミュートをつけたホーンによる都会的なジャズ風の演奏も聴けます。

M6: Salvami
あたたかくうららかな春を思わせるピアノとアコースティック・ギターのイントロ。やさしい感じの歌メロ前半からスキャットをはさみ、サビでは長い音符を多用した印象的なメロディを歌い上げます。このサビの部分、以前にどこかで聴いたことがあるような気がするのだけど、似たような曲があるのかな。終盤のオーケストラは古い映画音楽のようで少しノスタルジックです。

M7: Io E Te
やわらかなアコースティック・ギターのアルペジオとやさしいメロディ。前半はフォーク・ポップ風で、サビに入るとあたたかく美しくほんのり哀愁のあるポップスになります。このサビの部分は非常に正統的なイタリアン・ポップスらしい雰囲気を感じます。ハーモニーも綺麗です。なんとなく、青春の光と影という言葉が思い浮かんでしまいました。

M8: So La Donna Che Sei
Stevie Wonder(スティーヴィー・ワンダー)の「Superstition」のようなエレクトリック・ピアノのコード・カッティングがSE風に聞こえます。ディストーションの効いたエレキ・ギターがそのフレーズを引き取り、ロック色の強いパワフルなポップスが始まります。ソウルフルな力強い女性コーラスやブラスも入り、ファンキーな印象もあります。

M9: L'Immagine
ガット・ギターの丸い音色のアルペジオ。やさしいフォーク風に始まりますが、サビではエレキ・ギターとオーケストラが演奏に厚みをつけ、やけにシンフォニックな感じです。とくに後半のインストゥルメンタル・パートはシンフォニック・プログレッシヴの素養を強く感じます。

M10: Sono Io
やわらかくあたたかいポップス。ときどきいなたいブルース・フォークやカントリー風の香りも混じります。さわやかで素直で美しいメロディは、1980年代頃のアメリカのポップ・ロックの良い部分を思い出させます。なんとなくKansas(カンサス)とか聴きたくなりました。

M11: I Believe
クラシカルなピアノに導かれて始まります。ほんのりと哀愁を帯びたおだやかな曲。サビではバックに分厚いオーケストラが入り、ロングトーンを用いた印象的なメロディを盛り上げます。徐々にドラマティックに盛り上がる構成は非常にストレートで、ポップスらしいつくりだと思います。



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2008/04/02

TRICARICO / GIGLIO (2008)

1971年12月31日生まれ、ミラノ出身のカンタウトーレ。本名はFrancesco Tricarico(フランチェスコ・トリカリコ)というようですが、カンタウトーレとして活動するときは苗字のTricaricoだけを名乗っているようです。2000年にシングル「Io sono Francesco」でデビュー。2001年までに3枚のシングルをリリースし、イタリア各地の音楽祭などで高い評価を受けます。2002年に『Tricarico』でアルバム・デビュー。同年にフェスティヴァルバールへの参加や、Jovanotti(ジョヴァノッティ)のツアーにも招かれるなどして、注目度の高いアルバム・デビュー・イヤーを過ごしたようです。

2008年のサンレモ音楽祭参加曲「Vita tranquilla」(批評家賞を受賞)を収録した『Giglio』は、彼のサード・アルバムになります。このサンレモ参加曲は、ちょっと憂鬱で寂しげな哀愁が漂う曲で、オーケストラやオルガンの古びた雰囲気などがイギリス風のノスタルジーを感じさせますが、アルバム全体がこういう感じではありません。半分くらいはけっこうリズムの強い、1980年代くらいのパンク/ニュー・ウェーヴやロックン・ロールを思わせる演奏が聴かれます。そうした曲のなかにも、あえて古くさい感じのブラスやシンセサイザーのアレンジなどがあり、どことなくノスタルジックな印象が見え隠れするのがちょっとおもしろいです。

残りの半分はソフトな印象を持ったフォーク・ポップといった感じで、おだやかであたたかい印象を持ちながらも、どことなく憂鬱で寂しげな雰囲気も漂うところは、彼の個性でしょうか。シンガーとしてはけっして歌がうまくはなく、比較的ぶっきらぼうに歌うスタイルはいかにもカンタウトーレ的な感じで、ロック系の曲では力量不足を感じてしまうのですが、このようなポップス系の曲には比較的あっているように思います。

なかには変な曲もあって、鶏の鳴きまねから始まるM5「Pomodoro」はメロディアスなラップ風のヴォーカルが聴ける楽しげな曲で、最後のほうはだんだんと悪ふざけのようになっていきます。あと、M11の「Libero」はむかし聴いたことがある曲のような気がするのだけど、誰かのカバーでしょうか? それとも、たんに「むかし聴いたことがあるような曲」なだけかしら。

  

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2008/03/28

FLAVIO GIURATO / IL MANUALE DEL CANTAUTORE (2007)

1949年生まれ、ローマ出身のカンタウトーレ、Flavio Giurato(フラヴィオ・ジウラート)の、4枚目のアルバムになるのかな。

1978年にデビュー作『Per futili motivi』、1982年にセカンドの『Il tuffatore』、1984年にサードの『Marco Polo』と、比較的順調にアルバムをリリースしていたのですが、その後、音楽界からすっかり消えてしまいました。アルバムがどれもセールス的にまったく成功しなかったため、歌ったり曲をつくったりすることをすっかりあきらめて、テレビ制作の世界で働いていたらしいです。

しかし、彼のつくる音楽には独特の味と魅力があり、彼が音楽業界を離れてからもコアなファンが彼の音楽を愛好していました。それまでにリリースされたアルバムはどれもレア盤なコレクターズ・アイテムとなっていましたが、インターネット上で集まった彼のファンたちによって独自にプロモートされるなど、ファンとその友人たちのあいだで彼の音楽は愛され続けられていました。

そんな状況を知ってか知らずか、Flavioも徐々に音楽への興味を取り戻していきました。そして2002年、18年ぶりのニュー・アルバム『Il manuale del cantautore』を制作・発表。記憶が不確かなのですが、このアルバムはたしか、パッケージ商品としては販売されず、インターネットからのファイル・ダウンロードによる販売だけだったように思います。また、彼の活動再開を追うように、ミラノの出版社から未発表のライヴCDを添付したトリビュート本『Il tuffatore - Racconti e opinioni su Flavio Giurato』が2004年に出版されました。

2007年にCDリリースされた『Il manuale del cantautore』は、2002年にダウンロード販売された同名の作品に収録された曲の別ヴァージョンに、さらに新曲数曲を加えたかたちでパッケージ販売されたもののようです。

彼のアルバムはセカンドとサードを聴いたことがありますが、地味なメロディを淡々と歌うカンタウトーレといった感じで、いわゆるイタリアン・ポップスのファンにはすすめにくいものです。でも、その地味さのなかにおだやかな哀愁があったり、バックの演奏にはプログレッシヴな感性がちらちら見えたりして、プログレ系カンタウトーレのファンには無視しきれない魅力があります。

このアルバムも同様に、基本は地味なフォーク・タッチの曲が多いのですが、最後までフォーク・タッチのままで終わらず、途中で場面展開があったり、プログレッシヴ風に変化していったりと、なかなかの曲者です。どこか寂しげで憂鬱そうな歌声は、ときにMauro Pelosi(マウロ・ペロシ)などを思い出させたりもしますが、Mauroのような絶望感はなく、寂しいけれどどこかに希望や明るさを感じます。また、その淡々とした歌い方にはFabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)の影もときどきよぎるように感じますし、シンプルそうに見えて意外と工夫やひねりのある曲調にはTito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)などにも通じそうなものを感じます。ところどころでシアトリカルな要素も感じられ、これまでに聴いたことのある彼のアルバムよりもさらにクセのある音楽ファン向けに思われます。アルバムの最後を飾る2曲などは非常にプログレッシヴ・カンタウトーレの趣が強いといえるでしょう。

M1: Il Manuale del Cantautore
ピアノとアコースティック・ギターのみをバックに、淡々と歌われます。その歌声は少し憂鬱で、だけどどこかロマンティックな雰囲気も漂います。飾り気のない歌だけど、サビに向けて、飾らないままにきちんと盛り上がっていきます。

M2: La Tentazione
アコースティック・ギターの独奏風のイントロにハミングがかぶさり、ヴォーカル・パートが始まるとフォーク・ロック調になります。歌詞のなかにGesu(イエス)、Mari(マリア)といった言葉が聞こえるので、なにか宗教的なテーマがある曲かもしれません。落ち着いた曲で、うっすらとしたオーケストレーションや、部分的に入るコーラスも味わいがあります。

M3: Il Caso Nesta
ブルース風味のあるフォーク・ロックといった感じでしょうか。歌のバックで入るエレキ・ギターのメロディがいなたいです。さびでは大人数によるコーラスが入り、ここでもJesus(ジーザス)という言葉が聞こえます。

M4: Centocelle
アコースティック・ギターのアルペジオをバックに、少し寂しげでメソメソした感じの歌が乗ります。哀愁のあるヴァイオリンが、そのメソメソ感をさらに盛り立てます。中盤からはリズムが入ってフォーク・ロック風になりますが、バックではエレキ・ギターがいなたいフレーズを奏で、そこにヴァイオリンが憂鬱なメロディをかぶせます。どことなく、いろいろなことをあきらめたかのような寂しい感じを受けます。

M5: La Giulia Bianca
M1などと似た感じの、淡々とした曲。始まりは少し憂鬱な感じですが、それがだんだんとやわらかなあたたかさを持った感じになっていきます。後半部はちょっとVincenzo Spampinato(ヴィンチェンツォ・スパンピナート)などにも通じる感じでしょうか。

M6: L'Ufficialino
都会風の洒落た感じとボサ・ノヴァにも通じそうなやわらかさのあるギターのコード演奏で始まります。ヴォーカル・パートに入るとひなびた音色のヴァイオリンや哀愁のハーモニカが加わりますが、湿っぽい感じにはなりません。曲の展開のしかたや歌い方に演劇的な雰囲気があり、舞台におけるシーンの移り変わりをイメージさせます。

M7: Silvia Baraldini
ギターのアルペジオトリム・ショットを使ったドラム。淡々と歌われるヴォーカル。寂しげで孤独な感じの曲です。歌メロはシンプルですが、ブルージーでいなたいエレキ・ギターのフィル・インやコーラスなどが曲が単調になるのを防いでいます。

M8: Praga
演奏なしの台詞のみで始まり、非常に演劇風です。その後、歪んだエレキ・ギターのストロークが中心となったロック風の演奏が始まり、細かい符割りの歌メロが乗ります。エレキ・ギターのディストーション・サウンドとピアノの澄んだ音色の対比が美しいです。後半になると突然に場面展開があり、アコースティック・ギターとコントラバス(かな?)によるやさしく哀しげな音楽になります。

M9: Ustica
アコースティック・ギターのアルペジオに乗せてフォーク風に歌われます。やわらかなあたたかさを携えてとつとつと歌う感じがFabrizio De Andre'に少し似てるように思います。中盤ではリズムやヴァイオリンも入ったミディアム・テンポのフォーク・ロック風になり、終盤では儚げで美しい音色を奏でるピアノのソロ曲へと急激に場面転換をします。このピアノ・パートは次の曲のイントロダクションのように感じられます。

M10: Core Addannato
エレキ・ギターのアルペジオに載って、おだやかで、どこか寂しげで、落ち着いたヴォーカルが聴かれます。淡々としたシンプルなメロディにも寂しさが付きまといますが、そのなかに一瞬現われるあたたかみにホッとします。

M11: Mi-Lang
おだやかに落ち着いた、そして沈んだ感じの歌声は、寂しげなのだけど、少しだけ希望もあるように感じられます。前半はギターが中心の淡々としたシンプルな演奏ですが、後半にはオーケストレーションやピアノも入り、ドラマティックに、演劇風に盛り上がっていきます。メロディも哀愁のあるイタリアらしいものになっていきます。8分近い大曲で、後半に向けての展開はプログレッシヴな匂いがします。

M12: I Dinosauri
アコースティック・ギターのアルペジオをバックに、寂しげな哀愁を漂わせたシンプルな歌が聴けます。後半に入るとリズムやオーケストレーション、女性コーラスなどが入り、音が厚く、ドラマティックに盛り上がっていきます。この曲にもプログレッシヴな感性が見え隠れしていて、思わずにんまりしてしまいます。プログレッシヴ・カンタウトーレ作品が好きな人には、M11、M12はなかなか興味深い曲ではないでしょうか。


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2008/03/13

SEBA / QUADRI D'AUTORE (2006)


シチリア出身の若手カンタウトーレ、Seba(セバ)ことSebastiano Barbagallo(セバスティアーノ・バルバガッロ)のデビュー・アルバムです。このアルバムではヴォーカル、作詞、作曲のほか、ギターとプログラミングも自分でしています。

若手のカンタウトーレというと、最近はロック色が強いかフォーク色が強い、あるいはアート感覚が強いタイプが多いように思うのですが、Sebaはめずらしく大衆感覚のあるポップス系です。歌メロは素直なメロディを持ったやさしいポップス・タイプだけど、演奏はロック風味があったりラテン風味があったりジャズ風味があったりと工夫があり、それぞれの楽器のアレンジも細部までよく考えられています。けっして強い個性はないのですが、どこかのんびりとした、人のよさそうな歌声が、どんなタイプの演奏でもSebaらしさを感じさせるに充分な求心力を持っています。この先の活動も注目したい、なかなかおもしろい才能を持った人だと思います。

M1: Domenica d'estate
ちょっとアイリッシュぽいというか、Dexys Midnight Runners(ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ)のヒット曲「Come on Eileen」を思い出させるような可愛らしいヴァイオリンのイントロが印象的。ヴォーカル・パートに入ると、リズムは強めだけど歌メロはほのぼのとしたフォーク・ロック風になり、オーケストラがほどよく厚みをつけます。ときおり入るアコーディオンのフィル・インも心地よく感じられます。どことなくのんびりとしたあたたかさが感じられるのはSebaの歌声の持ち味ですね。

M2: Vento d'africa
曲名は「アフリカの風」という意味でしょうか。タイトルどおり、エスニックぽいパーカッションと、動物の声などのジャングル風SEで始まります。だけどやっぱり歌メロは素直でなだらかで落ち着いたポップな感じです。イントロの雰囲気が歌メロにはあまり影響しないのも、このアルバムの特徴かもしれません。

M3: Nerofumo
エレキ・ギターのアルペジオと重たいベース。ミディアム・スローのポップ・ロックでしょうか。ヴォーカルのうしろにはテープを逆回転させたようなギターの音が聞こえるなど、細かい工夫がありますが、基本的にはシンプルで素直なメロディとアレンジだと思います。演奏は少し力強いけど、ヴォーカルはやっぱりやさしげで丸みがあり、このコントラストがなかなか心地よいです。

M4: C'e' qualcosa nelle donne
管楽器とガット・ギターとラテン風のリズム。南洋の雰囲気を持った、あたたかくて楽しげな曲。

M5: Mentre piove
ミディアム・スローのあたたかいポップス。アコースティック・ギターのストロークとオーケストラ、オルガンが心地よく響きます。少しだけファルセットを使ったヴォーカルが印象的。サビでは演奏が厚くなり、ほんのり哀愁もまじります。この厚さはシンフォニック・プログレッシヴ並み、といったらいいすぎですね。この曲を聴いていると、なんとなく、あたたかい季節の、夕暮れには少し早い、だけど陽射しはゆるくなった時間帯に、ヨーロッパのどこかの海岸を散歩しているようなイメージが浮かんできます。

M6: Minigonna blu
ヴァイオリンとアコーディオン、リズミカルなパーカッションがアイリッシュ・トラッド風? ヴォーカル・パートではバンジョーなども使われ、演奏的にはカントリー風にも感じますが、歌メロにはカントリーやトラッドのニュアンスはなく、軽快なポップスだと思います。全体的に軽快ですが、サビではゆったりしたフレーズになります。どことなくSimone Cristicchi(シモーネ・クリスティッキ)などにも通じる気がします。楽しげな演奏が聴いていて気持ちいいです。

M7: Bravo bambino
8ビートを刻むギターやドラムのイントロがロック風ですが、ヴォーカル・パートはどこかのんびりした感じのあるポップス風です。どんな曲でもやさしげな感じが漂ってしまう歌声は、Sebaの魅力のひとつでしょう。終盤では子供のコーラスが入り、Zecchino d'oro(ゼッキーノ・ドーロ。イタリアで開かれる子供の歌のコンクール)の参加曲みたい?

M8: I ricordi
ガット・ギターとラテン・フレーバーなパーカッションでイントロが始まりますが、ヴォーカル・パートはやっぱり素直なポップス。この曲でのSebaのヴォーカルは、どことなくMax Pezzali(マックス・ペッツァーリ)に似ているような気がしますが、Maxほどの華やかさはなく、やっぱりどこかのんびりした感じ、育ちのいい感じが漂います。演奏だけ聴けばラテン&スパニッシュのテイストを加えたポップスで、けっこう華やかなのですが、この歌声のために、ほのぼのした印象が残ります。展開部ではオーケストラがメインになり、古いユーロ歌謡風になるのもいい感じです。

M9: Racconti d'estate
ラテン・ポップスを思わせるガット・ギターのコード・ストローク。ピアノやオーケストラの入り方も、歌メロも、ほどよくヨーロッパの哀愁を感じさせます。哀愁があるけれど、どこか楽観的な雰囲気も感じられるのは、Sebaの育ちのよさそうな歌声のせいでしょうか。

M10: Indifesa
ぽろぽろと鳴るピアノが印象的。ピアノとコントラバスを中心にしたジャズ・バラード風の演奏で、都会の夜を思わせる、落ち着いた華やかさともの哀しさを感じます。比較的軽快で楽しげな曲が多かったアルバム前半とはずいぶん印象の違う曲で、余韻を残して終わります。

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2008/02/28

MORGAN / DA A AD A (2007)

1972年12月23日、ミラノ近郊生まれ。本名はMarco Castoldi(マルコ・カストルディ)。1991年にBluvertigo(ブルヴェルティゴ)を結成し、以後Bluvertigoのリーダー“Morgan(モルガン)”として活動。2003年にはアルバム『Canzoni dell'appartamento』でソロ・デビューも果たしました。2007年のこのアルバムは、彼にとって4枚目のソロ名義作となるようです。

Bluvertigoのアルバムは1枚しか聴いたことがないのですが、デジタルでラウドでアヴァンギャルドなニューウェーヴ風ロックにDavid Bowie(デヴィッド・ボウイ)のようなアート感とエロチックさが入り混じったようなグループという印象を持っています。Morganのソロ作を聴くのはこれが初めてなのですが、印象としてはBluvertigoからデジタルでラウドなロック感を除いたあとに残るアート感とエロチックさを強調しユーロな雰囲気を高めたような感じです。デジタル楽器も要所で使ってはいますが、耳に残るのはホーンやアコーディオンなどのアコースティックな音色。それらがときにシンフォニックに、ときにタンゴ風に、ときにジャジーに、ときにロックに彩られ、シアトリカルなMorganのヴォーカルを盛りたてます。

このアルバムを聴いていて、Stefano Piro(ステファノ・ピロ)のソロやPiccola Orchestra Avion Travel(ピッコラ・オルケストラ・アヴィオン・トラヴェル)が思い浮かんだり、曲によってはAlan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト)やセサミ・ストリートを思い出すこともありましたが、もっとも多くイメージが浮かんだのは、Marc & The Mambas(マーク・アンド・ザ・マンバス)や1970年代のDavid Bowieの音楽でした。アート感たっぷりなのだけど、どこか妖しくエロチックで、世俗的なポップ感覚もきちんと内包した音楽。なかなかの名盤だと思います。

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2008/02/22

ROBERTO SANTORO / L'ELISIR DEL PASSIONARIO (2006)

1972年9月1日、南イタリアのカラブリア州ヴィボ・ヴァレンティア(Vibo Valentia)で生まれた新人カンタウトーレ、Roberto Santoro(ロベルト・サントロ)のデビュー・アルバムです。アーティスト・プロデュースとアレンジメント、一部の曲の演奏でMauro Pagani(マウロ・パガーニ)がかかわっています。このデビュー作をリリースする前は、いくつかのローカル・グループにシンガー、ギタリストとして参加していたようです。

もともとはFabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)Bob Dylan(ボブ・ディラン)に影響を受けてギターを始め、その後はイギリスのニュー・ウェーヴ系グループ、The Smiths(スミス)The Cure(キュア)Depeche Mode(デペッシュ・モード)Nick Cave(ニック・ケイヴ)などに傾倒していったらしいですが、このアルバムで聴かれる彼の音楽はそういったアーティストたちのものとは毛色の違う、ラテン・フレーバーやジャズ・フィーリングがほんのり漂い、やわらかな哀愁を帯びたフォーク・ロックになっています。

メロディ自体はシンプルな感じのものが多く、また、どこかで聴いたことのあるようなメロディがときどき出てきて、オリジナリティの点ではちょっと弱い感じもしますが、個性的なひびわれヴォーカルはなかなか魅力的です。バックの演奏・アレンジにもそれなりに工夫があり、歌メロとヴォーカルに彩を添えています。とくにアルバム前半で多く聴かれるフィザルモニカ(アコーディオン)の音色はいかにも南欧やラテンの哀愁を感じさせ、アルバム前半の個性をつくりあげていると思います。また、数曲で入るトロンバ(トランペット)は心地よいジャズ・フィーリングを曲に与え、これもまた別の個性を表現します。

ちなみに、曲を印象深いものにすることに大きく貢献しているフィザルモニカとトロンバがRobertoと一緒に写っている写真がいくつか、ジャケットやブックレット式の歌詞カードに掲載されていますが、Roberto自身はこれらを演奏していません。なんだよ。

M1. Non credo che sia stato Andrea
アコーディオンの音色と、パタパタしたドラムが、全体の雰囲気をつくっています。軽快だけどヨーロッパの哀愁を帯びたメロディが、ひび割れた歌声によく合います。

M2. Navigante di te
ラテン風のパーカッションと、ガット・ギターの丸い音、それにアコーディオン。いかにもラテン・ポップスな感じのイントロで、このままラテン・ポップスにいくのかなと思ったら、ヴォーカル・パートはラテン・パーカッションはそのままに、ピアノやアコーディオンを上手に生かした哀愁ロマンティックなユーロ・ラテンな曲になります。

M3. Giulia gia' se ne
アコーディオンのイントロはタンゴ風。ヴォーカル・パートでは打ち込み系のリズムとベースが強調されていますが、歌メロ自体はなだらかでほんのり哀愁を持ったポップス系です。アコースティック・ギターやエレクトリック・ピアノの優しい音に対し、おそらくプログラミングされたシンセサイザーがいかにもつくりものっぽい音と演奏なのがちょっと興ざめです。

M4. Il tritacuore
ごくわずかにだけ歪ませたエレキ・ギターの音がロックンロールやロカビリーの時代を思い出させます。ギター・アンプに搭載されたトレモロ機能を使った演奏とかも懐かしい感じです。でもギター以外は現代風で、歌メロなどは最近のR&B系ポップスに近いように思います。

M5. Cesare Pavese
小気味よいドラムと締まった音色のコントラバスが心地よいジャズ・フィーリングを振りまき、軽やかなピアノとミュートをつけたトランペットが都会の夜をイメージさせます。でもサビの部分での演奏は明るい太陽を思わせる地中海風のものになり、その上に哀愁のあるメロディが乗るという、ちょっと不思議な構成が楽しめます。

M6. Il tuo seno
キーボードとアコーディオンでラテン・ポップス風に始まります。ヴォーカルの合間にガット・ギターのフィルインが入り、ラテン風の哀愁がいっそう高まります。歌メロは比較的淡々としていて、歌だけ聴けばミディアム・スローのフォーク・ロック風なのですが、そこにラテン・フレーバーな演奏がかぶさるというアレンジが楽しいです。

M7. Il mistero di Ledia
はっきりしたリズムや、アルペジオ風だったりルートを弾くだけではないベース、細かなフレーズを刻むギターのバッキングなど、現代風なアレンジがされています。曲の前半はメロディよりも言葉の流れを重視しているような感じですが、後半からサビに入ると流れるようなメロディ重視のイタリアらしい感じになります。

M8. L’elisir del passionario
キーボードのオーケストレーションや、フィドルっぽいヴァイオリン、明るくクリアなガット・ギターのアルペジオを上手に生かした、ほどよくロマンティックなミディアム・テンポのポップス。パタパタと鳴るドラムがちょっと雰囲気違いな感じはします。曲の前半はロマンティックで優しい感じですが、後半から終盤にかけて妙に厚くドラマティックになっていき、最後は演劇を思わせるくらい舞台音楽風になるという、ちょっと不思議な構成です。

M9. L'alchimista
ヴィブラフォンのような音色のエレクトリック・ピアノややわらかな音色のホーンがジャズ・フィーリングを感じさせます。ベースやドラムなどのリズムもジャズ・ポップス風です。でもサビ前あたりからなめらかなメロディを持った美しいポップス調になり、サビでは哀愁度が増してイタリアらしいポップスへとなっていきます。

M10. Addio Milano, addio
派手なシンセサイザーのイントロが歌謡ロックぽく感じます。ほのかな哀愁をまとったシンプルなメロディは、もしバックの演奏がスパニッシュ・ギターだったらフラメンコになりそうな感じです。曲の中間部ではひさしぶりにアコーディオンが出てきて南欧・ラテンな味わいを深め、サビでは流れのある美しいメロディがイタリアらしさを感じさせます。バックに聴こえるハープのような音色(Mauro Paganiの弾くブズーキかもしれません)も心地いいです。

M11. Il tritacuore
M4のインストゥルメンタル(カラオケ)ヴァージョンです。

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2008/01/30

THEATRE DU CHENE NOIR / AURORA (1971)


フランスのアヴァンギャルド・グループ、Theatre du Chene Noir(テアトル・デュ・シェン・ノワール)のファースト・アルバム。彼らの作品は1977年の『Orphee 2000』を以前に聴いたことがあって、なんだかえらく演劇風というか舞台っぽい音楽だなと思った記憶が残っているのですが、きっとグループ名どおり、もともとは実験的な演劇集団なのではないかと思います。

このファースト・アルバムも、いわゆる音楽としてどうかというと、あまりにアヴァンギャルドというか、少数編成の管楽器とパーカッションを中心にしたプリミティヴな感じの音楽に詩の朗読が乗っているようなものだったりするので、聴き手をかなり選ぶと思います。「音」はあっても「歌」はほとんどない音楽ですから。でも、ある種のシャーマニズムを帯びたその「音」と「声」の連なりには「物語」が感じられ、暗闇に浮かび上がる舞台のイメージが頭の中に広がってきます。Amon Duul(アモン・デュール)などのドイツのグループが持つような呪術性や混沌を感じさせながらも、やはりシアトリカルな表現が得意なフランスならでは音楽といえるのかもしれません。

なお、おそらくこのグループの発祥の地であろうと思われるフランス・アヴィニヨン(Avignon)の劇場、Theatre du Chene Noir d'Avignonはいまも現存するようです。

Theatre du Chene Noir d'Avignon
http://www.theatreduchenenoir.asso.fr/



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2008/01/24

ROSALINO CELLAMARE / ESPERIENZE (1975)


1953年8月13日、ミラノ南部にあるドルノ(Dorno)という町で生まれたRosalino Cellamare(ロザリーノ・チェッラマーレ)。1970年にNada(ナーダ)とともにサンレモ音楽祭に出場し「Pa' diglielo a ma'」を歌ったのがカンタウトーレとしてのスタートでした。1971年には夏のレコード祭(Un disco per l'estate)に「Il gigante e la bambina」で参加。地道な音楽活動を続け、1973年にRCAレーベルから全曲自作のデビュー・アルバム『Il bosco degli amanti』をリリースします。同年にセカンド・アルバム『Dal nostro livello』をリリース。そして1年あいだをあけた1975年にリリースされたサード・アルバムが『Esperienze』です。

1980年リリースのフォース・アルバム『Una citta' per cantare』以降、アーティスト名をRon(ロン)と変え、数年ごとにコンスタントにアルバム・リリースを続け、これまでに20枚くらいのアルバムがあります。いまも現役で活動中ですが、Rosalino Cellamare名義でリリースされた1970年代のアルバムはたぶん、まだ1度もCD再発されていないと思います。自分もRon名義のアルバムは数枚聴いたことがあるのですが、Rosalino Cellamare名義のアルバムを聴くのはこれが初めてです。

“Ron”の音楽に対しては、メロディが綺麗で破綻がなく、上手にまとまっているようには思うし、少しかすれた歌声も味わいがあるとは思うけれど、あともう一歩のところでドラマ性や奥深さのアピールが足りないというのが自分の印象でした。しかし“Rosalino Cellamare”のこのアルバムは、なかなか聴かせてくれます。1970年代半ばのリリースだからということもあるのでしょうが、同時期にリリースされたLucio Battisti(ルーチォ・バッティスティ)Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)、あるいはClaudio Rocchi(クラウディオ・ロッキ)などにも通じるような「プログレッシヴな雰囲気」がそこかしこに漂っているのです。時代の音なんでしょうね。

前半は比較的淡々と歌い、サビあたりから力強い歌唱になる曲のスタイル。いくぶんサイケデリック・フォークがかったアコースティック・ギターのアレンジ。ドラマ性、ストーリー性を感じさせるオーケストラやコーラス。LPのB面に配置された10分を超える組曲。自分がとても気にいっていた「イタリアの音」、以前は「これがイタリアの典型的なカンタウトーレ・スタイルだ」と思っていた音楽が、ここにはふんだんにあります。Rosalinoの歌い方も緩急があり、最近の彼よりもずっと表情豊かに感じます。バックにSchola Cantorum(スコラ・カントルム)が参加していて、いかにも彼ららしいコーラスが聴けるのも自分にはとても好ましい。ハープのアルペジオをバックに寂しげに歌われる曲で余韻を残してアルバムが終わるのも、いかにもあの頃の美意識ぽくて、自分は好きです。

カンタウトーレとして、ポップ・シンガーとしての人気は“Ron”になってからのほうが高いし、おそらくイタリアン・ポップスのファンの多くも“Ron”の音楽のほうが好きでしょう。でも自分には“Ron”の音楽よりも“Rosalino Cellamare”の音楽のほうがずっと魅力的に聴こえるようです。“Ron”にはほとんど興味がない自分ですが、“Rosalino Cellamare”のアルバムはぜひ聴いてみたい。1970年代の初期3枚がCD再発されることを期待したいと思うに充分な作品でした。

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2008/01/18

RAINBOW THEATRE / THE ARMADA (1975)


1973年に結成されたオーストラリアのプログレッシヴ・グループ、Rainbow Theatre(レインボウ・シアター)のファースト・アルバムです。ずいぶん以前に「名盤」と名高いセカンド・アルバム『Fantasy Of Horses』を聴いたことがあるのだけど、ラッパがぶかぶかとうるさいジャズ・ロック程度の印象しか残っていなくて、実はあんまり興味のあるグループじゃありませんでした。でもこのファースト・アルバムは「合唱入り」らしいということで、ちょっとだけ期待して聴きました。

やはり、ぶかぶか鳴るラッパが主張するジャズ・ロックといった印象も強いのですが、妖しく冷たい響きのメロトロンが鳴り出すと一気に空気が変わり、シンフォニックな印象が強まります。一瞬にして印象を変えることができるメロトロンって、やっぱりすごい楽器だなと思います。

期待していた「合唱」も、混声が多用されていてうれしいです。ただ、大人数で歌詞を歌い上げる合唱ではなく、メイン・ヴォーカルのうしろでスキャット・コーラスをするだけなのが残念。混声合唱による「歌」をもっと聴きたかったです。また、おそらくこのグループの「売り」であろうと思われるホーン・セクションの演奏技術が微妙に低いところも残念に思います。

メイン・ヴォーカルはときどきクラシック風な歌唱をまじえますが、印象としてはイギリスのファンタジック系シンフォニック・グループにありそうな感じです。というか、演奏も含め全体的にブリティッシュぽい感じがします。オーストラリアというとどうしてもSebastian Hardie(セバスチャン・ハーディ)のような「おおらかな印象」を自分は思い浮かべてしまうのですが、Rainbow Theatreの音楽には大陸的なおおらかさを感じません。

アルバムの最初と最後に15分程度の組曲を置き、そのあいだに小曲3曲をはさむという構成はいかにもプログレ的です。組曲では、ジャズ・ロックやシンフォニック・ロック、ファンタジックなヴォーカルなどが聴けますが、それらの要素がすべて渾然一体となって力強い相互作用を見せるということはなく、たんに順番に並べただけのように感じてしまうところが黎明期のプログレというか、アート・ロックの残り香というか、そんな感じです。ですが、こういった感じは嫌いじゃなかったりするので、けっこう楽しめてしまいました。ブラス・ロック・パートはあまり自分の好みではありませんが、やはりメロトロンと合唱の魅力には逆らえません。


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2008/01/15

IL MITO NEW TROLLS / TR3 (2007)

主に1970年代から80年代にかけて精力的に活動していたNew Trolls(ニュー・トロルス)ですが、1990年代になると活動が途切れがちになり、1996年のサンレモ音楽祭に参加しアルバム『Il sale dei New Trolls』をリリースしたあとにグループが分裂。以後、Nico Di Paro(ニコ・ディ・パーロ)率いるIl Mito New Trolls(イル・ミト・ニュー・トロルス)と、Vittorio De Scalzi(ヴィットリオ・デ・スカルツィ)率いるLa Storia dei New Trolls(ラ・ストーリア・デイ・ニュー・トロルス)というふたつのグループが「New Trolls」の名前を掲げ、New Trollsの曲を演奏するグループとしてライヴ活動を続けていたようです。

La Storia dei New Trollsのほうは2001年に、1998年に行なったベスト選曲的なライヴと、2000年に行なったオーケストラ入り「Concerto Grosso」再現ライヴをCDでリリースし、日本のファンにも存在をアピールしたのですが、Il Mito New Trollsのほうは活動そのものはいくらか伝わってくるものの、具体的な音源が日本にまで届くことはありませんでした。そのかわり届いたのが、Nico Di Paroがクルマで大事故にあい、半身不随になったという噂。これにより、Il Mito New Trollsもそのまま消滅かと思われたのです。

ところが2007年にVittorio De Scalzi率いるNew Trollsが前年に続き2回目の来日公演を行なうことがアナウンスされ、そこで新曲「Concerto Grosso 3」を披露することが発表されました。しかも、そのステージには懸命なリハビリにより音楽界に復帰したNico Di Paroが同行するとも。そして日本のファンは初めて、La Storia dei New Trolls