ジャンル:プログレッシヴ

2008/09/11

LITTLE TRAGEDIES / THE SIXTH SENSE (2006)

1994年に結成されたロシアのプログレッシヴ・ロック・グループ。トータル・タイムが80分近い大作で、全12曲収録のうち7分以上の曲が6曲、そのうち2曲は10分以上と、収録曲も大曲率が高いです。スピーディでクラシカルでテクニカルな演奏に、東欧らしい哀愁も入り混じり、タイプとしては自分好みの要素がたくさんあるのですが、なぜかあまりのめりこめないのはなぜだろう。

バックを含めた演奏部分は意外と爽やかです。チェンバロ系のキーボードやフルートなど、クラシカルな楽器も使われていますが、あまり湿っぽくならず、むしろ乾いた印象があるのはロシアにしては珍しいような気がしないでもないです。一方、ヴォーカルはロシア語で歌われている(のですよね?)こともあってか、妙に哀愁度が高い。ただ、言葉の響きと声自体の哀愁度は高いけれど、歌メロは意外と平凡であまり魅力を感じませんし、ヴォーカリストとしてのうまさも感じません。このあたりが、自分にとってあまり楽しめない理由のひとつかも。

また、わざとかもしれませんが、往年のプログレッシヴ・ロック・グループに似た(似せた?)演奏が頻出し、なんだか落ち着きません。明らかにPink Floyd(ピンク・フロイド)かと思えば1970年代後半頃のOmega(オメガ)もどきな部分やSolaris(ソラリス)みたいなところもあり、かと思えばアメリカン・プログレ・ハード風だったり、ドイツのシンセ・プログレ風だったり。しかも、曲ごとに違うグループ、違う雰囲気、だけど耳になじんだ感じの演奏やメロディが飛び出すので、だんだんなにを聴いてるのだかわからなくなってきてしまったり。そして歌メロはなんだか哀愁の韓国ポップス風?

演奏はうまいと思うし、上手に展開する曲づくりも悪くないと思います。けっこう複雑で密度も濃い楽曲が並べられていると思うのだけど、なにかこう、がしっと心をつかまれるところ、グサッと心に突き刺さるところ、じわっと心に染みいるところが感じられず、なんとなくあっさりさっぱりした印象が残りました。こてこてなのに薄味、みたいな感じ。なんだろうなぁ、やっぱ、歌を含めた個々のメロディの魅力が少ないのかなぁ。


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2008/07/10

RICK WAKEMAN / THE MYTHS AND LEGENDS OF KING ARTHUR AND THE KNIGHTS OF THE ROUND TABLE (1975)

正式タイトルがすごく長くて覚えられません。邦題はシンプルに『アーサー王と円卓の騎士たち』でした。タイトルどおり、イギリスの古典?「アーサー王伝説」がテーマのコンセプト作のようです。

神話とか伝説をモチーフにしたイギリスのシンフォニック系作品って、ヴォーカルがファンタジックで弱っちいものが多いように思うのですが、このアルバムでのヴォーカルはなかなかにパワフルです。妖精も神秘の森も浮かんできません。むしろパワフルすぎて、ときにラテン民族を思わせたり、ソウルフルにも感じたり。これがテーマや曲想に合っているのかどうか、微妙に思います。自分には、あまり魅力的には感じられません。

M1「Arthur」で登場する、おそらくアーサー王のモチーフ、M3「Guinevere」で登場する、おそらく王妃グィネヴィアのモチーフが、他の曲でも繰り返し現われて、トータル・コンセプト・アルバムとしての印象を強く感じさせます。とくにグィネヴィアの(と思われる)モチーフはメロディが美しく印象的。一方、アーサー王の(と思われる)モチーフはファンファーレ風の華やかさや力強さを持ったメロディがさまざまなアレンジで、ときには勇猛に、ときにはもの悲しく演奏され、アーサー王の心の動きや葛藤を感じさせます。

全編に大編成のオーケストラが配置され、混声合唱の導入比率も高いのだけど、あまり荘厳でクラシカルという感じはなく、意外と爽やかで力強い劇伴風な印象です。M2「Lady of the Lake」や、M5「Merlin The Magician」とM6「Sir Galahad」の導入部では合唱のみで聖歌風の雰囲気もありますが、M4「Sir Lancelot and the Black Knight」はむかしの冒険活劇映画のテーマ曲風だったりしますし、M5の中間部ではラテンぽかったりカントリー・フレーバーだったり、さらにはカートゥーン風のコミカルな印象もあったり。アルバム・ラストのM7「The Last Battle」ではおなじみのモチーフを繰り返し散りばめ、さまざまな場面転換をしながら合唱とオーケストラで終幕へ向けて盛り上がり、ついには大団円を迎えます。派手で大仰な作風ですね。これでもっと歌メロとヴォーカルに魅力があったならなぁと思います。




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2008/06/19

PAUL GAFFEY / MEPHISTOPHELES (1975)

オーストラリアのシドニーで録音された、ゲーテの戯曲『ファウスト』などで有名な悪魔・メフィストフェレスをテーマにしたコンセプト・アルバム。ジャケットの背にはヴォーカルを担当したPaul Gaffey(ポール・ガフィー)の名前がクレジットされているので、ここでも便宜上「Paul Gaffeyの“Mephistopheles”というアルバム」にしておきますが、実際は作詞・作曲を手がけたSimon Heath(サイモン・ヒース)が中心となったプロジェクトのようです。

52人からなるオーケストラを全編に配し、15人の合唱隊をしたがえて展開されるロック・オペラ。非常にドラマティックで厚みのある演奏が聴けます。ただ、もう30年以上前の作品ということもあり、曲調はどことなく古くさいミュージカル風。オーケストラの使い方もプログレッシヴ・ロックというよりは劇伴風というか、映画のサントラ風で、ここにも時代を感じます。それでもオーケストラの熱の入った演奏や工夫の感じられる楽曲展開、アルバム構成などは、いまでも楽しめると思います。

ロック・オペラということもあり、歌メロに歌詞優先・台詞優先の部分がいくらか見受けられ、歌曲としてのメロディの魅力が制限された感じを受けます。ロック・オペラであるための演劇調のヴォーカルが、ときに楽曲にうまくマッチしていないように感じられるのと、Paul Gaffeyのヴォーカル・スタイルもこうしたシアトリカルな歌唱にあまり合っていないように思います。

また、せっかく15人もの合唱隊がいながら、彼らにスキャットのコーラスしかさせていないのがもったいない。メイン・ヴォーカリストと一緒に歌詞を混声のハーモニーで歌わせるとか、メイン・ヴォーカリストもまじえた複数旋律のヴォーカライゼーションを導入するとか、もっと合唱隊を上手に使い倒していたなら、よりドラマ性と厚みがましたように思います。それと、リズム・セクションが弱いなぁ。せっかくオーケストラが力強く分厚くドラマティックに鳴っているのに、リズムのアレンジが単調だしドラムの音はバタバタしてるしで、ちょっと興ざめです。

M1: Mephistopheles
不安げなオーケストラ。サスペンス映画のBGMのよう。アコースティック・ギターのコード・ストロークとドラムの音になんだか艶がないというか、なめらかさがないように感じるのは、残響処理がうまくいってないからでしょうか。せっかくオーケストラがつくりだした雰囲気をリズム楽器が壊している感じです。

M2: So Sad
ちょっとシリアスな感じのオーケストラ。うっすらと悲壮感を漂わせるメロトロン。オルガンとスキャットによる合唱が入るパートはクラシカルで荘厳な雰囲気。

M3: Dreamer of Dreams
おだやかな弦楽四重奏をバックに歌われる静かな曲。夜想曲といった感じです。

M4: Paradise
深い響きのピアノとスキャットの合唱によるイントロはクラシカルですが、ヴォーカル・パートは古いロックンロール風。軽快なピアノのコード・ストロークと、ぶかぶかと鳴るラッパに、言葉を投げるような演劇調ヴォーカルがミスマッチ。

M5: Dear People
深遠なメロトロンの響き。悪魔の甘い言葉を囁くヴォーカル。悪夢への入口を感じさせます。

M6: Finale
M1のテーマへ戻ります。クラシカルなオーケストラと合唱に、やっぱりリズムがそぐわない感じが残ります。

LPでA面だったM1~M2、LPのB面だったM3~M6は途切れなしに演奏されます。おおよそ同年代のロック・オペラだからか、Emilio Locurcio(エミリオ・ロクルチオ)の『L'eliogabalo』(1977)とか、Tito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)の『Orfeo 9』(1973)などにもどこか通じるような雰囲気があるように思います。



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2008/06/17

COS / PASIONES (1983)


Daniel Schell(ダニエル・シェル)率いるベルギーのグループ。彼らは約10年の活動期間中に5枚のアルバムをリリースしていて、この『Pasiones』が最終アルバムとなっています。なんでも、スペインの内乱がテーマのオペレッタのようです。

彼らの音楽は(といっても自分はこの『Pasiones』と1978年の『Babel』の2枚しかアルバムを聴いたことがないのですが)、言葉で表現するのが難しい。プログレッシヴ系のウェブサイトなどではアヴァンギャルドとかジャズ・ロックと紹介されていることが多いようで、たしかにそういわれればそうかもしれないと思いつつも、いや、そうじゃないよなとも思ってしまいます。アヴァンギャルドという言葉からは、とっつきにくい感じ、なんだか深刻そうな感じが自分には想像されるのだけど、ここで聴かれる彼らの音楽は軽快で楽しげでポップです。ジャズ・ロックという言葉からは、テクニカルな印象が前面に出ていたり、スタイリッシュな雰囲気が自分には想像されるのだけど、ここで聞かれる彼らの音楽は、たしかにすごくテクニカルな演奏はしているけれど、前面に出ているのはユーモラスだったりコミカルだったり、およそテクニカルともスタイリッシュとも違った印象。

シャンソン風だったり、南欧風だったり、ジャジーだったり、レゲエやアフリカンな雰囲気もあったり、なんでもありな曲調。軽快なリズム。オペレッタらしい演劇調のヴォーカルやコーラス。軽やかなユーモアとコミカルな感じにインテリジェンスが入り混じったような感じです。なんとなく気の抜けたようなギターが耳に残るので、ぼんやり聴いているとどうということもない簡単な演奏のように感じるけれど、よく聴くととんでもない変則拍子を非常に細かいアレンジ・アンサンブルで演奏してたりします。ときにNina Hagen(ニナ・ハーゲン)のように、あるいは怖くないArt Bears(アート・ベアーズ)のようにも感じますし、曲によってはTalking Heads(トーキング・へッズ)なども思い出しました。アルバムを聴き終わって残ったのは、軽やかで楽しげな、変なアヴァンギャルド・ポップという印象。うん、やっぱり一筋縄ではいかない感じです。

ちなみに手元のCDはM14以降がボーナス・トラックで、ライヴ録音などが収録されているのですが、ライヴになると軽やかさが少し薄れるというか、ライヴならではの力強さ、ロックな感じが少し強調されるようで、これはこれでまた楽し。



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2008/06/11

RUNAWAY TOTEM / TEP ZEPI -L'era degli dei- (2002)

1980年代の終わりごろに結成され、1993年にアルバム・デビュー。その後、3年ごとくらいにコンスタントにアルバム・リリースを続け、いまも現役で活動中のイタリアのグループ。『Tep zepi』は彼らの4枚目の作品になります。

非常にハッタリの効いた作風だと思います。タイプとしてはダーク・ヘヴィ・シンフォニック・プログレッシヴなのでしょうが、さらにゴシック・メタルなどの要素も混じっているような。重いリズムの上を金属質な音色のギザギザしたエレキ・ギターが暴れまわる様は狂暴にすら感じられますが、ヴォーカル・パートでは一転して聖歌隊のソリストのような深みと奥行きのある声で落ち着いたおだやかなメロディを歌い、ヒューマン・ヴォイスをサンプリングしたと思われるシンセサイザーによる重厚なコーラスがクラシカルで荘厳な世界をつくりあげます。フランスのMagma(マグマ)との類似性について言及されることが多いようですが、自分はMagmaをほとんど聴いたことがないので、よくわかりません。それよりは、同じイタリアということもあってか、Il balletto di bronzo(イル・バレット・ディ・ブロンゾ)Metamorfosi(メタモルフォシ)に通じる匂いがときどきするというほうが、自分にはわかりやすいかも。あと、King Crimson(キング・クリムゾン)にも通じる部分があるように思います。

曲の構成がどれも、重く密教めいた怪しさをもって狂暴に力強く演奏されるパートと荘厳でクラシカルで美しいヴォーカル・パートの極端な対比というパターンで、あまりヴァリエーションはない感じだし、リズムが細かく速くなってくるとドラムの手数が追いつけていないような印象もときどきあるし、ヴォーカルの音程が多少あやしかったりもするのですが、それらに気をとられる暇を与えずに一気に聴かせきる勢いと力を感じます。いくぶんもっさりしたドラムもむしろ魅力的に感じるし、ハード・エッジでメタリックなエレキ・ギターは非常にかっこいい。そしてメロディのはしばしに、やはりイタリア、これぞイタリアと意識させる、熱くドラマティックで美しいイタリアン・プログレッシヴの香りが色濃く感じられるのが非常に好ましい。シンセサイザーの安っぽいデジタルチックな音づくりだけがちょっと残念です。


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2008/06/04

HALLOWEEN / MERLIN (1994)


1988年にアルバム・デビューしたフランスのシンフォニック・グループ。デビュー作の『Part One』はたしか、けっこうシアトリカルで力強いドラマティックなシンフォニック・プログレッシヴだった気がします。『Merlin』は彼らのサード・アルバムで、タイトルからわかるとおり、アーサー王伝説などで有名な魔術師マーリンをテーマにしたコンセプト・アルバムのようです。グループ名がHalloween(ハロウィーン)で、テーマがMerlin。いかにもな組み合わせのように感じます。ちなみに日本ではドイツのメロディック・スピード・メタル・グループのハロウィーンのほうが有名かと思いますが、ドイツのハロウィーンは綴りがHelloweenなので注意。

さて、このアルバム。プログレ・ファン、シンフォ・ファンのあいだでは評判がいいようですが、自分にはあまり魅力的に響きませんでした。中世ヨーロッパの伝説の魔術師がテーマらしく、妖精や魔物が潜む森を思わせるようなファンタジックでどこか怪しい雰囲気はよく出ています。ブラスやストリングスによるファンファーレ風のアンサンブルも頻繁にあり、古い西洋映画に出てくる宮殿のシーンが思い浮かんだり、まるで雨の降る森の中を馬車で進んでいるような映像が頭に浮かぶところがあったりと、物語を感じさせ、映像イメージを喚起させる音楽ではあります。

でも、どこかこう、突き抜けていないというか、あと少しのところで「普通で平凡」なまま終わってしまっているというか。せっかくダーク・ファンタジーぽい場が脳内イメージを満たしそうだったのに、その後に続く妙に軽快な演奏ですかされてしまったり、中世ヨーロッパを感じさせる映像がまぶたの裏に広がってきたのに、なんだか安っぽい合成写真のようなものに塗り替えられてしまったり。せっかくチャーチ・オルガンを使っても、どこか荘厳になりきれない。女性ヴォーカルは透明な歌声だけど、ミステリアスさとシアトリカルさが中途半端。一見、魔物や妖精が潜んでいる暗く大きな森に見えるのだけど、横幅が広いだけで奥行きはあまりなく、入ってみたら意外と陽射しは明るいし風通しもよくて爽やかな、ピクニックにもこれそうな林だった、みたいな印象です。

小規模な管弦楽によるクラシカルなバロック・アンサンブルを導入したり、M6「Morgane」のエンディングでは身の毛も凍るような恐ろしい笑い声を入れてみたり、映画音楽風の映像感たっぷりな曲があったりと、いろいろと頑張っているのだけど、どれもがもうひとつ突き抜けていないのが残念。飛び切り魅力的なメロディがあるとか、圧倒的なテクニックがあるとか、心拍を高めずにはいられないロック感があるとか、聴き手を中世ヨーロッパの舞台に引きずり込んで帰さない表現力や説得力があるとか、なにかひとつ突き抜けたものがあれば、もっとよかったのだけど。全体にあっさりしていて、心地よく聴けるシンフォニック・プログレではあります。


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2008/05/28

KHATSATURJAN / ARAMED FORCES OF SIMANTIPAK (2006)

フィンランドのプログレッシヴ・グループ、Khatsaturjan(ハチャトゥリアン)のセカンド・アルバム。70分弱にわたるアイデア満載のロック・シンフォニーが展開されます。ちなみにハチャトゥリアンといえば有名なロシアの作曲家の名前ですが、ロック・グループのKhatsaturjanはとくにクラシックのハチャトゥリアンの曲を演奏に取り入れたりはしていないようですムソルグスキーベルリオーズヘンデルの曲は使ったりしてるのに)。そのかわり、デビュー作である『Aramsome Sums』(2003)も、セカンドである『Aramed Forces of Simantipak』も、アルバム・タイトルがハチャトゥリアンのファースト・ネームである「Aram」から始まる、というこだわりがあるらしい。

ベース、ギター、ドラム、チェロの4人からなるグループですが、それぞれの担当楽器だけでなく、メンバー全員がヴォーカルをとりキーボードも演奏するため、非常に厚みのあるアレンジが楽しめます。いろいろなアイデアを次々と繰り出して展開していく様は楽しくもありますが、有名どころのプログレッシヴ・グループの曲で聴いたことのあるようなメロディや演奏もけっこうあります。分厚いキーボード・オーケストレーションやハーモナイズド・ギター、頻繁に入る合唱などに力強さとユーロピアンな哀愁を感じつつも、全体の印象は意外とすっきり爽やかで軽快な感じがするのは、北欧だからでしょうか。情緒的ではなく淡々とした印象で歌われるヴォーカルはイギリスのファンタジック系シンフォニックを思い出させます。

若者らしい(みんな1981年生まれ)瑞々しさと勢いがあり、好感が持てます。なんとなく、Mandalaband(マンダラバンド)から「圧倒的な迫力」を除いたような、そんな印象を受けました。

M1: Prelude
キーボードの雄大なオーケストレーション。ファンタジックな雰囲気の、イギリスのシンフォニック・ロックぽい導入部。

M2: The Grand Pariah Lament
M1から途切れずに場面展開して始まります。ほどよく力強くて軽やかでテクニカルな演奏。ストリングスの入る静かな演奏からシンセサイザーのソロへとつながる中間部も含め、いかにもシンフォニック・プログレッシヴらしい曲。

M3: Oh, Cosmic Pearl
力強いリズム。シンフォニックなキーボード。ファンタジック・シンフォニック風のコーラス。軽快なプログレ・ハードといった感じ。中間部ではゆったりとしたリズムのおだやかな演奏に場面転換します。やわらかくなめらかな美しさを持ったメロディには涼しげな清涼感があります。

M4: Advent Rise
チェンバロのようなキーボードによるイントロはバロック風。さらに弦楽器が入り、室内楽風へと変わっていきます。と思っていたらヴォーカル・パートでは荘厳なオルガンが鳴り響き、そこに合唱が入って、合唱ロック好きな自分としてはぞくぞくしてしまいます。序盤はクラシカルな印象が強いのですが、中盤以降はオルガンを中心としたシンフォニック・ロック・テイストが強まります。

M5: Scenario Triangular
3つのパートからなる12分弱の組曲。合唱入りのオルガン系シンフォニック・ロックで始まり、中間部ではシンセサイザーとガット・ギターでおだやかに。そこにリズムが入るとキーボードがやわらかなアルペジオを奏でだし、いくぶんジャジーなエレキ・ギターのソロへとつながります。後半ではハーモナイズド・ギターがほどよい哀愁を振りまくおだやかなシンフォニック・ロックへ。そして、合唱。さらにタンゴ風のパートを経て、最後はシンフォニック・ロックへと戻ってきます。

M6: The New Masters Of My Body
M5から途切れなく始まります。どことなくコミカルな雰囲気のあるストリングスのピッチカート風アルペジオ。ヴォーカルはイギリス系ファンタジック・ロック風。ポップな雰囲気もあって、なんとなくTeru's Symphonia(テルズ・シンフォニア)とか思い出してしまいました。

M7: I've Got Your Daddy's Phonenumber
テクニカル・シンフォニック風のイントロから爽やかなシンフォニック・ロックへ。しかしオルガンと合唱が入ると、どことなく邪悪な雰囲気の漂う怪しい感じになります。さっきまでふつうに八分音符を刻んでいたはずが、気がつくといつのまにかさりげなく付点つき八分音符のシャッフル風にリズム・チェンジされていたりするところが玄人っぽい感じ。プログレ・フュージョンに似た雰囲気もあり、ちょっとKenso(ケンソー)とかが思い浮かびました。

M8: Guidance Of Blinded Light
軽快で爽やかなシンフォニック・ロック。ヴォーカル・ラインはストレートなハード・ロックぽいけれど、コーラスを上手に使ったアレンジはファンタジック・ポップス風でもあります。

M9: Chromatic Movement
5拍子のリズムに憂鬱な感じのヴォーカル。ちょっとシリアスで、いくらか退廃的にも感じられる雰囲気は、Lewis Furey(ルイス・ヒューレイ)などに通じるかも。6/8拍子に変わる間奏部は重ね録りのエレキ・ギターが縦横無尽に鳴り響くシンフォニック・ロック。

M10: The Mass
3つのパートからなる15分超の組曲。クラシカルなピアノのイントロに続いて厳かな合唱。そこに加わるチェロには室内楽風のリラックスした感じがあります。ヴォーカル・パートはマイナー調のメロディですが、細かなリズムを刻む演奏には軽快さがあります。途中でヘンデルのサラバンドを挟み、いくぶんブルージーなシンフォ・ロックへと展開。そこからリズムが速まり軽快なロック・パートへつながるなど、さまざまな場面転換を繰り返しながら進みます。

M11: Upon The Plummeth
演奏なしのスキャットで歌われる、聖歌ぽい合唱。地響きのようなシンセサイザーと、そこに色彩を加えるオーケストラ。呪術めいたヴォイスが入り、最後は教会の鐘の音で終わります。なんだか恐ろしげな終焉です。



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2008/05/13

TRIANA / LLEGO EL DIA (1983)

1974年に結成されたスペインのロック・グループ、Triana(トリアナ)の、6枚目のアルバム。このアルバムをリリース後、グループはいったん解散しますが、1990年代に再結成され、4枚くらいの作品をリリースしているようです。

いまでこそ、英米以外でも電気やガスといったインフラストラクチュアが整った都市生活をおくれる国であればおそらく世界中どこにでもロック・ミュージックはあるだろうと、当たり前のこととして感じられますが、ほんの20年くらい前までは、イタリアといえばカンツォーネ、フランスといえばシャンソン、ソ連といえばロシア民謡くらいしかイメージできなかったわけで。また、そうした国で生まれたロックには、どことなくそれらのイメージに近い雰囲気をきちんとまとっていました。つまり、イタリアのロックであればカンツォーネの香りがしたり、フランスであればヴォーカルがやっぱりシャンソン風であったり。大衆音楽であるロックと、そうした地域性を感じる音楽が入り混じったところが新鮮であり、まだ見ぬ国への想像力をかきたてたものです。

では、スペインといえば? そう、フラメンコです。

イタリアやフランス、ドイツのグループにくらべ、スペインのグループが日本に紹介されたのは遅かったように思います。量的にも、ずいぶん少ないのじゃないでしょうか。これまでにあまり聴いたことのない「スペインのロック・グループ」からどんな音が出てくるのか、やっぱりフラメンコ・テイストたっぷりのロックなんじゃないだろうか... しかし、その期待にストレートに応えてくれるグループは、意外と少ないのが実態です。フラメンコチックなギターがちょこっと顔を出すことはあっても、全体にはもっと軽快ですっきりとしたロック、フュージョンぽいなめらかさや軽やかさを持った曲が多く、スペイン&フラメンコのイメージを強く持つグループは、実はあまり見当たらないのです。むしろスペイン国外のグループのほうが、よりスパニッシュ・フレーバーなロックを演奏しています。たとえば、Santa Esmeralda(サンタ・エスメラルダ。ポルトガル系アメリカ人を中心にフランスで結成されたグループ)や、Carmen(カルメン。出身はアメリカだけど、主にイギリスで活動していたグループ)、Gipsy Kings(ジプシー・キングス。南仏のプロヴァンス出身で、主にフランスで活動)などのほうが、よほどスペインぽい感じです。

そんななか、きっちりと「スペイン出身」を感じさせてくれるスペインのロック・グループが、このTriana。分厚いキーボードのオーケストレーションにスパニッシュ・フレーバーたっぷりなガット・ギターの演奏が絡み、独特の哀愁を振りまく歌メロが乗る。まさにイメージどおり、スペインでしかありえないと素直に感じられるスパニッシュ・ロックを演奏するグループ。とくにファースト、セカンドの哀愁度、完成度は素晴らしく、スパニッシュの名盤といえます。

当初はキーボードを使ったシンフォニックな要素も多かったのですが、その後、徐々にキーボードの比重が減っていったようで、6枚目となるこの『Llego el dia』ではかなりシンプルな演奏になっています。ピアノやオルガンのクラシカルな響きが心地よく、ポップ度を増したけれど埃っぽい哀愁のきちんと残ったスパニッシュな歌メロが楽しいです。ときおり地中海プログレっぽい印象を見せたり、古い芝居小屋っぽい雰囲気を漂わせたりすることもあり、野暮ったくも味わい深いアルバムと思います。

M1: Desnuda la manana
フラメンコの香りのする歌メロ。ソレアレス風味のあるアコースティック・ギター。エレキ・ギターはツインでハーモニーを聴かせ、ほどよい洗練を感じます。

M2: Perdido por las calles
フラメンコというよりはラテン・ポップス風でしょうか。レゲエっぽいリズムにスペインらしい哀愁を持ったメロディがのります。明るい感じがするのに哀愁も混じってるところがスペインぽいように思います。歌のバックで四分音符の三連を刻むキーボードのコート・ストロークが印象的。

M3: De una nana siendo nino
ピアノによるイントロはベートーヴェンの「月光」風でしょうか。8分の6拍子によるミディアム・スローの曲で、オルガンのひなびた響きも印象的。少しざらついたあたたかみのあるキーボードの音色には、どことなくPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)を思い出したり。メロディを奏でるように動き回るベースをバックに哀愁のメロディが歌われます。エレキ・ギターはちょっとブルージーな感じ。

M4: Aires de mi cancion
スペインらしいフラメンコ風のガット・ギターで始まります。歌メロもスペインらしい、どこか野暮ったい感じのする哀愁。しかしバックはテクニカル・プログレのような雰囲気があり、そこに南欧や地中海の香りが混じって、どこかPFMにも通じるような印象を受けます。

M5: Llego el dia
クラシカルなコード進行を奏でる古色ゆかしいオルガンの響きにProcol Harum(プロコル・ハルム)を思い出したり。シンプルなメロディですが、サビではコーラスが入り、ほどよい哀愁があるところはTrianaらしい味わいです。静かなオルガンの上に抑えたギターと子供たちの歌が入る間奏はシンフォニックな味わいで、その後のリズム隊が入ったパートとともにプログレッシヴ・ロックらしい感じがします。

M6: Querida nina
リズムの強調されたミディアム・テンポのロック。いまとなってはキーボードの使い方がちょっと古くさく野暮ったい感じがしますが、味わいのあるヴォーカル・ラインはTrianaらしいです。

M7: Como el viento
ミュートをつけたホーンのくすんだ音色が、スペインというよりは、どことなく大正浪漫風。古い芝居小屋めいた、どことなく怪しく胡散臭い感じが漂います。


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2008/04/14

Opus Avantraの夜 ―― April 12, 2008 - 川崎クラブ・チッタ

Opus Avantra(オプス・アヴァントラ)。イタリアのプログレッシヴ・ロック界が生んだ至宝。1974年にリリースされたデビュー・アルバム『Introspezione』は芸術と世俗、伝統と革新、叙情性と攻撃性、その他もろもろの対立要素が絶妙なバランスの上に配置され構築された奇跡のような作品でした。その奇跡を生み出したグループが、奇跡の創出から34年を経て、初めて日本にやってきたのです。しかも、たった一夜限りの公演。観ないわけにはいきません。

ふだんは600席くらいのキャパシティがある川崎のクラブ・チッタですが、この日は限定300席。ふだんの半分です。そのため、空間の広い非常にゆったりとした座席配置になっていました。この時点ですでに、いつものライヴ・コンサートとは趣が違います。

開演は18時。オープン前のテープとアナウンスに続き、『Introspezione』の1曲目「Introspezione」が始まります。非常に即興演奏色の強いアヴァン・ギャルドなピアノ。でも、ステージ上で演奏してない。これもテープでした。あれれ?

ところで、彼らのファースト・アルバムって最近では『Introspezione』というタイトルで通っていますが、もともとのLPの背にはたしかOpus Avantraというグループ名しか入っていなかったというように記憶しています。だからむかしは「Opus Avantraのファースト・アルバム」もしくは「Opus Avantraというアルバム」と呼んでいたように思うのだけど、いつのまにアルバム1曲目の曲名である「Introspezione」がアルバムそのもののタイトルになったのでしょうか?

それはともかく、本編が始まってもいきなりテープで拍子抜けしましたが、リリカルなピアノ・パートからはステージ上での実際の演奏が始まりました。そして、いまだステージに現われぬDonella Del Monaco(ドネッラ・デル・モナコ)の歌声がスピーカーから聴こえはじめ、しばらくしてステージ左の袖からDonellaが歌いながら登場。

Donella、でかい。

むかしのオペラ歌手のように体積のある体つきのおばちゃんになっていました。イタリアン・プログレ界で太ったオペラ歌手のように体積のある体つきの美声ヴォーカリストといえばBanco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)のFrancesco Di Giacomo(フランチェスコ・ディ・ジァコモ)というのが以前はプログレ・ファンのあいだでの共通認識だったはずですが、考えを改めねばなりません。たぶん、いまのDonellaのほうがいまのFrancescoよりも大きいんじゃないでしょうか。

Donellaが登場し、Opus Avantraのメンバーがステージ上に揃ったあとは、よどみなく演奏が進みました。いわゆるプログレのライヴ・コンサートと大きく趣を異にするのは、アンコール時の簡単なメンバー紹介のとき以外、ただの1度もMCが入らなかったこと。ステージ構成の一部としての詩の朗読? モノローグはありましたが、それと歌以外の「声」がステージ上には一切なかったのです。

思うに、Opus Avantraのステージは「コンサート」ではなく、「ミュージック・パフォーミング・アート」とでも呼ぶべきなのでしょう。とくに2時間の公演のうちの前半約1時間はアルバム『Introspezione』の再現となっていて、アルバム収録順に曲が演奏されます。

『Introspezione』の素晴らしいところは、個々の曲にあるのではなく、ああいった音の組み合わせを持った「単位」としての曲があの順番に配置されたこと、その「単位」の流れが心と頭を揺さぶるように組み合わされていたことにあります。「Il pavone」のように単体として美しい名曲もありますが、本来の「Il pavone」の役割は『Introspezione』という作品全体の中であの位置に配置されることだと思うのです。この曲も作品全体のなかのひとつの要素、ひとつの「単位」として扱われることで、作品全体の魅力度が高まるのです。

その意味で、ステージ上でも『Introspezione』が収録順そのままに演奏されたのは正解だと思います。ただ、観客側には「ステージで展開される『Introspezione』を堪能する準備」ができていなかったかもしれません。つい、ふつうのコンサートと同じ気分で、1曲終わるごとに拍手をしたくなってしまうし、してしまう。そこで『Introspezione』の流れが分断されてしまう。『Introspezione』を構成する曲は、いわゆる「曲」ではなく、『Introspezione』という作品の一要素です。クラシックでいうなら楽章みたいなものかもしれません。それを理解し、『Introspezione』の最初から最後まで流れを止めることなく演奏させてあげられたなら、もっと堪能できたかもしれません。

ステージ上には美しい女性4人のストリングス・クァルテットがいて、その音色やヴィジュアル(プラチナ・ブロンドのヴァイオリニストがめちゃめちゃ綺麗だった)で魅了してくれるだけでなく、曲によっては演奏しながらステージの中央まで出てきてダンス?や、Donellaを相手にちょっとした演技?を見せてくれます。このアクションが、なんというか非常に古い感じ。アングラ演劇ぽいというか、むかしの映画に出てくるドラッグ服用による幻想シーンのような印象でした。

後半のステージではセカンド・アルバム以降の作品から何曲かずつピック・アップして演奏されました。個人的にはセカンドから「Flowers on Pride」が演奏されたのが非常に嬉しい感じです。途中、Alfredo Tisocco(アルフレド・ティゾッコ)のピアノ・ソロ曲で激しい眠気が襲ってきたのはきっと花粉症の薬を飲んでいたせいだということにしておきますが、全体に満足のいくステージでした。

ちょっと残念だったのは、Donella Del Monaco。もともとこの人、ヴォーカリストとしてはそんなにうまくないと思うのですが(Donella信者からの反感を一気に集めそう...)、アルバムから想像していた以上にうまくなかった。もちろんクラシックの素養もあるようなので、そこらの中途半端なポップス系ヴォーカリストよりはうまいのですが、地声での歌唱は声量が足りないし音程も少しふらつき気味、ファルセットでのオペラ唱法ではさすがに声量たっぷりですが、意外と表現力がなくて一本調子。残念ながら、衰えを感じました。サビだけファルセットの「Il pavone」もなんだか変な感じ。オリジナルはずっと地声なのに、なぜああいうかたちにしたのでしょうか。地声の高音が出なくなっちゃったのかな。いっそ全編ファルセットで歌ってもらえたら、それはそれで新しい魅力があったかもしれないのに。

Opus AvantraというグループにとってDonellaが重要な役割を持っていることはわかるけれど、その役割はグループのコンセプトとか楽曲のアイデアといったところに抑えたほうがいいのかもしれません。それを「歌」で表現するシンガー/ヴォーカリストとしての役割は、もっと歌える人にまかせたほうがいいのかも。Donellaのヴォーカルってこれまでも、Opus Avantraというグループの中でOpus Avantraの作品を歌っているときしか自分には強い魅力を感じられなかったのだけど、ステージ上のDonellaは、Opus Avantraに囲まれてOpus Avantraの作品を歌っているにもかかわらず、あの奇跡ともいえる作品を生み出した伝説の歌姫ではなく、舞台の上ではしゃぎまわるちょっと歌のうまい中年のおばちゃんに見えてしまいました。

また、ライヴなのでしかたがありませんが、緩急の落差がスタジオ収録にくらべてつけにくいため、もともとの楽曲が持っていた急激な場面転換やドラマ性といったものが薄まっていたように思います。同じ楽曲でも、スタジオ作とは別のものとして楽しんだほうがよさそうです。力強いOpus Avantraも、それはそれとして悪くありませんし、ステージングも含めてライブならではの躍動感が楽しめました。そして、なんだかんだいってもけっきょく本編およびアンコールで歌われた「Il pavone」に涙がこみあげてきてしまう自分だったりもするのでした。

おそらく、1970年代当時のOpus Avantraとくらべたら、精神的な、そして音楽的な密度はかなり低くなっているのだろうと思います。それでもやはり、観にきてよかった。きっと再来日はないだろうことを除いても、観ておいてよかった。そんな、Opus Avantraの夜でした。

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2008/01/30

THEATRE DU CHENE NOIR / AURORA (1971)


フランスのアヴァンギャルド・グループ、Theatre du Chene Noir(テアトル・デュ・シェン・ノワール)のファースト・アルバム。彼らの作品は1977年の『Orphee 2000』を以前に聴いたことがあって、なんだかえらく演劇風というか舞台っぽい音楽だなと思った記憶が残っているのですが、きっとグループ名どおり、もともとは実験的な演劇集団なのではないかと思います。

このファースト・アルバムも、いわゆる音楽としてどうかというと、あまりにアヴァンギャルドというか、少数編成の管楽器とパーカッションを中心にしたプリミティヴな感じの音楽に詩の朗読が乗っているようなものだったりするので、聴き手をかなり選ぶと思います。「音」はあっても「歌」はほとんどない音楽ですから。でも、ある種のシャーマニズムを帯びたその「音」と「声」の連なりには「物語」が感じられ、暗闇に浮かび上がる舞台のイメージが頭の中に広がってきます。Amon Duul(アモン・デュール)などのドイツのグループが持つような呪術性や混沌を感じさせながらも、やはりシアトリカルな表現が得意なフランスならでは音楽といえるのかもしれません。

なお、おそらくこのグループの発祥の地であろうと思われるフランス・アヴィニヨン(Avignon)の劇場、Theatre du Chene Noir d'Avignonはいまも現存するようです。

Theatre du Chene Noir d'Avignon
http://www.theatreduchenenoir.asso.fr/



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2008/01/18

RAINBOW THEATRE / THE ARMADA (1975)


1973年に結成されたオーストラリアのプログレッシヴ・グループ、Rainbow Theatre(レインボウ・シアター)のファースト・アルバムです。ずいぶん以前に「名盤」と名高いセカンド・アルバム『Fantasy Of Horses』を聴いたことがあるのだけど、ラッパがぶかぶかとうるさいジャズ・ロック程度の印象しか残っていなくて、実はあんまり興味のあるグループじゃありませんでした。でもこのファースト・アルバムは「合唱入り」らしいということで、ちょっとだけ期待して聴きました。

やはり、ぶかぶか鳴るラッパが主張するジャズ・ロックといった印象も強いのですが、妖しく冷たい響きのメロトロンが鳴り出すと一気に空気が変わり、シンフォニックな印象が強まります。一瞬にして印象を変えることができるメロトロンって、やっぱりすごい楽器だなと思います。

期待していた「合唱」も、混声が多用されていてうれしいです。ただ、大人数で歌詞を歌い上げる合唱ではなく、メイン・ヴォーカルのうしろでスキャット・コーラスをするだけなのが残念。混声合唱による「歌」をもっと聴きたかったです。また、おそらくこのグループの「売り」であろうと思われるホーン・セクションの演奏技術が微妙に低いところも残念に思います。

メイン・ヴォーカルはときどきクラシック風な歌唱をまじえますが、印象としてはイギリスのファンタジック系シンフォニック・グループにありそうな感じです。というか、演奏も含め全体的にブリティッシュぽい感じがします。オーストラリアというとどうしてもSebastian Hardie(セバスチャン・ハーディ)のような「おおらかな印象」を自分は思い浮かべてしまうのですが、Rainbow Theatreの音楽には大陸的なおおらかさを感じません。

アルバムの最初と最後に15分程度の組曲を置き、そのあいだに小曲3曲をはさむという構成はいかにもプログレ的です。組曲では、ジャズ・ロックやシンフォニック・ロック、ファンタジックなヴォーカルなどが聴けますが、それらの要素がすべて渾然一体となって力強い相互作用を見せるということはなく、たんに順番に並べただけのように感じてしまうところが黎明期のプログレというか、アート・ロックの残り香というか、そんな感じです。ですが、こういった感じは嫌いじゃなかったりするので、けっこう楽しめてしまいました。ブラス・ロック・パートはあまり自分の好みではありませんが、やはりメロトロンと合唱の魅力には逆らえません。


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2008/01/15

IL MITO NEW TROLLS / TR3 (2007)

主に1970年代から80年代にかけて精力的に活動していたNew Trolls(ニュー・トロルス)ですが、1990年代になると活動が途切れがちになり、1996年のサンレモ音楽祭に参加しアルバム『Il sale dei New Trolls』をリリースしたあとにグループが分裂。以後、Nico Di Paro(ニコ・ディ・パーロ)率いるIl Mito New Trolls(イル・ミト・ニュー・トロルス)と、Vittorio De Scalzi(ヴィットリオ・デ・スカルツィ)率いるLa Storia dei New Trolls(ラ・ストーリア・デイ・ニュー・トロルス)というふたつのグループが「New Trolls」の名前を掲げ、New Trollsの曲を演奏するグループとしてライヴ活動を続けていたようです。

La Storia dei New Trollsのほうは2001年に、1998年に行なったベスト選曲的なライヴと、2000年に行なったオーケストラ入り「Concerto Grosso」再現ライヴをCDでリリースし、日本のファンにも存在をアピールしたのですが、Il Mito New Trollsのほうは活動そのものはいくらか伝わってくるものの、具体的な音源が日本にまで届くことはありませんでした。そのかわり届いたのが、Nico Di Paroがクルマで大事故にあい、半身不随になったという噂。これにより、Il Mito New Trollsもそのまま消滅かと思われたのです。

ところが2007年にVittorio De Scalzi率いるNew Trollsが前年に続き2回目の来日公演を行なうことがアナウンスされ、そこで新曲「Concerto Grosso 3」を披露することが発表されました。しかも、そのステージには懸命なリハビリにより音楽界に復帰したNico Di Paroが同行するとも。そして日本のファンは初めて、La Storia dei New Trollsではない、NicoとVittorioのふたりが同じステージに立つ本物の「New Trolls」を観ることができたのです。

分裂していたふたりのリーダーが再度(再再度?)手を取り合い、11年ぶりにニュー・アルバム『Concerto Grosso - The Seven Seasons』をリリースしたNew TrollsLa Storia dei New Trollsが本家を受け継いだ形になり、Nico Di Paroを正式に?失ったIl Mito New Trollsはどうなるのかと思いましたが、彼らにも意地があったのでしょうか、同じ2007年にグループとして初の一般販売用公式音源(デビュー・アルバム)を発表しました。それが『TR3』です。デビュー作なのに「3」というタイトルがついてる意味は、わかりません。

このアルバムには6曲の新曲(CDのみ)と、2004年に彼らが行なった「Concerto Grosso」再現ライヴ(CDおよびDVD)の両方が収録されています。もともとは新曲だけのCDリリースが予定されていたはずなのですが、曲数が揃わなかったのか、本家への対抗意識なのかはわかりませんが、半分以上が「Concerto Grosso Live」となり、アルバムとしては非常に中途半端なものになってしまいました。

でも、1980年代以降のポップス・グループとしてのNew Trollsは、Vittorio(& Nico)のいる本家にではなく、もともとのリーダー格を失ったIl Mito New Trollsが受け継いでいるように、自分には思えます。新曲に「Concerto Grosso」の新作を持ってきた本家New Trollsよりも、コーラス多用の美しいポップスを持ってきたIl Mito New Trollsこそが、New Trollsらしい魅力を持っているように感じるのです。

もし、このままIl Mito New Trollsが活動を続けるなら、次は全部を美しいポップスで埋め尽くした、正しく『Il sale dei New Trolls』に続くアルバムを期待したいし、それができるのではないかなと思わせるだけの魅力が、この『TR3』に収録された新曲からは感じられます。率直にいって、『Concerto Grosso - The Seven Seasons』よりも、この『TR3』のほうが自分は好きだし、New Trolls