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2008年8月10日 - 2008年8月16日

2008/08/15

鶏肉のもも焼き@てけてけ(神楽坂)

半年くらい前、ランチのラストオーダー直前に入店したときに、とても残念な対応を受けたので、それからしばらく足が遠のいていた「てけてけ」に、ひさしぶりに行ってみました。鶏肉のもも焼きを注文。780円。


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けっこう大きな鶏肉がどーん。表面はパリッと、中はふんわりで、上手に焼きあがっています。食感はやわらかくていいけれど、鶏肉の旨みとかはあんまり感じません。メニューにはたしか「スパイシー!」と書いてあったと思うのだけど、スパイシーな感じはとくになし。むしろ、居酒屋ランチにしては味付けが控えめな印象です。旨みの強い地鶏ならこのくらいの味付けでもいいのでしょうが、とても淡白な鶏肉なので、もっと強い味付けでも良かったように思います。なんとなくぼんやりした味な感じがして、もう少しインパクトがほしいなと思い、冷奴についてた生姜を載せてみました。あぁ、柚子胡椒が欲しい感じだ。

メインの鶏肉のほかに、キャベツのサラダが少しと、冷奴、漬物、味噌汁がつきます。ご飯はおかわり無料だそうです。冷奴、あんまり味のしない豆腐です。自分は豆腐にはなにもかけずに食べることが多いのだけど、この冷奴は醤油を少しかけないとあまりおいしくない感じ。でも生姜は乗りすぎです。味噌汁は塩分控えめでけっこうおいしかったな。

うん、780円という売価を考えれば、味も量も充分納得できるものだと思います。今回はサービスもとくに過不足なく、ふつうに気分よく食事を楽しめるものでしたし。最初のご案内をしてくれた男性スタッフは、以前は「心」にいた人だな。この人、なんかいつもちょっと困ったような顔をしているように感じるのだけど、もう少し表情が明るいといいな。会計をしてくれた女性スタッフは笑顔が素敵でした。

ぐるなび - 鶏・旬菜・お酒 てけてけ 神楽坂
てけてけ @神楽坂 Vol.2 いいもの捜索隊Blog
たきおの神楽坂ランチ日記: てけてけ
神楽坂。 てけてけ

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2008/08/14

RENATO ZERO / CALORE (1983)

1980年代前半ころのイタリアにはQ-Discという、LPサイズで33回転なんだけど収録曲数は4曲という、シングルでもなければアルバムでもない中途半端な立ち位置のヴィニール盤シリーズがありまして、Lucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)とかAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)とかいろんな人がこのシリーズのものをリリースしていました。このシリーズでリリースされた曲は他のオリジナル・アルバムに収録されることが少なく、かといってシリーズ自体が中途半端なのであまり流通せず、ライヴ盤やベスト盤以外ではなかなか聴けない入手困難曲になってしまうことが多いようで、困ったものです。しかも、収録曲には意外といい曲が多いようで、それもまた悩ましいところ。

『Calore』は、Renato Zero(レナート・ゼロ)『Via Tagliamento 1965/1970』『Leoni si nasce』のあいだにリリースしたQ-Disc。ディスコグラフィ上はいちおう「アルバム」扱いになっているようですが、イタリアのWikipediaによるとヒット・チャート上はシングル扱いで、最高4位まで上がったようです。Q-Discなので4曲入りですが、収録曲の中に「Calore」というタイトルのものはなく、なんだかやっぱり不思議な存在。

しかし収録された曲自体は、どれもイタリアらしい、Renato Zeroらしい、ロマンティックで、おだやかなあたたかさがあって、べたつかないさらっとした哀愁がほどよく振りまかれた、美しいポップス。落ち着いたRenatoのヴォーカルのうしろでピアノとオーケストラが心地よく響きます。すべての曲で曲づくりにDario Baldan Bembo(ダリオ・バルダン・ベンボ)がかかわっています。

M1: Spiagge
人気がある曲のようで、その後のライヴ盤でも歌われています。暖かで爽やかさを感じるピアノとオーケストラ。おだやかでやわらかいメロディ。サビにごくわずかに紛れ込む哀愁。ミディアム・テンポの心地よいポップス。

M2: Voglia
イントロはオーケストラが映画のサウンドトラック風に盛り上がります。Renatoのロマンティックな響きのある歌声をピアノとオーケストラがサポート。シンセサイザーのソロにはおだやかな明るさが感じられます。後奏ではオーケストラにうっすらとコーラスがかぶさり、ホーンがやわらかなメロディを奏でます。やさしいあたたかみのあるバラード系のポップスで、ちょっとPooh(プー)の曲に似た印象があるかもしれません。

M3: Navigare
キーボードとシンセサイザーの響きが1980年代のシティ・ポップスぽい雰囲気。すっきりしていて洒落た感じにふとまざる寂しさが都会風です。リズムはけっこう軽快で、ヴォーカル・ラインは落ち着いた感じなのも、おしゃれ系ポップスの香りがします。

M4: Fantasia
ピアノとオーケストラのみをバックにロマンティックに歌い上げられるバラード系スロー・ポップス。やさしいあたたかみ、べたつきのない爽やかな哀愁が、Renatoらしいです。おだやかでロマンティックで美しいなかに、どこか明るいイタリアの陽射しも感じます。


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2008/08/13

RHAPSODY / SYMPHONY OF ENCHANTED LANDS II - THE DARK SECRET (2004)


アルバム・タイトルから1998年にリリースされた『Symphony of Enchanted Lands』の続編もしくは後編かと思いきや、まったく違うストーリーを持った別のコンセプト・アルバムなんだそうです。ややこしい。『Symphony of Enchanted Lands』を期待して聴いたので、ちょっと拍子抜けです。

実際に聴いてみると、歌詞の内容はわからないけれど、音の感じから、たしかに『Symphony of Enchanted Lands』とは違うストーリーと感じられます。『Symphony of Enchanted Lands』は光の力に満ちたヒロイック・ファンタジーを思わせましたが、『Symphony of Enchanted Lands II - The Dark Secret』は邪悪な力を感じるダークな印象。オカルトやゴシック系ホラー・ムーヴィーのサウンドトラックだといわれたら、自分は信じます、きっと。

『Symphony of Enchanted Lands』以上に大仰にオーケストラや合唱が使われていて、その点では自分好みではありますが、『Symphony of Enchanted Lands』にくらべると楽曲やヴォーカル・ライン、それぞれの楽器が奏でるフレーズが持つ魅力が、少し弱いように思います。どこかで聴いたことのあるようなメロディも多く、せっかくアルバムの世界観に浸ろうとしているところで現実に引き戻されてしまうような、そんな印象を感じるところが何度かあります。それに、SEを使いすぎ。楽曲に魅力が足りない分をSEの多用に頼っているように感じてしまいます。それがまた、いっそうサウンドトラックぽい印象を強めてもいます。

また演奏面でも、『Symphony of Enchanted Lands』では極端な緩急のつけ方や、クラシカルでオーケストラルなパートとヘヴィ・メタリックなパートの対比が非常にドラマティックで構成も複雑さがあり、疾走するハイ・スピードなバンド・サウンドを持ちながらも基本となるメロディはなめらかで美しい、非常に魅力的なメロディック・スピード・メタル・ウィズ・シンフォニーといった感じがありましたが、この『Symphony of Enchanted Lands II - The Dark Secret』では緩急のつけ方がゆるやかになり、全編通して盛り上がりっぱなしな印象です。疾走感のある曲も少なく、ミディアム・スピードのものが中心で、あまりリズム・チェンジもありません。長尺の曲が多く場面転換も比較的多いのだけど、それが構成の複雑さによる魅力を感じさせるよりも、長時間を飽きずに聴かせるための工夫として使われているように感じてしまいました。

チェンバロやチャーチ・オルガン、暗黒ミサのような合唱、中世トラッドを思わせる木管の響きなど、自分の好みを突っつくパーツがふんだんに使用され、気持ちよく聴くことが充分にできるアルバムなのだけど、もう少し「ロック」が強く感じられるとさらにいいなぁと思います。それに、こうしたダークなコンセプトを持った作品は、「ロック」が強く感じられないならハード・ロック/ヘヴィ・メタル系のグループで聴くよりもプログレッシヴ・ロック系のグループで聴いたほうがより楽しめるんじゃないかしら。あぁ、ひさしぶりにMercyful Fate(マーシフル・フェイト)が聴きたくなってきた。

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イタリア(BlogPet)

きょう小丸がもあでイタリアっぽい予感するつもりだった?

*このエントリは、ブログペットの「小丸」が書きました。

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2008/08/12

ビントロの炙り定食@土間土間(神楽坂)

暑いから、2種のロール寿司と桜えびのかきあげそばのセットを食べようかなと思って土間土間に行ったのだけど、残念なことに「本日はございません」だって。メニューに「おすすめ」マークがついてるのに、どういうこと? まだ12時を5分過ぎたばかりだから、売り切れというわけではなく、たぶん本当に「本日は(提供する準備が)ございません」状態だったのだろうな。しかたがないのでビントロの炙り定食を注文。920円。


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ふわふわでトロトロのビントロを軽く炙って(さらしに巻いて上から熱湯をかけたのかもしれない)、おろし醤油でいただきます。うん、おいしいんじゃないでしょうか。でもロール寿司が食べたかったんだよな、昨日は。
小鉢三種盛り(漬物含む)は、先日まで筍だったところが今回は肉団子になってた。うん、安心して食べられるおいしさだね。
味噌汁。ぬるいよ。なんだかすごくぬるいよ。湯気が出てないよ。ウォーマーのスイッチ切れてたんじゃないの?
ご飯。五穀米をお願いしたはずだけど、見た感じ、これってふつうの白米だよね。

う~む、う~む。チェーン店の場合、オープンや新規営業の当初はチェーンのなかでも優秀なスタッフが「オープニング要員」としてお店に入り、新規営業の不慣れさによるオペレーションの乱れが最小限になるよう配慮されるのだけど、2か月ほど経って営業がある程度軌道に乗ると「オープニング要員」はもともとの所属の店舗に戻り、以後は本来のそのお店の所属スタッフだけで営業するようになるケースがけっこうある。で、「オープニング要員」が抜けたあと、接客や料理のレベルが一気に下がることもけっこうあるんだな。「オープニング要員」として派遣されるスタッフは、スキルもマインドもレベルの高い人が多く、そういう人が現場にいることで他のスタッフにも好影響を与え、現場全体のマインドがあがるのだけど、そのマインドがきちんと本来の所属スタッフに浸透する前に現場から抜けてしまうと、もともと「オープニング要員」のマインドの高さに引きずられていただけなので、すぐに「本来のマインドレベル」まで落ちてしまう。スキルだって2ヶ月やそこらで「オープニング要員」のレベルまでつくはずもなく、けっきょく「オープニング要員」が去ったあとに残るのはスキルもマインドも中途半端なスタッフだけ。結果としてお店の接客・料理レベルが急激に下がり(というか、本来の実力レベルに戻り)、オープン当初の「気分のいい接客と丁寧に調理された料理」を気に入っていたのに数ヵ月後に再訪したらあまりの違いに哀しくなった、という経験をするお客さんが少なくないのよ。そんで、けっきょくチェーン店のレベルなんてこんなものかよって思ってしまう。

土間土間神楽坂店もそうだ、とはいわないけれど、昨日の味噌汁はひどかったと思う。ドリンクバーはコールドドリンク用の氷がほとんど溶けちゃって残りがちょっとになってたし。先月は料理提供まで20分近くかかるという、居酒屋ランチにしてはありえない厨房の混乱ぶりもあった。ランチ営業開始当初に行ったときはスタッフさんがみんな気持ちのいい接客をしてくれたけれど、最近は数人の「顔なじみ」になったスタッフさん以外はこれといって印象に残らない。そんなに笑顔もないし、気持ちのいい声かけもないし。というか、ランチ開始当初にいた、すっごく感じのいいスタッフさん、もうずっと見かけない。あの人、「オープニング要員」だったんだろうなぁ。

あぁ、ここも、安いだけの居酒屋ランチになっちゃうのかなぁ。そんなことないよね。がんばって。
ていうか、2種のロール寿司と桜えびのかきあげそばのセット食べたかったよ。

ぐるなび - 土間土間 神楽坂店
たきおの神楽坂ランチ日記: 266土間土間
土間土間 神楽坂店のランチ|真帆のLucky Days
土間土間(神楽坂) 2008/6/19 - 三毛猫ランチ

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2008/08/11

週末映画&舞台


なんか、真夏のホラー特集みたいなラインナップだ。

■口裂け女■
そういえば小学生くらいのころ、流行ったなぁ、口裂け女。いまの子供たちにも馴染み深い存在なんでしょうか。なんか、ストーリー的にはめちゃめちゃな感じです。口裂け女の誕生の秘密も、口裂け女が子供を狙う理由も、思い付きっぽいレベル。かどわかした子供も、殺される子もいれば顔を切られるだけの子もいるし、殺されない子もいる。その違いはなんだ? マスクをしているというだけで取り憑くのもなんだかなぁ。とりあえず児童虐待はいかんよというお話なんでしょうか。しかし水野美紀、気がつかなかった。

  


■福耳■
死んだじいさんが若者に取り憑いて... また憑依ものかよという感じですが、こっちはホラーというよりファンタジー。どことなく『異人たちとの夏』を思わせます。とり憑かれる若者を宮藤官九郎が好演してます。最初のほうでは見てるだけでうざったい、いかにもアホウで自分勝手なフリーターですが、知性と品を備えたじいさん(田中邦衛)に取り憑かれてだんだんと他人を思いやる気持ちとかが生まれてくる過程を上手に演じてた。一人の中に若者とじいさんが同居することによる混乱や困惑のシーンも、まぁまぁおもしろかったですね。ちょっと物語展開のテンポがゆっくりめで、途中で飽きてきちゃった感はあるけれど。

  


■THE EYE 2■
香港とタイの合作映画なのかな。前作の評判がよかったからか、気がつくと3作目までつくられてた『THE EYE』シリーズの2作目。1作目は死体からの角膜移植を受けたら幽霊が見えるようになってしまったという内容で、手塚治虫のブラック・ジャックにある『瞳の中の訪問者』と非常によく似た物語ながらも、恐怖と哀しみに満ちた、それなりに印象深いものだったように記憶してる。角膜移植と幽霊の関係から「THE EYE(その目)」というタイトルも意味のあるものだったのだけど、この2作目はなんでしょうねぇ、まったく。
自殺未遂をした人間は幽霊を見やすくなる。妊婦は幽霊を見やすくなる。だから自殺未遂をした妊婦はすっごく幽霊を見やすくなる。すっごくご都合主義な三段論法で、主人公の妊婦があっちこっちで幽霊に出会って大騒ぎという内容。妊婦のそばには死人の霊がいつも付き添っていて、出産のその瞬間に新生児に乗り移る=転生するというのも、まぁそういうこともあるといえばあるかな程度の印象。いちおう、輪廻転生もテーマなのか。しかし冷めた目で見れば、極端なマタニティ・ブルーというか、情緒不安定な妊婦が見た妄想にも思えるわけで。出産後は、幽霊を見やすくなる条件のうちのひとつ「妊婦」が亡くなるわけだから、この主人公もきっと幽霊を見なくなる可能性が強いわけで、そうなるといっそう妊娠中の情緒不安定による妄想といった印象が強くなるなぁ。そんでもって「THE EYE(目)」はもう全然関係ないし。

  


■THE EYE 3■
さらにわけわからなくなってしまったシリーズ3作目。アメリカのティーンズ・ホラーのようなノリになりました。本に書かれた「幽霊を見る10の方法」を興味半分で試してみたがために幽霊に取り憑かれ、呪われて殺されちゃうという内容。もうまったく「THE EYE(目)」から遠く離れたところへいっちゃいました。幽霊に乗り移られた兄ちゃんとストリートキッズのヒップ・ホップ・ダンス・バトルとかあって、もう、なんだろう、これ。思わせぶりな祈祷師のばあちゃんもほとんどなんの役にも立ってないし、最後に残った彼がなぜ残っているのか、その後どうなるのかもわからん中途半端さ。とりあえず、興味本位で死人をヴィデオ撮影したりしちゃいかんよということやね。

  


■ウーマン・イン・ブラック■
PARCO劇場で鑑賞。前回観たのは4年くらい前だったか。前回はほぼいちばんうしろの席だったけど、今回は前から3列目のステージほぼ中央だったので、役者さんの表情までしっかりと見られて、よりおもしろかった。上川隆也と斎藤晴彦というたったふたりの役者により演じられる、哀しくも恐ろしいゴシック・ストーリー。必要最小限の人員と、必要最小限の舞台装置で、観客の想像力を最大限に刺激するつくりが素晴らしいです。霧に煙る沼地が、そこに引き込まれるポニーの馬車が、そして跳ね回る犬が、見せていないのに見えるようです。視覚に直接訴えるのではなく、聴覚とイマジネーションを刺激することによって目の前のなにもない空間に観客自身に映像を浮かび上がらせる。映画『アザーズ』が使った手法と同じですね。こうした英国ゴシックな雰囲気は大好きです。見えるものより、見えないもののほうが怖いのです。舞台の上で行なわれる「芝居のリハーサル」と「その芝居で語ろうとしている事実」が交錯し、どこまでが「芝居」でどこまでが「事実」なのかが混沌としてくる構成を、ふたりの役者さんがみごとに演じきっていました。斎藤晴彦さんはときどきセリフが聞き取りづらいのだけど、複数の役を演じ分ける際の切り替えの速さや、一瞬にして違う場面・空気・雰囲気をつくりだすことができるのが素晴らしい。上川隆也さんは非常によく通る声で、表情の変化、とくに目の力がすごかった。ところどころに笑いの要素も取り入れつつ、じっとりと湿ったヨーロッパの重苦しい空気を充満させ、そして最後の大オチ。その先に彼らを待ち受けているものを強く予感させつつ、だけどいわないし見せないというエンディングの余韻も、いかにもゴシックでよかったです。また観たい。原作本も読んでみたくなりました。

  

  

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