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2008年3月30日 - 2008年4月5日

2008/04/04

SONOHRA / LIBERI DA SEMPRE (2008)

ヴェローナ出身、1982年2月27日生まれのLuca Fainello(ルーカ・ファイネッロ)と1986年11月27日生まれのDiego Fainello(ディエーゴ・ファイネッロ)の兄弟によるデュオ、Sonohra(ソノーラ)のデビュー・アルバム。このアルバムに収録された「L'amore」は、2008年のサンレモ音楽祭参加曲のなかでは個人的にもっとも印象に残った曲です。

サンレモ曲はフォーク・ロックぽい曲で、ほどよく哀愁をまといつつサビではけっこう力強く歌い上げていましたが、アルバムにはこうしたフォーク・ロック系の曲のほかに、よりパワフルなロック色の強い曲も多くあります。そのどれもが素直で美しいフレーズを持っていて、そのフレーズの配置のしかたや組み合わせのうまさに才能を感じます。演奏のスタイルにこそフォーク風だったりロック風だったりといったヴァリエーションはあるものの、核となるヴォーカル・ラインはどれも、素直なフレーズをもった小さなグループを丁寧に破綻なく徐々に盛り上がるように配置し、サビにはロングトーンを含む印象的で力強いメロディを持ってきてバックの演奏も厚くしドラマティックに展開するというつくり方で、非常に王道的なポップ・ミュージックの構成になっていると思いますし、それが成功しているとも思います。

ときにJ.D.Souther(ジェイ・ディ・サウザー)などにも通じそうな素朴でやさしいフォーク風味を漂わせたり、Paolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)などにも通じそうな哀愁を含んだ美しいイタリアン・ポップスらしさを見せたりする一方で、ソウルフルな女性コーラスを使ったファンクっぽいパワフルな曲があったり、オーケストラを上手に使いシンフォニック・プログレッシヴな匂いを感じさせたりと、いろいろなアイデアを持っているようですが、ほどよくノスタルジックでメロディ重視の姿勢がアルバムに統一感を与えています。演奏やアレンジも含め、個々の曲も、アルバム全体としても、非常に完成度の高い作品になっていると思います。

M1: Love Show
軽やかでソフトなアコースティック・ギターのコード・ストローク。美しく素直でポップなメロディが好ましいです。サビではディストーションの効いたエレキ・ギターが入り、力強いポップ・ロックになります。

M2: L'Amore
2008年サンレモ音楽祭新人部門参加曲で、新人部門1位をとった曲。リリカルなピアノの音色とアコースティック・ギターが哀愁漂うメロディを盛りたてます。Aメロ、Bメロ、サビと徐々に力強く、ドラマティックに盛り上がる構成や、オーケストラのアレンジも含め、上手につくられた曲だと思います。歌いきりの部分の力の込め方やヴィブラートまで合わせたハーモニーもよく練られています。印象的なフォーク・ロック。

M3: English Dance
エレキ・ギターのコード・カッティングで始まる軽快なポップ・ロック。シンプルで無理のない複数のメロディを上手に配列して破綻なくまとめあげたという印象です。エレキ・ギターの音やリズム・セクションはロック色が強いのだけど、そこにかぶさるオーケストラがなんだか歌謡曲チックなのがおもしろいです。

M4: Liberi Da Sempre
スローなフォーク・タッチの曲で、美しいアコースティック・ギターのアルペジオがやさしい雰囲気を出しています。素朴でおだやかなメロディを聴いていると、あたたかな陽だまりの中にいるような印象を受けます。

M5: Cinquemila Mini Mani
少し歪ませた音色のエレクトリック・ピアノがコード・ストロークを奏でる、ロック色の強い曲。曲の前半はマイナー調で、少しシビアな印象もあるメロディだけど、サビに入るとイギリスの古いソフト・ロックのような明るく楽しい、そしてほんのり哀愁のある感じに変わるのがおもしろいです。間奏ではミュートをつけたホーンによる都会的なジャズ風の演奏も聴けます。

M6: Salvami
あたたかくうららかな春を思わせるピアノとアコースティック・ギターのイントロ。やさしい感じの歌メロ前半からスキャットをはさみ、サビでは長い音符を多用した印象的なメロディを歌い上げます。このサビの部分、以前にどこかで聴いたことがあるような気がするのだけど、似たような曲があるのかな。終盤のオーケストラは古い映画音楽のようで少しノスタルジックです。

M7: Io E Te
やわらかなアコースティック・ギターのアルペジオとやさしいメロディ。前半はフォーク・ポップ風で、サビに入るとあたたかく美しくほんのり哀愁のあるポップスになります。このサビの部分は非常に正統的なイタリアン・ポップスらしい雰囲気を感じます。ハーモニーも綺麗です。なんとなく、青春の光と影という言葉が思い浮かんでしまいました。

M8: So La Donna Che Sei
Stevie Wonder(スティーヴィー・ワンダー)の「Superstition」のようなエレクトリック・ピアノのコード・カッティングがSE風に聞こえます。ディストーションの効いたエレキ・ギターがそのフレーズを引き取り、ロック色の強いパワフルなポップスが始まります。ソウルフルな力強い女性コーラスやブラスも入り、ファンキーな印象もあります。

M9: L'Immagine
ガット・ギターの丸い音色のアルペジオ。やさしいフォーク風に始まりますが、サビではエレキ・ギターとオーケストラが演奏に厚みをつけ、やけにシンフォニックな感じです。とくに後半のインストゥルメンタル・パートはシンフォニック・プログレッシヴの素養を強く感じます。

M10: Sono Io
やわらかくあたたかいポップス。ときどきいなたいブルース・フォークやカントリー風の香りも混じります。さわやかで素直で美しいメロディは、1980年代頃のアメリカのポップ・ロックの良い部分を思い出させます。なんとなくKansas(カンサス)とか聴きたくなりました。

M11: I Believe
クラシカルなピアノに導かれて始まります。ほんのりと哀愁を帯びたおだやかな曲。サビではバックに分厚いオーケストラが入り、ロングトーンを用いた印象的なメロディを盛り上げます。徐々にドラマティックに盛り上がる構成は非常にストレートで、ポップスらしいつくりだと思います。



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2008/04/03

鮪の漬け丼@心(神楽坂)

少しずつだけど定期的にメニューチェンジをするようになって嬉しい「心」のランチ。今回は鮪の漬け丼を注文しました。980円。


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特性のたれに漬け込んだらしい鮪がたくさん載ってます。ご飯を覆い隠すだけでなく、鮪どうしが重なってるところもあるくらい。たっぷりです。漬けだれは案外薄味なのか、食べるときはやっぱり少し醤油をつけたほうがいいですね。

丼のほかに、野菜の煮びたしと温泉卵(写真では光っちゃってて見えませんが、野菜の横の白い器に入ってます)、味噌汁、漬物、サラダがついてます。温泉卵を鮪丼に乗せて、鮪とご飯と一緒に混ぜ合わせて食べるとまた美味しい。部分的に卵かけご飯になるところもちょっと嬉しい(卵ご飯好き)。野菜の煮びたしも薄味で、やわらかく煮られていて、やさしいお味です。蕪がふんわりと甘くて美味しかった。

ごちそうさまでした。

ぐるなび - 魚・旬菜とお酒 心 神楽坂
たきおの神楽坂ランチ日記: 心
every little thing in my life : 天麩羅とか刺身とか鶏肉とか@心(神楽坂)




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もあもほしいかな(BlogPet)

小丸はチャンプルーがほしいな。
もあもほしいかな?

*このエントリは、ブログペットの「小丸」が書きました。

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2008/04/02

TRICARICO / GIGLIO (2008)

1971年12月31日生まれ、ミラノ出身のカンタウトーレ。本名はFrancesco Tricarico(フランチェスコ・トリカリコ)というようですが、カンタウトーレとして活動するときは苗字のTricaricoだけを名乗っているようです。2000年にシングル「Io sono Francesco」でデビュー。2001年までに3枚のシングルをリリースし、イタリア各地の音楽祭などで高い評価を受けます。2002年に『Tricarico』でアルバム・デビュー。同年にフェスティヴァルバールへの参加や、Jovanotti(ジョヴァノッティ)のツアーにも招かれるなどして、注目度の高いアルバム・デビュー・イヤーを過ごしたようです。

2008年のサンレモ音楽祭参加曲「Vita tranquilla」(批評家賞を受賞)を収録した『Giglio』は、彼のサード・アルバムになります。このサンレモ参加曲は、ちょっと憂鬱で寂しげな哀愁が漂う曲で、オーケストラやオルガンの古びた雰囲気などがイギリス風のノスタルジーを感じさせますが、アルバム全体がこういう感じではありません。半分くらいはけっこうリズムの強い、1980年代くらいのパンク/ニュー・ウェーヴやロックン・ロールを思わせる演奏が聴かれます。そうした曲のなかにも、あえて古くさい感じのブラスやシンセサイザーのアレンジなどがあり、どことなくノスタルジックな印象が見え隠れするのがちょっとおもしろいです。

残りの半分はソフトな印象を持ったフォーク・ポップといった感じで、おだやかであたたかい印象を持ちながらも、どことなく憂鬱で寂しげな雰囲気も漂うところは、彼の個性でしょうか。シンガーとしてはけっして歌がうまくはなく、比較的ぶっきらぼうに歌うスタイルはいかにもカンタウトーレ的な感じで、ロック系の曲では力量不足を感じてしまうのですが、このようなポップス系の曲には比較的あっているように思います。

なかには変な曲もあって、鶏の鳴きまねから始まるM5「Pomodoro」はメロディアスなラップ風のヴォーカルが聴ける楽しげな曲で、最後のほうはだんだんと悪ふざけのようになっていきます。あと、M11の「Libero」はむかし聴いたことがある曲のような気がするのだけど、誰かのカバーでしょうか? それとも、たんに「むかし聴いたことがあるような曲」なだけかしら。

  

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2008/04/01

天草豚のミルグリル@まゆきら(神楽坂)


今週の週替りランチメニュー(限定10食、1000円)は天草豚のミルグリルです。


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薄切り豚肉を数枚重ねて(ミルフィーユ風)焼いた(グリル)上に、とろけるチーズとフレッシュトマトのソースがかかっています。

以前に食べたときはたしか、肉の間にもチーズが入っていて、美味しいのだけど切りにくいし食べにくい料理だったような記憶があるのですが、改良したのでしょうか。あいだに挟まっていた分のチーズもまとめて上に乗せたようで、見た目にチーズたっぷりでしつこそうに感じられますが、トマトソースが爽やかなのでけっしてしつこくはありません。また、肉はカットして提供されますが、以前は一切れがけっこう大きく、それもまた食べにくい理由のひとつだったように記憶していますが、今回は一口大にカットしてあり、食べやすくなっていました。

お味自体は、このお店の料理はどれも美味しいので安心して食べられます。もちろんこのミルグリルも充分に美味しいですし、風味のいい黒米も素朴な感じで美味しいし、野菜の煮びたしも上品でいいお味。あさりたっぷりの味噌汁もいつもどおり薄味で好ましいです。

ごちそうさま。

まゆきら(オフィシャルサイト)
たきおの神楽坂ランチ日記: まゆきら
神楽坂38cm×28cm:神楽坂、飯田橋界隈のランチグルメEXPO2008:Mayukira(まゆきら)
まゆきら - 私の神楽坂生活
「まゆきら」@神楽坂 - ぴんしゃの食べ歩き雑記

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2008/03/31

週末映画


■猟人日記■
なんだ、これ? なんか、どこにも着地しなかった。ユアン・マグレガー演じる主人公の「人としてのダメさ」を見せたかっただけなのかしら。中途半端なエロ映画でした。

  


■ライトスタッフ■
実話ベースなのかな? 飛行気乗りから宇宙飛行士になった人たちの話。前半で、この人が主役かと思った飛行気乗りは宇宙飛行士にはならず、後半ではほとんど忘れられたかのような扱われ方なのに、最後にまた登場する。やっぱり飛行気乗りのままで。なんか、話が整理されていないし、話をどこに向けたいのかよくわからないし、だらだらとした記録映画のようなつくり。3時間を超える上映時間がけっこう辛かった。

  


■ハリー・ポッターと秘密の部屋■
テレビ地上波で。おもしろいとかおもしろくないとかいう以前に、ハリーはホグワーツで特別扱いされすぎだな。ダンブルドアがハリーに肩入れしすぎというか。自分が正しいと思うことのためには規則を破ってもいいという考え方がハリーにだけ許されてる。これって、本来の意味での「確信犯」に近いと思うのだけど、それをすることが「いいことだ」といってるようで、なんか危険な感じがする。ただし、ハリーのような「特別な地位にある者だけが許される」という制限つきなようだけど、それもまた、なんか危険な感じがする。そういう環境のなかで成長したハリーが大人になったとき、場合によっては非常に危険な人物になりそう。あと、ドラコ・マルフォイはなんだかかわいそうだな。何代も続く名門貴族の御曹司として、平民たちの上に立つ貴族としての地位と権力を持つことを当然のように期待され、それを平民たちに納得させるだけの知力と戦闘力を身につけることも当然のように要求され、本人はそれだけの力が自分には当然あると思っているのだけど、客観的に見て力不足があきらか。そしてたぶん、父親もそれに気づいているだろうところが不憫。なんか、具合の悪い物語だ。

  


■太陽を盗んだ男■
ひさしぶりに観た。いろいろと都合よく物語が展開するところはあるけれど、やはりおもしろい映画。たぶん先生は、最初は本当に原爆をつくろうとは思っていなかったんじゃないだろうか。いろいろな下調べをして、必要な材料入手の計画を立てて、あとは実行さえすれば実際につくれる状態にまでなれば、それでけっこう満足だったんじゃないかな。そこにバスジャック事件という非日常が起き、その当事者となることで「プルトニウムを盗み原爆作成を実現させる」ことの非日常感が崩れたのかなと思う。また、マシンガンと手榴弾では要求を通せなかったバスジャック犯を見て、これが原爆ならばという想像もふくらんだのかもしれない。原爆さえ持っていれば、なんでもできると。ただ、もともと「原爆をつくること」自体が目標だったから、実際につくってしまったあとにすべきことが見つからない。道具さえあればしたいことも見つかると考えてたのかもしれないけれど、手段と目的は別物。手段自体が目的だった場合、手段を入手したところでそれをもてあますことになる。そういうことってよくあるし、そういう人って少なくないように思う。その結果、多くの人を巻き込んで自分を終わらせてしまった先生は非常に寂しい人だ。寂しさゆえに、他人を巻き込まずにはいられなかったのだろう。しかし山下警部さんってば原爆を手荒に扱いすぎ。屋上から原爆ごと飛び降りたら爆発しちゃうんじゃないの? それはそれで山下警部的によかったのかな。だとしたら、山下警部もなんだか哀しい人だったのね。

  


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