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2007/11/26

週末映画

■サマー・オブ・サム■
なんでしょう、この映画? 連続殺人と主要登場人物がリンクしてない。そういうオチにするなら、あそこまで連続殺人を詳細に、被害者の特徴的類似性まできちんと描く必要はないし、あそこまで連続殺人を詳細に描くなら、その事件と犯人の背景にあるものがテーマにあるべきで、主要登場人物が間違ってる。実際にああいう土地でああいう事件が起きればああいう変人が疑われてああいう勘違いした善意の市民が暴走することはありそうで、その意味ではリアルなのかもしれないが、それにしても、もう少し焦点の絞り方はあったのじゃないかと思う。

  

■SIN 凶気の果て■
エディ元刑事、どれだけ体力があるんだよ。ゲイリー・オールドマンはあいかわらずゲイリー・オールドマンな感じでいいですね。

  

■ハード・キャンディ■
あんなでかい飴を口に突っ込まれたら、そりゃ死ぬね。悪女コートニーがそれほど美人に見えなかったのが残念。適当な偽装工作も、普通ばれるだろと思う。死後硬直したあとにからだをボキボキ曲げてたし。変死で、しかも事件に巻き込まれたかのような工作がしてあるんだから、司法解剖だってちゃんとやるんじゃないの? あんな小娘の小細工が通用するとは思えない。エンディングも、あの程度のことでああまで大騒ぎになるとは考えにくい。

  

■父、帰る■
これは困った。情報が少なすぎる。とりあえず、12年ぶりに(12という数字が意味ありげ。12使途と関係が?)突然戻ってきた父がベッドで寝ているのを足元から映したシーンは、短縮法で描かれた「死せるキリスト」という西洋絵画(マンテーニャという人の作)にそっくり。続く、食卓で晩餐をとるシーンも、父がワインを配り肉をちぎって配る姿に、「これは私の血である」「これは私の肉である」というイエス・キリストが重なる。父が帰ってきたのは日曜日だけど、磔刑にされ死んだイエスが復活しマグダラのマリアの前に姿を現わした最初の日もたしか日曜日ではなかったか? 父は最後には事故で死んでしまうのだが、もしかするとキリストの死(父の不在)、復活(父の帰還)、昇天(父の死)という流れが踏襲されているのかも。
子供たち(とくに弟のイワン)はやたらと魚を釣りたがる=求めるけれど、西洋では「魚」が「イエス・キリスト」の暗示だったりすることがある。また父は、「魚はもう食べ飽きた」というけれど、イエスの最初の弟子だったシモンとアンドレの兄弟は漁師で、初期の頃のイエス一行は魚ばかり食べてたんだろうなと思われる。父は手先が器用なのか、木を切ったりすることが得意のようだが(切った木で皿をつくる方法を教えてやる、ともいっている)、イエスは大工の息子だったので、きっとそういうこともうまかったんじゃないかなと思う。
なんだか、キリスト教的な匂いがあちらこちらに散りばめられている感じがする。3人での旅行というのも、父と子と聖霊の聖三位一体に通じる気がするし。
イワンのような、自分ではなにもしないしできないくせに文句ばかりいっている子供は大嫌いで、あいつを見ているだけでうんざりしてくるのだけど、ああいう子供に育ってしまったのは父の不在も影響しているのだろうなとは思う。父=神の不在で、子=民衆は、自分ではなにもできないくせに文句ばかりをいう馬鹿野郎に育つという暗示か?
自分に従うよう、厳格に、ときに残酷にすら思えるふるまいを子供たちに対してしてきた父が、反発し無茶をしようとしたイワンに「おまえは誤解をしている」というところも、なんとなくキリスト教的な感じ。そしてこのとき父は初めてイワンのことを愛称である「ワーニャ」と呼び、死んでいく。う~ん、これもまた、民衆のために命を落としたイエスの投影?
なぜ父は12年も不在だったのか、どうして突然帰ってきたのか、掘り出した箱はなんだったのか、その他もろもろ、明らかにされないことが多いのだけど、そういったことはきっと、コアとなるテーマには関係がないのだろう。でも、あの箱は気になるな。

  

■ギャザリング■
人類の歴史における大惨事の現場には、必ず同じ人物が立ち会っている... というアイデアは、別の映画でも観たことがある。なんという映画だったかな。あっちは、タイム・トラベルが可能になった未来で、ポータブルのタイムマシンを使って「大惨事の現場を見にいきましょうツアー」を組んだ旅行社があるという設定だった。一方、こっちの映画は、キリストの処刑を「好奇心で」見物した人々が神に呪われ、完全に死ぬことも完全に生きることもできないまま永遠に「人類が苦しむ場面」を見物し続けるという罰を受けているという設定。この設定は、なかなかおもしろいと感じた。最終的には罪を悔い、ある行動をすることで贖罪し、魂の救済を得るわけだけど、そこへの流れもそれほど無理がなく、娯楽作品として楽しめた。
主演のクリスティーナ・リッチが、髪を金髪に染めていたためか、土屋アンナに見えてしかたなかった。とくに目から鼻にかけてのあたり。

  

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コメント

「あっちは、タイム・トラベルが可能になった未来で、ポータブルのタイムマシンを使って「大惨事の現場を見にいきましょうツアー」を組んだ旅行社があるという設定」
    ↓
多分「グランド・ツアー」だと思います。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD2742/
(私もよく知ってるなー)

「完全に死ぬことも完全に生きることもできないまま永遠に「人類が苦しむ場面」を見物し続けるという罰を受けているという設定」    ↓
これはワーグナーの『さまよえるオランダ人』と似ているテーマのような・・・。

それにしても、これらを合体させた「映画」があったのですね!

投稿: ムーン・フェアリー・ヒロコ | 2007/11/27 20:50

自分が以前に観た映画って、どうやら『タイム・シーカー』というもののようです。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=163128

『グランド・ツアー』っていう映画は、観たことがありません。似たような設定って、けっこうあるのかもしれませんね。

『さまよえるオランダ人』って、タイトルは知っているけれど、内容を知らないんだよなぁ。死ぬことができずにさまよってるんですか?
『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの2作目と3作目に登場するデイヴィ・ジョーンズは、ある理由で死ぬことができずに海の悪霊となっているのですが、彼が船長を務める船の名前が「フライング・ダッチマン」というのですよ。どうやら『さまよえるオランダ人』からつけられた名前らしい。
やはり古典の名作に関する知識は一般教養として持っていたいなぁと最近、強く思います。

投稿: もあ | 2007/11/28 09:08

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