« 焼肉@薩摩 牛の蔵(広尾) | トップページ | 鯖の味噌煮@かまどか(神楽坂) »

2007/05/01

休日映画


■恋する神父■
韓国映画ですね。主役の神父をやった男優さんが人気のある人だそうで、そういえば新宿武蔵野館でこの映画が上映されてたとき、待合室がお姉さま&おば様の女性だらけになっていたのを思い出します(おいらはもちろん違う映画を観に行ったのですよ)。
基本的なモチーフとしては『猟奇的な彼女』と同じようなものでしょうか。気が強くて自分勝手な女の子に気弱な男の子が振り回され、最初は女の子に対し男の子はある種の敵意やいらだちを感じるのだけど、そのうちに女の子の哀しい事情や弱い面を知りだんだんと敵意が好意に傾いていく... というパターン。『猟奇的な彼女』では、そういった感情の移り変わりや、そうなる過程の背景描写が丁寧に描かれ、観ていて納得・理解できたし、また「彼女」も「キョヌ」も非常に魅力的な個性を持った人物で、それゆえ感情移入もしやすかったのですが、『恋する神父』では、ボンヒはけっきょく最後まで自分勝手な若いねぇちゃんにしか見えず、ギュシクがボンヒにひかれるのは「世間知らずの神学生がたまたま最初に身近に出会った女性が彼女だったから」という理由以外に思えない。映画はハッピーエンドで終わりますが、映画のあとのふたりがハッピーでいられる時間はたいして長くないだろうなと思ってしまいました。

  

■クロコダイルの涙■
う~ん、なんだかよくわかりません。最初の自動車事故も、グリルシュの犯行なんですよね? でも、どうやって? そもそもグリルシュはなに? 人間じゃないの? 血を吸わないと生きていけないというのは、本当にそういう体細胞(病気)だという設定なの? それとも、グリルシュがそう「思い込んでいる」だけなの? 映画内でのふたりめの犠牲者に、離れた位置に置いてある椅子に座ったまま「近くに存在を感じさせる」みたいなマジック?を見せていたけど、あれはなに? やっぱり彼はモンスター? 映画内の最初の犠牲者からふたりめの犠牲者までの期間が半年だったことを考えると、彼はだいたい半年周期で人を殺さなければいけないわけですよね。グリルシュのコレクションの数からすると、過去にもかなりの数の犠牲者がいるはずだけど、なぜ警察は「ふたりめの犠牲者」の「半年前に元恋人が死んでいる」ことまでしか調べられないの? もっと頻繁に彼の身近で人が死んでいるはずなのに。警察では最初グリルシュの社会保険番号がないといっていたのに、しばらくしたらスペルミスだった、子音しかないめずらしい苗字なのでといっている。めずらしい苗字だからこそ、スペルミスする確率は低いんじゃないだろうか。少しめずらしいだけでなく、子音しかないのはかなりめずらしいと思うのだけど。本当にスペルミスで最初は番号が見つからなかったの? それとも、グリルシュはデータベースに侵入・書き換えができる技術を持っている? あるいはグリルシュの背後にそういったそしきがある? それとも、これもやっぱり彼のマジック? なんだか、いろんなことがすっきりしないままに終わってしまった。

  

■ぼのぼの クモモの木のこと■
『ぼのぼの』はけっこう好きだったマンガで、コミックも以前はよく買ってたし、最初の劇場版映画も渋谷にまで観にいったなぁと思いつつ、劇場版2作目となる『クモモの木のこと』をCATVで観る。
すごいです。ぼのぼのもシマリスくんもアライグマくんも、みんなみんな毛皮がふぁっさぁ~ってしてる。うちにはぼのぼの、シマリス、アライグマのぬいぐるみ(初期ヴァージョン)があるのですが、ぬいぐるみのふぁさふぁさした手触りがそのままスクリーンで再現されてます。で、それが素敵かというと、そうじゃないんだなぁ。ふぁっさぁ~とした感じは触ったら気持ちよさそうではあるけれど、ぬいぐるみをそのままCGで再現した劇中登場動物たちは、かわいいというよりは、むしろ気持ちが悪い。ぬいぐるみの、ボタンのように黒くて艶のある小さな丸い目を「そのまま」CGで再現した目は、ぞっとするほど気味悪いです。ポポくんの、顔の比率としては明らかにおかしい大きすぎる眼も、2D線画の「マンガ」ではありだけど、リアルな3DのCGで表現されたら気持ち悪い。
ストーリー的にもたいしたことなかったですが、それ以上に、間違った方向でリアルを追求してしまったような、ふぁっさぁ~を再現できるCG技術を間違った方向で発揮しまくってしまったような、そんな印象です。『モンスターズ・インク』に対向してみたかったのかなぁ。

  

■ラ・マンチャの男■
ドン・キホーテの物語をベースに制作されたミュージカル『ラ・マンチャの男』の映画版です。ドン・キホーテの物語が聖書を冒涜しているとして、物語を書き演劇として上演していた著者セルバンテスが宗教裁判所に逮捕され、裁判を待つあいだの地下牢で、先に地下牢に入れられていた囚人たちに、ドン・キホーテとはどんな物語か、夢とは、現実とは、理想とは、正義とは、どんなものかといったことを芝居を見せることで伝えようとしていく、といったような筋書き。舞台版は、日本では松本幸四郎・松たか子の親子共演版が有名ですね(自分も観ました)。映画では、主要な「ドン・キホーテのお話」部分は映画としてつくられ、あいまのセルバンテスと囚人たちとの会話などの部分は舞台中継風につくられていて、場面切り替えがわかりやすいです。そしてやはり「ドン・キホーテ」というのは素敵なお話なんだなと思います。原作小説を読んだことがないのだけど、一度きちんと読んでおかなければ。ちなみにソフィア・ローレンは、口がへの字ですね。

  

■県庁の星■
織田裕二も、口がへの字ですね。柴咲こうって、美人だとは思わないのだけど、かわいいです。とくに、むすっとした顔から笑顔に変わる瞬間、あるいは、なにかを考えていて「あ、わかった」となにかに気づいたような瞬間の表情が、とくに目の表情が、とても素敵。
話自体はわかりやすく、まぁこんなものかな。県庁の休憩室?に設置されているエスプレッソマシーンがえらく本格的なマニュアル抽出タイプで、職員さんはみんな「美味しく抽出する技術」を持ってるのかしらと、ちょっと心配になった。夕方以降にシングルライフコーナーをつくろうというアイデアが出たとき、主食とおかずを一箇所にまとめよう、だったらお酒も一緒に置いたほうがいいよねと、テーマに沿った案をみんなで出し合っているなかで1人「私はバナナが好き」とずれた発言をしている人がいるところが、なんだかリアルでおかしかった。
ちなみに、フライの2度揚げはいかがなものかと思うけれど、芽が出たジャガイモの芽を取ってコロッケやサラダにするのは、べつに問題ないのではないかしら。芽の部分には毒があるけれど、しっかりとれば他の部分は大丈夫なはず。だけど、芽が出てしまったジャガイモは「ジャガイモ」という商品では売れないから、芽を取って惣菜の材料に使うというのは、有効な活用法だと思うけどな。それと、高級弁当。新メニューをつくって販売するのだから、試食くらいさせようよ。試食があったなら、少しは売れたんじゃないかという気がするぞ。
ところどころご都合主義っぽく話が展開していくけれど、大きなプロジェクトまでその影響を受けることなく「前向きに検討する、といっただけよ」と書類がゴミ箱に捨てられるのはよかった。あそこまで改革されちゃったら、あまりにもウソっぽすぎてしまうからね。しかし、石坂浩二はドラマ『白い巨塔』の東教授といい、この映画での古賀県議会議長といい、性質の悪い悪人役が板についてますね。

  

■悪魔の手毬歌■
最近ではすっかり悪人な感じの石坂浩二も、むかしは人のいい探偵さんだったのだよなぁということが思い出されます。
しかし、古い日本映画は血の色とか傷口とかがエグくていいですな。ただ個人的には金田一耕介というと古谷一行が演じたテレビドラマのシリーズのほうが印象に残っている感じです。このお話で事件解決のひとつの鍵となる手毬歌も、映画版よりもテレビドラマ版のほうがメロディも耳に残ってる。手毬歌に見立てた死体の装飾も、ドラマ版のほうが美しかったような気が。あと、ドラマ版では三番目のすずめがどういったかも文字と歌で出てきたと思うのだけど、映画だとわかりませんね。すごく気になります。ただ錠前を置いておくだけでよかったのか? それはともかく、やはり猟奇殺人やホラーは恐ろしいだけでなく、美しく哀しくないといかんよなぁと思うのでした。




|

« 焼肉@薩摩 牛の蔵(広尾) | トップページ | 鯖の味噌煮@かまどか(神楽坂) »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 休日映画:

» 酒井家のしあわせ [映画館で韓国映画を見よう]
『酒井家のしあわせ』と『子宮の記憶』を観なきゃ。 週末恒例「名古屋で公開される新作映画の注目作はコレ」のコーナー!  ☆印付きのは絶対に観るつもり。 ... シネコンなど複数の映画館で上映されます。 ☆ 『酒井家のしあわせ ... 『家門の危機』  韓国映画。 [続きを読む]

受信: 2007/05/01 12:27

« 焼肉@薩摩 牛の蔵(広尾) | トップページ | 鯖の味噌煮@かまどか(神楽坂) »