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2006年12月10日 - 2006年12月16日

2006/12/16

今週イタリアから届いたCD

届いたばかりなので、どれもまだ聴いてない。

Renato Zero "Renatissimo! - edizione limitata"
3枚組ベスト。ブック形式のパッケージで、また収納場所に困るな。

Tempiduri "Tempiduri"
Cristiano De Andre'が以前にいたグループ。

Enrico Ruggeri "Cuore muscoli e cervello"
3枚組ベスト。新曲3曲入り。

Audio 2 "Acquatichetrasparenze"
新譜リリースひさしぶりな感じ。自分的にはデビュー盤以来の購入。

Claudio Baglioni "Quelli de gli altri tutti qui"
2枚組カバー・アルバム。オリジナル・アルバムのリリースを望む。

Petra Magoni e Ferruccio Spinetti "Musica nuda 2"
まずは1枚聴いてから。

Corrado Rustici "Deconstruction of a postmodern musician"
彼のプロデュース作品はけっこうあるけど、なにげで彼名義のアルバムを聴くのは初めて。

Pooh "Noi con voi live"
いちおう買っておかないとね、やっぱり。

Cristina Zavalloni "Idea"
誰?

Cesare Cremonini and London Terefilmonic Orchestra "1+8+24"
オーケストラ入りライヴ盤。

Luca Bussoletti "E' soltanto un salto nel vuoto"
新人?買いはやめられん。

Manuel Auteri "Le mie abitudini"
新人?買いはやめられん2。

Sergio Cammariere "Il pane, il vino e la visione"
季節的にジャズ・フィーリングは合いそう。

Luvi De Andre' "Io non sono innocente"
どんな音楽をやっているのやら。

Vinicio Capossera "Nel niente sotto il sole"
Vinicio Capossera "Canzoni a manovella"
Vinicio Capossera "Live in volvo"
すっかり気に入ってしまったので、最近作を少しまとめて購入。

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夕飯に

レタスを丸ごと1個分、サラダにして食べました。


















おなかをこわしました...

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2006/12/15

MAURIZIO GIARRATANO / UOMO DI MARE (2006)


Maurizio Giarratano(マウリツィオ・ジァッラターノ)はシチリアのトラーパニ(Trapani)近郊にあるマザーラ・デル・ヴァッロ(Mazara del Vallo)というところの生まれだそうですが(1978年の獅子座だそうです)、彼の音楽に、いわゆるイタリア南部の香りはほとんど感じません。いまはボローニャに住んでいるようで、いつボローニャに移ってきたのかはわかりませんが、もしかしたらボローニャでの生活のほうが長いのかもしれません。

2002年頃から各地の音楽祭などに参加するようになり、「Confessione di un amore」や「Viaggi e Miraggi」といった曲が高評価を受けたようです。そして2006年、これらの曲を含んだアルバム『Uomo di Mare』でアルバム・デビューしました。

やさしく柔らかな歌声で、ミディアムからスローが中心の、ほんのりノスタルジックな感じを含んだメロディアス・ポップスを歌うというスタイルは、最近ではまったく目新しさのない、ありがちなものです。歌声にもこれといって強い個性はなく、メロディもどこかで聴いたことがあるような気がするものばかり。こういった個性のなさが彼の弱点だと思いますが、逆にいえば、とても安心して聴いていられるともいえ、これはこれで悪くはありません。

M1「Viaggi e Miraggi」では明るく軽やかなアコースティック・ギターのストロークが小気味よく、オーケストラが軽快さとふくらみを加えます。ほんのりノスタルジックなメロディを持った、Lunapop/Cesare Cremonini(ルナポップ / チェーザレ・クレモニーニ)系のポップ・ロックです。

M2「Uomo di Mare」明るくやわらかな印象のなかにノスタルジーがほんのりありますが、こちらはスローなポップス。

M3「Sara'」はエレクトリック・ピアノとキーボードで始まり、おしゃれで都会風のポップスになりそうな予感を漂わせますが、ヴォーカル・パートが始まると、素朴であたたかみのある、どちらかというと田舎くさいポップスになります。この「素朴な感じ」は、なかなか好ましいMaurizioの持ち味といえそうです。

M4「Con il Cielo Sulla Testa」では、室内楽風のたおやかなストリングスとピアノが響き、そこに、どこか懐かしい感じのする柔らかな歌メロが乗ります。やさしい感じのスローなポップ・ロックですが、サビのところのメロディはどこかで聴いたことがあるようなもので、ちょっと没個性な印象も受けます。

M5「Ascoltami」は、いくぶんシリアスな雰囲気のあるスロー・ポップス。1コーラスめはベースとリズム・ボックスにアコースティック・ギターのアルペジオというシンプルな演奏で、2コーラスめからはオーケストラも入り奥行きのある演奏になります。歌い方もこれまでと少し変えているようで、低めに、抑えめに歌っています。このように歌うと声の田舎っぽさが少し抑えられるようです。曲の終盤ではエレキ・ギターも入り、ロック・バラード的な力強さも出てきます。

M6「La Confessione di un Amore」のイントロは、オーケストラとワウワウをかけたエレキ・ギターのコード・カッティングという、なんだかむかしの歌謡曲ぽい印象です。ヴォーカル・パートもちょっとイージー・リスニング風の軽やかさや明るさがあり、歌謡ポップスといった感じです。

M7「Canzone per un'Amica」は最近の若いカンタウトーレによくある感じの軽快で明るいポップ・ロック。やわらかいメロディの連なりとはんなり美しいなめらかさがイタリアン・ポップスらしいと思います。

M8「Con Te Saro'」ではちょっとワイルドな感じに歌いだしますが、やはりノスタルジックな哀愁がほのかに漂っています。サビではワイルドさが後退し、抑えた明るさとやさしさがある素直なメロディになります。

M9「Verso il Sole」では歪んだ音のエレクトリック・ピアノによるコード・カッティングと重い感じのエレキ・ギターがバックに入り、このアルバムでは異色です。演奏に合わせてか、ヴォーカルも力強く歌っているのですが、もともとMaurizioの歌声はあまりパワフルではない、どちらかというと田舎の素朴で優しい兄ちゃん系なので、迫力不足な感じは否めません。それにはかまわず、途中ではハード・ロックなギター・ソロなども入り、いったいどうしちゃったんだろうと思ってしまいました。

アルバム・エンディングのM10「Il Tuo Mondo」は素直でやさしくやわらかなスロー・ポップスに戻ります。これといってどうといったことのない、普通にきれいなポップスなのですが、M9で「どうしちゃったんだ?」感いっぱいになっていたため、なんだかとても安心して聴けました。

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2006/12/11

ボブはどこへいった?


地上波テレビで放映された『ラスト サムライ』を観てたんですよ。家で夕飯食べながら、日本語吹き替えで。

映画の内容については、とくにここでは触れません。それよりも、とても気になることがひとつ。

自分、この映画は劇場で1回観ているのです。そして、そのときにとても印象的だったことのひとつが「ボブ」なのです。

ボブ。劇場で字幕版をご覧になった方なら、あるいは昨日のテレビ放送を吹き替えでなく原語で(の放送もあったのですよね?)ご覧になった方なら、おぼえていらっしゃるでしょう。トム・クルーズ演じるオルグレン大尉の監視役として渡辺謙演じる勝元がつけた、無口な年配の侍のことです。

彼は、この劇中では名前がありません。オルグレンが名前をたずねても答えず、そもそもほとんど言葉を発しません。ただ黙って、しかし常にオルグレンのそばを離れず、ずっとオルグレンを監視しています。

たずねても名前を教えない彼に対しオルグレンは、「それなら、これからおまえをボブと呼ぶことにしよう」といい、以後、なにかあるたびに「ボブ」「ボブ」と彼を呼ぶのです。

ただの見張りである名もなきひとりの老侍が、ボブとして、ひとりの人間として、その存在を認められたわけです。

しかしテレビで放送された日本語吹き替え版では、この老侍はたんに「寡黙な侍」とテロップで紹介されるだけです。オルグレンが彼を「ボブ」と呼ぶことは一度もなく、非常に存在感が薄い。

なぜ、「ボブ」を削除してしまったのだろう。

最後の決戦のときに、オルグレンを守るために、オルグレンの目の前でボブが敵の手にかかって殺されるシーンでも、日本語吹き替えによるオルグレンのセリフは、たしか「よせーっ!」でしたが、あそこは原語では「ボブーっ!」と叫んでいたはず。

最初はたんに「名前のわからないままでは鬱陶しいから」という理由でボブという適当な名前をつけたのかもしれません。しかし、自分で名前をつけたものに対しては、愛着を感じるようになるというのはよくあること。ボブ、ボブと呼ぶうちに、オルグレンがこの老侍に対して好意的な感情を持つようになるのは自然です。また、余計なことを語らず、黙々と自分の任務に励む老侍に、勝元や氏尾などとは表現方法は違うけれど彼らに通じる何かを感じ、ひきつけられ、敬意を持っていたと思うのです。

またボブにしても、殿(勝元)の命令で見張りを命じられた得体の知れない蛮人が、自分のことをボブ、ボブと呼び、友好的に接しようとしてくるなかで、オルグレンに対する感情が、たんなる「捕虜」から「客人」そして「戦友」へと変わっていったと想像するのも難しくないでしょう。

だから、この老侍は「寡黙な侍」ではなく「ボブ」でなければいけないし、オルグレンの叫びも「よせーっ!」ではなく「ボブーっ!」でなければいけないと思うのです。

自分に「オルグレンの見張り役(それはおそらく、警護役も兼ねているのでしょう)」という任務を与えてくれた殿(勝元)の期待と信頼に応えるために、そして、名もなき老侍である自分に「ボブ」という名前をくれ一緒に戦う友人となったオルグレンを守るために、戦場でオルグレンの前に出て敵に殺されたボブもまた、勝元や氏尾に劣らない、立派な侍のひとりだったのです。

なのになのに、昨日のテレビ放送では「ボブ」がなかったために、彼がただの年老いた侍にしか見えず、本当に残念。あの映画での「ボブ」の意味って、けっこう大切だと思うのだけどなぁ。こういうことがあるから、地上波で放送される映画にあんまり興味がなくなってきちゃうのだよなぁ。やはり映画はノーカットで、原語+字幕で見たいです。



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2006/12/10

ジャカランダの咲く町アデレード

061117_ノーステラスに咲くジャカランダ。

061117__1アデレード動物園に咲くジャカランダ。木登りカンガルーがいます。

061122_ノースアデレードのジャカランダ並木。

061122__1ボタニック・パークのジャカランダ。桜に似てるかもしれない。

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