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2006年10月8日 - 2006年10月14日

2006/10/14

Rosario Di Bella

ここ5~6年くらい、すっかり噂を聞かなかった気のするRosario Di Bella(ロザリオ・ディ・ベッラ)が、ひさしぶりに音楽シーンに戻ってきたようです。とりあえずシングル「Invece no」がリリースされました。これはアルバムからの先行シングルで、この曲を収録したニューアルバムも数ヶ月のうちにリリースの予定らしいです。

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2006/10/13

ACUSTIMANTICO / SPECIAL RADIO EDITION (2006?)


1998年に結成、2000年にアルバム・デビューしたローマ出身のグループ。これまでにリリースされた3枚のスタジオ作からピックアップされた11曲入りサンプルCDをもらったので、聴いてみました。

サンプルCDに添付されていた紹介文には「新時代の地中海音楽ユニット」などと大仰なことが書いてありましたが、それほど目新しい感じはしません。アコースティック楽器を中心にした、トラッド色の強いポップ・ロック(かなりトラッド寄り)といった印象です。「マドレデウスにも匹敵する女性Vocalを擁する哀愁のエキゾチック音楽」とも書かれていましたが、Madredeus(マドレデウス)のヴォーカリスト、Teresa Salgueiro(テレーザ・サルゲイロ)の域にはぜんぜん達していないと、自分は思います。サンプルCDを作成・配布しているのがプログレッシヴ・ロック・プロモーション会社のPOSEIDONで、Acustimantico(アクスティマンティコ)はAsturias(アストゥーリアス)と交流があったりもするようなので、プログレ系のファンになんとかアピールしようと考えているのかもしれませんが、ちょっと持ち上げすぎのように感じます。

サンプルCDには、ファースト・アルバム『Acustimantico』(2000)から5曲、セカンド『La bella stagione』(2002)から3曲、サード『Santa Isabel』(2004)から3曲収録されているのですが、大雑把な印象として、ファーストがもっともトラッド色が強く、アルバムを重ねるにつれてポップ・フィールドへの広がりを考えているように感じます。

ファーストからの曲では、「Fiori dei Loto」は古いヨーロッパのお祭り音楽風なニュアンスがあって楽しく、「Raganitza」はほんのり哀愁と少しシャーマニックな雰囲気を漂わせながらも早いパッセージのスキャットやサキソフォンによるメロディはやはりダンサブル。この「Raganitza」は、どことなくFlairck(フレアーク)などにも通じる感じがします。「F」もやわらかな哀愁の漂うトラッド風のフォーク・バラードといった感じで、ソプラノ・サックスかな?管楽器の響きとアコーディオンの音色が情感を高めます。ただ、このエモーションにヴォーカルのRaffaella Misiti(ラッファエッラ・ミジティ)がぜんぜん乗り切れていない感じで残念。もっと情熱的に歌い上げてほしかった。

セカンドからの曲では、インドやアラブのようなエキゾチックな雰囲気をまとった「Rasdio」がなかなか興味深いのですが、ここでもRaffaellaのヴォーカルの弱さを感じます。この曲調で、こういうメロディだったら、たとえばAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)が歌っていたならどれだけよかっただろうかと思ってしまう。そういえば、ヴォコーダー処理をしたようなヴォイスをSEを一部でつかっているのだけど、ここでテクノ期?のMatia Bazar(マティア・バザール)が一瞬思い浮かんでしまいました。いっそ演奏も当時のMatia Bazarがしていたならどれだけよかったか。さらにエンディングのミュージック・コンクレート風な音がいかにもとってつけた感満載でなんだかなぁです。また「Mikimaus」という曲ではシンセサイザーやウィスパー系のヴォイスをSE的に使っていて、電子リズムも取り入れちょっと実験的なニュアンスもあって、こういうところが場合によっては一部のプログレ系ファンには喜ばれたりするのかもしれませんが、曲自体はけっこう普通のスロー・ポップスでした。このあたりの曲にはトラッド風味がほとんどありません。

サードからの曲では、「Meta Canzone」は古いアコースティック系プログレッシヴ・ファンにちょっとアピールするのかもしれないと感じます。グループとしてのスタイルや曲調は違うのだけど、たとえばOpus Avantra(オプス・アヴァントラ)くずれだったり、After Dinner(アフター・ディナー)くずれだったりするような雰囲気にうっかり反応してしまうタイプの人は、この曲にもうっかり反応してしまうかも。「Coda de topo」はジャズの雰囲気のあるアコースティック・ポップスで、トラッドの匂いはないですね。一方、「Musica immaginaria」はオーソドックスなトラッド系ポップスといった感じで、コーラス前半はスローでおだやかなのだけど、サビではエモーショナルに盛り上がります。長いスカートのすそを持って情熱的に踊る女性ダンサーの姿が目に見えるよう。ガットギターとヴァイオリンも哀愁を高めます。

これといって目新しさのない、日本ではあまり紹介される機会がないけれどヨーロッパには以前からけっこう普通に存在しているタイプの音楽のように思います。ヴォーカルがもっと情熱的だったなら、もう少し印象的になったでしょう。悪くはないけれど、もっと個性的なほうが自分は好みです。NCCPとかのほうが自分は好きかな。

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2006/10/12

Claudio Baglioniの次のアルバムは

1960~70年代にイタリアでヒットした曲のカバー集らしいです。しかも、2枚組。タイトルは『Quelli degli altri tutti qui』と、いつまでtutti quiで引っ張るんじゃ、まぎらわしい!というようなものになってます。10月20日発売予定。

買おうか、買うまいか、微妙です...
ちゃんとした新譜を出してほしい...

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GOBLIN / IL FANTASTICO VIAGGIO DEL "BAGAROZZO" MARK (1978)

恐怖映画『サスペリア』のサウンドトラックなどで有名なGoblin(ゴブリン)の、数少ない(2枚だけらしい)「サントラじゃないアルバム」のひとつ。さらに数少ない(唯一の?)ヴォーカル入り作品です。自分は、いわゆるプログレッシヴ・ロックも好きですが、基本的にはヴォーカル・ファンなので、彼らのアルバムのなかではこの作品がいちばん好きだったりします。

M1「Mark il Bagarozzo」は軽快なシンフォニック・ロック。この時点で「ホラー映画のGoblin」のイメージとは違ってきますが、さらにさわやかな感じすらするのが素敵です。ヴォーカルも、うまくはないけれど味があります。

M2「Le Cascate di Viridiana」の前半で聴かれるキーボードのアルペジオはミステリアスで妖しい雰囲気を持っていて、「サスペリア」などに通じますね。中盤からは妖しさが後退し、月明かりに照らされた夜の海のように澄んだ広がりを感じさせます。非常に透明な印象のあるインスト曲。

M3「Terra di Goblin」は「小悪魔たちの地」というタイトルどおり、不安で不吉な雰囲気を漂わせるキーボードで始まります。こういった感じには、Massimo Morante(マッシモ・モランテ)のヴォーカルは世俗を思わせる味わいがありすぎて、ちょっと合わないかもしれません。ただ、曲全体が不安な雰囲気に支配されているわけではなく、ワウを使ったギター・ソロでは妖しいなかにも少しユーモラスな雰囲気があったりします。

M4「Un Ragazzo D'Argento」は軽快なシンフォニック・ポップスといった雰囲気。キーボードやギターの演奏も華やかで、明るい感じがします。

M5「La Danza」のイントロで聴かれるシンセサイザーのアルペジオは、Tangerine Dream(タンジェリン・ドリーム)などを思い出させます。そこに「サスペリア」チックな緊張感のあるアコースティック・ギターが入り、さらにシンセサイザーもかぶさって、徐々にシンフォニックに、映画音楽的な広がりを持ったものになっていきます。情感のあるヴォーカルも、いい感じです。

M6「Opera Magnifica」はアルバム中もっともイタリアン・ポップスぽい曲。歌メロの前半は細かい音符の連なりが軽快で楽しげな雰囲気、サビでは情感を込めて元気に歌い上げる、といった流れが、いかにもイタリアン・ポップス風というか、カンタウトーレ風というか。明るく楽しいシンフォニック・ポップスといった印象で、自分はとても気に入っています。

M7「Notte」は「夜」というタイトルが暗示するかのように、曖昧で漠然とした恐怖を感じさせます。妖しいピアノの響きと囁き声。ホラー映画風味の強い曲。

M8「.....E Suono Rock」はシンセサイザーとエレキ・ギターの細かいアルペジオで始まり、サックスやリズムが加わってシンフォニック・プログレッシヴへと展開します。ジャジーなオルガン・プレイなども披露され、プログレッシヴ・ロックらしい曲・演奏だと思いますが、アルバムを締める曲としてはちょっと力不足というか、まだこのあとになにかの展開があるのではないかと思わせるような中途半端さを感じてしまいます。

『Profondo rosso』などのサントラ作品とくらべると、瑞々しさと緊張感に少し欠けるというか、より世俗的・日常的な情感があるように感じます。それでも曲の端々にGoblinらしい張りつめた透明感がちりばめられていて、ロック作品としてバランスのいいものになっていると思います。味わいたっぷりのヴォーカルは、ときに曲や演奏の雰囲気から浮いてしまう部分もありますが、その世俗感がこの作品にある種のリアリティを与えているともいえ、全体として悪くないと思います。


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2006/10/10

4つの家

最初の家は、なにもない原っぱの真ん中に建っていた。いつも夕暮れで、田舎町の急な坂道を下って角を曲がると突然、なにもない原っぱが広がる。そして遠くに木造平屋建ての、その家の明かりが見える。ほかには1軒も家がない。陽はどんどん暮れていく。心細く感じながら、遠くに見えるひとつの明かりをめざして、草以外になにもないなかをたった一人で歩く。すっかり夜になったころ、やっとその家にたどり着く。引き戸を開けると、部屋の中はほんのり黄色がかった明るい灯りで照らされていて、お膳の上には温かい食事の用意もできている。でも、誰もいない。人の気配がない。台所には大きな砥石と、よく砥がれた包丁がまな板の上に置いてある。風呂場では、むかしながらの薪で焚く風呂が沸いていて、古ぼけた木製の湯船にたっぷりと張られた湯から、やわらかな湯気が上がっている。食事の前に寂しく湯につかりながら、想う。二度とここから出られない、もう元の世界には戻れない...

ふたつめの家は、白い壁の近代的な一軒家だった。しかし建築から何年か経ち、新築当初は輝くような白亜であったろう外壁も、いまは黒ずみ、陰鬱な雰囲気を醸している。細い路地に面して建つその家は、よくは覚えていないのだけど、ちょっと不思議な構造だった。門から石段を数段登って玄関を入ると、狭い廊下の向こうにおそらくリビングが見える。右手には2階へ続く薄暗い階段があり、キッチンは階段を降りた地下にあった。家の中はいくたびに、どこも古びた蛍光灯の照らすぼんやりとした青白い光に包まれている。家の中には誰もいない。食事をつくらなくてはいけないのだけど、どうしてもキッチンに降りていく気になれない。白い冷蔵庫、白い戸棚、ステンレスの流し。狭いキッチンも、蛍光灯の放つ寂しげな青白い光に照らされている。誰もいない。でも、なにかいる。だから、入っていけない。体が、心が、その場所に入ることを拒絶する。逃げ出したい。でも、逃げられない。どこにも...

みっつめの家は、親戚か誰かの家の別荘らしい。田舎に建つ大きな二階建ての一軒家。広い庭があり、庭に面して大きなガラス窓。その窓の手前に渡り廊下があって、雪見障子のついた広い畳の部屋。部屋には押入れと床の間以外、なにもない。いつものように、見たことのない自分の家族と一緒に2階の奥の部屋で休んでいると、誰かが外からやってくる。1階の玄関を開け、家に入ってくる気配がする。だけど、見たことのない家族たちはみな眠っていて、誰も起きようとしない。玄関の気配に気づかないのだろうか。いったい誰が来たのだろう。気になる。気になるけれど、起き上がれない。体が、心が、いっている。起きてはいけない。見てはいけない。玄関を入った気配は、階段をのぼり、2階へとあがってくる。渡り廊下を静かにすすみ、まもなくこの部屋の障子の前までやってくるだろう。誰が来たのだろう。なにが来るのだろう。見たくない。聞きたくない。逃げ出したい。動けない...

よっつめの家は、いや、それが家なのかどうか、よくわからない。暗く狭い部屋。何度も何度も連れてこられているのに、それとも、自分で望んで来ているのかもしれないが、その形や特徴を覚えられない。身動きできないような場所で、たった一人で眠っている。たった一人で。たった一人で。一人で。一人で。だけど、なにかがいるのはわかっている。いつもそれを感じている。逃げ出したいと思っている。誰も助けてはくれない。ずっと恐怖とともに身を硬くして眠っている。たった一人で。たった一人で。一人で。一人で。家が、中に入ってこようとしている。それを拒んでいる。でも、いつまで拒み続けられるだろうか。拒みきれるだろうか。たった一人で。たった一人で。一人で。一人で...

もう、いきたくない。

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2006/10/09

Niccolo' Fabiの『La cura del tempo』が

ぜんぜん再生できません...(ToT)。
愛用のポータブル・プレイヤーに入れると、ぶんぶんうなりながらディスクが回るだけで、トラックの認識ができず、最終的にはNo Discで電源が切れちゃう。CCCDだからかなぁ。
ほかにもCCCD持ってるけれど、こんなふうにまったく再生できないというのは初めてです。
くやしい。

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