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2006年1月22日 - 2006年1月28日

2006/01/27

STEFANO PICCHI / PENSIERI SOSPESI

Stefano Picchi(ステーファノ・ピッキ)... この名前、すっかり忘れてました。なんとなくジャケット買いをして、プレイヤーにかけたら、なんだか聞き覚えのある曲... 「Genrale Kamikaze」!

そう、2004年のサンレモ音楽祭新人部門にこの曲で参加したStefanoのファースト・アルバムが、音楽祭参加から1年経ってやっとリリースされたのでした。地味だ。音楽祭での成績も7位という中途半端なものでしたが、すっかりみんなが名前を忘れちゃったんじゃないかというころにアルバムが出るというのも中途半端な感じです。

若いシンガーだと思っていたのですが、1974年1月25日生まれだそうですので、30歳を越えてのデビューだったのですね。出身はトスカーナ州のルッカ。いまなお町のまわりを囲む城壁がかんぺきに残っている(その上が散歩道になっている)、美しい町。食通には上質なオリーブ・オイルの産地として、クラシック音楽ファンにはプッチーニが生まれた町として、その名を知られています。8歳で曲をつくりはじめ、12歳でピアノを弾き始めたStefano。その後は飲食店で演奏したり、楽器店で働いたり、音楽学校に通ったりして、音楽の世界とつながりを保ち続けていたようです。

地元のミュージシャンたちと曲をつくり演奏を続けていたStefanoは、2001年にサン・マリノ音楽祭(Festival di S.Marino)で最終先行まで残ります。そして2004年、「Generale Kamikaze」でサンレモ音楽祭出場を果たしました。

というわけで、ミュージシャンとしてのキャリアは意外と長いらしいStefanoのデビュー・アルバムですが、なかなかよくできていると思います。下積み期間がけっこうあったからか、アレンジも含め、丁寧な曲づくりと演奏がされています。彼はピアノ弾きですが、アルバムではキーボードよりもギターの音の美しさが印象に残ります(自分がもともとギター引きだからかもしれませんが)。エレキもアコースティックも、とても綺麗な音で録られています。

ちょっと高めの、どこかにひっかかるような少しクセのある歌声は、初期のころのEros Ramazzotti(エロス・ラマッゾッティ)に感じが似ているかもしれません。こういった、多少なりとも個性を感じさせる歌声は、とても好ましく感じます。

「Generale Kamikaze」はほんのりエキゾティックな風味を盛り込んだアレンジがされていますが、他の曲は、この曲からエキゾティック風味を取り除いたような感じのものが大半です。ミディアムからスロー・テンポの曲が多く、どれも比較的素直でなめらかなメロディと展開を持っています。M6「Dracula」ではイントロに少しパンキッシュな雰囲気があったりもしますが、基本はミディアム・テンポのメロディアス・ポップスといえるでしょう。ほどよく明るく、ほどよく哀愁が漂う、心地よい曲が多く収録されています。

曲調的には、Massimo Di Cataldo(マッシモ・ディ・カタルド)とか、最近のGianluca Grignani(ジァンルカ・グリニャーニ)とかに通じるタイプのものかなと思います。彼らが歌ってもよさそう。M10「Sole swahili」などは、ファルセットを使わないMango(マンゴ)といった印象を受けました。これ、Mangoに歌わせてみたい。

そんなわけで楽しく聴けるのですが、難点をいえば、曲のバリエーションに乏しいことでしょう。どの曲も、曲単体として聴けば悪くないのですが、同じようなリズム、テンポ、曲調の曲が多く、アルバムを通して聴いていると、みんな同じに聴こえてきて、少し飽きてきてしまいます。ただ、その点でいえば最近のGianlucaとかMassimoのアルバムも自分にとっては似たような印象なので、彼らが受け入れられるならStefanoのこのアルバムも受け入れられるんじゃないかというふうにも思います。

このまま楽曲のクオリティを保って、曲調のバリエーションを広げ、コンスタントに作品リリースを続けられるなら、なかなかおもしろいアーティストになっていきそうな気がします。


  
  

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2006/01/26

FILIPPO MALATESTA / GIRAMONDO

Rimini近郊出身のFilippo Malatesta(フィリッポ・マラテスタ)。自分にとっては初めて聞く名前のように思うし、ジャケットの写真を見てもまだ若い感じなので、最近出てきた新人かと思っていたのですが、じつはアルバム・デビューは1992年で、この『Giramondo』は4枚目のアルバムだそうで。意外と中堅どころのカンタウトーレでした。

デビューしたてのころはCanzoniere dell'estate(夏の音楽祭)で2位になったり(1993年)、セカンド・アルバム『Malatesta』(1994年)でCorrado Rustici(コッラード・ルスティチ)とコラボレーションしていたりと、それなりに話題も提供していたようですが、1997年にサード・アルバム『Il re delle tre』をリリースして以降7年も沈黙してしまった(シングルのリリースもなし)ので、その間に音楽シーンから忘れられちゃったのだろうな。

というわけで、彼にとっては7年ぶりのアルバムとなった『Giramondo』。悪くありません。悪くありませんが、突出していいところも見つけにくいのが、中堅アーティストとしてはちょっと厳しいところ。

おっさんが歌ういかにも古いナポレターナのイントロからどことなくNek(ネック)風の軽快なポップスへとつながるM1「Giramondo」とか、素直なメロディと伸びやかなヴォーカルが聞けるミディアム・テンポのM8「Fantastico」などは、ラジオで頻繁にかければそれなりにヒットしそうな感じはします。最近のイタリアン・ポップスにありがちな軽やかでメロディアスなポップスですね。

ほかにも、南欧やラテンのようなエキゾティシズムを感じさせるM2「Boh」とか、フォーク風な素朴さや優しさを感じさせるM4「Con un filo di gas」やM6「Solo」などもありますし、初期のAC/DCを思い起こさせる(←本当か?)ディストーションのかかっていないエレキとベースによる重いリフが印象的なM5「Il gatto」などもあります。いくつかの曲ではフィザルモニカ(アコーディオン)が導入され、南欧風のひなびた哀愁が漂います。

ただ、どれも意外と普通というか、平凡というか、ありきたりというか。悪くはないのだけど、もうひとつ「突き抜けた」ところがないのですよ。Francesco Renga(フランチェスコ・レンガ)をすごくおとなしくしたような感じの粘っこい歌い方とけっこうよく通る声はそれなりに魅力的だし個性もあると思うのだけど、考えてみるとこういった声と歌い方の歌手って最近多いよなぁという気もするし、そのなかでFilippoが飛びぬけて個性的かというとやはりFrancescoのほうが圧倒的に個性的なわけで... というようなモヤモヤ感が、ヴォーカルにも曲そのものにも残ってしまいます。

なかにはM7「Luna Park」のように、陽気なカントリー・ミュージック風のところに哀愁のアコーディオンがかぶさったと思ったら途中で歌謡曲みたいなコーラスが入って最後はサスペンス映画かよみたいな演奏につながるという、こう書いているだけで楽しいアレンジもあったりするのですが、せっかくのこうした楽しさを魅力的に活かしきれてないような感じがします。そもそも、Filippoの方向性というか、このアルバムの方向性、伝えたい・表現したい音楽の方向性といったものが、なんだかばらけちゃっているような、そんな印象もあります。

個々の曲は、悪くはないのです。アルバムとしても、悪くはないのです。最近のイタリアン・ポップスの作品として、充分に楽しめる内容だとは思います。ただ、どれもがアベレージな感じなので、あまり「Filippoの歌と曲」という印象が残らないのです。このアルバムではプロデュースもアレンジも自分でやっているようですが、誰かよいプロデューサーとアレンジャーのアドバイスがあったなら、もっと魅力的な作品になったのではないかなぁという感じがします。


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2006/01/25

いつかは自分も歌舞伎座で声を出してみたい... かな

知人の日記で紹介されていたのだけど、これ↓爆笑もんです。

中村屋

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PREMIATA FORNERIA MARCONI / DRACULA - OPERA ROCK

自分はMauro Pagani(マウロ・パガーニ)が抜けたあとのPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)のアルバムをほとんど聴いたことがなくて、そのせいもあるのかもしれませんが、このアルバム、PFMだと知らずに聴いたなら、きっとPFMのアルバムとは気づかなっただろうなと思います。

タイトルどおり、吸血鬼ドラキュラをテーマにしたロック・オペラのサウンドトラックです。歌詞はVincenzo Incenzo(ヴィンチェンツォ・インチェンツォ)という人が書いていますが、曲はPFMによるもの。しかしここに、自分の知っている「PFMの音」はほとんど出てきません。

個人的な印象として、PFMの音楽って、どちらかというと軽やかで、華麗で、たとえ哀愁系の曲をやったとしてもどこかに太陽の光を反射するキラキラとした海の輝きが垣間見え、テクニカルであってもあたたかみのある演奏をする、と感じているのですが、このアルバムには、そういった要素がほとんど感じられません。M5「Il castello dei perche'」の中間部でいくらか聴かれるくらいでしょうか。

まぁ、テーマがドラキュラですからね。ドラキュラ(のモデルとなったブラド・ツェペシ伯爵)といえば東欧ルーマニアはトランシルヴァニア地方の出身です。そんなこともあってか、PFMなのにすごく音が重い。そして、暗い。こういった重厚な感じのする音楽はいかにもユーロ・ロック的ではありますが、PFMからこういう音が出てくるとは、自分は想像してませんでした。しかし、M3「Non e' un incubo e' rearta'」で聞こえるサンプリングのフルートは、しょぼいな。

そのうえ、この作品はロック・オペラです。PFM単体の作品とは違います。舞台用音楽らしく、ドラマティックでスリリングなオーケストラがふんだんに導入され、音楽に厚みと物語性をたっぷりと加えています。さらには混声合唱まで入ります。こういった厚みも、自分の持っているPFMの印象とずいぶん違います。PFMで混声合唱といえば「The mountain」という曲もむか~しにありましたが、あんなふうなとってつけたような混声合唱ではなく、この作品中ではもっとスムースに取り入れられています。

そんなわけで、実はあんまりPFMの音楽に興味がない自分ですが、このアルバムはなかなか聴きどころが多いというか、けっこう自分の好みにあった内容になっています。

ただ、毎度のこと?なのですが、これだけ厚みと密度のある演奏だし音楽なのに、ヴォーカルがパワー不足なのですよ。これについては自分がPFMに対して持っている印象そのままです。

曲ごと(役ごと?)にメンバーが交代で歌っているようで、それぞれの歌声はそれなりに個性もあるし味わいもあるとは思うのだけど、しかもPFMにはめずらしいメンバーによるコーラス・ワークもあったりするのだけど、なんといってもこれは壮大なロック・オペラです。ここはもっと声量のあるヴォーカルで、力強く伸びやかな歌声を聴きたかった。せっかく演奏で重厚なドラキュラの世界をつくりあげているのに、ヴォーカルがその重厚さを薄めてしまっているように感じるのです。

これがドラキュラではなく、ロック・オペラでもなく、PFM単体のオリジナル・アルバムであれば、このヴォーカルでも充分なのでしょうが。M11「Un destino di rondine」にゲスト・ヴォーカルとして参加しているカンタウトリーチェ、Dolcenera(ドルチェネラ)が力強いヴォーカルがヨーロッパの陰鬱な世界観にぴったりとあっている分、余計に本編でのヴォーカルの甘さが残念に感じられます。

というわけで、ヴォーカル面での物足りなさはいくらか残りますが、アルバム全体としてはいかにもユーロ・ロック的な、ヨーロッパ的な影と哀しみと重さに満ちた、なかなかの作品だと思います。これがPFMファンにどう受けとめられるのかはわかりませんが。ちなみに自分は、このアルバムを聴いて、PFMやその他のユーロ・ロック・グループよりも先に、Cirque du Soleil(シルク・ドゥ・ソレイユ)のアルバム『Alegria』を思い出しました。古いヨーロッパのひなびた街角を思い起こさせるところなど、ちょっと通じる部分があるのではないかしら。


  

  

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2006/01/24

ANNA OXA / CANTAUTORI

タイトルどおり、イタリアのトップ女性シンガーのひとりであるAnna Oxa(アンナ・オクサ)が、イタリアのカンタウトーレ(シンガー・ソングライター)たちの曲をカバーしたアルバム。収録されているのは、どれも有名な曲ばかり... なのだろうと思うのですが、自分が知っている曲はLucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)のM3「Futura」、Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)のM7「Avrai」、Fabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)のM10「Bocca di rosa」くらいでした。他の曲も、なんとなく聴いたことがある気がする、もしかしたらオリジナルの歌手でCDを持ってるかもしれない、と思うものはあるのだけど、自分が持ってるこのCD、それぞれの曲のクレジットが書かれていないので、どの曲が誰の曲かわからず、確認できません(汗)。

Anna Oxa、いい声とはいいませんが、味わいのある声だと思います。表現力もほどよくあって、声もよく出ているし、うまいな。自分の好み的には、もっと個性が強いというか、アクの強い感じの声や歌い方のほうが好きなのですが、Annaくらいの個性のほうが、より幅広い人にアピールするようには思います。

さまざまなカンタウトーレの曲を歌うということで、収録されている曲にもバラエティがあって楽しいです。M3「Anna verra'」はジャズ風で、Annaの抑えた感じのヴォーカルがクールに決まっていてカッコイイし、M4「Anima」では歌メロ前半でフェミニンな感じを振りまいてくれます。M5「Si puo'」はどことなくコミカルで、リズムの軽やかな曲。だけど、どの曲もAnnaの歌として、きちんと消化されています。

Claudio Baglioniファンの自分としては、やはり「Avrai」の出来が気になるところですが、これはまぁ、こんなものかな。悪くはないけれど、やはり想いのこもったClaudio自身の歌唱には及ばないといった感じ。

個人的にはM6「Bellamore」が気になりました。ポップスというよりは、歌詞の美しさを聞かせる感じの、とてもカンタウトーレぽい曲。誰の曲だろうと思って調べてみたら、Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)の曲のようですね。これはいいな。ぜひ男性歌手の歌声で聴いてみたいと思いました。Francescoが自分でも歌ってるのだろうけれど、たとえばAngelo Branduardi(アンジェロ・ブランデュアルディ)とかが歌っても趣がありそう。女性なら、AnnaよりはFiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)で聴きたい感じです。

Annaはこの翌年(1994年)にも、カンタウトーレたちの曲をカバーしたシリーズ第2弾?『Oxa Cantautori』をリリースしています。こちらもなかなかおもしろそうな選曲(人選)で、ちょっと気になるところです。


  

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2006/01/23

浅草でにっこり、お台場でがっかり


昨日は浅草で新春歌舞伎を観てきました。これからの歌舞伎界を担う若手役者が中心となって舞台をつくりあげる新春浅草歌舞伎。歌舞伎座で観る、ベテランが主役を張る歌舞伎とは、また違った楽しさがあります。なんといっても若々しい。

昼と夜の1日2公演があるのですが、自分が観たのは昼の部。演目は「鳴神」と「仮名手本忠臣蔵(五段目、六段目)」でした。

「鳴神」は、若い女性の色香にだまされた高僧が怒り狂う、という話でしたが、これ、エロ小説ですね、きっと。こういうのを観ると、歌舞伎が「伝統文化」とか「芸術」なんていう大上段に構えたものじゃなく、大衆娯楽だったんだと実感します。

高僧を演じたのは中村獅童さんですが、彼はうまいのかそれほどでもないのか、よくわからん。以前に歌舞伎座で観たときや、去年の新春浅草歌舞伎のときよりは「歌舞伎っぽい」演技だったかなという気はしますが... 夜にテレビで放送されていた映画『恋人はスナイパー 劇場版』での獅童さんのほうがすっきりと役に入れているような感じがしました。とはいえ、この「鳴神」という演目がおそらく非常に「歌舞伎っぽい」のでしょう。高僧と姫とのやりとり、派手な隈取、最後は片足でたったったったと花道をはけていく(これ、なんというのでしょう?)など、ビジュアル面での「歌舞伎っぽさ」がふんだんに観られて楽しい舞台でした。さすが歌舞伎十八番のうちのひとつ(なんだそうだ)です。

幕間にアナゴづくし弁当を食べたら、次は忠臣蔵です。忠臣蔵の話って、実はほとんど(ぜんぜんに近い)知らないのですが、今年の志の輔落語@PARCOで志の輔さんが忠臣蔵をネタにした新作落語「忠臣ぐらっ」をやったときに枕で聞いた話によると、あだ討ちにいく四十七士の一人一人それぞれにドラマが描かれているのだそうで。で、今回の歌舞伎は四十七士の一人、早野勘平という人のドラマです。

ある町人家の娘婿になり、猟師となって仇討ちの時機を待っていた勘平さん。仇討ち資金にと、ある事情で金を手に入れましたが、そこから義父殺しの嫌疑をかけられ、また勘平さん自身も誤って義父を殺してしまったと思い煩い、かつての仲間の前で腹を切ります。しかし、実はそれは誤解で、義父を殺したのは盗賊、そして手に入れたその金は、もともと義父が、討ち入りの役に立ちたいという勘平さんのために工面してくれたもの。それがわかり、主君のために討ち入りをすると誓った仲間たちの名前が書いてある「連判状」に、勘平さんの名前も書いてもらえることになるのです。しかし、勘平さんはそのまま死んでしまうのです。

つまり、実際に討ち入りにはいけなかったけれど、強い忠誠心を持って討ち入り(の準備)を手伝った人がいたんだよ、っていう話なんでしょう。クライマックスで仲間の浪士が連判状を勘平さんに見せ、「ここに46人の名前が記された連判状がある。ここにおまえの名前も記そう」みたいなことをいうのです。つまり、勘平さんの名前が入って、全部で四十七士。勘平さんは「最後のひとり」だったんです。だけど、討ち入りにはいけなかった。この無念さが観ているものに悲しみとある種の感動を呼ぶのです。いや、呼ぶはずだったのです。なのに、このあとの大切な部分で、仲間の浪士がいいました...

「46人の名前が記された連判状。これに勘平、おまえの名前も加えて、全部で46...」

増えてないじゃん!

残念ながら勘平さんは、あんな思いをして、腹切って内臓つかんで血判まで押したのに、けっきょく数に入れてもらえなかったのです。

いや、たんにセリフを間違っただけだと思うのですが、会場にいた大半の人が「おいっ!」と心の中でつっこんだに違いない。

そんなわけで、今年も楽しい新春浅草歌舞伎でした。

その後、水上バスに乗って(初めて乗った! なんか、楽しかった)お台場へ移動。お台場へ行きたかったというより、水上バスに乗りたかっただけなんですが、せっかくお台場にきたので夕飯食べて帰ろうと思いまして。デックス、アクアシティと、ざっとレストランをチェックしたのだけど、これといって入りたい店が見つからず。それではとヴィーナスフォートにいったのだけど、こっちもたいした店がなく。しかし時間的にそろそろどこかに入らなければと、ヴィーナスフォート内のある店へ。

ビール、美味しかったです。ベルギービールがいろいろあって。しかし、料理はなぁ。まずいとはいわないけれど、あの値段で、こんなもんなのかぁ。せっかくビールは美味しいのに、料理の味わいがそれとバランスを取れていない。見掛けだけは綺麗で豪華そうなのだけどなぁ。店内はひまで従業員もプラプラしてるのにいつまでも下げ物をしないテーブルがたくさんあるし。

以前にお台場に来たときも、アクアシティ内の某有名店のお台場支店?で食べて、料金と提供される料理&サービスのアンバランス(見掛け倒し)にがっかりした記憶があります。けっきょく子供が中心の観光地で食べられるものなんて、こんな感じなのでしょうか。まずくはないけど、気持ちよく料金を払って帰れるだけの満足感はない。追加オーダーを出したいという気持ちにならないもん。

そんなわけで、お台場ですっかりがっかりしてしまったので、さっさと電車に載って家路に着き、途中で濃厚クリーミーな白カビチーズとグリッシーニを調達し、家でそれらをつまみに赤ワイン1本あけちゃいました。けっきょくねぇ、中途半端な店で外食するよりも、家で飲み食いしたほうが美味しいし楽しいんだよなぁ。

昨日はそんな日曜日でしたさ。

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