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2006年7月16日 - 2006年7月22日

2006/07/21

MARIO CASTELNUOVO / COM'ERANO VENUTE BUONE LE CILIEGIE NELLA PRIMAVERA DEL '42 (2005)

Mario Castelnuovo(マリオ・カステルヌォヴォ)は1955年1月25日生まれだそうですから、もう51歳になるのですね。ラツィオ州ローマ出身(だけどお父さんはロンバルディーア州、お母さんはトスカーナ州の出身)のカンタウトーレ。1982年にAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)のプロデュースでアルバム・デビューして以来、おおよそ2~3年ごとにコンスタントなアルバム・リリースを続けています。最近はその間隔がちょっと長くなってきていて、前々作の『Signorine adorate』(1996年)から前作『Buongiorno』(2000年)までが4年、そして現時点での最新作であるこのアルバムまでが5年となっているので、次のアルバムは2010年ころでしょうか。

オリジナル作としては10枚目(Goran Kuzminac(ゴラン・クズミナク)Marco Ferradini(マルコ・フェッラディーニ)とコラボレートした『Q-concert』を含めば11枚目)の作品ですが、これといって作風に変化はないようです。自分は飛び飛びにしかアルバムを聴いていませんが、Amedeoのプロデュースでピコピコしたシンセサイザー・アレンジが安っぽい印象を与えるデビュー作をのぞけば、どれも地味でおだやかで華やかさに欠けるけど多くのカンタウトーレ作品を聴いてきた人には味わい深かったりする玄人好みの作品になっていると思います。

『Com'erano venute buone le ciliegie nella primavera del '42』とおそろしくタイトルの長い(覚えられない)このアルバムも、これまでと同様に、華やかさや浮かれた気分とはほとんど無縁の、とても地味なもの。

M2「L'Ave Maria di un clown」では落ち着いた声の地味なヴォーカルをウッドベースとブラス、哀愁のヴァイオリンが彩ります。終盤ではアルト(かな)の女性ヴォーカルが入り、そのバックでは控えめな混声合唱も聞こえ、それまでの世俗っぽいカンタウトーレの世界が少し神聖な感じに変わります。

M4「Piccolo giudice (siciliana)」も、字余り気味の歌詞を地味なメロディに載せて淡々と歌う、いかにもカンタウトーレ風なアコースティック・ギターの弾き語りが、終盤にきて少し変化するといった構成。Marioによる弾き語りパートのあとに、打楽器と、キーボードによる薄いオーケストレーションの入った女性ヴォーカルのパートが始まります。ここではエスニックな雰囲気のまじったトラッドや民俗音楽風になります。

M5「Montaperti」は映画音楽風のオーケストラルな演奏にのって、本や詩を朗読しているような語りが入るという作品。

M6「Compagnia d'arte scenica viaggiante」はヨーロッパの小さな町のお祭りで行なわれるパレードを思わせるような曲調。ほどよくひなびたアコーディオンの音色や、ぼん・べんと鳴るベースと太鼓、ぶかぶかいうホーンがチープな楽しさを感じさせます。でも、基本はやっぱり地味なカンタウトーレ作品。

M11「Fantasia K397 in re minore (frammento) di W.A. Mozarto」はタイトルどおり、モーツァルトの曲らしいのですが、ピアノの演奏がほんの短い時間入っているだけで、気がついたら終わってました。

アルバム最後のM13「Com'erano venute buone le ciliegie nella primavera del '42」はアルバムのタイトル曲ですが、ゆったりとしたオーケストラの演奏によるインストゥルメンタルです。そういえばM1「Radio valzer」も、ラジオをチューニングするSEはありましたが、基本はオーケストラによるインスト作品だったかな。

他の曲は基本的に、アコースティック・ギターの弾き語りに、適度なオーケストラがかぶさったり、フィドルやラッパがときにバックアップする、どちらかというとメロディよりも歌詞重視タイプのカンタウトーレ作品といった感じ。全体に地味だけど、おだやかなロマンティシズムが漂っています。


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2006/07/20

ANNA OXA / OXA CANTAUTORI (1994)

Lucio Battisti(ルーチォ・バッティスティ)Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)など著名なカンタウトーレたちの曲をカバーした『Cantautori』(1993年)シリーズ?の第2弾。アルバムの正式タイトルは今回も『Cantautori』のようですが、表ジャケットにはCantautoriという言葉を分解して「Canta autori」と表記されています。

今回もLucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)Ivano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ)Raf(ラフ)など、10人のカンタウトーレ作品10曲が収録されています。どれもAnna Oxa(アンナ・オクサ)のために書かれたわけではなく、それぞれのカンタウトーレたちが自分で歌うために書いたものをAnnaがカバーしているだけなので、Annaの声質や歌い方を最大限に活かすような曲というわけではありません。でもAnnaなりに上手に自分の色をつけて表現していると感じます。

低めで、もやっとした感じのある、突き抜けない声と歌い方に個性があるAnna。どの曲もその個性でそれなりに「Annaの歌」として楽しめますが、やはり曲のタイプとの相性は感じます。

Claudio BaglioniのM2「Mille giorni di te di me」などは、オリジナルを知っているからということもありますが、Annaの声と歌い方にはあまりあわないというか、Claudioの歌には到底かなわないというか。とくに最後のほう、わざとかもしれませんが音程が不安定なところがあり、これがとても気になってしまいました。Lucio DallaのM1「Washington」やIvano FossatiのM4「Questi posti davanti al mare」、Fabio Concato(ファビオ・コンカート)のM8「Tienimi dentro te」なども、上手に歌っているけれど、そんなにすごく「いい」という感じは受けません。これらはオリジナルを自分は(たぶん)聴いたことがないので比較はできませんが、おそらくオリジナルのカンタウトーレたちが歌ったほうが、やっぱりいいんだろうなぁという気がします。

一方、M3「Scrivimi」は、やわらかなメロディと落ち着いたアレンジ、ほのかに感じられるナポリ風な香りとジャズの風味が、Annaの声と歌い方にぴったり合っています。Pino Daniele(ピーノ・ダニエーレ)っぽいなと思い作者を確認したところ、Pinoと同じナポリ出身のNino Buonocore(ニーノ・ブォノコーレ)の曲でした。Annaは南イタリアのプーリア州バーリ(Bari)出身。やはり南の感性と相性がいいのでしょうか。M7にはPino Danieleの「Quando」も収録されていますが、これもまた、Annaのヴォーカルと非常にいいマッチングを感じます。

また、M9「La storia」はオーケストラの入ったバラードで、非常に抑制の効いたロマンティシズムを感じる曲。Annaのヴォーカルがどうのという以前に、曲そのものの持つ美しい魅力にひかれます。誰の曲かと確認したら、Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)でした。なるほど納得。Annaの抑えた感じのヴォーカルで聴くのも悪くないですが、Francesco本人による歌で聞くと、きっともっとロマンティックな感じになるのだろうな。

ちなみに1993年の『Cantautori』は曲目リストのところに作者名の表記がなく、誰が書いた曲なのかがわからずにちょっと困ったのですが、今回はそれぞれに作者名の表記があって助かりました。

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2006/07/19

ドリトルはDolittleだった

小学生のころ大好きだった「ドリトル先生」シリーズ。学校の図書館にあったシリーズ本、全部読んだな、たしか。
最近、1967年に製作された映画『ドリトル先生不思議な旅』をひさしぶりにテレビで見たのだけど、ドリトル先生はDr.Dolittleなのね。発音を聞いて、初めてわかった。

Do little
どうでもいいような、小さなことを、やれ。

なんか、趣き深い。
“Dolittle”という一塊で「怠け者」とか「ヤクザ者」といった意味があるらしいのだけど(手元の辞書には載ってなかった。スラングだろうな)、もとはきっと、どうでもいいようなことをする(do little)人だったのだろうな。

効率、スピード、金銭的な価値といったものばかりに重点を置くやり方・考え方に、いいかげんうんざりしているし、疲れてもいる。それよりもDolittleでありたいと思う今日この頃。


ところで先日、何年かぶりで東京ディズニーランドに行きまして。トゥーンタウンにある「カートゥーンスピン」というアトラクションには、建物に入ってすぐの内側の壁にいくつかのナンバープレートがぶらさがっているんですが、これがみんな英語の語呂合わせになっているようで、楽しいです。

多くは、発音するとキャラクターの名前っぽくなるといったかたちなのだけど、なかには「IML8」とかある。わかるかしら。「IM L8」と区切るとわかりやすいかな。「アイ・エム・エル・エイト」。これをちょっと早口でいうと「アイムレイト」。つまり「I'm late (遅刻しちゃった)」というナンバープレートなの。

列に並んで待っている間、他のプレートもこうやって解読して楽しんでたのだけど、どうしてもわからなかったものもいくつかある。そのなかのひとつが「RS2CAT」。これはなんだろう。ラストカット?

う~ん、やはりもう少し英語を勉強しなければ。DolittleとIML8でその想いを強くしたのでありました。想っただけだけど(^^;)。

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2006/07/18

気になる盛り上がり

最近、気がついたんです。
気がついたら、あちこちで見かけるのです。

あの、盛り上がり。

西武新宿線で、
東京メトロで、
(ローカルネタですみません)
不自然に盛り上がってる。

そう、自動改札で。

あの盛り上がりは、
明らかに予感させます。
いまはまだ、ただ黒いだけだけど、
いずれそこに文字かマークがつくことを。

「Suica使えます」

きっとそうだ、
ぜったいそうだ、
あの盛り上がりは、

「タッチ・アンド・ゴー」

を可能にする盛り上がりに違いない。

願わくば、
JRのSuicaがそのまま使えますように。
パスネット連合?のみの専用非接触ICカード開発!
などということになりませんように。
少なくとも相互に互換性がありますように。

しかし、いつから導入されるのだろう?
気になる。
早く導入されるといいな。








気になるといえば、もうひとつ。

夏川純って、髪、多すぎ!

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