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2006年4月16日 - 2006年4月22日

2006/04/21

子豚のオリンピック!

むちゃむちゃかわいいですぅ~♪

Pig Olympics

15枚目の、プールで泳いでいる子豚ちゃんがらぶりぃ。

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LAURA BONO / LAURA BONO

2005年のサンレモ音楽祭新人部門優勝者、Laura Bono(ラウラ・ボーノ)、本名Laura Bonometti(ラウラ・ボノメッティ)のデビュー・アルバムです。1979年1月14日、ロンバルディーア州ヴァレーゼ(Varese)の生まれだそうです。

ひび割れ声で力強くロックを歌うタイプのカンタウトリーチェ(女性シンガー・ソングライター)で、タイプとしてはLoredana Berte'(ロレダーナ・ベルテ)やGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)、最近でいえばDolcenera(ドルチェネラ)などと同系統といえるでしょう。その歌声の力強さにたがわず非常に活発・活動的な女性のようで、ローティーンの頃はサッカーに夢中で一時は少年サッカーチームに所属したことがあったり、空手の茶帯(がどれくらいすごいのか知りませんが)を持っていたりします。

シンガーとしてのLauraは、Canale 5(カナレ・チンクエ)でプライムタイムに放送されていたミュージカル・ショー「Momento di Gloria」に出演したり、2001年のSanremo Rock and Trendsで準優勝を獲得したりと、地道な活動のなかで成果を出してきました。そして2005年、「Non credo nei miracoli」でサンレモ音楽祭に参加し新人部門で優勝、翌2006年、Matia Bazar(マティア・バザール)のキーボーディストで、初期のころのEros Ramazzotti(エロス・ラマッゾッティ)のプロデューサーとしても知られるPiero Cassano(ピエロ・カッサーノ)のプロデュースでこのデビュー・アルバムをリリースしました。

収録曲のなかでは、サンレモ参加曲である「Non credo nei miracoli」がやはり印象的で、またLauraのヴォーカル・スタイルにも合っています。ミディアム・テンポのロック・バラードで、徐々に盛り上がる展開と切なげなメロディを持っていて、なかなかの名曲ではないでしょうか。キーボードのアレンジがちょっとばかり安っぽいのが残念ではありますが。

他の曲もこの曲同様、ひび割れたLauraの歌声を生かしたミディアム・テンポのロック系チューンが多く収録されていますが、どれもメロディアスで、ロック・ヴォーカルの好きな自分には好ましく感じられます。なんとなくですが、1980年代くらいの英米の女性ロック・シンガーを思い出します。

「Non credo nei miracoli」のほかでは、Lauraのヴォーカル・スタイルが堪能できるメロディアス・ロックのM1「Non e' stata colpa mia」、オーケストラが入り力強くもドラマティックなM4「Tutto ha una spiegazione」、ところどころファルセット気味になる歌声が魅惑的なM10「Amo solo te」などが気に入りました。もしかしたらDolceneraよりもLauraのほうが自分好みかもしれません。


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2006/04/20

びっくりしたなぁ、もぅ~

すっごいびっくりしてますぅ~。
おかしすぎる。

パンダの親子

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ひき肉と野菜のスープ

ほうれん草が特売99円! ひき肉100グラム120円が特売で2割引!! これはもう、ひき肉とほうれん草を煮込むしかないでしょう!!! というわけで。

●みじん切りのニンニクをオリーブオイルで香りよく炒める。
●みじん切りの玉ねぎを加えて、しんなりするまでじっくり炒める。
●ひき肉を加えて、ぽろぽろとそぼろ風になるまでじっくり炒める。
●下茹でしたほうれん草をできるだけ細かくみじん切りにして加え、混ぜ合わせる。
●塩・胡椒で味付け。
●ホールトマトをつぶして、ジュースごと加える。
●全体が隠れるくらいまで水を加える。
●白ワインを少々。
●ひたすら煮る。
●食卓に出す20分くらい前に、炊いていないお米をひとつかみ投げ込む。
●さらに20分くらい煮込んでできあがり。

お米を「野菜」としてスープの具に使うあたりがなんとなくユーロピアン? きざむ以外は煮るだけなので簡単です。煮るのにちょっと時間はかかるけど。味付けも塩と胡椒だけでシンプル。野菜と肉の旨みがたっぷり感じられます。

なんとなく、ひき肉入りのズッパ・ディ・ヴェルトゥーレもしくはミネストローネといった感じですが、煮込むときに青唐辛子を加えれば、おそらくトルコ風。食べるときにお好みでカイエンペッパーなどを振り掛けるのも美味しいです。

さらにレタスとトマトのサラダも用意し、野菜たっぷりの食卓になりました。野菜、好きです。

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2006/04/19

AMEDEO MINGHI / SU DI ME

もう、これ以上買うのはやめようと思っていたのですよ、Amedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)のアルバム。1973年のデビュー・アルバムから2002年の『L'altra faccia della luna』まで、サウンドトラック盤とベスト盤を除けばおそらく全部のCDを持っていると思うのだけど、そして自分はAmedeoの音楽が好きだったのだけど、1992年の『I ricordi del cuore』を頂点に、その後の彼の作品は縮小再生産を繰り返しているように感じてしまい、聴いていて、なんだか寂しくなってしまうのですよ。それでも1998年の『Decenni』、2000年の『Anita』で少し盛り返したかと思ったのですが、2002年の前作『L'altra faccia della luna』を聴いて、もう自分にとっては追いかけるべきアーティストじゃなくなってしまったかもしれないと感じ、月を眺めながらひとり涙したのを思い出します(←うそです)。

このアルバムも、たまたまセールで安く売っていたので、つい買ってしまいましたが、買わなくてもよかった、というか、買わなければよかったかもしれません。

べつにアルバムの内容が悪いわけではありません。ここには、いつもどおりAmedeoの音楽が満ち溢れていますし、彼の優しい歌声もいつもどおりです。どの曲も、どのメロディも、以前と変わらずAmedeoらしいものです。

ただ、以前と変わらなすぎなんです。声も曲もメロディもこれまでと同じ。なのに演奏は、前作もそうでしたが、オール・プログラミングで(一部にギターは入ってますけれど)薄っぺらい。血の通った力強さやあたたかさや想いといったものが感じられない。結果として、これまでと同じ音楽だけど、スケールダウンといった印象になってしまうのです。

変わらないということは、ある一面でとても良いことではあります。求めた音楽を必ず提供してくれるわけですから。ただ、中心となるもっとも大切なものは変わらなくても、それを表現する方法は、もっとも効果的に表現する手段は、環境の変化等に合わせて変わってきても当然だと思うのです。実際Amedeoも、1980年代から90年代にかけては上手に環境変化を取り入れて、その時代が提供する技術を巧みに使って、彼の魅力を表現していたはずです。だけどいまは、1990年代に出会った、そしてその当時は彼の表現力を大きくサポートした、コンピュータ・プログラミングの枠にとらわれてしまっている感じがするのです。

端的にいって、いまのAmedeoのコンピュータ・プログラミングの使い方は、下手だと思う。同じコンピュータ・プログラミングでも、90年代には90年代の、2000年代には2000年代の、音源の使い方や組み合わせ方といったものがあるはずだと思うのですが、彼は2000年代の音源を90年代のやり方で使っているのかなぁと、そんな気がします。90年代の彼の作品よりも、いまの作品のほうが薄っぺらい音になってしまっているのは、そのせいなのではないかなぁと想像してしまいます。

M1「Il suono」もM7「Com'e' il tempo」も、キーボード・オーケストレーションにもっときちんと厚みと深みと奥行きがあればよかったのに。あるいは、ストリングス・オーケストラを使えばよかったのに。ドラムもベースも、プログラミングではなくミュージシャンにちゃんと演奏してもらえばいいのに。なぜAmedeoはすべての演奏をコンピュータ・プログラミングで行なうことにこだわるんだろう? Amedeoなら、費用的に厳しいということはないと思うのだけどなぁ。

もし次のアルバムもバックの演奏が全部プログラミングのようなら、今度こそ買うのはやめよう。好きなアーティストなのに、こういうふうに思ってしまうこともなんだか哀しいです。



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2006/04/18

ANNA OXA / LA MUSICA E' NIENTE SE TU NON HAI VISSUTO

2006年のサンレモ音楽祭参加曲「Processo a me stessa」を収録したアルバムです。完全な新作というわけではなく、2005年のツアーを収録したライヴ・アルバムに新曲を追加したような感じでしょうか。

M1「L'eterno movimento」はイントロで聴かれる管楽器がエスニックで、エジプトなどの砂漠の国をイメージさせます。ヴォーカル・パートは普通のポップスなのですが、最後はライオン・キング風というかアフリカ風というか。アルバム冒頭からエキゾティックさ満載です。

M1エンディングのアフリカン・テイストを引き継ぐ感じでM2「La panchina e il New York Times」が始まります。Giancarlo Bigazzi(ジァンカルロ・ビガッツィ)のつくった曲なので、普通に歌えば普通のポップスなはずですが、そこはAnna Oxa(アンナ・オクサ)、そうはしません。途中の超音波系のシャウト(スクリーム?)ではNina Hagen(ニナ・ハーゲン)を思い出してしまいました。ヴォーカル・パート後の演奏は打楽器が中心となったシャーマニックなもので、ちょっと怖いです。

その怖さをなだめるかのように、M3「Trans-forma-acao」は軽快なボサノバ。Annaの粘りのある歌声が独特の色っぽさをもって響きます。フルートの音色もしゃれた感じを加えています。

すでにここまででいろんな国めぐりをしている気分になってきていますが、M4「Oltre la montagna」ではイントロにバグパイプを持ってきて、これまでとはまた違う異国へと誘います。バグパイプってイギリスのもの(ですよね?)なのに、そのメロディにも音色にも、なぜかヨーロッパとは違うエキゾティックな響きがありますね。その後はパンパイプとアコースティック・ギターが入ってきて、このまま英国風の牧歌的なシンフォニック・フォークになるのかなと思いきや、ヌーヴェル・シャンソンのような曲調に移行していきます。おだやかで心地よい曲だと思います。これ、曲づくりにMatia Bazar(マティア・バザール)のPierro Cassano(ピエロ・カッサーノ)が協力してるんですね。

M5「The Dance」はパンパイプ系の管楽器とアコースティック・ギターを中心としたフォルクローレ風のトラッド・ポップスでしょうか。これも最後は打楽器メインになり、プリミティヴな呪術系音楽のような雰囲気になっていきます。

M6「Tutti i brividi del mondo」はNew Trolls(ニュー・トロルス)がAnnaに提供した曲で、ロマンティックなバラードです。普通のアレンジで普通に歌えばとても美しい曲のはずなのに、ここではついにシタールまで導入され、エキゾティックさ満載です。Annaのヴォーカルもほんのりウィスパーをまじえているので、いっそう妖しい雰囲気です。そして最後はやっぱり砂漠の国っぽさ満開になっていきます。

M7はFranco Fasano(フランコ・ファザーノ)とFausto Leali(ファウスト・レアーリ)が曲づくりに協力した「Ti lascero'」。イントロではアコースティック・ギターのアルペジオにのったヴァイオリンの音色が切なく響きます。オーソドックスなイタリアン・バラードといった感じの曲で、このアルバムのなかではめずらしく、比較的オーソドックスなアレンジが施されています。一般的なイタリアン・ポップス・ファンは、ここにきてやっと少しホッとできるのかもしれません。

ここまでがライヴ収録です。

M8「Processo a me stessa」は2006年のサンレモ参加曲。自分の好み的には、2006年のサンレモ参加曲のなかではAnnaのこの曲がもっとも印象深く、心に響いたのですが、曲の持つ個性の強さがサンレモに嫌われたのか、コンペティションではいちばん最初に落選してしまいました。ヴォーカル・パート前半部分では祈りのように(呪いのように?)ぶつぶつと歌詞を呟き、この部分ですでにダメな人はダメだろうなと感じます。サビでは一気にシンフォニックなアレンジへと変わり、歌い方もオペラ風のドラマティックなものへとなります。これぞイタリアといった感じのパワフルなカンツォーネ風の歌い上げもあり、Annaの多彩な歌声を堪能できます。非常に個性の強い曲ですが、とてもドラマティックだと思います。こういう曲は、一般のポップス・ファンよりも、プログレッシヴ・ロック系のファンの人のほうが、もしかしたら受け入れやすいのかもしれません。

アルバムのエンディングとなるタイトル曲のM9「La musica e' niente se tu non hai vissuto」は、M8の後奏といった印象です。M8からほとんど切れ間なくつながり、M8と同じメロディを使い、全体を通してシンフォニックに演奏しています。M8のエキセントリックさを取り除いたような感じで、悲壮に、しかし同時に神々しさを感じさせる響きを持っています。M8とM9は、ある種の組曲、もしくは「対の存在」として考えるといいのかもしれません。

全体にエキゾティック感やトラッド風味が強く、いわゆるサンレモ系のイタリアン・ポップスや英米系のポップ・ミュージックが好きな人には、とっつきにくいだろうし、あまり合わないかもしれません。でもこれ、実はなかなか趣き深い作品だと思います。じっくりと聴くことで、どんどん味わいが出てくるのではないでしょうか。自分は気に入りました。40分に満たない収録時間のコンパクトさも好ましく感じます。

ちなみに、曲の収録時間が短い分、エンハンスドとしてデータ・トラックが同じCDに収録されているようなのですが、コンピュータに入れると「専用のプレイヤーをインストールし、レジストリに書き込みますか?」みたいなアラートが出るのでキャンセルしちゃいました。データ・トラックにはなにが入ってるのかなぁ。



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2006/04/17

週末に観たもの聴いたもの

先週末に続き今週末も、どうも具合が悪いです。週末がくると風邪をひいてる気がする。おじぃちゃんはもう弱っているのだな、きっと。喉が痛いよぉ。咳が止まらないよぉ。

◆Italo pop festa◆
そんなわけでこの3日ほど、もうひとつ体調が悪いのですが、土曜日は毎月恒例のItalo pop festaでした。先月は事情があってドタキャンしてしまったので、2ヶ月ぶりの出席です。しかも今回はFesta発足1周年記念ということで、ひさしぶりに宴会要素の強い、ひさしぶりに「歌おう!」のコーナーもある、さらには景品抽選会もある、にぎやかなものになりました。
自分は景品用として、ダブったり聴かなくなってしまったCDを6枚ほど提供したのですが、そのかわりGatto Panceri(ガット・パンチェーリ)の大判ブロマイド(っていうの? ていうか、あれ、なに?)とi ragazzi italianiのCD、それにイタリア製のシステム手帳が抽選で当たり、なんだかとっても得した気分です。
会場には、ぷんとくんのもってきてくれた美味しいヴァルテッリーナやamanissimoさんのもってきてくれたポムロールのワインなどがあり、パルテノペ総料理長のElioさんがもってきてくれた美味しいアーティチョークのペーストとトマトのペーストなどもあり、飲食物にも満足。
そしてもちろん音楽も。PFM、Elisabetta Tulli(エリザベッタ・トゥッリ)、Grazia Di Michele(グラツィア・ディ・ミケーレ)Mario Maglione(マリオ・マリオーネ)Mario Rosini(マリオ・ロシーニ)Gatto Panceri(ガット・パンチェーリ)が紹介されましたが、そのなかではPFMの近作『ULISSE』からの曲がとてもよくて、ヴォーカル・グループとしての彼らを見直しました。これ、安く売ってるのを見つけたら買おう。
次回はFesta初の日曜昼間開催。これまでときっと、少し違った雰囲気を楽しめるのだろうな。もっていく飲食物はどんなのにしたらいいのだろう。いずれにしろ楽しみです。


◆映画『スコーピオン・キング』
映画『ハムナプトラ』シリーズの番外編だそうです。劇場公開時は、本編よりもおもしろいという評判でした。地上波のテレビで放送されたので観たのですが、たしかに気楽に観ることができておもしろいかも。ノーカット放送だったらしいのですが、もともと90分程度とコンパクトなのも好ましいです。ほどよくスピーディで、ほどよく冒険活劇。『キング・ソロモンの秘宝』シリーズとかと同様の、疲れないワクワク・ドキドキ感がありますね。


◆映画『the EYE (アイ)』
日曜の昼にテレビで放映されてたので、なんとなく観てしまいました。角膜移植によって、元の角膜の持ち主が見ていたものが見えるようになってしまう、というアイデアは、ずいぶんむかしに手塚治虫のコミック『ブラック・ジャック』にもありましたね。この映画は実際の出来事をベースにつくられているらしいですが、そんなこと、本当にあるのだろうか。こわいこわい。ただこわがらせるためではなく、元の角膜の持ち主の哀しい思いを新しい持ち主が受け取ってしまうというあたりも似てるな。上手につくればいいお話になると思うのだけど、ついショック映像を入れてしまうあたりが、ちょっといまいちな感じでした。びっくりするけど、こわくないし。


◆映画『いま、会いにゆきます』
地上波テレビで放送されたのを観ました。『黄泉がえり』『星に願いを。』に続き、竹内結子主演による「死んじゃった人が戻ってくる」映画? 竹内さんはもう、こんな作品にしか出ないのかしら。...などと思いながら観てたのだけど、これは前2作を凌駕する?すごい話ですね。死んじゃったあとに、死んじゃう前の自分が会いにいくんだ。タイムパラドックスものだったんだ。あぅあぅ。事故にあうシーンが出てきたときに、もしや今際の際の夢オチかとも心配したのですが、さすがにそこまで無茶じゃなくてよかった。しかし竹内さん、だんだん可愛くなくなってくるなぁ。『黄泉がえり』ときは可愛かったんだけどなぁ。

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