« 2006年3月19日 - 2006年3月25日 | トップページ | 2006年4月2日 - 2006年4月8日 »

2006年3月26日 - 2006年4月1日

2006/03/31

求めない・求められない

今朝はThe Enidの『Aerie Faerie Nonsense』を聴こうと思っていたのだけど、出掛けに、CDプレイヤーが電池切れだったことに気がついた... しょんぼりです。

自分はそんなに芸術とか文学とかに強い興味はないのだけど、でもときどき無性に、美しいもの、奥深いものに触れたくなるときがある。いや、あった。

自分の日々の生活は常に芸術や文学に彩られているとはいえず、むしろ美や奥深さとは程遠い、猥雑で表層的で騒がしく潤いの乏しいものだ。いまに始まったことではない。ずっと以前、学生のころから、こうした醜悪さは変わらない。

そのような中で過ごしているからこそ、余計に心が美を求め、奥深さを求め、たとえ一時的にでも醜悪な日常からの脱出をしたいという欲求を強く覚えるときがある。頻繁にではないけれど、数年に1度くらいの割合で、西洋絵画が足りないと強く感じる。美術を見にいかなければ、象徴派絵画やラファエル前派を見なければ、あるいは、おそらくこれまでに読んだことのある本のなかでもっとも大きな影響を自分に与えたと思える短編小説、アルベール・カミュの『異邦人』を読まなければ、自分の心が、感性が、枯れていってしまう、干からびてしまう、という危機感を感じることが、心が西洋美術や小説を求めていると感じることが、あった。

でも、ここ数年、そういったことがない。

自分を取り巻く環境の日常的醜悪さは変わらない。いや、むしろ、より醜悪になっているかもしれない。にもかかわらず何年も、美術に触れたい、小説を読みたい、美しいものに魅了されたいといった欲求が、心が発する強い要求が、感じられない。

なぜなのだろう。

たしかにここ数年、年に1度はヨーロッパを訪れている。それも、観光客向け商業メインの大都市ではなく、素朴さの残る地方都市に1週間ほど滞在してのんびりするというかたちをとっている。滞在中はとくに美術品を見たりすることもなく、たんに町歩きを楽しみ、その風景などを眺めたりするだけなのだけれど、それで、西洋に対する憧れ、ヨーロッパの持つ美しさへ触れることへの欲求が、ある程度満たされているのだろうか。

そうであるならいいのだけれど、そうでないのかもしれない。

潤った大地も、日照りにさらされれば乾燥する。多少乾燥しても、乾ききらないあいだであれば、少し雨が降ればまた潤う。しかし、乾ききった大地は、少しの雨では潤わない。そして砂漠となっていく。砂漠で雨を求めるのは、外から砂漠に入ってきたものだけ。砂漠そのものは雨を求めたりはしていないだろう。

優れた美を、優れた芸術を、優れた文学を、求めなくなったのは、どこかでなにかでそれが代償されているからなのか、それとも、求める心さえ枯れてしまい、求められなくなってしまったのか。

パリのモロー美術館で多くの絵画に囲まれて感じたあの高揚感を、
ふらりと入ったシエナのはずれの教会のキリスト像になぜか心奪われ動けなくなったあの感覚を、
ぼんやりと眺めていたシスティーナ礼拝堂の天上画に描かれた神々がにわかに命を持って動き出すのをたしかに感じたあの瞬間を、
これから先、自分はまた得られることはあるのだろうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/03/30

トマト風味のグラタン

昨日のスーパーの特売は、長ナス2本98円、舞茸1パック98円、鳥もも肉100グラム58円。ということで、家にある1缶98円のホールトマトと1パック(500グラム)100円のペンネ・リガーテ、売価忘れた玉ねぎも使って、グラタンをつくりましょう。サラダ用に、特売1玉128円のレタスも買っておこうかね。

取っ手の取れるティファールで、ざくざくに切ったニンニクをオリーブオイルでじんわり煮る。

玉ねぎは、半分はみじん切り、半分は薄切りにして、鍋に加えてニンニクと一緒に炒める。

小さめにぶつ切りにした鶏肉を加え、なんとなく鶏肉が白くなるまで炒める。

塩胡椒をササササッ。

適当な大きさに手でちぎった舞茸を加える。

かまぼこ状に切ってアク抜きしたナスを加える。

ホールトマトを手でつぶして加える。もちろん、トマトが浸かっていたジュースもね。

水と白ワインをひたひたになるくらいまで加える。

アルミホイルで落し蓋。

この時点でおそらく大量の「鳥と野菜のトマト煮こみ」になっているはず。

ペンネ・リガーテを茹でる。塩はたっぷり。

茹で上がったペンネ・リガーテを小さめのティファールに入れてオリーブオイルをまぶし、「大量のトマト煮こみ」から半分くらいをこの鍋に移す。

ペンネとトマト煮込みがしっかり混ざるようにかき回す。

冷蔵庫の中に正月あけにもらってもてあましてた真空パックの小さな丸餅があったので、上に載せて、少し押し込んでみる。

餅が柔らかくなるといいなぁと思いながら、ちょっと煮てみる。

表面全体を覆うように薄削りパルメザン(とかいう商品名の粉チーズ)をかける。ついでに乾燥オレガノもふりかけてみる。

オーブンに入れて、表面に焼き目がついたらできあがり。餅が冷えて硬くならないうちに食べる。

これ、ときどきつくるのですが、ホールトマト1缶使うと、いつも大きいティファールいっぱいの大量のグラタンになっていたのです。どれだけグラタン食うんだよ、あしたもグランだよって感じ。しかし、野菜とかいっぱい入れたほうがおいしくできあがるから、大量になるのも致し方なし?

いや、おいらは学習しました。ペンネを入れる前に、半分は「トマト煮こみ」のままにしておけばいいじゃん。大鍋のトマト煮こみにペンネを加えてグラタンを完成させるのじゃなく、小鍋にトマト煮こみを移してペンネを加えればいいじゃん。この学習をするのに4回かかりました(←ばか)。

そんなわけで、昨日は適正量のグラタンができあがりましたわ。思いつきで入れた丸餅もいい感じだった。ワインはシチリア産のコルヴォ・ロッソ / サラパルータ。ほんのりクローヴの香りがして、酸味の強い軽やかな味わいがトマト味とよく合います。売価相応の味だな。

コルヴォ ロッソ サラパルータ   ガンベロ2ビッキエーリ☆☆   0325アップ祭5

今日は残りのトマト煮こみにジャガイモを加えて、トマトスープ風にするか、もしくはラタトゥイユ風にする予定。らくちんらくちん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/03/29

トマト風味のリゾット

今朝は金子由香利の『ラ・ボエーム』というアルバムを聴きながら電車に乗っていたのですが、わかりました。自分はどうも日本語で歌われるシャンソンが苦手です。なんか、気持ち悪い。

さて、昨日の夜は、その前日につくったキャベツと豚ばら肉の蒸し煮の煮汁が残っていたので、これを使ってリゾットをつくることにしました。さらに、日曜の昼にパスタ用に使ったホールトマトが冷蔵庫に残っているので、これも加えてトマト風味にすることにしましょう。

ふだんはオリーブオイルでお米を炒めるのですが、今回はめずらしくバターを使います。いつだったか、なにかに使いたくて妻が買ってきたのですが、それ以後、ほとんど使われることもなく冷蔵庫に眠っていたので、たまには使ってあげないとね。こういうときでもないと、バターなんておそらくずっと使わないうちの食卓です。

フライパンにバターを入れて中火にかけ、溶けてきたらお米を砥がずに加えて、全体にバターがいきわたるまで軽く炒める。

火にかけて温めておいたトマトスープ(煮汁+ホールトマト)を、お米がひたひたになるくらいまでフライパンに加え、こげないように木ベラでひたすらかき回し続ける。

フライパンのなかの水分が蒸発してきたらスープ(スープが足りなくなったらお湯にチェンジ)を加え、ひたすらかき混ぜる。お米がアルデンテに茹るまで、このくりかえし。だいたい15分~20分くらい。

お米にいい感じの歯ごたえが残る程度に茹ったら、火を弱めて、すりおろしたパルミジャーノ・レッジャーノ(普通の粉チーズでもOK)をたっぷり投入。全体に混ぜ合わせる。冷蔵庫に乾燥バジルがあったので、ついでに混ぜ合わせてできあがり。

フライパンでお米をかき回しているあいだに、どんどんスープが蒸発していきます。そのつどスープを足すので、最終的には「スープがすっごく凝縮された味」がお米にしみこみます。なので、スープは薄味につくるのがポイントですね。スープだけ飲んでもぜんぜん塩気が足りない程度でいいです。そのかわり、野菜や肉の旨みはたっぷり感じられるといった煮汁を使うと、美味しくできあがります。

調理方法は簡単なんだけど、こげないようにひたすらかき混ぜ続けなくてはならないので、ちょっと面倒ではあります。でも、中途半端なイタリアン・レストランで中途半端なリゾットを食べるよりは、自分でつくったほうが楽しいし美味しいな。

ちなみに昨日は、前日にコルクを抜いて半分ちょっと飲み残してあったフランス・ローヌ地方南部コート・デュ・ヴァントー産の赤ワインを一緒に楽しんだのですが、このワイン、開けたてよりも1日おいたほうが断然美味しかった。タンニンもまろやかになって、明るく華やかな感じが出ていました。880円というお手ごろ値段だったのに、すごいぞ。Pascal Sitaというメーカーのものなのですが、ここのワインはどれも安いのに、コート・デュ・ヴァントー以外でも、売価以上の旨みを持っているように思います。



| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/03/28

いまさらサンレモ2006・3日目前半


一時RaiClickに登録されていた今年のサンレモ音楽祭の、3日目前半の映像ファイルをやっと見ました。各日の映像が前半・後半のふたつに分けて登録されていたのですが、3日目前半は約2時間あり、登録されたファイルの中ではもっとも長かったような気がする。

長い。長いです。なのに紹介されたのは8曲。それ以外は司会がしゃべってるかゲストがしゃべってるか変な小芝居?があるか。イタリア語のわからん自分にはなかなか厳しい構成です。途中で飽きてしまい、夕食をとりながら(=ワインを飲みながら)見ていたこともあって、ほとんどBGV状態になってました。

★男性(Uomini)部門

Alex BrittiとMichele Zarrillo。Alexは、ギターがいいな。ちょっとロックぽくてかっこいい気がします。Micheleは、あいかわらず盛り上がりというか山場のない曲ですねぇ。ひとつひとつのフレーズはそれなりに綺麗だし歌声もそれなりに魅力的なのに、曲の構成が平板な感じがするのですよ。むかしからそうですけど。そのへんが自分の好みからすると残念。もっとドラマティックに盛り上がってくれ。

★女性(Donne)部門
Simona Bencini、Spagna、Dolceneraが歌ってました。SimonaとSpagna、あんまり印象に残ってません。普通に綺麗な曲を普通に上手に歌ってたような気が。やはり印象が強いのはDolcenera。声の個性も強いですが、この人、口が怖いです。なんか、四角く開くのですよね、唇が。あの口元の下品さが弱点ともいえるし、そのいやらしい感じがセクシーで魅力的ともいえそうな、好き嫌いのはっきりするタイプの顔立ちだと思います。声もそうですが。

★グループ(Gruppi)部門
Nomadi、Zero Assoluto、Noa & Carlo Favaのグループが歌ってました。Nomadiに関しては「音楽好きのお坊さんが、趣味が高じて仲間とオリジナル楽曲を演奏している」(あんき~おさん談)という印象がすでに刷り込まれてしまっているので、それ以外には見えません。どうしてくれるんだ(笑)。Zero Assolutoは、まぁ最近の若いグループがやりそうな曲。画面に映る彼らを見て妻が「若手のお笑い芸人みたい」とコメントを残したのが印象的です。Noa & Carlo Favaは、イタリアン・ポップスというよりはシャンソン風ですね。Fabrizio De Andre'の初期のころとかにも似てるかもしれない。

そんなわけで、3日目前半の映像終了です。けっきょく印象に残ったのは、Dolceneraの口は怖い(バクバクしてる)、司会のVictoria Cabelloはなんだかかわいい気がする(ポニーテールだし。妻も、彼女にはスペイン娘のようなかわいさを感じると申しております)、そして、春キャベツは甘くておいしい(夕飯にキャベツと豚ばら肉の蒸し煮をつくりました)くらいでした。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/27

乙女の祈りがネバーランド


映画『乙女の祈り (Heavenly Creatures)』を観ました。ずっと前に深夜に地上波で放映されたのをヴィデオに録ってあったもの。1950年代にニュージーランドで実際に起きた少女ふたりによる母親殺人事件を映画化したもの。

想像力と感受性が豊かなゆえに周囲に理解されない・受け入れられないと感じている女の子と、両親に愛されていない想像力と感受性が豊かな女の子が出会い、ふたりの想像力と感受性でつくりだした世界に埋没していく。そこに「現実」を持ち込もうとした母親を殺害する。穢れなく美しい二人の世界を守るために。というお話。想像世界にのめりこんでいくふたりの心理描写が非常に美しく、哀しく、おそろしいです。

その少女のうちのひとり、裕福だけど両親に愛されていない少女を演じているのがケイト・ウィンスレット。彼女の芝居がなんだかすごいです。気分の浮き沈みが激しい役柄ですが、とくに躁状態のときの無闇な明るさがおそろしい。両親の気をひくために、愛されるために、そうしなければならなかったのか、それがいつしか習慣になってしまったのかと思わされます。

また、もうひとりの陰気な空想少女を演じたメラニー・リンスキーもよかったですね。あの目、あの表情、いかにもこういう少女っていそうです。

映画のなかでは、ふたりの少女がつくりあげたヒロイック・ファンタジーの世界を実写として見られるパートがあります。また、ケイト演じるジュリエットのうちは裕福で、英国調の美しい庭があり(さすがニュージーランド)、そこをドレスを着て走り回るジュリエットといったシーンもあります。

こういった、ヨーロッパな風景の中にいるケイト・ウィンスレットは美しいですね。ジョニー・デップ主演の映画『ネバーランド』でも、イギリスの緑の中にいるケイトはエドワード・バーン・ジョーンズの絵画のように美しかった。

などということを思いながら観ていたら、『乙女の祈り』の夢見がちな少女は空想を膨らまして殺人を犯し服役したのち社会復帰して結婚したけど旦那は先に死んじゃって子供4人抱えて困っていたところにジェームズ・バリと出会い「ピーターパン」が生まれたけれど自分は病気で長く生きられず最終的には少女のときに見たものとは少しかたちは違うけれどやはり夢の世界である「ネバーランド」へと帰っていった... などというストーリーを思い浮かべてしまいました。

『乙女の祈り』と『ネバーランド』の物語を勝手にリンクさせてしまうとは、恐るべしケイト・ウィンスレット(←違うって)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年3月19日 - 2006年3月25日 | トップページ | 2006年4月2日 - 2006年4月8日 »