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2006年8月

2006/08/31

DISCUS / ...TOT LICHT! (2003)

噂には聞いていましたが、すごいです。インドネシアのDiscus(ディスクス)。これはセカンド・アルバムだそうですが、ファーストもこんななのでしょうか。

スーパー・パワフルなカンタベリー系ジャズ・ロックのようであり、パンキッシュなハード・ロック/ヘヴィ・メタルのようでもあり。テクニカルかつハードなプログレッシヴというと、いわゆるプログレッシヴ・メタル系を思い浮かべてしまったりするのだけど、彼らの音にはヘヴィ・メタルではなく、あくまでも往年の熱くて重いヘヴィ・ロックの匂いを感じます。あと、気のせいかもしれませんが、Outer Limits(アウター・リミッツ)、Black Page(ブラック・ペイジ)、Providence(プロヴィデンス)といったジャパニーズ・プログレッシヴ・グループを思い起こさせる音やフレーズも紛れ込んでいるような。

もちろん、フルートやストリングスといったファンタジー系インストゥルメンツ(ていうのか?)も入り、ドリーミーなシンフォニック・パートもあります。アコースティック・ギターの音色に乗ってさわやかなコーラスが聴けるM3「P.E.S.A.N.」などはPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)やAcqua Fragile(アックア・フラジーレ)のようでもあったり。

ときにコーラスとも合唱ともとれるヴォーカル・ワークを聴かせる男性&女性ヴォーカリスト。とくに熱く情熱的に歌い上げる男性ヴォーカルは、まるで往年のイタリアン・ロックのようです。

ハードに、テクニカルに、シンフォニックに、ジャジーに、メロディアスに、ファンタジックに、フュージョン風に、パワフルに、ドラマティックに展開される怒涛の音楽。あいまに違和感なく差し挟まれる東洋テイスト。インドネシア、あなどりがたし!


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2006/08/29

第18回イタリアPOPSフェスタが開催されますよぉ~

毎月恒例のイタリアン・ポップス・ファンの集い「イタリアPOPSフェスタ」の詳細が主宰者さんから発表になりましたので、こちらにも転載しておきます。みなさんぜひぜひいらしてね。


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9/10 第18回イタリアPOPSフェスタ
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日本ではなかなか耳にすることが出来ないイタリアPOPSを楽しめる会です。
初心者の方でも、イタリアPOPSに興味があれば歓迎いたします!

初めてのご参加の方でも入りやすいライブハウスに会場を移しますので、奮ってご参加ください。お申し込みはお早めに。

--------「FESTA開催詳細」---------------
期日 9月10日(日)
開場 15:00
終了 19:00
会場 ミュージック・ラウンジ♪バーン
  (都営新宿線西大島駅より徒歩1分)
  (JR総武中央線・亀戸駅より徒歩15分)
   TEL & FAX 03-5626-5255
会費 ¥1,500(ワンドリンク付)

詳細はURLまで。
http://blog.livedoor.jp/italoyosh/archives/cat_50003116.html

Buon divertimento!

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M EFEKT (Modry Efekt) / SVITANIE (1977)


Modry Efekt(モードリー・エフェクト)は、チェコを代表するロック・グループ。前身のBlue Effect(ブルー・エフェクト)時代を含め、大半のアルバムを持っていますが、自分が聴いたなかでは1974年のサード・アルバム『Nova Synteza 2』がもっとも熱く、ハードで、ドラマティックかつ哀愁もあり、魅力的に感じられます。このアルバムを聴いたときには本当にユーロ・プログレッシヴのファンでよかったと思いました。

この『Svitanie』は彼らの5枚目のアルバムで、プログレッシヴ・ロック・ファンのあいだでは傑作として知られています。たしかに東欧プログレッシヴとしてかなり完成度の高い作品だと思いますが、自分の好みからすると、熱いパッションが噴き出すようなヘヴィ・シンフォニックの『Nova Synteza 2』のほうがやはり魅力的です。『Svitanie』はずいぶん洗練されちゃったなぁという印象です。それはそれで、もちろん悪くないのだけどね。

洗練されたとはいっても、そこはやはり東欧ロック。英米とは違う、独特のひなびた哀愁は漂っています。

M1「Vysoka Stolicka, Dlhy Popol」はインスト曲ですが、どことなくOmega(オメガ)の「Suite」に似た雰囲気を感じます。ほどよくハードでほどよくブルージーなギターを中心に、オルガンその他のキーボードが色を添えます。ゴリゴリと鳴るベースもいい感じです。

M2「Ej, Pada, Pada Rosenka」は、いかにもプログレ風のイントロを持っていますが、ヴォーカル・パートに入ると東欧らしい、シンプルだけど哀愁のメロディになります。チェコ語(なのかな?)の響きも美しい。さらには泣きのギターが入り、クラシカルなオルガンが鳴り、徐々に分厚いシンフォニック・アレンジになっていくなど、プログレ系バラードのひとつの典型といった感じです。ただ、ひとつひとつのフレーズやアレンジのあちらこちらに、なんとなく「どこかで聴いたことがある」感が漂っているのが、ちょっとどうかしら。

M3「V Sobotu Popoludni」は4分程度のインスト曲。M EfektはリーダーのRadim Hladik(ラディム・フラディク... でいいのかしら?)がギタリストということもあってか、ギターが中心で目立つ曲が多いのですが、この曲ではキーボードがリード楽器として活躍します。ハード・プログレ的な要素もありますが、けっこう軽快で明るい印象です。

M4のアルバム・タイトル曲「Svitanie」は、LP時代にはきっとB面全部を使ったのであろう、19分を超える大曲。このアルバムにおける最大の聴かせ場、ハイライトといえるでしょう。たぶん、一般的に。でも自分にとってはもうひとつ、乗り切れないのです。ちょっとミステリアスというかスペーシーな感じで始まるのですが、なんだか、ぼんやりとした印象です。そのうちにブルース・セッション風になっていき、このあたり(だいたい10分を過ぎたあたり)で飽きちゃいました。う~ん、「Nova Synteza 2」は20分超でも飽きずに、というよりもワクワク・ドキドキして聴けたのだけどなぁ。

M5「Golem」はボーナス・トラックですが、イントロのメロディを聴いた瞬間にちょっと笑いました。あまりにも東欧らしくて。Uriah Heep(ユーライア・ヒープ)風の演奏にチェコ語で歌われる東欧メロディが載っているような印象で、こういった感じは好きです。

初期の頃にあったような圧倒的なパワー、情念の噴出、といった泥臭い部分はかなり薄くなり、より技巧的に、より洗練されたプログレッシヴ・ロックになっていると思います。Yes(イエス)Uriah Heepなどの影が見え隠れするなかに、Omegaなどにも通じる東欧の哀愁もあり、東欧ロックとして完成度の高い作品でしょう。

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2006/08/25

SFINX / ZALMOXE (1978)


Sfinx(スフィンクス)は、ルーマニアのグループらしいです。M1「Ursitoarele」は「Dies irae (怒りの日)」風のメロディに続いて合唱が入り、もしや荘厳なシンフォニック・プログレッシヴ作品かと期待が一気に高まったのですが、その後は合唱というよりはハーモニーが多くなり、どこか牧歌的にすら感じられるフォーク風なヴォーカルが微笑ましい、軽快でさわやかなシンフォニック・ロックになっていきました。そして、この軽快なさわやかさが、このアルバムの基本的なトーンのようです。

全体に、どことなく、初期のYes(イエス)とか、あるいはEngland(イングランド)とかに通じる感じがします。また、歌メロにイタリアン・ロックとのある種の類似性を感じるという人も多いようですが、自分には、牧歌的で、田園風景を思い出させるようなコーラスなど、とてもイギリス的に思います。Moody Blues(ムーディ・ブルース)とかBarclay James Harvest(バークレイ・ジェームス・ハーヴェスト)とか思い出しちゃう。M3「Mierea」では「サァー」と鳴るやわらかなキーボードの白玉コードにポップでキャッチーなメロディがのり、Alan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト)とかがやりそうな感じだし。でも、軽やかで明るくあたたかな演奏はCamel(キャメル)的というよりは、スペインのGotic(ゴティック)風? カラフルで人のよさそうなキーボード・ワークは、もしかしたらオーストラリアのSebastian Hardie(セバスチャン・ハーディ)、よりもWindchase(ウィンドチェイス)のほうか、にも通じる?

M4「Pestera」はバックの演奏に少しプリミティブなニュアンスや、いくぶん邪悪な感じも漂わせているのだけど、歌メロはフォーク/カントリーみたいな雰囲気があり、さらにシタール風の音色を出す楽器がエキゾティズムを加え、フルートがファンタジックな感じをトッピングするという、わけのわからないミスマッチ感が楽しいです。

M8「Kogaion」はスキャット・コーラスの合間に、テレビゲームのような安い音づくりをしたシンセサイザーによるファンファーレが入ったり、古いSF映画でUFOがレーザー光線を出すときの音のようなSEが入ったり、なんだかチープ感が満載なのですが、それらがすべて微笑ましく感じられます。後半ではギターが大きめにフィーチャーされ、力強くハードな印象になっていくのだけど、やっぱりどこかスカスカな感じがあるところも可愛らしい。

やわらかい音色でカラフルなフレーズを奏でるキーボードを中心とした、さわやかであたたかみのある軽やかなシンフォニック・ロック。それぞれの曲の終わり方がちょっとあっさりしててものたりないかなと少し思ったりもしますが、展開・構成は小気味よく楽しげで、飽きることがありません。ルーマニアン・ナンバーワン・プログレッシヴ・グループによる東欧シンフォニック・ロックの名盤との評価の高いアルバム。聴いていて楽しく気持ちのいい、よい作品だと思います。


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2006/08/23

ELENA LEDDA / MAREMANNU (2000)

1959年にカリアリ(Cagliari)近郊のセラルジゥス(Selargius)で生まれたサルデーニャの歌姫、Elena Ledda(エレーナ・レッダ)の、たぶん5作目のアルバム。半分以上はサルデーニャのトラッド・ミュージックのようです。なので歌詞もサルデーニャ語のようですが、手元のCDはドイツでリリースされたものなのか、ドイツ語訳詞と英語訳詞がついてます(標準イタリア語訳はなし)。

彼女のアルバムは、Suonofficina(スォノッフィチーナ)というグループをバックに従えた『Sonos』(1987年)というアルバムを以前に聴いたことがあるのですが、これが非常に素敵な地中海音楽で、Elenaの力強い生命力に満ちた伸びのある歌声と、地中海トラッドとポピュラー・ミュージックがミックスされたようなキラメキに魅力された記憶があります。

2000年にリリースされたこの『Maremannu』は、『Sonos』よりもずっとトラッドに近いようです。もちろん、完全なトラッドというわけではなく、地中海ポップス的なアレンジもあるのですが、それでも、トラッド風の音楽に興味がないポピュラー・ミュージック・ファンには少しつらいかもしれません。

バックに薄いコーラスがつく程度で、ほぼア・カペラに近いM1「Fizu 'e su mundu」は、トラッド風であるとともに、どことなくグレゴリオ聖歌などをも思わせる静謐さがあり、Elenaの魅惑的な歌声を堪能できます。

M5「Dilliriende」もヴォーカルはトラッド風ですが、バックの演奏は南洋のリゾートを思わせ、明るく楽しげです。

M6「Maremannu」でも、Elenaの伸びやかな歌声を楽しめます。まるで、青くおだやかな海の上を、あるいは、夕日の落ちるサバンナの上を、ゆったりと流れていく気持ちのよい風のような雰囲気。トラッド風の弦楽器の響きも心地よく、地中海の香りもします。

自分の好み的には、よりポピュラー・ミュージックやロックの要素が強い『Sonos』のほうが合いますが、このアルバムはこのアルバムで、聴いていて気持ちのおだやかにある、なかなか素敵な作品だと思います。


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2006/08/22

LAURA PAUSINI / LIVE IN PARIS 05

会社のそばに今日、新しいトラットリーアがオープンするんです。ランチ営業もあるらしいので、さっそく昼にいってみようかなと思っているのですが、オープン初日は混んでいるかなとも思いつつ... さらに心配なのは、某『TVBros.』の星占いによると、今日は「注意日」で、その内容がたしか「ものすごくまずいものを食べることになる」だったような(^^;)。初日はお店の側もまだ慣れてないからなぁ。別の日にしたほうがいいかなぁ。

で、Laura Pausini(ラウラ・パウジーニ)です。あいかわらずです。デビューから10年以上経ち、またライヴ盤であることもあってか、だいぶ力強いヴォーカルを聴かせるようになりましたが、これといって強い個性のない優等生的な歌い方は変わりません。

自分にとってLauraは、とくに好きでも嫌いでもない、あまり興味のないシンガーです。中古で安く売っていることが多いのでアルバムはけっこう(ほとんど?)持っていますが、積極的に「Lauraを聴こう」と思ってプレーヤーにかけることは、ほとんどありません。でもLauraの歌にはわかりやすい「イタリアらしさ」があるので、かかっていてもじゃまには感じません。

Lauraの魅力ってきっと、クセのない素直さなんだと思います。そして、Lauraを取り巻くスタッフたちはそれをよくわかっていて、Lauraの魅力を表現できるかたちの楽曲を提供したり、演奏・アレンジをしたりと、充分にサポートをしてるのでしょう。

Lauraのヴォーカル自体は、伸びやかで、なめらかで、よく声が出ているとは思うけれど、表現力があるか、情感を乗せるのがうまいか、というと、そうでもないと自分は思っています。なので、Lauraの歌唱で聴いて「いい曲」と思える曲は、たぶんLaura以外のそこそこ歌のうまい人が歌っても「いい曲」と思えるだろうし、たとえばFiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)Dolcenera(ドルチェネーラ)などのように豊かな表現力や独特の個性を持ったシンガーが歌えば「すごくいい曲」に感じられるんじゃないかなと思うんです。逆にいえば、Lauraが歌うからこそ「いい曲」に聴こえる、というケースは、あまりないのではないかと。別の角度からいうと、Lauraって、たとえば個性と表現力を持ったシンガーが自分の歌をサポートさせたりハーモニーをつけるためのコーラス・ガールとしてはよさそうだけど、一緒に歌って新たな魅力を生み出すためのデュエットの相手としては機能しないような、そんな気がするのです。

けっきょくLauraの魅力は、多くの部分を「楽曲のよさ」に依存している。自分はそう思っています。逆にいえば、平凡な曲をヴォーカルのうまさでカバーし魅力的に聴かせるだけの力はあまりない、と思っています。その点がFiorellaDolceneraなどとは違うわけで。

このライヴでも、たとえばM2「Un'emergenza d'amore」なんて、非常に平凡な、ありきたりな曲だと思います。それをいつもどおり、素直に歌っているので、いっそうありきたりな印象を受けます。もしこういった曲が多ければ、Lauraにぜんぜん魅力を感じないでしょう。でも、こういった曲以上に、M3「Vivimi」やM4「La solitudine」、M12「Incancellabile」といった「素直にいい曲」が多く提供されていることで、Lauraの魅力が維持されてると感じます。

そんなわけで、Lauraに提供されている楽曲には興味があるけれど、シンガーとしてのLaura自身にはほとんど興味がもてない自分なのでした(←日本にいる多くのイタリアン・ポップス・ファンを敵に回したか?)。


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2006/08/21

週末に観た映画

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
夜中に地上波で放送されたもの。ストーリー的には、それほど深みはない感じ。このミュージカルが制作された当時はどうだったかわからないけれど、いまとなってはありきたりなテーマなように思う。全編に流れる音楽はいいな。古き良き時代の、グラマラスで危険で妖しくて情熱的なハードロック満載。David Bowie(デヴィッド・ボウイ)とかAlice Cooper(アリス・クーパー)とかNew York Dolls(ニュー・ヨーク・ドールズ)とか思い出しますね。ただ、ヘドウィグのヴォーカルがあまりうまくないのが残念。もっと「歌える」人で聴きたかったかも。アンドロギュヌスの神話をモチーフにした「Origin of Love」はなかなかの名曲です。


この世の外へ クラブ進駐軍
BSで放送されたもの。なんでしょうねぇ。なんか、ドラマが希薄だ。主要登場人物の数が多いのだけど、それぞれが抱えるものが充分に描ききれていなくて、どれも中途半端になってしまった感じ。たくさんの登場人物たちの絡み合いが最終的にどこかに昇華するかというと、そうでもなかったし。ラッセルさんは最初、なんであんなに日本人が嫌いだったの? それもわからなければ、心変わり?の理由もよくわからん(まさか、あの演奏だけで!?)。観終わってみれば、主演の萩原聖人さんの歌の下手さと、ぜんぜんジャズに聴こえない演奏ばかりが印象に残りました。


■呪われた森■
夜中に地上波で放送されたもの。ディズニー制作だそうですが、映像はゴシックな雰囲気満載のイギリス風。1980年制作と古いこともあって、SFXなどはちゃちなんだけれど、それもかえって雰囲気を高めてますね。いちおう、ゴースト・ストーリー風なのだけど、ホラーというよりはミステリーでしょうか。怖がらせることよりも、少女が忽然と姿を消した謎の解明に主眼があり、そこに秘密結社と入会の儀式、40年に1度(だったか?)の日食などをからめて上手に展開していると思います。家主の老女として登場するベティ・デイヴィスが、めちゃめちゃ存在感と妖しげな雰囲気を振りまいてますが、一瞬、加賀まりこさんにも見えたりします。


サイン
地上波で夜9時台に放送されたもの。とりあえず、笑っておこう。水に弱い宇宙人って、むかしそういう映画があったな。宇宙からの光を浴びた植物かなんかがワラワラと襲ってくる話。なんというタイトルだったか。しかし監督、画面に出すぎ。


ドッグヴィル
DVDで。これは、すごいな。3時間があっというまでした。いや、あっというまじゃなくて、観終わったあとにはけっこう疲れたのだけど、でも、観ていて「長い」と感じなかった。こういった性悪説的な話って、自分は好きというか、納得しやすいというか、理解しやすいというか、真実味があるように自分には感じられます。
登場人物の誰一人として「正しいこと」を行なっていない。そもそも、「正しいこと」も「真実」も、ある特定の閉じた世界の中での価値判断でしかなく、不変の真理ではない。より「力」のある者が、自分の決めた「正しいこと」「真実」を押し付けているだけ。けっきょくすべては「傲慢」でしかない。それは、町でも田舎でも、強者の世界でも弱者の世界でも、同じこと。
「下劣な者の町(Dogville)」(「dog」には古い意味として「下劣なやつ」という訳があるそうです)にやってきた「神の寵愛・慈悲(Grace=ニコール・キッドマンの役名)」により、町が崩壊・消滅する話。これはソドムとゴモラなのでしょうか。町の住人と家屋はすべて焼き尽くされ、最後に生き残ったのは犬のモーゼス。正しく「犬の町(Dogville)」になったと同時に、イスラエル人を導いた偉大な預言者モーセの名を持ったこの犬が、新たな「十戒」を世に広めるのかもしれません。下劣な十戒を。
家屋等のセットを組まず、床にチョークで地図と間取りを書いただけのうえで役者が演じるという特殊な技法なので、映画というよりは舞台中継を見ている感じ。いっそ、舞台で観たかったかも。


宇宙戦艦ヤマト(前編・後編)■
地上波で夜中に2日に渡って放送されたもの。テレビ版の連続ものを編集して劇場用にまとめたもののようで、おそらく、劇場用の新規場面制作はないのではないか。ぶつ切りのダイジェストといった感じで、話や場面のつながりなどに無理やり感が満載。長大な作品をスキップサーチで見ているような、あらすじだけを見させられているような、そんな印象でした。有名な「肌が青くない(白い)デスラー総統」のシーン(歩いている途中に肌の色が城から青に変わる)がいちばんの見せ場か。


ウォルター少年と、夏の休日
地上波で夜9時台に放送されたもの。気楽に楽しんで観られる。夢や冒険への憧れが無数にあふれていた古き良き時代(世の中的にも、自分的にも)の名残りを感じられる。主演のじいさんの一人、ロバート・デュバルって、『地獄の黙示録』で空挺部隊長をやってた人ですよね。メコン川でサーフィンする、「弾なんか、あたりゃせん」っていう。彼が歳とってこんなふうになったんだ(違う違う)などと想像するのも、また楽し。じいさんふたりの最後の散り方も爽快。ライオンのジャスミンと同じように、きっと笑いながら死んだんだろう。ハーレイ・ジョエル・オスメントは、あいかわらず不細工だ。ところで、最初のほうでは犬と一緒によく歩いていた豚さんは、どうしたのだろう。途中から見かけなくなってしまったのだけど。やっぱり、食べられちゃったのかしら。

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2006/08/18

EDUARDO BORT (1974)


スペインのギタリスト/コンポーザー、Eduardo Bort(エデュアルド・ボルト)のファースト・アルバム。メロトロン入りの作品として、古くからプログレ・ファンのあいだで知られてますね。実際、アルバムの後半(LPのB面)ではぶわぁーっと鳴り響くメロトロンが堪能できたりしますが、自分としては「だから、どうした?」という感じもあります。King Crimson(キング・クリムゾン)をはじめとしたイギリスのグループなどにくらべると、メロトロンの使い方が野暮ったいし、無理やりメロトロンな感じがしないでもありません。

それよりも自分には、どことなく夢見がちで、サイケ・フォークの香りも漂うアコースティック・ギターの音色のほうが心地よく感じられます。とくにアルバム冒頭のアルペジオは、星の瞬く夜に溶け込んでいきそう。ちょっと意識がとんでっちゃってるようなヴォーカルとともに、幻想的です。

他の曲でも、アコースティック・ギターの音色が聴こえるパートは、ほんのりサイケデリックな香りを漂わせつつドリーミー&ミステリアスな雰囲気もあり、初期のPink Floyd(ピンク・フロイド)風というか、いろいろな国に発生したPink Floydフォロワー第一世代か奏でるような音楽に似た印象があります。それ以外のパートは、けっこういなたくてハードな古いブリティッシュ・ロックといった感じでしょうか。オルガン・ロック・グループがたくさんあった頃のイギリスの音に近いように思います。

ちなみに、未確認情報なのですが、彼は日本で演奏したことがあるらしいです。どこかの有名なお寺で、5000人のお客さんがいたとか(あるページに his tours of Japan, playing in the major buddhist temples there to 5,000 people! と書かれてます)。


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2006/08/17

GIANLUIGI DI FRANCO (1988)

イタリアのネット・ショップで安く売ってたので、なんとなく買ってみたのですが、この人、元Cervello(チェルヴェッロ)のヴォーカリストだそうです。このアルバムは彼のソロ・デビュー作らしいのですが、1990年には地中海コレクションの1枚として『青の中の帆』というタイトルがついた日本盤もリリースされていたらしい。地中海コレクションというと、Cristiano De Andre'(クリスティアーノ・デ・アンドレ)などもリリースされた、あれでしょうか。

Corrado Rustici(コッラード・ルスティチ)がアレンジとプロデュースをした(Cervelloつながり?)このアルバム。一部のファンのあいだではとても評価が高いようなのですが、う~ん、どうなんでしょう。自分の好みからすると、ちょっと微妙です。なんか、アルバムとしてばらばらな感じ。

M1「Siren ligheia」は「ライオンは寝ている」風で、M10「Jingle in the jungle」は「バナナボート」風? M2「Go heavy (Vai pesante)」はチョッパー・ベースとやかましいキーボードの入った派手なポップスだし、M5「Nighi-Naga」やM7「Scirocco」は古いアメリカの歌謡曲ポップスみたい。ちなみにM5の「ニンギナガ・ニンギナガ・ニボンボン」っていうコーラスは楽しいな。

その一方で、M8「Can we wrong」やM12「Una vela nell'azzurro」のように、おとなしくなったPaolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)のような、素直な流れと美しい展開を持ったイタリアらしいメロディがあったり。M8など、本当にありがちな感じのイタリアン・ポップスなのだけど、英語で歌われているのにイタリアン・ポップスらしさが強力に感じられるというのは、実はすごいことなのですよ。

そして、やはり気になるのは「地中海コレクション」に選ばれた所以ともいえる、エスニックな雰囲気を漂わせた曲たちです。ただ、自分はそれらの曲にあまり「地中海」を感じなかったのですけれど。

M3「Luna」はキーボードのアルペジオにオリエンタルな雰囲気が漂いますが、歌メロは優しい愛情を感じるなだらかで美しい、いかにもイタリア的なもの。サビにはやわらかな哀愁があります。M6「Insh'Allah」も地中海というよりは、どちらかというとアラブやアフリカのイメージ? さらにはほんのりオリエンタルな雰囲気も入っているように感じます。淡々としていて、ときにメディテーショナルですらあるヴォーカルと演奏、そして突然訪れる高揚は、どことなくプログレチックです。M9「Vurria addiventare」もアラブやエジプト風のエキゾティックなメロディが見え隠れし、なにかのサウンドトラックかしらとか思ってしまいます。

そんなわけで、アルバム全体としては方向性がよくわからないし、なんだかなぁという感じもあるのですが、イタリアらしいポップスを感じさせるいくつかの曲、そしてエスニック/エキゾティックな香りのするいくつかの曲は、なかなか興味深いです。

ちなみに、Gianluigi Di Franco(ジァンルイジ・ディ・フランコ)は2005年3月19日に亡くなったそうです。52歳だったとか。まだ若いのに。



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2006/08/16

CIRQUE DU SOLEIL / DRALION (1999)

2007年に日本初上演が決まった「Dralion」のサウンドトラックです。

カナダ・モントリオールを本拠地とするサーカス・パフォーミング・アート集団、Cirque du Soleil(シルク・ドゥ・ソレイユ)は、肉体を駆使したアクロバティックなパフォーマンスと幻想美やドラマを感じさせるアーティスティックなステージングでよく知られていますが、そのステージで生演奏される音楽もすべて彼らのオリジナルです。その音楽は、もはや「サーカスのBGM」の枠を完全に凌駕し、彼らのステージ同様、非常にクオリティの高いものになっています。これまでに日本公演のあった「Saltimbanco」「Alegria」「Quidam」といった作品のサントラも、音楽だけで充分以上に「アルバム」として楽しめるもので、自分はかなり気に入ってます。とくに『Alegria』は、ヨーロッパ的な哀愁とドラマ性が存分に感じられ、クラシカルでシンフォニックな趣もあり、ある種のプログレッシヴ・ポップスともいえる、かなりよいアルバムでした。

でも、この『Dralion』は、ちょっとなぁ。

「Alegria」などは、どことも知れないヨーロッパ(西洋)が舞台でしたが、「Dralion」はアジア志向。中国で幸運のシンボルとされるライオンと西洋の竜(ドラゴン)が合体したドラリオン(Dralion)がテーマなのです。そのためもあってか、音楽もどことなくエスニック。さらに、そのエスニックさが、東洋風というよりは、アラブやエジプト、あるいはアフリカ風だったりするところに、西洋人らしいある種の誤解を感じます。で、その誤解と彼らのルーツである西洋音楽が、『Alegria』などでのように上手に融合できてはいないように感じるのです。アレンジも、演奏も、なんか、どこかとってつけた感がある。

ショーとしての「Dralion」は、Cirque du Soleilの代表作のひとつともいわれているようで、きっと他の演目と同様に素晴らしいものなのだろうと思います。その舞台を盛り上げる音楽としては、きっとこれらの曲も効果的なのだろうと思います。ただ、音楽だけを取り出して「アルバム」として聴くには、ちょっと安易で退屈な印象を受けてしまいました。一定のレベルにはあるのだけど、音楽作品としての『Alegria』『Saltimbanco』などのレベルには及ばないように思います。


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2006/08/15

SILVIA MEZZANOTTE / IL VIAGGIO (2006)

Matia Bazar(マティア・バザール)の三代目歌姫だったSilvia Mezzanotte(シルヴィア・メッツァノッテ)の、待望のソロ・デビュー・アルバムです。

Silviaは1990年に「Sarai grande」という曲でサンレモ音楽祭の新人部門に出場したことがあるようで、その際にこの曲で歌手としてシングル・デビューは果たしていたのですが、その後はLaura Pausini(ラウラ・パウジーニ)Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)Mia Martini(ミア・マルティーニ)といった人気アーティストのアルバムやツアーにコーラスで参加するといった裏方仕事が多くなります。

そんな彼女を表舞台に呼び戻したのがMatia Bazarで、Laura Valente(ラウラ・ヴァレンテ)が抜けたあとの三代目歌姫として、1999年にSilviaを迎えました。そして2枚のスタジオ・アルバムと1枚のライヴ・アルバムをリリースしたのち、2004年にMatia Bazarを脱退、ソロ活動を始めます。2005年にはソロ・シンガーとしての再デビュー・シングルとなる「Tanto tanto amor」がリリースされ、いよいよ本格的に活動再開かとファンの期待が高まったのですが、その後なかなか新しいニュースが入ってこず、このまままた消えてしまうのかと心配が高まってきたところで、やっとリリースされたのがこのデビュー・アルバム。まさにファン待望のアルバムといえます。

M1「Parole d'amore」はLaura Pausiniなどにも通じるような、なめらかで美しいメロディを持ったミディアム・テンポの曲。サビのあたりの展開はリラックスしたMatia Bazarといった雰囲気もあります。フルートの音色(かな?)のキーボードが奏でる、ちょっとリズムに遅れ気味のコード・アルペジオが、個人的に好ましく感じます。

M2「Tu sei gia' poesia」は、さらに素直に美しいメロディと構成を持った、とてもイタリアン・ポップスらしい曲。Matia Bazarでは力強い歌声も聞かせてくれていたSilviaが、ここではあえて抑えて歌っているようで、やわらかく優しい感じがあふれます。

M3「Bellezza buttata via」は都会的でしゃれた雰囲気を持ったポップス。ほんのりジャジーなギターのアレンジが心地よいです。アメリカ風の匂いもありつつ、どことなくMatia Bazarの名残も感じられます。

M4「Tanto tanto amor」は先行シングルとしてリリースされた曲ですが、自分の好みとはちょっと違う感じ。南欧的というか、ラテンのムード音楽的な雰囲気があります。ガット・ギターのやわらかい響きは魅力的ですが、自分の好みからすると、ちょっとムーディすぎです。

M5「L'amore non perdona」はミディアム・テンポの曲で、アコースティック・ギターのストロークがやわらかな明るさを出しています。歌メロ前半はあたたかい感じのメロディですが、サビからは少しシビアで重い感じに転調します。この転換のしかたは非常に素直で、そのなめらかさがイタリアぽいともいえますが、曲としてはちょっと平凡かも。

M6「Io si」は、このアルバムのなかではもっともロックを感じる曲といえるでしょう。ヴォーカル・ラインはなめらかなメロディを持ったポップスなのですが、バックではギターやリズム・セクションがミディアム・テンポで8ビートをきざみ、重さを出しています。こういった曲では、もう少し力強く歌ってくれてもいいし、歌える人だと思うのですが、このアルバムでのSilviaは、全体にとてもリラックスして軽やかに歌っている印象です。終盤に聴けるスキャットのなめらかさは、Matia Bazar時代を彷彿とさせます。

M7「Giura adesso」はM6と対比させるかのような、やわらかく、あたたかく、やさしい感じのスローな曲。ここでのSilviaは、いっそう軽やかに、可愛らしい歌声を聴かせてくれます。

アルバム最後を締めるタイトル曲のM8「Il viaggio」は、やわらかなフォーク調。アコースティック・ギターのアルペジオを中心に、ピアノとオーケストラが淡く彩りを添えるというシンプルな演奏が好ましいです。派手さはありませんが、伸びやかなメロディがあり、草原のようにさわやかで、無垢にすら感じられる、Silviaの美しい歌声が楽しめます。

収録曲は8曲で、収録時間は35分弱と、いまの時代としてはコンパクトで、ミニ・アルバム的といえなくもないですが、その分、無駄がなく感じられます。どうしてもAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)と比較されてしまうことから逃れられないMatia Bazarの歌姫という立場をはずれたこともあってか、のびのびとリラックスして歌っているのが感じられ、聴いていて気持ちのいいアルバムだと思います。

個人的な好みをいえば、もう少しヴォーカル・ラインがダイナミックに動くような曲があってもよかったな。そういった曲で、力強いヴォーカルも聴きたかったところです。それができるシンガーなのですから。次のアルバムに期待しようっと。

 

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2006/08/14

週末に観た映画

妖怪大戦争
地上波で夜に放送されたもの。別に大戦争じゃないし、ストーリー的になんだかなぁというところはあるけれど、ろくろ首やのっぺらぼう、一反木綿といった日本の懐かしいお化けたちがたくさん出てきて、なんだか楽しかった。最後、「豆!?」って(笑)。


アダプテーション
たしか、夜中の地上波で放送されたもの。なんか、変なお話。ニコラス・ケイジがふたりもいると、しかも画面いっぱいにニコラス・ケイジふたりの顔が並ぶと、なんだか暑苦しいです。


シンドバッド虎の目大冒険
昼間に地上波で放送されたもの。ダイナメーションっていうんでしたっけ? CGではない、人形を使っての特殊撮影が楽しい。ほとんど舟をこぐだけだったミナトンが、なんだか情けない感じで、これはこれでよし。しかし、シンドバッドといえばアラブのお話なのに、出演者たちがちっともアラブ人ぽくないのが残念。シンドバッド船長、ターバン巻こうよ。


ヴァンパイア 最期の聖戦
夜中に地上波で放送されたもの。もう昔のドラキュラ映画のような、趣があって恐ろしくもどこか哀しげなヴァンパイア映画というのはつくれないのだろうか。派手なアクション(神父も一緒にガンファイト!)で元気いっぱい。


シベリア超特急3
夜中に地上波で放送されたもの。すごいすごいという噂は聞いていたけれど、ほんとにすごかったです。いろんな意味で。どうしましょう。自分はもう観る気はありませんが、この独特の雰囲気にはまると、抜け出しにくいのかもしれないなぁ。カルトな映画という評判に納得です。

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2006/08/13

Pensiero! BBS? ~ per gli amici della musica ~

ここのコメント欄を掲示板もどきとして使って、
あなたの好きなイタリアのポップ・ミュージック、
アルバム、シンガーなどについて語ってください。
イタリアの音楽関係の告知もOKです。
音楽が中心ですが、イタリア関係なら音楽以外の話題もお気軽に。
他の人への誹謗・中傷や、法に触れるような発言とかはダメよ。
好ましくない発言は管理者権限で削除することがありますが、
管理者としては、参加者のみなさんご自身が
大人の行動をとられることを望みます。

音楽にもイタリアにも関係のない、広告・宣伝・勧誘等が目的の書き込みは
見つけ次第、削除します。


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2006/08/11

ROCCO DE ROSA / ROTTE DISTRATTE (2002)

Rocco De Rosa(ロッコ・デ・ローサ)は、主にジャズやワールド・ミュージックの分野で活躍しているらしいピアニストらしいです。このアルバムは、彼のピアノを中心に、ヴァイオリンやキーボード・オーケストレーションなどを配した、いわゆるウィンダム・ヒル系のような感じのものでした。

ただ、Il manifestoレーベルからのリリースですから、ただ心地いいセミ・クラシックやヒーリング系というわけではなく、エスニックでエキゾティックな雰囲気も織り込まれています。とくにヴォーカル(何語でしょうか?)やスキャットの入るM1「Rotte Distratte」、M5「Flumina」、M8「Dalgar」などは太古の森から響く祭典の歌やトラッドが入り混じったような神秘の響きがあります。どことなくDeep Forest(ディープ・フォレスト)などに通じるところもあるかもしれませんし、あるいはKate Bush(ケイト・ブッシュ)などを思い起こすかもしれません。また、ハープの響きが美しいM4「Di Ritorno」は、同じIl manifestoからアルバムをリリースしているハープ奏者、Vincenzo Zitello(ヴィンチェンツォ・ジテッロ)の作品を思い出させます(もしかしたら本人が演奏してるかもしれません。未確認)。

他の曲も、ピアノの透明な音色にヴァイオリンやハーモニカ、トランペットなどが響きあい、おだやかで心地のいい音の空間が楽しめます。

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2006/08/10

GIANNI DRUDI / IL GOLIARDICO DRUDI!! (1993)

自分は初めて聴くGianni Drudi(ジァンニ・ドルーディ)ですが、1980年代から音楽活動を始め(デビュー・シングルが1988年、デビュー・アルバムは1992年リリース)、現在も活動中(2006年に『Double Face』という2枚組をリリースしているようです)。これまでにアルバム10枚以上がある、ちょっとしたベテランのようです。このアルバムにスパニッシュ・ヴァージョンが収録されている「Fiky fiky」という曲が有名らしい。

う~ん、どうなんでしょ。あまりイタリアっぽさのない人のように思います。アメリカや南米(ラテン)の雰囲気が強い感じ。M2「Mai dire tv」など、ほとんど古いロカビリー/ロックンロールといった感じで、まるで「ダイアナ」のようです。

M3「Scendi dal fico!」やM7「Tirami su la banana...」、M8「Melodia」などでは、曲や声にどことなくUmberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)風というか、Sergio Caputo(セルジォ・カプート)風な雰囲気があり(かなりアメリカ寄りではありますが)、それなりに聴かせます。M3のメロディはGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)を思わせるところもあるかな。

一方、M4「Me tira...」、M5「Come e' bello lavarsi!」は南米・ラテンなリゾート感満載。ゆるいレゲエのリズムや木琴(鉄琴?)の音色、海の音や鳥の声のSEなど、明るい陽のさすのんびりとした海辺に寝そべってフローズン・カクテルでも飲みたい気分になります。

M6「Ma che cazzo dici?」ではラップを聴かせ、M9「L'oroscopata!!!」はカンタウトーレ風な雰囲気もあるフォーク・ロック風な曲なのだけどアレンジは歌謡曲。もうなんだかわかりません。

けっきょく、アルバムとしてどうしたいのか、Gianni Drudiの作風がどういうものなのか、よくわからないのですが、とりあえず全体にゆるく楽しげな雰囲気が漂っている(イタリアぽさはなし)ので、天気のいい日にだらだら聴くのがよさそうです。

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2006/08/09

身長が伸びました

4ミリですけど(^◇^;)。
そして体重は...
















6キロも増えてるぅ~(ToT)。

1日1食にしなくちゃだめかしら...

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2006/08/08

OMAR PEDRINI / PANE, BURRO E MEDICINE (2006)

Omar Pedrini(オマール・ペドリーニ):1967年5月28日、北イタリアのガルダ湖に近いブレシァ(Brescia)の生まれ。1987年からロック・グループTimoria(ティモリア)のリーダー/ギタリストとして活動。1996年からはグループ活動とは別にソロ活動も始め、これはソロとしての3枚目のアルバムになるようです。

Timoria出身といえば、最近すっかり人気者のFrancesco Renga(フランチェスコ・レンガ)もそうですね。彼は1998年にTimoriaを離れ、いまは完全にソロ・シンガーとして活動、その地位を築いた感があります。もともとグループのヴォーカリスト/フロントマンであったFrancescoのソロ作は、力強く粘っこいヴォーカルとイタリアらしいドラマティックなメロディがふんだんに楽しめて、なかなか魅力的です。

で、Omarのこのアルバムはというと、自分にはあまりアピールしない感じです。曲調は基本的にイギリスの少し古いギター・ロックといった印象。ヴォーカリストというよりはギタリストだからでしょうか。ヴォーカルもそれほど個性や力強さがあるわけでなく、メロディも比較的単調で構成もとくに盛り上がらず、なんだか普通です。ところどころで叙情的な雰囲気もあるのですが、それはほとんどアクセントというか、ほんの彩といった感じで、曲の全体に漂ったりすることはほとんどありません。

そんななかでM4「La follia」は、どことなくAlbatros(アルバトロス)などのムード系グループを思わせるメロディやコーラスがあり、Omarのヴォーカルも力強いのだけど切ない感じもあって、好ましく響きます。ただ、アルバムのなかではちょっと異色な曲調かもしれません。

また、M6「Dimenticare palermo」やM7「Ora che ci sei」もR&B系の哀愁がメロディに少し感じられますが、曲そのものは短調な感じです。

アルバム最後を締めるM9「Strana sera」はほんのりブルージーなやさしいフォーク・ロックで、Eric Clapton(エリック・クラプトン)「Tears in Heaven」を思わせます。というか、かなりパクリっぽい雰囲気があるように思います。ギター・ソロも含めて。

う~ん、Timoriaのカリスマ的リーダーといわれている(らしい)Omarのソロ・アルバム、もう少し魅力的なものを期待していたのですが、ちょっと自分の期待とは方向が違ったようです。

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2006/08/07

メガネをかけたまま

お風呂に入り、そのまま顔を洗ってしまいました。
フレームが思いっきり曲がりました。






ばかぁ~(ToT)

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祝!初優勝

おめでとう!ジェンソン&ホンダ。
ところでフィジコには何があったんだ?
せっかくコース上でミハエルを抜いたのに、
CM明けにはリタイアになってた...

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2006/08/04

LEDA BATTISTI / TU, L'AMORE E IL SESSO (2006)


1971年2月生まれのLeda Battisti(レダ・バッティスティ)の、サード・アルバムになるのかな。彼女のバイオグラフィには記述がないのだけど、Battistiという苗字で、生まれはラツィオ州リエティ(Rieti)県のポッジォ・ブストーネ(Poggio Bustone)というのは、1998年9月9日に亡くなったイタリアの偉大なカンタウトーレ、Lucio Battisti(ルーチォ・バッティスティ)と同じ。きっと娘なんでしょうね(と思ったら、Ledaのお父さんとLucioのお母さんが従兄弟同士という関係なんだとか。しかもLedaの本名の苗字はBattistiではないらしい)。

Lucioは偉大だったけれど、Ledaはどうかというと、なんかあんまりぱっとしない感じです。ところどころでアラビックだったりスパニッシュだったりといったエスニック風味がまぶされていて、それはLedaの南欧の血を感じさせるエキゾティックな容姿と合っていて魅力的ではあるのだけど、そこから先へと気分が進めない。M1「Ancora Una Parola」でのわずかにウィスパー気味な歌声も、もっと心に響いてきてよさそうなのに、耳で止まってしまう感じなんです。自分にはいくつかの「好きなイタリアン・ポップスのツボ」みたいなのがあるのだけど、残念ながらLedaの歌・曲は、そこにかすらない。

普通に美しいメロディで、現代風のデジタルなリズムが配されて、要所でエスニック・アレンジを施すといった変化の工夫もあって、作品として悪くはありません。M6「Corazon Latino」とかはPaola & Chiara(パオラ・エ・キアラ)みたいだし。

でも、たとえばM3「Tu L'amore E Il Sesso」では、せっかくサビの部分でメロディ的にも演奏的にも高揚していくのに、ヴォーカルがそれについていけていないので、もやっと感が残ってしまう。M5「Il Vento Sulla Sabbia」も、スパニッシュ・ギターにフォルクローレっぽい笛の音、ニューウェーヴ風のリズム・セクションといった演奏の個性に、ヴォーカルが埋没しちゃってる。こういった曲・アレンジを歌うには、歌声に個性と力強さが足りないと思うんですよ。これがAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)だったら、もっともっと魅力的な作品になっただろうなぁと、そんな印象ばかりが残ってしまいました。



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2006/08/03

PAOLO MARINO / SENZA FRONTIERA (1992)


Paolo Marino(パオロ・マリーノ)という名前を聞くのは初めてな気がするのと、某インターネットショップのニュー・リリースのコーナーにあったことから、新人カンタウトーレのデビュー・アルバムかもと思って入手したのですが、どうやら旧譜のCD再発だったようです。このアルバムをプロデュースしたPiero Cassano(ピエロ・カッサーノ)のサイトに記載がありました。それ以外の情報は、オフィシャルサイト等がないため、バイオグラフィもディスコグラフィもわからないのですが、どうやらこのアルバム1枚のみで消えてしまったようです。

曲を聴いてみると、それも致し方なし、といった感じです。自分で作詞作曲をする(作曲にはPiero Cassanoも協力しています)カンタウトーレですが、そこから生み出された曲は、平均点はクリアしているけれど、これといって個性のないもの。ほのかにひび割れた歌声はイタリアらしい心地よさを持ってはいるけれど、こういった声の人はMassimo Di Cataldo(マッシモ・ディ・カタルド)などをはじめイタリアには多数いて、やはり平均点といった感じです。悪くないのだけど、聴きどころというか、Paoloならではの個性が感じられないのが残念です。

とはいえ、アルバムとしては、ほどよく都会的に洗練されたロック色が強めのポップスと、ゆったりとメロディアスなバラード系の曲とが、よいバランスで配置されていて、気持ちよく聴けます。あまりイタリアぽさは強くなく、ゴスペルチックなコーラスが入るなどアメリカ系哀愁の匂いが強めですが、声も曲もそれなりによいので、BGM的に聞き流す分には悪くないと思います。LPの内容をそのままCD化したようで、とくにボーナス・トラックなどもないため、収録時間が40分程度というのもコンパクトで、自分にとっては好ましいです。

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2006/08/02

最近のがっかり


リストランテUA(ウーアー)のパスタランチ。ソースは3種類あるうちの、「シラクーサ風」とかいう、ナスとしし唐(だったか?)の入ったトマトソースを選んだ。

太めのパスタは、歯ごたえはけっこうもっちりしっかりとしてていいのだけど、小麦の味がしない。たとえばこの麺にオリーブオイルをまぶしただけで美味しく食べられるかというと、そうはならないように思う。

ソースはなかなかおいしいのだけど、茹で上げた麺に上からかけただけ。せっかくのソースの旨みを麺が吸っていないし、麺とソースがからんでもいない。麺の下、皿の底にソースから分離した水分がたまり、面の上には水分が抜けかけた固形部分が乗っかってるといった感じ。

このお店、町の洋食屋じゃなくてリストランテなのに、シェフもそれなりに有名らしく、評判がいいようなのに、このパスタは本当にがっかり。安い以外に来店動機を見つけられない。これなら何年か前にファミレスのジョナサンで食べたパスタのほうが美味しかったぞ。

味付けや調理のスタイルの好みには、個人差がある。あまり小麦の味のしない麺が好きな人もいるだろうし(オーマイとかショーワ、ママーのスパゲッティって、あまり味がしないと思うけど、それなりに売れてるみたいだし)、昔ながらのソースを上からかけただけで麺にからめたりしみこませたりしないタイプの調理・提供方法が好きな人もいるだろう。だから、UAのパスタランチに関しては、あくまでもリストランテが出すスパゲッティに対して自分が抱いた期待からするとかなりがっかりだったわけだけど、それはたんに、自分の好みからはかけ離れているだけともいえる。日本における「スパゲティ」という位置づけのなかでは、けっしてまずいわけじゃないんだろう。たぶん。おそらく。きっと。もしかしたら。実際、ランチは満席になっていることが多いみたいだし。

それよりも残念だったのが、DiSKのランチ。

最近ランチ営業を始めたバー。ランチメニューは2種類で、それぞれ限定20食とか書いてある。バーなので、調理設備が整っているとは思えないし、迅速に複数オーダーに対応できる構造になっているとも思えない。その分、仕込を充分に行なって対応しよう、それが可能なのが20食まで、ということだろうと思うのだけど。

注文したのは、チキンのドミグラスソース煮。出てきたのは、ライスとサラダとチキンがひとつの大皿に盛られた定食状のもの。それは、べつにいい。問題は、ここです。

焼いたチキンの上から、ドミグラスソースがかかっている。

ドミグラスソース“煮”じゃないじゃん。メニューに書いてあるのと違うじゃん。嘘じゃん。なんで「チキンソテー ドミグラスソース」て書かないんだよ。そういえばトラットリアOggiでも、煮込んでいない、上からソースをかけただけの「チキンのトマト煮」をランチで出してたりする。神楽坂では「煮」というのは上からソースをかけるということなのか?

しかも、注文を受けてから提供までがえらく早い。いや、早いのはいいのだけど、早すぎ。

だって、焼いてないんだもん。

焼き上げてステンレスのボールに入れておいたチキンを温めなおすこともせずに皿に盛り、上からソースをかけただけ。なので、チキンがぬるい。というか、ほとんど冷たい。ライスとソースは温かいけど、メインであるチキンが、ほとんど「朝つくったお弁当を温めずに昼に食べてます」みたいな状態。そういえばトラットリアOggiでも焼き上げてバットに並べたチキンをとくに温めなおしもせずに提供された。神楽坂では焼いたチキンを温めなおさずに提供するのが常識なのか?

これはもう、美味しいとかまずいとかいうのとは違う話だと思う。

飲食店として、メニューに嘘を書く、そのうえ、本来温かくあるべきものを温かくせずに提供するなんて、ダメだろう。料理に対する意識の低さがありありと感じられる。料理提供に興味がないなら、酒しか出せない店なら、ランチ営業なんてしなけりゃいいのに。

あぁ、本当にがっかり。素晴らしい料理を素敵なサービスとともに手ごろな価格でランチに提供してくれたビストロ・イデアルがなくなってしまったことが、あらためて非常に残念に思われる。

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2006/08/01

FRANCESCO NUTI / STARNUTI (2006)

Francesco Nuti(フランチェスコ・ヌーティ)、1955年5月17日トスカーナ州プラト(Prato)生まれ、だそうです。自分はこの人のことをぜんぜん知らないのですが、彼はシンガー/カンタウトーレというよりは、俳優、脚本家、監督として映画の世界で有名らしいです。これまでに20本近い出演作・10本以上の脚本・監督作があり、現時点での最新の出演作は2005年の『Concorso di colpa』だそうですが、やっぱり自分は知りません。

このアルバムは、これまでに彼が出演した映画の挿入歌を中心に新曲をいくつか混ぜ込んだもののようで、最新の曲は2006年、いちばん古い曲は1982年のものとなっています。24年もの隔たりがあるわけで、声の感じもまったく違い、最初はおじいちゃんと若者のふたりのシンガーがいるのかと思いました。

おじいちゃん声の新曲は、フォークをベースに、ジャズっぽいアレンジなどで軽やかさを加えたり、ボサノバ風やトラッド風の味付けをしたり、といった感じ。ただ、演奏をどのようにしても、おじいちゃん声のヴォーカルが泥臭いフォークのような雰囲気をかもし出してしまいます。

一方、若かりしころの曲は、年代的なこともあってか、どれもオールドスタイルなポップスというか、歌謡曲的。Gianni Morandi(ジァンニ・モランディ)とかが歌ってもよさそうです。

M2「Giulia」は1988年の曲で、アコースティック・ギターの響きが美しく、ちょっとナポリ風な感じがしたり、どことなくLucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)を思い出したり。サキソフォンも入り、おだやかなロマンティシズムとさわやかな空気を感じます。

M4「Santo Domingo」も1988年の曲で、アコースティック・ギターの弾き語りによる古いスタイルのイタリアン・バラード。そのむかしナポリなどにいたという「歌い屋」(若い男性に頼まれて、彼の恋する女性の部屋の窓に向かい、路上から、彼の想いをのせた歌を、彼の代わりに歌ってあげる、という商売)の姿がほのかに思い浮かびました。

M5「Batte la spola」は2006年の曲で、イントロで聴かれるアコースティック・ギターとバグパイプのような管楽器?の響きが地中海音楽やトラッドを思わせます。

M7「Sara' per te」は1988年の曲で、イタリアらしいメロディアスなポップス。キーボードのオーケストレーションも入り、歌メロにはRenato Zero(レナート・ゼロ)の「Il cielo」を思わせるような部分もあったりして、さわやかでやわらかな哀愁を感じます。

M9「Se hai vista camminare」は1998年の曲で、オーケストラとサキソフォンの響きがロマンティックな、地味だけど味わいのあるバラード。中間部ではリズムやコーラスも入り、イタリアン・ポップスらしい美しい楽しさもあります。

収録されている曲は、Francesco自身が書いているものと、おそらく彼の息子だと思われるGiovanni Nuti(ジォヴァンニ・ヌーティ)が書いているものがほとんどなのですが、それでも、さまざまな映画の挿入歌の寄せ集めであること、作曲・録音年代も幅広くばらばらであることなどから、アルバムとしての統一感や求心力に欠けます。でも、上に記したような曲など、いくつかは自分の好みに合うものもあったので、まぁこれはこれでいいでしょう。

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