« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月

2006/03/31

求めない・求められない

今朝はThe Enidの『Aerie Faerie Nonsense』を聴こうと思っていたのだけど、出掛けに、CDプレイヤーが電池切れだったことに気がついた... しょんぼりです。

自分はそんなに芸術とか文学とかに強い興味はないのだけど、でもときどき無性に、美しいもの、奥深いものに触れたくなるときがある。いや、あった。

自分の日々の生活は常に芸術や文学に彩られているとはいえず、むしろ美や奥深さとは程遠い、猥雑で表層的で騒がしく潤いの乏しいものだ。いまに始まったことではない。ずっと以前、学生のころから、こうした醜悪さは変わらない。

そのような中で過ごしているからこそ、余計に心が美を求め、奥深さを求め、たとえ一時的にでも醜悪な日常からの脱出をしたいという欲求を強く覚えるときがある。頻繁にではないけれど、数年に1度くらいの割合で、西洋絵画が足りないと強く感じる。美術を見にいかなければ、象徴派絵画やラファエル前派を見なければ、あるいは、おそらくこれまでに読んだことのある本のなかでもっとも大きな影響を自分に与えたと思える短編小説、アルベール・カミュの『異邦人』を読まなければ、自分の心が、感性が、枯れていってしまう、干からびてしまう、という危機感を感じることが、心が西洋美術や小説を求めていると感じることが、あった。

でも、ここ数年、そういったことがない。

自分を取り巻く環境の日常的醜悪さは変わらない。いや、むしろ、より醜悪になっているかもしれない。にもかかわらず何年も、美術に触れたい、小説を読みたい、美しいものに魅了されたいといった欲求が、心が発する強い要求が、感じられない。

なぜなのだろう。

たしかにここ数年、年に1度はヨーロッパを訪れている。それも、観光客向け商業メインの大都市ではなく、素朴さの残る地方都市に1週間ほど滞在してのんびりするというかたちをとっている。滞在中はとくに美術品を見たりすることもなく、たんに町歩きを楽しみ、その風景などを眺めたりするだけなのだけれど、それで、西洋に対する憧れ、ヨーロッパの持つ美しさへ触れることへの欲求が、ある程度満たされているのだろうか。

そうであるならいいのだけれど、そうでないのかもしれない。

潤った大地も、日照りにさらされれば乾燥する。多少乾燥しても、乾ききらないあいだであれば、少し雨が降ればまた潤う。しかし、乾ききった大地は、少しの雨では潤わない。そして砂漠となっていく。砂漠で雨を求めるのは、外から砂漠に入ってきたものだけ。砂漠そのものは雨を求めたりはしていないだろう。

優れた美を、優れた芸術を、優れた文学を、求めなくなったのは、どこかでなにかでそれが代償されているからなのか、それとも、求める心さえ枯れてしまい、求められなくなってしまったのか。

パリのモロー美術館で多くの絵画に囲まれて感じたあの高揚感を、
ふらりと入ったシエナのはずれの教会のキリスト像になぜか心奪われ動けなくなったあの感覚を、
ぼんやりと眺めていたシスティーナ礼拝堂の天上画に描かれた神々がにわかに命を持って動き出すのをたしかに感じたあの瞬間を、
これから先、自分はまた得られることはあるのだろうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/03/30

トマト風味のグラタン

昨日のスーパーの特売は、長ナス2本98円、舞茸1パック98円、鳥もも肉100グラム58円。ということで、家にある1缶98円のホールトマトと1パック(500グラム)100円のペンネ・リガーテ、売価忘れた玉ねぎも使って、グラタンをつくりましょう。サラダ用に、特売1玉128円のレタスも買っておこうかね。

取っ手の取れるティファールで、ざくざくに切ったニンニクをオリーブオイルでじんわり煮る。

玉ねぎは、半分はみじん切り、半分は薄切りにして、鍋に加えてニンニクと一緒に炒める。

小さめにぶつ切りにした鶏肉を加え、なんとなく鶏肉が白くなるまで炒める。

塩胡椒をササササッ。

適当な大きさに手でちぎった舞茸を加える。

かまぼこ状に切ってアク抜きしたナスを加える。

ホールトマトを手でつぶして加える。もちろん、トマトが浸かっていたジュースもね。

水と白ワインをひたひたになるくらいまで加える。

アルミホイルで落し蓋。

この時点でおそらく大量の「鳥と野菜のトマト煮こみ」になっているはず。

ペンネ・リガーテを茹でる。塩はたっぷり。

茹で上がったペンネ・リガーテを小さめのティファールに入れてオリーブオイルをまぶし、「大量のトマト煮こみ」から半分くらいをこの鍋に移す。

ペンネとトマト煮込みがしっかり混ざるようにかき回す。

冷蔵庫の中に正月あけにもらってもてあましてた真空パックの小さな丸餅があったので、上に載せて、少し押し込んでみる。

餅が柔らかくなるといいなぁと思いながら、ちょっと煮てみる。

表面全体を覆うように薄削りパルメザン(とかいう商品名の粉チーズ)をかける。ついでに乾燥オレガノもふりかけてみる。

オーブンに入れて、表面に焼き目がついたらできあがり。餅が冷えて硬くならないうちに食べる。

これ、ときどきつくるのですが、ホールトマト1缶使うと、いつも大きいティファールいっぱいの大量のグラタンになっていたのです。どれだけグラタン食うんだよ、あしたもグランだよって感じ。しかし、野菜とかいっぱい入れたほうがおいしくできあがるから、大量になるのも致し方なし?

いや、おいらは学習しました。ペンネを入れる前に、半分は「トマト煮こみ」のままにしておけばいいじゃん。大鍋のトマト煮こみにペンネを加えてグラタンを完成させるのじゃなく、小鍋にトマト煮こみを移してペンネを加えればいいじゃん。この学習をするのに4回かかりました(←ばか)。

そんなわけで、昨日は適正量のグラタンができあがりましたわ。思いつきで入れた丸餅もいい感じだった。ワインはシチリア産のコルヴォ・ロッソ / サラパルータ。ほんのりクローヴの香りがして、酸味の強い軽やかな味わいがトマト味とよく合います。売価相応の味だな。

コルヴォ ロッソ サラパルータ   ガンベロ2ビッキエーリ☆☆   0325アップ祭5

今日は残りのトマト煮こみにジャガイモを加えて、トマトスープ風にするか、もしくはラタトゥイユ風にする予定。らくちんらくちん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/03/29

トマト風味のリゾット

今朝は金子由香利の『ラ・ボエーム』というアルバムを聴きながら電車に乗っていたのですが、わかりました。自分はどうも日本語で歌われるシャンソンが苦手です。なんか、気持ち悪い。

さて、昨日の夜は、その前日につくったキャベツと豚ばら肉の蒸し煮の煮汁が残っていたので、これを使ってリゾットをつくることにしました。さらに、日曜の昼にパスタ用に使ったホールトマトが冷蔵庫に残っているので、これも加えてトマト風味にすることにしましょう。

ふだんはオリーブオイルでお米を炒めるのですが、今回はめずらしくバターを使います。いつだったか、なにかに使いたくて妻が買ってきたのですが、それ以後、ほとんど使われることもなく冷蔵庫に眠っていたので、たまには使ってあげないとね。こういうときでもないと、バターなんておそらくずっと使わないうちの食卓です。

フライパンにバターを入れて中火にかけ、溶けてきたらお米を砥がずに加えて、全体にバターがいきわたるまで軽く炒める。

火にかけて温めておいたトマトスープ(煮汁+ホールトマト)を、お米がひたひたになるくらいまでフライパンに加え、こげないように木ベラでひたすらかき回し続ける。

フライパンのなかの水分が蒸発してきたらスープ(スープが足りなくなったらお湯にチェンジ)を加え、ひたすらかき混ぜる。お米がアルデンテに茹るまで、このくりかえし。だいたい15分~20分くらい。

お米にいい感じの歯ごたえが残る程度に茹ったら、火を弱めて、すりおろしたパルミジャーノ・レッジャーノ(普通の粉チーズでもOK)をたっぷり投入。全体に混ぜ合わせる。冷蔵庫に乾燥バジルがあったので、ついでに混ぜ合わせてできあがり。

フライパンでお米をかき回しているあいだに、どんどんスープが蒸発していきます。そのつどスープを足すので、最終的には「スープがすっごく凝縮された味」がお米にしみこみます。なので、スープは薄味につくるのがポイントですね。スープだけ飲んでもぜんぜん塩気が足りない程度でいいです。そのかわり、野菜や肉の旨みはたっぷり感じられるといった煮汁を使うと、美味しくできあがります。

調理方法は簡単なんだけど、こげないようにひたすらかき混ぜ続けなくてはならないので、ちょっと面倒ではあります。でも、中途半端なイタリアン・レストランで中途半端なリゾットを食べるよりは、自分でつくったほうが楽しいし美味しいな。

ちなみに昨日は、前日にコルクを抜いて半分ちょっと飲み残してあったフランス・ローヌ地方南部コート・デュ・ヴァントー産の赤ワインを一緒に楽しんだのですが、このワイン、開けたてよりも1日おいたほうが断然美味しかった。タンニンもまろやかになって、明るく華やかな感じが出ていました。880円というお手ごろ値段だったのに、すごいぞ。Pascal Sitaというメーカーのものなのですが、ここのワインはどれも安いのに、コート・デュ・ヴァントー以外でも、売価以上の旨みを持っているように思います。



| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/03/28

いまさらサンレモ2006・3日目前半


一時RaiClickに登録されていた今年のサンレモ音楽祭の、3日目前半の映像ファイルをやっと見ました。各日の映像が前半・後半のふたつに分けて登録されていたのですが、3日目前半は約2時間あり、登録されたファイルの中ではもっとも長かったような気がする。

長い。長いです。なのに紹介されたのは8曲。それ以外は司会がしゃべってるかゲストがしゃべってるか変な小芝居?があるか。イタリア語のわからん自分にはなかなか厳しい構成です。途中で飽きてしまい、夕食をとりながら(=ワインを飲みながら)見ていたこともあって、ほとんどBGV状態になってました。

★男性(Uomini)部門

Alex BrittiとMichele Zarrillo。Alexは、ギターがいいな。ちょっとロックぽくてかっこいい気がします。Micheleは、あいかわらず盛り上がりというか山場のない曲ですねぇ。ひとつひとつのフレーズはそれなりに綺麗だし歌声もそれなりに魅力的なのに、曲の構成が平板な感じがするのですよ。むかしからそうですけど。そのへんが自分の好みからすると残念。もっとドラマティックに盛り上がってくれ。

★女性(Donne)部門
Simona Bencini、Spagna、Dolceneraが歌ってました。SimonaとSpagna、あんまり印象に残ってません。普通に綺麗な曲を普通に上手に歌ってたような気が。やはり印象が強いのはDolcenera。声の個性も強いですが、この人、口が怖いです。なんか、四角く開くのですよね、唇が。あの口元の下品さが弱点ともいえるし、そのいやらしい感じがセクシーで魅力的ともいえそうな、好き嫌いのはっきりするタイプの顔立ちだと思います。声もそうですが。

★グループ(Gruppi)部門
Nomadi、Zero Assoluto、Noa & Carlo Favaのグループが歌ってました。Nomadiに関しては「音楽好きのお坊さんが、趣味が高じて仲間とオリジナル楽曲を演奏している」(あんき~おさん談)という印象がすでに刷り込まれてしまっているので、それ以外には見えません。どうしてくれるんだ(笑)。Zero Assolutoは、まぁ最近の若いグループがやりそうな曲。画面に映る彼らを見て妻が「若手のお笑い芸人みたい」とコメントを残したのが印象的です。Noa & Carlo Favaは、イタリアン・ポップスというよりはシャンソン風ですね。Fabrizio De Andre'の初期のころとかにも似てるかもしれない。

そんなわけで、3日目前半の映像終了です。けっきょく印象に残ったのは、Dolceneraの口は怖い(バクバクしてる)、司会のVictoria Cabelloはなんだかかわいい気がする(ポニーテールだし。妻も、彼女にはスペイン娘のようなかわいさを感じると申しております)、そして、春キャベツは甘くておいしい(夕飯にキャベツと豚ばら肉の蒸し煮をつくりました)くらいでした。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/27

乙女の祈りがネバーランド


映画『乙女の祈り (Heavenly Creatures)』を観ました。ずっと前に深夜に地上波で放映されたのをヴィデオに録ってあったもの。1950年代にニュージーランドで実際に起きた少女ふたりによる母親殺人事件を映画化したもの。

想像力と感受性が豊かなゆえに周囲に理解されない・受け入れられないと感じている女の子と、両親に愛されていない想像力と感受性が豊かな女の子が出会い、ふたりの想像力と感受性でつくりだした世界に埋没していく。そこに「現実」を持ち込もうとした母親を殺害する。穢れなく美しい二人の世界を守るために。というお話。想像世界にのめりこんでいくふたりの心理描写が非常に美しく、哀しく、おそろしいです。

その少女のうちのひとり、裕福だけど両親に愛されていない少女を演じているのがケイト・ウィンスレット。彼女の芝居がなんだかすごいです。気分の浮き沈みが激しい役柄ですが、とくに躁状態のときの無闇な明るさがおそろしい。両親の気をひくために、愛されるために、そうしなければならなかったのか、それがいつしか習慣になってしまったのかと思わされます。

また、もうひとりの陰気な空想少女を演じたメラニー・リンスキーもよかったですね。あの目、あの表情、いかにもこういう少女っていそうです。

映画のなかでは、ふたりの少女がつくりあげたヒロイック・ファンタジーの世界を実写として見られるパートがあります。また、ケイト演じるジュリエットのうちは裕福で、英国調の美しい庭があり(さすがニュージーランド)、そこをドレスを着て走り回るジュリエットといったシーンもあります。

こういった、ヨーロッパな風景の中にいるケイト・ウィンスレットは美しいですね。ジョニー・デップ主演の映画『ネバーランド』でも、イギリスの緑の中にいるケイトはエドワード・バーン・ジョーンズの絵画のように美しかった。

などということを思いながら観ていたら、『乙女の祈り』の夢見がちな少女は空想を膨らまして殺人を犯し服役したのち社会復帰して結婚したけど旦那は先に死んじゃって子供4人抱えて困っていたところにジェームズ・バリと出会い「ピーターパン」が生まれたけれど自分は病気で長く生きられず最終的には少女のときに見たものとは少しかたちは違うけれどやはり夢の世界である「ネバーランド」へと帰っていった... などというストーリーを思い浮かべてしまいました。

『乙女の祈り』と『ネバーランド』の物語を勝手にリンクさせてしまうとは、恐るべしケイト・ウィンスレット(←違うって)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/25

歓迎してくれるお店はやっぱりうれしい

昨日は会社の送別会が会社近くの某イタリア料理チェーンでありまして、夕飯はそこで食べたわけです。イタリア料理とはいっても高級店ではありませんので、まぁ料理はそれなり。パスタなどは美味しくいただけましたが、魚は多少魚臭い。飲み放題のコースだったのでワインは得体の知れないグラスワイン赤白しかなく、こういう場合は白ワインのほうが失敗が少ないので白ワインをいただきました。まぁそれなりに美味しいテーブルワインといった感じで、パスタやピッツァなどとは合うのですが、魚介とはけっこうきつい組み合わせではありました。

18時過ぎから始まり、21時半過ぎに終了。料理はけっこうたくさんあり、お腹はいっぱいになったのですが、ワインが...

とくに2次会等もなく、かといってこのまま帰るには時間もまだ早めですし、ちゃんと美味しいものを飲んでいないのに中途半端に酔ってるのはなんだか悔しい。どこかできちんと美味しいワインを1~2杯飲んでから帰りたいなと思いまして、カーブ・イデアル「ラングル」に行ってみることにしました。

ラングルは、料理ももちろんですが、なんといっても抜群に美味しいワインを出してくれるお店です。美味しいワインを、しかもさまざまな種類のものを、グラスで出してくれるお店なのです。

先月の半ばくらいまではランチ営業をしていたので毎週のようにお昼を食べに行っていたラングルですが、思いっきり人手不足という理由もあり(昨日はシェフと支配人の2人だけで営業してました。それは大変そうだ)、いまは夜しか営業していません。なので支配人の中尾さんにもシェフの椎名さんにも1ヶ月以上会っていません。

金曜の夜ということで、もしかしたら満席で入れないかなとは思いつつも、扉を開けて中に入ってみたところ、幸いなことにひとつテーブルが空いていて、無事に席に着くことができました。そして、食事はしてきたのでワインと軽いおつまみだけというわがままな注文に、支配人もシェフも快く応えてくれました。

味わいのしっかりとした白ワインを、だけどお腹いっぱいなのであまり重過ぎないものをとお願いしたら、持ってきてくれたのはアンヌ・グロのオート・コート・ド・ニュイ。華やかな香り、余韻の長い豊かな味わい、しっかりした酸味。そうそう、こういうのが飲みたかったのですよ。

アミューズはハムのペーストが乗ったバゲット。やわらかなハムの甘みがふんわりと広がります。そして、白ワインと美味しいおつまみということで、ポークのリエットを出してくれました。リエット好き。ほどよく胡椒がきいていて、肉の旨みを引き立たせます。ワインとも美味しくいただけます。

美味しいワインと美味しいおつまみはやっぱり美味しいなぁと当たり前のことを思いながら楽しんでいると、ワインボトルを抱えた支配人登場。リエットにすごく合うと思うのですよと、ヴーヴレィをすすめてくれます。おぉ、このラベルは覚えているぞ。以前にランチのときに飲んですごく美味しかった、ほんのりにごり酒のようになっている微発泡性のワインではないですか。ぜひぜひください。

中尾さんはいつも美味しいワインをすすめてくれます。ランチでも、その日の料理に合わせていろいろと試しましたね。ベストマッチだったり普通だったりはしましたが、失敗はいままで一度もありません。今回も、リエットの旨みとワインのシュワシュワ感がめちゃうま。うん、オート・コート・ド・ニュイもとても美味しいワインだけど、このリエットにはこっちのヴーヴレィのほうが合います。さすが。

通路を挟んで向かいのテーブルでは、やはりひとりできている男性が、ワインを飲みながらなにやら白いものを食べてます。チーズかな? いや、あれは、ホワイトアスパラではないですか。うぅ、食べたいぞ。春はアスパラ、やうやう白くて美味しいぞ。お腹はいっぱいだけど...

「ねぇねぇ、あちらの方が召し上がってるの、あれ、ホワイトアスパラでしょ? 食べたいなぁ~」
「お腹のほうは、だいじょうぶですか?」
「う~ん、いっぱいだけど、アスパラでしょ。10本とか出てくるわけじゃないでしょ」
「じゃぁ、いっちゃいますか?」
「うん、いっちゃおう」

そんなわけで、アスパラもいただいちゃました。温製と冷製があるそうで、香り重視なら温製、旨み重視なら冷製とのことなので、今回は冷製を。ほどよい歯ごたえを楽しみつつ、オート・コート・ド・ニュイとヴーヴレィを交互に楽しんでいるところに、またまたボトルを抱えた支配人登場(笑)。今度は南仏の、やさしくやわらかい味わいの白ワインです。たしかにニュイとヴーヴレィだとアスパラには少し強い感じで、ワインの味がいくぶん勝ってしまいます。そこで、アスパラとバランスの取れるものを持ってきてくれたのです。

かくしてテーブルには白ワインが少しずつ入ったグラスが3つ並ぶことに。もう、どいつもこいつも美味しいです。南仏の白は日常飲みのテーブルワインといった風情がかえってアスパラを楽しげな味わいにしてくれます。おいら自身も酔いがまわってどんどん楽しくなっています。なんだか無駄に笑顔です。

アスパラうめぇ~と喜んでいると、支配人がなにやらすごく小さな鍋を運んできました。「シェフからです」と置かれた鍋の中身をのぞいてみると、そこにはホタルイカ。トマトと魚のブロードかなにかで煮たもののようです。まぁ、うれしい。トマトの甘酸っぱさとホタルイカの磯風味が口の中に広がると、そこはもう海辺です。そしてここにヴーヴレィを含むと、あぁ、地中海だ。リビエラだ。明るい陽射しと乾いた風、美しい風景、やわらかな海の香り。目の前に、昨年訪れたチンクエ・テッレの海が、リオマッジョーレで過ごした穏やかで素敵な日々が、地元の魚と地元のワインを楽しんだ美味しい食卓が浮かび上がります。

とても美味しかった。でも、さすがにお腹がいっぱいです。本当なら、シェフの料理をもっと食べたかった。隣の席の女性が食べていたホタテも美味しそうだったし。今度はもっとお腹をすかしてこよう。

最後に支配人おすすめのデザートワインをいただきました。ランチではいつも食事のあとにデザートもしくはチーズをいただきながら甘い食後酒を飲んでいたのですが、今日はもう、デザートは入りません。なので、デザート代わりになる食後酒を、デザートと食後酒の両方をひとつで完結できるようなお酒をと、ドライ・アプリコットにも似た味のする、非常に旨みのあるものを持ってきてくれました。たしかにこれ、ひとつで完結しています。逆に、これと合わせられるデザートを探すのが難しいといっていましたが、さもありなん。これは、甘いデザートと合わせるよりも、チーズとかフルーツとかを合わせたほうがいいだろうな。

そして締めはエスプレッソ。1杯目はほんの少しだけグラッパをたらして特性に、2杯目はストレートに。満足です。1日の最後に美味しいワインを飲んで、美味しいものを食べて、これ以上なにを望めるでしょう。

そしてなによりも、飛込みで行ったのに、レストランであるラングルに22時近い遅い時間に入店し、ワインとつまみしか頼まなかったのに、中尾支配人と椎名シェフが本当に自分を歓迎してくれたことがうれしい。食事って、なにを食べるかも大切だけど、どこで食べるか、誰と食べるかも大切なのです。自分はひとり客として入店したけれど、お店の雰囲気を楽しみ、他のテーブルのお客さんを眺めたり、支配人と合間合間に話したりできるこのお店では、ひとりで食べているという感じがしない。

美味しい料理と美味しいお酒、居心地のよい空間、そして、歓迎してくれるスタッフ。やはりここはお気に入りの店のひとつなのです。ディナー時間の営業のみなので、なかなかこれないのが残念だけれど、またこよう。というか、ランチ再開してくれないかなぁ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006/03/24

RICCARDO MAFFONI / STORIE DI CHI VINCE A META'

今月末にClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)の3枚組ベスト盤『Tutti qui』の続編がリリースされるらしいので、それにあわせて今年のサンレモ関係のアルバムを買おうかなと思いまして、出場者たちの最新アルバムをチェックしていたところ、新人部門優勝者のRiccardo Maffoni(リッカルド・マッフォーニ)のアルバム・ジャケットに、なんだか見覚えがある。自宅のCD棚を探したら、持ってました、この人のアルバム。

1977年6月2日、Brescia(ブレーシァ)のOrzinuovi(オルツィヌォーヴィ)というところで生まれたRiccardo。1990年代初めころから地元のローカル・バンドで音楽活動をはじめ、その後10年間で3本のデモ・テープをつくりました。90年代終わりから2003年ころまでにかけては、Premiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)やNomadi(ノマディ)のサポート・メンバーとして呼ばれ、ツアーに同行するなど、地道な活動で力をつけていたようです。

このアルバムはRiccardoのデビュー作で、2004年の2月13日にリリースされました。自分が持っているのはオリジナル・ヴァージョンですが、現在は、2006年のサンレモ音楽祭新人部門優勝曲「Sole negli occhi」と、この曲のシングルに同時収録された新曲「T'aspettero'」の2曲を追加したサンレモ・ヴァージョンとして再リリースされています。

Riccardoの音楽は、あまりイタリアっぽくない感じがします。もともとBruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)などが好きなようで、収録されている曲もBruceやBob Dylan(ボブ・ディラン)などを思わせる、アメリカンな感じの力強くて骨太なフォーク・ロックがほとんどです。少しひび割れた歌声もBruceぽいといえば、いえるかもしれません。

アルバム前半は、とくにいなたい感じのフォーク・ロックが続きます。M2「Ultimi eroi」などは力強い明るさが思いっきりBruce Springsteen風(彼の曲はあまり聴いたことがないので、よく知りませんが)。M3「Una grande rosa rossa」で聴かれるハーモニカも、ハーモニカというよりはブルース・ハープと呼んだほうが雰囲気にあっています。

アルバム前半では力強く、男臭く責めてきますが、後半に入ると少しやさしさや哀愁が混じってきます。M5「Uomo in fuga」ではシリアスで重い雰囲気さえたたえ、アメリカやイタリアというよりは、どことなくイギリスとかアイルランドとかを思い浮かべてしまいます。M6「Tempo ignora」ではいくぶん張り上げ気味のヴォーカルに、このアルバムで初めてちょっと「イタリア」を感じました。ピアノのアルペジオやオーケストラも入り、明るい陽射しを感じるフォーク・ロックになっています。またM9「Aspetto un altro po'」でもピアノとオーケストラが入り、渋くしっとりと歌っています。

全体的にはいなたい系の骨太ロックで、サンレモ系の音楽とはまったく違います。イタリアン・ポップスのファンよりも力強いフォーク・ロックのファンのほうに、よりアピールするでしょう。ちょっとタイプは違いますが、Massimo Bubola(マッシモ・ブボラ)とか、あるいはModena City Ramblers(モデナ・シティ・ランブラーズ)のようなコンバット・フォークのファン、あるいはアメリカのストレートなアコースティック・ロック・シンガーが好きな人にも楽しんでもらえるかもしれません。

そういえば、最近ではすっかりバラード・シンガーになってしまった感のあるGianluca Grignani(ジァンルカ・グリニャーニ)も、デビュー当初はこういった土の匂いのする骨太なロックをやっていましたよね。人気が出たのはバラード屋さんになってからのような気がしますが。売れるために刃、バラード屋さんのほうがいいのかな。


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/03/23

いまさらサンレモ2006 2日目

東京では桜の開花宣言も出たというのに、今週になってやっと今年のサンレモ音楽祭2日目を見ているおいらです。最終日まで見るには、あとどれくらいかかるのだろう?

まずは、女性(Donne)部門。

Anna Oxa(アンナ・オクサ)はこの日もやっぱり怖いです。怖いけれど、曲は印象的だ。ぜんぜんサンレモ受けしなさそうなところが素敵です。1枚ずつ歌詞カードを捨てながら歌っていく姿は妖怪のようです。CD買おう。Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)の3枚組ベストが発売になったら一緒に買おう。うん。

もうひとりのAnna、Anna Tatangelo(アンナ・タタンジェロ)は、Anna Oxaとは違った意味で怖いです。ルックスがめちゃめちゃ攻撃的なおねえちゃんという感じがします。まだ若いのに、なんだか押し出しが強いです。曲はやっぱり提供者のGigi D'Alessio(ジジ・ダレッシォ)が自分で歌ったほうがいいように思いました。

そして、Nicky Nicolai(ニッキー・ニコライ)。よく知らないのですが、この人って、ベテランなんですよね、きっと。カンツォーネの時代からいる人なんですよね、おそらく。それにしては歌が下手じゃありませんか? 自分には、この人の(少なくとも今年のサンレモ音楽祭の舞台での)歌唱は、ある種の冗談のように聞こえるのですけど。

続いて、男性(Uomini)部門。

Gianluca Grignani(ジァンルカ・グリニャーニ)はもう、こういうタイプの曲しか歌わないんでしょうか。美しいメロディを持ったいい曲だと思うし、Gianlucaのヴォーカルもどことなくセクシーな感じがしてつい聞き入ってしまうのだけど、最近の彼の曲はなんだかどれも同じに聞こえてしまう。1曲聴く分にはいいけれど、こういう曲ばっかり続けて聴いたら飽きてしまいそうです。

Ron(ロン)は、顔の造作が全体的に真ん中に寄ってますよね。いい声なのに、残念だ(←なにが?)。

Povia(ポヴィア)は、今年の優勝者だということは知っているのだけど、やっぱりなんでこの人のこの曲が優勝なんだ? 鳩のものまねが受けたのか? これはものまね大賞か?

グループ(Gruppi)部門。

Sugarfree(シュガーフリー)は最近の若いバラード系ロック・グループにありがちな曲で、新鮮味がありません。新鮮味はないのだけど、流行とは関係なく愛されるタイプの美しい曲だと思います。CDを買ってしまいそうです。買ったら買ったで「個性が弱い」とか思いそうではありますが。

Mario Venuti(マリオ・ヴェヌーティ)とその一味((C)あんき~おさん)、そしてGigi Finizio(ジジ・フィニツィオ)とその一味は、どうでもいいや。自分にとっては訴えかけるものなし。とくにGigi Finizioは、なんで一味と一緒に出てるのかわからんし、自分で曲がつくれる人なのにどうしてGigi D'Alessioの曲を歌ってるのかもわからんし、Gigi D'Alessioが歌ったほうがよさそうだし。

そして新人(Giovanni)部門。

やっぱり印象に残ったのはSimone Cristicchi(シモーネ・クリスティッキ)ですね。実験中になにかが爆発しちゃったかのようなマッド・サイエンティスト風の髪型と見開いた目をきょろきょろさせるヤバめな表情とか、サンレモ受けするバラード・タイプじゃない曲とか。やっぱ新人はこうでなきゃ。アルバム出てるのかな。今年の新人のなかでの購入予定第一候補です。

あとはなぁ、あんまり印象に残った人がいないなぁ。初日のワンコーラス歌唱であまりの歌の下手さにだいじょうぶかと心配になったVirginio(ヴィルジニオ)が比較的ちゃんと歌えててちょっと安心したぐらい。Antonello(アントネッロ)もDeasonika(デアソニカ)も新鮮味のないありきたりな普通に綺麗なポップスだし、Monia Russo(モニア・ルッソ)もHelena Hellwig(エレナ・エルウィグ)もありがちな女性ヴォーカルもの。どれもCDの購入候補には入ってこないな。

そういえば、ゲスト?でインタビューを受けていたおじさん、Giorgio Faletti(ジォルジォ・ファレッティ)と呼ばれていたように思うのですが、2000年に『Nonsense』という素敵なアルバムをリリースした人かしら。これ、いいアルバムだったな。


(↓今年のサンレモ参加者たち。参加曲収録というわけではありません)


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/03/22

IVANO FOSSATI / L'ARCANGELO

Ivano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ)って、飛び飛びにしかアルバムを聴いていないこともあるのですが、自分にとっては、どうもうまくキャラクターをつかめないカンタウトーレのひとりです。

イタリアン・プログレッシヴのファンのあいだでは「元Delirium(デリリウム)の」という形容がなかなかぬぐえない彼ですが、Deliriumぽい、ほんのりプログレッシヴな作風って、Oscar Prudente(オスカル・プルデンテ)と連名の『Poco prima dell'aurora』以外ほとんどないと思います。ソロになってからの作品は、素朴であたたかみのあるポップスだったり、Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)もびっくりというくらいの熱唱型哀愁カンタウトーレだったり、カンツォーネ的なやわらかさがあったり、ラテンのパッションを感じさせるものだったり、南欧風の哀愁を漂わせるかと思えば、近年は北部を思わせるクールでクレバーな感じのジャズ風味だったり。

ただ、どのような曲調のときでも、音楽にまじめに向き合っている感じがするところ、そして、どことなくロマンティストな雰囲気をたたえているところが、Ivanoの魅力のひとつかもしれません。

2000年ころからジャズ風味の強い作品が続いていましたが、2006年にリリースされたこのアルバムは、それ以前の作風、よりカンタウトーレらしい作品に近いように感じます。ほどよくひび割れた味わいのある歌声を活かした、あたたかみのあるおだやかな曲が多く収録されています。

フォーク・ロックのM1「Ho sognato una strada」は、厚みのあるアコースティック・ギターのストロークが、なんだかゴージャスにすら感じられます。エレキ・ギターもいい音色でなっています。

M2「Denny」は歌詞重視のカンタウトーレ作品といった感じのおだやかな曲で、やさしく響くオルガンの抑えた音色が素敵です。

M3「Cara democrazia」はフォーク・ロック調の曲ですが、バックの演奏が非常に厚く重たく感じられ、その力強い歌い方からも、おそらくメッセージ色の強い歌詞なのだろうなと思わせます。

M4「L'amore fa」はシンプルなメロディでつづられるおだやかな曲で、オルガンとピアノのやさしい響きが印象的です。

M5「L'arcangelo」ではラテン風のアレンジが施され、明るくにぎやかな感じがします。演奏は華やかですが、メロディにはほんのり哀愁が漂っています。

M7「La cinese」ではアジアのお祭りのようなフレーズがレゲエ風のリズムにのるイントロがおもしろいですね。曲のなかにもアジアン・テイストなメロディが織り込まれています。

M8「Baci e saluti」はスローなフォーク・バラード系の曲で、ハーモニカの音色が寂しい夕暮れを思わせます。

M10「Aspettare stanca」はジャズ&ブルーズといった印象の演奏で、ウィスキーとタバコの煙が似合いそう。ジャジーなアレンジとはいっても、以前のアルバムで聴かれたようなクールで知的なユーロ・ジャズぽい感じというよりは、ハードボイルドな印象を受けました。

このアルバムのなかで自分がもっとも気に入ったのは、M6「Il battito」。最初はピアノとベースのシンプルな演奏で、ほのかにジャズっぽい感じがします。そこにのるヴォーカルは、なにかがひっかかったような歌い方で、強く「言葉」を意識させます。おだやかで地味なのだけど、深みと奥行きを感じます。そして終盤に向けて徐々にバックの演奏が厚くなり、シリアスに、ドラマティックになっていくのが印象的。自分はここに、プログレッシヴ・ロックに通じる匂いを感じます。

う~ん、やっぱりIvanoってよくわからない。でも、その「よくわからないところ」が魅力的であったりします。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/20

コート・ドールでコート・ドールを

昨夜は東京・三田にある、名店と名高いフレンチ・レストラン「コート・ドール」で食事をしてきました。

自分、フレンチもイタリアンも好きで、それなりに食べにはいきますが、たいていは客単価がいっても1万~1万5000円くらいのところ。フレンチでいえば、いわゆるビストロ・クラスのお店です。しかしコート・ドールは平均客単価2万~3万円の、ちょっとした高級店。しかも有名なお店。こういうお店はいままで入ったことがないので、少し緊張します。予約時にドレスコードの確認をしたところ、とくにジャケットもネクタイも必要ない(ドレスコードなし)とのことでしたが、そこはそれ、高級店では高級な雰囲気を楽しむのも味のうちですから、いちおうジャケット&ネクタイで行きました。

なぜ、こんな有名高級店に予約を入れたか。それは昨日が結婚記念日だったからです。毎年、結婚記念日(前後の土日)には、美味しいものを食べに出かけるのがうちらの祝い方。去年は神楽坂にあったビストロ・イデアルで食事をしたのですが、その後イデアルはシェフが変わり支配人が変わり店名も変わり、フレンチとイタリアンの入り混じった創作西洋料理のお店になってしまいました。それはそれで美味しいのだけど、やはり「おフレンチぃ~」な料理が食べたいということで、コート・ドールを選んだのです。

なぜ、数あるフレンチ・レストランのなかでもコート・ドールなのか。なぜなら、ビストロ・イデアルの支配人をされていた大園さんが、いまはコート・ドールにいるからです。支配人としてではなく、ソムリエとしてですけれど(コート・ドールには松下さんという、シェフとずっと一緒にこのお店で働いてらっしゃる支配人がいますからね)。去年と同じく、大園さんのいるお店で食べたいと思い、ここを選んだわけです。ちょっと自分のキャラからは背伸びなんですけど。

最寄りの駅から歩いて約10分弱。外はすごい強風が吹き荒れていて、吹っ飛ばされそうになりながら、髪もぼさぼさになりましたが、なんとか店にたどり着きました。高級マンションの1階にある、こじんまりとしたお店。入り口もひっそりとしてて、一瞬見落としてしまいそう。落ち着いた木の扉を開け中に入ると、そこには懐かしい大園さんの笑顔がありました。おひさしぶりです。

席に通されると、アペリティフのシャンパーニュが出てきました。ふわふわの泡のようにクリーミーな舌触り。間接照明に照らされ、華美な装飾のない、落ち着いた店内。明らかに自分らより年下に見える(20代後半から30代前半くらい?)けど明らかに自分らよりも金持ちそうなお客たち。お店のつくりや雰囲気はとても居心地がよく、緊張もしないのだけど、この客層のなかでは多少うちらは場違いな感じがなきにしもあらず。

料理は、アミューズに、このお店の名物といわれる赤ピーマンのムースにトマトのソースを添えたもの。もう、これはなんなんでしょう。とろとろのふわふわです。やさしい野菜の味。ピーマンの味はよくわかんなかったけれど、ソースのトマト味のさわやかな甘さにもうメロメロ。ビストロ・イデアルで以前シェフをされていた(いまは新宿のオーヴィユパリでシェフをしている)黒岩さんのつくる赤ピーマンのババロアも絶品でしたが、ここのムースもすっげぇ旨いっす。

前菜は、この時期ならではの茹でたホワイト・アスパラガス(塩かマスタード・ヴィネガーのソースで)と、フォワグラのキャベツ巻き。メインは魚とイベリコ豚を。もう、どいつもこいつもシンプルな料理法で素材の味がしっかり感じられ、旨いっす。とくに前菜はたまらんかった。なぜヨーロッパ人が春になるとホワイト・アスパラ、ホワイト・アスパラと騒ぐのか、理由がわかるというくらいに美味しいアスパラ。そして、もうとろっとろで口の中でとろけるフォワグラ。これとパンとワインがあればもうOKですみたいな感じです。

ワインはしっかりした味のブルゴーニュ(コート・ドール)の白がいいなと思い、大園さんと相談。ピュリニー・モンラッシュのプルミエ・クリュをすすめていただきました。これもまた、旨いブルゴーニュの白はほんとに旨い、ということを再確認。料理との相性もよく、非常に美味しくいただきました。

その後、妻はデザートとして温かいケーキ(チョコレート・サヴァランみたいなのに温かい練乳のようなソースがかかっている)を、自分はチーズの盛り合わせ(モンドール、ボーフォール、ロックフォール、名前忘れたシェーブルの4種)をいただき、さらに自分はチーズに合わせてソーテルヌをグラスで1杯。お店から「おめでとうございます」メッセージの書かれたクッキーもいただき、食後のコーヒーも飲んで、しめて4万7000円。おなかはちきれそうだし、味もよかったし、満足のいくディナーでした。しょっちゅうはこれないけれど、年に1~2回くらいは来てもいいな。大園さんがいるなら。

その大園さんは、まだこのお店に来てから3か月程度ということもあり、ちょっと硬い感じはありました。お店の雰囲気も、扱うワインや料理も、お客さんの層も、イデアルとはずいぶん違いますからね。うちらのテーブルでは、顔なじみでもあるし、自分もこんなキャラですから、ほどよくリラックスしてサーブしてくれていましたが、他のテーブルでは、慎重に慎重にサーブしているように見えました。丁寧だけどフレンドリーで、お客との距離感を上手にとるのだけど意外とお調子者かもと思わせるひとなつっこさがある彼のサービスを自分らは知っているので、このお店で楽しくサービスをしているだろうか、支配人さんとかにいじめられていやしないだろうかなどと、酔っ払っていたこともあり、帰り道でちょっと心配にもなったのでした。余計なお世話ですね。

ホールには松下支配人と大園ソムリエのほかに、若いおにいちゃんのギャルソン(お名前聞いたのだけど、忘れちゃった。ごめんね)がいて、このギャルソンがなんだかフレンドリーでいい感じです。大園さんとも仲良くしてるみたいだし。彼と話しているところに大園さんがきて「彼は、私に憧れてるんですよ」といったとたんに、彼に「それは、ありません」と言い切られていましたが(笑)。自分はやはり、こういったほどよくフレンドリーな感じがするサービス・パーソンたちが大好きです。そういう意味では、コート・ドールのようなレストランよりは、オーヴィユパリのようなビストロのほうが楽しいし、好きかもしれません。またオーヴィユパリ行こうっと。そんで、黒岩さんの美味しい料理を気楽に食べるのだぁー。


| | コメント (15) | トラックバック (1)

2006/03/17

その先にはなにがあるんだろう

いいことじゃないよ。
だけど、食ってかなきゃいけないんだよ。

だから、誰かの時間と労力とその成果を、
自分の好き勝手に扱っていいというのか。
頼んでつくってもらったものを、受け取る段になって、
やっぱりいらないと投げ捨てていいのか。
合意のうえに交わした約束を、
踏みにじってもいいのか。

食っていくための仕事なら、
その気になればいくらでも見つかるはず。
なのに、なぜ、その仕事でなければならないんだろう。
他人を踏みつけにしてでも、
その仕事で食っていきたい理由はなんなのだろう。

いいことじゃないけど、やらなくてはいけない。
それは、一時的なことなのか。
どこかの時点に到達するために、いまは涙をのんで、
あえてやっているというのか。

では、その時点とは、どこだ?
多くの人を、多くの約束を、その重みをないがしろにする先に、
なにがあるというのだろう。

いいことじゃないよ。
だけど、食ってかなきゃいけないんだよ。

自分が生きていくためには、
他人を殺そうが他人から盗もうがかまわない、
といっているのと同じ。
すでに、「買う」といったはずの他人の時間と労力を盗んでいる。

そうまでしなければ残せないようなものなら、なくしてしまえ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/03/16

MODA' / TI AMO VERAMENTE

2005年のサンレモ音楽祭新人部門に「Riesci a innamorarmi」で参加したグループ。このアルバムは彼らのデビュー作で、もともとは2004年にリリースされたものにサンレモ参加曲を追加して2005年に再リリースされました。

サンレモ参加曲の「Riesci a innamorarmi」から始まるアルバム前半の数曲を聴いて、彼らも最近よくあるLunapop(ルナポップ)系の古いブリティッシュ・ポップスを思わせるノスタルジックなバラード・ポップが得意なグループかと思ったのですが、アルバムのなかには意外とロックンロール風な曲も多くあり、Lunapopよりもずっとロック色の強いグループだということがわかります。ノスタルジックな印象を持っているところは変わりませんが。

アルバムのなかではバラード・ポップ調のものとロックンロール調のものに曲調が二分されています。バラード調のものは、ちょっとこもった感じの音色のかわいらしいピアノにオーケストラも導入され、おだやかで美しいメロディを素直に楽しめます。ロックンロール調のものは、比較的平凡な印象の曲が多いのですが、中間部に静かなパートを入れたり、ほんのりとした哀愁を混ぜ込んだりと、構成やアレンジにそれなりの工夫をしています。

哀愁は漂わせているのだけど、前面に出てくる印象は明るく暖かな感じなのが好ましいです。歌い上げるようなドラマティックなメロディもあるのですが、ヴォーカルが張りと艶と声量のあるタイプではなく、どちらかというとへなちょこひ弱系なので、あまりドラマティックにも暑苦しくもならず、かえって身近な感じになって好ましいと思います。

曲のヴァリエーションが乏しい(大雑把にいって2種類しかない)のが残念ですが、個々のフレーズには、おおらかな美しさや楽しさ、ほんのりとした寂しさなど、素直に心に届く要素が多いので、これらを上手に活かして曲の幅を広げていってほしいと思います。


| | コメント (3) | トラックバック (0)

石と刃で気分すっきり

昨日はスーパーでほうれん草が特売98円だったので、消費期限ギリギリ2割引のひき肉も買って、ほうれん草とひき肉のくたくた煮をつくることにしました。この料理、簡単でおいしいので、ほうれん草が安くなっているとついつくってしまいます。

調理方法はほんとに簡単。ニンニク、たまねぎ、下茹でしたほうれん草をひたすら細かくみじん切りにして、まずはニンニクとたまねぎをオリーブオイルで炒めます。中火でじっくりとたまねぎの甘みを引き出したら、ひき肉を投入。塩・胡椒で基本の味付けをして、ひき肉がぽろぽろになるまでじっくり炒めます。そこにほうれん草を投げ込み、白ワインと水でひたひたになるくらいにし、唐辛子をひとつまみ(一味でも七味でもカイエンペッパーでも可。ほんとは青唐辛子を切って入れると辛さと爽やかさが加わって美味しいのだけどね)。あとは中火でほうれん草がくたくたになるまで煮るだけ。

みじん切りが多少面倒な以外は、材料を炒めて煮るだけなのでほんとに簡単な料理なのですが、ここでおいらは気がつきました。

うちの包丁、なんでこんなに切れないんだ?

ニンニクはさくさくと細切れにできましたが、たまねぎにはなかなか刃が入っていかない。ほうれん草にいたっては切るというより広げて押しつぶしているような感覚。

切れない包丁は、調理時間が余計にかかる、怪我をする確率が高くなる、素材を押しつぶすので見た目が美しくなくなる、素材を押しつぶすので細胞や繊維が必要以上に破壊され味や栄養素が流出しやすくなる=美味しくなくなる……などなど、いいことがないのです。

そういえばなぁ、もう長いこと包丁砥いでないもんなぁ。西洋ナイフを砥ぐためのスティック状の砥ぎ器(100円ショップで購入)でときどき申し訳程度にシャッシャッとはするけれど、あれだと一瞬ちょっと切れるようになった気がするだけなんだよなぁ。

というわけで、すべての材料を鍋に投げ込んでくたくたと煮ているあいだに、ひさしぶりに砥石で包丁を砥ぐことにしました。

砥石に水を振り掛けて、流し台の端っこに固定して、包丁の両面をシャッシャッと。まずは刃全体、次に根本、中間、刃先と部分ごとに。とくに中間部から刃先にかけての部分は砥がれにくいので念入りに。これを両面とも、何度か繰り返します。

となりのガスコンロでは鍋がくつくつ。手元では砥石と包丁がシャッシャッ。

くつくつ、シャッシャッ。
くつくつ、シャッシャッ。
くつくつ、シャッシャッ。

気がつくと、ほとんど無心で包丁砥ぎに没頭してました。

気持ちいい。

ただひたすらに、砥石に包丁を滑らせて、刃をつけていく。
これだけのことが、なんだか妙に気持ちいいのです。
余計なことを考えず、砥石と包丁の状態だけを見てる。
ときどき刃のつき具合を確認しながら、ひたすらに砥いでいく。

研ぎ終わったときは、なんだか晴れ晴れ、気分すっきりです。
出題するお姉ちゃんだけがスッキリしている山手線の気分すっきりクイズ(?)を解くよりも断然すっきりです。
うん、理由はわからないけれどなんだか気分が晴れないなぁというときは、また包丁を研ごう。そうしよう。

くたくた煮を食卓に持っていく前に、トマトと豆腐のサラダ(カプレーゼ風)をつくりました。砥いだあとだから、トマトがさくさく切れて、これも気分すっきり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/15

MARCO TURRIZIANI / BASTAVA CHE CI CAPISSIMO IO E I MIEI

Marco Turriziani(マルコ・トゥッリツィアーニ)についての詳しいことはわからないのだけど、生まれたのは1966年ころのようです。もともとはコントラバス奏者としてオーケストラと演奏していましたが、1990年代に入ってLatte e i Suoi Derivati(ラッテ・エ・イ・スォイ・デリヴァーティ)というポップス系のグループに参加、1998年ごろにグループが活動停止するまで在籍していたようです。

このアルバムは2005年の暮れにリリースされたソロ・デビュー作で、Marcoはヴォーカルとギターのほかにコントラバスも演奏しています。マンガ『ぼのぼの』に出てくるプレーリードッグくんのような、のほほんと平和な顔をした犬と、おそらくMarco本人だと思われる長髪の男性が、向き合うかたちで腹ばいになってうたた寝しているといった感じのシンプルな線画がとても気に入り、とくに情報等を調べずにいわゆる「ジャケ買い」したのですが、正解でした。

ジャケットから感じられるのとは少しタイプが違うような気はしますが、音楽にものんびりと平和な感じがあります。Marcoの演奏するコントラバスとアコースティック・ギターのほか、ピアノ、クラリネット、チェロといったアコースティックな楽器でバックが演奏され、やわらかで、あたたかで、おだやかに楽しい感じが漂います。

歌はフォーク・タッチなのだけど、演奏は古いヨーロッパのムード音楽やサロン・ミュージックといった印象で、ほんのりノスタルジックなロマンを感じます。そこに乗るMarcoの歌声も素朴で淡々としているのだけど、ときには少し力をこめてメリハリを出しています。彼、もう40歳くらいのはずなのですが、その歌声には感傷的な青臭さのようなものがときに感じられ、それがまた胸にしみます。この感じはFranco Simone(フランコ・シモーネ)などにも通じるかもしれません。また、曲によってはLucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)のセンチメンタルをなんとなく思い出したり、Angelo Ruggiero(アンジェロ・ルッジェーロ)の哀しげな美しさを思い出したりもしました。

M1「Benedetto amore」はやわらかくて軽やかなフォーク・タッチのポップスで、アコースティック・ギター、アコーディオン、チェロ、クラリネットの音色がとても心地よく感じられます。メロディの感じが少しLucio Dallaに通じるように思います。前半ではおだやかに歌っていますが、サビではいくぶん声を張り上げ、力強さを出します。

M3「Nel nome del padre」のイントロで聴かれるピアノとチェロの演奏は、ロマンティックな月夜のよう。そこに詩の朗読のようにMarcoの声がのり、サビに向けて徐々に言葉にメロディがついていくといった流れも素敵です。サビ以降は素朴なメロディのフォーク・ロックになっていきます。

M4「Il mio cane ed io」はピアノとクラリネット、チェロなどの演奏が、古いヨーロッパのムード音楽を思わせる、ひなびたロマンを感じます。うらぶれたクラブでアルコールを片手に聴くのが似合いそうな前半から、ゆるやかなダンスを踊る人々の姿が思い浮かぶような後半へとつながる流れも素敵です。

M5「Il figlio che...」ではピアノとチェロの演奏にのって歌われるMarcoのめそめそした感じのヴォーカルがしみます。Franco Simoneを少し力強くするとこんなような感じになるかもしれません。

M8「L'ora delle luci magiche」には寂しげなロマンティシズムが漂います。ピアノ、チェロ、アコーディオンが奏でる、古いヨーロッパを感じさせる哀愁のメロディと、Marcoの歌声が、ヨーロッパの小さな町の石畳の夕暮れを思わせます。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/14

やっとサンレモ2006

RaiClickに一時置いてあった(いまはもう削除されているようです。ダウンロードしておいてよかった)今年のサンレモ音楽祭テレビ中継のファイルを今頃になってやっと見だしているおいらです。夕食をとりながらテレビで見られるようにDVD化する(コピー)作業に時間がかかってしまった。しかし、もともとパソコン上で小さな画面で見る用のファイルを無理やりDVD-Videoにしてるので、画質が粗いな。じっと見てると目が疲れる。

昨日はやっとPrima serata(1日目)の第2部・第3部まできました。これでとりあえず2日がかりでPrima serataは見たわけで、今年の参加曲もいちおう一通り聴いた(新人部門はワンコーラスずつでしたが)ことになるのですね。

しかし、うむぅ。

なんか、おんなじような曲が多いなぁ。どれもみんな綺麗なメロディで、平均的なクオリティは高いというか、それなりにいい曲なんだけど、「おぉっ!」と思う曲がないのよねぇ。とくに活動暦のそれなりにある歌手たちは、あいかわらずというか、まぁこんなもんだろうなという想定の範囲内な感じ。

というわけで、男性部門・女性部門・グループ部門といったベテラン組ジャンルで多少なりとも印象に残ったのは、Dolcenera(ドルチェネラ)とAnna Oxa(アンナ・オクサ)くらいでした。Anna Oxaは見た目がすごく怖かった。曲も変な曲で、サンレモ受けはしないだろうなぁとは思いましたが、Annaの個性的な歌声とオーケストラの効果によりとてもミステリアスな雰囲気があって、クセのある曲や歌い方が好きな自分には好ましいですわ。Nomadi(ノマディ)はあんき~おさんのBlogでも言及されていたように、ヴォーカルのおっちゃんが坊さんにしか見えず、「音楽好きのお坊さんたちによる趣味のグループ」といった印象だけが残っちゃいました。

初日ではワンコーラスしか歌わなかった新人部門の参加者たち、こっちのほうが、なんだかおもしろそうですね。とくにRiccardo Maffoni(リッカルド・マッフォーニ)とSimone Cristicchi(シモーネ・クリスティッキ)は妙な個性を持ってそうで期待です。あとはAmeba 4(アメーバ・クアトロ)とかいうグループがちょっと気になる。女性歌手たちは、みんなそれなりにうまいようには思うけど、オーソドックスというか、平均点だなぁ。若い男の子たちは、歌唱力がちょっと微妙な人が多くない? Virginio(ヴィルジニオ)なんて、だいじょうぶかよと心配になりましたよ。

というわけで、今年のサンレモ関係のCDは、コンピ盤2種類と、新人部門参加者を何組か+Anna Oxaあたりを買おうかなぁ。

☆サンレモ2006女性歌手部門参加者たちのアルバム☆
(↓今年の参加曲というわけではありません)


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/03/13

週末・観たもの・聴いたもの

髪が伸びてじゃまくさいので、髪留め(櫛のような歯のついた大きな洗濯バサミみたいな奴)で頭のうしろでまとめているのだけど、その姿を自分で鏡で見たら、生活に疲れたお母さん(イメージ)のようでした。はぁ~(ため息)。

■F1バーレーン・グランプリ■
ついに今年のF1が開幕。なかなか力強いレースでしたね。ミハエル@フェラーリも今年は速そうだし、昨日もフェルナンド@ルノーと緊迫したバトルをしてた。やはりこうじゃないとね。ジェンソン@ホンダも安定して速い感じ。ファン・パブロ@マクラーレンがなぁ、なんだかずっと迫力不足なのが残念です。以前のファン・パブロはもっと迫力があったのに。最後尾から3位表彰台のキミ@マクラーレンはさすが。しかし、予選で沈み本選で追い上げっていうパターンからはそろそろ抜け出してほしい。ニコ@ウィリアムズはなんだかおもしろそうな新人ですな。自動車メーカー(BMW)に見限られたウィリアムスですが、コスワース・エンジン、けっこう速そうじゃん。新しいチーム・カラーとドライバー構成がまだなじめなくて、画面を見ながら「こいつは誰だ? どこのチームだ??」となってしまう部分が多々あり、とくにトロ・ロッソとミッドランドはまったく判別できないままに終わってしまった。BMWもほとんど印象に残ってない。スーパー・アグリは... 完走するのが「奇跡」な状態でF1に来るなよ。

■David Gilmour / On an Island■
Pink Floyd(ピンク・フロイド)のギタリスト、David Gilmour(デヴィッド・ギルモア)の最新ソロ作。Pink Floydとしてもソロとしてもひさしぶりなんじゃないかしら。ところどころにDavidらしい音色で切り込んでくるギターは聴けるけれど、全体的にはあまりにもおだやかで、あまりにもやさしい音楽で、ちょっと退屈しちゃった。Kate Bush(ケイト・ブッシュ)の新作もそうだったのだけど、きっと、もっと違うものを期待してたのだなぁ、自分。




■Momo■
英語版ペーパーバック。やっと読み終わった。1年くらいかかった(もっとか?)。今回は、知らない単語が出てきてもあまり辞書を引かず、前後の文脈などから大雑把に話の内容を理解していこう、そうすればきっと少しは早く読み終わるはずと思っていたのだけど、あまり変わらなかったかもしれないなぁ。3分の1くらいは知らない単語だったので、きちんと細部まで物語の内容を把握はできなかったけれど、おおよそのことはわかった。1年間行方不明になっていたモモが古い友人たちにあいにく場面は哀しかったなぁ。とくにグイドとの再会&再度の別れのところは胸がつまった。ここのところずっと英語のペーパーバックに挑戦してきたけれど、ここで少しお休み。次は発売になったばかりの日本語版文庫『ダ・ヴィンチ・コード』を読まねば。




■サンレモ音楽祭2006■
RaiClickにおいてあったビデオ、とりあえず全部ダウンロードはしてあったのだけど、ぜんぜん観る余裕がなかった。Prima Serataの第1部のみ、やっと観た。う~ん、どうなんでしょ。あんまり印象に残る曲がなかったなぁ。Dolcenera(ドルチェネラ)とRon(ロン)が、歌声が多少よかったといった感じか。Gigi Finizio(ジジ・フィニツィオ)はグループで出場した意味がよくわからんし、曲はFinizioというよりはまんまGigi D'Alessio(ジジ・ダレッシォ)といった感じ。D'Alessioが自分で歌ったほうがよかったんじゃないだろか。Povia(ポヴィア)は今年のサンレモ優勝者らしいが、これが、この曲が、この歌が、優勝なのぉ? う~ん、むむむむむむぅ。
(↓は2006年のサンレモ参加曲収録アルバムというわけじゃありません)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/09

コビトカバは楽しいな

先週の日曜日はイタリア・トスカーナ州のアレッツォ(Arezzo)から来た友人のイタリア娘が「パンダが見たい、いままで見たことない」というので一緒に上野動物園にいきました。上野動物園、ひさしぶりだ。

上野のパンダといえば、初めてパンダが日本にやってきたときは大騒ぎでしたね。リンリンとランランでしたっけ(←それは龍園。パンダはランランとカンカンです)。新し物好きの父に連れられて、見物客でごった返すパンダを見にいったのは遠いむかしの記憶です。もちろんパンダのぬいぐるみも買ってもらった。

さすがに来日当時のように長蛇の列・立ち止まると怒られる、といったことはありませんが、いまでもそれなりに人気者のパンダ。いまはリンリン1頭しかいませんが、やはりその動作は愛らしい。

パンダ好きなあなたはこのページ↓もチェキラ!
パンダ館

しかし今回、個人的にもっとも楽しかったのは、コビトカバでした。ていうか、上野にもコビトカバがいたんだ。知らなかった。

初めてコビトカバを見たのは、たぶんシンガポールの動物園。水槽つきの広い場所に(おそらく親子)3頭のコビトカバがいて、のんびりとかつ楽しそうにすいぃ~すいぃ~と水の中を歩く姿に胸きゅん。すっかり好きになってしまいました。

ちなみにコビトカバってこんな感じ↓(シドニーの動物園にて)
写真
写真
写真
写真
写真

もう、コビトカバを見にいくためだけにシンガポールに行ってもいいぞと思っていたのですが、まさかこんな身近にもいたとは。

上野動物園のコビトカバは、水鳥(名前忘れた)と一緒のスペースにいるのですが、この水鳥とコビトカバの攻防?が、なんだか楽しいのです。

カバですから、ときどき水に入ります。そのための池がスペース内の低いところにあります。池にはスロープを下りて入るようになっているのですが、スロープの横は崖状になっています。そして、この崖の端っこあたりに、見物客側を向いて=同居のコビトカバに背を向けて、水鳥が立っていたのです。

水鳥のうしろ、少しはなれたところにじっと立っていたコビトカバが、そろ~りそろ~りじわじわと水鳥の背後に近づきます。水鳥はなかなか気づきません。そしてかなり近づいたところで、急に気づいてビックリしたように水鳥は崖から池に飛び降ります。それを見てコビトカバが、大きな口をあけて笑った(ように見えた)のです!

水鳥は、今度は池に浮かんでいます。コビトカバはゆっくりとスロープを下り、池に入って潜水。どこに行ったかと見ていると、鳥が浮かんでいたあたりにぶわっと顔を出します。それを察知した水鳥が、ぶわっとくる直前に飛び立ち、また崖の上に戻ります。自ら顔を出したコビトカバはそれをチラッと見て、またゆっくりと池からあがり、崖の上の水鳥の背後にじわじわと近づいていきます。脅かしてやるぞといった表情(に見えた)で。

こんなことを繰り返してる。こいつら、バカです:D 1頭はカバです。

きっと、毎日こんなことをして、1頭と1羽は遊んでいるのでしょう。なんだかとっても平和な感じでした。上野のコビトカバも、やっぱり楽しいです。

ちなみに、池から上がってくるコビトカバの後姿(大きなお尻)を見た小さな女の子が、カバに向かって「ママー、ママー」と叫んでいました。それを聞いた女の子のお母さんが小さな声で「あれ、ママなの? なんだか、哀しい」とつぶやいていたのもまた平和な感じでよろし。

おっと、こんなニュース↓を発見!
コビトカバ:赤ちゃん、上野動物園で約2年ぶりに誕生 /東京

今年の1月28日に赤ちゃんが生まれていたようです。小梅ちゃんという女の子だそうです。小梅ちゃんの一般公開は3月末ころかららしい。見にいかなくちゃ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/03/08

ROBERTO DURKOVIC / SEMPLICEMENTE VITA

2005年の12月にリリースされたRoberto Durkovic(ロベルト・ドゥルコヴィッチ)のアルバム。モノクロの背景に自転車の赤だけが鮮明に色づけされている、ちょっと印象的なジャケットに引かれて入手してみました。

Durkovicという名前からしてルーツは東欧とわかりますが、お父さんはチェコのプラハ出身だそうです。Robertoは、学生時代はクラシックを学んでいたようです。また父親が東欧の人ということもあり、東欧の音楽にも強い興味を持っていたようで、そういった背景が彼の音楽にも影響しているといえそうです。

これまでRobertoのことをぜんぜん知らなかったのですが、アルバム・デビューは1989年と意外と古く、デビュー作『Come un treno locale』に収録された「Piccola Irene」がその年のSanremo Nuovi Talenti(新人発掘音楽祭みたいなものなのかしら?)で批評家賞を受賞するなど、それなりに注目されていたようです。その後もClub Tencoに参加するなど地道な活動を続けていたのですが、あまりにも地道すぎたのか、非常に地味な存在のままここまできてしまったのでしょう。そしてきっと、これからも地味なままなのでしょう。

この『Semplicemente vita』は彼の5枚目のアルバムです。リリース元がStorie di note/Suonimusicですから予想はしていましたが、おおよそ予想どおりの地味な作風です。ただ自分は、こういった地味な作風がけっこう好きなので、このアルバムも気持ちよく楽しめます。

ベースは、Robertoの少しいなたいヴォーカルをメインにしたフォーク・ソングだと思います。たとえばMassimo Bubola(マッシモ・ブボラ)などに通じるタイプでしょう。しかし、フォークをフォークのままのアレンジにしないのがRobertoのスタイルなのでしょうか、まんま「フォーク」な曲はほとんどありません。

バック・ミュージシャンにコントラバス、フィザルモニカ(アコーディオン)、クラリーノ(クラリネット)、トロンバ(トランペット)などを配し、さらにはギター、アコーディオン、ヴァイオリンによる街角楽師隊のようなRhapsodija Trio(ラプソディヤ・トリオ)というグループのバックアップも受け、古いヨーロッパの街角やキャバレーなどで聴かれそうな懐かしい感じを漂わせています。

ただ、これらのバック・ミュージシャンたちがすべての曲にかかわるわけではないようで、それもあってか、曲のイメージにアルバムとしての統一感がありません。おおまかには2つのタイプの曲があり、ひとつはクラリネットやアコーディオン、ヴァイオリンなどの演奏を前面に出した、古いユーロ・ジャズやキャバレー音楽、あるいはタンゴなどを思わせる、どことなくノスタルジックなもの、もうひとつはギターの音色を活かし、地中海風の乾いた明るさとあたたかさを感じさせるフォーク・タッチのものです。このふたつの曲想のあいだにずいぶん開きがあり、それらがランダムに配置されている(ような印象を受ける)ため、同じシンガーの同じアルバムを聴いているのかわからなくなってきます。

落ち着いたおっさん声のヴォーカルには味わいがあり、それぞれの曲も、タイプはいろいろですが、どことなく夢見心地な気持ちよさがあり、なんとなくホッとします。地中海フォークっぽいM2「Scintille」やM4「Alessandra」などは自分の嗜好的に、とても好ましく感じられます。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/07

GIANNA NANNINI / GRAZIE

シエナ出身のGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)は1956年6月14日生まれだそうですから、もう50歳になるのですね。個性的なだみ声でパワフルなロックを歌い続けてきたGianna姉さんですが、前作の『Perle』といい、今作の『Grazie』といい、さすがに最近は落ち着いてきたのかなぁという印象を受けます。

このアルバムも最近流行のDual Disc版が初回限定で出ているのですが、自分は映像にほとんど興味がないので、CDのみのノーマル版を購入しました。こっちのほうが安いし。

ベスト選曲をピアノの伴奏で情感豊かに歌い上げた前作『Perle』は、かなりの名盤だと思います。ただ、これまでの作風とはかなり違うアルバムなので、これはある種の企画盤として、次はまたパワフルなロック・アルバムに戻るのかなと思っていました。しかし、近作もまた、あまりロックを感じさせないものになっています。

全体にスローからミディアム・テンポの曲が多く、ほとんどの曲にオーケストラがかぶせてあります。そのオーケストラにより盛り上がる構成は多く聴かれますが、歌メロ自体はシンプルで、どちらかといえば平凡。またヴォーカルも、前作ほどの豊かな表情を感じません。

M1「Sei nell'anima」はスローなポップ・ロックで、サビのメロディがとてもGianna風。控えめにかぶさるおだやかなオーケストラが心地いいです。

M2「Possiamo sempre」はギターの音色を活かしたミディアム・テンポのロック。エレキのディストーション・サウンドとクリーン・トーンだけでなく、アコースティックの艶のある音色も上手に使っています。歌メロとアレンジはけっこう平凡ですが、曲の構成は、Giannaにしてはちょっと複雑(というほどでもないけれど)でドラマティックかもしれません。

M3「L'abbandono」はアコースティック・ギターとオーケストラをバックに歌われる曲で、とてもおだやか。どことなくほのぼのとした感じもありながら、ほのかに哀愁と郷愁も感じられます。古き良き時代のポピュラー音楽を思い出します。

M4「Grazie」もスローでシンプルな曲ですが、メロディがとてもGiannaらしい感じ。サビでは厚いオーケストラが入り、高揚します。

M5「Le carezze」は少しシリアスな感じのするスローな曲。バックにはずっとオーケストラが鳴っています。ほんの少しだけRenato Zero(レナート・ゼロ)っぽいというか、Renatoに歌ってもらったら、さらにドラマティックになりそうな雰囲気です。

M7「Treno bis」ではガット・ギターのやわらかい音色によるアルペジオが印象的。これにやさしいオーケストラが入り、セレナータ風というか、子守唄風のおだやかな曲になっています。

M9「Mi fai incazzare」は構成に凝った感じがあります。少しいなたいスローなロックでGiannaのヴォーカルに合っていますが、U2に歌ってもらったらもっといい感じになりそうとも思いました。どことなく、U2に歌わせたいような、なにかのメッセージを感じます。自分はイタリア語がわからないので、この曲に特別なにかのメッセージがあるのかどうかは知りませんが。

M10「Alla fine」はピアノとオーケストラのバックによるバラードで、美しく、だけど力強く、アルバムの幕が下ります。

どの曲も、たおやかなオーケストラが心地よくはあるのだけど、ちょっと曲・テンポのヴァリエーションが乏しい感じがします。また、元気なロックがないのも残念。若いころのような元気さでなくてもいいけれど、Giannaにはやはり、そのヴォーカル・スタイルの個性を活かして、円熟のロック・ヴォーカルを聴かせてほしかったな。悪くはないのだけれど、落ち着きすぎてしまったというか、綺麗にまとまってしまった感じがあり、ロック姉さんとしてのGiannaの魅力があまり感じられませんでした。


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/03/06

オーヴィユパリ

昨日の夕方、たまたま新宿に行く用があったので、そのまま新宿で夕飯を食べようということになり、オーヴィユパリ(Au Vieux Paris)というビストロに入りました。

このお店、来るのは初めてで、場所もおぼろげにしか覚えていなかったのですが、少し前から「機会があったら、必ず行こう」と思っていたところなのです。

新宿三丁目、靖国通りからちょっと奥に入ったビルの3階に、オーヴィユパリはありました。店名もうろ覚えのままに探したのですが、「いかにも覚えにくい店名」というのがかえって目印になりました(いまも名刺を見ながら店名を書いています。やっぱり覚えられない)。

エレベーターを降りたところは、階段の小さな踊り場風で、そこの脇にすりガラスの小さな扉。その地味さに一瞬、ちょっと入りにくいかもしれませんが、扉の向こうはけっこう広いホールで、テーブル席とカウンター席があり、なんだか気さくな感じです。窓際の壁にはなぜかテレビがかかっていてフジテレビが放映中。そのテレビの前の席には小さな子供のいる家族連れ。とってもアットホーム。

ホールにはフランス人男性(たぶん、オーナーさん)と日本人女性、そしてオープンキッチンにはフランス人男性と日本人男性。キッチンの前を通り、席に着こうとしたときに、キッチンの日本人男性がこちらを見てひとこと。

「あっ!?」

まさか自分がこのお店に来るとは、思っていなかったのでしょう。予告してなかったし、ずっと接点もなかったし。でも、こちらのことを覚えていてくれたようです。

そうです。この人は、実は去年まで神楽坂のビストロ・イデアルでシェフをしていた黒岩さんなのです。ランチにも、丁寧に手をかけた繊細で素晴らしい味わいの、ビストロ料理と呼ぶにはあまりにも手間のかかった高級フレンチのたたずまいを持った料理の数々を提供してくれた、あの黒岩さんなのです。

イデアルを辞めたあと、どこのお店で働いているのかずっとわからずにいたのですが、最近やっと手がかりを得まして、その手がかりが「本物」かどうかをたしかめたいという気持ちもあって、オーヴィユパリにやってきました。

本物でしたよ。

オーヴィユパリはとてもカジュアルな感じのビストロで(オフィシャル・サイトには「フレンチ風居酒屋」と書かれてますし)、ホールのフランス人はジーンズだったりします。ビストロ・イデアルよりもはるかにカジュアルです。なので、料理も一皿のボリュームがちゃんとあるカジュアルなフレンチ。

だけど、そこはやっぱり黒岩シェフです。一皿の構成や盛り付けはカジュアルだけど、その構成要素のひとつひとつに「きちんと丁寧に手をかけました」というのが感じられます。きのこのテリーヌのやわらかくホッとする味付け、ホタテのソテーの絶妙な火の入れ具合など、これこれ!と思わずうれしくなってしまいます。

ビストロ・イデアルがなくなって以来、新たな「ランチの楽しみ」を求めて、会社近くのいくつかのビストロ系フレンチを食べ歩いています。どこもそれなりにおいしいのだけど、どこも味が濃く、どちらかといえば派手な味付けで、毎日食べたいとは思いにくいもの。でも、黒岩シェフの料理は、メインとなる魚などもそうですが、つけあわせの野菜も含めて、あっさりしたなかに味わいがある、食べるほどにじんわりと旨みが感じられてくる、毎日でも食べたい味付けなのです。

おいしいランチを求めて初めてビストロ・イデアルに入り、その料理を口にして「ここは他の店の料理と違う!」と感動した記憶がよみがえりました。この店、見つけられてよかった。

料理はもちろん美味しいのですが、気取らないお店の雰囲気も素敵です。ホールはけっこう広いのに、テーブルはあんまりなく、空間を贅沢に使っているのもいい感じ。これ、日本人オーナーだったらテーブル数を1.5倍くらいにするでしょう。

サービスもフレンドリーで、料理も最初からシェアすることを想定して取り皿を持ってきてくれるのも好ましい。お客さんも、普通に常連さんが「日常の食事」ぽくこのお店を使っている雰囲気があり、かといって常連だらけで一見客は入りにくいといった印象はなく、楽な気分で食事を楽しめます。ドリンク・メニューのワインの欄にシャンパーニュとハウスワインしか載っていないのも潔くてよい(笑)です。

お値段も良心的。テーブルチャージやサービスチャージはなく、パンは食べ放題。グラスのシャンパーニュ2杯、ハウスワインのカラフェ、前菜2品、メイン2品、チーズの盛り合わせ、デザート2品、コーヒー2杯でおなかいっぱいになり、1万円ちょっと。

ビストロ・イデアルとはぜんぜん雰囲気の違うお店ですが、とても気に入りました。新宿に来る用とかあまりなので、イデアルのときのように毎週通うといったわけにはいきませんが、できるだけ機会をつくって食べにいきたいと思わせる料理だし、雰囲気だし、料金でした。

ほんと、また行こう。そう遠くないうちに。

美味しかったよぉ~!

ビストロ・オーヴィユパリ (Bistro Au Vieux Paris)
http://www.au-vieux-paris.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/03

豚肉のアスパラ巻き

昨日は豚もも肉の薄切りが100グラム98円と特売だったので、豚肉でミニアスパラをくるくると巻いて焼くことにしました。

広げた豚もも薄切りにぱらぱらと塩胡椒。

洗って根本のところを少し切り落としたミニアスパラを豚肉でロール状に巻き巻き。

バターとオリーブオイルを敷いたフライパンを中火にかけ、豚肉ロールを転がしながら、全体をこんがりと焼く。

中心のアスパラまで火が通ったら、ウイスキー少量(上等なスコッチのバランタインを使ってしまいました)を全体にふりかけ、フランベ。

香りがよくて温かいうちにいただきます。

火が入りやすいようにと細いミニアスパラを使いましたが、アスパラの味をきちんと楽しむには普通の太いアスパラか、ミニアスパラを3~4本束にしていれたほうがよさそうです。

ちなみに、なんとなく「豚肉のアスパラ巻き」といってしまいましたが、これだと「豚肉をアスパラで巻いた」みたいな感じもしますね。正しくは「アスパラの豚肉巻き」、もしくは「豚肉でアスパラ巻き」「アスパラを豚肉巻き」「豚肉で巻いたアスパラ」「アスパラが豚肉に巻かれて」「豚肉に巻かれて焼かれたアスパラだけど、質問ある?」「はるばるフィリピンから日本に来たミニアスパラだけど特売100グラム98円の豚肉に巻かれて焼かれて食べてみたらほとんど肉の味しかしなかったという不幸な身の上だけど、なにか?」「そもそも1本1本が細いミニアスパラなんだから肉になんか巻かずにそのまま食べてくれよシンプルに塩胡椒かなにかで味付けしてさサラダでもいいけどよ」...

なんか、疲れてるな...

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/03/02

7割くらいの正解率でした

写真を見て、それが男性か女性かを当てるテスト。

Hemale Or Shemale Test
"Female or Shemale" can you tell?

おいらの結果は7割くらいの正解率。
男を「女性」と間違えるより、女を「男性」と間違えることのほうが多かったです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA / A NEW WORLD RECORD

自分はイタリアン・ポップスのファンで、プログレッシヴ・ロックのファンでもあるのですが、イタリアンだから好きとかプログレッシヴだからいいとかいうのではありません。単純に「ヨーロッパを感じさせる、クラシカルなテイストを持っていたりする、美しいメロディのポピュラー音楽が好き」なだけで、そういうのを探し求めていたら、イタリアンとプログレッシヴにそういったようそのものが多いようだということに気づいたわけです。要は「確率の問題」です。なので、イタリアンでなければ、プログレッシヴでなければ、といったこだわりは、実はあんまりありません。

Electric Light Orchestra(エレクトリック・ライト・オーケストラ。ELO)は、こうした自分の好みにぴったりあてはまるグループのひとつ。最高のメロディ・メイカーのひとりといえるJeff Lynne(ジェフ・リン)のつむぎだす、美しく、あたたかく、なめらかで、ポップなセンスにあふれた曲に、ストリングスが華やかさを加味する。導入されるオーケストラは、ときにクラシカルでときにドラマティックなのだけれど、壮大だったり深刻になったりすることはなく、やさしく、ロマンティックに、曲を彩る。イギリスのグループだからか、やさしくロマンティックなアレンジがされていても、アメリカのように、それが甘くなりすぎたり、いかにもとってつけたような大仰な感じになったり、といったふうにならないところも好ましいです。

この『A New World Record』は、自分にとって初めて聴いたELOのアルバムです。高校生のころ、レンタル・レコード店で借りたのだったな。M1「Tightrope」のイントロでオーケストラとコーラスが聴こえてきた時点でもう、すっかり気に入ってしまっていた自分がいました。このまま壮大なシンフォニーが始まるのかと思いきや、歌に入ると軽快なロックンロールという構成がおもしろく、しかも、シンフォニーとロックンロールという異質なパートが無理なくつながっていることに、単純に「すごい!」と思った記憶があります。シンフォニーとロックの組み合わせというのは、すでにいくつかありましたが、たとえば年代が古いとはいえDeep Purple(ディープ・パープル)の『Concerto For Group And Orchestra』なんかは明らかにロック・パートとオーケストラ・パートがちぐはぐでしたからね。

アルバムからはM2「Telephone Line」がシングル・ヒットしたのでしたっけ。ラジオで頻繁にかかっていた気がします。アルバムがリリースされた当時は自分はまだ小学生なのでリアルタイムではないのですが、ラジオのFEN(いまはAFNとかいうんでしたっけ?)やFMの洋楽番組などで「なつかしのヒット曲」といった感じでかかっていたのでしょう。

このM2やM4「Mission (A World Record)」といったバラード系の曲は、綺麗で素直なメロディに華麗なストリングス・セクションが有効に利いていて、時代を超えた普遍的なよさを感じます。M4はロマンティックでやわらかい曲ですが、感想のところで聴こえるエレクトリック・ピアノはちょっとジャジーで気持ちいいです。

またM5「So Fine」やM6「Livin' Thing」、M7「Above The Clouds」は軽快なポップスですが、最初から最後までポップというわけではなく、イントロが少しいなたかったりジャズっぽかったりするけれど曲が進むにつれてポップになっていくなどといった、ちょっとしたひねりが加えられているのが、やはりイギリスという感じ。こういうところも魅力です。

一方、M3「Rockaria」、M8「Do Ya」はM1にも共通するようなロックンロールで、軽快で、普通に演奏すればちょっといなたい感じになるだろうところに華やかなストリングスが入り、ELOならではの独特な世界をつくりあげます。ディストーションのかかったエレキ・ギターがいい音を出しているM8はTodd Rundgren's Utopia(トッド・ラングレンズ・ユートピア)の『Another Live』でも演奏されていますが、最後まで軽快なロックンロールだったUtopiaに対し、ELOは単純なロックンロールで終わらせるはずもなく、最後にはオーケストラが入りシンフォニックになります。

そして、このシンフォニックな余韻から引き続くかのごとく、アルバム最後のM9「Shangri-La」が始まります。この曲、個人的にこのアルバムのなかでいちばん気に入っています。おだやかで、やさしく、美しく、ちょっと寂しげなメロディ。歌詞カードには書いていない、アウトロにのって歌われる「Where is my Shangri-La」という言葉が切ない。そして、いったん曲が終わったあとに、アルバム全体に幕を引くかのようにフェイド・インしてくるストリングスのアルペジオと少しオペラ風のヴォーカル。これがアルバムのなかで初めて「シリアス」な感じを伴っていて、先の言葉にドラマティックな奥行きを与えます。

ELOのアルバムはけっこうたくさん持っているのだけど、初めて聴いた作品ということもあってか、自分はこのアルバムがいちばん好きかもしれません。ポップな要素と華麗なストリングスのバランスが非常によく、アルバムの構成としても起伏があり、しかもアルバムの流れにドラマを感じさせる。そして、全体で38分程度とコンパクトにまとめられているのも、かえって余韻を感じさせ、非常に好ましいです。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/01

MARLENE KUNTZ / HO UCCISO PARANOIA

アルバム・デビューは1994年でしたでしょうか。イタリアの若いロック・ファンのあいだではコンスタントな人気のあるグループ。以前から名前は知っていたのですが、音は聴いたことがなかったので、ためしに1枚購入してみました。

最近はハード・ロック/ヘヴィ・メタルのジャンルが非常に細かく細分化されているようで、なんだかいろいろな分類があるようですが、1990年代以降の英米のロック・シーンをぜんぜん追いかけてこなかった自分には、なにがなにやらです。おそらくMarlene Kuntz(マルレーネ・クンツ)のような音楽も、それを表現するような分類名称があるのでしょうが、自分は知りません。

音がでかくて重たいハード・ロック。ギターのクリーン・トーンを活かして妖しげな美しさを出すこともある。ときにニュー・ウェーヴ風だったり、ほんのり退廃的な印象もある。歌メロの美しさは追求していない様子。

イタリア本国で若者に人気のロック・グループといえばBluvertigo(ブルヴェルティゴ)やSubsonica(スブソニカ)なども有名ですが、これらのグループがかなりデジタリックな印象を持っているのに対し、Marlene Kuntzはギターとベースとドラムというオーソドックスな楽器しか使っていません。そういう意味では、Bluvertigoなどよりもストレートなロック・グループだといえるでしょう。それもあってか、自分にとってはSubsonicaよりもMarlene Kuntzのほうが聴きやすく感じます。

こんな説明しかできない私を許して...



| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »