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2005年9月11日 - 2005年9月17日

2005/09/16

自分のニュースが新聞に?

ここで自分の名前を入れると、自分がしでかした事件などが「ニュース」として新聞風にまとめられます。

くだらねぇ~。

ちなみに、おいらの新聞「日刊もあ」の見出しだけ紹介。

もあ、サーカスに体験入団
もあの色気徹底研究
交通安全キャンペーン

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BIJELO DUGME / USPAVANKA ZA RADMILU M.

Bijelo Dugme(ビジェロ・ドゥグメ)は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ出身のロック・グループ。おそらく、プログレッシヴ・ロックのファン以外はまったく知らないでしょう。でも、リーダーのGoran Bregovic(ゴラン・ブレゴヴィッチ)の名前は、ユーロ・ポップスのファンならご存じかもしれませんね。コンポーザーとして(シンガーとしても?)ヨーロッパでずいぶん人気があるようです。何年か前のサンレモ音楽祭のコンピレーションCDにも彼の曲が収録されていました。

日本ではおそらくプログレ・ファンにしか名前を知られていないであろうBijelo Dugmeですが、じゃぁプログレ・バンドかといえば、そうじゃないように思います。少なくとも、このアルバムを聴くかぎり。もっとシンプルでストレートなロックですね。非常にヘヴィで力強いのだけど、あまり重苦しさや暗さは感じない、パワフル・ハード・ロックがベースなんじゃないかと思います。

歌詞は、ボスニア語? 何語というのかわかりませんが、英語とかではなく、いわゆる「現地の言葉」なんでしょう。この、ふだんあまり聞きなれない言葉の独特の響きが、なかなか心地よいです。スウェーデン語やハンガリー語よりもロックのリズムや躍動感に乗りやすい言葉なような気がします。

ただ、もしヴォーカルがボスニア語?ではなく英語だったら、あまり「東欧のグループ」ということを意識させないかもしれません。リリースは1983年のようで、リリース年を考えると音づくりや曲想が古く、その点で英米の当時のロックとは違うという印象は受けそうですが、1970年代の先進的なイギリスのハード・ロック・グループだよといわれたら、それはそれで納得してしまうかも。

いくぶんブルージーなヘヴィ・ロックをベースに、おそらくこの時代の英米のロックの影響なのでしょうか、ときどきシンセサイザーのカラフルな音色が紛れ込んでいて、あの頃にはやったイギリスのポップ・ロック、ABCとかFlock of Seagulls(フロック・オブ・シーガルズ)とかSpandau Ballet(スパンダー・バレー)を思い出させます。

M8「Ne Placi」やラストのインスト曲「Uspavanka Za Radmilu M.」はバラードではありますが、これもプログレッシヴ・ロックのバラードではなく、HR/HMグループのバラードといった印象です。ヨーロッパの哀愁というよりも、イギリス風な哀愁、というか、個人的にはThe Animals(ジ・アニマルズ)の「朝日のあたる家」を思い出してしまいました。

詳しい人によると、Bijelo Dugmeには数々の名曲バラードがあり、そこではメロトロンなどが使われ、それゆえユーロ・プログレッシヴのファンに愛されているらしいです。また、これまでにけっこうな枚数のアルバムをリリースしていますが、どのアルバムにもたいてい1曲はそうした名曲バラードが収録されているのだけど、このアルバムにはそういった曲がなくて残念、といった評もあります。個人的な感想としては、たしかにプログレ・ファン的な心をくすぐる曲は見つけにくいアルバムでしたが、自分はもともとハード・ロックも嫌いではないし、これはこれでかっこいいなぁと思います。

あれ、そういえば自分、Bijelo Dugmeのバラードを集めたベスト盤って、持ってたはずだぞ。あとで聴いてみよう。

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2005/09/15

PIERO CIAMPI / PIERO CIAMPI (1971)

Piero Ciami(ピエロ・チァンピ)の1971年のアルバムです。彼のデビューがいつか知らないのですが、歌手名がそのままアルバム・タイトルとなっているところからすると、もしかしてこれがデビュー作なんでしょうか?

M1の「Sporca estate」はほとんどのパートがピアノだけの伴奏で、Pieroの渋いおっさん声のヴォーカルがロマンティックに響きます。

他の曲ではふんだんにオーケストラが配置され、曲によってはチェンバロも導入され、淡々としたおっさん声のヴォーカルとともにロマンティックな曲想が楽しめます。ドタバタとしたドラムなど、時代を感じさせる古さはありますが、それがいまとなってはノスタルジックな魅力にも感じられるといえそうです。いくぶん軽快な曲もあるのですが、全体にはスローからミディアム・テンポの曲が中心です。

Pieroの歌声は、けっして力強く歌い上げることも情熱的に盛り上がることもなく、非常に地味です。タイプとしてはGino Paoli(ジーノ・パオリ)とかUmberto Bindi(ウンベルト・ビンディ)などに似てるかな。そういえばM13の「Il vino」はGino Paoliも自分のアルバムで歌っていた気がするのだけど、Pieroも彼らと同じジェノヴァの出身なのかな。

ピアノやアコースティック・ギターとオーケストラ。古いイタリアン・ポップスとフォーク・ソングの持つやわらかで暖かい感じと、少しセンチメンタルなロマンティックを楽しめるアルバムです。派手さはないので若いポップス・ファンには物足りないかもしれませんね。

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2005/09/14

EAST / JATEKOK


ハンガリーのロック・グループ、East(イースト)のデビュー・アルバムでしたっけ。以前、日本盤も出ていたように思いますが、ずいぶんむかしに廃盤になって、その後あまりお店で見かけなくなってしまいました。前から聴きたいと思っていたのですが、ハンガリー盤を中古で安く見つけ、やっと聴くことができました。

セカンド・アルバムの『Huseg(Faith)』も日本盤が出ていて、これは学生時代にテープでよく聴いていたように思うのですが、もっとフュージョンぽい印象が残っています。でもこのデビュー・アルバムはけっこうロック的な要素が強く、個人的な好みからするとこちらのほうが好ましいな。

ハンガリーというとOmega(オメガ)という超ビッグ・ネームがいて、つい彼らとくらべてしまったりするんだけど、ド演歌ロックとも呼ばれるOmegaに対し、Eastはよりスタイリッシュな印象ですね。シンセサイザーの使い方や音づくりなどにOmegaや同じハンガリーのSolaris(ソラリス)などに似た匂いを感じる部分があったりしますが、Omegaほど歌の比重が高くなく、Solarisほど演奏の比重が高いわけでもない。その間あたりでバランスを取っているような感じを受けました。あと、ほんのりドイツのNovalis(ノヴァリス)に似たような香りもあるかな。

シンセサイザーによるコズミックでスペーシーな味付けと、ロックを感じさせる太い音のエレキギター。この組み合わせがなんとなく、音色的にはマッチしていないというか、いい意味での違和感を醸し出し、けっこうポップな曲調で印象が流れてしまうのを防いでいるように感じます。

そして、ハンガリー語によるヴォーカル。ハンガリー語って微妙にリズムに乗りにくい言語のような気がするのですが、それが独特の哀愁を加味します。Eastの音楽って意外と軽やかで明るいと思うのですが、そこにもっさりしたハンガリー語が乗ることで、東欧らしい陰影が生まれるのでしょう。これが英語のヴォーカルだったら、もっと軽いポンプ系の音に感じられそうに思います。

うん、なかなか気持ちのいいアルバムだな。自分けっこう、もっさりした哀愁の東欧プログレが好きなのですわ。

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2005/09/13

もうダルダル

帰国してからまだ2日なのに、すでにもう体がダルダルです。イタリアにいたあいだは、毎日ワインを昼も夜も飲んでても、あんなに体調がよかったのに。ちなみに日本で毎日飲み続けると、同じイタリアワインでも、確実に体が重くなっていきます。

イタリア滞在中は毎日、朝・昼・晩と3食キッチリ食べてました。おなかもすいたし、食事も美味しいし。

でも日本での日常生活が始まった昨日の時点ですでに、朝はまったくおなかがすかず、昼も「食事をとりたい!」という欲求も「おなかがすいた!」という感触もないままに「でも食べておかないと体に悪いだろうからなぁ」というある種の義務感orあきらめに近いかたちでしかたなくサンドイッチを食べただけ。夜も、とくにおなかがすいたというわけではなかったけれど、職場の同僚と出かけたお店でワインを少し飲んで料理を食べて。ま、これは美味しかったけど。いずれにしろ、基本は夕食のみ&サポートでとくに食べたい気持ちもないままに昼食、といった日本での日常的な食生活に帰国後1日にして戻ってしまいました。当然、今朝もまったくおなかはすかず。

今回訪れていたチンクエ・テッレは崖に面して小さな町が点在するという、やたらと急勾配や階段だらけの場所だったのです。そんなところを毎日歩いていたので、イタリア滞在3日目くらいから、ふだん運動不足の自分の足はすっかり萎え萎えで、歩くのが正直しんどいところはありました。急坂萎え~、階段萎え~、萎え萎え~、などとつぶやきながらすっかり「萎え系」になってはいたのです。でも、体調はよかった。心地よい疲れ、心地よい萎えだった。

しかしいまは、疲れてはいないのだけど、足ダル~、全身ダル~、の「ダル系」です。気力がでません。なんか、体調悪っ!って感じ。まだ帰国して2日なのに。

思うにこれは、やはり湿度のせいなのでしょうか。このじっとりとからみつく湿気に、どんどん体力が奪われていくように感じます。

そしてやはり、生活時間の異常さと睡眠時間の短さが影響しているのでしょうか。

旅行中は毎日、8~9時間は寝てます。20時くらいからゆっくり食事をし、シャワーを浴びて、23時か24時くらいには就寝。翌朝は8時くらいまで寝てます。そして、起きたときから心地よい空腹を感じていました。

しかし日本での日常生活では、19時や20時まで仕事をするなんてのは普通です。それから買い物をして帰宅し、夕食の用意をしとやっていると、すぐに21時、22時になってしまいます。ちなみに自分が住んでいるのは水の音が建物中に響き渡るボロアパートなため、夜間(23時以降)の入浴・シャワーは住人同士が自主規制しています(遅くとも24時までには終える。ほんとに音がうるさいのよ)。なので、買い物して帰宅したらまずシャワー、それから料理の準備となるので(先に食事をすると、シャワーを浴びる時間がなくなってしまいます)、我が家の通常の夕食開始時間は、だいたい22時~22時半くらいなのです。そこから食事をすると、食べ終わるのが早くても23時、少しゆっくり食事を楽しむとすぐに24時or24時OVERです。翌日の仕事を考えると、食べてすぐに寝なくてはいけません。そして、朝は7時前には起床。睡眠は毎日6~7時間。食べてすぐ寝るので食物がきちんと消化されるはずもなく、当然朝からおなかがいっぱいというか、胃が重いような状況。朝食なんて食べる気も起きません。なんか口に入れたら吐きそうです。

こんな生活、おかしいよ。

毎日、ゆっくりと食事を楽しみたい。たっぷり睡眠をとりたい。それでこそ、体も心も快調ってものです。そういう生活を楽しむためのお金を得るために、仕事をしたい。なのに、仕事時間に1日の大半を持っていかれ、夜遅くまで食事もできず、遅いためにゆっくり食事も楽しめず、睡眠時間も削られ、体はダルダル。なんのための生活だろう。なんのための仕事だろう。イタリアから戻ってくるたびに、いつもそう思ってしまいます。

あぁ、眠い。

日々働いて、いったいなにになるのだろう。

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2005/09/12

帰ってきました


昨日の夜、無事にイタリアの東リヴィエラから帰ってきました。後半、ちょっと天気が悪かったのですが、しかし目の前に広がる景色は素晴らしく、魚介と地元のワインもとても美味しく、素敵なヴァカンツァでしたわん。なにもせず、ただ1日中ビーチでぼーっとする幸せ。

家に帰ってメールをチェックしたら、未読メールが1500通。90%以上はSpam。これでもダウンロード前にSpamMailKillerでSpamの半分くらいはサーバ上で削除されているはずなのだけど... 一気にヴァカンツァ気分が消し飛びました(涙)。

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