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2005年8月21日 - 2005年8月27日

2005/08/26

いぢわる

こういういぢわるはやめようよぉ~。
やりたくなる気持ちはわかるんだけどねぇ~(似たようなことをやったことがある)。
モモさん、めっちゃかわいいですぅぅぅぅ。

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AMEDEO MINGHI / I RICORDI DEL CUORE

うちには2000枚を少し越すくらいのCDがあるのだけど、複数枚のCDを持っているアーティストって、あまりありません。ま、アルバム1~2枚で消えてしまうアーティストが圧倒的に多いからということもありますが。そういったアーティストでなく、ある程度の活動期間にある程度の枚数を出した人でも、コンプリートに近いカタログをそろえているアーティストになると、Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)やPaolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)、Vincenzo Spampinato(ヴィンチェンツォ・スパンピナート)、New Trolls(ニュー・トロルス)、Anonimo Italiano(アノニモ・イタリアーノ)など、ごくわずかです。

そんななかでAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)は、CD化されている作品のほとんどを持っている、数少ないアーティストのひとりです。

なんだろうなぁ。なにかが「すごくいい!」というわけではないのだけど、ついつい買ってしまうんだよなぁ。曲調とかメロディとか、ずっとおんなじで、どのアルバム聴いてもこれといって代わり映えしないのだけど。とくにドラマティックだったりすっごくメロディアスだったりということもないのだけど。歌がめちゃくちゃうまいとか演奏・アレンジがすごく凝っているといったこともないのだけど。だけど、なぜか買ってしまう。

そうやってつい集めてしまったAmedeoの作品のなかでも、個人的に最高作と思っているのが『I ricordi del cuore』です。

初期のころのAmedeoは、アコースティック楽器や生のオーケストラなども導入した、あたたかみと優しさをたくさんまとったポップスを聴かせてくれていたのですが、その後は演奏がシンセサイザーやキーボード中心となり、やたらと壮大なキーボード・オーケストレーションをバックにシリアスな感じもまとうようになっていきます。その壮大シリアス路線の頂点に立つのが、このアルバムだと思うのです。

もちろん、Amedeoの優しい声は変わらないし、メロディの単調さもたいして変わらないし、あたたかみを残した曲もあるし、いくらか軽やかな曲もあるのだけど、ぶわぁ~っと鳴り響く壮大なキーボードをもっとも堪能できるアルバムではないかと。

このアルバム後は、演奏自体はさらにコンピュータ・プログラミング・キーボード集中化が進み、シンプル(単調ともいう)になり、そこに初期のような甘さやあたたかさが追加され、もやぁ~んとした甘いポップスがメインになっていきます。メロディの単調さはそのままに。それはそれで悪くないのだけど、もともとメロディが地味で単調な人なので、演奏面でのメリハリや強い引きといったものが薄れると、曲としてはあまりおもしろくなくなっちゃうわけで。歌声は変わらず魅力的なんだけどね。

というわけで、自分としてはやはり、デビューからだんだんと道を探してきたなかでついに頂点を極めたと思われるこの作品までが好きなのです。そこから先は、この作品にたどり着くまでに見つけてきたことややってきたことを、少しずつ再構築・再生産しているだけのような気がして。

Amedeoの作品のなかでも重く沈んだ感じが強い、どちらかというと異色な肌触りの作品かもしれませんが、ここにはイタリアの、ヨーロッパの、ドラマとロマンを感じるのだなぁ。うん、いいアルバムだと思います。

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2005/08/25

これは、ひどい

不特定多数が見るネット上に、政治等に関する個人的な考えなどを書く気はないし、主張・表明するほど立派な考えも持っていないのだけど、それでもこのマンガは、政治家が、政党が、そのオフィシャルサイトに掲載するものとしては、どうなんだろうか。亀井静香という人は以前からその顔つきやしゃべり方などが生理的にどうしても受け付けないと感じていたのだけど、こういうのを見ると、「受け付けない」と感じた自分の感覚に自信が持てる気がする。

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サービスなお話が見たい・読みたい


最近、ひさしぶりにコミック『ソムリエ』を読み返しています。これ、やっぱいいお話ですよね。
連載時は「ワインの知識・薀蓄がつくマンガ」として、ワイン・ラヴァーやワイン販売店などのあいだで話題になったそうですが、たしかにワインについてのバックストーリーやらその他もろもろが楽しく読めるというおもしろさはあるのですが、自分はそれよりも、レストランでのホール・サービスに真剣に向き合い、取り組み、行動をしていく「ソムリエ」というサービス・スタッフの物語として、このお話が大好きなのです。主人公のソムリエは、ワインの薀蓄などもすべて「よりよいサービス、お客さんに望まれ喜ばれるサービスを提供するため」の道具として扱っているのがいいです。

ワイン・マンガといえばその後、『新・ソムリエ 瞬のワイン』という『ソムリエ』の続編ができたり、最近では『神の雫』が話題だったりします。『新・ソムリエ』は連載時に少ししか読んだことがないのだけど、まぁ、おもしろいといえばおもしろい。『神の雫』は単行本が2巻まで出ていて、2巻とも持っているけれど、これもおもしろいといえばおもしろい。ただ、これらのマンガのおもしろさは、「ワイン・マンガ」としてのおもしろさなんですよね。ワインを造る人とそれを味わう人のドラマが主になっていて、サーブする人とサーブされる人の間のドラマは出てこない。「サービスのマンガ」ではないんです。

自分は、サービス業、とくに飲食店のホール・サービスが好きです。以前レストランで働いていたし(つらくて逃げ出しちゃったんだけどね。:-P)、レストランを辞めたいまも、お客さんとして客席に座って、ホール・スタッフの動きとかを見ているのが好き。一生懸命「サービスの仕事」に取り組む人が好きです。『ソムリエ』を読んでいると、サービスの仕事の楽しさ・素晴らしさを思い出し、あらためて感じます。

こういった「サービスの仕事自体のドラマ」って、実はあまり多くないように思う。『王様のレストラン』だって、舞台はレストランで主人公?はギャルソンだけど、サービスそのものがテーマではないですよね。仙石さんのテーブル・サービスをもっともっとたくさん見たかったのに。

その点、数年前のテレビドラマ『高原へいらっしゃい』(リメイク版)は、ドラマの主題はホテルの再建だったけれど、そこで働くスタッフたちが真剣にお客と仕事に向き合う姿がきちんと描かれていて、「サービスのドラマ」としてなかなか心にしみました。出演者の可愛らしさばかりが話題になった?『マイ リトル シェフ』も、主人公はホール・スタッフではなくシェフだったけれど、ひとりひとりのお客に一生懸命に「より喜ばれるものを」とメニューを組み立てていく姿が「うん、このほうがステキ☆☆☆」。また、ホテル業界関係者のあいだで話題になった『東京ワンダーホテル』も、全体を通してのドラマは若者たちの挑戦がテーマみたいでしたが、白州さんが1日コンシェルジュ?になる回は素晴らしかった。熟練したサービス・パーソンならではの観察力と推理力と気配り。ああいうのを見ると、もうめろめろです。

こういった、サービスという仕事や現場を通じてサービス・スタッフとお客さんとのあいだに生まれるドラマを楽しめる映画・マンガ・小説って、ほかにはどんなものがあるのでしょうか。自分はいま、サービスなお話がとっても見たい・読みたい状態なんです。

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2005/08/24

東京より福岡のほうが、ちょっと偉い?


膝(ひざ)の話です。
ひざには別名?がありますよね。子供とかに向かって使う。

東京生まれで東京育ちの自分が知っているひざの別名は、「ひざ小僧」です。

「いってぇ~、転んで、ひざ小僧すりむいちゃったよぉ~」

などのように使います。
しかし、福岡生まれで高校生時代まで福岡に住んでいた妻は、「ひざ小僧」とはいわないのです。

「あいたたっ! ひざぼんさん、ぶっつけたっ」

ひざぼんさん?

日本をおおまかに東と西に分けると、東京は東文化圏ですが、福岡は西文化圏です。実際、東京で生まれ育った自分から見ると、福岡の生活文化や言葉遣い等にいわゆる関西文化圏との類似を多数感じることがあります。

関西文化圏で「ぼんさん」といえば、それはおそらく「ぼんさんが、へをこいた」遊びに出てくる「ぼんさん」でしょう。ちなみにこの遊びは、東京では「だるまさんが、ころんだ」といっていました。関西に行くと、禅宗の偉いお坊様である達磨(だるま)大師もただの「坊さん(ぼんさん)」になってしまうところが素敵です。

ここから推察できるのは、文化圏的に関西との類似がいくつか見出せる福岡でいう「ぼんさん」も、やはりお坊さんのことではないか、ということ。つまり「ひざぼんさん」とは、「ひざ坊さん」が訛ったのであろう、正しく敬意を込めて呼ぶのであれば「ひざお坊様」であるべきだが、あえて親しみを込めて「ひざぼんさん」と呼んでいるのであろう。

というところまで考えるにいたって、気づきました。

おいらのひざにあるのは「ひざ小僧」。
妻のひざにあるのは「ひざぼんさん」。

どう考えても「小僧」より「坊さん」のほうが、格が上です。偉いです。
ということは、おいらのひざよりも妻のひざのほうが、格が上で、偉かったのです。
さらに地域的に考えて、東京のひざよりも福岡のひざのほうが格上で偉かったのです。

なんとなく、悔しい。
いつどこでつけたのか本人が気づいていない青あざが頻繁にある妻のひざより、傷ひとつないおいらの美しい?ひざのほうが格下だなんて...

世の中には、知らないほうがいいこと、気づかないほうがいいこともあるのだと、改めて知った今日この頃なのでした。

追伸:「だるまさんが、ころんだ」遊びは、福岡では「いんどじんの、くろんぼ」という、いまではぜったいテレビで放送できないであろう掛け声で遊んでいたそうです。「だるまさん」から「ぼんさん」への変遷は想像がつきますが、そこからどうして「インド人」になってしまったのか、謎です。答えはきっと、関門海峡の海の底深くにあるのかもしれません。

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2005/08/23

カピバラさん

最近一部で人気らしいカピバラさん。う、なんか、かわいぃ~。スナップ写真がぁ!

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ペーパーバックに挑戦

ペーパーバックに挑戦シリーズ?も、もう第5弾に入ります。

思い起こすと、最初に挑戦した『Life is Beautiful (La vita e' bella)』はいかにも「イタリア語から英語に翻訳しました」風な文章の流れの美しくなさと見たことも聴いたこともない単語の続出に狼狽、第2弾の『Seven』では「Fu*k」だの「H*ll」だのといったスラングの続出でコアとなる文の意味を読み取るのに疲労、第3弾『Of Mice and Men』ではアメリカ南部の農民ことばがそのまま文字になっていて辞書に載っていない単語が続出し音の感じから標準的な単語を推測しなくてはいけないことに困惑、そして前回の『The Sixth Sence』は文章自体はやさしいのにいまだ圧倒的に単語力(ヴォキャブラリー)が不足しているために文章の意味を把握できないという現実を突きつけられて意気消沈... といった感じですが、それでも「翻訳でない、オリジナルのことば」で書かれている(『Life is Beautiful』は違いますが)からこその「空気や雰囲気」が感じられ、文章の意味はわからないけれど心に届くものがあるように思われて、なかなか楽しかったのです。たいへんだったけど。とくに『Of Mice and Men』は、日本語翻訳版よりも、より深く情感が味わえたように思います。

そして、第5弾。今回は『Jonathan Livingston Seagull a story』です。ずいぶんむかしに日本でもベストセラーとなった『かもめのジョナサン』のオリジナルですね。

これまでのペーパーバックに挑戦は、すべて「日本語翻訳版を先に読んだことがあり、お話の内容を知っているもの」だったので、多少英文が読み取れなくても「ここはたしか、日本語版ではこんなふうなことが書いてあったはず」とストーリーを把握しながら読むことができました。しかし『かもめのジョナサン』は、自分は読んだことがありません。初めての「お話の内容を知らないまま読み進めるペーパーバック」になります。最後まで読みきれるか、心配です。薄い本なのでだいじょうぶだとは思うけど。

今朝の電車の中で読み始めましたが、出だしはまるで詩のようですね。倒置法が使われたりして、おそらく、声に出して読むと美しい音の流れになるんだろうなと思います。まだ2ページしか読んでいませんが、すでに知らない単語が10個くらい出てきました。いちいち辞書で調べていると先に進まないので、適当に「きっとこんな意味の単語だろう」と推測できそうなところは推測で読んでます。さぁ、最後まで読めるのか。ストーリーを把握できるのか。どのくらいの期間で読めるのか。

無事に『Jonathan Livingston Seagull a story』を読み終えられたら、次はミヒャエル・エンデの『Momo』あたりに挑戦してみたいと思います。お話の内容は知らないけれど、家にあったので。

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2005/08/22

あのあとたっぷり怒られたんだろうな

トルコでの初開催となったF1グランプリは、マクラーレンのキミ・ライコネンが初代ウィナーとなり終了しました。キミ&マクラーレンの速さはすごいですね。ぶっちぎりの独走で、ほとんどテレビに映らない(笑)。

ファイナルラップまではファン・パブロ・モントーヤとのマクラーレン1-2できてたのに、最後にフェルナンド・アロンソに抜かれてしまったのは残念。あそこで周回遅れのモンテイロがファン・パブロに追突しなければ、フェルナンドとの差を充分に持っていたファン・パブロも余裕で2位チェッカーだったろうに。あの追突で差が縮まったのと、インタビューによれば追突時にクルマの一部が壊れたらしく、最後までフェルナンドを抑えきれずに3位転落というのは、フェルナンドのルノーとトップ争いをしているマクラーレン・チームとして痛かったし、フェルナンドとチャンピオン争いをしているキミにも残念なことだったな。

しかし、トップ争いをしているチームの、2位争いをしているクルマに、周回遅れのジョーダンのクルマがうしろからぶつかって、しかもそれが原因(とばかりは言い切れないけれど、かなり大きな要因)で2位と3位の順位が入れ替わってしまうというのは、前代未聞ですね。それでもまだファン・パブロが最後まで走りきれてかろうじて3位表彰台にのぼったからいくらかはよかったものの、あそこでファン・パブロがリタイアなんてことになってたら、モンテイロはきっとコロンビアの地下組織によって海の底に沈められてたことでしょう(んなこたぁない)。少なくともファン・パブロに2~3発殴られててもおかしくない。チーム・オーナーのエディ・ジョーダンさんも青くなったことでしょう。きっとマクラーレン・チームにモンテイロと一緒に謝りにいっただろうな。そんでモンテイロは、マクラーレン監督のロン・デニスとファン・パブロにめたくそに怒られて、チームに帰ってからもエディさんにぼろぼろに怒られて、きっと泣きながら家路に着いたことでしょう(ありえない)。

そんなことも含めて、なかなか楽しいトルコ・グランプリでしたわ。

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2005/08/21

イタリアン・ポップス・ファンの夜はふけて


昨日(8月20日)は、東京近郊在住イタリアン・ポップス・ファンの月に1度のお楽しみ、Yoshioさん主催の「イタリアン・ポップス・ファンのFesta」でした。先月のFestaは7月23日(土)に行なわれたのですが、会場に向かう途中で大きな地震があり電車が止まってしまい、けっきょく自分はたどり着くことができなかったので、2か月ぶりのFestaです。

今回は夏休み期間中ということもあってか、これまでよりもちょっと参加者が少なめで(それでも19人いたらしい)、いくぶんこじんまり感はありましたが、CD/DVDによる音楽鑑賞パートは充実していて、イタリアン・ポップスを楽しむ会としてはなかなかいいバランスだったのではないかと思っています。

会場ではGigi Finizio(ジジ・フィニーツィオ)、Marco Masini(マルコ・マジーニ)、Gianluca Grignani(ジァンルーカ・グリニャーニ)、Cesare Cremonini(チェーザレ・クレモニーニ)のニュー・アルバムからそれぞれ数曲ずつ紹介され、最近新譜をほとんど買わなくなってしまった自分にはありがたいです。

Marcoは相変わらず暑苦しく、Gianlucaは初期の荒い感じがすっかりなくなったやさしい音になっていて、少し前から彼らに対して感じていた「個人的には、もういいかな」感をあらためて確認しました。

一方、古いアルバムしか持っていないGigi Finizioはいっそう都会的ナポリ・ポップスな様相を強めており、Gigi D'Alessio(ジジ・ダレッシオ)ぽくなってきたなぁという印象です。彼は声がいいし、こじゃれたアレンジやメロディをスマートにかつナポリらしさを失わずに歌えるようで、Gianni Fiorellino(ジァンニ・フィオレッリーノ)よりもいろんな部分で上な印象を受けましたさ。

Cesare Cremoniniは、ソロ・デビュー作はひとりLunapop(ルナポップ)な印象がけっこう残っていましたが、今回紹介してもらった2曲のうちの1曲では違った印象を出してきていて、だけど彼の特色でもあるノスタルジックな雰囲気はきちんと残っていて、なかなかいい感じです。これは自分もあとで買おうと思いました。1年くらいすればきっと、イタリアでの売価が下がるでしょうから(それまで待つのかよ!)。

自分はAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)特集担当ということで、Matia Bazar(マティア・バザール)時代から2曲、ソロになってから4曲(うち2曲は今年リリースの最新アルバムから)を紹介しました。Matia Bazarがデビューしたのが30年前、日本でアルバムがリリースされけっこう人気があったのが20年ほど前、AntonellaがMatia Bazarをやめたのが15年ほど前。自分くらいの世代のイタリアン・ポップス・ファンにとってはMatia Bazar = Antonellaな印象がとても強いのですが、最近のファンの方はそうでもないんだろうなぁ、というか、AntonellaがMatia Bazarにいたことを知らない、もしかしたらMatia Bazar自体もAntonellaのことも知らない、なんて状況だったら困ったなと思いつつの紹介でしたが、Matia Bazarをよく知っている古くからのファンの方はもちろん、Matia BazarにもAntonellaにもあまりなじみのない方にもAntonellaの素晴らしいヴォーカルを堪能していただき、会場にいた多くの方に喜んでもらえたようでよかったです。

ちなみにCD紹介のコーナーは、POP! ITALIANOのKazumaさんPoohlover.netのSiriusさん、それに自分の3人で担当したのですが、アーティストや音楽の背景などを客観的に紹介するKazumaさんSiriusさんに対し、自分はどうしても主観的な評価・紹介になってしまいます。それぞれのサイトでのアルバム紹介のしかたを見ても、そういった傾向は明らかですが(笑)。せっかくAntonellaを紹介する機会をYoshioさんがくださったのに、「いい声でしょ~」とか「素晴らしい!」みたいな伝え方しかできなくてごめんなさいね、会場にいらっしゃったみなさん。

CDコーナーの前にはYoshioさんによる「聴きくらべ」のコーナーもありました。

少し前にメーリングリストで話題になった「Poster」の聴きくらべでは、オリジナルのClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)ヴァージョンを初めて聴くという方もいたようで、彼の美声が会場中に響き渡るのはファンとして気持ちいいものでした。しかし、その後にかけられたNew Trolls(ニュー・トロルス)によるカバーも、冒頭からNew Trollsらしい完璧なコーラス・ワークが飛び出し、初めてこのカヴァーを聴いた方には衝撃的だったようです。その後も大胆にコーラスを導入するだけでなく、転調も繰り返すなど、オリジナルとは違ったNew Trollsならではの魅力満載のカヴァーになっており、Claudioのヴァージョンとくらべても遜色のない、非常にクオリティの高いアレンジを楽しめました。

会場でみんなで歌うことの多い「Anima mia」の聴きくらべでは、オリジナルであるI cugini di campagna(イ・クジーニ・ディ・カンパーニァ)のほか、Claudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)とMr.Max(ミスター・マックス)とかいうグループによる2つのカヴァー・ヴァージョンが紹介されました。Claudioファンである自分にとっては圧倒的にClaudioヴァージョンが素晴らしい! オリジナルよりも数段いい!! と感じてしまうのはしかたのないところですが、Mr.Maxとかいう変なヒップ・ホップ系グループのラップと言葉遊び(オリジナルの歌詞のパロディになってるらしいのですが、イタリア語がまったくわからない自分はぜんぜん内容を理解できません)が入り混じった「Anima mia」もなかなかおもしろく、これもオリジナルよりいいかも、Cuginiの立場はどこに? な状態でした。

また、1998年に来日コンサートをおこなったMichele Zarrilloの「Una rosa blu」を、あんき~おさんが「いい! いい!!」と騒いだからかにわかに人気アーティストになってきた若手のDennis(デンニス)がカヴァーしているというので、その聞きくらべもありました。Dennisは、意外と(失礼な)いいです。少ししわがれた声の感じがMicheleにちょっと似てることもあり、違和感はまったくありません。んが、フレーズのはしばしに独特のこぶしを回すようなクセがあり、Micheleのオリジナルになじんだ耳には少し不思議に感じました。でも、なかなかいいかも、Dennis。機会があったらアルバムを手に入れよう。たしかファースト・アルバムはすでに10ユーロくらいに値下がりしてた気がするしな。

ほかにも、DVD鑑賞のコーナーではCDコーナーと関連してGigi FinizioやMatia Bazar、それに紙ジャケット再発でここのところ日本国内のファン歓喜のPoohなどが紹介されました。

恒例となっている「みんなで歌おう」のコーナーは、Gino Paoli(ジーノ・パオーリ)の「Il cielo in una stanza」、Adriano Celentano(アドリアーノ・チェレンターノ)の「Azzurro」、Umberto Tozziの「Ti amo」、そして聴きくらべもした「Anima mia」の歌詞がYoshioさんから配られ、まずはCDで歌詞を見ながら曲を聴いてメロディなどを覚え、そのあとにYoshioさんのギター伴奏でみんなで歌うという、これまでとは違うスタイルで始まりました。これまで、その歌を知っている人は歌えるけど知らない人は歌えない、演奏される曲のなかに自分が知っている曲がぜんぜんなくて歌えない、といった点でさびしい思いをしていた参加者の方もいらっしゃったと思うのですが、このやり方だと少なくとも何曲かはみんなと一緒に歌えますね。うん、これはなかなかいいアイデアだと思います>Yoshioさん

そのあとは、半分Yoshioリサイタルみたい(笑)になりながらも知っている曲があれば勝手に歌に参加するというかたちで「歌おう!」のコーナーが続けられ、自分も何曲かで声を出してきました。

もちろん、音楽を聴く・楽しむ以外の、参加者同士の歓談・交流もいつもどおり。たまたま会場となっているマンション最上階の部屋からどこかで行なわた花火大会の花火も見られました。

また、このFestaはポッドパーティ(食べ物や飲み物を参加者がそれぞれ持ち寄る形式のパーティ。そのかわり、参加費は無料なんです)なので、毎回、なにが食べられてなにが飲めるか、個人的に楽しみにしているのですが、昨日も野菜を肉で巻いて焼いたものあり、定番の唐揚げやコロッケあり、美味しいパンやおこわあり、巻き寿司やいなりずしもあり、おなかもいっぱいです。飲み物も、最近mixiの「ワイン 大好き!」コミュニティで話題になったフランスのSo2無添加ワインあり、サルデーニャ産の味わい豊かな赤ワインあり、すっきりさわやかなスプマンテ(スパークリング・ワイン)あり、きりっとした白ワインあり、食後に楽しい甘口のドイツワインありと、バラエティ豊かな品揃え(というのか?)。これでもう少しワインのおつまみ系のものがあれば個人的にいうことなしです(笑)。

東京は相変わらず毎日蒸し暑く、暑さと湿度に弱い自分としては「もう勘弁してください」状態が続いているのですが、パーティのあいだは蒸し暑い不快さをしばし忘れられる、素敵なイヴニングでしたわ。Yukoさん、Pizzanoさん、あんき~おさんら素敵な女性陣にもまたお会いできましたし、初めてお会いする丸岩さんとはMatia Bazarで妙に盛り上がったし。自分は人見知りするので(誰も信じてないな!)あまりお話をしなかった方もたくさんいらっしゃいますけれど、毎回のパーティで少しずつみなさんとお話もしていこうと思っていますので、次回以降もよろしくお願いしますね。自分、人の名前と顔を一致させて覚えるのが苦手なもので、次にお会いしたときに「お名前、なんでしたっけ?」とか聞いちゃうこともあるかもしれませんが、どうか許してくださいね。

次回のイタリアン・ポップス・ファンのFestaは9月17日だそうです。いずれ主催者のYoshioさんからの告知がYoshioさんのBlogうちの掲示板などに掲載されると思います。東京近辺にお住まいのイタリアン・ポップス・ファンの方、また次回会場でお会いしましょう。これまで参加されたことのない方、よかったらぜひ遊びにきてくださいね。

Yoshioさん、毎月ありがとう。まだ告知はないけれど、来月のFestaも参加予定です。よろしくですぅ。

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