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2005年6月26日 - 2005年7月2日

2005/07/01

FRANCESCO DE GREGORI


地味だ...

1970年代にデビューし、いまでもイタリア国内ではコアな人気があるFrancesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)。しかし日本ではほとんど人気がありませんねぇ。それはきっと、その地味ぃ~な音楽性に理由があるのでしょう。おそらく、基本的には「歌詞を楽しむ」タイプのカンタウトーレなんでしょうね。自分のようにイタリア語がわからない人には、聴いて楽しむのはけっこうきついかもしれません。でも自分、そんなに苦手じゃないんだよな、Francescoの歌。

このアルバムは彼のデビュー作で、やっぱり思いっきり地味です。ほとんどアコースティック・ギターによる弾き語り状態の淡々としたフォーク風の曲が続きます。ときどき申し訳程度にピアノが入ったりしますが、ぼんやり聴いてるとギター以外の楽器がなっていることに気がつかないくらいの導入率です。それでもってヴォーカルも、とても地味に淡々と歌ってます。シンプルであまり動きのないメロディや構成に、素直に言葉を乗せている感じ。

歌も演奏も、とっても地味なんですが、でもね、なんだか引かれるところがあるのですよ。全体にゆるやかに漂うロマンティックでファンタジックな感じとか、わかりやすい力強さはないのだけど奥深い強さと包容力を感じさせる声とかが、淡々とした曲調の中でじんわりと伝わってくるのですわ。

それと、アルバム1曲目では混声(だと思う)のコーラスがそっと入ってて、すご~く地味ぃ~なSchola Cantorum(スコラ・カントルム)のようでもあり、これがけっこう自分の好みだったりするのです。アルバム冒頭でつかまれてしまったので、その後も聴き続けちゃったようなところはあるかもしれません。

最近のイタリアン・ポップスが好きという方には、なかなかすすめにくいし(地味だからね)、いわゆる「イタリアっぽさ」というのがあるのかといわれるとどうかなぁとも思うのだけど(カンタウトーレらしい、とは思う。ということはフォークっぽいということ)、ときにはこういうアルバムを落ち着いたおだやかな心持ちで聴くのもいいかなぁという感じです。

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2005/06/30

PIRAMIS

アルバム1曲目冒頭の素っ頓狂な声のヴォーカルで、一気につかまれてしまいました(笑)。

ハンガリーのプログレッシヴ・ロック・グループ、Piramis(ピラミス)のファースト・アルバムです。もちろん、ハンガリー語で歌ってます。ハンガリー語のヴォーカルって、なんか好きなんですよねぇ。歌詞の意味なんかぜんぜんわかりませんが、その音の響きがどことなくもっさりしてて、これが哀愁をそそります。

音楽のタイプとしては、ハード・ロック・ベースのプログレッシヴ・ロックといったところでしょうか。様式美系も入ってますね。ハード・ロック・ベースのプログレッシヴって、けっこう好きなんですよ。Uriah Heep(ユーライア・ヒープ)の発展系みたいなやつ。最近のグループはどちらかというとヘヴィ・メタル・ベースになってるようですが、ヘヴィ・メタル・ベースって重過ぎるというか音が詰め込みすぎというか、なんか暑苦しい。どことなく隙間感のあるハード・ロック・ベースのもののほうが、音のなかで自由にたゆたえるような気がして、好ましいです。

ハンガリーのプログレというとOmega(オメガ)というビッグ・ネームがいるわけですが、PiramisのほうがOmegaよりもハード・ロック色が強いですね。とはいえOmegaも初期のころはかなりUriah Heep系だったわけで、最初期のOmegaのほうがPiramisよりも重さと激しさがあったように思います。また、独特の哀愁はやはりOmegaに通じるところもありますが、ド演歌ロックと呼ばれたOmegaほど強くはありません。そういう意味でいえば、ほどよくハードでほどよく哀愁のある、バランスの取れたグループなのかもしれません。

バランスが取れている分、強い個性のようなものは感じにくいのだけど、ハンガリー語で歌っているというだけで、ふだんハンガリー語に触れる機会など皆無に等しい自分にとっては充分に強い個性だったりします(笑)。また、曲によってはユーモラスなフレーズがあったり、妙にエキゾティックな雰囲気を漂わせたり、普通にハード・ロック風だったりと、意外とバリエーションも楽しめますし、ヘタではないけどうまくもない演奏とアレンジもほどよくプログレ風で、飽きずに聴いていられます。

ハンガリーということで、個人的にはどうしてもOmegaを基準に考えてしまいますが、Omegaほど好みにマッチはしないもの、Locomotiv GT(ロコモーティヴ・ジーティ)よりは好ましい、Color(カラー)ほどは楽しめないけど、Koral(コーラル)と同じくらいには楽しんで聴けるグループといったところかな。うん、悪くないです。

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2005/06/29

ROBERTO VECCHIONI / IPERTENSIONE

演奏途中で勝手にぶちぶち電源が切れてしまうポータブルCDプレイヤーをあきらめて、やっと新しいものに買い換えました。これでもうあんきーおさんにいぢわる発言をされなくてすむってもんです。

Roberto Vecchioni(ロベルト・ヴェッキオーニ)はたくさんのアルバムをリリースしている超ヴェテラン・カンタウトーレなのですが、その割にはあまり日本では知られていないような、イタリアン・ミュージックのファンにも聴かれていないような、そんな気がします。そういう自分も、実は数枚しかアルバムを持っていない、しかもたまたま中古で安く見つけたから買った、といった状況なのですが。

アルバムによって多少、肌触りが違うことがあるような印象ですが、基本的にはいわゆるフォーク系の人だと思います。言葉数の多い歌詞で少し字余り気味にフォークを歌うといったタイプですね。歌メロも、どちらかというと淡々としているというか、ドラマティックな盛り上がりのようなものに欠けます。おそらく、歌詞の内容重視タイプの音楽なのでしょう。そのあたりが、イタリア語がわからない人のほうが多い日本では、なかなか人気が出ない理由なのかもしれません。

もちろん自分もイタリア語はわからないので、なにが歌われているのかもわかりません。でも自分、意外とこのアルバム、好きかもしれない。

アコースティック・ギターが演奏の中心ではあるけれど、キーボードによるオーケストレーションもほどよく入っているし、ところどころにSEの導入もある。なんか普通にイタリア人ふたりが会話している場面も曲の途中で出てきたりする。こういったアレンジが曲に変化とアクセントをつけてて、淡々とした歌メロやヴォーカルに味わいを加えているんですよ。かなり地味ではあるけれど、プログレッシヴ・ロックに通じるところもあるのかもしれない。

それにね、パッショネイトではないけれど、なんだかとてもロマンティックな印象が全体を包み込んでる。Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)なんかもそうなんだけど、歌詞優先で淡々と歌うカンタウトーレの作品のなかには、感情を抑えたロマンティシズムを感じるものが少なくないですね。そういうロマンティシズムが感じられると、自分はけっこう気に入ってしまうのです。

雨模様の朝の通勤時に聴いていたのだけど、天気の鬱陶しさをしばし忘れて、音の生み出す世界をぼんやりと散歩できました。うん、なかなかいいぞ。

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2005/06/28

うぅ、ぜんぶ捨ててもいいですか

自分はこの世にいきとしいけるもののなかで、虫がいちばん嫌いなんです。そもそも「足が4本」以外の生き物は総じてあんまり好きじゃないんです。足が8本だとか足が無数にあるとか足がないとか。

そんななかでも6本足のあいつらは、見かけるだけでも気持ちが悪い。しかも、足がない状態から6本足へと変異するという、嫌いな造形パターンを2種類も体現するうえに、やたらと身近にいるってのがたまらなくいや。昆虫類はこの世から殲滅したい。いや、そこまでしなくてもいいけど、お願いだから、ふだんの生活で目に見えたり音が聞こえたりする範囲に出没しないでくれっ!

いやっ! 本当に虫はいやっっ!!

すみません。興奮してしまいました。

さて、何度か書いているように、うちではほとんどお米を食べないんです。べつにご飯が嫌いというわけではありません。お鮨やおにぎりとかは好きですし、レストラン等でご飯を食べることはあります。ただ、自宅では食べない。お米を炊くのがめんどくさいし、炊いたあとの炊飯器を洗ったりするのもめんどくさい。というか、そういったことをしている余裕が最近はあまりないというのもあるな。それ以上に、自分はパン(甘いやつじゃないよ。ヨーロッパで普通に食事のときに食べる、小麦の味のする白パンとかバゲットとかライ麦パンとか黒パンとか)が好きで、多くの場合、ご飯よりもパンかパスタが食べたいんです。

そんなこともあって、ふだんの食事(毎日の夕食)は、ほとんどパン+何か1品+サラダ&ワインです。週末のお昼はパスタ&ワインということが多いです。家で米を炊くのなんて、本当に年に数回。どうしても納豆が食べたくなったとか、どうしてもカレーライスが食べたくなったとか、どうしてもお米のサラダが食べたくなったといったようなときくらい。

だから、普段はうちにお米がないんです。必要なときはスーパーでいちばん小さな袋(1キロ? 2キロ?)を買うのだけど、その米が何ヶ月も使いきれずに残ってしまうというような状況です。

でも、いまはうちに大量に米があります。1~2か月ほど前のことだったでしょうか、妻の実家から、田舎で採れた米をドン!と送ってきたのです。何キロあるのわかりませんが、たぶん6キロくらいあるんじゃないだろうか。

せっかく送ってくれたお米なので、ありがたく食べたいという気持ちはあるにはあるのですが、米を砥いでる時間がもったいなく、けっきょくまだ1回しかお米を炊いてません。しかも、それはパエリアにしてしまった(研がなくていいからね:D)。なので、まだ「白米」としては、ぜんぜん食べてないのです。きっとおいしいお米なんだろうに。

この分だとこのお米、年末がくるまでに食べきれるかどうかでさえあやしいもんだ。遠くに嫁いだ娘(妻は九州の出身なのです)のためにご両親が、せっかく送ってくれたお米です。申しわけねぇなぁ、でも、うちはふたりともパン&ワインが好きなんだよなぁ。どうしたもんかなぁ... などと思いながら昨日の夜、歯を磨いている最中にふと、キッチンの床に置かれた段ボール箱の中に透明のビニール袋に入れられているお米のほうを見ると...










なんか、黒いものがいっぱい?
袋にわたぼこりでも積もってるのか(掃除しないからねぇ、うち)。












なんだか動いてる!?
黒いものが移動してるぞ!!












さらに近づいて見てみると、












きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!










袋の中が虫だらけでした。
羽の生えた大きな羽蟻みたいなのとか、白い蛆虫みたいなのとか、わんさか。

米に虫がわくという話は聞いたことがあるけれど、実際に虫がわいた米を見るのは初めてかもしれない。
こわいよぉ。気持ち悪いよぉ。これ、どうすればいいんですか?

「どうする?」って妻に聞いたら、「とりあえず、見なかったことにしよう。今日のところは」ということで、昨日はそのまま寝てしまいました。風通しのいいところに新聞紙などをしき、そこに米をぶちまけて「虫干し」をするといいとも聞きますが、そんな場所、うちにはねぇよ&そんな時間をいつとるんだよ? って感じです。このまま「今日のところは見なかったことにしよう」状態が続きそうな気がするのだけど、そうすると袋の中の虫はさらにどんどん増えて、いつか袋の中身全体が虫になってしまうのでは... あわわ。こわい考えになってしまった。まじキモチわりぃ。

このお米、このまま全部捨てていいでしょうか。6キロくらいあって、ごみ集積場に持っていくのもたいへんなんですが、もともとうちは米を食べないし、食べない米のために虫干しをする精神的(虫と戦わねばならん)&時間的(週末だってメチャ忙しい)余裕がないのです。米がなくても困らないどころか、米があってそこに虫がわくことのほうがよっぽど困るのです。だったら米がないほうがいいのです。

(自分の、そして妻の)父ちゃん・母ちゃん、気持ちはうれしいのだが、食べ物は送ってこないでいいです。あなた方が送ってくださる食べ物は、どれも普段のうちらの食生活にはないもので、ぶっちゃけちょっともてあまし気味です。そんなにいっぱいソーメン食べないし、マーマレードとか使い道がありませんし。いや、ほんと、気持ちはうれしいんですけど、気持ちだけでけっこうです。

ていうか、この虫だらけの米、なんとかしてくれぇ!

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2005/06/27

ラ・マンチャの男

帝国劇場でミュージカル『ラ・マンチャの男』を見てきました。

帝国劇場って行くの初めてだったのですが、フロアにも客席にも階段にもふかふかの絨毯が敷いてあって、あまりにふかふかなので歩きにくい。階段とかでこけそうになりましたよ。あと、客席が狭い。座席前のスペースが狭くて、ゆったり座れずに疲れた。

で、舞台です。松本幸四郎と松たかこの親子競演が話題だったりします。幸四郎さんは、テレビドラマで見るととてもいい感じなのですが、本業?の歌舞伎の舞台に出ているときはその良さがわからないのですよ、自分には。声があまり通らなくてなにいってんだかわかんないし、演技そのものもいいんだか悪いんだか。なので、中村獅童さんなどと同じく、実は舞台よりテレビ向き、歌舞伎よりも現代劇向きな役者さんなのかなぁと感じてました。その点でいえば、ミュージカルのほうが歌舞伎よりもいいかもしれないというちょっとした期待もあったりして。

でもね幸四郎さん、ミュージカルでもやっぱり声がよく通らない。というか、歌舞伎のときの発声に近い声の出し方をしてるな。なので、やっぱりなにをいってるんだかよくわからない。せりふのときも、歌のときも。それと、歌のシーンでの音のとり方が、ほんの少しだけフラット気味なのね。もごもごした発声で微妙にフラット気味で歌われるってのは、なかなか気持ちが悪いものです。

そして、松たかこさん。ポップ・シンガーとしてはそれなりに上手に歌う松さんですが、ミュージカルとなると、ちょっときついな。そこそこ力強いファルセットも聞かせてくれるのだけど、声量が少し不足。あと、ところどころで音程が不安定になる。

この舞台、全体に出演者の歌がもうひとつなんですよ。なかには牢名主役の人のように素晴らしい歌声を聞かせてくれる役者さんもいるのだけど、そういう人が一握り。歌のうまい人とそうでない人との差が大きく、しかも、(幸四郎さん・松さんを含め)そうでない人のほうが重要な役どころをになっている部分が多く、全体にちょっとバランスがばらんばらんな感じ。やはり音楽を主体にしたミュージカル劇では、ふだんからきちんと歌っている人に歌ってほしいわ。とくに前回見たミュージカルがフランスの『十戒』で、その圧倒的な歌唱力に魅了されたことと比較してしまうと、今回の『ラ・マンチャの男』出演者たちの歌唱力不足は致命的な感じがする。

あとなぁ、曲が思ったよりよくなかったな。アンドリュー・ロイド・ウェーバーの『オペラ座の怪人』ほど単調なメロディのくりかえしではなかったけど、もう少しメロディに情感がほしかった。まぁ、シンガーがもっとエモーショナルに感情を乗せて歌える人たちだったなら、あのメロディももう少しドラマティックに響いたのかもしれないけれどね。

芝居自体はなかなかおもしろいです。おおよそのストーリー(有名な「ドン・キホーテ」のお話ね)は知ってるし、ところどころに笑わせるところも用意してあるし、感情を高ぶらせるところもあるしで、およそ2時間30分という上演時間を長く感じさせない。それを考えると改めて、もっと実力派の、歌唱力があってふだんからきちんと歌っているアクター/アクトレスによるキャスティングで見たかったよなぁと思ってしまいました。

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