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2005年1月9日 - 2005年1月15日

2005/01/14

ドン・キホーテ

あ、最近あっちこっちで火をつけられて話題になった?お店のことじゃありません。スペインの古典、ラ・マンチャの男、風車に戦いを挑んだことで知られる、ドン・キホーテ・ド・ラ・マンチャのことです。

自分ね、このお話、読んだことがないんですよ。ドン・キホーテという名前は知ってるし、ロバに乗ったサンチョ・パンサという従者と一緒に旅に出て、風車を巨人だと思いこんで戦いを挑む、っていうシーンはね、たぶん絵画で見たかなにかで知ってる。そこから導き出されるこの物語は、いわば頭のおかしなジィさんの話、かなと思ってたんです。

「この映画はスバラシイ!」1月13日の書き込みに、「名前に“ドン”が付く人は、素性のわからない人が多い」とありました。そんな「素性のわからん人」のなかにドン・キホーテもあげられていた。

そう。たしかに素性がわからないんですよね。いったい何者なんだ、ドン・キホーテ。やっぱりあたまのおかしなジィさんなのか、それともミュンヒハウゼン男爵(『ほら男爵の冒険』の主人公。映画『バロン』の原作?ですね。子供のころに読んですごくおもしろかった記憶がある)のような、空想癖のある愛すべきじいちゃんなのか。

そしたら先月だったか、NHK-BSで、アメリカで制作されたテレビ用映画(なのかな?)『ドン・キホーテ』が放送されたんですよ。

ドン・キホーテって、こんなお話だったんだ。最初はある種の老人性痴呆というか、いわゆる「ジィちゃん、ぼけちゃったのね」ってなことを思いながら見てたんだけど、また実際、ちょっとぼけちゃってるともいえるんだけど、そんなジィちゃんを見て笑うって話じゃないぞ、これ。

騎士の時代、騎士の活躍が書かれた書物が大好きで、騎士の時代、騎士の世界へずっと憧れていた男性が、歳をとり、ある日突然、自分は騎士だ、と思いこむ。名前もドン・キホーテ・ド・ラ・マンチャと変え、従者を連れて、騎士としての名誉と誇りを求めて旅に出るんです。

でも、世界にはとっくのむかしに騎士道なんてなくなってた。騎士が重んじた名誉も品性も勇気も他者への尊敬も、いまの地では馬鹿にされ、軽んじられ、からかわれる対象でしかない。でもドン・キホーテは、それに気づかない。馬鹿にされているのに、からかわれているのに、毅然と「騎士としての立ち居振る舞い」を貫く。そこにコミカルなおかしさを見る?

ドン・キホーテのやっていること、考えていることって、本当に馬鹿にされ、からかわれ、軽んじられるべきものだろうか。純朴だけど考えの足りないサンチョ・パンサを馬鹿にすることが、本当に必要なことだろうか。

謎の騎士に扮した学者との馬上試合に負け、誇り高きラ・マンチャの騎士ドン・キホーテは旅をやめ、家に帰ります。家族から「ジィちゃんを正気に戻してくれ」と頼まれた学者は、みごとにその役を果たしたのです。

そして、家に戻ったドン・キホーテは、すべてが夢であったこと、自分が正気を失い、本のなかの世界と現実がごちゃ混ぜになっていたことを認識します。そして家族の願いどおり正気に戻り、もう騎士の時代は終わった、もう騎士はいない、騎士のいるべき場所・いられる場所はない、ということを認めます。

そして、息を引き取ります。

最後は自分、泣きそうでした。夢をなくしては、生きていくことができない。誇り、品性、尊敬が重んじられない世界では、生きていくことができない。そんなドン・キホーテを、笑うことなんてできない。

世界でもっとも売れている本は『聖書』だそうですが、2番目に売れているのは、実は『ドン・キホーテ』なのだそうです。古典として読み継がれているものには、それだけの理由(深み)があるんですね。近いうちにちゃんと本で読もう。

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2005/01/13

MICHELE ZARRILLO / L'ELEFANTE E LA FARFALLA

子供の描いたクレヨン画のようなジャケットがほほえましくも印象的です。アルバム・タイトルでありオープニング曲でもある「L'elefante e la farfalla(象と蝶)」を描いたものなのでしょうが、イラストのほうはほのぼのとした感じがするのに、曲は哀愁とセンチメンタルな印象なのがちょっと不思議。

このオープニング曲も、つづくM2「Occhi siciliani」の哀愁路線。そしてM3「Non arriveranno i nostri」でMichele Zarrillo(ミケーレ・ザッリッロ)らしいアップ・テンポなポップ・ナンバーへというアルバムの流れは、なかなかいい感じです。

ただ、曲があまりドラマチックに展開しないのはあいかわらず。聴いてて気づいたのですが、彼の曲って、1曲のなかで使われるメロディ・パターンにあまりヴァリエーションがないんですね。同じような音の連なりを持ったパターンを3つか4つくらい用意して、それを並べて組み合わせて1曲ができあがっている、といった印象を受けました。もちろん、曲自体の持つメロディ・パターンはそれぞれの曲で違うのだけど、曲のなかでのパターン・ヴァリエーションが少ない。だからあまりドラマチックに展開しないんだろうな。緩急でドラマをつくることなく、緩な曲は緩なまま、急な曲は急なまま。

もともとのメロディ・パターンにヴァリエーションがなくても、ヴォーカル・スタイルだとか、バックのアレンジだとか、歌うときのメロディ・フェイクだとかでパターン崩しをすれば、もう少し緩急がつくだろうに名。M4「Domani」とか、もしこれをClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)が歌っていたら、もっと展開を感じさせたはず。ま、曲づくりの段階でもっと展開する曲になっていただろうけど。M3とかM6「Come hai potuto」といったポップな曲も、たとえばこれがEros Ramazzotti(エロス・ラマッゾッティ)だったらとか、Paolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)だったらとか、そんなことばっかり考えてしまいました。

Renazo Zero(レナート・ゼロ)ほどドラマティック・メロディ満載でなくてもいいけど、もう少し曲内でのメロディ・ヴァリエーションと緩急を増やしてもらえれば、Micheleはもっと自分の好みになるのだけどなぁ。とはいえ、そういったある種の厚みが希薄な「軽やかさ」がMicheleの魅力ともいえるのでしょうけど。

ぜんぜん関係ありませんが、Micheleはミケーレというイタリア男性の名前だけど、Michelleはミッシェルというフランス女性の名前なのね。うしろのほうにLがひとつ入るかどうかで、国も性も変わってしまう。しかも小文字の「l」は見づらいんじゃぁ。

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2005/01/12

救命病棟24時

始まりましたね。基本的に連続ドラマは見ない(見てる余裕がない)自分ですが、これだけは楽しみにしてました。前回(パート2)がよかったからな(パート1は見てない)。

しかし...... 今回は、初回を見たかぎりではちょっと微妙。ゆるゆると緊迫感のない医療現場。どうでもいい松島奈々子の結婚話。もうひとつ「中間管理職の悲哀と疲労」が感じられない医局長。いかにも「研修生役を演じてます」って感じの研修生。クセのある性格がまだうまく全体のなかになじんでない感じのクセのある救命医。やたらと張られた人間関係面の伏線(として最後にまとまるんだろうな?)。そしてなにより、テーマを大きくしすぎた感じ。

パート2が医療現場に焦点を当て、医療そのものへの医者たちの取り組み自体を見せることで視聴者にテーマの広がり、強さ、深さを感じさせるつくりになっていたのに対し、今回のパート3は先にテーマをぶち上げ、外枠を見せ、それを視聴者に納得・説得するための材料として医療現場を見せていくのかなぁという印象。なんとなく、先に手を広げすぎて、そのままぐだぐだになっていってしまいはしないかと、ちょっと心配してしまうのですわ。

ま、あと2回くらい見てみないとわからないけどね。

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GIANNA NANNINI / G.N.

近作『Perle』ではアコースティックな演奏をバックに豊かな表現力と表情を聴かせてくれたGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)。基本はだみ声シャウト系ロック姉さんで、どちらかというと全体的に女性歌手が苦手な自分ですが、Giannaの声とヴォーカルはけっこう好きだったりします。好きだったりはするんですが、このアルバムは、ちょっと単調かな。

以前のGiannaって、それほど表現力が豊かなわけじゃないんですよね。けっこうストレートに、シンプルに、パワフル・ヴォーカルを聴かせるっていうタイプのシンガーだったと思います。その点でキャラがはっきりしてて、わかりやすいといえばわかりやすいのだけど、ヴォーカルに「パワー」以外のものがあまりないので、アルバムの世界にガッチリ引き込まれるには楽曲の持つ「メロディ」と「アレンジ」がどれだけ魅力的かにある程度依存してると思うんです。

ちょっと聴いただけではたんなるロック姉さんなGiannaですが、メロディに関しては以前から潜在的にいいものがあったということが『Perle』というアコースティック・セットを中心としたセルフ・カヴァー・アルバムであらわになったわけです。しかし、その一方で、アレンジの面でときに恵まれないことがあったんだなということも露呈したわけで。で、このアルバムは、アレンジ面でもうひとつ恵まれなかった作品なんだろうなと思うわけです。

なんかね、演奏・アレンジが平凡。シンプルなロック・アレンジなら、それはそれでいいんですが、そこになんだか安っぽいエレ・ポップ風なアレンジも混ざっちゃって、これが興ざめです。ヴォーカルはいつもどおりがんばっているのですが、まだ表情や表現力よりも声自体の持つパワーに頼った歌い方をしている時期ですから、アレンジ面や楽曲面でドラマをうまくつくらないと、ちょっとつらい。なのに、中途半端なエレ・ポップ風味ロック・アレンジなんですよ。ほのぼの感の漂うM4のように、そういった中途半端さを押さえれば、メロディのよさと声の持つ力で充分な楽しみ方ができるのですが、へんてこアレンジがせっかくの潜在力を損なっちゃってるかな。

自分の耳からへんてこエレ・ポップ風味を締め出し、メロディと声にできるだけ注意を注いで聴いていれば、これはこれでなかなか楽しいポップ・ロック・アルバムなんですけどね。

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2005/01/11

たまには江戸っ子風?

自分は生まれがヨーロッパ、というかイタリアの高貴な家系なものだから(うそうそ)、ふだんの生活もとてもヨーロッパ風。とくに食生活はほとんど日本人じゃありません。醤油やだし用昆布・かつおが家にないことは多々あれど、オリーブオイルやワインのストックがないことはありません。何か月もご飯を炊かない・米を食べないことはあるけれど、パンやパスタを食べない日が1週間と続いたことはありません。

そんな自分ですが、この連休は少しだけ江戸っ子風。というか日本人風。

まずは土曜日。前日の夜に放送された「スチュワーデス刑事」をビデオにとっておいた(うちの妻が好きなんです。ほとんどお正月の風物詩状態)ものを見て、だらだらとすごす。「スチュワーデス刑事」ってところがすごく日本人っぽい(気がする)。

日曜日。立川にお出かけ。お昼はついついピッツァとパスタと白ワインのランチを取ってしまいましたが、その後は立川新春落語会。志の輔さん、志の吉さん、志の春くんの落語に二楽さんの紙きり。

志の輔さんはあいかわらずうまいのだけど、立川新春落語会はお客さんがそれほどコアな落語ファン・志の輔ファンというわけではないからか、独演会にくらべるとわかりやすいお話をわかりやすいアレンジで披露している感じがしますね。お客さんへの声のかけ方なんかも。

びっくりしたのは志の吉さん。上手になったなぁ。ずっと志の輔さんの前座で新宿の高座に上がってたときは、滑舌は悪いし振り分けも微妙だし、聴いててはらはらする、ある意味手に汗握る緊張感にあふれた(笑)落語をしていたのに、いまでは流れるように話し、上手に振り分けもし、安心して聴いていられる。最後に志の吉さんの落語を聴いたのは、たしか真打になる直前くらい。もう2年近く前になるんだろうか。成長するんだねぇ、成長したんだねぇ、よく精進したねぇ。

生で紙きりを見るのもひさしぶり。二楽さんっていうのははじめて。正楽さんの弟子らしい、ていうか、紙きりは正楽さんとこの系図しかないのか? 師匠は座って紙を切っていたけど、やはり若い人は違うね。立ったまま切って、できあがった作品はプロジェクターでスクリーンに映写。でもやってること、きりながらつぶやいて(笑)いることは、師匠とたいして変わらない。こういうのっていいな。受け継ぐべきものは受け継ぎ、変えるところは変える。こうやって伝統芸能は生き続けていくのだわ。

落語会のあと、立川の駅ビルを少しぶらぶらしてたら偶然、友人と買い物に来ていた妹と遭遇。おたがい、このあたりに住んでるんじゃないのに。びっくり。おひさしぶりです。

夜は地元の寿司と串焼きがメインの居酒屋へ。昼間は落語を聴いて、夜は寿司をつまみながらいっぱい。江戸っ子だねぇ。

そして昨日。お昼は浅草でうなぎ。自分はお重、妻はひつまぶし。ひつまぶしってテレビでしか見たことなかったけど、おいしいねぇ。最後のお茶漬けがたまらん。そしてそのまま新春浅草歌舞伎を観に。

毎年、若手の役者が中心となって行なわれている新春歌舞伎。今回のみっけものは愛之助さんでしたわ。主に上方(大阪)で活動しているらしく、自分は名前をはじめて聞いたのだけど、貫禄のある侍役も、若くてちょっと頼りなげな色男の役も上手にこなす。獅童さん、ちょっと食われてたよな。あと、お年玉口上はぼろぼろで「おいおい、だいじょうぶかい?」と心配した門之助さんも、最後の演目では魅力的な「やり手ばばぁ」を演じてて、ちょっと印象に残った。今後、このふたりの名前を見かけたら、観にいってしまうかもしれないなぁ。

そして、七之助さん。舞い物50分(演目は「鏡獅子」)は長いよ。自分は舞い物が苦手。途中で何度も睡魔が。でも、獅子の精となった七之助さんの舞いは美しゅうございました。女形でのしなやかな舞いも上手だけど、飛んだりはねたり回したりの激しい舞いも決めるときはピシッと決めて、凛とした空気を生み出す。すごいなぁ。

と、自分にしてはめずらしく日本人な3連休を過ごしたのでした。でも夜は、やっぱりパン食べてパプリカのマリネをつまみにワイン飲んじゃった。日本人風でいられるのは3日が限界なのかも(笑)。

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