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2005年4月10日 - 2005年4月16日

2005/04/15

買い換えなきゃかなぁ

今朝の出勤時はI Pooh(イ・プー)の『Un po del nostro tempo migliore (ロマン組曲)』を聴いてたんですよ、ポータブルのCDプレイヤーで。

ところが最近、このCDプレイヤーの調子があまりよくないのです。なんでもないところで突然データ読み取りエラーを起こすのか、止まっちゃう。自分が使ってるプレイヤーにはレジューム機能がついていて、CDの途中で演奏停止した場合、カバーを開けなければ次にプレイボタンを押したときに前回停止した続きから演奏が始まるのですが、エラーで止まった場合は、プレイボタンを押すとCDの頭からの演奏になっちゃう。

今日も、聴いてる最中に何回も止まってしまい、そのたびに頭から聴いてたらいつまでたっても終わらないのでスキップとサーチで止まったところのあたりまで早送りしてから続きを聴くという、デジタルなんだかアナログなんだかわからない状態です。

エラーで止まるところもランダムで、べつにCDの盤面に傷があるとかじゃないのです。エラーで止まったところの少し前をサーチで呼び出して演奏を始めると、さっきのエラーはなんだったのって感じでそこはクリアする。でも、少しして別のところで止まる。気まぐれなやつだなぁ。

このプレイヤー、ビックカメラでいちばん安いのを買ったのだったかなぁ。まだ1年くらいしか経ってないように思うのだけどなぁ。でも、ほとんど毎日通勤かばんの中で振動を与えられてるからなぁ。そろそろ買い替え時なのかなぁ。

いまどきCDプレイヤーかよ!? という突っ込みもあるでしょうが、あたしゃiPodとか持ってないし、買う気もないのよ。そりゃiPodは便利なんでしょうけど、あれって、CDのデータを変換してファイル保存しなくちゃいけないんでしょ? その変換にどのくらい時間がかかるんだろう? なんか、変換してる余裕がないように思うのよねぇ、自分には。

最近の自分は、音楽を聴ける時間は基本的に通勤のときだけ。家でゆっくり聴いてる時間がほとんどない。通勤時間は片道30分程度。なので、1日に1枚聴くのがやっと。そして家にはあふれ帰るほどのCDがある。毎日1枚ずつ順番に聴いていっても、全部聴くのに4年以上かかるのです。その枚数を全部データにすることを考えると気が遠くなる。新しく買うCDもあるわけだし。それよりも、CDをそのままプレイヤーに日替わりで投げ込むほうが楽なのだは、おっちゃんには。

というわけで、せっかくの『ロマン組曲』がかえってストレスになってしまった今朝、真剣にCDプレイヤーの買い替えを考え始めた自分なのでした。

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2005/04/14

これでもうウサギのせわをさせてくれないだろうな

ここ最近の通勤電車のお供となっている『Of Mice and Men (二十日鼠と人間)』のペーパーバックも、いよいよ佳境に入ってきました。おそらく強い農夫なまりだろうと思われる、見たこともない単語や表現に苦戦しながらの読書ですが、日本語版の文庫を何度か読んでおおよその話は知っているので、なんとか読みすすめられています。

純真でいいやつなのだけど頭が弱く怪力の大男Lennieと、彼と一緒にいくつもの農園を渡り歩いている賢い小男のGeorge。友情と愛情とある種の自分勝手な感情で結ばれた二人の流れ農夫?が主人公のお話なのですが、深く静かに哀しい物語なのです。

いま、農場の農夫仲間からもらいかわいがっていた子犬をLennieが誤って殺してしまうシーンです。頭が弱くて怪力ゆえに、ちょっとした力加減の間違いで子犬は死んでしまいました。動物のやわらかい毛皮やふんわりあたたかい生地などが大好きなLennie。悪気はないんです。

いつか一緒に小さな農場を持ち、そこで野菜をつくり、家畜を飼おう。そのときはLennieにウサギの世話をまかせるよ。これが彼らの夢です。でもLennieは子犬を死なせてしまいました。まもなくGeorgeはそのことを知るでしょう。そうしたらもう、Georgeは自分にウサギの世話をさせてくれないだろう。Lennieは哀しんでいます。そこに、トラブルメーカーである農場主の息子の嫁がやってくるところまで、読み進みました。

お話の冒頭では、Lennieがポケットに隠し持っていたねずみの死骸をGeorgeがとりあげるという場面があります。Lennieはただ、ねずみのやわらかい毛皮を指先に感じていたかっただけなんです。毛皮の手触りで安心していたかっただけなんです。

同じ農場で働く年老いた農夫のCandyは、老犬を飼っていました。しかしその犬はあまりに年老い、目も見えず、耳もあまり聞こえず、足はリュウマチにかかり、体からは悪臭がします。それでもCandyは、長年連れ添ったその犬が大好きで、彼にとっては大切な友人でした。

しかし他の農夫は、その犬が農夫小屋に入ってくると臭い、もう目も見えず耳も聞こえず歩けば体に痛みが走り、その犬にとって、これ以上生きていていいことなんてなにもない。だから楽にしてやれと、犬を撃ち殺すのです。犬が痛みを感じないよう、自分が撃ち殺されたことすら気づかないよう、後頭部を一撃。

Candyは、犬を殺すという他の農夫の考えに強く抵抗しますが、だれからの共感・同情も得られず、ついには農夫たちの決定を受け入れます。そして農夫のひとりが犬を外へ連れ出し、撃ち殺します。そのあとでCandyはGeorgeにいいます。

「あいつに撃ち殺させるんじゃなかった。殺すときは、じぶんがころしてやればよかった」

こういった、いくつかの場面が、クライマックスへの複線となっています。これから死んだ子犬のそばでなにが起きるか、LennieとGeorgeがどういう状況になり、どういう行動をするか、小さな農場を持つという彼らの夢はどうなるのか。全部知ってます。知ってるけど、読むたびに心にしみこむ。

日本語のタイトルは『二十日鼠と人間』ですが、原題は『Of Mice and Men』。この「Of」はなにを意味するのだろう。「Of」の前にはどんな言葉が入るのだろう。それを考えても、また哀しくやりきれない気持ちになります。なのに、決して暗くて重い話ではなく、どこか淡々としたさわやかさ(といってはいかんな)がある。どろどろ・べたべたとしない。こういう感覚って、アメリカ文学の持ち味でしょうか。『白い犬とワルツを (To Dance with A White Dog)』なども、哀しいけれどさわやかさがある。こういう話っていいな。本を読んだ、という気持ちになる。

ちなみに『Of Mice and Men』は映画化されたことがあって、前にテレビで見たことがあるのだけど、Lennieをジョン・マルコヴィッチが、Georgeをゲイリー・シニーズが演じました。この映画もすごくよかった。思いっきりなまった発音で「George」と呼びかけるLennieの声が忘れられません。

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2005/04/13

O TERCO / CASA ENCANTADA


O Terco(オ・テルソ)は、ブラジルのグループでしたっけ? 実は自分、南米ものってあまり聴いたことがなくて、南米プログレッシヴらしさとか特徴とかって、よくわからないんです。ただ、イメージとして、ヨーロッパにはあまり見られないタイプの丸みやあたたかみがあるような気はします。丸くてあたたかい感じなんだけど、オーストラリアともまたちょっと違うかなぁといった感じです。

で、O Tercoです。自分は彼らのアルバムはこれしか聴いたことがないのですが、やっぱりヨーロッパとはちょっと違う丸くてあたたかいシンフォニック・ロックが収録されてます。これが彼らの特徴なのか、それともブラジリアン・プログレッシヴの特徴なのかはわかりません。

アルバム冒頭のコーラスは、いかにも南米のラテン・ミュージックな感じです。一瞬、映画『Buena Vista Social Club(ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ)』の映像が頭をよぎりました。この雰囲気を保ったまま怒涛のシンフォニック・プログレッシヴに突入してくれたらいいなぁと、ちょっと期待したのですが、それ以後はほとんどラテン・ミュージックを感じることはなくて残念。

早朝の通勤電車内でうつらうつらしながら聞いていたこともあってか、あんまりはっきりした印象をつかめないままに聞き終わってしまったのですが、全体にけっこう牧歌的な印象が残りました。少したかめの丸くてやわらかくてクリアな歌声はファンタジックで、The Bee Gees(ビー・ジーズ)風?のハーモニーがあったり。イギリスの田園系フォーク・プログレ(なんじゃそりゃ?)やイタリアのCeleste(チェレステ)を思わせるところ、あるいはスペインのGotic(ゴティック)を思い出させるところなどもあったりして、なんだか平和な感じです。プログレッシヴなのかどうかはわかりませんが、なかなか気分のいいアルバムでした。

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2005/04/12

また通院しなくちゃかなぁ

職場の椅子をプリーズチェアに替えて以来、しばらく具合がよかったのですが、先月くらいからまた腰痛がひどくなってきつつある。いまの仕事(思いっきりデスクワーク)に腰痛はつきものではあるけど、だんだん椅子に座ってるのもつらくなってきたし、立ち上がったり座ったりという動作時も痛い。顔を洗うために少し前かがみになるのもきつい。
あぁ、また通院しなくちゃかなぁ。腰の牽引はたしかに気持ちよくはあるのだけど、いまは通院している時間的・気分的余裕がない。とりあえずはコルセットをつけておこうか...

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2005/04/11

5・4・3・ニンジャー

昨日は東京・赤坂にある「忍者」というレストランに行ってきたのですよ。忍者屋敷をモチーフにしたテーマ・レストランで、ウェイター/ウェイトレスがみんな忍者の衣装なの。店の入り口から客席につくまでのあいだにも仕掛け扉を通らなくちゃいけないとか、そんな趣向があちらこちらに施してある。食事の最後のほうでは「忍術」という名のテーブルマジック(笑)を見せてくれたり。和食ベースの創作料理もそれなりに美味しく、こういったテーマ・レストランが陥りがちな「楽しげなだけで美味しくない」というパターンにはなっていなかったのがよかったですわ。ちなみに昨日、うちらのテーブルを担当してくれた忍者は虎眼丸(こがんまる)さん、サブでくノ一(女性忍者)の手毬さんでした。

昨日は妻の職場(外国人向けの日本語学校)の人のお誕生日にかこつけた食事会で、集まったのは6人。うちら夫婦と、妻の同僚の女性Kさんとその旦那さん、別の同僚の女性Sさんと、その女性の連れの中国系アメリカ人女性Jさん。

Jさんは日本に来てまだ8ヶ月とのことで、あまり日本語が話せません。料理を持ってくるたびに虎眼丸さんがいろいろと料理の説明をしてくれるのだけど、それが彼女にはよくわからない。そこで「英語で説明してよ」とお願いすると、えらいですねぇ忍者は。どう見てもあまり英語が得意そうではないのだけれど、片言で、がんばって説明してくれるのです。わからないときは一回奥に引っ込んで、調べてきてくれる。ちなみに「忍術」を使う「上級忍者」(というらしい)はけっこうすらすらと英語で説明してました。すごい。

うちの妻とKさんとSさんは同じ職場で働いているので知り合いだけど、自分と旦那KさんとJさんは初対面で、それぞれ自分の連れしか知りません。それでもおよそ3時間、なかなか楽しい会話と食事ができました。虎眼丸さんはじめお店の忍者たちが「Happy Birthday」を歌ってくれたり、Happy Birthdayとかかれた巻物を広げて見せてくれたり、一緒に写真撮ったり(写真を撮るときの掛け声は「5・4・3・ニンジャー」でした。タイミングがとりにくい)。Sさんとうちの妻は、実はくノ一とは漢字の「女」をばらしたものだということを知らなかったということが発覚したり、トイレのことをむかしは「雪隠」ともいったということも知らない人がいたり。花見を英語でいうとCherry blossom viewingと、趣もなにもない言葉になってしまうことを知ったり、たけのこのことは英語でBamboo shootsっていうこともはじめて知ったり。うん、楽しかったですわ。

その後、SさんとJさんは高田馬場に住んでいるというので、自分らも高田馬場で乗り換えだから、一緒に帰ったのです。そして、高田馬場で電車を降りたとき、アメリカ人のJさんが自分にこうたずねたのです。

「アナタハ・ナニジン・デスカ?」

は?? ナニジンって、何人? Jさんはアメリカ人、あたしゃ日本人ですよ! この3時間、ずっと日本語でしゃべってたじゃないですか。必要なところでは少しいんちきな英語も使ったけど、ちゃんと使えるのは日本語だけですからー。

「え? ナニジンって、日本人ですよ」
「アァ・ソウデスカ・スミマセン」

まったく何いってるんだろうねぇ、このアメリカ人姉ちゃんは... などと思いつつ階段をのぼり、まもなく駅の出口というところで、ふたたびJさんがたずねてきました。

「アナタァ・ニホンゴ・ベンキョウシマシタカ?」

だぁ・かぁ・らぁ~!

最後の最後まで自分のことを「国籍不明」だと、絶対日本人じゃないと、疑っていたのね(汗)。そんなに自分は「あやしい」のでしょうか。海外旅行にいくたびに各国のイミグレで係員に不審な目で見られるのはパスポートの写真が古くて現在とあまりにも顔つきが違うからだと思っていたのですが、実は自分が「国籍不明」に見えていたからなのでしょうか。

自分は日・本・人・で・す!

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