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2005年3月27日 - 2005年4月2日

2005/04/01

YAMASHTA/WINWOOD/SHRIEVE - GO


パーカッショニストのStomu Yamashta(ツトム・ヤマシタ)を中心にしたプロジェクト?「Go」のファースト・アルバム。このアルバムではSteve Winwood(スティーヴ・ウィンウッド)、Michael Shrieve(マイケル・シュリーヴ)との連名になっていますが、これよりあとの作品ではたしかStomu Yamashta's GOというグループ名になっていたはず。ツトムがなぜStomu(ストム?)なのか、ヤマシタがなぜYamashta(ヤマシュタ?)なのかは謎です(笑)。

のちにStomu Yamashtaは念仏系というかヒーリング系というかアンビエイト系というか、そんなような音楽をやるようになって、日本でもお寺で声明(しょうみょう)と一緒にコンサートをしたりするようになるわけですが、このアルバムでは1970年代のブリティッシュ・プログレッシヴの香りがぷんぷんします。

当時は最先端の楽器だったシンセサイザーを多用し、夜空に広がる満天の星のあいだを漂うような、宇宙空間を思わせるような雰囲気を醸し出しつつ、叙情的なメロディをかぶせていく。初期から中期にかけてのPink Floyd(ピンク・フロイド)風な感じですが、ギターがブルースではなくジャズ風なのが違いますね。ゆったりとした叙情部分も、大英帝国の牧歌的な田園風景もしくは妖精の住む神秘の森を思わすようなものではなく、東洋的な香りがするのは、やはりStomuが日本人だからでしょうか。この叙情はFar East Family Band(ファー・イースト・ファミリー・バンド)などにも通じると思います。

しかし、アルバム全編を通してスペーシー&叙情なわけではなく、リズミックなパートもあり、ジャジーなパートもあり、けっこうなんでもあり。だけど、アルバムとしてばらばらな感じはあまりなく、聴けてしまう。こういうところがプログレッシヴ・ロック・アルバムの楽しみのひとつだったりします。

そして、歌ものプログレ?好きな自分にとってうれしいのは、やはりSteveのヴォーカル。Trafic(トラフィック)でもそうでしたが、彼の歌声ってほんと、味わいがあるというか、心があるというか、魅力的。Procol Harum(プロコル・ハルム)のGary Brooker(ゲイリー・ブルッカー)などとともに、好きなブリティッシュ・ヴォーカリストのひとりなのです。

インスト・パートの多いアルバムですが、Steveの歌声が入ったとたんに、音楽に何か新しい生命が宿るような、そんな印象を受けます。また、このくらいの年代のシンガーって、英語の発音が綺麗。ときには日本人が歌ってるのかって思うくらいクリアな英語ですが、これがある種の朴訥さというか素朴さというかを醸し出してて、歌にあたたかみとやわらかみを加えるのですね。

うちにあるのはノイズだらけのLPで、ノイズがプチプチとうるさいのですが、それも含めてなんとなく気持ちのいいアルバム。何も考えず、ぼやんと聞いていたいな。

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2005/03/31

ZLATKO MANOJLOVIC / JEDNOJ ZENI


セルビア・モンテネグロ(当時はユーゴスラビアといった)の人です。1986年のアルバムです。このアルバムはいわゆる歌ものですが、もともとはギタリストだったのだっけ。ライナーを読んだのはずいぶんむかしなので忘れてしまいました。

自分が持っているのは日本盤LPなんですよ。キングレコードのユーロ・ロック・シリーズの1枚としてリリースされたものだったと思います。

なんでリリースされたんだろ?

べつにプログレッシヴ・ロックじゃありませんし、プログレッシヴ・カンタウトーレといった感じでもありません。旧ユーゴの作品だから「ユーロ・ロック」のひとつとして考えるというのは、言葉的にはあっているかもしれないけれど、キングレコードのシリーズはユーロ・ロック=ヨーロッパのプログレッシヴ・ロックという意味合いでその言葉を使っていたはず。

アルバム1曲目のインスト曲からして、個人的にはまいったなぁという感じです。演歌みたいな、古い映画の安い劇伴みたいな、チープないなたさ満載です。他の曲は、もごもごしたヴォーカルとクリーン・トーンのギターが、気品と奥行きの足りないDire Straits(ダイア・ストレイツ)みたい。

なんだかね、リリースされたのがセルビア・モンテネグロだったというだけで、ユーロでもプログレでもない、ただのありふれた古いポップ・ロックにしか聞こえないんですよ。なぜ、これが日本盤でリリースされたのか、すっごく不思議。セルビア・モンテネグロにはほかに、もっと先に出すべきアルバムがいっぱいあるんじゃないかと思うんですけどねぇ。

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2005/03/30

PAOLO VALLESI

1991年リリースの、Paolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)のデビュー・アルバムです。

思えば、このころのSugarレーベルは自分の好みど真ん中なアーティスト/アルバムがたくさんありました。デビューしたてのAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)、Onde Radio Ovest(オンデ・ラディオ・オヴェスト。ORO)、Alessandro Errico(アレッサンドロ・エッリコ)... 豊かな哀愁を持っているけれど、哀愁だけに流されない、甘く美しいメロディを持っているけれど、べたべたと甘くはならない、ほどよくスピード感があったりハードだったりして、とてもドラマティック... まさに自分のツボなんです。

そしてPaolo Vallesiも、そんなSugarレーベルの魅力を充分にたたえたカンタウトーレ。哀愁のあるひび割れ声と美しいメロディ。Marco Masini(マルコ・マジーニ)の暑苦しさとしつこさとくどさを薄めたようなPaoloの歌声と曲調が楽しめます。ミディアム・テンポの曲が中心で、美しいメロディとやわらかな哀愁が心地よく響きます。

デビュー・アルバムということでか、たとえば次作のアルバム・タイトル曲である「Forza della vita」のような印象的な曲がないこと、メロディに少し伸びやかさや素直さが不足している感じがすることなど、成長途上にある作品という印象はあります。収録されている曲はどれも及第点ではあるけれど、飛びぬけたものがないし、スローなバラードや軽やかでリズミックな曲には彼の魅力をうまく溶け込ませられていないといった感じもあります。

だけど、それらを補って余りある「可能性」を感じられること、次作以降に「期待」が持てること。これって、新人のデビュー・アルバムを聴く楽しみだったりしますよね。そしてPaoloはきちんとその期待に応え、このあと良作を何枚かリリースし、日本のイタリアン・ポップス・ファンのあいだでも人気のカンタウトーレとなっていったんです。

そんなPaoloの若かりし日の姿がここにあります。多少未熟だけど、これからが楽しみな若者のアルバム。そういう作品って、自分はけっこう好きなんです。

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2005/03/29

タイミングがいいよな悪いよな


今日の夜は『救命病棟24時』の2時間スペシャルがあるのです。本放送は先週で終わりましたが、今日の特番は「震災から半年後」にテレビが病院に取材にやってくる、という設定になっているらしい。

東京を大地震が襲うというのがテーマの今回の『救命病棟24時』サード・シーズンは、放映開始直前に新潟を大地震が襲い、最終回を目前に北九州を大地震が襲いと、番組テーマと地震発生時季と放映時季とがあまりに生々しくリンクしており、もしや地震の発生時季を最初から知ったうえで番組つくったんじゃないかとすら思えてくるのですが、特番放送を目前に控えた昨日(日本時間では今日の午前1時9分ころ)、インドネシアのスマトラ沖でマグニチュード8級の大地震! またしてもあまりのタイミングにビビります。

スマトラ沖といえば昨年暮にも大地震があり、大きな被害が出たところ。今回の地震はその余震だと気象庁はいってますが、余震でM8なんですか!! でかすぎです。さらに現地時間の今日未明にはM6程度の余震も続いてるって。すでに300人くらいの遺体が発見されているそうですが、これからまだ増えるんだろうな。ひとりでも多くのご無事を祈ります。

大地震をテーマにした番組の放送期間中に日本とアジアで大地震頻発。番組にとってはタイミングがいいよな悪いよな、微妙ですね。

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2005/03/28

ロング・エンゲージメント


昨日の夜はなんだかよく眠れなくて、ていうかほとんど寝た気がしなくて、いまめちぇめちゃ眠いです。これで仕事ができるのだろうか。

さて、あまりにお客の入りが悪くて上映打ち切り間近という噂?のオドレイ・トゥトゥ主演最新作『ロング・エンゲージメント』を観てきました。新宿では2館で上映されていたのですが、そのうちの1館は本当に2週間で上映終了。金曜午後6時半からの回でしたが、客席には自分を含めて20人ほど。平日のお客の入り的にはこんなもんだと思うんですけどねぇ。土日の集客がぜんぜんダメなのかな。

主演がオドレイ・トゥトゥでタイトルが『ロング・エンゲージメント』ですから、ラヴ・ストーリーかなと思いきや、実は謎解きミステリーなんですね、基本は。そしてその謎は戦場にあるという、一種の戦争映画でもある。ラヴ・ストーリーの要素もあるにはあるのだけど、主演のオドレイと相手役の兄ちゃんが映画のなかでおたがいに心を通わすシーンって、ほとんど出てこない。かといってミステリーとしてはあまりにご都合主義だし、戦争映画としては厚みが足りない。この辺のジャンル的なあいまいさ・中途半端さが不入りの理由でしょうか。

ただね、映像はすごく綺麗なんですよ。ヨーロッパの単館系の映画でときどき見られる、少し黄色がかったようなフィルムの色彩。まるで西洋絵画を見ているようなこの色調が、画面に深みと奥行き、それに「生きている感じ」を与えるんですね。この色調で映される田舎の風景の美しいこと。

その一方で、戦場のシーンはかなり強烈です。どんどん人が死んでいきます。びしばしと肉が飛びます。爆弾で細切れに吹っ飛ばされた仲間の兵士の肉が飛び散って近くにいた兵士(オドレイの恋人役)の体中に貼りつくシーンはきつかったです。そりゃ頭もおかしくなるって。

ところでオドレイって、いったい何歳なんでしょうか。『アメリ』のときは「実はそんなに若くないんじゃないか」と思ったのですが、この映画でも20歳という約になんか無理を感じてしまった。ふけ顔ですよね。

それと、オドレイにはこういった不思議ちゃんな役しかもう来ないんでしょうか。『アメリ』『愛してる、愛してない』『ロング・エンゲージメント』と、これまでのおそらくオドレイ主演の映画はこの3本だと思うのですが、どれも不思議ちゃんな役ですよね。そろそろ違う役で印象付けないと、ずっと不思議ちゃん女優になってしまいそう。

しかし、『アメリ』『愛してる、愛してない』『ロング・エンゲージメント』という流れは、ちょっとおもしろいな。主演のオドレイが演じる役はどれも「現実を直視しない(できない)ちょっと変わった女の子」なのだけど、『アメリ』では「夢の世界にいる自分」から成長して現実へと適応していく女の子、『愛してる、愛してない』ではどんどんと「夢の世界」に逃げ込んで最後まで現実を直視しない女の子、そして『ロング・エンゲージメント』では最初から最後まで彼女自身は「現実」を見ようとしなかったのだけど、現実のほうから歩み寄ってくる女の子、という役だった。不思議ちゃんにもいろいろなタイプがあり、その成長?のしかたにもいろいろなパターンがあるのだなぁなどということを思ってしまいましたわ。

で、『ロング・エンゲージメント』。あのエンディングは切ないような、暖かいような、未来への希望があるような、ないような、ちょっと余韻のある終わり方でしたね。やっと見つけた彼は過去の記憶を失っていて、その彼から最初にかけられる言葉が、子供のころに最初にかけられた言葉と同じ。ここからむかしと同じように心が通じ合っていくのか、それとも、過ぎ去った時間は同じ月日を取り戻せないのか。でも、暖かな陽のあたる庭にいる「いま」のふたりは、きっと穏やかな気持ちでいるのでしょう。

うん。悪くはない映画だったな。

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