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2005年11月

2005/11/30

RANDONE / HYBLA ATTO 1 - A BAROCK OPERA

Nicola Randone(ニコラ・ランドーネ)率いるイタリアン・プログレッシヴ・グループ、Randoneのサード・アルバム。およそ3500年ほど前につくられたHybla(イブラ)という町を舞台にしたトータル・コンセプト・アルバムのようです。3分前後の曲が全部で25曲、切れ目なく演奏される組曲形式になっています。

このグループ、アルバムを出すごとにどんどんプログレッシヴ・ロックらしくなってきています。複雑な構成、鳴り響くメロトロン(サンプリングだと思いますが)、テクニカルな演奏、効果的に導入される男女のオペラ・ヴォイス(バリトンとソプラノかな)、そしてあいかわらず個性的で、Tito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)やPeter Hamill(ピーター・ハミル)などの影がときどきよぎるNicolaのヴォーカル。王道のシンフォニック・プログレッシヴだと思います。

前作『Ricordo』は、よくできたプログレッシヴ作品だけどあまりイタリアという感じはしなかったのですが、この『Hybla』はイタリアらしい強引さと騒がしさ、それに哀愁もあって、なかなかよいです。

ただ、ちょっとリズム隊、とくにドラムの力が弱いかな。うまくは叩いているのですが、自分としてはもっとロック的な力強さも感じさせてほしいと思ってしまいます。その他の楽器にしても、複雑で厚みのあるアンサンブルは聞けるのだけど、それぞれの楽器そのものが出す音に入魂の熱さのようなものが希薄で、その点が少し残念。とはいえ、一音一音にそういった熱さをあまりこめないのは近年の音楽の傾向ともいえるし、このアンサンブルで熱さをこめられたら暑苦しくなってしまう(笑)かもしれませんし、これはこれで良しとしましょう。

Randoneというグループになる前の、Nicola Randone名義のデビュー・アルバム『Morte di un amore』は、21世紀に突如現われたひさしぶりの本格的プログレッシヴ・カンタウトーレ作品としてかなり衝撃度が高かったのですが、Randone名義になってからは、プログレッシヴ・ロックとしてはどんどんクオリティがあがってくるけれど、逆にいえば「プログレッシヴ・ロック」という枠の中にどんどん納まってきているような気もして、衝撃度はどんどん減ってきているともいえます。落ち着いて、安心して楽しめるプログレッシヴ・ロック・グループとして、高値安定ではありますが、次作ではなにか突き抜けたもの、吹っ飛んだものを期待したいな。

ちなみにHyblaの町は、いまではRagusa Ibla(ラグーサ・イブラ)という名で、シチリアにその遺跡が残っているそうです。ユネスコの世界遺産にも登録されているとか。

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2005/11/29

IN MEMORIAM / THE ULTIMATE TERRORIZING AURA OF UNLOGIC MIND

インドネシアのプログレッシヴ・グループだそうです。ついに自分、インドネシアにまで手を出すようになってしまったのかと思うと、なんだか複雑な心境です。それよりもっとヨーロッパを充分に味わい尽くしたほうが本来のキャラのように思えるのだけど...

それはともかく。

インドネシアのプログレッシヴ・ロックってはじめて聴いたのですが、みんなこんな感じなのでしょうか。えらく派手でお祭り騒ぎ的なシンフォニック・ロックです。ツーバスをどこどこ踏みつけ、ゆるめのハイハットをラウドに殴りつけるドラマーは、明らかにヘヴィ・メタルを通り抜けてきた感じがします。けっこうハード・ドライヴィンな演奏で、プログレッシヴ・メタル的になってもおかしくないのですが、ハード&パワフルなドラマーに対してギターが弱いので、メタルにはなりません。

しかし、なんでしょうねぇ、このごった煮感。シンフォニック風、メタル風、民俗音楽風、ジャズ風、ムード歌謡風といった要素がごちゃ混ぜに現われては消え、ドラムがそれらをぶん殴り、鍵盤はときに重厚に、ときに華麗なオーケストレーションやフレージングでそれらの要素をみごとに演出します。その一方で、なんとなくアイデアに技術が追いついていないようなベースと、ひとり地味でなんとなくベクトルが違っちゃってるようなギターがアンサンブルを不安定にしています。これ、狙いじゃなくて、素でこうなっちゃってるんだよな、きっと。

ヴォーカルは、普通の歌い方をするときと、声楽風の歌い方をするときがあるのですが、この声楽風の歌い方が実に微妙です。中途半端にちょっとだけ発声を練習したことがありますみたいな感じで、聴いててちょっと恥ずかしい。日本のDeja-vu(デジャ・ヴ)などもそうでしたが、なんとなく、プログレッシヴ・ロックと男性の声楽風ヴォーカルって、うまくマッチしにくい気がします。なんとなくですが。女性のソプラノ・ヴォイスとかは合うことも多いのですけどねぇ。

ちなみにこのアルバムには女性ヴォーカルも一部導入されているのですが、これがムーディなスキャットでして、思わず「宇宙戦艦ヤマト」を思い出しました(若い人にはわからないだろうな)。もしやこのまま「真っ赤なスカーフ」(でしたっけ?)に続いていくのでは... とか思ったり。

なんか、にぎやかで、いろいろなアイデアがあって、そのアイデアがきちんとまとまらないままに投げ込まれてて、おもしろいといえばおもしろいのですが、演奏とアレンジの技術レベルが少し低いかな。うまいミュージシャンはいるのだけど、バンドとしてのバランスがきちんと取れていない感じ。そのため、アンサンブルでの転換のタイミングとかがばらばらとしてなし崩し的になってしまったり、楽器間での意識の方向に散漫さを感じてしまったりする部分がけっこう多くあるように思います。このあたりをきちんとすると、アイデアももっと活きてくるだろうし、にぎやかなお祭り騒ぎなのだけど緊張感もあってドラマティックなクオリティの高いハード・シンフォニックになりそうな気がします。

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2005/11/28

川崎は微妙だった

寝てたら頭の周りになぜか蜂がたくさん寄ってきて、頭にとまったり布団の中に入ってこようとしたり。そのたびに手で振り払うのだけど、すぐにまた蜂がやってきて... ということを繰り返してたので、ほとんど眠れなかった... という夢を延々と見続けていた(気がする)ので、なんだかほとんど眠った気がしない今日です。これはなにかのお告げでしょうか。いまの自分にわかることは、すごく眠いです... ということだけです。

さて、土曜日に川崎に行ってきました。川崎のチッタデッラというところで11月23日(水)から27日(日)までの5日間、Ciao Italia Festivalという催しがあり、広場にイタリアン食材の屋台が出たり、ステージでカンツォーネのショーがあったり、ローマから旗振り隊が来日してフラッグショーをやったりするらしい、という情報を得たからです。フラッグショーといえば東京ドームで行なわれたイタリア・フェスティヴァルのときに見たものがなかなか楽しく、今回も旗振り兄さん見た~いというのがいちばんの理由だったりします。

チッタデッラといえば、イタリアン・ロックやプログレッシヴ・ロックのファンにはよく知られたライヴ・スペース「クラブ・チッタ」があるところなのですが、実は自分、いったことがありません。チッタデッラというくらいですから、イタリアの町並みをモチーフにしたショッピング&エンタテインメント施設で、3年前にオープンしたときにいくつか記事を見たことがあり、機会があれば行ってみようと思ったまま、だけど川崎ってうちから遠いのよねぇとけっきょくそのままにしていたのです。

川崎、遠いです。電車を2回も乗り換えなければなりません。家を出てから1時間半くらいかかるでしょうか。そして訪れたチッタデッラは...

微妙だ。

微妙にヨーロッパ風の町並みが模倣されてます。中央広場(Piazza Centrale)から街中をぐねぐねっと曲がっている道を歩いていくといつのまにか1階から3階についてしまう、そこから枝分かれする小道を通るとぐねぐねをショートカットできる、という、位置関係を把握しにくい構造はなんとなくシエナを思い出して楽しくはありましたが、まぁ、それだけ。道とか広場とかにイタリア語で名称がつけられていて、それっぽいようでありながら、実際はあまりイタリアを感じませんでした。

だってさ、敷地内に入ってすぐがパチンコ屋だし、クラブ・チッタの横はジョナサンじゃん。敷地内の飲食店もラーメン屋とか餃子屋とかインド料理屋とかがあって、イタリアンをうたってるのは2軒だけ。ショッピングゾーンもこれと行ってイタリアとは関係ないし。

いったい、なにがしたいのでしょうか、ここ。なにを伝えたいのかしら、チッタデッラ。印象としては、亀戸のサンストリートと変わらないように思うのですけど。食品スーパーのつるかめランドの変わりにチネ・チッタとクラブ・チッタが入っているだけという感じでした。あまりに微妙。そして、どことなくいなたい。チッタデッラの名が泣くよ。

で、Ciao Italia Festivalです。イタリア食材の試食・試飲&販売が楽しめるというイタリア市場は... 屋台が5つくらいでてるだけ。しかも入り口(駅側)にいちばん近いところに出てる屋台は、なぜか「ぴぴっとコンロ」のデモンストレーション用。イタリア、関係ありません。びみょーびみょーと思いながらパルミジャーノを試食して、ノヴェッロ(そういえば今年は飲んでなかった)を少し飲んだけど、これといってひかれるものはなし。ワインもチーズも、日常的にそれなりのものを手に入れてるからねぇ、うち。

んでも、お目当てのフラッグショーは楽しかったですよ。会場が狭いため、全部で6人くらい、メインの旗振りは4人程度と、かなりこじんまりとしたものにはなってましたが、そしてまた、その日2回目のステージだからか、若くてイケメンの兄ちゃんはなんだか疲れた感じで足元も少しふらついていたように見えましたが、さらには赤い衣装の旗振りおじさん(38歳とかいってたな)はこのステージの少し前まで自分らがお昼を食べたのと同じ店で食事をしてたのだけど、ワインをがんがん飲んでお店のカメリエーラ(ウェイトレス)をナンパして一緒に写真を撮ったのを見ていたので妙に気になって彼ばっかり見てしまいましたが、そんなことも含めつつ、やっぱ素敵ねぇなどと思うのでした。次回はぜひ、もっと広い場所で、旗振りのお兄さん・おじさんを20人くらい&太鼓にラッパもたくさん連れてのフラッグショーを見たいですわ>アルマーズさん(アルマーズという会社が旗振り隊をイタリアから呼んでいるのです)。

そしてフラッグショーのあとはカンツォーネショー。「イタリアから来ましたヴィットーリオです」と自己紹介してましたが、彼はたしか東京在住(ウェブで調べた)。「ガラスの部屋」を演奏するときには「ヒロシです」とかいってるし、ぽっと出?のイタリア人ではなく在日暦長いぞっていう雰囲気がぷんぷんします。ウェブ上のプロフィールによると自作曲などもあるらしいですが、こういうイベントですから、ステージでは往年の有名カンツォーネ&ナポレターナしか歌いませんでした。でも年配のお客さんは喜んでたな。客席のうしろのほうには、屋台でクレープ?とか売ってたイタリア人が店を放棄して?聴きにきてました。

しかし、こういうイベントでのカンツォーネショーでいつも思うのだけど、有名カンツォーネを中心にしながらも、数曲は最近の若いシンガーの曲なども織り交ぜることってできないのでしょうか。せっかくの「イタリアのポップス」を聴く機会なのに、古い曲しか聴けないのはもったいない気がします。

そんなこんなで川崎は夕暮れて、チッタデッラをあとにしました。もしチッタデッラ内に美味しいパン屋さん(パン・ド・トスカーナとかチャバッタとかが充実してる)があったら夕飯用に買って帰ろうと思っていたのですが、その願いもむなしく、ならば川崎駅前のショッピングセンターBEで素敵なパンが買えるかと思ったら、ありきたりの甘いパンしか売っておらず、悲しみにくれながら地元の有機野菜販売店でトマトと洋ナシなどを買って帰ったのでした。

川崎は遠かった。家からの距離も、好みからの距離も。

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2005/11/25

TANTRA / DELIRIUM

Tantra(タントラ)ってむか~し、ファースト・アルバムのLPを聴いたことがあります。いまもレコード・ラックに持っているはず。たしか、ポルトガルのGenesis(ジェネシス)みたいな紹介をされてたような気がするのですが、ぜんぜん印象に残ってません。

デビューは1977年だそうですが、アルバムを3枚出したのちに活動停止。と思ったら2003年に再結成され22年ぶりのニューアルバムをリリース。そして2005年に5枚目となるこのアルバム『Delirium』をリリースしたのだそうな。

で、このアルバムです。ひさしぶりに聴くTantraです。第一印象は...

すごい!

アルバム冒頭から「どうだ! これこそがユーロピアン・シンフォニック・プログレッシヴ・ロックだっ!!」と高らかに宣言されたような感じです。

厚みのあるオーケストレーション、美と妖しさをまとった女神のごとき女性ヴォイス、数ヶ国語でガーガー歌う熱い男性ヴォーカル、ヘヴィ・メタルを通過していない(これ貴重)深くリヴァーブのかかったハードでメロディアスなギター、複雑なリズム・アレンジ、めくるめく展開、ドラマティックな構成、そして全体に漂うヨーロッパらしい哀愁と美意識。

ひさしぶりにユーロ・プログレらしいユーロ・プログレを聴いた感じです。ポンプでもなく、プログレ・メタルでもなく、イギリスではない西ヨーロッパの、王道のシンフォニック・プログレッシヴ。Tantraって、こんなにいい音楽を演奏できるグループだったっけ?

うぅむ。彼らの過去のアルバムもちゃんと聴いたほうがいいかもしれないぞ、これは。まずは再結成後1作目となる前作を入手しようか。それとも、とりあえずレコード・ラックからデビュー作のLPを引っ張り出してこようか。

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2005/11/24

IVER KLEIVE / KYRIE

Iver Kleive(イヴェール・クリーヴ?)は、その筋(どの筋?)ではけっこう名の知られたキーボード奏者のようです。『Kyrie』というアルバム・タイトルどおり、賛美歌風の曲が中心に収録されています。

M1はのっけから混声合唱で「キリエ・エレイソン」の繰り返し。バックにはピアノとオルガンが鳴っていて、いきなり「きたーっ!」と思わせます。ただ、キリエ・エレイソンで混声合唱なのに、クワイア風というよりはゴスペル風な印象のほうが強いのが個人的にはちょっと残念。

続くM2でも、ほんのりジャジーなオルガン・ロック風に見せかけておいて、サビ?では壮大なチャーチ・オルガンが鳴り響き、ここでまた「きたーっ!」とちょっと興奮。

その後も、クラシカルなピアノのアルペジオにFar East Family Band(ファー・イースト・ファミリー・バンド)にも通じるようなアンビエントなヴォーカルにぼやぁ~んとしたり、古いオルガン・プログレッシヴ・ロックみたいな曲にのほほぉ~んとしてたりしたら、M5でまたチャーチ・オルガン。きらびやかだけど重厚感のあるチャーチ・オルガンの音が鳴り響くたびに、胸の奥のプログレ心がくすぐられます。以後、おだやかな曲で心地よく(少し眠くもある)なるとチャーチ・オルガンに目を覚まされるという繰り返し。

基本はピアノとオルガンを中心としたキーボード・ミュージックで、ほとんどヴォーカルも入らないしリズム・セクションも活躍しません。ポピュラー・ミュージックのなじみやすさを持った宗教音楽・教会音楽といった印象で、聴く人を選ぶかもしれません。クラシカル・シンフォニック系のプログレッシヴ・ロックが好きな人には気になる音だろうな、きっと。自分の好みとしては、もう少し「ロック」的なリズムが全体にほしいところではありますが、素敵な響きのオルガンが聴けるだけでも充分、という感じもします。


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2005/11/22

TANQUAM / ARTANASAN

ロシアのプレグレッシヴ・グループだそうです。まだアルバムの前半しか聴いてないのですが... これ、なかなかよさげです。

基本的にヴォーカルレスのインストゥルメンタル・シンフォニックのようで、ヴォーカル・ファンの自分としてはちょっとつらいジャンルに入るはずなのですが、このインストゥルメンタルがすごい。分厚く構築されたオーケストレーションとドライヴ感のあるリズム隊。神秘的でどこか邪悪さも感じさせるメロディ。ときにアラブ・ミュージック風の妖しさも織り込むアレンジ。そして、闇夜から降りてくるかのような美しくも危険なソプラノ・ヴォイス。ダークで力強いロック・シンフォニーが展開されてます。

もしかしたら、名作かも! はやく後半を聴かなくちゃ。

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2005/11/21

モモさん、フォーッ!

黒ラブのモモさん、こんどはHGになってました。

犬をHGにする

う~ん、今回はあまり「モモさんらしさ」が出てないような。
残念フォーッ!

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ついに“あの方”も参加!――イタロ・ポップ・フェスタ報告

11月19日(土)は、関東近郊在住イタリアン・ポップス・ファンの月に1度のお楽しみ、イタロ・ポップ・フェスタ@亀戸の日でした。

ここのところ、音楽の集いなのかただの宴会なのかよくわからんという声もあがりはじめていたこのフェスタでしたが、今回は「ふだんの生活で聴いたり新たな曲・歌手を知ったりすることがなかなか難しいイタリアの“いまのポップス”に気軽に触れ、楽しむ会」という当初の目的を前面に打ち出した、新しいスタイルとなりました。

会場の都合で、第1部?は1階の半分ガーデン・半分室内(遊戯室)という場所でのスタートとなりました。伸びた芝や緑に囲まれたガーデンは美しく、気持ちよくはあるのですが、さすがにこの時期の夕方4時をすぎると寒くもあり、とりあえず食べ物で少しおなかを満たしてからは風の来ない室内に入っての音楽鑑賞会となりました。

今回は、現在活動中のイタリアのアーティスト、Mario Rosini(マリオ・ロシーニ)とMassimo Di Cataldo(マッシモ・ディ・カタルド)からこのフェスタへのコメントが届く!というおまけつき。以前にこのフェスタに参加してくれた、NHKラジオのイタリア語講座で講師をされているElianaさんが、イタリア人ならではのコネクションを駆使して(笑)、彼らとコンタクトし、フェスタのことを伝えてくれたのです。現役イタリアン・アーティストからの直接のコメントと秘蔵DVDによる、これまでのフェスタにない鮮度の高い音楽紹介・鑑賞会でした。紹介してくれたElianaさん・Youichiさん、ありがとう。

ちなみに、紹介のあとにMarioとMassimoのどちらのほうが気に入った?アンケートを挙手でとったのですが、オーソドックスな歌い上げ系バラードが印象的なMarioのほうが会場での人気は高かったようです。とくに女性参加者はほとんどがMarioのほうを気に入ったみたい。一方、男性陣(のとくに常連参加者)にはいくぶんロック風味が強いMassimoのほうが人気だったようです。

Mario/Massimoコーナーの最後にはMarioのCDを1名様にプレゼント企画もあり、まだ彼のCDを持っていないMario支持者5名がじゃんけんでその獲得権を争うことに。そのなかには、さまざまな話題を提供してくれる、最近のフェスタになくてはならない人気者(いぢられキャラ)、キャバ男あらためぷんとさんもいたのですが、みなの期待どおりに最初のじゃんけんでただひとり脱落するという、さすがおいしいところを持っていく、お笑いの神様がついている姿を見せてくれました。最終的には初参加の方が勝ち残りました。初のフェスタ参加で楽しい思い出を持ち帰ることができて、よかったですわ。

夕方6時半を過ぎたあたりで、もともと予定されていた最上階の会場へと移動。今回は、これまでのようにテーブルを部屋の真ん中において、その上に食べ物等を広げ、まわりをみんなで囲むように座る、という配置をやめ、テーブルは部屋の両脇に(食べ物もそこに)、そして部屋の真ん中には前方スクリーンに向けて椅子のみを配置、というかたちにしました。そして「音楽を楽しむ」パートでは、飲食は自由だけど、みんな椅子に着席して音楽を聴く、というかたちになりました。

音楽パートのあいまには、それぞれに食べ物をつまんだりドリンクを飲み、参加者同士で歓談。音楽パートが始まるころにはドリンクと多少のつまみを盛ったお皿などを手に着席し、音楽を楽しむ。このスタイル、いいですね。ちゃんと聴ける。聴いている最中に食べ物等をとりにいったりするのは自由なので、そんなに堅苦しくならないし。

第2部?のオープニングは、POP! ITALIANOのkazumaさんによるRiccardo Cocciante(リッカルド・コッチァンテ)の特集。最近では大ヒットしたフランスのミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」の作曲者として多くの人に知られるRiccardoですが、1970年代にはその独特のだみ声と熱唱で多くのイタリアン・カンタウトーレ・ファンをひきつけました。自分もそのころ(1970年代)のアルバムはいくつか持っているのですが、実は80年代以降はあまり聴いておらず、古いものから今年出た最新盤まで6曲が紹介された今回の特集は、なかなか興味深いものでした。とくに最新盤からの曲が70年代のころのようなパッションを取り戻しているように聴こえたのが印象的。それと、ディズニー映画『トイ・ストーリー』イタリア版サウンド・トラックに収録されているという、ランディ・ニューマン作曲の「Un amico in me」という曲が個人的には気に入りました。

5分程度のブレークのあとの次の音楽パートは、DVDによるCarmen Consoli(カルメン・コンソリ)。バックにフル・オーケストラを従えたライヴの映像です。Carmenは、曲そのものはあまり自分の好みとはいえないのですが、なんといってもその歌声が素晴らしく、トレーニングや技術の賜物ではない、生まれもっての「天からのギフト」を感じます。この「声」が聴きたくて、けっこうアルバムは持っているのですが、大きなアコースティックギター(Carmenが小柄なのかな)を抱えて歌う姿はとてもキュートで、DVDも悪くないなぁと思ったり。これで曲がもう少し自分好みならなぁ(笑)。

Carmenのあとは、明日(11月22日)のイタリア商工会議所関係のセレモニーのため(だけ)に来日コンサートを行なうIrene Grandi(イレーネ・グランディ)の「La tua ragazza sempre」が紹介されました。Vasco Rossi(ヴァスコ・ロッシ)が提供したこの曲は、Ireneにぴったりのロック感がありながらもさびの部分は非常に「イタリアのメロディだぁ~」と感じさせる、なかなかの名曲です。自分はこの曲を聴いて「Vascoも聴きたいなぁ」と思うようになったのが思い出されます。

ここでまたしばしのブレーク。第1部?で食べ物の多くを食べつくしてしまった(笑)こともあり、第2部ではなんとなく口寂しさを感じつつ、チーズ等をつまみにワインを飲んでいました。自分、飲みながら、飲む以上にがんがん食べるタイプなので、食べ物が少ないのはちょっと残念。

そんなことをしていたら、誰かが会場に入ってきました。遅れての参加者さんかなと思って入り口を見たら... なんとなんと! そこにいらっしゃったのはまぎれもなく片山伸さん。日本のイタリアン・ポップス・ファンなら名前を知らない人はいないだろうと思われる、www.italianmusic.jpの片山さんです!

いやぁ、びっくりした~。片山さんには以前、お仕事の関係で1度お会いしたことがありましたが、会場にいらしてくださるなんて。

音楽業界の方で、さまざまなイタリアン音楽を日本に紹介することに尽力された片山さんです。きっとなにか素敵なお土産話を持ってきてくださってるに違いないと期待したら、思ったとおり。秘蔵のDVDをお持ちくださいました。そこには、Amedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)、New Trolls(ニュー・トロルス)、Anna Oxa(アンナ・オクサ)、Pooh(プー)、Le orme(レ・オルメ)が歌い演奏する姿が! New Trollsは「Concerto grosso」も演奏してましたよっ!!

いやぁ、すごいものを観ました。このフェスタでこんなものが観られるなんて期待も予想もしていなかったもので、腰抜けそうです(笑)。

その後は、新企画「わたしのおすすめコーナー」。時間の関係でおふたりからの紹介でしたが、第1部でのじゃんけん1負けの悔しさを吹き飛ばすかのようにぷんとさんがMariella Nava(マリエッラ・ナーヴァ)を紹介。また、新顔さんからFiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)が紹介されました。Fiorellaはいいなぁ、やっぱり。次回は誰がどんな曲・アーティストを紹介してくれるのかな。この企画も楽しみです。

そして、フェスタの締めは素敵なおじさま・アマニッシモさんと美しいお姉さま・ひろみさんによるユニット「Kaurini」(カウリーニ、でいいのかしら?)のステージ。ご持参のカラオケをバックに、Gigi d'Alessio(ジジ・ダレッシォ) e Anna Tatangello(アンナ・タタンジェロ)の「Un bacio nuovo」、Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ) e Giorgia(ジォルジァ)の「L'Abitudine」、Laura Pausini(ラウラ・パウジーニ) e Raf(ラフ)の「Mi Rubi l'Anima」を披露してくれました。アマニッシモさん、妙に笑顔です。新しいスタイルのフェスタのラストを締めるにふさわしい、楽しいステージでしたね。ちなみにアマニッシモさんは、音楽パートで椅子に座って歌を聴いているときにずっとワインのボトルを胸に抱いていた姿も印象的でした(笑)。

次回からは開始時間が少し遅くなるようですが、今後はいっそう「イタリアのポップスを、みんなで楽しむ」という要素が強まりそうで、ますます期待です。

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2005/11/18

PEKKA POHJOLA / EVERYMAN - JOKAMIES

フィンランド人のベース奏者。いまはソロで活動しているけれど、以前はWigwam(ウィグワム)というグループで演奏してました。Wigwamってプログレッシヴ・ロック・ファンのあいだではけっこう有名なグループなのだけど、聴いたことないや。

ソロになってからのPekka Pohjola(ペッカ・ポホヨラ)は、ニューエイジ系の優れたアーティストとして、プログレッシヴ・ロック・ファン以外の音楽ファンにも知られるようになり、日本にも何度か来てたはず。だけど自分、彼のアルバムって持ってなかったよな、たしか... と思い、ためしに入手してみました。

全体にシンセサイザーの音が支配している、いわゆるアンビエントとかニューエイジとか呼ばれるタイプの音楽。もともとは「Jokamies (Everyman)」というフィンランドのテレビ番組のために書かれた曲らしく、それもあってか、ほとんどの曲にヴォーカルもリズム隊も入っていません。自分の好み的にはあまり興味のない、聴いていて飽きてしまうことの多いタイプです。

でも、なぜかこのアルバムは、飽きない。それは、アルバム全体を通してシンセサイザーがただもやもやと鳴っているだけであまりメリハリもないままにだけどおしゃれっぽさはまぶしてある... といった感じ(に自分には聴こえる)のアンビエント・ミュージックとは違い、ときに神秘的で、ときに幻想的で、ときに厳かでと、曲想にいくらかのヴァリエーションがあるからでしょうか。また、それぞれのフレーズやメロディ自体が魅力的な美しさを持っているからかもしれません。

そして、突然響く混声合唱。これが何の違和感もなく、音楽に溶け込んでいる。

けっきょく、非常に穏やかな気分のまま、気持ちよく最後まで聴けてしまいました。

ちなみに自分、Pekkaのアルバムって持ってなかったよなぁと思っていたのですが、Pensiero! websiteを確認したら、『Visitations』というアルバムを聴いたときの雑感を自分で書いてました。このアルバムとはずいぶん感じが違うようです。ていうか、アルバム持ってるじゃん、自分。

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2005/11/17

SAGA / FULL CIRCLE

カナダのヴェテラン・プログレッシヴ・ハード・グループだそうです。プログレッシヴ・ハードとハード・プログレッシヴの違いがよくわからないのだけど、プログレッシヴ・ハードはプログレッシヴな“ハード・ロック”、ハード・プログレッシヴはハードな“プログレッシヴ・ロック”という理解でいいかしら。もしそうだとしたら、Saga(サーガ)のベースは“ハード・ロック”ということになりますが。

そう考えると、まぁ納得の音です。というか、ぜんぜんプログレッシヴな匂いがしません。普通の、ありきたりのハード・ロック。1980年代から90年代くらいにかけて一部の音楽ファンからある種の侮蔑表現として使われていた「産業ロック」というジャンル?がありますが、当時のメジャーな産業ロック・グループ、たとえばStyx(スティクス)とかJourney(ジャーニー)とかForeigner(フォリナー)とかGiufflia(ジェフリア。つづりこれでよかったっけ?)とかのほうが、よっぽどプログレッシヴな匂いをまとってます。

では、ハード・ロックとしてはどうなのかというと、これまた普通でありきたり。テクニック的にもアヴェレージという感じだし、ハードさやドライヴ感といったものは弱いし。カナダといえばRush(ラッシュ)やTriumph(トライアンフ)など、ハードでテクニカルで、かつプログレッシヴなニュアンスも持っていてというグループがまず思い出されるのだけど、彼らの前ではSagaはえらく見劣りします。

そもそもね、楽曲に魅力がないのがいちばんの問題だろうな。曲の構成が単純なのに、印象的なメロディがないから、記憶に残らない。リズム・パターンも単調で、曲のなかでのドラマ性が希薄。アレンジも演奏技術も並。ファンの方には申し訳ないけれど、自分には雰囲気だけのキーボード入りハード・ロックという印象しか残りませんでした。

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2005/11/16

CRISTIANO DE ANDRE' / SCARAMANTE

お父さんはいわずと知れた偉大なカンタウトーレ、Fabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)。いわばCristianoは2世シンガーなわけですが、親の威光に依存することなく、ぽつぽつとではありますが味わいの深い作品をリリースし続ける、中堅どころのカンタウトーレに育ちましたね。もともとはFabrizioのコネクションだったのでしょうが、Massimo Bubola(マッシモ・ブボラ)やMauro Pagani(マウロ・パガーニ)といった才能のあるアーティストたちにもかわいがられているようですし、Daniele Fossati(ダニエーレ・フォッサーティ)との関係も続いているようですし、それもきっとカンタウトーレとしてのCristianoを彼らがきちんと認めているからなのでしょう。

2001年リリースの『Scaramante』は、彼の5枚目のソロ作品のようです。ずっと『L'albero della cuccagna』(1990年)がソロ・デビュー作だと思ってたのですが、オフィシャル・サイトのディスコグラフィによると1987年に『Cristiano De Andre'』というアルバムをリリースしているようです。1992年に『Canzoni con il naso lungo』(1993年に「Dietro la porta」を追加収録して『Cristiano De Andre'』というタイトルで再リリース)、1995年に『Sul confine』とコンスタントにアルバムをリリースしたのち、しばし沈黙。6年ぶりに発表したのがこのアルバムです。その後、2003年に『Un giorno nuovo』が出ていますが、これはベスト盤のようですので、現時点ではこの『Scaramante』が最新のオリジナル・アルバムといえそうです。

M1「Buona speranza」はスパニッシュ・テイストのアコースティック・ギターと重いウッド・ベース、そこにかぶさる民俗音楽風のパーカッションが印象的です。草原を渡る風のようなさわやかさを感じます。

M3「Sei arrivata」もアコースティック・ギターの軽やかなコード・ストロークとカッティングが全体に響く、ラテン/スパニッシュ風の軽快な曲です。

もちろん、M2「Lady barcollando」のような、イタリアらしい明るいフォーク・ポップスもあります。

M4「Fragile scusa」にはキーボード・オーケストレーションが導入され、壮大で派手な感じのスロー・ポップスになっています。演奏はけっこう派手なのですが、歌メロはカンタウトーレ的な素朴さを感じます。

M5「Un'antica canzone」ではウッド・ベースの響きとチープ感漂うシンセサイザーのメロディが不思議な雰囲気を醸しだしています。少し民俗音楽風のニュアンスもあるスローな曲。

M6「Le quaranta carte」は非常にオーソドックスな感じのミディアム・テンポのイタリアン・ポップス。でも自分、こういう感じ、好きです。メロディアスなラップ・パートもイタリア的ですし、なめらかで素直な歌メロもイタリアらしくていいです。Luvi De Andre'(ルーヴィ・デ・アンドレ。妹さんでしたっけ?)のコーラスが「ライオンキング」的なエキゾティックさを加えます。

M7「Sapevo il credo」はほとんどギターの弾き語りに近いシンプルな曲。その他の楽器はそっと静かに雰囲気を加える程度です。その分、Cristianoのヴォーカルの味わいが活きています。作曲にクレジットされてるFabrizio Casalino(ファブリツィオ・カザリーノ)って、『Come un angelo』(1998年)を出した彼だよな、きっと。最近は裏方に回っちゃったのでしょうか。

M8「Sempre ana'」はスローなポップスなのですが、メロディや構成などがちょっと平凡かな。あまり印象に残りません。Mauro Pagani(マウロ・パガーニ)との協作なんですけどねぇ。

M9「La diligenza」は、なかなかおもしろい曲です。歌いだしのメロディも印象的ですし、途中ではレゲエ風味のリズム・アレンジが入り、その後には民俗音楽風味になったりと、聴いていて楽しい。しかも、ほどよく哀愁も漂っています。

アルバム・ラストのM10はアコースティック・ピアノをバックにしたスロー・バラード。いかにもイタリアらしいといえばイタリアらしいし、いかにもアルバムの最後といえば最後らしいのですが、曲自体はそれほど印象的ということもないように思います。自分の好みからいえば、M9で終わっていたほうがよかったかもしれません。

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2005/11/15

どんより

今日はなんだかどんよりです。

朝の6時半過ぎに地震があり、目が覚めてしまいました。あと20分ほどで通常の起床時間だったのに。この20分が「寝たりない感」を増幅してる気がして、どんより。

夜中から朝方にかけて雨が降っていたようで、道がぬれていました。空気も重たく湿った感じで、どんより。

今日の東京は最高気温が12度だか14度だかだそうで、寒いす。今年初めてアンダーシャツを着ました。これで駅に着くまでの道のりはほどよく涼しく過ごせたのだけど、電車の中は厚着をした人がぎゅうぎゅうづめで蒸し暑く、しかも寒いから誰も窓を開けていないのでよどんだ空気が充満してる。新鮮な空気をくれ~と願うまもなく、暑さとよどんだ空気に蹂躙されて少し酔ってしまい、どんより。

スパゲッティの缶詰は、オーストラリアや、最近ではイタリアのスーパーでも見かけることがあって、以前から気になっていたのですが、中身の写真を見たら想像以上にまずそうです。イギリス人しか食べないといわれてるそうですが、オーストラリアに住んでいる(あるいは移住してきた)イギリス人が食べているのでしょうか。しかし、パスタ発祥の地であるイタリアにも売っていたのはなぜだ。誰が食べるんだ? 食の大国イタリアとしての未来に勝手に不安を覚えて、どんより。


あぁ、なんだか気持ちが悪いです。どよぉ~ん。

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2005/11/14

いろんなモモさんを見よう

飼い主さんに好き放題されてる(愛されてる?)黒ラブラドールのモモさん。
これまでどんな活躍(?)をしてきたか、探してきました。

ドッキリにかかるモモさん
リテラシーを問われるモモさん
負け犬かを検証されるモモさん
犬用ドリンクのおいしさ判定を任されるモモさん
肉球をぷにゅぷにゅにされるモモさん
さんぽ途中の看板に挑まれている?モモさん
ビックリマンシールを貼られるモモさん

とりあえず見つけられたのはこんな感じです。いろいろされてます、モモさん。これからもがんばれ!(なにを?)

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モモさん、今度はドッキリに

犬にとって「さんぽ」はどこまでが散歩なのか... など、これまでもさまざまないぢわる(笑)を飼い主からされている黒ラブラドールのモモさんが、今回は「ドッキリ」をしかけられています。

さぁ、モモさんはドッキリにひっかかるのか、どんなリアクションをするのか。詳細はこちら↓

犬にドッキリをかける

あぅぅ。モモさん、かわいいです。

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ラムのロースト バルサミコのソース

骨付きのラムはいつもソテーにしてしまうことが多いのだけど、今回はラム・ラック(固まり肉)を入手したので、オーブンでローストにしてみることにしました。

しっかり塩・胡椒した400グラムくらいのラム・ラック(骨4本くらい)の表面を、強火にかけたフライパン&オリーブオイルでカリカリに焼く。まずは脂の部分から、続いて側面、裏面と、満遍なく。

表面をしっかり焼いたら、220度のオーブン(うちのオーブンはこれが最高温)で20分ほど焼く。

オーブンから取り出したラム・ラックを、骨のあいだで切り分ける。中がうっすらピンク色で、中心まできちんと暖まっていればOK。

最初にラム・ラックを焼いたフライパンの余分な油を捨て、残った肉汁にバルサミコを加えて混ぜ、火にかける。バルサミコが半分くらいの量までにつまったら、このソースをお皿に敷く。

バルサミコ・ソースのうえに切り分けたラムとつけあわせの野菜(今回はエリンギのソテーと茹でたスナップエンドウを用意)をなんとなくいい感じに盛り付ける。

あたたかいうちに召し上がれ。

いやぁ、んまいです。外はぱりっと、中はふっくら、肉汁じゅわーの、とってもいい塩梅に焼けました。ソテーやグリルもワイルドっぽくておいしいので好きですが、塊をオーブンでローストすると非常に上品な感じになって、別の旨みと楽しさがありますね。またやろう。

ワインは、ニーバム・コッポラのメルロー、1999年物を開けちゃいました。映画監督のフランシス・コッポラさんのワイナリー。カリフォルニア州ナパ・ヴァレー産です。以前、酒屋さんの懸賞で当たったものなのですが、普通に買うと6000円くらいするらしいです。わぉ。

いやぁ、このワインもメチャうまだった。力強く豊かな味わい。だけどまろやか。凝縮感が強く、メルローなんだけど、ジンファンデルとか、あるいはイタリアのアマローネにも似たニュアンスを感じます。おおらかで、暖かで、力強くて、優しい。ラム・ローストとの相性もばっちりです。味わいの強さのバランスがいいんだろうな。ただ、モッツァレッラとレタスにトマトのサラダとはだめでした。味の相性がどうのという以前に、ワインが強すぎてサラダの味が全部消し飛んじゃう(笑)。なので、サラダはサラダだけで食べましょうね。

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2005/11/11

Песняры / Олеся

旧ソ連・ベラルーシのロック・グループ、Песняры(ペスニァーリ。英語表記はPesniary)の、1974年のアルバムだそうです。自分が持っているCDは、このアルバムと1978年の 『Перепёлочка (Perepelochka)』の2枚が収録された2in1なのですが、今日はとりあえず『Олеся (Olesya)』のほうだけ聴きました。

Pesniaryといえば1980年の『ГУСЛЯР (Gusliar)』が混声合唱入りシンフォニック・プログレッシヴ・ロックのとんでもない名作としてコアなファンのあいだでは有名なのですが、このグループ自体はどちらかというとプログレッシヴ・グループではなくコーラス系のポップス・グループのようです。

この1974年のアルバムも、プログレッシヴというよりはコーラス系ポップス作品といった印象があります。イタリアの、日本でいうところのいわゆるラヴ・ロック系の作品に近い感じを強く受けます。ところどころでビート・ロック風になったりサイケデリック風なニュアンスがあったりするところも、1960年代後半から70年代にかけて出てきたイタリアン・ラヴ・ロック・グループの初期のころの姿となんだか重なります。

といっても、そこは旧ソ連。イタリアとは違ったもの悲しさを存分にまとった哀愁がたまりません。また、曲のメロディはポップス風でも、そこに重ねるコーラスが妙にクラシックぽい合唱スタイルなので、ヨーロッパの古い歴史を感じさせる奥行きと深みと趣が醸しだされます。もちろん、オーケストラも入っています。

M1はNew Trolls(ニュー・トロルス)の「Concerto Grosso II」を思わせるような雰囲気の曲で、そのままクラシカルな方向へ突っ走るかと思いきや、その後はもっと世俗っぽいコーラス・ポップスになりますが、なぜかM5のメロディはナポレターナぽかったり、M6ではアラビア風のイントロがエスニック感満載だったり、だけど全体には東欧らしいひなびた哀愁が薄いヴェールのようにかかっていたりと、なかなか味わい深い作品です。録音状態があまりよくなく、ときどき音がひび割れたりするところも、かえって雰囲気を出すのに役立っているように思います。

うん。いいグループだな、Pesniary。カップリングされているもう1枚のほうも聴くのが楽しみです。

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2005/11/10

KETIL BJORNSTAD & ERIK HILLESTAD / MESSE FOR EN SARET JORD

Ketil Bjornstad(ケティル・ビヨルンスタ)はノルウェー出身のけっこう有名なピアニストらしいです。日本盤も何枚かあるらしい。そのKetilと、このアルバムをリリースしているKirkelig Kulturverksted(シルケリグ・クルチュールヴェルクスタと読むらしい)というノルウェーのレーベルのオーナーであるErik Hillestad(エリック・ヒルスタ)によるミサ曲のようです。

Kirkelig Kulturverkstedというレーベルは現代的なアレンジなどを施した良質のトラッド作品とかをたくさん出しているところらしく、このアルバムもただのミサ曲集ではなく、ポップ・ミュージック的な聴き方もできるアレンジがされています。

ソプラノ・ヴォーカルと混声合唱を中心に、穏やかなリズム・セクションやポップス楽器などが歌をバックアップします。考え方としては、フランスのGregorian(グレゴリアン)などに通じるところがあるのかな。でも、Gregorianは完全にポップス・フィールドの音楽だと思いますが、このアルバムはもっとシリアスで、クラシックよりかもしれません。

神聖で厳かにすら響く合唱が、やはり魅力的に思います。自分、合唱ファンだし。また、ミサ曲ということもあって、メロディやコードの進行もいかにもヨーロッパ的な重厚感があって好みです。これでもっとリズム・セクションが強くはっきりと主張して、ロック的な力強さが加わったなら、自分としてはさらにうれしく思うのですが、強力な混声合唱と強力なロック・ビートががっちりと組み合わさったような音楽には、なかなか出会えません。そういう音楽を求めて、ロック/ポップス・フィールドの作品で「混声合唱」というキーワードにひっかかる作品をいろいろと聴いてるんですけどねぇ。

それはそれとして、たとえばAntonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)の『Luna crescente』のトラッドやクラシックの曲とか、あるいはDonella Del Monaco(ドネッラ・デル・モナコ)のソロ作品とかが好きな人などは、このアルバムも楽しんで聴けるんじゃないかと思います。秋から冬の夜とかに聴きたい感じの作品ですね。

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2005/11/09

3回やって、2回当たった。こわい...

ネット上で見つけた水晶玉占い
なんで当たるのか、わからない。
こわいよ~。


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JINETES NEGROS / JINETES NEGROS

プログレッシヴ・ロックの専門店、Garden Shedで「キーボードによるオーケストレーションを中心に、フルート、ヴァイオリン、混声合唱団をダイナミックに導入したクラシカル・ロック・アレンジが、ドラマチックに高らかに鳴り響く」「シンフォニック・ロック、超力作」と紹介されていたアルゼンチンのグループ。

混声合唱でクラシカルでドラマチックでシンフォニックな超力作ですよ。気になるキーワードのオンパレードです。これを見て、頭の中ではLatte e miele(ラッテ・エ・ミエーレ)とかPesniary(ペスニエリ)とかが鳴り響いてたわけです。わくわく。

しかし...

これ、普通にハード・ロックじゃん。合唱は使ってるけど、ほとんどたんなるコーラスの域を出てない。これといってひねりのない曲構成、単調なリズム、平凡なアレンジ。メロディアスなハード・ロックのコーラス・パートに合唱団を入れたらなんとなくプログレ・ファンにも喜んでもらえそうな感じのものに仕上がりましたってだけのような印象です。この程度でプログレッシヴ・ロックを名乗るなって感じ。これよりか、デス・メタルとかヘヴィ・メタルとかを名乗っているグループ、たとえばTherion(セリオン)とかBlind Guardian(ブラインド・ガーディアン)などのほうがよっぽどプログレッシヴ・ロックのテイストを持ってると思うぞ。

なんだかねぇ、シンフォニック・ロックとしてはオーケストレーションが中途半端。2000年の作品らしいけれど、そのわりにはオーケストレーションの中心となるキーボードの音が妙に薄っぺらくて安っぽい。クラシカル・アレンジも、M4「Floreces, tiemblas y te vas」はNew Trolls(ニュー・トロルス)の「Concerto Grosso II」をいくぶん髣髴させるところはあるけれど、それ以外はことさらクラシカルという感じはないし、ドラマチックに鳴り響いているとも思えない。合唱団も添え物っぽいし。

かといって、メロディアス・ハード・ロックとしてもねぇ、微妙。そもそも曲自体が平凡でドラマ性に欠けているのもつらいのだけど、それよりもなによりも、ロックとしての躍動感というか力強さというか、聴いていてわくわく・どきどきする感じがないのがきつい。

う~ん。けっきょく、プログレとしてもハード・ロックとしても「心に訴えてくる」ものを自分はこのアルバムから感じられないのです。なんとなくシンフォニック・アレンジを施してきれいにまとめてみましたっていう以外の印象がないなぁ。悪くはないけど、まぁこんな程度でしょうか、という感じのアルバムでした。

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2005/11/08

映画『SAW2』

前作『SAW』のヒットから1年足らずで続編をつくりあげるなんて。このフットワークのよさをうちの会社も見習いたいものだ... いや、それはどうでもいいのですけれど。

観てきましたよ、『SAW2』。前作ではすっかり簡単にころっとだまされた自分でした。実行犯の特定(推測)までは早い段階でできてたのだけど、犯行を計画した真犯人がまさかあんなところにいるあの人だったなんてことは気がつかなかったぁ。密室での緊迫した感じやゲームに勝つ=生き残るための「答え」も、いやぁ~な感じ満載のスリリングな映画だった。かなり楽しんで観たのですよ、前作は。

さて、続編です。う~ん、ちょっとテイストが変わりましたね。脳みそ飛び散ったり、釘だらけのバットが頭に刺さったりと、痛いシーン、えぐいシーンは満載ですが、前作ほどの緊迫感や、恐怖のなかでの知的ゲーム感は薄れちゃった感じ。

もちろん、観終わってみれば、本当の意味でゲームをしてたのは監禁された8人ではなく、刑事とじいちゃん、もっといえば姉ちゃんと刑事であって、あの8人には実はあまり意味がないというか、彼ら自身がゲームの「コマ」であって、実はプレイヤーとしての立場はほとんど与えられていなかったというどんでん返しというか、構造上のトリックというか、そういった引っ掛けに今回もまんまとだまされてしまった自分のバカヤローとかは思いますし、そのあたりが「SAW」的で、うまいなぁとも思います。

でもねぇ、映し出されるシーンのほとんどが「コマ」であるあいつらなわけじゃないですか。できればもっと「コマ」たちのあいだの緊張感・緊迫感がほしかったし、「コマ」であってももっと知力が試される、知力を発揮する展開がほしかった。知力フル稼働したあいつらを「コマ」扱いしてしまうジグソウ、と思ったらそのうしろには2代目ジグソウ、くらいの重層構造があって観てる側は頭の中が大混乱、くらいのお話になってたら、もっとおもしろかっただろうと思うのだけど、「コマ」のほとんどが知力放棄してる連中ばかりなのが残念。もっとね、「コマ」の連中と一緒になって「答え」探しをしたかったよ。

モニターのトリックについては、けっこう早い段階で気づいた。少なくとも発信源は別だろうくらいのことはすぐにわかる。しかし、金庫から子供が出てきたときには「あぁ、やられたぁ」と思いましたわ。大事なのは「ルールを守る」こと。最初からじいちゃんはそういってたのに。ルールさえ守れば、息子は助かるって。くそぉ。

しかし、前作でも思ったのだけど、犯行の動機が弱いよなぁ。命を大切にしない者は、生きるに値しない。これはこれでいい(社会風潮的にはかなり危険だけど)として、初代ジグソウはこの考えに取り憑かれたある種の狂信者(精神的に異常や病的とは言い切れない人でも、こういった考えに取り憑かれるケースはあるからね。ある種の宗教とか)と考えて納得がいくのだけど、2代目ジグソウが同様の考えを強固な信念として持つに至る過程と理由が、あれだけでは弱いと思うのだよなぁ。こういった「信念」って、ある程度の時間をかけて徐々に蓄積し強固になっていくものだと思うのだけど。

などと、なんとなく納得できないところや、充分に楽しみきれなかった部分もあるにはあるのだけど、全体としては満足いく内容でした。あの終わりかただと『SAW3』もありそうな感じだけど、次回はぜひ被害者たちにもっと知力フル稼働で答え探しをしてほしいです。

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2005/11/07

映画『白鯨』

ビデオでグレゴリー・ペック主演の古い映画『白鯨』を観たのですよ。これ、原作本をいつか読みたいと思いながらもずっと読めずにいるお話で、ストーリーとか知らなかったのですけれど、もしかしてすごく宗教的というか、キリスト教的な内容なのかしら。

巨大な白クジラに足を食いちぎられた船長が、白クジラへの復讐に執念を燃やす、というのがお話のベースなのだけど、その船長の名前がエイハブ。そしてエイハブ船長の船に乗り、一緒に白クジラを追い、しかし白クジラの逆襲にあい全乗組員が死んだなかで唯一生き残り、白クジラとエイハブ船長の物語の語り部となった船員の名前がイシュマエル。そのイシュマエルがエイハブ船長の船に乗り込む直前に、白クジラの出現とエイハブ船長の死、そして死した船長がふたたび浮かび上がったときに一人を除いてすべての船員が死ぬ、という予言をイシュマエルに与えたのがイライジャという浮浪者(?)。

エイハブ。イシュマエル。イライジャ。これって旧約聖書に出てくる、イスラエルに異教の神を大量に持ち込んでヤハウェの怒りを買ったイスラエル王のアハブ、アブラハムの最初の子供でアラブ人の先祖になったといわれるイシュマエル、アハブ王が持ち込んだ異郷の神とその信者と戦い滅ぼした預言者エリヤですよね、きっと。

白は「神聖」であることを象徴することが多い色に思えます。白くて、巨大で、これまでに多くのクジラとりたちが挑んだけれど一度も勝てずにいるクジラ。これはヤハウェの象徴?

強大な神に挑むエイハブと、彼の破滅を予言するイライジャ、そしてエイハブの無謀な挑戦と破滅を語り伝える任を背負ったイシュマエル。それぞれが、旧約聖書の登場人物と似た役割を持たされてるんだな。

なかなか重層的なお話のようです。映画では2時間程度でけっこうあっさりと話が進んじゃっているけれど、原作はきっともっといろいろな暗示や伏線があるのでしょう。自分は聖書の知識があまりないので、それらの暗示がわからないだろうけど、でもやっぱり本を読んでみたい。そう思いましたわ。

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2005/11/04

SUBSONICA / SUBSONICA

アルバム・デビューは1997年で、これまでにライヴ盤を含めて5枚のアルバムをリリースしているSubsonica(スブソニカ)。そろそろ“若手”ではなく“中堅グループ”になってきた感じがしますね。イタリア本国でも確実にファンをつかみ、アルバムがリリースされるとちゃんとチャートの上位に入ってくるようですし。

ラウドでブンブンいうベースが印象的なロックで、そこにきらびやかなエレ・ポップ風味がまぶされたり、ダンス・ビートやレゲエ風のギター・カッティング、ラップ風のヴォーカルが顔を出したりと、いろいろな音と表情を持ったグループだと思います。このアルバム(デビュー作のようです)ではゲストにヴァイオリニストやチェリストも迎えられていて、時にクラシカルな雰囲気も感じられます。

ジャンルとしては、Bluvertigo(ブルヴェルティゴ)などと同系統でくくられるのかな。こういった音楽は、学生だったころは好んで聴いたこともありましたが、いまの自分はあまり好んでも求めてもいない音。とはいえ人気グループですし、1枚くらいは聴いておきたいなと思い購入したのですが、とりあえず1枚聴いたからいいか、といった感じです。悪くはないけれど、自分の好みからすると、ヴォーカルや演奏がもう少しメロディアスな音楽のほうが好きかなぁ。どちらかというとBluvertigoのほうが印象に残る気がしました。

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2005/11/02

芝居「ダブリンの鐘つきカビ人間」

見たぞ 見たぞ
紙人形が 見ぃつけた
ぼくらの教会 見ぃつけた

うぅ(涙。この芝居を観た人しかわからない)

渋谷のPARCO劇場での初演、見損ねているのですよ。観たかったのだけどなぁ。『人間風車』も見逃した。

そんなわけで、ル・テアトル銀座での再演が観られて、本当によかったです。これまでにも後藤ひろひと&G2の舞台はいくつか観ているけれど、自分が観たことのあるもののなかでは『ダブリンの鐘つきカビ人間』がベストですね。

なんといっても、大枠のストーリーが非常にはっきり・きっちりしているのね。どこで、なにが起きて、どうなったという、軸となる物語にぶれがなく、この物語自体でちゃんと起伏のあるドラマティックな構成になっているうえで、それぞれのシーンやその合間にお遊びのセリフや場面が入っている。だから、お遊びシーンに話が引きずられてとっちらかってしまうことなく、笑うところでは笑っても、ちゃんと元の物語にすっと戻っていける。これはなかなかすごい脚本ですね。

中途半端な脚本だと、こうはいかない。お遊びシーンだけがなんだか浮いてしまい、そこだけが楽しかったみたいになってしまったなんてこと、よくあります。せっかくの物語を、無理やり入れた「笑わせるシーン」がぶち壊してしまったりとか。中小の劇団だと、そもそも物語自体を見せる構成力がなかったりというところもありますし。

やはり、大王さま(後藤さん)はすごいな。役者としてもかなりキャラが濃いけれど、脚本作家としての才能を感じます。

この芝居、初演では水野真紀に大倉孝二、長塚圭史、遠藤久美子と、なかなかな有名人が出演し、それもあって「観たい」と思ったのですよ。エンクミちゃん、けっこう好きだし(←ミーハー)。今回の再演にあたっては、水野さんが演じた「おさえ」の役を中越典子さん(地味)、大倉さん演じた「カビ人間」をラーメンズの片桐仁さん(お笑いの片割れかよ)、長塚さんと遠藤さんが演じた「森で迷ったカップル」を土屋アンナさん(NHKテレビ「イタリア語会話」歴代女性アシスタントのなかで最低!『下妻物語』はおもしろかったけど)と姜暢雄さん(誰?)というキャスティングで、正直「だいじょうぶか?」という心配もあったのですが、みなさん、いい感じでした。ちゃんと「おさえ」の気持ちも「カビ人間」の気持ちも伝わってきた。しかし、キャラ的には後藤ひろひとさんと山内圭哉さんがおいしいところ、みんなもってってたなぁ。

途中で、山内さん演じる神父が教会でミサを開くシーンがあるのですが、ここがなんとなくミュージカル仕立てなのです。そして、そのシーンで演奏される音楽や舞台の雰囲気が、なんだかとっても筋肉少女帯みたいなのです。そのシーン以降、どうも筋肉少女帯の印象が残ってしまい、そのうちにカビ人間がどんどん大槻ケンヂさんに見えてきてしまい、いっそのことオーケンがカビ人間をやったらどうだったんだろう、音楽も全盛期の筋少がやってたらどうだったかななどと、どうでもいいことばかり考えてしまったりしたのですが、それ以外の場面での曲にはアイリッシュ・トラッドを思わせる哀愁に満ちたものや、古い日本のポップスを思い出させるようなノスタルジックな曲もあり、どことも知れない、いつかもわからない、あやしい童話のような世界に非常にあっていました。

そして、最後も、そうきますか。なるほどね。きちんと笑わせ、泣かせ、哀しませ、怖がらせ、切なさとやるせなさが余韻に残るような終わり方でした。うん、おもしろかった。

しかし、後半のほうにある「火をつけたのは誰だ?」から「カビ人間は悪魔だ」へと町の住人たちが叫ぶセリフが徐々に変化していくシーン、怖かったですね。こうやって妄言が流布し蔓延し、誤った判断がくだされ誤った行動が起こされるのでしょう、いまでもいろいろなところで。

見たぞ 見たぞ
カビ人間が 火ぃつけた
ぼくらの教会 火ぃつけた

うぅ(芝居を観た人だけ泣いてください)。

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HAPPY THE MAN / CRAFTY HANDS

アメリカのシンフォニック・ロック・グループですね。シンフォニック・ロックといっても、クラシックのように壮大で分厚くドラマティックな曲想・アレンジを持ったタイプではなくて、もっと軽やかでテクニカルな、ジャズやクロスオーヴァーなどとの類似性を持ったタイプの音楽です。

いわゆるCamel(キャメル)タイプというのかしら。でも、CamelよりかはGotic(ゴティック)のほうが印象が似ている気がするのは、ギターの比重があまり高くないからでしょうか。アルバム全編でたっぷりとキーボード郡が響き渡ります。

自分、こういったテクニカル系でインストゥルメンタル指向のものって、あんまり好きじゃないんです。Finch(フィンチ)とか(フィンチはテクニカルじゃないか)。味わいのあるヴォーカルが入ったプログレッシヴ・ロックが好きなもので。

でも、このアルバムは、そういうのを気にせずに聴けてしまいます。それはやはり、キーボードを中心としたそれぞれの楽器アンサンブルのバランスがいいのと、楽曲自体がよくできているからなんだろうなぁ。演奏や音づくりも派手で押し付けがましいところがないし。エレクトリック・ピアノのやわらかな響きが耳に残りますね。

また、アメリカということもあってか、4~5分程度の曲が多く、長くても8分弱とコンパクトなのも自分的には好ましいです。ヴォーカルレスで延々と演奏されてしまうと、飽きちゃうんですよ。

でも、そんなコンパクトな曲の中に、テクニカル・シンフォらしいスリリングさや美旋律、美アンサンブルがあり、エモーショナルな部分もあったりするあたり、なかなかな職人芸だと思います。これで、うまいヴォーカリストがいて、いい歌メロがあればなぁと、ヴォーカル・ファンの自分としては、やっぱり思ってしまうのでした。。

ちなみにM5「Wind Up Doll Day Wind」は唯一のヴォーカル曲ですが、ヴォーカリスト、ヘタです。存在感が薄い。インスト指向で「ヴォーカルは添え物」と考えているからこんなヴォーカルなのか、それともヴォーカルがこんなだからインスト指向になったのか。いずれにしても、この程度のヴォーカルならかえってなかったほうがよかったかもと思いますわ。せっかくの演奏に水をさしてる感じです。

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2005/11/01

映画『蝋人形の舘』(ネタばれあり)

お前も蝋人形にしてやろうかーっ!

という雄たけびが日本の茶の間(←死後?)をにぎわしたのは、何年前のことだったでしょうか。この映画はもちろん、二十数年前に早稲田大学の音楽サークルから地球征服計画を始めた悪魔たち「聖飢魔II」とは、なんの関係もありません。

フットボールの試合を観にいく途中で道に迷った男4人・女2人のアメリカ人学生たち。夜明かしキャンプに選んだ森の奥からただよう死臭。クルマに轢かれて死んだ動物たちの廃棄所とそれを捨てにくる廃棄人。人気の感じられない寂れた町。教会で行なわれている誰かの葬式。そして、町外れにある蝋人形館。もう、これでもかってくらいにお膳立てがそろってます。

ストーリーは、あいかわらずといえばあいかわらず。学生たちが殺人鬼に襲われて、蝋人形にされて、何人かは魔の手を逃れて生き残る。今回はふたりが生き残りましたが、このふたりが、ただ殺人鬼から逃げ回るだけでなく、他の友人を助け出すため、そして兄弟を守るために、殺人鬼に立ち向かっていくのがいいですね。

殺人鬼はもともと顔の部分が結合して生まれてきた奇形の双子(シャム双生児)を切り離したふたりで、彼らと戦い、生き延びたふたりも双子の兄と妹(ということは二卵性の双子やね)。この映画は、兄弟対兄弟、双子対双子の戦いだったのです。だからどうだ?といわれれば、どうなんだという感じもしますが、古の時代は「双子」=「よくない印」だったこともあり(そのため、生まれた時点で片方を殺した、あるいはすぐに片方を里子に出し、双子の兄弟が出会わないように画策したり)、そのあたりの古い信仰なども引きずっているというか、想起させようとしているのかもしれません。

ストーリー的にはこれといってビックリするようなことのない、ごく素直なものだと思うのですが、蝋人形のつやつやとした、しかし精気のない質感は異様で、グロテスクかつ美しい。町の住人すべてが蝋人形というのも、冷静に考えれば滑稽な感じもするのですが(とくに窓辺でカーテンを開けて外をのぞくばぁさん人形)、映画の世界に身をゆだねているあいだはひたすら不気味に感じられます。

そして圧巻は、やはり映画のタイトルとなっている「蝋人形の舘」、というか、蝋の舘(映画の原題も『House of Wax』ですし)。外壁、内装、階段その他の建物自体から調度品にいたるまで、すべてが蝋でつくられているこの建物。映画の前半で被害者たちが初めてこの館を訪ね、すべてが蝋でできていると気づいたときに、いったいどうやってつくったんだよとか思わず突っ込みを入れてしまいましたが、これがクライマックスでみごとな地獄絵図を見せてくれるのです。地下の蝋人形製作所から出荷した火が地獄の業火となって舘を包み、溶かし、焼き尽くす様は圧巻です。その最中のどろどろとした蝋のうえで繰り広げられる殺人鬼との戦いや、焼け落ちていく館からの脱出劇なども、なかなかの迫力。うん。ここを観るだけでも、なんとなく劇場で観てよかったと思います。

また、こういった学生系ホラー?では、やはり残酷な殺害シーンが見どころ。今回も、いろいろやってくれました。6人の学生のうちふたりが生き残るということは、4人しか殺されないわけで、猟奇大量殺人を期待するとちょっと肩透かしかもしれません。それでも、ひとりは巨大なナイフ2本で首を切り落とされ、ひとりはナイフで首をひと突き(しかもそのまま地面にナイフで留められてるみたいな形。『サスピリア II (赤い深遠)』でイモリの首をピンで刺して地面に固定していた女の子を思い出しました)。古い鉄パイプが頭を貫通する人もいたし、聖飢魔IIの歌のごとく生きたまま蝋人形にされた人も。

それぞれがどれも「イタタタ」って感じなのですが、個人的にいちばん「イタッ」と思ったのは、最初の被害者である男の子がアキレス腱をナイフでスパッと切られるところ。これはいたそう。『ペット・セメタリー』で生き返ったゲイジがジャドおじさんのアキレス腱をメスで切るシーンを思い出しました。そして、もうひとつ。けっきょく最後まで生き残りましたが、女の子が指先をニッパーで切り落とされるシーン。首が切り落とされるとか鉄パイプが頭に刺さるといった派手なシーンよりも、こういった小さなシーンのほうが痛い感じが自分はします。うぅ、えぐえぐ。

うん。なかなかおもしろかったですよ。何度も観ようとは思わないけれど、夜中にテレビとかで放映されたらまた観てしまうでしょう。

それと、エンドロールの最初のほうでかかっていたヘヴィ・メタル。あれ、だれのなんていう曲だろう? えらくメロディアス&ドラマティックで、思わず感動してしまいました。スタッフロールで確認しようと思ったのだけど、読みきれなかった。

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