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2005年6月

2005/06/30

PIRAMIS

アルバム1曲目冒頭の素っ頓狂な声のヴォーカルで、一気につかまれてしまいました(笑)。

ハンガリーのプログレッシヴ・ロック・グループ、Piramis(ピラミス)のファースト・アルバムです。もちろん、ハンガリー語で歌ってます。ハンガリー語のヴォーカルって、なんか好きなんですよねぇ。歌詞の意味なんかぜんぜんわかりませんが、その音の響きがどことなくもっさりしてて、これが哀愁をそそります。

音楽のタイプとしては、ハード・ロック・ベースのプログレッシヴ・ロックといったところでしょうか。様式美系も入ってますね。ハード・ロック・ベースのプログレッシヴって、けっこう好きなんですよ。Uriah Heep(ユーライア・ヒープ)の発展系みたいなやつ。最近のグループはどちらかというとヘヴィ・メタル・ベースになってるようですが、ヘヴィ・メタル・ベースって重過ぎるというか音が詰め込みすぎというか、なんか暑苦しい。どことなく隙間感のあるハード・ロック・ベースのもののほうが、音のなかで自由にたゆたえるような気がして、好ましいです。

ハンガリーのプログレというとOmega(オメガ)というビッグ・ネームがいるわけですが、PiramisのほうがOmegaよりもハード・ロック色が強いですね。とはいえOmegaも初期のころはかなりUriah Heep系だったわけで、最初期のOmegaのほうがPiramisよりも重さと激しさがあったように思います。また、独特の哀愁はやはりOmegaに通じるところもありますが、ド演歌ロックと呼ばれたOmegaほど強くはありません。そういう意味でいえば、ほどよくハードでほどよく哀愁のある、バランスの取れたグループなのかもしれません。

バランスが取れている分、強い個性のようなものは感じにくいのだけど、ハンガリー語で歌っているというだけで、ふだんハンガリー語に触れる機会など皆無に等しい自分にとっては充分に強い個性だったりします(笑)。また、曲によってはユーモラスなフレーズがあったり、妙にエキゾティックな雰囲気を漂わせたり、普通にハード・ロック風だったりと、意外とバリエーションも楽しめますし、ヘタではないけどうまくもない演奏とアレンジもほどよくプログレ風で、飽きずに聴いていられます。

ハンガリーということで、個人的にはどうしてもOmegaを基準に考えてしまいますが、Omegaほど好みにマッチはしないもの、Locomotiv GT(ロコモーティヴ・ジーティ)よりは好ましい、Color(カラー)ほどは楽しめないけど、Koral(コーラル)と同じくらいには楽しんで聴けるグループといったところかな。うん、悪くないです。

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2005/06/29

ROBERTO VECCHIONI / IPERTENSIONE

演奏途中で勝手にぶちぶち電源が切れてしまうポータブルCDプレイヤーをあきらめて、やっと新しいものに買い換えました。これでもうあんきーおさんにいぢわる発言をされなくてすむってもんです。

Roberto Vecchioni(ロベルト・ヴェッキオーニ)はたくさんのアルバムをリリースしている超ヴェテラン・カンタウトーレなのですが、その割にはあまり日本では知られていないような、イタリアン・ミュージックのファンにも聴かれていないような、そんな気がします。そういう自分も、実は数枚しかアルバムを持っていない、しかもたまたま中古で安く見つけたから買った、といった状況なのですが。

アルバムによって多少、肌触りが違うことがあるような印象ですが、基本的にはいわゆるフォーク系の人だと思います。言葉数の多い歌詞で少し字余り気味にフォークを歌うといったタイプですね。歌メロも、どちらかというと淡々としているというか、ドラマティックな盛り上がりのようなものに欠けます。おそらく、歌詞の内容重視タイプの音楽なのでしょう。そのあたりが、イタリア語がわからない人のほうが多い日本では、なかなか人気が出ない理由なのかもしれません。

もちろん自分もイタリア語はわからないので、なにが歌われているのかもわかりません。でも自分、意外とこのアルバム、好きかもしれない。

アコースティック・ギターが演奏の中心ではあるけれど、キーボードによるオーケストレーションもほどよく入っているし、ところどころにSEの導入もある。なんか普通にイタリア人ふたりが会話している場面も曲の途中で出てきたりする。こういったアレンジが曲に変化とアクセントをつけてて、淡々とした歌メロやヴォーカルに味わいを加えているんですよ。かなり地味ではあるけれど、プログレッシヴ・ロックに通じるところもあるのかもしれない。

それにね、パッショネイトではないけれど、なんだかとてもロマンティックな印象が全体を包み込んでる。Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)なんかもそうなんだけど、歌詞優先で淡々と歌うカンタウトーレの作品のなかには、感情を抑えたロマンティシズムを感じるものが少なくないですね。そういうロマンティシズムが感じられると、自分はけっこう気に入ってしまうのです。

雨模様の朝の通勤時に聴いていたのだけど、天気の鬱陶しさをしばし忘れて、音の生み出す世界をぼんやりと散歩できました。うん、なかなかいいぞ。

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2005/06/28

うぅ、ぜんぶ捨ててもいいですか

自分はこの世にいきとしいけるもののなかで、虫がいちばん嫌いなんです。そもそも「足が4本」以外の生き物は総じてあんまり好きじゃないんです。足が8本だとか足が無数にあるとか足がないとか。

そんななかでも6本足のあいつらは、見かけるだけでも気持ちが悪い。しかも、足がない状態から6本足へと変異するという、嫌いな造形パターンを2種類も体現するうえに、やたらと身近にいるってのがたまらなくいや。昆虫類はこの世から殲滅したい。いや、そこまでしなくてもいいけど、お願いだから、ふだんの生活で目に見えたり音が聞こえたりする範囲に出没しないでくれっ!

いやっ! 本当に虫はいやっっ!!

すみません。興奮してしまいました。

さて、何度か書いているように、うちではほとんどお米を食べないんです。べつにご飯が嫌いというわけではありません。お鮨やおにぎりとかは好きですし、レストラン等でご飯を食べることはあります。ただ、自宅では食べない。お米を炊くのがめんどくさいし、炊いたあとの炊飯器を洗ったりするのもめんどくさい。というか、そういったことをしている余裕が最近はあまりないというのもあるな。それ以上に、自分はパン(甘いやつじゃないよ。ヨーロッパで普通に食事のときに食べる、小麦の味のする白パンとかバゲットとかライ麦パンとか黒パンとか)が好きで、多くの場合、ご飯よりもパンかパスタが食べたいんです。

そんなこともあって、ふだんの食事(毎日の夕食)は、ほとんどパン+何か1品+サラダ&ワインです。週末のお昼はパスタ&ワインということが多いです。家で米を炊くのなんて、本当に年に数回。どうしても納豆が食べたくなったとか、どうしてもカレーライスが食べたくなったとか、どうしてもお米のサラダが食べたくなったといったようなときくらい。

だから、普段はうちにお米がないんです。必要なときはスーパーでいちばん小さな袋(1キロ? 2キロ?)を買うのだけど、その米が何ヶ月も使いきれずに残ってしまうというような状況です。

でも、いまはうちに大量に米があります。1~2か月ほど前のことだったでしょうか、妻の実家から、田舎で採れた米をドン!と送ってきたのです。何キロあるのわかりませんが、たぶん6キロくらいあるんじゃないだろうか。

せっかく送ってくれたお米なので、ありがたく食べたいという気持ちはあるにはあるのですが、米を砥いでる時間がもったいなく、けっきょくまだ1回しかお米を炊いてません。しかも、それはパエリアにしてしまった(研がなくていいからね:D)。なので、まだ「白米」としては、ぜんぜん食べてないのです。きっとおいしいお米なんだろうに。

この分だとこのお米、年末がくるまでに食べきれるかどうかでさえあやしいもんだ。遠くに嫁いだ娘(妻は九州の出身なのです)のためにご両親が、せっかく送ってくれたお米です。申しわけねぇなぁ、でも、うちはふたりともパン&ワインが好きなんだよなぁ。どうしたもんかなぁ... などと思いながら昨日の夜、歯を磨いている最中にふと、キッチンの床に置かれた段ボール箱の中に透明のビニール袋に入れられているお米のほうを見ると...










なんか、黒いものがいっぱい?
袋にわたぼこりでも積もってるのか(掃除しないからねぇ、うち)。












なんだか動いてる!?
黒いものが移動してるぞ!!












さらに近づいて見てみると、












きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!










袋の中が虫だらけでした。
羽の生えた大きな羽蟻みたいなのとか、白い蛆虫みたいなのとか、わんさか。

米に虫がわくという話は聞いたことがあるけれど、実際に虫がわいた米を見るのは初めてかもしれない。
こわいよぉ。気持ち悪いよぉ。これ、どうすればいいんですか?

「どうする?」って妻に聞いたら、「とりあえず、見なかったことにしよう。今日のところは」ということで、昨日はそのまま寝てしまいました。風通しのいいところに新聞紙などをしき、そこに米をぶちまけて「虫干し」をするといいとも聞きますが、そんな場所、うちにはねぇよ&そんな時間をいつとるんだよ? って感じです。このまま「今日のところは見なかったことにしよう」状態が続きそうな気がするのだけど、そうすると袋の中の虫はさらにどんどん増えて、いつか袋の中身全体が虫になってしまうのでは... あわわ。こわい考えになってしまった。まじキモチわりぃ。

このお米、このまま全部捨てていいでしょうか。6キロくらいあって、ごみ集積場に持っていくのもたいへんなんですが、もともとうちは米を食べないし、食べない米のために虫干しをする精神的(虫と戦わねばならん)&時間的(週末だってメチャ忙しい)余裕がないのです。米がなくても困らないどころか、米があってそこに虫がわくことのほうがよっぽど困るのです。だったら米がないほうがいいのです。

(自分の、そして妻の)父ちゃん・母ちゃん、気持ちはうれしいのだが、食べ物は送ってこないでいいです。あなた方が送ってくださる食べ物は、どれも普段のうちらの食生活にはないもので、ぶっちゃけちょっともてあまし気味です。そんなにいっぱいソーメン食べないし、マーマレードとか使い道がありませんし。いや、ほんと、気持ちはうれしいんですけど、気持ちだけでけっこうです。

ていうか、この虫だらけの米、なんとかしてくれぇ!

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2005/06/27

ラ・マンチャの男

帝国劇場でミュージカル『ラ・マンチャの男』を見てきました。

帝国劇場って行くの初めてだったのですが、フロアにも客席にも階段にもふかふかの絨毯が敷いてあって、あまりにふかふかなので歩きにくい。階段とかでこけそうになりましたよ。あと、客席が狭い。座席前のスペースが狭くて、ゆったり座れずに疲れた。

で、舞台です。松本幸四郎と松たかこの親子競演が話題だったりします。幸四郎さんは、テレビドラマで見るととてもいい感じなのですが、本業?の歌舞伎の舞台に出ているときはその良さがわからないのですよ、自分には。声があまり通らなくてなにいってんだかわかんないし、演技そのものもいいんだか悪いんだか。なので、中村獅童さんなどと同じく、実は舞台よりテレビ向き、歌舞伎よりも現代劇向きな役者さんなのかなぁと感じてました。その点でいえば、ミュージカルのほうが歌舞伎よりもいいかもしれないというちょっとした期待もあったりして。

でもね幸四郎さん、ミュージカルでもやっぱり声がよく通らない。というか、歌舞伎のときの発声に近い声の出し方をしてるな。なので、やっぱりなにをいってるんだかよくわからない。せりふのときも、歌のときも。それと、歌のシーンでの音のとり方が、ほんの少しだけフラット気味なのね。もごもごした発声で微妙にフラット気味で歌われるってのは、なかなか気持ちが悪いものです。

そして、松たかこさん。ポップ・シンガーとしてはそれなりに上手に歌う松さんですが、ミュージカルとなると、ちょっときついな。そこそこ力強いファルセットも聞かせてくれるのだけど、声量が少し不足。あと、ところどころで音程が不安定になる。

この舞台、全体に出演者の歌がもうひとつなんですよ。なかには牢名主役の人のように素晴らしい歌声を聞かせてくれる役者さんもいるのだけど、そういう人が一握り。歌のうまい人とそうでない人との差が大きく、しかも、(幸四郎さん・松さんを含め)そうでない人のほうが重要な役どころをになっている部分が多く、全体にちょっとバランスがばらんばらんな感じ。やはり音楽を主体にしたミュージカル劇では、ふだんからきちんと歌っている人に歌ってほしいわ。とくに前回見たミュージカルがフランスの『十戒』で、その圧倒的な歌唱力に魅了されたことと比較してしまうと、今回の『ラ・マンチャの男』出演者たちの歌唱力不足は致命的な感じがする。

あとなぁ、曲が思ったよりよくなかったな。アンドリュー・ロイド・ウェーバーの『オペラ座の怪人』ほど単調なメロディのくりかえしではなかったけど、もう少しメロディに情感がほしかった。まぁ、シンガーがもっとエモーショナルに感情を乗せて歌える人たちだったなら、あのメロディももう少しドラマティックに響いたのかもしれないけれどね。

芝居自体はなかなかおもしろいです。おおよそのストーリー(有名な「ドン・キホーテ」のお話ね)は知ってるし、ところどころに笑わせるところも用意してあるし、感情を高ぶらせるところもあるしで、およそ2時間30分という上演時間を長く感じさせない。それを考えると改めて、もっと実力派の、歌唱力があってふだんからきちんと歌っているアクター/アクトレスによるキャスティングで見たかったよなぁと思ってしまいました。

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2005/06/24

こんなの見つけました

http://www.infonegocio.com/xeron/bruno/italy.html

くだらねぇ(笑)。

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O TERCO / CRIATURAS DA NOITE

あいかわらずすぐに止まってしまうポータブルCDプレイヤーで聴いてますが、このアルバム、なかなかいいかもしれない。

アルバムの1曲目でいきなり古臭いグループ・サウンズみたいな歌が聞こえてきたときはどうしようかと思いましたが、全部が全部そんな曲なわけではなく、軽やかなジャズ風味を持った曲や、地中海音楽を思い出させるようなきらきらしたアコースティック・ギターが印象的な曲などもあり、そのどちらもけっこうシンフォニック。そんな曲たちの合間にほんのりサイケがかったニュアンスのあるオールド・スタイルなグループ・サウンズ風がまぎれてる、といった印象でしょうか。

しかし、なぜ歌詞がみんな英語? そのためもあってか、古いブリティッシュ・ポップ/ロックにずいぶんと肌触りが似ているように思います。ファースト・アルバムの頃のYes(イエス)とか、初期のCaravan(キャラヴァン)とかが持っていたポップな面に通じるような。アップ・テンポなヴォーカル曲は、それほどいいとは思えませんが、バラードではシンフォニック・ロックらしい歌と演奏が聴けて、悪くありません。

でも、おそらくヴォーカル・レスのインストゥルメンタル曲のほうがよりシンフォニック度・プログレッシヴ度が高くて、個人的にはやはりこっちのほうが好みです。イギリスとイタリアとオランダが入り混じったような、ポップでジャジーでちょっとメランコリックな感じ。軽やかなギターのカッティングが耳に残ります。だけど、ヨーロッパのようなある種の硬さや重さといったものが希薄なところが、南米ブラジルの味なんでしょうか? そのあたりはよくわかりませんが、とくに意識しないで聴いていると南米だという印象をぜんぜん受けません。やっぱ古いブリティッシュに聞こえるなぁ。

O Terco(オ・テルソ)は『Casa Encantada』しか聴いたことがなかったのだけど、あのアルバムよりはこのアルバムのほうが好みだわ。うん、悪くないです。


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2005/06/23

さっさと買い換えろよ

何度か書いてますが、通勤時に使っているポータブルCDプレイヤーが絶不調です。演奏中に、なんでもないところで、予告もなく、突然電源が落ちる。電源が落ちるところはランダムで、振動があろうがなかろうが、落ちるときは落ちるので、落ちるきっかけ(原因)がわからん。

それでも、いつも必ず絶不調なわけではないんです。最初から最後までトラブルフリーで聴き終えられることもありますし、とりあえず5~10分くらいはノンストップで聴けることも多いのです。

でも、今日は過去に数回しかなかったほど絶不調。連続演奏時間が長くて20秒ほどしかいきません。昨日に引き続き、友人のニョッキさんが貸してくれたFlavio Venturini(フラヴィオ・ヴェンチュリーニ)&Toninho Horta(トニーニョ・ホルタ?)のCDを聴こうと思ったのですが、イントロの数小節しか聴けない。電源が落ちる都度プレイボタンを押しなおし、スキップでいま落ちた曲のアタマまで持っていき、サーチで落ちた部分の少し先まで進めて続きを聴こうとしても、また10秒ほどで落ちてしまう。それを延々繰り返しているうちに、仕事にいくのがいやになりました(といって、休めるわけではないのだけど)。

Flavio&ToninhoのCDとの相性が悪いのか、それとも天気が悪いからなのか、よくわかりませんが、こんなもん、CDプレイヤーじゃないやい。真剣に、新しいCDプレイヤーへの買い替えが急務です。なんてったって最近は、通勤時くらいしかCDを聴く時間がないので。

プレイ→落ちる→スキップ→サーチ→プレイ→落ちる→スキップ→サーチ→プレイ→落ちるを15分ほど繰り返したところで、むなしくなってヘッドフォンをはずしました。けっきょく1曲もきちんと聴けず。電車のトビラの脇のバーのところに寄りかかりながら、電車の中ってどのくらいの周期で掃除してるのかなぁ、つり革とかバーとかって、ちゃんと拭き掃除するのかなぁ、きちんと拭きとってほしいなぁ、だって、あんな人やこんな人やそんな人があんなものやこんなものやそんなものを触ったかもしれない手で思いっきりつかまってるんだもんなぁ... などとぼんやり考えてたら気分が悪くなった。うぇ~。

関係ありませんが、昨夜は仕事を早く切り上げて錦糸町に「京極噺」を観にいきました。神田山陽の講談と茂山一族?による狂言、そして小朝の落語が一度に聞けるというお得な催し。山陽さんはあいかわらず元気にはじけてておもしろかったし、初めて観る狂言も楽しくて、また観たいと思った。しかし、小朝さんはなぁ。もっとおもしろいかと思ったんだけどなぁ。残念ながら、小朝さんの落語では「絵」が浮かびませんでした。あぁ、また志の輔さんを観にいきたい。

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2005/06/22

LO BORGES / SOLO

つきに1度のお楽しみとなっているYoshioAntonioさん主催のイタリアン・ポップFESTAで知り合ったニョッキさんが貸してくださったCD。ブラジルの人らしいです。ミナス派というグループ?に所属しているらしいです。きみをミナス派とみなす... つまらなすぎ。

さて。

自分はあまり南米の音楽は聴かないのです。南米プログレもそんなに持ってない。ちょっと小洒落たおねえちゃん系音楽ファンのあいだではずいぶん前からボサノバ人気が高かったりしますが、ボサノバって、BGMに流してると心地よいですよね。でも、あまりに心地よくて、ゆるゆると音と時間が流れていってしまい、気合を入れて聴こう、スピーカーから流れてくる音楽に負けない心構えをしよう、音楽が映し出す映像の中に自分を投げ込もう、といった感じにはならないのですよ。いや、いつもそんな聴き方ばかりしてたら疲れるけど。そんなわけでボサノバって、心地いいけどBGM以上にはならないんだよな、自分にとって。

で、Lo Borges(ロ・ボルゲス... でいいのかな?)なんですが、とてもなめらかで美しいメロディが満載です。Loさんの声も優しげで、あたたかい感じ。聴いててとても心地いいです。あまりに心地よくて、ゆるゆると音と時間が流れていってしまいます。音楽のジャンルとしては違うけど、自分にとってのかかわり方のタイプとしては、ボサノバ系。お茶を飲みながら、あるいはマンガを読みながら、ウェブをチェックしながら、ぼんやりと聴く分にはいいかなぁと思うのだけど、一生懸命聴こう、音楽が映し出す場面の中に自分も入ろう、といった感じにはなりません。

なんていうのかなぁ、あんまり曲の構成にドラマティックな部分がないからなのかなぁ。ある意味で洗練されてて、メロディや構成に無理やいびつなところがないんだと思います。だからとても心地いいのだけど、自分はいびつさなどで「引っかかる」のが好きなんだろうな。メロディや構成がこれだけなだらかなら、せめてヴォーカルだけでもときどきいびつになってほしい。そこにドラマが生まれるのだから...

でも、そうならないところが南米系の魅力なのかもしれませんね。同じラテンでも、イタリアやフランスとの違いはそのあたりなのかも。おそらく、南米ミュージックとしてはかなりよい感じのアルバムなのではないかと思います。でも自分は眠くなっちゃいました(ニョッキさん、ごめん)。眠くなるほどにリラックスできるってことで、それはそれでいい音楽だとは思います。

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2005/06/21

扇風機ではもうだめか

高い気温と高い湿度に気力と体力を奪われまくりです。
家でもじめじめ、会社でもじめじめ。
夜、暑くてよく眠れません。
1日中眠くて仕事になりません。
プチ断食でもしようか(なんのために?)。

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2005/06/20

フォーガットン

ジュリアン・ムーア主演の映画「フォーガットン」を観てきましたよ。

劇場でかかってた予告がえらくかっこよく、楽しみにしてたのですよ。事故で亡くした息子のことを忘れられずにいる母親。しかし、その息子が「存在していた」という痕跡がどんどん消えていく。「息子」は痛んだ神経が生み出した妄想なのか、それともなにか巨大な陰謀に巻き込まれているのか... どきどき。

しかし、そうきたかぁ~。

いやね、すでに観た人からの噂はチョコチョコと聞いてたんですよ。けっこうとんでもないことになってるって。こっち系だと思って観にいったら、あっち系だったって。なので、ショックではないのですが、そうかぁ。

とりあえず印象に残ったこと。

ジュリアン・ムーアがすっごくたくさん走ってる(太陽にほえろ!かよ)。
警官がちゅどーんって飛んでいくときにびっくりした。
ゲイリー・シニーズの使い方がもったいない。
アンソニー・エドワーズほとんど意味ねぇ。

このくらいで勘弁しといたるわ。

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どうしちゃったんだアメリカ・グランプリ!?

いやぁ、びっくりしましたね。予選の放送時にミシュランがタイヤの交換を求めていることは伝えられていたし、それに対してブリジストンは「いいですよん」といってたわけだし、ミシュランが交換を要求した理由はドライバーの安全のためにだったわけだし、特例として認めてやれよって感じだったのですが、FIAは認めなかったのね。10週以上走ったタイヤは危ないとミシュランがいってるのに、だったら10週ごとにタイヤ交換しろというわけですか。レギュレーションどおり、タイヤ交換のためのピットインでは給油禁止のままでですか。いずれにしろ、レースにならないわねぇ、それじゃ。

というわけで昨日のアメリカ・グランプリは、今年登録されている10チーム20台のうち、ミシュラン・タイヤを使っている7チーム14台がフォーメーション・ラップのみでピット・イン&リタイア(というか、レースをボイコット)。レースを行なったのはブリジストンを使っているフェラーリ、ジョーダン、ミナルディの3チーム6台のみという、びっくりするようなことになってしまいました。

20台でスタートして、途中でいろいろなことがあって、最終的に残ったのが6台、といったレースだったらありえるけど、最初から6台しかスタートしないなんて、ねぇ。これはひどいね。これはレースじゃないですよ。ま、3位表彰台にのぼれたジョーダンのモンテイロはうれしそうでしたけど。こういうことでもないと、ジョーダンが表彰台でジョーダンとミナルディの全車がポイント獲得なんてことはなかなかありえないですから、それはそれでいいんですけど、フェラーリはどう思ってんのかねぇ。

今回のミシュラン側のボイコットは「ドライバーの安全確保のため」が理由なわけじゃないですか。その結果、半数以上のチームが「安全確保ができない」のでレースを放棄したわけですよね。でもさ、理由がこれであるなら、全チームの全ドライバーがボイコットすればよかったのに。今回はたまたまミシュラン側にそういう問題が起きたわけだけど、いつ立場が換わってブリジストン側に問題が起きるかわからないですよね。そのときにはミシュランだけが走ってブリジストンがボイコット? そうじゃないでしょ。危険を承知で走らせようとしている運営団体に対して、全参加チームおよびドライバーが団結して抗議をしてほしかったよなぁ。たとえば全車がフォーメーション・ラップのみしかしなかったなら、ミシュランが緊急空輸したタイヤを使っての再レースの可能性もあったかもしれないのに。いや、ないのかな。最近のFIAはどうも意固地な感じがするときがあるからね。

しかし、せっかくの休日を使って、高いチケットを買って、このレースを観にいったお客さんたちはかわいそうだ。なんのためのルールなのか、誰のためのルールなのか、いちばん大切なことはなんなのか、よく考えてほしいよ。真剣に考えた結果があの判断なのだとしたら、どうしてそういう判断になったのか、なにを重視したのか、FIAの考えを聞かせてほしい。そこに、レース・ファンを納得させる、ドライバーを納得させる、チームを納得させる、きちんとした考えはあるのだろうか。

とりあえず、モンテイロ君はおめでとう。でも、こんなレースはもう観たくない。

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2005/06/17

今度は見逃さないぞ

今週末はF1アメリカ・グランプリですね。先週のカナダ・グランプリは、ビデオのセットに失敗して見逃してしまい、悔しい思いをしました。おもしろそうなレースだったのに。なので今週は慎重にビデオをセットして、確実に録画し、早起きしてみようと思います。

アメリカ・グランプリといえば、昨年のアメリカ・グランプリでBARホンダの佐藤琢磨が3位入賞、日本人ひさしぶりかつ(上位陣の自滅ではなく)自力での表彰台獲得で盛り上がったのでしたよね。すっごく盛り上がったこのレース、実は自分、ビデオのセットに失敗して、見ていないのです...

急激に気温と湿度が上がるこの時季、自分は弱いのです。体力的にも頭脳的にも、よわよわです。だからビデオも失敗する。気をつけよう...

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2005/06/16

なんで全部食べちゃうかなぁ

冷蔵庫に大きな有頭えびが5尾あったのです。これを食べようと思いまして、昨日の夜はパエリアをつくることに決めました。

仕事帰りにスーパーに寄って、アサリと鶏肉を少しずつ、あとパプリカなんかもちょっと入ると楽しいやねぇ~、ふんふん♪ などと買い物をして家にたどり着いたら夜の9時過ぎ。着替えたりなんだりしてたら、あっという間に9時半を過ぎてしまいました。

まずい。遅くなってしまった。アサリの砂抜きだけ先にしといてよかった。

取っ手の取れるティファールのフライパンで、一口大にきったチキンを表面がかりっとするくらいに炒めます。中まで火は通らなくてもOK。表面が焼けたら別の器にとっておきます。

次はフライパンにアサリを入れて、オリーブオイルと白ワインで軽く蒸し焼き。アサリが開いたら、鍋に残っている汁ごと、別の器にとっておきます。

みじん切りにしたにんにくとたまねぎ適量をフライパンに入れ、EVオリーブオイルで炒めます。全体がしんなりしたら、お米を加えます(うちは研がずにそのまま使います)。昨日は2合のお米でつくることにしました。

お米全体に油が行き渡り、なんとなく透明になってきたら、取っておいたアサリの汁と水を、お米の量+αくらい入れます。普通にご飯を炊くよりも少し多めに。火はつけたままです。サフランをひとつまみぱらぱらっと入れ、全体を混ぜ合わせます。塩・胡椒で味付けをします。

とっておいた鶏肉をフライパンに戻し、全体を混ぜ合わせます。汁がくつくつと煮立ってきたら、お米を平らにならし、とっておいたアサリを実が上になるようにぱらぱらと盛り付け。細切りにしたパプリカも彩りよく盛り付け。さらにえびを見栄えよく盛り付けます。

全体を覆うように、アルミホイルで落し蓋をします。そのまま200度くらいのオーブンに入れ、30分ほどでできあがり。食べるときにレモン汁をかけるとさらにグッド。

白ワインはフランス、ロワール地方のミュスカデを開けました。おいしいのだけど、もうちょっとすきっとさっぱりしたワインのほうがよかったかな。ふんわりとした果実の甘さよりも柑橘系のさっぱり感のほうが、パエリアにはあいそうです。でも、いまうちにある白ワインって、あとはドイツばっかりだもんなぁ。ドイツよりは、こっちだよな。

具をたくさん入れたので、いろいろな旨みがしっかりとご飯にしみこみました。でもその分、目の前には取っ手の取れるティファールのフライパンいっぱいの、大盛りのパエリアが。お米も2合使ってるしな。

うちは、普段はめったに米を食べないんです。ご飯を炊いても、たいていは1合か1合半。妻とふたりですが、それでもご飯が残ってしまうことも少なくありません。おかずの量が多いのかな。パンだと、バゲット1本分くらい平気で食べきっちゃうんですけどねぇ。1本以上食べるときもあるか。目の前にパンがあると、なんか全部食べちゃう。

で、目の前にはお米2合を使った大盛りパエリア。思いっきりご飯です。しかも、できあがったのが夜の10時40分頃。もうすぐ寝なくちゃいけません。当然、食べきれないで、残った分を翌日に食べればいいやと思ってました。

ところが!

全部食べきっちゃいましたよ。11時半頃には。うちらバカだから、目の前にあると、なんか食べちゃうんですよ。すっごい満腹ですよ。ワインも1本飲み切りですよ。食べ終わった30分後にはもう寝てましたよ。

だから今朝も、まだおなかいっぱいです。

なんで全部食べちゃうかなぁ。また今日も夕飯つくんなくちゃいけないじゃないか。

そうか。普通に炊いたご飯も、炊飯器から出して、ボウルかなんかに盛って全部食卓に出しておけば、全部食っちまうんだな、俺たちは。きっと。

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2005/06/15

GIANNI FIORELLINO / FAVOLE

Gianni Fiorellino(ジァンニ・フィオレッリーノ)といえば1999年のナポリ音楽祭優勝者で、その後はサンレモ音楽祭にも参加。2000年のサンレモ音楽祭で「ナポリ・ショック」を与えたGigi D'Alessio(ジジ・ダレッシォ)に続く人気カンタウトーレ・ナポリターノになるかと思いきや、その後の人気は意外と地味な感じがする(のは自分だけ?)人です。

ナポリ音楽祭優勝曲「Girasole」を収録したアルバム『Futurosemplice』はいかにも若いナポリ出身カンタウトーレらしい、ロマンティックな哀愁を存分にまとったポップ・ミュージックが満載で、同じナポリ出身のNino D'Angelo(ニーノ・ダンジェロ)やGigi Finizio(ジジ・フィニツィオ)よりも、2000年の時点ではいいんじゃないか、もしかしたらGigi D'Alessioすらしのぐのではないか、と思ったものでしたが、サンレモ音楽祭参加曲でずいぶんと都会的になってしまい、やはりサンレモ参加を機に都会化?が進んだGigi D'Alessioと同じ道を歩むのかぁと、一気に興味が失せてしまったのでもありました。

で、この『Favole』というアルバムですが、どうやら再発もの(レーベルがAzzurraですし)。リリース年が書いてないのですが、ウェブで調べたところ、『Futurosemplice』のひとつ前にリリースされたアルバムのようです。つまり、まだナポリ音楽祭優勝という肩書きがつく前の、ナポリ・ローカルの新人若手兄ちゃんのひとりでしかなかった頃の作品というわけです。

思うに、この頃のGianniってきっと、人気なかったろうなぁ。

声はいいです。いかにもナポリらしい、Gigi D'Alessioにも似た丸く暖かで伸びやかな声。曲も、いいものはいいです。でも、かっこ悪い曲も多いのですよ。とくにちょっとアップ・テンポ系・リズミカル系の曲が、いかにもダサダサです。いったいいつの楽器を使ったいつのアレンジだよってくらい、チープで古臭くて薄っぺらで無駄に派手なアレンジが施されてます。『Futurosemplice』ではGigi D'Alessioの当時のアルバムをしのぐかってくらいセンスのいい音づくりとアレンジがされていたことを考えると、いったいその前の1年程度の間に彼にいったいなにが起きたのかって感じです。

残念なことは、こういったダサダサ・ポップがアルバムの半分くらいを占めていること。歌メロ自体は多少ダサいなりにも耐えられるし、声に親しみがもてるから聴けるのだけど、このアレンジはいかんよぉ、きみ!と思ってしまいます。

でもね、スローからミディアム・テンポ系・バラード系の曲はね、やはりよいのですよ。ナポレターナと現代イタリアン・ポップスのミクスチュアといった感じで、ロマンティックに、センチメンタルに歌ってくれます。アルバム・タイトル曲の「Favole」とか「Mullechella 'e zucchero」とかね、いい感じです。1曲のなかでメジャー・マイナーと調が変わるところとかね、いかにもナポリ・ポップ。このくらいのセンスと落ち着いたアレンジのまま、アップ・テンポ系やリズミカル系もつくれていたなら、アルバム全体の印象もかなりよくなるだろうになぁ。しかしそれは、次の『Futurosemplice』まで待たなくてはいけなかったのですね。

ま、このアルバムはこのアルバムで、ちょっと有名になる前の若き日のGianni Fiorellinoの歌が聴けるという価値があるのでよしとしよう。いい曲も入ってるしね。

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2005/06/14

これからどんどん暑くなるってのに

今週末にワインが20本くらい届きます。楽天のあちこちのお店のオークションに適当に入札してたら、あちこちのお店で落札できてしまったのです。どれも通常売価の半額以下で入札してたので、よもや落札できることはあるまいと思ってたのに...

おいしいワインが安く落札できたのはうれしいのではありますが、問題は保管場所です。うちのワインセラーは、すでにもう満杯なのです。毎日1本ずつ飲んでも、週末までに5本分のスペース確保しかできません。残りの15本はどうするよ。

とりあえず、南米やオーストラリア、南伊、南仏など暖かい地方産の安いワインは暑さに強そうな感じがする(←ぜったい間違ってるに違いない)ので、これらは二重にした段ボール箱の中にエアキャップもしくは新聞紙を巻いて入れておこう。15本といえば、2週間+αで飲んでしまう本数です。ダンボール保管でもだいじょうぶでしょう。きっと。そうであってくれ。

セラーの中を整理して、ビンの入れ方を工夫すれば、もう数本はセラーのほうに入れられるかもしれない。少しでも多くセラーに入れよう。しかし、セラーのいちばん上の段の木の棚がかなりたわんできてるのが気になる。なんかここのところ、常時「定員オーバー」状態で無理やり入れてるからなぁ。重すぎるのかなぁ。

しかし、これからどんどん暑くなってきます。さすがにセラーに入れずに何週間・何ヶ月も置くのはワインにかわいそう。うち、昼間の室温がえらいことになってますからね。少しワインの購入を控えなければ。いや、購入は控えてたのだけど、思いがけないオークション落札が重なってこんなことに。いやいや、そんならオークション入札を控えろって。あぁ、でもさっきも2本ばかり入札してしまった。

なんてことをしてたら、また新たな「オークション落札おめでとうございます」のメールが (^◇^;)
3本かぁ。これは次の週の週末配送にしてもらおう。

あぁ、セラーに入りきらないワイン、どんどん飲まなくちゃ。というわけで、ここのところ毎日飲みすぎです。胃が重い←ばか。

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2005/06/13

桜姫


関東に住むプログレッシヴ・ロック・ファン/イタリアン・ロック・ファンの大半がArti & Mestieri(アルティ・エ・メスティエリ)のライヴを観にいったであろうに違いないこの週末、イタリアン・ポップ・ミュージック・サイト「Pensiero!」の管理人であるにもかかわらず自分はArtiを無視し、渋谷にコクーン歌舞伎「桜姫」を観にいっていたのでした。

「桜姫」... なんだかスゴイ話でした。歌舞伎でよく出てくるようなさまざまな要素がひとつの話にてんこ盛り。さらにテレビの2時間ドラマのようなシチュエーションも。

だってさ、ゲイ・カップルの心中(むかしは少年を愛人として持つっていうことがけっこう多かったらしい)と生き残った片割れ、死んだ稚児の輪廻転生、お家の一大事、お家乗っ取りの陰謀・悪だくみ、僧侶とお局の禁じられた性愛、屋敷に押し入った強盗にレイプされた姫君、そのときにできてしまった子供、強盗に恋をしてしまった姫様、姫に恋をし身を持ち崩していく僧侶、死ぬに死ねない僧侶の幽霊、お家再建のために奔走する家来、親兄弟の仇討ち... お家騒動と愛憎ものと怪談ものが全部投げ込んであるんですよ。すっげェ話。

コクーン歌舞伎を観るのは初めてなのだけど、ここでは「歌舞伎」ではあるけれど、かなり現代劇的な要素を多く持ち込んでいるようで、非常に観やすくわかりやすい。なんとなく平成中村座的な、というか、勘九郎さん(現・勘三郎さん)的な匂いがします。歌舞伎は古くから続く日本の文化ではあるけれど、その一方で、江戸庶民の娯楽でもあったわけで、その「娯楽としての歌舞伎」「芝居としての歌舞伎」をもっと気軽に楽しもう、歌舞伎の「型」は大切にするけれど、現代的な要素も取り入れていこうといった姿勢が見えます。

突然客席から現われる役者、桟敷の客席の間を「ちょっとごめんなさいよ」などといいながらけっこう自由に横切ったりする演出、観客の横に座って問いかけたり、小道具を預からせたりなど、歌舞伎座で演じられる歌舞伎ではありえないようなことをする。それがまた、楽しそう。もちろん宙乗りや水を使うといった歌舞伎の大技?もあり、見得を決めるところもたくさんあり、見どころ満載でした。

しかし、前の席の若いねぇちゃんは爆睡してた。こんなにおもしろいステージを水に寝るなんてもったいないなぁ。チケットだって安くないし、チケットとるのもけっこうたいへんなのに。あと、大向こうからの声のかけ方がヘタだ。タイミングが悪い。大向こうに関しては、やはり歌舞伎座がいちばんうまいな。そういえば、コクーンではめずらしく女性からも声がかかっていた。

そんなこんなも含めて、とても楽しい歌舞伎見物でした。そのあとは同じ文化村で開催されてたベルギー象徴派の展覧会も観られたし。

なんて浮かれてたのがいけないのか、Artiを観にいかなかった呪いか、夜中のF1カナダグランプリをビデオにとるの忘れた(涙)。かなり波乱のレースだったらしく、おもしろそうだったのに。くそぅ。

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2005/06/10

サイコ

昨日の夜に12チャンネルでやってたリメイク版の映画『サイコ』でノーマン・ベイツの声の吹き替えやってた人って、『ER』でカーター先生やってる人だよね。ノーマンがしゃべるたんびに目の前にカーター先生が浮かんじゃって、ちょっとしたあいづちとか間の取り方もカーター先生で、カーター先生ってばアフリカに行く前から少し病み気味だったけど、ついにこんなことになっちゃって... とかいうアナザー・ストーリーが頭の中で炸裂で、映画にぜんぜん集中できませんでした。

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ふんだりけったり


満員電車の中で手荷物のバッグを床に置くやつらが嫌いだ。
思いっきり、踏みつけたり、蹴っ飛ばしたりしても、いいですか?

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2005/06/09

鶏の手羽元タンドーリ風


なんだかTVCMや広告で見かけるあやや(松浦亜弥)がすっごくかわいく見えてしかたがない今日この頃、皆様お元気でいらっしゃるでしょうか、私は病気でしょうか...

昨日は鶏の手羽元肉が特売&ヨーグルトも特売になっていたので、ひさしぶりにタンドーリ風をつくることにしました。あぁ、そういえばしばらくインド料理食べてないなぁ。

手羽元に塩・胡椒をたっぷり。さらにターメリックとカイエンペッパー、クミンをまぶす。あ、べつにカレー粉でもいいです。うちにはカレー粉がないので。ついでに、目についたエスニック・ハーブを適当に追加してもいいでしょう。昨日はコリアンダーシードの粉末とカルダモンなども加えてみました。

ハーブ類をよく肉にすりつけたら、プレーンヨーグルトを肉全体にいきわたるくらいかけ、よ~く混ぜ合わせる。その状態で30分から1時間ほど放置。この間に、シャワーを浴びたり、包丁を研いだりしましょう。

網状のオーブン皿を用意。ハーブ入りヨーグルトがたっぷりまぶった肉を網の上に、肉同士がくっつかないように重ならないように載せ、220度くらいのオーブンで40分ほど焼く。オーブンで焼いてる間に、つけあわせの野菜とかサラダとか用意しましょう。

肉の表面に素敵な焼き色がついたらできあがり。個人的には少し焦げてるくらいが好きですが、焼きすぎると肉が硬くなります。付け合せはスライスしたトマトとスライスしたオニオンに刻んだにんにくを少しまぶして赤ワイン・ヴィネガーとEVオリーブ・オイルを振りかけたサラダにしました。

ワインは、最初の1杯はイタリアのトレンティーノ・アルト・アディジェ州のソーヴィニヨン・ブラン(白)、2杯目からはトスカーナのサンジョヴェーゼ(赤)。ソーヴィニヨン・ブランは昨日栓を開けたものだけど、ふんわりとした丸みがありつつすきっとした辛口で、ほんのりカレーとヨーグルトの風味がする肉との相性ばっちり。サンジョヴェーゼもしっかりした酸と豊かな果実味のバランスがよく、肉の旨みとうまいこと調和してくれましたさ。

ごちそうさまでした。

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2005/06/08

ふわふわしてて

昨日はひさしぶりに国産の、普通の「ハム」を食べました。最近、ハムといえば生ハムばっかり、それもイタリア産かスペイン産だったので、生ではない、外国製でない、普通にお弁当サンドイッチとかにはさんじゃうようなハムを食べるのって、本当にひさしぶりなのです。

切り落としハムということで、とくに調理せず、そのまま食べました。ふわふわしてて、けっこう旨みがあって、意外とおいしいものですね。マスタードを少しつけるとさらにグッド。味に厚みとか力強さとかはあまりないので、赤ワインのつまみにはちょっと弱いかなという感じはしますが、昨日はトレンティーノ・アルト・アディジェ(北イタリア)のスッキリした白ワインをあけたので、バランス的にもそんなに悪くありませんでした。

国産の生ハムは、しょっぱいだけで旨みが少なく、なおかつそんなに安くないという、けっこうつらいものが多いので、たとえばサルティンボッカ風をつくるとか、なにか火を入れる料理に生ハムを使いたいときしか買おうという気がしない(輸入物に火を入れるのは、さすがにもったいない。味の面でも価格の面でも)のですが、普通の切り落としハムは、値段的にも味わい的にも手軽なおつまみとしていいかもしれません。

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2005/06/07

BANCO DEL MUTUO SOCCORSO / GAROFANO ROSSO

Banco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)のヴォーカリスト、Francesco Di Giacomo(フランチェスコ・ディ・ジァコモ)は、イタリアン・プログレッシヴ・ロック・グループのヴォーカルのなかでも最高のひとりだと自分は思っています。自分がBancoを好きなのは、半分以上はFrancescoのヴォーカルが好きだからというのが理由だろうな、きっと。

しかしこの『Garofano rosso』には、Francescoのヴォーカルは入っていないのです。というか、完全にインストゥルメンタル作品なのです。というか、なんとこのアルバム、『Garofano rosso』という映画のサントラなんだそうです。

というわけで、Bancoのオリジナル・アルバム群からすると少し異端の作品なんだろうと思いますが、しかしそこはさすがBanco。サントラだからとあなどれないのですよ。

あの印象的なFrancescoのヴォーカルがないことで、Banco musicとしての魅力の一部がそがれてしまっていることは否めません。また、サントラという制約のためでしょうか、あるいは制作年代のせいか、ロック・グループとしてのBancoが持っている激しさ、力強さというのも、だいぶ薄められてしまってはいます。彼らの作品のなかでもとくに1stと2ndが好きな自分からすると、かなりおとなしい演奏になっています。

でも、これはまぎれもなくBancoなのです。とくにキーボード群の音づくり、アレンジ、バッキング・リフなどに、いつものBancoの姿がくっきりと浮かび上がってきます。あぁ、ここにFrancescoのヴォーカルがかぶされば、どんなによかったことだろうか。

自分は基本的にヴォーカル志向なので、インスト作品ってあんまり好きじゃないんです。アルバム1枚オール・インストなんてものだと、聴いてて途中で飽きちゃう確率90%て感じです。でも、このアルバムは飽きない。サントラとはいえサントラの枠に収まりきれていない、プログレッシヴ・ロックとしての魅力が存分に感じられます。

たしかにFrancescoのヴォーカルは彼らの音楽の大きな魅力(自分にとっては最大の魅力)ですが、もともと演奏力も作曲力も構成力もめちゃめちゃ高いグループですから、売りのひとつである「ヴォーカル」がなくなったところで、そこらの凡百のインスト・プログレ・グループなど足元にも及ばない、非常にクオリティの高い曲と演奏が聴けます。

うん、やっぱBancoはすごいぞ。

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2005/06/06

デトロイト・ロック・シティ

「デトロイト・ロック・シティ (Detroit Rock City)」といえばいわずと知れたKISS(キッス)の代表曲のひとつですが、この曲名をタイトルにしたアメリカ映画があるのです。

主人公はオハイオ(だったかな)の田舎に住む男子高校生4人組。彼らはKISSの大ファンで、KISSのコピーバンドを組んでいます。そんな彼らの「いま」のいちばんの楽しみは、デトロイトで行なわれるKISSのライヴを観にいくこと。どうやら彼らにとって初めての生KISSのようです。

ところが、4人組のひとり・ジャムの母親はがちがちのキリスト教徒で、KISSは悪魔の使い、地獄の軍団(笑)だといって、息子がKISSを観にいくのを許しません。せっかく買ったコンサート・チケット4枚を、目の前で燃やされてしまいます。

しかしめげない彼らは、チケットのプレゼント企画をしているラジオ番組のクイズに挑戦し、みごとにチケットを獲得。みんなでクルマに乗り、デトロイトまで出かけるのですが、そこは映画です。すんなりとチケットを入手し会場に入ることができるはずもなく...

思いっきりバカです、この映画。1999年頃の製作だったと思いますが、舞台となっているのはもっとむかしですね。映画のなかではまだLPを聴いてましたから、たぶん1980年代の設定なのでしょう。ディスコ・ブームの頃ってなってたし。

あの頃の、アメリカの田舎に住むおバカなロック少年たちのおバカな青春ムーヴィーといったところでしょうか。ストーリー的にはとくにたいしたことはなく、ただ「キッスのライヴを観たい!」一心でそれぞれが自分なりに考えた行動をするうちでちょっとだけいろいろな意味で成長するといったことはあるけれど、深みとかはぜんぜんありません。

でも、映画の冒頭でスピーカーから飛び出してくる「I Stole Your Love」のリフのかっこよさにいきなりやられてしまいました。そして、さまざまなシーンで挿入されるKISSの往年の名曲群、「Lady's Room」や「Beth」「Calling Dr.Love」「Love Gun」「Rock'n Roll All Nite」「Strutter」などが聞こえてくるたびに、もうそれだけでワクワクしちゃう。

さらにKISS以外にも、あの頃のハード・ロックがふんだんに使われています。タイトルやグループ名とかあまり覚えていないのですが、Van Halen(ヴァン・ヘイレン)、Cheap Trick(チープ・トリック)、AC/DC、Aerosmith(エアロスミス)、T-Rex(ティ・レックス)、などがかかっていたはず。あと、Styx(スティックス)も流れていたかな。そして、それらの曲のタイトルや内容が、さりげなくそのシーンの状況などにかけてある(授業をサボっているところを警備員?に見つかった4人が「女子トイレで落ち合おう」とばらばらに逃げていくシーンで「Lady's Room」がかかったり。そのまんまの歌詞ですからね)ことが多かったりして、あの頃のロック・ファンなら思わず笑ってしまうでしょう。

さぁ、彼らは無事にチケットを入手し、KISSのライヴを観られるのか。という部分にはあまりワクワクしないのですが、おバカなロック少年たちの青春映画として、なかなか楽しく観られました。最後にはKISSのライヴ・シーンもあって、KISSファンの自分としてはそれだけでもOKだったかも(笑)。

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MARIO ROSINI / CERCANDO TE

2004年のサンレモ音楽祭で準優勝したMario Rosini(マリオ・ロシーニ)。そのときの参加曲「Sei la vita mia」を収録したアルバムが2005年にやっとリリースされました。

最近ではだんだん数が少なくなってきた、ロックの匂いがしないアルバムです。「Sei la vita mia」は大きなメロディを持った歌い上げ系バラードでしたが、全体にこの路線が彼の持ち味なのかもしれません。ゆったりしたリズムのバラード系が多く収録されています。

丸みを帯びたクリーンな歌声。あまり高い声ではないところが落ち着きを感じさせます。こういった大きなメロディを歌うには、もう少し声量があったほうがいいかなという気もしますが、充分伸びやかに歌っていて、合格点とはいえるでしょう。いくつかリズミックな曲があり、これらがもうひとつ彼の歌い方にあってない感じはしますが、アルバム全体としては、なかなかロマンティックなバラード中心アルバムになっていると思います。

ただ、美しい流れを持った大きなメロディを歌い上げる、といういかにも「イタリアン・ポップスの王道」といったスタイルとは裏腹に、なぜか彼の歌・曲には、自分は「イタリア」をあまり感じません。イタリアン・ポップスというよりも、1980年代くらいに流行したアメリカのAORの延長上にあるような印象を受けます。たぶん、演奏・アレンジや曲づくりが、イタリアにしては洗練されすぎてるんだろうな。コンテンポラリーなジャズやブルースをそこはかとなく感じさせるアレンジなどに、自分はAORを見出してしまうのかもしれません。その意味で、イタリア入門したい洋楽ポップス・ファンにも聴きやすいかもしれません。

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2005/06/03

いや、もやしのほうが

昨日の仕事帰り、駅のホームで電車を待っているときに聞いた、大学生風兄ちゃんふたりの会話。金髪兄ちゃんAの家に小坊主風兄ちゃんBがこれから泊まりにいくようです。

A「問題は、もやしとボディソープのどっちをとるか、だよ。うち、いま米と昆布しかないんだ。だからもやしを買おうと思ってるんだけど、ボディソープもないんだよ。ボディソープないの、きついじゃん」
B「米と昆布しかないの? もやしにしようよ」
A「うん。でも、ボディソープないと、やっぱきついじゃん。それに、米と昆布にもやしをつけたところでどうなる? って感じもあるしさ」
B「まじで米と昆布しかないの?」
A「うん。だからさ、今日の夜は、米と昆布。明日の朝は、米と昆布。明日の昼は、米と昆布。もしかしたら明日の夜は、もやしも。ていうかさぁ、俺、昨日の夜から米と昆布しか食ってねぇよ」

もやし買って帰れよ!

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R.I.P.

通勤時に聴くのに使っているポータブルCDプレイヤーの調子がますます悪くなってきていて、真剣に買い替えを考え始めている今日この頃です。今朝はBanco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)の1975年のライヴを収録した『Seguendo le Tracce』を聴いてたのですが、ちょっと聴くとすぐに、しかも場所はランダムに、演奏が途切れてしまい、落ち着いて聴けず。日によってはトラブルフリーで最後まで通して聴けることがあるのだけど、それが「日によって」なのか「CDによって」なのかはちゃんと検証したことがないのでわからん。

そんなわけで、通勤時に音楽聴いてかえってストレスという残念な状況ではありますが、とはいえやはりBancoはすごい! CD1曲目の「R.I.P.」だけでノックアウトです。しかも幸いなことに、この曲は途中で切れることなく最後まで聴けたし。

うん。思うに「R.I.P.」には、Banco musicの魅力、イタリアン・プログレッシヴの魅力が凝縮されてます。スピーディでスリリングなパートとスローでウォーミーなパート、テクニカルでパッショネイトな演奏、ときにハードに、ときにロマンティックに歌い上げるハートフルなヴォーカル、さまざまな要素を1曲のなかでドラマティックに展開させる抜群の構成力。素晴らしい。スタジオ・ヴァージョンを聴いてもライヴ・ヴァージョンを聴いても、いつも感動してしまう。彼らの曲のなかでもっとも好きな1曲です。

しかし、このCDに収録されたライヴではなぜ英語ヴァージョンなのだろう? 世界向け英語版デビューアルバムのプロモーションなのだろうか。イタリア国内でのステージなのに。英語ヴォーカルも悪くはないですが、やっぱりFrancesco Di Giacomo(フランチェスコ・ディ・ジァコモ)さんにはイタリア語で歌ってもらいたいなぁ。

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2005/06/02

FABRIZIO CONSOLI / DICIOTTO PICCOLI ANACRONISMI

変なジャケット・アートからして、きっと「普通のポップス」を「普通」に演奏してはいないだろうなと思っていたのですが、思ったとおりでした。変なの。

アルバム全体としてのまとまりはあまりなく、ジャズ風だったりポップス風だったりフォーク風だったりといった曲がばらばらと組み合わされています。ただ、そのどれもに、ちょっと「アートな雰囲気」がまぶしてあるところがFabrizio Consoli(ファブリツィオ・コンソーリ)の特徴なのかな。

アコースティック楽器の使用比率が高く、うなりを上げる?ウッド・ベースが動き回るジャズ風な曲では、ときにBrigitte Fontaine(ブリジット・フォンテーヌ)やLewis Furey(ルイ・フューレイ)を思い出したりしてしまいました(あそこまでアーティスティック or 退廃的ではないけれど)。また、M4やM10などのバラード系の曲では、最近のGianluca Grignani(ジァンルカ・グリニャーニ)とかに少し似てるかなぁと思ったり。でも、全体を通してのちょっと実験的な感じの作風は、もしかしたらMarco Parente(マルコ・パレンテ)に少し通じるところがあるかも(ないか?)。

ひび割れた声は個人的に好きなタイプだし、あまりストレートとはいえない変なアレンジや作風もどちらかというと好みなのだけど、メロディ自体の魅力が薄いのが残念。雰囲気は悪くないのでなんとなく最後まで聴けるけれど、これでもっと魅力的なメロディと曲構成があったなら、より「変」「不思議」がいいかたちで際立っただろうになぁ。 ...というようなことはあるけれど、それなりに楽しめて聴けちゃったのでよしとしましょう。

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2005/06/01

MARCO PAOLINI - MERCANTI DI LIQUORE / SPUTI

イタリアのネットショップでなんとな~くジャケット買いしたアルバム。黄色をベースにした素朴なジャケットのイメージそのままの、素朴な音楽が収録されてました。

ジャンルとしてはフォーク・ソングとかトラッドとかに入るのかな。アコースティック・ギターとウッド・ベース、フィザルモニカ(アコーディオン)、ピアノといったアコースティック楽器による演奏をバックに、Marco Paolini(マルコ・パオリーニ)がおっちゃんヴォーカルを聴かせるといった内容。途中に古いラジオかテレビの演説テープ?やじいちゃんとばあちゃんの口げんか?みたいなものも入り、もしかしたら政治的・社会的な意味を持った歌詞なのかもしれませんが、曲自体はけっこう楽しげです。

いわゆる商業ベースのポピュラー・ミュージックやフォーク・ソングではないと思われるので、たぶん売れないだろうし、ポップス・ファンにもアピールはしないでしょう、おそらく。かといって、コアなトラッド・ファン向けという感じもあまりしないな。とくにポップスやトラッドとかにこだわるのではなく、地元の音楽を大切に楽しんで演奏している、といった印象です。

ちなみにMarcoは俳優もやっている(そっちがメイン?)らしい。Mercanti di liquore(メルカンティ・ディ・リクォーレ)は1990年にモンツァ(Monza)で結成された「パワー・フォーク・トリオ」らしい。そういわれると、なんとなくそうかもなぁという感じのする音楽でした。

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