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2005年5月

2005/05/31

夜中に民法地上波で放送されたのを観ました。古いイタリア映画。監督はフェデリコ・フェリーニだったかな。

最近、古いイタリアのモノクロ映画をテレビで観る機会が何度かあったのだけど、なんていうか、古いイタリア映画ってつらい内容のものが多いですね。『道』にしても『自転車泥棒』にしても『甘い生活』にしても、なんか救いがないというか、希望がないというか。

この『崖』も、救いも希望も未来もない、つらい映画だった。

『道』では、ジェルソミーナはかわいそうでしたが、そしてザンパノはすべてが手遅れでしたが、でも「手遅れだった」ということにザンパノが気づく、という救いがありました。気づいたことで、このあとのザンパノの行き方は変わっていくかもしれない。それがよい方向か悪い方向かはわからないけれど、少なくともこの先の未来があった。

『自転車泥棒』のお父さんは、さらに生活は困窮していくだろうけれど、お父さんを大事に思っている息子がそばにいることを知っています。大切な息子に「自転車泥棒」という恥ずかしい行為を見せてしまったこと、息子のおかげで逮捕されずにすんだことなどから、お父さんはきっとこの先、またまじめに、一生懸命に働くでしょう。状況はよくはならないかもしれないけれど、未来を感じさせます。

でも、『崖』のアウグストには、未来すらない。

頭が弱いがうえにザンパノに売られてしまったジェルソミーナや、根は悪くないのだけど無骨で不器用ゆえにジェルソミーナを死なせてしまったザンパノ、あるいは生活のために全財産をはたいて手に入れた自転車を盗まれてしまったがために他人の自転車を盗むことでしかリカバーできないと悪の心が一瞬生まれてしまったお父さんとは、根本的に違います。たしかに「詐欺師」としてしか生きられなかったのかもしれないけれど、アウグストがそうならざるをえない理由や背景が見えてこない。けっきょく最後も貧しい農家から金を騙し取り、さらに仲間を欺いて独り占めしようとし、けっきょく仲間に殺されてしまって終わり。最後の儲けを独り占めしようとしたのは娘が学校へ行くための資金にしたかったのだとしても、あまりに自分勝手で、彼には最後まで「反省」がない。その結果、崖でひとりで死んでいくしかなく、アウグストの未来はここで潰え、娘のためのお金も用意できず、もしかしたらその金が用意できなかったために娘の未来もしぼんでしまったかもしれない。しかも父親が「詐欺師」ですからね。

土曜の午後にビデオで観たのだけど、せっかくの週末がすっかりどよ~んとしたものになってしまいました。恐るべし、イタリア映画。

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2005/05/30

バタフライ・エフェクト


ひさしぶりに映画館で映画を観ましたよ。ここのところ忙しくて、劇場に行く余裕がぜんぜんなかったからね。

ひさしぶりの劇場鑑賞は『バタフライ・エフェクト』。地球のどこかで蝶が羽ばたくと、その裏側で竜巻が起きる... というカオス理論のことだそうですが、なんだかよくわかりません。風が吹けば桶屋が儲かる... と同じ?(←違うだろ)

要するに、タイム・スリップ&パラレルワールドものですね。ひさしぶりに劇場鑑賞する映画としては、なかなかおもしろかったです。

「いまの生活」に影響している「失敗」を、過去に戻って修復することで「いまの生活」をよくしようとするのだけど、その「失敗」を修復したことで別の「失敗」が生まれ、別の「いまの生活」がより悪い形で現われてしまう。それを修復するために、再度過去に戻って... のくりかえし。ひとつの「修復」がどんな別の「失敗」を引き起こすのかという、可能性をたくさん考えるという点で楽しめました。

細かく考えると突っ込みどころはいっぱいありそうですねぇ。いちばん最初の「いまの生活」を形づくる過去において、主人公は少年時代に何度もの「短時間の記憶喪失」を経験してます。この「記憶喪失」がのちの場面の「未来から過去に戻っての修復」に関係しているのだけど、最初の「いまの生活」の時点ですべての「短時間の記憶喪失」を経験しているわけだから、ここは1本の時間軸につながったワールド。ひとつひとつの「短時間の記憶喪失」時の操作が行なわれることで、そこからは別のワールドへと移ってしまう。

こういったテーマまは、たんなる「タイム・スリップ」ではなく、異なった時間・異なった時空に同時並行的にさまざまなワールドが存在している=パラレルワールドという概念で見ないと、わけわからなくなっちゃいます。そのへんが『タイム・ライン』は甘かったよな。それよりは、いい出来だと思う。

ただなぁ、最後の「修復」に向かうための「きっかけ」が、あれじゃいかんでしょ。それまでの「きっかけ」は、幼少時の「記憶喪失」という同じキーワードでつながっているのに、最後のだけはそれがないですからね(なかったよね?)。最後にきての詰めの甘さは残念です。

ちなみに自分は、主人公のエヴァン(だったっけ?)は、いちばん最後に手に入れたことになってる「いまの生活」の時間軸上に最初からいたのではないかと思っています。途中で映し出されたさまざまな「失敗」や別の「いまの生活」なんて、最初からなかった。ケイリーなんて、最初から彼のそばにはいなかった。最後の「修復」で行なった、ケイリーへの仕打ちだけが真実で、そのときの記憶とある種の罪悪感、および、おそらくあの年代の男の子であれば、のちの「いまの生活」とは関係なく、その時点での彼の気持ちとして、あの仕打ちが「好意」から出た可能性が多いわけですから、そのときの想いなどが複雑に交錯して、思春期に一時的に精神が不安定になり、その結果見た夢・幻・幻覚の類なんじゃないかなぁと。

ま、解釈は人それぞれですけどね。そういう解釈の楽しみがあるというだけでも、おもしろい映画だったな。

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生きてる人間よりエロティック

志の輔落語 in 下北沢を観てきました。志の輔は新宿やパルコなど、年に数回は落語会を観にいくのですが、下北沢で観るのは実は初めて。毎年、下北沢の志の輔落語はひとり芝居があったりと、落語以外のことにも詩の輔が挑戦しているというので前から1度観てみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて。

というわけで、初体験となった志の輔落語 in 下北沢。今回は「文楽編」ということで、落語と文楽(人形浄瑠璃)のコラボレート。文楽もいまだ観たことがなく、前から1度観たいと思っていたので、願ってもない組み合わせです。

会は二部構成になっていて、前半は志の輔のトーク+謎のロシア人に扮しての漫談?+文楽。この漫談?が始まったときは会場中がとまどいました(笑)が、まさか、これが文楽への入り口になっているとは思わなかった。漫談?から文楽へのつなぎはみごとでした。

そして、初めて観る文楽。素晴らしかった。

八百屋お七が愛する吉三郎を助けるために、自分が火あぶりの刑になる危険も顧みず、火の見櫓に登って鐘を打つ場面。鳥肌立ちました。お七を演じる人形の、なんと美しいこと。流れるような体の動き。しなやかな舞。自分の席はすごくうしろのほうだったので人形の顔は見えないのですが、それでも表情が伝わってくるようでした。あの舞の美しさ、妖艶さは、玉三郎や福助にも負けていない、むしろ、生きている人間よりもエロティックにすら感じてしまった。

いやぁ、いいものを観ました。今回はほんの一場面、短い時間でしたが、文楽の持つ美しさと力強さの一端を垣間見れたように思います。今度は時間をつくって、国立劇場に観にいこうと思ったぞ。

後半は落語。あれは古典なの? それとも新作? 猫の兄弟が、親猫の革が貼られている三味線を持つ小唄の師匠の家で人間に化けて、それを覗き見した町人や化けられた本人たちが大騒ぎ、というネタ。これも、途中の「猫の兄弟たちの生い立ち」のところで突然に舞台が転換し、文楽へ突入。着物を着た猫の人形(かわいいぃ~っ!)たちがしなやかに舞い、しかも志の輔さんは義太夫に挑戦。よこには三味線引きの人形(笑)。唸ってました、気持ちよさそうに。しかし、声が悪いな、あいかわらず。義太夫節はやはり、もう少し通りのいい声で唸ってもらわないと。

この、中盤の猫人形浄瑠璃は、志の輔義太夫のせいもあり、文楽なのにあちこちで笑いが起きるという楽しいものになりました。そしてまた、文楽から落語に戻ってくるところのつなぎも素晴らしい。すごいな。こういう形で落語と文楽が混ざってくるなんて思わなかった。歌舞伎と落語は、勘九郎さん(現・勘三郎さん)が落語家を演じる演目で、歌舞伎の舞台のなかで落語が語られるというのを観たことがあるけれど、落語の中に文楽というのは初めて。おもしろいです、こういうコラボ。

いやぁ、本当にいいものを見せてもらいました。落語以外への挑戦がある志の輔落語 in 下北沢、すごい。来年もなんとか時間をつくって観たいものだわ。

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2005/05/27

SPLIT ENZ / TRUE COLOURS

Split Enz(スプリット・エンズ)はニュージーランドのグループでしたっけ? たしか高校生のころ、「エアテロアの風」(っていうタイトルだったと思う)がけっこうヒットして、日本でもラジオかテレビ(「ベストヒットUSA」かなぁ)でずいぶん紹介された気がします。この曲が収録されていたアルバム『Time and Tide』は当時、ずいぶんよく聴いたものでした。

『True Colours』は『Time and Tide』よりも前にリリースされたもののようです。たまたまCDショップで安く売っているのを見つけ、懐かしいグループ名につい買ってしまいました。メンバーのTim Finn(ティム・フィン)とNeil Finn(ニール・フィン)の兄弟はのちに結成したCrowded House(クラウデッド・ハウス)というグループでも人気を得るのだけど、Crowded Houseは聴いたことないや。

Split Enzの音楽って、なんていうのかなぁ、カラフルですよね。イギリスのMove(ムーヴ)とかPilot(パイロット)などが持っていたような懐かしい甘さ、あたたかさ、やわらかさを明るくカラフルな演奏で装飾してるような感じ。

Tim Finnの独特のクセのある歌声も、グループの個性に大きく貢献してる。声質的にはちょっとエロティックな感じもあると思うのだけど、明るくおおらかに歌われてしまうから湿った感じにはならないんだな。これがイギリスだったらSoft Cell(ソフト・セル)みたいな方向にいっちゃうのかもしれない。

イギリスのポップスの匂いもするのだけど、イギリスよりも乾いていてフレンドリーな感じがするのは、やはりニュージーランドだからなのかな。ニュージーランドのクライスト・チャーチという街に1週間ほど滞在したことがあるのだけど、そのときに感じた「プチ・イギリス」といった印象を思い出します。

軽やかなポップスなんだけど、演奏はけっこう凝ってますね。アレンジのセンスがすごくいい。シンセサイザーも、チープな音づくりやフレーズが聞こえる背景にそっと厚みとあたたかみのあるオーケストレーションが敷かれてたりするし、ベースも意外と動き回ってる。しかも、いかにも「凝ったアレンジしてますよ」的な自己主張の強さは感じさせない。さらっと聞き流してるとけっこうシンプルで軽い演奏に聞こえるのだけど、実はすみずみまでよく考えられ、シンプルさと軽さが効果的に聞こえるようにアレンジされているといった印象を受けます。

全体にメロディはなめらかできれいだし、演奏も的確だし、アレンジもおもしろい。ひさしぶりに聴いたけど、いいグループだな。素人さんにも玄人さんにもそれぞれの楽しみ方ができそうな感じがします。ふむ、もう少しアルバムを集めてみようかしらん。

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2005/05/26

FEDERICO POGGIPOLLINI / NELLA FRETTA DIMENTICO

ロック色の強いカンタウトーレ。Federico Poggipollini(フェデリコ・ポッジポッリーニ)は曲をつくって歌うだけでなく、マルチ・ミュージシャンでもあるようで、ギターのほかにハープシコード、ピアノ、ベースも演奏します。さらにプロデュースもアレンジも自分でやるという、とっても欲張りな人のようです。

少し粘った感じのクセのある声が特徴でしょうか。どことなくNek(ネック)を思い出させるところがあるのは、この声と曲調のせいかな。いろいろと演奏するFedericoですが、いちばん得意(あるいは好き)なのはギターなのでしょう。主に8ビートをきざむギターのストロークがもっとも前面に出ています。

しかし、平凡なアレンジだなぁ。メロディ自体は悪くもなくよくもなく、1970年代終わりから80年代前半頃のイギリスのロックを思わせるような、最近のイタリアの若いアーティストにありがちなものです。ありきたりといえばありきたりなんですが、このくらいのメロディがあれば、あとはアレンジと演奏次第で充分印象的になるはず。だけど、ベタッと空間を塗りつぶしたようなギターのアレンジと、単純に8分音符でルートを弾くばかりのベースという、いかにも若いギター小僧が考えたような素人臭いアレンジがされていて、すっかり平凡になってしまっています。ほんのときたまKinks(キンクス)の亡霊が横切ったような小気味よいギターも聴かれるのだけど、それが持続しないのですよ。

Federicoがどれくらいのキャリアを持ったシンガーなのかはわかりませんが、あまり名前の知られていない若いシンガーのセルフ・プロデュース/セルフ・アレンジ作品にありがちな、どこか独りよがりで素人くさい仕上がりになってしまっていると思います。声にそれなりの個性があるし、メロディもそんなに悪くなく、磨けば光る、育てれば伸びる部分はあるように感じます。よいプロデューサー、よいアレンジャーに出会い、個性やよさをより引き出してもらえるようなサポートが受けられるようになるといいのだけど。いまのままでは、たくさんいる若手のなかのひとり以上の印象は与えられないだろうな。

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2005/05/25

ANTONELLA RUGGIERO / BIG BAND!

2005年のサンレモ音楽祭参加曲「Echi d'infinito」を含む最新アルバムです。タイトルがビッグ・バンドですから、内容もやっぱりビッグ・バンド風(っていうのがどういうのか、よくわからないのですが)。たくさんのブラス隊をしたがえて、なんだかめちゃめちゃ豪華な、だけど趣味のいい演奏が繰り広げられます。

自分はジャズがあまり好きじゃなく、ジャズっぽいポップスやロックもどちらかというとあまり好きじゃないのです。ビッグ・バンドといえば普通、ブラスこみの大人数で演奏するジャズのことだと思うのですが、その点で、このCDを購入するのにはちょっと躊躇があったのですよ。

でも、サンレモ参加曲の「Echi d'infinito」はそんなにジャズっぽくないし、なんといってもギフトにあふれる歌姫Antonella Ruggiero(アントネッラ・ルッジェーロ)のアルバムです。やっぱり聴いておかないとなと思い購入したのですが、大正解でした。

収録されているのはオリジナル曲よりも、いわゆるスタンダードと呼ばれているものが多いようです。聞いたことのある曲だらけでしたから。アメリカのジャズというよりは、ヨーロッパのキャバレー音楽、あるいはタイタニック号のパーティルームなどではこんなような音楽が演奏されていたんだろうなと思わせるような、あるいはスティーブン・キングの小説『シャイニング』に登場するオーバールック・ホテルのダイニングで演奏されていのもこんなかなと想像させるような、豪華だけどどこか世俗っぽい猥雑さも感じさせる演奏が楽しめます。

少しざらついたブラスの音、やわらかにリズムとメロディをきざむウッドベース、ブラシを使ったロマンティックなドラム。なるほど、これがビッグ・バンド風? ストリングス・オーケストラも入っているのだけど、力強くもなまめかしいブラス・オーケストラのほうが圧倒的に存在感を発揮しています。

そして、Antonellaの歌。なんだかとてものびのびとリラックスして歌っている感じ。独特のビブラートもまじえ、「7色の歌声」を気持ちよく聴かせてくれます。『Luna crescente』みたいな宗教音楽も悪くないけど、やっぱりAntonellaはポップス系の曲を気持ちよさげに歌っているときのほうが魅力的に感じます。

Mina(ミーナ)とかOrnella Vanoni(オルネッラ・ヴァノーニ)などの歌う「いかにもジャズ」「小洒落たジャズ」「なんとなく小難しそうなジャズ」(←すべて個人的な偏見です。笑)とは違う、ジャズというよりも少し前の時代のポップ・ミュージック、まだポップスとかロックといった言葉がなくて、軽音楽といえばジャズだったような時代(なんてのがあったのか?←いいかげん)のクラブ・ミュージック/キャバレー音楽といった感じで、とても楽しめましたよ。

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2005/05/24

比率を考えると

最近、通勤に使っている西武線にも女性専用車両が導入されまして。それはそれでかまわないんだけど、ざっとまわりを見回したところ、どう見てもホームには女性よりも男性のほうがたくさんいるわけです、通勤の時間帯に。ただでさえ朝の混む時間帯に、絶対数として数が少ない女性にだけ専用車両を用意するってのは、なんだか変だ。

西武線の女性専用車両は端っこの1両で、自分がふだん使う位置からは遠いので、その車両が女性で混んでいるのかすいているのかはわからないのだけど、いずれにしろ車両1両分から男性を締め出し、男性は残りの車両になんとかおさまりなさいといわれているわけで、利用できる車両数が女性よりも1両少ないわけですよ。絶対数はどう見ても男性のほうが多いのに。

ここはやはり、男性専用車両もつくってほしいところ。男しか乗っていない、おっさんでぎゅうぎゅうの車両に乗りたい男がどれだけいるかはわからんが(笑)。

もともと女性専用車両って、社内での痴漢行為があったりして、自分のそばに男がいてほしくないと思う女性のために用意されたものなんだろうけど、それは男性側から見ても同じことがいえるわけで、中途半端に自意識過剰な女性のそばに運悪く押し込まれちゃった場合にあらぬ誤解をかけられるようおっさんたちがどれだけ気を使っているかってことも鉄道会社は考えるべきだね。

しかも最近の若い人は男性も女性も「パーソナル・スペース」の概念が希薄で、社内が混んでようがすいてようが平気で他人のすぐそばに立ったりする。社内のいたるところに空きスペースがあるのに、ドアのところの手すりにもたれている自分のすぐ目の前に、背中を向けて立ちやがる小娘とかいる。電車が揺れて自分でよろけてこっちに倒れ掛かってきたくせに、肩から下げてるバッグの端が少してめぇの体に触れただけで「なによ!さわんないでよ」って顔でこっちを見やがる。さわんねぇよ、俺は本を読むのに忙しいんだから。ていうか、読書の邪魔すんなよ。負けずに精いっぱいの冷たいまなざしで睨み返してやるけどね。

こういうたちの悪い小娘と不運にも遭遇する危険を避けるためにも、男性専用車両ができたら自分は利用するな、きっと。

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2005/05/23

やっぱオーバーテイクがないとね

キミ・ライコネン、速かったですねぇ。あ、昨日のF1モナコ・グランプリです。いよいよマクラーレン本格復活って感じです。モンちゃんも予選のタイム取り消しとかなければ、まじで1-2だって狙えたかもって勢いでした。

そしてウィリアムズひさしぶりの2台そろって表彰台ってのもよかった。ていうか、ニック・ハイドフェルドいいぞ。彼って、あんなにクレバーかつ速いドライヴァーだったんですね。ジェンソン・バトンがくるよりもよかったんじゃない、彼のほうが。マーク・ウェバーもそうですが、今年のウィリアムズはいいドライヴァーをそろえてるんだな。クルマもだんだんよくなってきているようだし、シーズン中盤から後半にかけて、楽しみですね。

しかし、今回はルノーが思いっきり決勝で遅くて、これがけっこうレースをおもしろいものにしましたね。前のほうではフェルナンド・アロンソにつまり、中断グループではジァンカルロ・フィジケラにつまり、それぞれの後続車が抜けないコースでイラつきながらもしぶとく前にプレッシャーをかけ続け、タイミングをはかる様子は、どきどきしましたよ。そして鮮やかにフェルナンドをかわしたニックの美しいオーバーテイクにおぉっとうなり、強引にフィジコを抜いたやるのにワォッと叫び、モナコでコース上でのオーバーテイクが2回も見られるなんて素敵! ヤルノは強引なオーバーテイクでクルマを傷めてしまい、その後沈んじゃったけど、でもああいう強引さって最近のF1には貴重だよな。CARTですごく速かった頃のアレッサンドロ・ザナルディとか全盛期のマイケル・アンドレッティとか思い出しちゃったよ。やっぱレースにはオーバーテイクがないとね。

ルノーは、どうしちゃったんでしょうね。モナコにはあわなかったのかな。セーフティカーが入ったときに2台同時にピットインっていうのも、なんだかあんまりルノーらしくない感じ。あれでフィジコはずいぶん順位を落としちゃったからなぁ。もう1週あとに入ったのでは遅かったのだろうか。

デヴィッド・クルサードは残念でしたね。あの事故に巻き込まれなければ、そこそこいいところでポイントだって取れただろうに。レッドブルにきてなんだか力を取り戻したように見えるデヴィッドには、もっと上にきてほしい感じですわ。

そして次のレースからはBARが復帰。やっぱり佐藤琢磨君にはがんばってもらわないとね。

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2005/05/22

ひさしぶりに王道を聴いた

昨日はYoshioAntonioさん主催の「第2回イタリアン・ポップス・ファンの集い(仮称)」だったのですよ。前回は最初から宴会モードに突入してしまい、あんまりちゃんと音楽を聴けなかったという反省から、今回は、前半はDVD鑑賞会、後半は懇親会という2部構成。より「音楽ファンの集い」という性格がはっきりした会になりました。参加者数は、前回よりは少し減りましたが、今回初めて参加の方もたくさんいらっしゃって、楽しい会だったと思います。

DVDは、Eros Ramazzotti(エロス・ラマッゾッティ)、Laura Pausini(ラウラ・パウジーニ)、Biagio Antonacci(ビアージォ・アントナッチ)、Marco Masini(マルコ・マジーニ)、Gigi D'Alessio(ジジ・ダレッシォ)が数曲ずつ、さらに「ジャズ風なイタリアン」企画?としてMina(ミーナ)と松本淳子が1曲ずつ、最後は今回の隠し球?、今年の3月に行なわれたWilma Goich(ウィルマ・ゴイク)のプライヴェート・コンサートの映像まであり、古い音楽のファンから新しいもののファンまで楽しめたと思います。個人的には、あまりにも王道、あまりにもまっとうなイタリアン・ポップスだらけで、かえって新鮮というか、ErosもLauraもBiagioもMarcoもGigiもひさしぶりに聴いたなぁという感じでした。

自分はあまり映像に興味がないので、目を閉じて音楽を感じている時間が多かったのですが(そのためか、途中で少し寝てしまった。わはは)、Erosのバックでなっていたギターの音色は素晴らしかった。シングルコイルのストラトキャスターでああいったウォームで腰があって伸びやかな音を出すのって、けっこう難しいと思うんですよ。ちゃんと調整しないとぺらぺらできつい音になっちゃう。うん、いい音だ。しかし、バッキングのアレンジは平凡だったなぁ、けっこう。それと、リズム・セクションが単調だった。

バッキング時のギターのアレンジがもっともよかったのはBiagioでした。しかし、音はそんなによくない。Lauraは曲もストレートだけど演奏もストレートで、もう少しひねりがほしいところ。Marcoも意外と平凡なアレンジだったな。まぁ、たまたま昨日上映された部分がそうだっただけで、他の曲では違うのかもしれませんが。

その点、アレンジ全体がこなれていて、とくにどの楽器が突出するということはないけれど非常にバランスのいい演奏を聴かせてくれたのはGigiだったと思います。彼自身、ナポリではいろいろなアーティストのプロデュースやアレンジをしている人なので、そのへんのセンスがいいんだろうな。

しかし、DVDの上映だけで3時間超というのは、ちょっと長かったかもしれません。みんなでひたすらDVDを見続けるだけなので、ちょっとだけ飽きてしまった。ま、自分だけかもしれませんが。コンサートの映像って、見てて飽きちゃうんですよ、自分。だから自分ではコンサートDVDって買わないのですわ。

DVD鑑賞会のあとは、お待ちかね?の懇親会。実はDVDを見ている最中におなかがすいてしまい、ほんとにお待ちかねでした(笑)。

今回は新規参加も多いということで、懇親会を始める前にYoshioAntonioさんから参加者の紹介+参加者自身による簡単な自己紹介がありまして、あのときはみなさんのお名前を覚えた(はず)なんだけど、次回までには忘れてしまうかもしれない... 人の顔と名前覚えるのすっごく苦手なんで、許してくださいね。

そんで、自己紹介のときにもっともびっくりしたのは、前回も参加していたイタリア人プロ・ミュージシャンのPaolo Ladu(パオロ・ラドゥ)さんが、Alessandro Errico(アレッサンドロ・エッリコ)と友達で、彼と一緒に活動していたこともあるといったこと。好きなんですよ、Alessandro。彼のセカンド・アルバム『Esiste che』はなかなかの名作で、その後の活動をすごく楽しみにしていたのに、いつのまにか音楽シーンから消えてしまい、とても残念に思っていたのです。しかしAlessandroはいまも細々と音楽活動は続けていて、レコーディングもしたいと思っているらしい。ただ、アルバムをリリースするのは難しいだろうなとPaoloさんがいってました。イタリアの音楽シーンもなかなか厳しいようです。ずっとコンスタントにコンサート活動を続けているOROだってすごく苦労してるもんな、アルバム・リリースに関しては。

自己紹介のあとは、例によって飲めや歌えやです。今回はうちのサイトを見にきてくださっている方たちの参加もあり、イタリアン・ミュージックだけでなくプログレッシヴ・ロックの話も盛り上がったり。YoshioAntonioさんのギター伴奏による恒例のカラオケ大会?も、おなじみのClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)やPooh(プー。今回は「Pensiero」も歌いましたよん)のほか、Umberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)やMatia Bazar(マティア・バザール。高音きついっす)、さらに古いところでは「La pioggia」など、いろんな人が入れ替わり立ち代わりで素敵な(怪しげな?)歌声を聞かせてくれました。「Anima mia」ではLucaさんによるCugini di campagna(クジーニ・ディ・カンパーニァ)ばりのファルセットもあり、この「歌のコーナー」は前回以上に盛り上がった感じですね。次回はPoohの「Nascero' con te」とか、あるいはRenato Zero(レナート・ゼロ)の「Cercami」か「Figaro」あたりをリクエストしておきます(誰が歌うんだ?)。

しかし、前回もそうだったのだけど、Lucaさんはこっちがイタリア語わからんことをわかっていて、でもほぼ100%イタリア語で話しかけてくるのだわ。彼、日本語も話せるのに。帰り際には「次回はこの曲を一緒に歌おう」といってCugini di campagnaの曲を口ずさんでくれたのだけど、その曲、たぶん自分も知っているのだけど、だけど曲名がわからず、どうしたものかなぁ。うちにあるCDで確認しようといろいろ聞いてるうちに、なんだか余計にわからなくなってしまったのでした(汗)。

そんなこんなで楽しい1日だったのですが、ひとつ、参加した(とくに日本人の)みなさんにごめんなさい。ゴルゴンゾーラ、臭かったっすか。ナチュラルチーズは苦手な方も少なくないので、どうしようかなぁとちょっと迷ったのだけど、個人的に「ワインを飲むならチーズもだろ」という自分勝手な理由で持っていってしまいました。それでも、あまりクセの強くないのを選んだつもりだったのだけど。次回からは自粛します...

すでに次回の予告もYoshioAntonioさんからされています。次は6月18日(土)の予定だそうです。今回参加できなかった方、なんとなく参加を躊躇されている方、意外と気軽である意味適当(失礼!)な会なので、次回はぜひ開場でお会いしましょう。

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2005/05/20

GATTO PANCERI / GATTO PANCERI

短くてこじんまりとしていたながらも魅力的な初来日ステージを見せてくれたことが記憶に新しいGatto Panceri(ガット・パンチェーリ)。これは、もともとは『Cavoli amari』というタイトルでリリースされたファースト・アルバムに、1992年のサンレモ音楽祭参加曲「L'amore va oltre」を追加して再リリースされたアルバムです。

来日ステージではほどよくポップ、ほどよくロックで、イタリアらしい、だけど過剰にイタリア臭くはない美しいメロディの曲をたくさん聴かせてくれましたが、デビュー当時のGattoはもっとロック色が強かったんだなということが、このアルバムを聴くとわかります。また演奏だけでなく、曲のスタイル自体も、よりシンプルなロック・テイストを持っていたのだということも。

正直にいってしまうと、このアルバムに収録されている曲でロック色の強いものには、あまり魅力的なものがありません。メロディも演奏も、けっこうありきたり。ただGattoの少しひび割れたヴォーカルは独特の味わいがあります。この時点ではソング・ライターとしてよりもヴォーカリストとしての彼のほうに才能や将来性を感じます。

しかし、ソング・ライティングにも眠れる才能がたくさんあったのでしょうね。その片鱗が「L'amore va oltre」を含め数曲の、あまりロック色の強くないポップ・ミュージックに現われています。こういった曲には、のちの彼の作品に聞かれる、イタリアらしい、だけど過剰なイタリア臭さはない、美しく素直なメロディがいくつもあるのです。そして、のちのアルバムになるほど、こういったタイプの曲が増えているようです。

曲の出来としても、Gattoのヴォーカルとのマッチングとしても、ロック系の曲よりもポップ系の曲のほうがクオリティが高いと感じます。ただ、このデビュー・アルバム(の再発版)ではまだロック系の曲が主導権を握っていて、ポップ系の曲はアクセントのように含まれているだけです。Gattoの魅力が出し切れてはいない、だけど将来への期待は感じさせるという、ある意味でデビュー作らしいアルバムかもしれません。

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2005/05/19

ほうれん草とひき肉で

昨日はスーパーでひき肉とピーマンが安かったので、ひさしぶりにピーマンの肉詰めトマト風味でもつくろうかと思い買ったのだけど、帰りがけにトマトを買いに寄ったいきつけの八百屋さん(ここのトマトのほうがスーパーよりも旨い)でほうれん草が安くなっていたので、急遽メニュー変更。

にんにく2かけくらいを細かくみじん切り。
たまねぎ半分を細かくみじん切り。
ふだんは入れないのだけど、買ってしまって行き場のなくなっている(笑)ピーマン1個も細かくみじん切り。
これらと細かくちぎった赤唐辛子1本をEVオリーブオイルでじんわりと炒める。弱火から中火くらいでね。たまねぎの甘みが出るように。

野菜類がほどよくしんなりとしたら、ひき肉を加え、さらに炒める。お肉がぽろぽろになるようにね。野菜から出る水分を使って、煮炒めにするような感じ。肉がぽろぽろしてきたら、白ワインを適当(半カップくらい?)加えて、さらに煮炒め。

大きな鍋に沸かしたたっぷりのお湯にほうれん草を茎のほうから1分くらい茹でて、ほどよくしんなりしたらざるにあけて水で冷やす。

ほうれん草の水気を絞って、あとはひたすら細かく細かく刻む。ジョノヴェーゼ・ソースをつくるくらいの気持ちで、ともかく細かく細かく。

めっちゃ細かく刻んだほうれん草を、野菜とひき肉が煮炒めされている鍋に加えてよく混ぜる。塩胡椒をぱっぱっとね。

全体がひたひたになる少し手前くらいまで水を加える。全体が隠れるようにアルミホイルで落し蓋をして、あとは中火で30分~1時間くらい煮る。最後に必要であれば塩胡椒で味を調えてできあがり。

難しい調理はないのだけど、ほうれん草をきざむのに手間がかかるのと、そのあとの煮込み時間がかかるのが、忙しい夜には不向きかもしれん。んでも、落し蓋をしたあとの30分~1時間はなにもすることがないので、この間にメールチェックしたりシャワー浴びたりすればいいやね。

もともとはトルコかどこかの料理らしい。野菜の旨みとひき肉の甘みがダイレクトに感じられる料理なので、しっかりとした味わいのある野菜でつくらないとちょっと哀しいことになる。あと、塩も旨みの強い天然塩を使うほうがいい。

いきつけの八百屋さんで扱っている野菜は、どれもスーパーで売っているものよりも旨みが強く、値段も安いのだけど、小さな店なので、仕事帰りによると売り切れているものが多いのよ。それに、駅→スーパー→八百屋→家という道順になっちゃってるので、どうしても必要な野菜はスーパーで買っておかないと、けっきょく今日は野菜なし!となってしまうおそれもある。先に八百屋さんに寄れれば、そのほうがいいんだけどなぁ。

そして、行き場を失ったピーマン。どうしよう... ピーマンを使った西洋風の料理って、あんまりイメージがわかない。ざく切りにして、たまねぎと鶏肉と一緒に炒めてみようかな。最後にざく切りのトマトを加えたら、なんとなく洋風? ていうか、ナポリタン(は日本の料理です!)もどき??

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2005/05/18

ALBERTO CAMERINI / RACCOLTA DI SUCCESSI

ひさしぶりにイタリアのショップからまとめてCDを買いまして、それらが先日とどいたのですが、そのうちの1枚。まとめ買いをすると、届いた小包を開けたときに「あれ、こんなの買ったっけな?」と思うCDが出てくることがときどきあるのですが、注文時の控えを見るとちゃんと注文してる。だけど、そのときになにを思って注文したのかはやっぱりわからない、というものがありまして、このCDもそんな1枚です。

半分は、いわゆるディスコ・ミュージックとかユーロ・ビートとかいわれるタイプのものでしょう。派手なビートの上にふにゃふにゃと漂うチープでへなちょこなキーボードのアレンジが脱力ものです。そして、その演奏に派手さ加減でも音量でも思いっきり負け放題のヴォーカル。あぁ。

軽快なポップ・ミュージックも収録されてます。タイプとしては、Nuovi Angeli(ヌオーヴィ・アンジェリ)の「Donna felicita'」とか「Singapore」に似たタイプの、単純なメロディでとくに盛り上がることもなくだけど軽快だからまぁいいかなたいしておもしろい曲じゃないけどね、といったもの。あぁ。

というわけで、個人的に聴き続けるのはけっこうきついなぁという感じなのですが、そこはイタリアの底力? ときどき美しいメロディがあったりするのですよ。また、ディスコでもポップでもない、ちょっとアコースティックな感じの曲もあったりして、そしてそういう曲がどことなくデビュー当時のAlberto Fortis(アルベルト・フォルティス)を思い出させたりもして(声の感じが似てるのかなぁ?)、あなどれないのです。あなどってもいいのですけど。

このベスト盤は1995年の新録もののようで、オリジナルとどの程度アレンジなどが変わっているのかわからないのだけど、アコースティック・タイプの曲がもっと多くて、それを中心にアルバムがつくられているのなら、ちょっと聴いてみたいなぁという気もします。ただ、写真を見るといかにもロック兄ちゃんなんだよなぁ。この写真とアコースティックはあまり似合わないし、かといってダンス・ミュージックとも似合わない気がする。

いろいろな意味で、ちょっと困っちゃったなぁというCDでした。

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2005/05/17

意外と使える

自分、けっこう好きなんですよ、包丁砥ぐの。レストラン企業で社員をしてたときは定期的に包丁砥いでたので、それなりに砥げるんです、砥石を使って。なのでいまでも、自宅の包丁の切れ具合が悪くなると、砥いだりするのです。

包丁砥ぐの、リラックスします。砥ぐことだけに集中するので、心が落ち着きます。ただ、砥石を水につけたり、砥ぎ終わったあとのキッチンの汚れを落としたりと、準備と後始末がちょっと面倒。それに、きれいに砥ごうと思うと、それなりに時間がかかるのよねぇ。

というわけで、ここしばらく砥いでなかったのですよ、うちの包丁。そしたらね、えらく切れなくなっちゃって。生のトマトがさくっと切れなくなったら砥ぎ時ですよね、やっぱり。でも、ここのところ忙しくて、じっくり砥いでる時間がない。

そんなとき、見つけましたよ。西洋風の包丁砥ぎ棒。われらの味方、100円ショップのCanDoで。

しかし、こんな棒で本当に砥げるのか? 100円のものでも大丈夫か? などと不安は感じつつも、砥げなかったとしてもたった100円の損失だし、まぁいいかと買ってみました。んで、使ってみました。

意外と使える!

なれないと、刃の当て方とか、手の動かし方とか、ちょっととまどってしまうのだけど、自己流でもなんとなくいけます。そんでもって、数回シャシャッと砥ぐだけで、なんとなく切れるようになるじゃないですか!

これはかんたんでいいです。準備も後始末も要らない。砥ごうと思ったときに数回シャシャッ。砥石を使ってじっくり砥いだときにくらべると、切れのよさや、切れる状態の持続時間は劣るようですが、なんといっても手軽です。毎日の料理のあとに軽くシャシャッてやっておけば、それなりに切れる状態を維持できる。

うん。ゴリゴリしないでも生のトマトがさくって切れるのはいいな。やっぱ包丁はこうでないと。

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2005/05/16

ない生活もいいものだ

先週の日曜日に自宅のノートパソコンが壊れ、それからの1週間、自宅にはパソコンがない生活をしてたのですよ。それまでは毎日、仕事から帰ったらとりあえずスイッチを入れ、メールチェックをし、スパムを削除し、必要なメールはとりあえず読むだけ読んで、てなことをやってると少なくとも30分は時間がとられてしまっていたのだけど、この作業がなくなっただけで、けっこうラクチン。30分余裕があるので、思わずちょっと時間のかかる料理とかしちゃったりして、これはこれで楽しかった1週間でしたわ。

しかし、おとといの土曜日に、新しいパソコンが届いてしまいました。さっそくセットアップをし、古いノートパソコンからハードディスクを取り出して新しいパソコンに外部接続し、データや必要なアプリケーションをコピー。それから各アプリケーションの環境設定をし、なんてことをしてたら週末が全部つぶれてしまった。でもおおかた環境が復活しました(細かいところの調整がまだ残ってるけど)。1週間分のメールをチェックしたら2000通! 9割がSPAM。泣きながら(うそ)消しました。

これで今日からはまた普通にメールチェックでき、インターネットに常時接続で調べものもすぐできる便利な環境が戻ったのですが、その分料理その他に使う時間は減ってしまうわけで。

およそ10年前に最初のパソコンを買って以来ひさしぶりの「パソコンのない生活」でしたが、そういうのもいいなぁと思ったこの1週間でした。

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2005/05/13

しまえない

寒いっすよ。
毎年、ゴールデンウィークの頃にこたつをしまってたんですが、
今年は寒い日がまだあるのでいまだにしまえずにいます。
さすがにスイッチは入れませんが。
でも暑い日もあるので扇風機は出しちゃいました。
こたつと扇風機が共存する部屋。
うち、狭いんっすよ。
早く、安心してこたつを片づけてぇ~。

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2005/05/12

カポナータ

行きつけの地元の八百屋さんでナスが安く売ってたので、ひさしぶりにカポナータ(ラタトゥイユ?)をつくりました。ほかに入れたのは、家にあったにんじんとジャガイモ。にんにくがなかったのが残念。

ナスをほどよい大きさに切ってあく抜き。
ジャガイモを小さなサイコロ状に切ってあく抜き。
にんじんを小さく乱切り。

深さのある小さめの鍋にEVオリーブオイルをしき、にんじんとジャガイモを軽く炒める。

にんじんとジャガイモの表面がつやつやしてきたらナスを加えて、オイルが全体にまわるように混ぜる。

生のトマトをざく切りにしたものを加える。

白ワインを適当に加える。

塩胡椒をぱっぱと適当に。

アルミホイルで落し蓋をし、弱火でゆっくり煮る。

少量の白ワインと、野菜から出る汁だけで、じんわりと煮込みます。なので、落し蓋が必須。
ちなみに今回は、ナス2本、にんじん1本、小さな新じゃが3個、トマト2個を使いました。

30分~1時間ほど煮てにんじん・ジャガイモがやわらかくなったら、ちょっと味見をして、必要に応じて塩胡椒で調整し、できあがり。野菜のうまみがぎゅぎゅっと感じられるおいしいカポナータになりました。

ちなみにカポナータはもともとシチリアかどこかの料理で、たしか本当はヴィネガーを加えて酸味をつけるんだったような気がする。その意味ではフランスのラタトゥイユのほうが近いのだけど、ナスがメインになっているところがカポナータ風ということで。

かんたんで、やさしい味で、美味しい。適当に残り野菜でつくれる。フレンチもイタリアンも、やはり「家庭料理」が美味しいのよね、ホテルの料理よりも。

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2005/05/11

手羽なかのオーブン焼き

昨日はスーパーで手羽なかが特売だったので、オーブン焼きをつくることにしました。ふだんは塩胡椒でかんたんに味付けして焼いてしまうのだけど、今回はもうひと手間。

軽く塩胡椒した手羽なかをバットに並べ、赤ワインヴィネガーとEVオリーブオイル、白ワイン、フェンネル少々を振り掛けてマリネ状にして30分ほど放置。

皮を上にして網に載せて、上から塩胡椒を少しぱらぱら。そのままオーブンで20~30分。皮がぱりっと、中はふっくらと焼きあがったらできあがり。

1度マリネ液にひたすことで、肉がふんわり柔らかくなるみたいです。また、ヴィネガーの酸味が肉や脂の甘みと混ざり合って、すっきりさわやかだけど旨みのある味に仕上がりましたとさ。

アンティパストには完熟トマトとモッツァレッラ・ディ・ブッファッラでカプレーゼを。やっぱ水牛モッツァレッラはんまいっす。値段が倍ぐらいするけれど、牛乳モッツァレッラとは別もんだね。

ワインはドイツ・ナーエ産のリースリング・カビネット・トロッケンをあけてみました。これはもうひとつだったなぁ。もともとナーエのワインとは自分はもうひとつ相性がよくないみたいなところもあるし、トロッケン仕立てのものって味わいのバランスがよくないものがけっこう多い気がする。妙に「辛口」に偏っちゃって、せっかくのリースリングのふくよかさとか旨みが隠れ気味というか。ハルプトロッケンのほうが辛さと甘さと酸味のバランスがいいものが多いような気がするのだけど、日本ではあまり売ってないのよねぇ、お手ごろ価格では。

とはいえ、決してまずいワインではなかったし、忙しい1日の最後を飾るディナーとしてはまずまずな出来でしょう。食べ始めたのが10時半を過ぎていた、ということをのぞけば。

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2005/05/10

砂の上の植物群

KERA・MAPによる舞台「砂の上の植物群」を観てきました。この舞台、役者陣がすごいんですよ。常盤貴子、筒井道隆、温水洋一、西尾まり、渡辺いっけい、猫背椿... 濃い面子だ。猫背さんは何度か舞台で観たことがあるけれど、他の人たちはテレビでしか観たことがない、でもテレビの中で妙な存在感を振りまいている人たちなので、楽しみにしていたのです。

しかし...

よくわからんかった。ところどころで細かい笑いはあるのだけど、大枠としていったいどういうストーリー? けっきょくあの「未来人」はなに? なんで現地の言葉をしゃべるの? あの首狩族はなに? 字幕ナレーションの語り手は誰? その他もろもろを含めて、観終わったあとの最終的な感想は、「で、どうしたの?」といったものでした。

途中に10分の休憩があるとはいえ、上演時間3時間は長いなぁ。もう少しコンパクトにならなかったのかなぁ。キャスティングに力を入れすぎて、ある特定の登場人物に焦点を絞ることができなくなっちゃったのかなぁ。その言い訳が「群像劇」という言葉なのかなぁ... などと思ってしまいました。

常盤さんはあいかわらずお美しい。席が舞台から少し遠かったのでオペラグラス越しではありましたが、生身の常盤さんを観られたということで、個人的にはOKです。

しかし、常盤さんの芝居は、テレビでよく演じる「ちょっと半ギレ気味の女性」と同じで、あまり新鮮味はなし。筒井さんも、「王様のレストラン」でのオーナー役など三谷幸喜作品での芝居とまったく同じで、新鮮味はなし。そして意外と渡辺さんも、思ったより舞台栄えはしない感じ。なんだか、「カバチタレ」や「ロング・ラブレター」&「王様のレストラン」な世界に「救命病棟24時」の医局長がやってきた... みたいなイメージが浮かんでしまいました。その点、西尾さんと猫背さんは、なんだか舞台慣れしてるなって感じだわね。

というわけで、全体としてはよくわからんはなしだったのだけど、それなりに楽しめたし、まぁよしとしよう。しかし3時間は長い。夜7時開演で3時間だと、途中でお腹がすくです。

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2005/05/09

LPを聴く余裕ができたということで

哀しいことに昨日の朝、自宅のノートパソコンが壊れました。どうも液晶のバックライトが切れたのか、ディスプレイが真っ黒。でも、目をこらしてみると、黒い中にごくかすかにふだん見慣れたアイコンやメールソフトのウィンドウなどが見て取れます。しかし実用には耐えない。

少し前からなぁ、調子悪かったんだよなぁ。使ってる最中に画面の明るさが勝手に明るくなったり暗くなったりとか、コンセントつなげてるのに内蔵電池に充電されなかったりとか、内蔵電池は100%充電されてるのにコンセント抜けたら電源落ちたとか、なにもしていないのに勝手に固まることがたびたびとか。まだ3年くらいしか使ってないと思うんだけどなぁ。

いずれにしろ、ひさしぶりにパソコンの使えない日曜日を過ごしましたさ。メールチェックもウェブの確認もできない日曜日。しかし、それはそれでいいもんですな。ひさしぶりにLPとか引っ張り出して、ゆっくり聴いてしまいましたよ。ブラウジングしながらとかメール読みながらとかじゃなく、ただ音楽だけを聴くっていうのは、本当にひさしぶりかも。パソコンを持っていなかった頃は毎週、こうやってただ音楽に浸ってたんだったよなぁなんてことを思い出しました。

とはいえ、パソコンがないと日々の生活がすごく不便。常時接続でなんでもウェブで調べるっていう生活を始めて何年かになりますが、その便利さを改めて実感してます。というわけで昨日、新しいパソコン買っちゃった。今度の土曜に届きます。セットアップやデータのコピー、環境の移植など、今度の週末はたいへんだぁ。

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2005/05/06

チャルモゴッスムニダ

世の中にはまだ連休中という方もいらっしゃるのでしょうが、カレンダーどおりにしか休めない自分にとってはぜんぜんゴールデンじゃなかった今年のゴールデンウィーク。最長で3連休にしかなりませんでしたからね。

んでも、その3連休でなんとか日本から出よう(そんなにまでして海外に行きたいか!? 行きたいです!!)と、3・4・5の3連休でいってきましたよ。韓国・ソウル。2泊3日でかんたんに行けて、しかも短い滞在期間でもそれほど心残りがなさそうなところというと、ソウルくらいしかありません。羽田から行けるのも楽チンでいいし。

韓国に行くのは、実は初めてなのです。というのも自分、アジアに興味がない。食べ物はアジアも美味しいけど、根本的な部分での美意識が、アジアとヨーロッパでは違うように思います。そして自分は、ヨーロッパの美的感覚は大好きなのですが、アジアの美的感覚には共感をあまり覚えないのです。

そんなわけで、食べる以外に何の興味も持てずに行ったソウルでしたが、滞在してみて、やっぱり食べる以外に興味を引くものはなかった。買い物とかしませんし、アジアの歴史的建造物とかはあの色使いがきれいだとは思えないし。

なんか、韓国も日本もやっぱりアジアなんだなと、ある部分でがっかり。日本の嫌いな部分がより色濃くソウルには出てる気がして。ごちゃごちゃと人だらけ。混雑した狭い通路でもよけない、待たない、譲らない。それでもって人に思いっきりぶつかっても謝りもしない。自分の苦手な「ガラの悪い混雑した下町」風。駅の切符売りは愛想が悪くて切符を放り投げてよこすし。

自分らの泊まったホテルは安いところで、場所柄なのか、日本人をほとんど見かけず、欧米系の旅行者もほとんど見ず。スタッフはとても感じがよかったですが。1回だけ西洋人とホテルの入り口ドアのところで出くわし、いつもどおり先にドアを通った自分が彼のためにドアを軽く押さえておき(自動ドアじゃなかったのです)、彼が「Thank you」といいながら通っていく。西洋社会では当たり前に行なわれている気持ちのいいコンタクトがソウルに来て初めてできて、なんだかほっとしましたよ。自分はやはり、ヨーロッパ的な秩序や礼儀といったものが好きだし、自分には馴染み深いです。

というわけで、街歩き自体はとくに楽しいこともうれしいこともなかったのですが、食べ物はおいしいねぇ、やっぱり。街のいたるところからほんのりキムチの香りが漂ってきます。ハングル文字だらけでなにが書いてあるのかぜんぜん読めません(汗)。しかし、メチャいい匂いなのだなぁ。残念なことに、ソウルに到着したのが3日の午後で、お昼は飛行機内で食べてしまったし、最終日は昼出発の飛行機なので、韓国できちんと食事ができるのは夕飯2回にお昼1回だけという、残念な状況です。しかしそのなかで、豆腐チゲを食べ、石焼ビビンバを食べ、プルコギを食べ、ソルロンタンを食べ、チヂミを食べ、牛カルビと豚三枚肉の焼肉を食べ、やまほどキムチ類を食べ、トンドン酒(若い人は飲まないらしい)を飲み、おかゆも食べてきましたよ。ほかにも屋台フードとか食べたいものはいっぱいあったのだけど、さすがにこれ以上は食べられなかった。しかし、キムチは本当に食べ放題なんだねぇ。

観光地の、比較的きれいな店で食べたのだけど、どこも韓国語しか通じない。日本語も英語も通じないのはけっこうまいりました。辞書と写真とかろうじてメニューに書いてあるカタカナや英語表記を頼りに注文しましたが、それもまた楽し。従業員も、言葉がほぼ100%通じないながらも、片言レベルの日本語の単語や身振り手振りを加えて説明してくれたりと、感じよかったですよ。お値段も安いですしね。ただ、あの量の多さはなんとかならんか。

というわけで、またご飯を食べに行くのはいいなぁ、韓国。うん。おいしゅうございました。

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2005/05/02

SCORPIONS / VIRGIN KILLER

ジャーマン・ハードロック・グループ、Scorpions(スコーピオンズ)の往年の名作アルバムですね。このジャケット・アートはいま見ても、というか、いまだからこそ、余計に危ない感じですが、収録されている曲は非常にシンプルでストレートなハード・ロックなのが好ましいです。

Scorpionsといえばやっぱり、ルドルフ・シェンカーのハード・ドライヴィンなリズム・ギターですね。ルドルフの「生涯いちリズムギター弾き!」といった姿勢は非常にすがすがしい。ひさしぶりにこのCDを聴いたのだけど、かんたんだけどスピード感のあるリズム・ギターが彼らの音楽を支えてるなと改めて感じました。

そして、意外とベース・ギターのアレンジが、気が利いてるのね。これはいままで気がつかなかった。重量感があって、ルートでリズムを刻むだけでないラインどりもしていて。彼らの曲ってすごくシンプルだと思うのだけど、それでも奥行きのようなものを感じるのは、このベースのおかげなのかもしれない。

クラウス・マイネのヴォーカルはドラマティックだな。ロック・シンガーとして充分パワフルなのだけど、彼はきっと、ロックじゃないポピュラー・ミュージックを歌わせても充分以上に「聴かせる」ことができるヴォーカリストだと思う。しかし、英語はずいぶん訛ってるのね。

シンプルでストレートだけど、短いなかにドラマティックな雰囲気を漂わせているあたりは、やはりヨーロッパのグループですね。ブリティッシュ・ロックともアメリカン・ロックとも少し違った、独特の雰囲気がある。これがScorpionsの魅力なのでしょう。

M4「Backstage Queen」などは思いっきりアメリカンな雰囲気で、Aerosmith(エアロスミス)などがやってもかっこよさそう。かと思うとウルリッヒ・ロート作のM5「Virgin Killer」は典型的なブリティッシュ・ロックの雰囲気があって、Dio(ディオ)とかRainbow(レインボー)といったDeep Purple(ディープ・パープル)からの分派グループなどがやっていそうな曲。いずれにしても、あまり迷いのない感じのハード・ドライヴィン・ロックになっていて、単純に「ノレる」のがいいですわ。そしてエンディングはヨーロッパのアイデンティティたっぷりの哀愁に満ちたM9「Yellow Raven」というあたりも、なんだかわかりやすくていいです。

うん、ハードロックもいいな。

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