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2005年4月

2005/04/28

ペーパーバックに挑戦!続けてます

『Of Mice and Men』のペーパーバック、なんとか読み終わりました。最後の数ページは通勤帰りの電車の中で読んだのですが、やっぱり泣きそうになってしまった。

ふたりで小さな農場を持って鶏や豚などを飼い、アルファルファを育ててウサギにやる、ウサギの世話はレニーにまかせるよという、これまでに何度も繰り返し語ってきた「ふたりの夢」をまた語ってくれよとジョージにせがむレニー。遠くにレニーを探している他の農夫たちの声を聞きながら、淡々と、何度も繰り返された話を聞かせるジョージ。話を聞き終わり、レニーがジョージに問いかけます。

「僕たちは、もうすぐ農場を持てるんだよね?」
「あぁ、俺は持つさ。俺たちは持つさ」

そして...

あぁ、こうして書いていても泣きそうになってしまう。

カリフォルニア州、ラッコが住む海モントレーに近いサリーナスの農場を舞台にした、ふたりの日雇い農夫のお話。会話部分はきちんとした教育を受けていない農夫の言葉なので、文法は間違いだらけ(knowの過去形をknowedとかいう)だし、見たこともない言葉は出てくるし、訛った発音を文字に書き表したつづり(all rightをawrightとか書く)は続出だしで、読むのがすごくたいへんでした。でも最後には、そうした会話文に、すごく心を動かされるようになったというか、そういう文法でしか話せない切なさのようなものも感じるようにもなりました。これ、日本語に訳したら「んだ、おらぁ、そんなこたぁいってねぇだ」みたいなふうにされちゃうんだろうけど、違うんだよなぁ。やはり、原文の持つ雰囲気というものは、意味がわかるわからないとは別の次元で、原文からじゃないと伝わりにくいんだなぁということを実感。

一方、会話以外の地の文では、ときに詩的な美しさも漂うきれいな英文で、会話文との対比が美しい。ときどき倒置法が使われていたりして、英語初心者の自分が読むには難しいところも少なくないのですが、音のつながりや単語の配置に美しさを感じました。意味がわかるかどうかはあとまわし(笑)。

ふぅ。なんとか1冊読みきったぞ。もともと内容を知っている話だから読みきれたということもあるけれど。時間を見つけて日本語翻訳版もまた読んでみよう。でも、きっと英語版のほうが心にしみそうな気が、いまはします。

そして今日から、次のペーパーバックに挑戦開始。今度は映画『シックス・センス』のノベライズ版です。朝の通勤電車で最初の数ページを読みましたが、普通の単語と普通の文章だ \(^◇^)/
印象としては、『Of Mice and Men』よりもかんたんそうです。これもノベライズの翻訳版を以前に読んでいるし、映画も見ていておおよその内容を覚えているので、きっと最後まで読みきれるでしょう。うん、楽しみ。

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2005/04/27

PIERANGELO BERTOLI / MASTERPIECE

廉価でリリースされたベスト盤「MASTERPIECE」シリーズの1枚です。Pierangelo Bertoli(ピエランジェロ・ベルトーリ)はそれなりに名も知られていてアルバムもけっこう出しているカンタウトーレですが、うちにはCDが1枚くらいしかないので、試し聴き?のために買ったのだったわ。

このCDには1970年代半ばから1980年代後半にかけてまでの曲が収録されているのですが、渋い。地味だ。ほとんどビブラートをかけない歌い方。ひなびた声。味わいがありすぎです。Francesco Guccini(フランチェスコ・グッチーニ)などと感じが少し似てるかもしれません。

曲のタイプとしては、完全なアメリカ系フォーク・ソングですね。歌詞についてはわかりませんが、曲に関してはBob Dylan(ボブ・ディラン)フォロワー直系といった印象です。なかにはストリングスが導入され、幾分ロマンティックな印象のものもあるのですが、基本的にはおっさん声で歌われるフォーク・ソング。せっかちでせわしないカントリー風味のものがあったり、ゆっくりした感じのものもありますが、ベーシックな部分ではどの曲も同じに聞こえます。

ベスト盤ということで、おそらく彼の代表曲、人気のある曲を寄せ集めたのでしょうが、その結果、おんなじような曲ばかりがピックアップされてしまったのかなぁ。聴いてて途中で飽きてきちゃいました。たぶん、オリジナルのアルバムならもう少し変化やアルバムを通しての流れのようなものがあるのではないかと思うのだけど。そういう意味でいうと、よく知らないアーティストを聴くときに最初にベスト盤を選ぶのって、危険なことも多いよなと思う今日この頃です。

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2005/04/26

そんなにマーマレードがつくりたいのか

うちは、家でご飯を炊くことがほとんどないんですよ。ほとんどがパンかパスタ。最後に家でお米を食べたのは、いつのことだったか... 今年に入ってから米を炊いたことがあっただろうか?

さて、おかんです。実家の母のことです。なぜかわかりませんが、妻のお母さんはここ数年、毎年のように手づくりのマーマレードを送ってきます。自家製なので、売っているものほど甘くなく、ほどよい固形感と苦味があって、美味しいのです。マーマレードとして。

でもうちは、マーマレードは食べないのです。というか、甘いものはほとんど食べないのです。というか、間食をしないのです。というか、食事以外にお菓子やなにかを食べてる時間も余裕もないのです。

だけど、マーマレードって甘いですよね。パンにつけて食べるっていったって、甘いですよね。

甘いパン=お菓子じゃん。

うちは毎日のようにパンばっかり食べてますけど、いわゆる食パンはもう何年も買ったことがないんです。小麦粉のよい味とよい香りが楽しめるバゲットや、ライ麦や全粒粉などをふんだんに使った茶色くて香ばしいパン、でっかい塊のまま切られずに売っているパン・ド・カンパーニュやキャラウェイ・シード入りのもの、塩の入っていないパン・ド・トスカーナやチャバッタなどといったパンをかじりながら、その風味を楽しみながら、ワインをいただく、パンにつけるのは料理のソースやイタリア産のEVオリーブオイルだけ、という生活なのです。

マーマレードの登場する舞台やタイミングがない。

イタリアでは朝、甘いパンを食べます。しかしうちは、仕事のある日は妻も自分も、朝ごはんを食べないのです(妻はときどき食べているようだけど)。

やっぱり食べるタイミングがない。

しかたがないので、料理に使ったりします。チキンやポークなどは、塩胡椒したうえで両面をササッとあぶって、上からマーマレードを適量載せてオーブンで焼いたりすると、意外と美味しい。ちなみに昨日のディナーはチキンのオーブン焼きマーマレード風味でしたが、アルゼンチン産の果実味たっぷりなワイン(葡萄はマルベック)とあわせたら、とてもいい相性でした。

そのような努力の末、スーパーで売っているビン入りのジャムと同じくらいのサイズの手づくりマーマレードを約1年ほどかけて、なんとかがんばって消費しているのです。そして、妻の実家から送られてきたマーマレードがやっと冷蔵庫からなくなったと思ったら...

妹の誕生日に実家の両親に会った際、母から手づくりマーマレードを1ビン持たされてしまった。

世のおかんという人たちは、そんなに手づくりマーマレードが好きか。そんなにつくりたいのか。

あぁ、肉を焼くときに使う以外、もうマーマレード料理のアイデアが浮かばんぞ。ジャガイモでも茹でるときに混ぜ込んでみるか??

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2005/04/25

ミハエル復活

いやぁ~、昨日のF1サンマリノGPはすごかったですね、最後の10周。ミハエル・シューマッハってここのところ、序盤で先行・そのまま逃げ切りって感じで、あんまり無理をしないドライヴィングで優勝っていうことが多いように思うのだけど、それよりも昨日のように、下位から猛烈に追い上げてくるドライヴィングのときのほうが「凄み」を感じていいな。それもピット戦略ででなくコース上でぐんぐん迫ってくるミハエルからは、ある種の殺気のようなものを感じますね、テレビで見ていても。

そんなおっそろしいミハエルに追い回されながらも最後まで守りきったフェルナンド・アロンソもすごい。明らかにミハエルのクルマのほうが速かったし、フェルナンドのクルマはタイヤがつらそうだったもんな。ラインどりも少しワイドめになってたし。でも、ぜんぜん引かない、遠慮しない、気後れしないところがいいです。フェラーリだろうがミハエルだろうが知ったこっちゃないっていう姿勢が如実にうかがえるドライヴァーはいいね。フェルナンドとかファン・パブロとか佐藤琢磨?とか。

そんなわけでルノーの開幕4連勝できているのですが、スポットの中央にいるフェルナンドに対し、開幕戦ウィナーのジャンカルロ・フィジケラの影が最近薄くなってきているのが心配。2戦目以降、ずっとトラブル続きで完走してないですよね。彼、もう31歳でしたっけ。せっかくトップ・チームに戻ってきたのに成績を残せないと、来年以降やばいよな。好きなドライヴァーのひとりなので、もう少し活躍してほしい。

その一方で、今回はジャック・ヴィルヌーブがやっとポイントをとりましたね。これは喜ばしい。ずっとチームメイトに負けてたからなぁ、ここのところ。ジャック、けっこう好きなんだよなぁ。カート時代はあまり速くないクルマをクレバーに走らせてチャンピオンに、F1にきてからは激しく力強いドライヴィングでチャンピオンになった彼。BARへの移籍がなければ、別のトップチームに移籍していれば、もっとチャンピオンになれたんじゃないかと思うのだけど。往年の激しさを取り戻してほしい。

TOYOTAとレッドブルは少し息切れ気味? でもTOYOTAはダブル入賞だし、良しとしましょう。BARもやっと力を出してきた。こっちもダブル入賞でいい感じ。心配なのはウィリアムスだな。もうひとつさえない。マクラーレンは、クルマさえこわれなければ速そうなので、こっから先は伸びてくる感じ。

さぁ、これから先はどうなるんでしょうか。もうルノーの独走は難しくなってきそうですね、フェラーリが伸びてきたから。次回も昨日のような、コース上での迫力ある、力のこもったレース&バトルが見たいです。

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2005/04/22

NADA

いかにもむかしのアイドル歌手といった写真がジャケットに見られますが、自分はこのNada(ナーダ)という人のことを知りません。人気があったのかしらん?

アーティスト名がそのままアルバム・タイトルにもなっているところを見ると、おそらくデビュー・アルバムなのでしょう。1969年にリリースされたようですが、中身はまんま、60年代のポップスですね。ちょっとビートが利いてて、ときどきハードに唸ったりして、いかにもあの頃という感じがします。

こういった曲の感じ自体はそんなに嫌いじゃないんですが、それほど好きというわけでもない。この頃の音楽っていろいろな意味で「シンプル」だから、その分「コア」となるところにクオリティの高さが要求されると思うんですね。

では「コア」とはなにかといえば、曲の場合、やっぱりメロディとヴォーカルじゃないかと。このふたつがよければ、他の部分でもどんどんクオリティを積み重ねていける。だけど、このふたつのどちらかもしくはふたつともだめだと、他の要素でのクオリティ・アップは要するにある種の「ごまかし」「はったり」といったふうに見えて(聞こえて)しまうのですよ。

このアルバムでは、「コア」のひとつであるメロディに、もうひとつ魅力が薄い感じがしてしまいます。いろんな人が曲を提供してて、Claudio Mattone(クラウディオ・マットーネ)の曲などはやはりメロディにもひきつけるものがあってさすがだなと思ったりはするのですが、アルバム全体を見ると、やはり平凡なメロディ、平凡な60年代ビート・ポップが多いかなぁと。しかもアルバムの締めは「イエロー・サブマリン」ていうのもどうなんだ?

もうひとつの「コア」であるヴォーカルについても、これといって可もなく不可もなく。これまたあの頃の女性ヴォーカルに少なくなかった、なんとなく好戦的な、少し乱暴な感じのする、投げつけるような歌い方。フランスのSandrose(サンドローズ)とかもそうですよね。こういう女性ヴォーカルのスタイルは、好きな人もいるようだけど、自分はどちらかというと苦手なんです。

そんなわけで、全体としてあまり自分には響いてこないアルバムでした。こういった、いかにも60年代なビート・ポップを聴くのであれば、このアルバムよりも、たとえばZombies(ゾンビーズ)とかを聴いたほうが全然いいよなぁと思ってしまいました。

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2005/04/21

フレンチ・ダイニング

知らない間にまた1軒、フレンチのお店が神楽坂にできてました。その名も「フレンチ・ダイニング」。なんてストレートな。会社からそんなに遠くないし、交差点のところにおいてあった黒板によるとランチは1050円からあるようなので、さっそく食べにいってきました。

広い店内。通りに面した大きなガラスから明るい光がたっぷり入ります。うん、けっこういい感じかな。太陽の明かりがたくさん差し込むのはいいね。でも夏は暑いんじゃないだろうか。

ホールにはフランス人ギャルソンがふたり。キッチンもフランス人がいるのかな? 日本人の女性スタッフがカウンター内にいるのは見えるのだけど。この女性はホールのフォローもしてるようです。

お昼のコースは3種類。サラダとメイン(ガルニつきワンプレート・ランチ)が1050円(ドリンクは+200円)、オードブルとメインのコースは1650円(ドリンクつき)。1650円のコースに+400円(600円だったか?)払うとデザートもつくみたい。やはり最初はコースのほうを頼んでみましょうね。

オードブルは4種類、メインは3種類のなかからのチョイス。どれも美味しそうな感じで迷ったのだけど、シーフードのキッシュとチキンのソテー・ラングドッグ風を選びました。そしてもちろん、白ワインをグラスで。

うん、悪くないんじゃないの。シーフードミックスみたいのが入ったキッシュもワインとあわせて生臭くならない。ソテーにはグリルされたでっかいナスとトマトがごん!と載った上からブラウンのソースがかかってる。どちらもとてもおおらかで陽気な感じがする。大きなナスはうれしいな、ちょっと。いかにもカジュアル・ダイニングという感じで、気軽に寄るにはいいんじゃないだろうか。

ワインも含めて、どれも普通に美味しいし、フランス人ギャルソンも日本語はちょっと怪しいながらも普通にフレンドリー。お値段も普通。とっても普通にいい店だと思います。ただ、あまりに普通すぎて、なんとしてもまた来たい!と思わせるものはないかなぁ。ディナーはどうなのかわからないけど、少なくともランチに関しては、やっぱりビストロ・イデアルの、ていねいに手間をかけてつくられた料理と、フレンドリーなのだけど店とお客との距離感をきちんと保つ落ち着いたホール・サービスに自分はひかれてしまう。値段もほとんど変わらないし、ワインはイデアルのほうが美味しいし、どっちに食べに行きたいときかれたら、やっぱりイデアルを選んでしまうな。

あと、自分にとって致命的なのが、フレンチ・ダイニングではカードでの支払いが5000円以上からとなっていること。ランチでコース+デザート+グラスワインを飲んでも3000円程度にしかならないこのお店では、昼は現金で払うしかない。でも自分、現金をあまり持ってないのよ。1000円を超える支払いは、飲食店でもスーパーでも基本はカードなの。なので、ランチで現金を2000円も払っちゃうと、財布がちょっとしんどい。

そんなわけで、ときどき思い出したように食べに行くかもしれないけれど、頻繁に使うことはまずないだろうな、フレンチ・ダイニング。

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2005/04/20

PROCOL HARUM / THE LONG GOODBYE

Procol Harum(プロコル・ハルム)のフロント・パーソン、Gary Brooker(ゲイリー・ブルッカー)が中心になって企画した、Procol Harumの名曲をフル・オーケストラ入りのシンフォニック・アレンジで聴かせようというアルバム。Garyがヴォーカルをとったりはしていますが、正しくはProcol Harumのアルバムじゃありません。

録音は1994年から1995年に欠けて行われたそうです。オーケストラのコンダクターとしてDarryl Way(ダリル・ウェイ)の名前も載っているのですが、この人ってやっぱりWolf(ウルフ)のDarrylですよね、きっと。

全部で12曲が収録され、すべての曲にフル・オーケストラが導入されています。半分ぐらいの曲はいわゆる名盤と呼ばれた初期のころのアルバムに収録されていたものなので知っていますが、残り半分は、自分は初めて聴くもの。再結成後のアルバムに収録されていたのでしょうか。

どの曲も非常にシンフォニックなアレンジがされていて、とてもクラシカル。曲によってはオーケストラと合唱プラスGaryのヴォーカルのみといったアレンジもあり、ポップスというよりはかなりクラシック曲に近いような印象になっています。

合唱入りシンフォニック・ポップスは自分が大好物とするところではありますが、いわゆるポップ・ミュージック・インストゥルメンツ、つまりドラムやベースやギターがきちんと導入されていないシンフォニック・ポップスは、実はあまり好みではなかったりします。なので、バックがオーケストラ・オンリーの「A Salty Dog」や「A Whiter Shade of Pale」「Strangers in Space」とかは、曲自体はいいしドラマティックだしクラシカルだしある種神聖な感じすらするのだけど、ちょっと物足りなく感じてしまいます。

その点、バンド+オーケストラという形態で演奏される「Conquistador」や「Hamburg」などはいい感じ。また、インストゥルメンタル曲の「Repent Walpurgis」ではRobin Trower(ロビン・トロワー)のウォームで腰の太いギターがとてもいい音色で鳴っていますし、Matthew Fisher(マシュー・フィッシャー)はハモンド・オルガンではなく教会のパイプ・オルガンで録音に参加。もともとちょっとプログレ風な印象のあった曲がさらにいっそうプログレ風になっています。

とはいえ、「A Whiter Shade of Pale」と「Repent Walpurgis」はオリジナルの哀愁ハモンドの印象があまりに強く、オーケストラよりはモンドがなっていたほうがいいなぁなどと感じてしまう自分は年寄りでしょうか、やっぱり。

また、むかしの曲と、(おそらく)比較的最近の曲とで、曲の肌触りにずいぶん違いがあるような気がします。むかしのProcol Harumが持っていた、いかにもイギリスらしい気品の中に違和感なく織り込まれた世俗的な猥雑さが、最近の曲と思われるものには希薄で、なんか、普通のポップスになってる。Garyの特徴ある歌声も、最近の曲にはもうひとつマッチしきれていないような印象。

Procol Harumには『Live in Concert with Edmonton Symphony Orchestra』という、フル・オーケストラとの共演による素晴らしいライヴ・アルバムがあるのだけど、それとくらべてしまうのはあまりに酷。そもそも、このアルバムはProcol Harumというグループのアルバムではないからね。それに、安易なオーケストラ・アレンジがされているわけではなく、それぞれにアイデアを持って曲が演奏されているし、古いProcol Harumのイメージにとらわれずに聴けば、なかなか趣のある作品だと思う。とはいえ、Tom Jones(トム・ジョーンズ)をヴォーカルに迎えた「Simple Sister」の妙なロック乗りはどうしても違和感を感じてしまうけれど。

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2005/04/19

ジャガイモのガレットもどき

ジャガイモは、いつだって家に常備ですっ! 困ったときにはジャガイモを食えっ!

といった生活を何年も続けてます。ミナサン コニチハ ワタスィ ハラヘルート・イモスキー デス。ベラルーシ カラ キマシタ。

そんなわけで昨日はジャガイモのガレット風手抜きヴァージョンをつくりました。

ジャガイモを超薄切りにする。昨日はうちに小さめの新じゃがしかなかったので、5個くらい。

取っ手が取れるティファ~ルのフライパンにハーブ入りのガーリックバターとオリーブオイル(もちろんイタリア製EV)を少したっぷり目に入れて、火にかけて溶かす。

オイルとバターが交じり合ったら、薄切りジャガイモを半分くらい、フライパンにぺたぺたと敷き詰める。

敷き詰めたジャガイモの上に、すぐに火が入るもしくは火が入らなくても食べられるような、なにか美味しそうなものを平たく、うすーく載せる。昨日はもらい物のSPAMスプレッドがあったのでこれにしましたが、パルミジャーノをたっぷりでもいいし、舞茸とか入れてもよさそうだし、トマトの薄切りなんかも楽しそう。具になる「なにか美味しいもの」の味とのバランスで塩コショウをかけたりかけなかったり。

「なにか美味しそうなもの」の上に、残りの薄切りジャガイモをどんどん敷き詰めて覆い隠す。

ふたをして、中火でしばらく焼く。端が少しキツネ色になってきたら200度くらいのオーブンに入れて15分ほど。

表面がぱりっとして、全体に火が通ったらできあがり。

昨日はCorte ZardiniのValpolicella Classico Superiore "Siresol" と一緒に食べましたが、トロッケンかハルプトロッケンに仕上げたドイツのリースリングとかでも美味しそう。ふふふ、ジャガイモって美味しい。

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2005/04/17

うれしい たのしい だいすき


昨日はYoshioAntonioさん主催の「イタリアとイタリアン・ポップスが好きな人たちで集まってFestaをしよう」の会(そんな名称だったか?)だったのです。場所は亀戸という、ふだん行くことのないところで、ふだん使わない総武線に乗って、会場である某マンションの最上階スカイラウンジをめざしたのです。

YoshioAntonioさんには以前、1度お会いしたことがあります。んが、あれはもう何年前のことなのでしょう? 申し訳ないことに、その姿はおぼろげな残像としてしか自分のなかには残っていません。とはいえ、1度会ってはいるのです。会場で顔を見れば、きっと思い出すはず。そう思ってスカイラウンジの扉を開け会場内に侵入したのですが... わ、わからん。

自分は引っ込み思案で人見知りで恥ずかしがりやのシャイな人ですから(←反論、突っ込み、受け付けません!)、こういった、たくさんの人が集まる場所にはあまり出かけないのです。ネットにはパソコン通信のころからデビューしていますし、ウェブもオープンしてもう8年になるのですが、いわゆるオフ会といったものには片手で数えられるくらいしか参加したことがないのです。なので当然、今回の会場にいらっしゃる方たちも、いままで1度もお会いしたことのない方ばかりで、じつはとても緊張していたのです。唯一の望みは会ったことのあるYoshioAntonioさんだったのに、彼はいったいどこぉ~?

そんなこんなで、入り口でうろうろしているところを、ホストであるYoshioAntonioさんに見つけてもらったのですが、おたがいに名乗るまで相手が誰だかわかりませんでした(笑)。前に会ったときと自分、ずいぶん変わっちゃいましたからねぇ。前はもっと太ってたし、口ひげ生やしてたし。海外に行くたびにイミグレで長時間、パスポートの写真と見比べられること毎回です。日本の出入国のときもちょっと不審げに見られますし。

それでもなんとかひさしぶりの感動の再会をはたし、すでにいらっしゃってる方々を紹介してもらい、その後は楽しく会に溶け込むことができました。やはり、イタリアが好き、イタリアのポップスが好き、という共通項があるし、会場にいらした方の何人かはウェブ上でお名前を知っている方たちだったし。

そうそう。Poohlover.netのSiriusさんPOP! ITALIANOのkazumaさんといった、日本のイタリアン・ポップス・サイトの大御所にもお会いすることができたし、彼らのところやうちの掲示板に書き込みをしてくれているぷれぷれさんやPizzanoさん、謎の(笑)通りがかり青年?ニョッキさんなどともお会いして、ときに会場に来ていたイタリア人おじさん(彼は何者?)やこっちの困惑に気を遣うことなくイタリア語オンリーで話しかけて来るナポリ出身のLucaさんなどをまじえつつ、楽しくお話をしましたさ。

また、会場にいらした女性陣の素敵なこと。Gatto Panceri招聘に尽力されたALMAZのユミネさんはセクスィーなお姉さまだし、Momento musicaleのStellinaMotokoさんはBlogや掲示板での文章から想像されるとおりの落ち着いた大人の女性の雰囲気をゆるやかに漂わせてるし、Il castello di MarilynのMarilynさんは「まりりん」というハンドルネームから想像されるとおりのキュートで好奇心にあふれた眼をされたチャーミングな方。どなたもとても魅力的なのです。見つめられたらきっと恋に落ちてしまいます(笑)。

そして今回、ぜひご挨拶をしなければと思っていたあんきーおの そろそろmusica italianaのanche-ioさんにはもっともびっくりさせられましたよ。Blogでご自分のことを和製モニカ・ベルッチと書いていたり、ミュージック・ヴィデオの内容その他に絶妙の突込みを入れたり、他のBlog等へのコメントではじけた笑いを取ったりと、その文章のイメージから、なんていうの、おきゃん(思いっきり死語?)でグラマラスな女性を思い描いていたのです。

しかしYoshioAntonioさんに「こちらがanche-ioさんです」と紹介された女性は、スレンダーで知的な雰囲気を漂わせた、シャープで頭のいい女性といった印象でした。ちょっと怖いお姉さんなタイプかも... と少しびびったのだけど、笑顔の中には人懐っこい感じがあって、魅惑的でしたわ。話してみたら、そんなに怖い感じじゃなかったし。見つめられたら、やっぱり惚れてしまいそうです(笑)。

こんなに素敵で魅力的な女性に会えるのなら、もっとオフ会とかに出ておけばよかったと、ちょっとエロ親父化している自分に驚きつつ(汗)、亀戸の夜はふけていったのでした。

しかし、もともとはイタリアン・ポップスのDVDを見たりCDを聴いたりしながら交流を深めようというのが主旨だったはずなのに、音楽はほとんどBGM化し、飲んで食べて談笑してのパーティになってましたね。それはそれでイタリアっぽくて楽し。YoshioAntonioさんのギター伴奏でClaudio Baglioniやi Cugini di campagnaなどの曲を歌ったり、どなたが持ってきたのかわかりませんが自家製手巻き寿司や(おそらく)自家製のパンは美味しかったし、楽しい集いでした。

こういった会も、楽しいものですね。次の機会があったら、また参加したいです。でも基本的に自分はシャイなので(まだいうか)、会場ではやさしくしてくださいね>みなさん。あと、自分は人の顔と名前を覚えるのがすごく苦手なので、次回に会ったときに「どなたでしたっけ?」って聴いてしまうかもしれないけれど、ゆるしてね>昨日お会いした方々。

今日は喉がちょっとガラガラです。ひさしぶりに声を出したからか、飲みすぎか。
あぁ、いい天気だなぁ。いい週末だ。

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2005/04/15

買い換えなきゃかなぁ

今朝の出勤時はI Pooh(イ・プー)の『Un po del nostro tempo migliore (ロマン組曲)』を聴いてたんですよ、ポータブルのCDプレイヤーで。

ところが最近、このCDプレイヤーの調子があまりよくないのです。なんでもないところで突然データ読み取りエラーを起こすのか、止まっちゃう。自分が使ってるプレイヤーにはレジューム機能がついていて、CDの途中で演奏停止した場合、カバーを開けなければ次にプレイボタンを押したときに前回停止した続きから演奏が始まるのですが、エラーで止まった場合は、プレイボタンを押すとCDの頭からの演奏になっちゃう。

今日も、聴いてる最中に何回も止まってしまい、そのたびに頭から聴いてたらいつまでたっても終わらないのでスキップとサーチで止まったところのあたりまで早送りしてから続きを聴くという、デジタルなんだかアナログなんだかわからない状態です。

エラーで止まるところもランダムで、べつにCDの盤面に傷があるとかじゃないのです。エラーで止まったところの少し前をサーチで呼び出して演奏を始めると、さっきのエラーはなんだったのって感じでそこはクリアする。でも、少しして別のところで止まる。気まぐれなやつだなぁ。

このプレイヤー、ビックカメラでいちばん安いのを買ったのだったかなぁ。まだ1年くらいしか経ってないように思うのだけどなぁ。でも、ほとんど毎日通勤かばんの中で振動を与えられてるからなぁ。そろそろ買い替え時なのかなぁ。

いまどきCDプレイヤーかよ!? という突っ込みもあるでしょうが、あたしゃiPodとか持ってないし、買う気もないのよ。そりゃiPodは便利なんでしょうけど、あれって、CDのデータを変換してファイル保存しなくちゃいけないんでしょ? その変換にどのくらい時間がかかるんだろう? なんか、変換してる余裕がないように思うのよねぇ、自分には。

最近の自分は、音楽を聴ける時間は基本的に通勤のときだけ。家でゆっくり聴いてる時間がほとんどない。通勤時間は片道30分程度。なので、1日に1枚聴くのがやっと。そして家にはあふれ帰るほどのCDがある。毎日1枚ずつ順番に聴いていっても、全部聴くのに4年以上かかるのです。その枚数を全部データにすることを考えると気が遠くなる。新しく買うCDもあるわけだし。それよりも、CDをそのままプレイヤーに日替わりで投げ込むほうが楽なのだは、おっちゃんには。

というわけで、せっかくの『ロマン組曲』がかえってストレスになってしまった今朝、真剣にCDプレイヤーの買い替えを考え始めた自分なのでした。

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2005/04/14

これでもうウサギのせわをさせてくれないだろうな

ここ最近の通勤電車のお供となっている『Of Mice and Men (二十日鼠と人間)』のペーパーバックも、いよいよ佳境に入ってきました。おそらく強い農夫なまりだろうと思われる、見たこともない単語や表現に苦戦しながらの読書ですが、日本語版の文庫を何度か読んでおおよその話は知っているので、なんとか読みすすめられています。

純真でいいやつなのだけど頭が弱く怪力の大男Lennieと、彼と一緒にいくつもの農園を渡り歩いている賢い小男のGeorge。友情と愛情とある種の自分勝手な感情で結ばれた二人の流れ農夫?が主人公のお話なのですが、深く静かに哀しい物語なのです。

いま、農場の農夫仲間からもらいかわいがっていた子犬をLennieが誤って殺してしまうシーンです。頭が弱くて怪力ゆえに、ちょっとした力加減の間違いで子犬は死んでしまいました。動物のやわらかい毛皮やふんわりあたたかい生地などが大好きなLennie。悪気はないんです。

いつか一緒に小さな農場を持ち、そこで野菜をつくり、家畜を飼おう。そのときはLennieにウサギの世話をまかせるよ。これが彼らの夢です。でもLennieは子犬を死なせてしまいました。まもなくGeorgeはそのことを知るでしょう。そうしたらもう、Georgeは自分にウサギの世話をさせてくれないだろう。Lennieは哀しんでいます。そこに、トラブルメーカーである農場主の息子の嫁がやってくるところまで、読み進みました。

お話の冒頭では、Lennieがポケットに隠し持っていたねずみの死骸をGeorgeがとりあげるという場面があります。Lennieはただ、ねずみのやわらかい毛皮を指先に感じていたかっただけなんです。毛皮の手触りで安心していたかっただけなんです。

同じ農場で働く年老いた農夫のCandyは、老犬を飼っていました。しかしその犬はあまりに年老い、目も見えず、耳もあまり聞こえず、足はリュウマチにかかり、体からは悪臭がします。それでもCandyは、長年連れ添ったその犬が大好きで、彼にとっては大切な友人でした。

しかし他の農夫は、その犬が農夫小屋に入ってくると臭い、もう目も見えず耳も聞こえず歩けば体に痛みが走り、その犬にとって、これ以上生きていていいことなんてなにもない。だから楽にしてやれと、犬を撃ち殺すのです。犬が痛みを感じないよう、自分が撃ち殺されたことすら気づかないよう、後頭部を一撃。

Candyは、犬を殺すという他の農夫の考えに強く抵抗しますが、だれからの共感・同情も得られず、ついには農夫たちの決定を受け入れます。そして農夫のひとりが犬を外へ連れ出し、撃ち殺します。そのあとでCandyはGeorgeにいいます。

「あいつに撃ち殺させるんじゃなかった。殺すときは、じぶんがころしてやればよかった」

こういった、いくつかの場面が、クライマックスへの複線となっています。これから死んだ子犬のそばでなにが起きるか、LennieとGeorgeがどういう状況になり、どういう行動をするか、小さな農場を持つという彼らの夢はどうなるのか。全部知ってます。知ってるけど、読むたびに心にしみこむ。

日本語のタイトルは『二十日鼠と人間』ですが、原題は『Of Mice and Men』。この「Of」はなにを意味するのだろう。「Of」の前にはどんな言葉が入るのだろう。それを考えても、また哀しくやりきれない気持ちになります。なのに、決して暗くて重い話ではなく、どこか淡々としたさわやかさ(といってはいかんな)がある。どろどろ・べたべたとしない。こういう感覚って、アメリカ文学の持ち味でしょうか。『白い犬とワルツを (To Dance with A White Dog)』なども、哀しいけれどさわやかさがある。こういう話っていいな。本を読んだ、という気持ちになる。

ちなみに『Of Mice and Men』は映画化されたことがあって、前にテレビで見たことがあるのだけど、Lennieをジョン・マルコヴィッチが、Georgeをゲイリー・シニーズが演じました。この映画もすごくよかった。思いっきりなまった発音で「George」と呼びかけるLennieの声が忘れられません。

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2005/04/13

O TERCO / CASA ENCANTADA


O Terco(オ・テルソ)は、ブラジルのグループでしたっけ? 実は自分、南米ものってあまり聴いたことがなくて、南米プログレッシヴらしさとか特徴とかって、よくわからないんです。ただ、イメージとして、ヨーロッパにはあまり見られないタイプの丸みやあたたかみがあるような気はします。丸くてあたたかい感じなんだけど、オーストラリアともまたちょっと違うかなぁといった感じです。

で、O Tercoです。自分は彼らのアルバムはこれしか聴いたことがないのですが、やっぱりヨーロッパとはちょっと違う丸くてあたたかいシンフォニック・ロックが収録されてます。これが彼らの特徴なのか、それともブラジリアン・プログレッシヴの特徴なのかはわかりません。

アルバム冒頭のコーラスは、いかにも南米のラテン・ミュージックな感じです。一瞬、映画『Buena Vista Social Club(ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ)』の映像が頭をよぎりました。この雰囲気を保ったまま怒涛のシンフォニック・プログレッシヴに突入してくれたらいいなぁと、ちょっと期待したのですが、それ以後はほとんどラテン・ミュージックを感じることはなくて残念。

早朝の通勤電車内でうつらうつらしながら聞いていたこともあってか、あんまりはっきりした印象をつかめないままに聞き終わってしまったのですが、全体にけっこう牧歌的な印象が残りました。少したかめの丸くてやわらかくてクリアな歌声はファンタジックで、The Bee Gees(ビー・ジーズ)風?のハーモニーがあったり。イギリスの田園系フォーク・プログレ(なんじゃそりゃ?)やイタリアのCeleste(チェレステ)を思わせるところ、あるいはスペインのGotic(ゴティック)を思い出させるところなどもあったりして、なんだか平和な感じです。プログレッシヴなのかどうかはわかりませんが、なかなか気分のいいアルバムでした。

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2005/04/12

また通院しなくちゃかなぁ

職場の椅子をプリーズチェアに替えて以来、しばらく具合がよかったのですが、先月くらいからまた腰痛がひどくなってきつつある。いまの仕事(思いっきりデスクワーク)に腰痛はつきものではあるけど、だんだん椅子に座ってるのもつらくなってきたし、立ち上がったり座ったりという動作時も痛い。顔を洗うために少し前かがみになるのもきつい。
あぁ、また通院しなくちゃかなぁ。腰の牽引はたしかに気持ちよくはあるのだけど、いまは通院している時間的・気分的余裕がない。とりあえずはコルセットをつけておこうか...

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2005/04/11

5・4・3・ニンジャー

昨日は東京・赤坂にある「忍者」というレストランに行ってきたのですよ。忍者屋敷をモチーフにしたテーマ・レストランで、ウェイター/ウェイトレスがみんな忍者の衣装なの。店の入り口から客席につくまでのあいだにも仕掛け扉を通らなくちゃいけないとか、そんな趣向があちらこちらに施してある。食事の最後のほうでは「忍術」という名のテーブルマジック(笑)を見せてくれたり。和食ベースの創作料理もそれなりに美味しく、こういったテーマ・レストランが陥りがちな「楽しげなだけで美味しくない」というパターンにはなっていなかったのがよかったですわ。ちなみに昨日、うちらのテーブルを担当してくれた忍者は虎眼丸(こがんまる)さん、サブでくノ一(女性忍者)の手毬さんでした。

昨日は妻の職場(外国人向けの日本語学校)の人のお誕生日にかこつけた食事会で、集まったのは6人。うちら夫婦と、妻の同僚の女性Kさんとその旦那さん、別の同僚の女性Sさんと、その女性の連れの中国系アメリカ人女性Jさん。

Jさんは日本に来てまだ8ヶ月とのことで、あまり日本語が話せません。料理を持ってくるたびに虎眼丸さんがいろいろと料理の説明をしてくれるのだけど、それが彼女にはよくわからない。そこで「英語で説明してよ」とお願いすると、えらいですねぇ忍者は。どう見てもあまり英語が得意そうではないのだけれど、片言で、がんばって説明してくれるのです。わからないときは一回奥に引っ込んで、調べてきてくれる。ちなみに「忍術」を使う「上級忍者」(というらしい)はけっこうすらすらと英語で説明してました。すごい。

うちの妻とKさんとSさんは同じ職場で働いているので知り合いだけど、自分と旦那KさんとJさんは初対面で、それぞれ自分の連れしか知りません。それでもおよそ3時間、なかなか楽しい会話と食事ができました。虎眼丸さんはじめお店の忍者たちが「Happy Birthday」を歌ってくれたり、Happy Birthdayとかかれた巻物を広げて見せてくれたり、一緒に写真撮ったり(写真を撮るときの掛け声は「5・4・3・ニンジャー」でした。タイミングがとりにくい)。Sさんとうちの妻は、実はくノ一とは漢字の「女」をばらしたものだということを知らなかったということが発覚したり、トイレのことをむかしは「雪隠」ともいったということも知らない人がいたり。花見を英語でいうとCherry blossom viewingと、趣もなにもない言葉になってしまうことを知ったり、たけのこのことは英語でBamboo shootsっていうこともはじめて知ったり。うん、楽しかったですわ。

その後、SさんとJさんは高田馬場に住んでいるというので、自分らも高田馬場で乗り換えだから、一緒に帰ったのです。そして、高田馬場で電車を降りたとき、アメリカ人のJさんが自分にこうたずねたのです。

「アナタハ・ナニジン・デスカ?」

は?? ナニジンって、何人? Jさんはアメリカ人、あたしゃ日本人ですよ! この3時間、ずっと日本語でしゃべってたじゃないですか。必要なところでは少しいんちきな英語も使ったけど、ちゃんと使えるのは日本語だけですからー。

「え? ナニジンって、日本人ですよ」
「アァ・ソウデスカ・スミマセン」

まったく何いってるんだろうねぇ、このアメリカ人姉ちゃんは... などと思いつつ階段をのぼり、まもなく駅の出口というところで、ふたたびJさんがたずねてきました。

「アナタァ・ニホンゴ・ベンキョウシマシタカ?」

だぁ・かぁ・らぁ~!

最後の最後まで自分のことを「国籍不明」だと、絶対日本人じゃないと、疑っていたのね(汗)。そんなに自分は「あやしい」のでしょうか。海外旅行にいくたびに各国のイミグレで係員に不審な目で見られるのはパスポートの写真が古くて現在とあまりにも顔つきが違うからだと思っていたのですが、実は自分が「国籍不明」に見えていたからなのでしょうか。

自分は日・本・人・で・す!

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2005/04/08

祝!再発決定

長いこと品切れ・入手困難状態が続いていたDVD『サスペリア2』の再発が決まったようです! しかも、劇場公開版(ちょっと短い)と完全版の2枚組になるらしい。もしかして、劇場公開版ってDVDになるの初めて?

リリースは7月下旬、売価は2枚組で3500円程度になる模様。買わねば。

同時に『サスペリア』も再発決定。『サスペリア』&『サスペリア2』のDVDパックも発売されるようです。

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2005/04/06

“ビストロ”イデアルが戻ってきた!(嬉)


ランチ時間帯の集客&売上アップを狙ったのであろう「パスタ・ランチ」への変更で、「美味しいフレンチを手軽に楽しめるお店」を愛してきた古くからのファンに戸惑いとある種の残念感を与えた神楽坂のビストロ・イデアルですが、昼の業態変更から約1か月。戻ってきましたよ! “ビストロ”としてのイデアルのランチが!!

以前にフレンチのランチを出していたときのイデアルの問題点(?)は、ランチにもオードブル+メイン+プチデザート+ドリンクというコースしかなかったこと。いちばん皿数の少ないものでも、これだけは食べなくてはいけません。そのほかに、ここに追加するかたちとして、デザートをプチではなくしっかりしたものに替える、もしくはオードブルが2品になる、というアップ・グレードのコースが用意されていたわけですが、主にビジネス・パーソンが中心となるであろうランチ時間に、たった1時間の昼休みに、アップ・グレード・コースを楽しむ時間的余裕というのはほとんどないわけです。かといって、いちばん皿数の少ない基本のコースでも、単価が1600円。いくら物価の高い神楽坂でも、お昼に1600円というのは、ちょっとした覚悟がいるわけです。したがって、ランチ時間にこのお店を頻繁に利用するお客というのは、どうしても限られてしまいます。そして実際、一部の固定ファンはついたけれど、一見さんはなかなか利用しにくい印象を出していたともいえます。

それを打破すべく、より広い客層に「気軽さ」をアピールしようと業態の修正を試みたわけですが、その結果が単価1000円のパスタ・ランチ。どう考えてもアピールのしかたと方向性を見誤っているとしか思えませんでした。なぜ“ビストロ”なのにパスタ? どうしてあんなに美味しいフレンチがつくれるのにパスタ? この業態変更は現場で働いているスタッフのアイデアではなく、オーナーからの指示だったようですが、客単価を安くすればお客が入る、一般的に人気のあるパスタにすればお客が入る、といった安易な発想が見えました。

でも、ビストロ・イデアルのお客は、パスタなんか望んでないのです。もちろん、腕のいいシェフがいるのでパスタも美味しいものをつくります。でも、イデアルは“ビストロ”。お客は「美味しいフレンチを手軽に食べられるお店」としてイデアルを愛していたはず。そして、それこそがイデアルのめざすお店の姿だったはず。であれば、ランチ時間でも手軽に食べられる「フレンチ」の形態を模索すべきだったのです。

パスタ・ランチに変更になってから毎週、自分はランチを食べに行きました。でも、どう見ても、客数が増えているようには思えない。たんに客単価が下がっただけで、売上アップや一見客へのアピールにつながったようには思えませんでした。これでは以前よりも業績が悪くなるだけ。なので、そう遠くないうちにきっと、ランチはフレンチに戻るに違いないと踏んでいました。

先週は忙しくてランチを食べにいけなかったのですが、今日、およそ2週間ぶりに出かけてみたら! 戻っていたのですよ、フレンチに。メートルの大園さんにたずねたら、先週から戻したそうです。くぅ~っ! 先週くればよかった。

フレンチに戻りましたが、形態は以前と少し違います。前はオードブルもメインもそれぞれ4~5種類から選べたのですが、これからはともに2種類からのチョイスになります。そして、基本の形態はオードブル+メイン+ドリンクで1200円。もちろんパンはついてます。あまり時間がない人、それほどたくさん食べない人はこれで充分ですし、お値段も1200円ならそれほど気張らずにこれます。さらにデザートもつけるとプラス400円。ね、お手ごろでしょ。お昼休みに気軽に楽しめるフレンチとして、正しい方向性で戻ってきてくれたと思います。ちなみに土曜のランチはもう少しゆっくりしたコース構成になるらしいです。平日と休日では、同じランチの時間帯でもお客の層や利用の目的・動機が異なる。この当たり前のことに気がついたといっていました。

あぁ、嬉しい。これでまた、お昼休みに気軽に美味しいフレンチが食べられる。そしてもちろん、ここはワインも美味しいですからね。お値段も少し手ごろになったので、パスタじゃなくなっても毎週通ってしまうかも。

ちなみに今日の料理は、オードブルはかぼちゃのポタージュかえびとアボガドのサラダからチョイス、メインはポークソテーのレーズンのソースかスズキのポワレあさりのソースのチョイス。自分はサラダとスズキにしましたが、これよ、これ。あさりのソースの美味しいこと。こういうのが食べたかったのよ。やっぱり“ビストロ”はこうでなくっちゃ。

きちんと手をかけた料理が、手ごろな価格で気軽に食べられる、しかもきちんとしたテーブルサービスつきで。これこそがビストロ・イデアルのいいところであり、強みといえるところ。それがまたランチにも楽しめるようになったのが、本当に嬉しいです。また、お店のスタッフも「本来めざすべきお店の姿」に添った形に戻って、きっと喜んでいるに違いありません。

よかったね、シェフの黒岩さん、メートルの大園さん、そしてギャルソニエールの杉崎さん♪ おっちゃんも嬉しいよ。

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TIZIANO FERRO / ROSSO RELATIVO

ヨーロッパで大ヒットとなったTiziano Ferro(ティツィアーノ・フェッロ)のデビュー・アルバムです。この1枚で一気にトップ・アーティストの仲間入りをしましたね。

実際、とても才能のあるシンガーだと思います。ヴォーカルそのものに個性があるというのは、シンガーとして大きな強みです。声質にも個性がありますし、歌自体も上手です。

基本はR&Bをベースにしたポップ・ミュージックで、ラップの要素も強く、その意味ではそれほどイタリアを感じさせないという、最近の若いアーティストにありがちなタイプにも感じられるのですが、その一方でイタリアらしいメロディや情感にあふれたバラードもきちんと歌える、ほどよくロマンティックかつエロティックに歌える。大きなメロディも歌えるだけのしっかりした歌唱力を持ったうえでラップを歌っているというのがわかります。

曲のタイプ的には、自分の好みのものではありません。ラップとかR&Bベースのポップスとかにはあまり興味を持てないので。そしてTizianoの曲はそういったタイプのものが多く、アルバム収録曲の大半がそういったものです。でも、そういった曲の合間に収録されている、ラップではないポップス、たとえばM4「Imbranato」などが自分を魅きつけるに充分な魅力を持っていたりするので、なんとなく最後まで聴いちゃおうかなという気になる、聴かせてしまう、というところがヴォーカリストとしてすごいなと感じます。

セカンド・アルバムの『111』ではラップ/R&B要素がより強まり、自分にとってはちょっと聴くのがきつくなってきているのですが、このデビュー・アルバムではまだそれ以外のポップス要素もほどよくあり、自分でもそれなりに楽しんで聴けます。自分の好みからすると、このポップス要素をもう少し強めて、ラップ/R&B要素とのバランスを取ってもらえたらよかったのになと思ってしまうのですが、最近のイタリアにおけるポップ・ミュージックの流行の流れがどちらかというとR&Bベースのものにあるように感じられるので、しかたがないとはいえますね。

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2005/04/05

普通の人々


少し前にNHK-BSで放送されたロバート・レッドフォード監督の映画『普通の人々』を録画しておいたのを、やっと観たのですよ。地味だけど趣の深いお話ですね。役者さんもそれぞれによい縁起をしてると思います。

主演はドナルド・サザーランド。2003年の『ミニミニ大作戦』ではすっかりおじいちゃんになってたけど、この映画は1980年の作品。まだまだ若い。しかし、この顔、誰かに似てるんだよなぁ。日本の俳優の誰かに。

考えました...

中村主水だ!!
 ↑
俳優名じゃありませんから!

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2005/04/04

MASSIMO VOLME / DA QUI

自分はいたりあのポップ・ミュージックのファンですが、イタリアだったらなんでもOK、ポップ・ミュージックならどれでも聴く、というわけではありません。ひと口に「イタリアのポップ・ミュージック」といってもいろいろなジャンル/タイプの音楽があるし、それぞれのジャンル/タイプの音楽のなかにも好きなもの・嫌いなものがあります。Massimo volume(マッシモ・ヴォルメ)は、自分にとってはあまり得意じゃないジャンル/タイプの音楽で、そのなかでもあまり好きじゃないものに含まれます。

こういったタイプのロックをそれなりに楽しんで聴いていたのは高校生のころだから、もう20年以上前ですね。だらだらと続くミディアム・スローな曲、地を這い揺るがすような重いベース、隙間を埋めつくすベタッとしたディストーション・ギター。最近は、もうこれだけで疲れちゃう。しかもヴォーカルはメロディのない、詩の朗読のようなもの。

それでもところどころにクリーン・トーンのギターによるアルペジオを中心としたパートがあって、そのパートではおだやかだけど薄暗いヨーロッパの美しさを感じられはします。ただ、その美しさはポップス・ミュージックとしての美しさではなく、パンク/ニューウェーヴ系ロックの美しさで、なんというか、メリハリがあまりないというか、「歌」としてのドラマティックさとかに欠けるわけで。

基本的に「よい歌メロとヴォーカル」を好むいまの自分には、聴くのがちょっとつらいタイプのグループです。きっとコクトー・ツインズなんかもいま聴いたら途中で飽きちゃうんだろうなぁ、自分。

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2005/04/01

YAMASHTA/WINWOOD/SHRIEVE - GO


パーカッショニストのStomu Yamashta(ツトム・ヤマシタ)を中心にしたプロジェクト?「Go」のファースト・アルバム。このアルバムではSteve Winwood(スティーヴ・ウィンウッド)、Michael Shrieve(マイケル・シュリーヴ)との連名になっていますが、これよりあとの作品ではたしかStomu Yamashta's GOというグループ名になっていたはず。ツトムがなぜStomu(ストム?)なのか、ヤマシタがなぜYamashta(ヤマシュタ?)なのかは謎です(笑)。

のちにStomu Yamashtaは念仏系というかヒーリング系というかアンビエイト系というか、そんなような音楽をやるようになって、日本でもお寺で声明(しょうみょう)と一緒にコンサートをしたりするようになるわけですが、このアルバムでは1970年代のブリティッシュ・プログレッシヴの香りがぷんぷんします。

当時は最先端の楽器だったシンセサイザーを多用し、夜空に広がる満天の星のあいだを漂うような、宇宙空間を思わせるような雰囲気を醸し出しつつ、叙情的なメロディをかぶせていく。初期から中期にかけてのPink Floyd(ピンク・フロイド)風な感じですが、ギターがブルースではなくジャズ風なのが違いますね。ゆったりとした叙情部分も、大英帝国の牧歌的な田園風景もしくは妖精の住む神秘の森を思わすようなものではなく、東洋的な香りがするのは、やはりStomuが日本人だからでしょうか。この叙情はFar East Family Band(ファー・イースト・ファミリー・バンド)などにも通じると思います。

しかし、アルバム全編を通してスペーシー&叙情なわけではなく、リズミックなパートもあり、ジャジーなパートもあり、けっこうなんでもあり。だけど、アルバムとしてばらばらな感じはあまりなく、聴けてしまう。こういうところがプログレッシヴ・ロック・アルバムの楽しみのひとつだったりします。

そして、歌ものプログレ?好きな自分にとってうれしいのは、やはりSteveのヴォーカル。Trafic(トラフィック)でもそうでしたが、彼の歌声ってほんと、味わいがあるというか、心があるというか、魅力的。Procol Harum(プロコル・ハルム)のGary Brooker(ゲイリー・ブルッカー)などとともに、好きなブリティッシュ・ヴォーカリストのひとりなのです。

インスト・パートの多いアルバムですが、Steveの歌声が入ったとたんに、音楽に何か新しい生命が宿るような、そんな印象を受けます。また、このくらいの年代のシンガーって、英語の発音が綺麗。ときには日本人が歌ってるのかって思うくらいクリアな英語ですが、これがある種の朴訥さというか素朴さというかを醸し出してて、歌にあたたかみとやわらかみを加えるのですね。

うちにあるのはノイズだらけのLPで、ノイズがプチプチとうるさいのですが、それも含めてなんとなく気持ちのいいアルバム。何も考えず、ぼやんと聞いていたいな。

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