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2005年3月

2005/03/31

ZLATKO MANOJLOVIC / JEDNOJ ZENI


セルビア・モンテネグロ(当時はユーゴスラビアといった)の人です。1986年のアルバムです。このアルバムはいわゆる歌ものですが、もともとはギタリストだったのだっけ。ライナーを読んだのはずいぶんむかしなので忘れてしまいました。

自分が持っているのは日本盤LPなんですよ。キングレコードのユーロ・ロック・シリーズの1枚としてリリースされたものだったと思います。

なんでリリースされたんだろ?

べつにプログレッシヴ・ロックじゃありませんし、プログレッシヴ・カンタウトーレといった感じでもありません。旧ユーゴの作品だから「ユーロ・ロック」のひとつとして考えるというのは、言葉的にはあっているかもしれないけれど、キングレコードのシリーズはユーロ・ロック=ヨーロッパのプログレッシヴ・ロックという意味合いでその言葉を使っていたはず。

アルバム1曲目のインスト曲からして、個人的にはまいったなぁという感じです。演歌みたいな、古い映画の安い劇伴みたいな、チープないなたさ満載です。他の曲は、もごもごしたヴォーカルとクリーン・トーンのギターが、気品と奥行きの足りないDire Straits(ダイア・ストレイツ)みたい。

なんだかね、リリースされたのがセルビア・モンテネグロだったというだけで、ユーロでもプログレでもない、ただのありふれた古いポップ・ロックにしか聞こえないんですよ。なぜ、これが日本盤でリリースされたのか、すっごく不思議。セルビア・モンテネグロにはほかに、もっと先に出すべきアルバムがいっぱいあるんじゃないかと思うんですけどねぇ。

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2005/03/30

PAOLO VALLESI

1991年リリースの、Paolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)のデビュー・アルバムです。

思えば、このころのSugarレーベルは自分の好みど真ん中なアーティスト/アルバムがたくさんありました。デビューしたてのAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)、Onde Radio Ovest(オンデ・ラディオ・オヴェスト。ORO)、Alessandro Errico(アレッサンドロ・エッリコ)... 豊かな哀愁を持っているけれど、哀愁だけに流されない、甘く美しいメロディを持っているけれど、べたべたと甘くはならない、ほどよくスピード感があったりハードだったりして、とてもドラマティック... まさに自分のツボなんです。

そしてPaolo Vallesiも、そんなSugarレーベルの魅力を充分にたたえたカンタウトーレ。哀愁のあるひび割れ声と美しいメロディ。Marco Masini(マルコ・マジーニ)の暑苦しさとしつこさとくどさを薄めたようなPaoloの歌声と曲調が楽しめます。ミディアム・テンポの曲が中心で、美しいメロディとやわらかな哀愁が心地よく響きます。

デビュー・アルバムということでか、たとえば次作のアルバム・タイトル曲である「Forza della vita」のような印象的な曲がないこと、メロディに少し伸びやかさや素直さが不足している感じがすることなど、成長途上にある作品という印象はあります。収録されている曲はどれも及第点ではあるけれど、飛びぬけたものがないし、スローなバラードや軽やかでリズミックな曲には彼の魅力をうまく溶け込ませられていないといった感じもあります。

だけど、それらを補って余りある「可能性」を感じられること、次作以降に「期待」が持てること。これって、新人のデビュー・アルバムを聴く楽しみだったりしますよね。そしてPaoloはきちんとその期待に応え、このあと良作を何枚かリリースし、日本のイタリアン・ポップス・ファンのあいだでも人気のカンタウトーレとなっていったんです。

そんなPaoloの若かりし日の姿がここにあります。多少未熟だけど、これからが楽しみな若者のアルバム。そういう作品って、自分はけっこう好きなんです。

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2005/03/29

タイミングがいいよな悪いよな


今日の夜は『救命病棟24時』の2時間スペシャルがあるのです。本放送は先週で終わりましたが、今日の特番は「震災から半年後」にテレビが病院に取材にやってくる、という設定になっているらしい。

東京を大地震が襲うというのがテーマの今回の『救命病棟24時』サード・シーズンは、放映開始直前に新潟を大地震が襲い、最終回を目前に北九州を大地震が襲いと、番組テーマと地震発生時季と放映時季とがあまりに生々しくリンクしており、もしや地震の発生時季を最初から知ったうえで番組つくったんじゃないかとすら思えてくるのですが、特番放送を目前に控えた昨日(日本時間では今日の午前1時9分ころ)、インドネシアのスマトラ沖でマグニチュード8級の大地震! またしてもあまりのタイミングにビビります。

スマトラ沖といえば昨年暮にも大地震があり、大きな被害が出たところ。今回の地震はその余震だと気象庁はいってますが、余震でM8なんですか!! でかすぎです。さらに現地時間の今日未明にはM6程度の余震も続いてるって。すでに300人くらいの遺体が発見されているそうですが、これからまだ増えるんだろうな。ひとりでも多くのご無事を祈ります。

大地震をテーマにした番組の放送期間中に日本とアジアで大地震頻発。番組にとってはタイミングがいいよな悪いよな、微妙ですね。

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2005/03/28

ロング・エンゲージメント


昨日の夜はなんだかよく眠れなくて、ていうかほとんど寝た気がしなくて、いまめちぇめちゃ眠いです。これで仕事ができるのだろうか。

さて、あまりにお客の入りが悪くて上映打ち切り間近という噂?のオドレイ・トゥトゥ主演最新作『ロング・エンゲージメント』を観てきました。新宿では2館で上映されていたのですが、そのうちの1館は本当に2週間で上映終了。金曜午後6時半からの回でしたが、客席には自分を含めて20人ほど。平日のお客の入り的にはこんなもんだと思うんですけどねぇ。土日の集客がぜんぜんダメなのかな。

主演がオドレイ・トゥトゥでタイトルが『ロング・エンゲージメント』ですから、ラヴ・ストーリーかなと思いきや、実は謎解きミステリーなんですね、基本は。そしてその謎は戦場にあるという、一種の戦争映画でもある。ラヴ・ストーリーの要素もあるにはあるのだけど、主演のオドレイと相手役の兄ちゃんが映画のなかでおたがいに心を通わすシーンって、ほとんど出てこない。かといってミステリーとしてはあまりにご都合主義だし、戦争映画としては厚みが足りない。この辺のジャンル的なあいまいさ・中途半端さが不入りの理由でしょうか。

ただね、映像はすごく綺麗なんですよ。ヨーロッパの単館系の映画でときどき見られる、少し黄色がかったようなフィルムの色彩。まるで西洋絵画を見ているようなこの色調が、画面に深みと奥行き、それに「生きている感じ」を与えるんですね。この色調で映される田舎の風景の美しいこと。

その一方で、戦場のシーンはかなり強烈です。どんどん人が死んでいきます。びしばしと肉が飛びます。爆弾で細切れに吹っ飛ばされた仲間の兵士の肉が飛び散って近くにいた兵士(オドレイの恋人役)の体中に貼りつくシーンはきつかったです。そりゃ頭もおかしくなるって。

ところでオドレイって、いったい何歳なんでしょうか。『アメリ』のときは「実はそんなに若くないんじゃないか」と思ったのですが、この映画でも20歳という約になんか無理を感じてしまった。ふけ顔ですよね。

それと、オドレイにはこういった不思議ちゃんな役しかもう来ないんでしょうか。『アメリ』『愛してる、愛してない』『ロング・エンゲージメント』と、これまでのおそらくオドレイ主演の映画はこの3本だと思うのですが、どれも不思議ちゃんな役ですよね。そろそろ違う役で印象付けないと、ずっと不思議ちゃん女優になってしまいそう。

しかし、『アメリ』『愛してる、愛してない』『ロング・エンゲージメント』という流れは、ちょっとおもしろいな。主演のオドレイが演じる役はどれも「現実を直視しない(できない)ちょっと変わった女の子」なのだけど、『アメリ』では「夢の世界にいる自分」から成長して現実へと適応していく女の子、『愛してる、愛してない』ではどんどんと「夢の世界」に逃げ込んで最後まで現実を直視しない女の子、そして『ロング・エンゲージメント』では最初から最後まで彼女自身は「現実」を見ようとしなかったのだけど、現実のほうから歩み寄ってくる女の子、という役だった。不思議ちゃんにもいろいろなタイプがあり、その成長?のしかたにもいろいろなパターンがあるのだなぁなどということを思ってしまいましたわ。

で、『ロング・エンゲージメント』。あのエンディングは切ないような、暖かいような、未来への希望があるような、ないような、ちょっと余韻のある終わり方でしたね。やっと見つけた彼は過去の記憶を失っていて、その彼から最初にかけられる言葉が、子供のころに最初にかけられた言葉と同じ。ここからむかしと同じように心が通じ合っていくのか、それとも、過ぎ去った時間は同じ月日を取り戻せないのか。でも、暖かな陽のあたる庭にいる「いま」のふたりは、きっと穏やかな気持ちでいるのでしょう。

うん。悪くはない映画だったな。

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2005/03/25

ROBERT JOHN GODFREY / FALL OF HYPERION


古くからシンフォニック・プログレッシヴ・ロックの名作として知られているアルバムです。ですが、自分はそんなに好きじゃありません。

シンフォニック・プログレ自体はけっこう好きなんですよ。Robert John Godfrey(ロバート・ジョン・ゴドフレイ)がこのアルバムよりのちに結成するThe Enid(ジ・エニッド)だっていい感じだし、Mandalaband(マンダラバンド)やBarclay James Harvest(バークレイ・ジェームス・ハーヴェスト)やThe Moody Blues(ザ・ムーディ・ブルース)だって好きな部類のグループです。なので、ブリティッシュ・シンフォ・プログレが好みじゃないというわけではありません。

でも、Robertのこのアルバムとか、Tom Newman(トム・ニューマン)の『Fairy Symphony』とか、シンフォ・プログレの名作といわれてるけれど、自分にはそこにシンフォ・プログレを聴く感動とか喜びとかを見つけにくいのです。

オーケストレーションとかね、すごい優雅です。いかにも英国。キーボードやピアノの響きもやわらかなロマンにあふれていて、とても心地よいです。ヴォーカル・ラインのメロディはちょっと魅力が薄いですが、まぁよしとしましょう。自分にとってのいちばんの不満は、リズム・セクションなのです。

ロックしてない。

そう。このアルバムには、ロックとしての躍動感やうねり、力強さといったものが、リズム・セクションに感じられないんです。ベースもパーカッションも入ってはいるけれど、ロック・ミュージックの屋台骨ともいえる力強いリズム/ビートを感じさせるためにではなく、たんにクラシック・オーケストラにおけるコントラバスやティンパニ等の代役として導入されているにすぎないという印象を受けてしまうのです。なんとなくクラシック・ミュージック風なものを作曲して、クラシック・ミュージック風な考え方で、ポピュラー・ミュージックで使う楽器を使って演奏してみました、といった感じです。

自分は、シンフォニック“ロック”が好きなのです。優雅で繊細でドリーミーであっても、ベーシックな部分ではロックの躍動感や力強さがきちんと感じられるシンフォニック・プログレッシヴが好きなのです。Genesis(ジェネシス)だってPremiata Forneria Marconi(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ。PFM)だってCamel(キャメル)だって、シンフォ・プログレの名グループといわれるグループは、シンフォニックに身をまといながらも、きちんとロックでした。

そう。“ロック”が足りないのですよ、このアルバムには。もっと“ロック”があれば、魅力の薄いヴォーカルも気にならなかったかもしれない。もっと“ロック”があれば、この素晴らしいオーケストラ・アレンジもさらに映え、もっともっとロマンティック&ドラマティックになっただろうに。残念だな。

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2005/03/24

ダリオさんが消えた


NHKテレビ「イタリア語会話」の4月のテキストを見たら、出演者のなかにダリオさんの名前がない! 今年度もほとんど番組に登場しなかったダリオさんですが、来年度はついに降板のようです。長いこと番組内の「知的好奇心にあふれたイタリア人」のポジションを引き受けていたのだけど、番組外での「知的好奇心」を満たし・表現することのほうがいそがしくなってしまったのかな。ちょっと残念です。音楽のコーナーとか、ダリオさんがいたからこそって感じだったし。

ちなみにジローラモさんは続投です。番組内の「陽気でスケベなイタリア人」のポジションをこれからも引き受け続けるのでしょう。

また、モニカさんも続投です。ダリオさんのポジションはモニカさんが引き継ぐのでしょうか。ちなみに東京・高田馬場の某所でモニカさんに会った(お仕事がらみです)うちの妻が「このあたりで美味しいパスタが食べられる店ある?」ってきいたら「ない」と即答されたようです。そのあとに「でも、全体に悪くはない」と続いたらしいですが。

もうひとり、イタリア人の若い男性が写真つきで載っていたのだけど、名前忘れちゃった。

日本人のほうは、講師は名前を忘れてしまいましたが女性に代わります。講師は2年ごとに交代ですね。押場さんがなかなかおもしろく、わかりやすい教え方や説明をする講師だったので、新しい講師の方がどういうふうに教えるか、楽しみかつちょっと不安です。

アシスタントは、おひさしぶりの遠藤久美子さん。あれあれ、このポジションって、これからがんがん売り出しますよっていう若い女性タレントを使うというのがここ数年のお約束だったのでは? エンクミさんは、けっこうキャリアの長い中堅どころですよね。個人的にはエンクミさん好きなので、ちょっとうれしいのではありますが。

そしてもうひとり、なぜかパパイヤ鈴木! どうしてパパイヤさん? たしかにラテンっぽいけど(笑)。なんか、画面が暑苦しくなりそうだ。人数も増えてるし。エンクミさんとパパイヤさんで、さらに番組がバラエティ化していくのか??

ちなみに放送時間が少し短くなるみたい。25分だったかな。20分? いずれにしろ、30分はちょっと長いと感じてたので、時間短縮は歓迎しますわ。

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2005/03/23

救命病棟24時最終回


終わっちゃいましたね、『救命病棟24時』。スタート時に心配したとおり、あまりにテーマがでかすぎて、あまりに登場人物が多すぎて、いろんなことがとっちらかったまま、なんとなく中途半端に終わっちゃった気がします。でも逆に、あんだけでっかいテーマと大勢の登場人物をなんとかこの程度までまとめたのはすごいともいえなくもない。

しかし、最終回はずいぶんと走り気味でしたね。いろいろなアクションをはしょって、時間の経過をはしょって、結果をいきなり見せるって部分が多かったように思う。最初から予定されていた回数分放送されたのに、これはいかんだろう。

これなぁ、1クールじゃなく、『白い巨塔』のときみたいに2クール、半年かけてじっくりと取り組んだほうがよかったドラマかもしれないなぁ。それ以前に、これを『救命病棟24時』のシリーズにするべきだったのかどうかっていうのもいまとなっては疑問。シリーズのサード・シーズンというよりは、外伝的な扱いにしたほうが納得できたかも。なんてったって、このシリーズの特徴のひとつだと思われる『ER』ばりのスピーディかつ緊迫した治療シーンが今回はほとんどなかったですからね。個々の患者に直接向き合うことよりも、医療の現場というもっと大きな枠がメインだったし、治療そのものとは違う部分での登場人物たちの心の動きにも焦点を当てようとしてた。

今回のシリーズ、べつに進藤先生じゃなくてもよかったと思うわけですよ。かえって進藤先生を登場させたことで登場人物たちのバランスを欠いてしまったような気もする。進藤先生を絡めることで、他の医者や看護士たちの「プロとしての成長」がステレオタイプになってしまったような。進藤先生なしで、もう少し深くそれぞれの人物たちの内面まで踏み込んで、それぞれの人物のドラマをきちんと見せてほしかったなぁ。日比谷先生(こんな字?)も医局長も寺泉議員も、もっともっと厚みと深みと魅力にあふれた人にできたと思うのに。セカンド・シーズンではきちんと「人」が描かれていて、その「人」の集まりがシリーズ終盤に向けてのドラマをつくっていたことを考えると、今回のサード・シーズンは残念な出来だと感じてしまいます。単体のドラマとしてはそれなりにおもしろかったのだけどね、やはり『救命病棟24時』というタイトルを背負うものには、それ相応の期待をしちゃうわけで。

とはいえ、初回から最終回まで全部見続けてしまったし、来週の2時間スペシャルも見ちゃうでしょう。そのくらいの魅力は充分にあるドラマでした。けっきょく見続けたドラマってこれだけだったな。

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2005/03/22

クイール


テレビで映画『クイール』を放送してたので、つい観てしまったのだけど... 評判どおり、映画としては見どころのないものだったなぁ。地上波放送用にシーンのカットが雑に行なわれていたのかもしれないけど、本質は変わってないだろうと思われる。ただ「事柄」の羅列があるだけ。この日にこういうことがありましたといったことが並べられてるにすぎない。登場人物(犬も含めて)の誰にも感情移入できないし、誰のドラマも描かれてない。いったい、この映画のテーマはなに? 焦点はどこ? なにを伝えたいの? なんか「犬、かわいぃ~♪」ってこと以外に何も残らなかったなぁ。
あと、クイールの夢に出てくる「ピーちゃん」(でしたっけ? お気に入りのぬいぐるみ)、めっちゃ怖いですから。あそこの部分はホラーですか? あんな夢見たら、ぜったい悲鳴を上げますわ、自分。まちがいなく悪夢じゃん。
しかし、役者さんはなかなか味のあるいい役者さんを使ってるのに、ほんともったいない。どうしてこんな映画になっちゃったのかなぁと、激しく残念な映画でした。

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2005/03/18

確率としてもしくは傾向として


昨日はQueenの『News of the world』の雑感を書こうと思ったのだけど、ココログメンテ中で書けず。またいずれ。

さて、自分は、高校生のころからプログレッシヴ・ロックのファンなのですよ。最近ではイタリアン・ポップスばっかり聴いてますが、それでも細々とプログレッシヴ・ロックも聴き続けていたりするわけで。そんで、今朝もMarillion(マリリオン)の『Brave』を聴きながら出勤したりしたわけですよ。

『Brave』... 少し前のアルバムだけど、評判いいですよね。Marillionのファンだけでなく、多くのプログレッシヴ・ロック・ファンが「名作」と呼んでいる。でも自分には、実はあまりピンとこないんだよなぁ。

こういうことはよくありまして、いわゆる「プログレ・ファン」と呼ばれる人の多くが「こいつぁいい!」と評価するグループやアルバムが、自分にはぜんぜんアピールしない。Dream Theater(ドリーム・シアター)とかIt Bites(イット・バイツ)などはその典型です。うまいなぁとかすごいなぁとかは思うけど、プログレッシヴ・ロックっていいなぁとか体中に染み渡るなぁとかは思わない。Pink Floyd(ピンク・フロイド)やNew Trolls(ニュー・トロルス)やAnge(アンジュ)やOmega(オメガ)とかは染み渡るんだけどなぁ。あるいはポップス作品であるRenato Zero(レナート・ゼロ)の『Amore dopo amore』のほうがよっぽど「プログレッシヴ・ロックぽい」ドラマと感動が染み渡る。

しかし、よく考えてみると、逆なんですよね。プログレッシヴ・ロックが好きだからプログレッシヴ・ロックをたくさん聴いてきたわけじゃないんです。自分が「いい」と思える曲、自分の感性を刺激する曲を探してたら、結果として「一般的にプログレッシヴ・ロックと呼ばれるもの」のなかにそういうものが多かったってだけ。なので自分の場合、プログレッシヴ・ロックのファンというわけじゃないんです。だから、プログレッシヴ・ロックだから「いい」とは思わないんだろうな。

要するに、確率と傾向の問題です。世の人が「プログレッシヴ・ロック」と呼ぶ音楽群は、曲づくりの傾向として、自分の好きなタイプのものが少なくない。でも、すべてがその傾向というわけじゃない。とはいえ、他の名称で呼ばれる音楽群を探すより、プログレッシヴ・ロックと呼ばれる音楽群のなかで探したほうが、その傾向に出会う確率がいくらか高い。たんにそういうことだったんです。

自分にとっては、「プログレスすること」「プログレッシヴであること」は、実はあまり重要ではない、ということに気づいたのは、ずいぶん前のこと。もっと単純に、歌メロも演奏も構成もその他全部含めて「体中に染み渡る、感情を揺さぶる美しい音楽」が聴きたかったのだと。いまから思えば、そういう音楽をはじめて見つけたのがPink Floydで、彼らの音楽が「プログレッシヴ・ロック」と呼ばれていたからたくさんのプログレッシヴ・ロックのアルバムを聴いただけ。そのうち、プログレッシヴ・ロックのなかでも「イタリアン・ロック」と呼ばれるものに好きなタイプの曲が多いという傾向に気づき、以降は自分は主にイタリアン・プログレッシヴ・ロックのファンなのだと思っていたのだけど、実は自分をひきつけているのは“プログレッシヴ”の部分ではなく“イタリアン”の部分だということに気づき、その後は基本的に自分はイタリアン・ポップス/ロックのファン、と思ってきたわけです。

イタリアは大好きな国で、ポピュラー・ミュージックだけでなく、言葉の響きも、食べ物も、飲み物も、風景も、どれも自分の好みです。なので、自分がイタリア・ファンであることはおそらく間違いない。

だけど最近、イタリアン・ポップスが、それほど自分をひきつけなくなってきてるんですよ。体中に染み渡る音楽が、イタリアのもののなかにだんだん見つけられなくなってきている。

世界中のさまざまな国でさまざまなアーティストがさまざまな音楽を奏でてる。それらすべてをチェックして、そのなかから好きな音楽を探すのはたいへんです。だから、おおよその傾向を把握して、より高い確率で好きなものに出会えるジャンルとして、長い間自分はイタリアン・ポップスを中心に聴いてきました。でも最近、その確率がどんどん下がってる。傾向が変わってる。イタリア語の響きは好きなのだけどなぁ。

困ったなぁ。こういった傾向はイタリアだけでなく、全世界的なものなのだろうか。ずっとイタリアしかチェックしてなかったので、他の国の傾向がぜんぜんわかりません。

あぁ、はじめてPink Floydに出会ったときのような感動を、若いころのClaudio Baglioni(ウラウディオ・バッリォーニ)に触れたときのときめきを、Alessandro Errico(アレッサンドロ・エッリコ)やORO(オーロ)が惜しげもなく提供していたドラマティックなポップスを、自分はどこで探したらいいのだろう。最近のイタリアには、あまり期待できない気がするのだけど。

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2005/03/16

おじいちゃん化進行中


気がつくといつのまにかサンレモ音楽祭も終わっていてけっきょく誰が参加したのか誰が優勝したのかも知らなかったりするのだけどイタリアン・ポップス・ファンを名乗る自分としてはコンピレーションCDくらいは買わねばと思いつつ最近のユーロおよびスイスフランの高さにちょっと躊躇してしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

最近、気がつくと怪我してるんです。

このあいだも夜、寝ようと思ってふと手を見たら左手の小指の第1関節のあたりが血だらけだった。その少し前は右手の手のひらの下のほう(手首に近いあたり)から血ぃ吹いてた。いまも右手の親指の手のひら側の付け根のあたりが7ミリくらい切れてる。右のほっぺたの内側には大きな噛み傷がある。

どれも、いったい、いつ、どこで、なんで怪我したのかわからないんです。気がつくと、いつのまにか怪我してる。そのうえ、いったん気がつくと、痛いのよぉ(涙)。

知らないうちに怪我をして、しばらくそれに気づかないって、うちの妻のおばあちゃんとおんなじじゃん。本人が怪我に気づかないから、ときどき大変なことになりかかってたりするらしい。やばい。自分もおじいちゃん化が着々と進行してるのだな。それでもまだ、気づいたあとは痛いからいいのか(ばあちゃんは、気づいたあともあんまり痛くないらしい)。

うぅ、しかし頬の内側と親指の付け根、痛いよ。ていうか、気になるよ。

ぜんぜん関係ないですが、昨日、東京メトロ発売したゴッホ展のパスネット(東京近郊の、JR以外の電車に共通して使えるプリペイドカード)、全面を「夜のカフェテラス」にしてくれたらよかったのに。絵の下の「ゴッホ展 東京国立近代美術館」という宣伝文?が邪魔だ。せっかくの素敵な絵なのに、興ざめだ。この文を載せることで美術館側から広告費のようなものが東京メトロに入るのだろうけれど、にしてもなぁ。

さらに関係ないですが、ひさしぶりにClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)のむかしのライヴCDを聴いてまして、ギフトとタレントにあふれたあのClaudioでもやはり、むかしの曲のほうがメロディと曲構成に魅力があったよなと再確認。比較的シンプルで素直なメロディでも上手に構成して組み合わせてとても魅力的にするのがClaudioはじめイタリアン・ポップスのよさのひとつだったのだけど、最近はClaudioでさえ、微妙にいじりすぎでちょっと不自然なメロディが増えてきちゃったように感じる今日この頃。ちょっとさびしい。

さらにさらに関係ないけど、小丸はなにをいってるのだか、なにがいいたいのだか、よくわからん(笑)。あまりに論旨の明確な発言をされても怖いが。

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2005/03/15

草の匂いが好き


ここ数年、うちでは食卓用にグラート・グラーティのエクストラ・ヴァージン・オリーブ・オイルを使ってるんですよ。イタリア・トスカーナ産のオリーブ・オイルで、つくり手のグラート・グラーティはおいしいキァンティの生産者としてもよく知られています。キァンティ地方のルフィーナ地区に本拠地があるのだったかな。500ミリで2000円程度と値段的にも手ごろで、火を入れる調理時に使う以外のオリーブ・オイルはずっとこれです。

そのグラーティのオリーブ・オイルのストックが切れてしまいまして、たまたま近所のピーコックでラウデミオのEVオリーブ・オイルが商品入れ替えのためにちょっと割引価格になっていたので、買ってみたのです。

ラウデミオのオリーブ・オイル。おいしいオリーブ・オイルとして評判が高いですよね。まるで香水のようなボトルに入っていて、見た目も高級感が高いですが、お値段も100ミリで1000円超と高めです。見た目もほんのり青みがかっていて、フレッシュでおいしそう。

でね、使ったのですよ、ラウデミオ。サラダ菜とトマトとモッツァレッラのサラダにたっぷりと。ドイツ風の胚芽パンにもたっぷりとつけてみたりして。

おいしい。だけど、ものたりない。

すごく洗練された香りと味なのね。とても上品。あまりに上品で、やまほどかけても香りがそれほど強くは香ってこないし、オリーブ・オイルーっ!て味も口にそれほど広がらない。おいしいのだけど、使った気がしない。

なんだかね、日本の高級な、ちょっと名の知れたイタリアン・レストランで出されるような料理を思い出しましたさ。なんとなく、ホテルの味というか。

自分はやっぱり、もっと個性の強い味が好きです。ホテルのレストランより、街角のトラットリーアやオステリアの料理が好き。せっかくのトスカーナだったら、もっと青草の香りが強く香るオイルが好きだし、そういうオイルをたっぷりと、上手に使った料理が好き。

その点、やっぱりグラーティのオリーブ・オイルはおいしいのです。薫り高く、味わい深く。おいしいワインをつくる生産者はおいしいオリーブ・オイルもつくっていることが多いといいますが、それが納得できる味。しかもお値段お手ごろ。

やはり、100ミリ1000円超のラウデミオよりも、500ミリ2000円程度のグラーティのほうが自分には好ましい。そんなわけで、グラーティのオリーブ・オイルを2本ほど、またストックしたのでした。さっさとラウデミオを使い切って、グラーティに戻したいわ。

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2005/03/14

愛されてるのね

今朝のワイドショーで見たのだけど、林家こぶ平改め林家正蔵襲名だそうで、おめでとうございます。なんだか派手にお披露目パレードをやったそうで、その姿を見に集まった人たちが9万人!とかいってた。

こぶちゃん、愛されてるんだねぇ。

こぶ平さんの落語は、テレビで何回か見た(聴いた)ことがあるけど、正直にいって、あまりうまいとかおもしろいと感じたことはない。義理のお兄さんの小朝さんはめちゃうまだけどね。とはいえ、もう長いこと落語をするこぶ平さんを見てないので、いまはうまくなっているのだろうか。うまくなっているのかもしれないけど、やっぱり「見にいきたい」とまでは思わんなぁ。

ちなみに6月は錦糸町で小朝さんと山陽さんの出る舞台を見にいく予定。山陽さんは以前にも何度か生を見ているけど、実は生小朝ははじめて。楽しみですわ。

それはともかく、襲名おめでとう、正蔵さん。
しかし、舘ひろしさんの「よしこさ~ん」パフォーマンスはよくわからん。なぜ舘ひろしが三平さんのネタを?? というか、石原軍団はいったいどういう集団をめざしているんだ?

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2005/03/11

なんでもはさんじゃえばいいんですよ


昨日は少し早く家に帰れたので、だらだらとワインを飲みながら、だらだらと食事をすることにしました。だらだらと食べるメニューかぁ、なにがいいかなぁ、そうだ、ひさしぶりにサンドイッチをつくろう!

というわけで、だらだら食べるための準備はきびきびとしましょう。

パン・ド・カンパーニュの塊を、厚さ1センチ弱にスライスする。
サラダ菜を洗って、食べやすい大きさに手でちぎってサラダボウルに盛っておく。
完熟トマトを洗ってヘタをとり、縦半分に切ったあと、厚さ1センチ弱に輪切りにして、ジェノヴェーゼ・ソースを横に沿え、お皿に盛っておく。
イタリア・パルマ産のプロシュート・クルド(生ハム)をお皿に盛っておく。
長さを半分にし厚さ5ミリくらいに薄くきったエリンギをEVオリーブオイルで焼く。味付けは塩と胡椒。ほんのり焼き色がついたらお皿に移し、ワインヴィネガー(イタリア産の赤ワインヴィネガーを使ってみました)を振りかけてなんとなくマリネ風にしておく。
デンマーク産のブルーチーズをフォークでなんとなく崩して、お皿に盛っておく。

サンドイッチの材料としてはこれで充分なんだけど、暖かいミールがひとつもないのはちょっとさびしいので、おまけとしてチーズを少し混ぜたプレーン・オムレツをつくってみました。

これらを全部食卓に運ぶ。ワインはイタリア・トスカーナ産のキァンティ・コッリ・セネージ“アルカーノ”(チェッキ)を、40分くらい前に栓を抜いて用意しておいたさ。

あとは食卓にあるものを適当にパンにはさんで食べるだけ。最初はやはり、あるもの全部はさんだ「オールスター」でしょう。たとえパンより具材のほうが多くなろうとも、あらゆる味がすべてまじりあう楽しさには勝てん。

穀類の入ったブラウンのパンと塩気のあるブルーチーズ、そしてそこに風味のよい生ハムが入り、ちょっと味が濃くなってしまうところをサラダ菜とトマトでバランスをとる。あぁ、んまい。このパンとチーズの相性がめちゃめちゃいいな。これ+サラダ菜をベースに、具材を少しずつとっかえひっかえというのがよさそうだ。オムレツ&トマトもいけるし、エリンギ&生ハムもいける。もちろん生ハム&トマトも、もうなんだってうまいのですよ。

そしてチェッキのキァンティ・コッリ・セネージ。最近はやり?のビオロジカル・ワインだそうだが、これがうまい。2001年ヴィンテージで、まだ若いからか、最初はすごく硬い印象で、強い酸とタンニンががんがん主張してたのだけど、抜栓後2時間を過ぎたあたりからどんどん味にまとまりが出てきて、口当たりもまろやかになり、酸とタンニンも味わいのなかに溶け込んでいく。ふんわりとしたふくらみのある味わい深いワインになっていくのだなぁ。うまいなぁ。サンドイッチとの相性もばっちりですわ。

あぁ、これが、雑然とした我が家の小さな食卓(っていうか、こたつですけど)ではなくて、天気のいい日にうららかな陽射しを浴びるオープン・テラスとか緑香る庭に置いたテーブルとか木立の合間の芝生の上とかだったら、さらにさらに楽しいのにな。

あぁ、ピクニック・ランチしたい。

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2005/03/10

PAOLO VALLESI / LA FORZA DELLA VITA


好きなんですよ、このころのPaolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)。もう、なんていうか、自分のつぼにドンピシャ(死語?)です。ほどよい哀愁をたたえたロマンティックなメロディ、ドラマティックな曲構成、情感豊かなひび割れヴォーカル。たまりません。

基本的なことですが、曲(歌メロ)がいい、というのはやはり大切です。もちろん、どんなに平凡な歌メロでも圧倒的な個性と表現力で情感豊かに歌い上げてしまうことができるようなすごいヴォーカリストであれば、それほど曲そのものの出来のよしあしには左右されないのかもしれないけれど、そういうヴォーカリストでも、そこまでのヴォーカリストではなくても、曲そのものの出来がいいに越したことはありません。

その点、Paoloの曲はとってもいい出来具合のものが多いと思います。Paolo自身も情感豊かなヴォーカリストなので、自分の曲のよさ・持ち味を充分に生かしていると感じますが、たとえば別のシンガーに歌わせても、きっと輝きを持ち続けるだろうし、またそのシンガーの持ち味を素直に表現できる曲が多いのではないか、と思うんです。

このアルバムには、明るい感じのポップな曲、哀愁のあるバラード、ほんのりジャズ風味な曲など、いくつかのタイプの曲が収録されています。たとえば「"Ridere di te"」などはおおらかなメロディを持ったいかにも典型的なイタリアン・ポップスで、伸びやかなヴォーカル・ラインが魅力的です。これ、Laura Pausini(ラウラ・パウジーニ)とかが歌ってもいい感じだろうな。あるいはFiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)などだと曲に別の魅力を与えるかもしれない。ほんのりジャズ風味な「A spasso con Tobi」はRossana Casale(ロッサーナ・カザーレ)とかGiorgia(ジォルジァ)が上手に歌いそうだし、Ornella Vanoni(オルネッラ・ヴァノーニ)に貫禄たっぷりに歌ってもらうのもいいかもしれない。「Aiutami」は、Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)が歌ってもよさそうだ。アルバムを聴きながら、そんなことが頭に浮かんできます。こういった優れたシンガーたちが歌っているのも聴いてみたい、きっと気持ちよく歌うんじゃないか、などとイメージが広がるんですよ。

比率としては哀愁系が多いこのアルバムですが、Paoloのよさって、ほんのり哀愁を秘めながらも前向きさや明るさを感じさせる曲に強く出るように思います。その意味で、佳曲ぞろいのアルバムのなかでも、アルバム・タイトルになっている「La forza della vita」はかなりの名曲だと自分は思います。彼の曲全体のなかでも間違いなく上位に入るでしょう。おだやかに始まり、徐々に演奏に厚みが増し、後半に向けてどんどん盛り上がっていく。午後の陽だまりのようなやさしく暖かい感じから、少しずつ明るさ、力強さ、前向きさを増していく。シンプルで素直な美しいメロディの連なりを上手に構成しアレンジし、曲のなかに小さなドラマをつくりあげるのがうまいのが、イタリアン・ポップ・ミュージックの魅力のひとつだと思うのですが、そういう意味では、まさにイタリアン・ポップ・ミュージックの魅力が凝縮された1曲だといえるでしょう。

ハードなロック調の演奏で哀愁を力強く歌い上げるオープニング曲の「Sempre」からこの「La forza della vita」への流れはみごとで、アルバム最初のこの2曲で自分は完全にノックアウト(死語??)です。うん、やっぱり自分はPaolo Vallesiが好きだぁ。

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2005/03/09

DIROTTA SU CUBA / FLY

Dirotta su cuba(ディロッタ・ス・クーバ)といえば、女性ヴォーカル+男性ふたりの3人組でR&Bをベースにしたスタイリッシュなポップスを歌う、というところから一部で「イタリアのドリカム」といわれてたよなぁ... なんて思いながらクレジットを見たら、このアルバムでは男女ペアのふたり組みになっていました。なんてあたりもドリカム風?

そのあたりも含めて(?)、すでに解散してしまったとはいえ有名グループだし、日本にもファンがけっこういるし、だけど自分は彼らの曲ってほとんど聴いたことなかったよなぁ、アルバムの1枚くらい持っておかんと「イタリアン・ポップス・ファン」を名乗るうえではまずいか? と思い、安く売っていたこのアルバムを買ったのですよ。そんでもって、聴き終わってCD置き場に収納しようとしたら... オレ、DirottaのCD持ってるじゃん。

思えば数年前、やはり「1枚くらい持ってないとまずいよな」と、中古かなにかで安く売っていたのを購入したのだったわ。でもそのことをすっかり忘れてた。手持ちのCD枚数が1000枚を超えたあたりから、こういうこと、増えてきたなぁ。買ったことを覚えていない、なので同じCDをまた買ってしまったり。幸い、以前に買ったDirottaのアルバムは『Fly』じゃなかったのでダブらなくてよかった。

というぐらい、自分にとっては印象の薄いグループ。いや、Dirottaがどんな感じの曲をやっているかってことについての印象はそれなりに残ってるんですよ。ソウル/R&Bをベースにしたスタイリッシュなポップス。けっこう重いベースが今風? ヴォーカルそのものはそれほどソウルフルじゃないけど、伸びやかで力のある歌声。歌詞意外ではほとんどイタリアを感じさせない洗練されたメロディと演奏。「イタリアの」ということにこだわらないポップス・ファンにはアピール度高いのだろうな。曲・演奏のクオリティ高いと思うし。

でも、自分は「イタリアの」ポップスが聴きたいから、なんだかわからないけど「イタリアを」感じる音楽が聴きたいから、わざわざイタリアやスイスから取り寄せてCDを買ってるので、あまり「イタリアを」感じさせない音楽は、どうも印象が薄れていってしまうのです。なのでDirottaも、何回聴いても「聴いたぁ~」という感じにならないのだろうな。

このアルバムも非常にスタイリッシュで、リズムを強調したR&B/ファンキーな曲もあれば、美しいバラードもあります。ときにゴージャスな、ときにシンプルな演奏も、よく考えられてアレンジされてると思います。歌も上手です。これといった癖もないので聴きやすく、メロディも悪くないし、なかなか楽しいポップス・アルバムだと思います。

だけど何年かしたらまた自分は「Dirottaのアルバム、1枚くらい持ってないとまずいよな、きっと」と思い、なにかを買ってしまいそうな予感がするのでした。

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2005/03/08

ペーパーバックに挑戦!


自分はイタリアのポップス/ロックが好きで、イタリアの料理が好きで、イタリアのワインが好きで、トスカーナを中心にしたイタリアの古い城壁の町とかも好きなもので、いつかはイタリア語を身につけたいと思い、もう何年もNHKテレビの「イタリア語会話」を見続けているのですが、ちゃんと「勉強しよう!」と思って見ているわけではなく、なんとなく見ているだけなので、いつまでたっても超初心者トラベルイタリア語挨拶編レベルから進みません(汗)。

いつかは何とかしたいイタリア語ですが、日常での有用度や、日本に来るわが同胞(うそうそ)イタリア人の方たちとのコミュニケーションを考えたら、イタリア語よりもまずは英語か? とも思うわけで。

しかし、これまた英語は初心者レベル。しかも、なまじっか旅行会話は『一人歩きのイタリア語自由自在』とかで覚えちゃったもので、「Il conto per favore(お勘定お願いします)」はすぐに出てきても「Check please」はなかなか出てこないという、なんだか困った状態になっている自分です。

こんな状態を打破すべく、もう少し日常の英語に触れようと思いまして、そんならペーパーバックだなと。読んでてつまらん教科書よりも、先を読み進めたくなる小説で英語に触れよう! ……と安易な決意でペーパーバックに挑戦したのですよ。

基本的な文法は学校教育で習っていますから、もっとも問題となるのはヴォキャブラリー。もちろん、そのつど辞書を引きながら読めばいいのでしょうが、圧倒的に語彙の少ない自分では、そんなんしてたらいつまでたっても次のページにすらいけません。なのでここはひとつ、すでに日本語翻訳本で話の内容や展開等を知っている小説を読もう、単語がわからなくても話を知っていれば何とかなるだろうと、これまた安易に考えて、読み始めたのですよ。ブラッド・ピット&モーガン・フリーマンの映画『セブン (Seven)』のノベライズを。

それがかれこれ半年ほど前のことでした。

やっと読み終わったよ、昨日。たいへんだった。みごとに知らない単語だらけでした。遺体だとか臓器や医療器具の名称だとか鑑識班の作業だとかといった固有名詞もはじめて目にする単語ばかりだし、舞台がアメリカの犯罪多発地区ですから、警官も登場人物たちもHellだのSitだのFuckだのをやまほどセンテンスのなかに混ぜこんでしゃべりますし、そのほかにもスラングだらけ。文法的に美しい英文なんてほとんど出てきません。

う~ん、最初の「ペーパーバックに挑戦!」にしては、ハードだったな。内容はおもしろいんですけどね、書かれている英語はいろいろな意味で難しかった。

というわけで、今日からはまったくタイプの違うアメリカ文学、スタインベックの『二十日鼠と人間 (Of mice and men)』のペーパーバックに挑戦! この話、哀しいんだよな。でもいいお話です。文庫で日本語翻訳版も出ていますし、ずいぶん前ですがジョン・マルコヴィッチ出演で映画にもなってる。短編だし、『セブン』よりは簡単に読めるのではないかと想像してます。

しかし、ペーパーバックに挑戦していると、日本語の本を読む時間がつくれないのが困った。読みたいもの、読み返したいものがいくつかあるのだけどなぁ。

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2005/03/07

ミュージカル「十戒」

ミュージカルの舞台は以前、劇団四季の「Cats」と、ケン・ヒル版の「オペラ座の怪人」を観たことがある(いずれも東京で)のだけど、いずれもそんなにおもしろくない、というよりもつまらなかったし、感動もしなかったし、音楽もいいとは思わなかったのですよ。

そんなわけでミュージカル2連敗中のなか、期待と不安を感じながら観にいってきたのですよ、フランス製のミュージカル「十戒 (Les Dix Commandements)」を。そう、「海よ、割れろ!」で有名な旧約聖書の出エジプト記、モーセおじさんの活躍を描いた、わくわくどきどきのお話です。

座席はなんと、アリーナのいちばん前の列。だけど、いちばん右端(涙)。舞台に対する角度がめちゃめちゃ浅い。目の前にはすぐ巨大スピーカーです。う~む、ちょっと観にくいぞ。この角度だと舞台セットの柱が邪魔になって、部隊の奥のほうはよく見えんな。

などと思っているうちに、始まりましたよ。なんてったってスピーカーのまん前ですから、めちゃめちゃ音が体にぶつかってきますよ。そしていきなり、ちょっと感動しちゃいましたよ。

音楽がいい!

そう。メロディのヴァリエーションが少なくフレーズの魅力もあまりないA.L.ウェーバーの「Cats」や「The Phantom of the Opera」などとはくらべものにならないほどに、魅力的なメロディがドラマティックに構成された曲がいっぱいなのです。さすが、フレンチ・ポップス界のビッグ・ネーム、パスカル・オビスポが音楽を担当しただけあります。

そして、当然なのだけど、みなさん歌がうまい。思いっきりロック/ポップス・スタイルではありますけど。A.L.ウェーバーの映画版「オペラ座の怪人」では、ストーリーのキーパーソンであるファントムの歌の下手さ(というか、“ファントム”という役柄とロック的なヴォーカル・スタイル、歌声とのあまりのミスマッチ)にめちゃ引きだったのですが、「十戒」ではべつに“オペラ的な”歌唱が要求されるわけでもなく、普通にポップス/ロック・スタイルの歌唱で違和感がないからよかったです。

とはいえ、モーセ(Sergio Moschetto)にはもっと深くて豊かな響きのある声で歌ってもらいたかったかな。民を導く、ある種のカリスマなわけですから、もっと直接心の奥に響いてくるような、厳しさとやさしさと暖かさが共存しているような声だったらもっとよかった。偉大なる神の預言者のわりには、あまりに世俗っぽいというか、ちょっとスケベっぽいというか、色っぽいロック・ヴォーカルだな。これはこれでいい声だし、うまいんだけど。

対するラムセス(Ahmed Mouici)もいい声でした。モーセよりも少し奥行きがある感じ。配役を逆にしたほうがよかったかも。でも、それほどモーセの声との違いは大きくなく、一緒に歌うと綺麗に混ざり合いすぎてしまった感じはあります。対立するふたりなので、声にももう少し違いがあって対旋律を歌うような仕掛けになってたら、もっとよかったかな。

主役となるモーセもラムセスもいい声でしたが、もっとも魅力的なヴォーカルを聴かせてくれたのは、実はヨシュア(Pablo Villafranca)でした。響きのある力強い声。モーセ亡きあとにイスラエル人を導いてくことになる次代のリーダーの若き日々なわけですが、彼の声にはついていくかもなと思ってしまった。あと、モーセのお兄さん(のはずなんだけど舞台ではモーセよりも若い設定だったように感じられる)アロン(Fabian Richard)もいい声だったな。しかし、ヨシュアもアロンも舞台ではほとんど活躍しなかったのが残念。

女性人では、モーセの妻セフォラ(Clarisse Lavanant)のヴォーカルが素晴らしかった。セリーヌ・ディオンかってくらい。あと、王妃ビティア(Lidia Malgieri)も、愛情と哀しみを上手に歌で表現していると感じられました。ちなみにヨケベト役のAnne Warinは、ちょっと年をとって太った白石美帆みたいなルックスがグッドでした(笑)。

フランス製のミュージカルなので、歌詞は全部フランス語、その日本語訳が舞台の両脇の電光掲示板に映し出されるのだけど、いちばん前のいちばん右端という席の関係上、日本語字幕を見てると舞台が観られなくなっちゃうのですよ。なので、字幕を見るのはあきらめました。基本的な話は知っているし、ミュージカルとはいえ歌の歌詞でストーリー自体を進めたり情景の説明をしたりというタイプではなく、どちらかというと歌はそれぞれのシーンでの登場人物たちの心情を表すために使われていて、物語の進行自体は舞台転換の合間に字幕オンリーで表示されるといったスタイルだったため、歌詞の意味がわからなくてもそれほど困らないつくりだったのが助かりました。登場人物たちの心情は、言葉はわからなくても歌声の持つ情感やメロディ等の雰囲気、それに舞台での動きなどを見れば、おおよそ見当がつきますからね。

しかし、ダンサーさんたちのダンスが実はあまりきちんとそろっていない、ダンスのクオリティにけっこうばらつきがあるのが気になってしまった。ひざを伸ばして足を上げるところでは、みんなそうしようよ。なんであなたとあなただけひざが伸びないの? とかね。あと、ターンの際のスピード感とか、腕の振りのしなやかさとか、細かいところはけっこうばらばらでしたわ。

などということもあったのだけど、やっぱり「十戒」は物語自体がドラマチックですからね。イスラエル人たちがエジプトに「自由を!」と要求する合唱シーンとか、もうたまらないです。合唱はずるいです。無条件で感動モードに入ってしまう。最後の十戒を読み上げる(歌い上げる)シーンとかもね。アンコールではほとんど24時間テレビのフィナーレかよ、みんなで「サライ」を歌うのかよみたいな感じになってました。

うん。おもしろかったよ。やっぱり、ちゃんとストーリー自体がおもしろくて、いい曲がついていて、いいシンガーが歌ってくれるのであれば、ミュージカルもおもしろいし感動的なんだな。こういった舞台が期待できるなら、またミュージカルを見てもいいぞと思ったのでした。通算成績1勝2敗という感じです。でもこの1勝の価値はでかい。いいものを観ました。

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2005/03/04

はまぐりの白ワイン煮


昨日はひな祭りでしたが、うちには関係ありません。でも、ひな祭りということでスーパーでははまぐりが特売になっていて、アサリの半分くらいの値段がついていたので、はまぐりを食べることにしましょう。しかし、なぜひな祭りにはまぐり? 鮮魚売り場の端っこに、賞味期限いっぱいの大正えびが半額になっていたので、これもゲット。

底の厚い深い鍋にオリーブオイルをたっぷり目に入れ、みじん切りにしたにんにくと、何とかして使い切りたい(でもまだ4こもあるぅ~)エシャレットのみじん切りを弱火でじっくりと茹でます(炒めるのではなく、油で茹でるのです)。

背わたを取ったえびを殻ごと鍋に入れ、両面をほんのり焼きます。

砂をはかせたはまぐりを鍋にごろごろと加え、なんとなく混ぜながらしばらく炒めてみます。なんとなく塩を振りかけてみたりもします。

オイルが全体になじんだかなぁという感じになったら、白ワインをひたひたより少し少ないくらいまで入れます。ちなみに今回は、飲みかけのリースリング・クラシック(ドイツ・モーゼルの辛口)があったので、これを使いました。

ふたをして、中火~弱火くらいでしばらく煮ます。

煮てるあいだに、トマトとモッツァレッラチーズでカプレーゼとかつくってみました。さすがにトマトはもう季節ではないので、完熟ものなんだけど旨みは少ないな。モッツァレッラもクラフトの安いやつ(もちろん水牛じゃなくて普通の牛)なので、旨みがそれほど強くない同士のバランスはよかったりしますが。

鍋のなかをのぞいて、はまぐりの口がきちんと開いていたらできあがり。うちは取っ手の取れるティファールのお鍋でつくるので、鍋のまま食卓に運びます。

というわけで、はまぐりの白ワイン煮とカプレーゼのディナーできあがり。もちろん、パンも用意してありますよん。

ワインは、ピノ・グリージォとシャルドネのスプマンテ(イタリアのスパークリングワイン)の小瓶があったので、まずはそれから。しゅわしゅわとした口当たりとすっきりした辛口が、魚介といい塩梅です。スプマンテのあとは、おととい栓をあけたアルゼンチンのパッソ・ドーブレと、昨日栓をあけたバルバレスコ。パッソ・ドーブレはちょっと味が濃いこともあり、はまぐりには強すぎですね。えびには悪くないけど。バルバレスコはほどよく酸味があって、魚介との相性はけっこういけてる気がします。カプレーゼとの相性は3本ともいい感じでしたわ。

えびとはまぐりを煮た白ワイン汁は、パンにつけて食べるとめちゃ旨です。ワインをけっこうたっぷり使ったので、知るもたっぷりあまっていますが、これで簡易リゾットをつくるか、あるいはパスタのソースにしたらまたたまらんに違いない。なので捨てずにとっておこう。

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2005/03/03

がんばってるよ!ビストロ・イデアル


先週からランチがパスタオンリーになって、神楽坂周辺の「昼休みに本格的で美味しいフレンチのメインディッシュを手ごろな値段で気軽に食べたい」人たちの多くを悲しみに突き落としたビストロ・イデアル。しかも提供されるパスタがこれまた残念なお味で、イタリアン・レストランがけっこう多くある神楽坂にあってこの先どうなってしまうのかと常連を心配させたビストロ・イデアル。

パスタランチのスタートから2週目。また食べに行きましたよ。なんてったってここではたくさんの美味しいフレンチをこれまでに食べさせていただきましたから。たった1回、パスタがだめだめだったからって見捨てられません。

今日のメニューはトマトソースのツナパスタかベーコンとグリーンピースのクリームソースパスタからのチョイス。トマトソースのパスタはありがちだし、ソースが飛んで服に赤いしみをつくるのもちょっとイヤだった(笑)ので、グリーンピースのパスタにしました。なんか、ベーコンとグリーンピースのパスタって、ちょっと珍しくない? そうでもない??

料理が出てくる前は、グリーンピースをペースト状にしてクリームソースにあえた、グリーンピースのポタージュみたいなソースにベーコンが入っているのかなと想像してたのですが、意外と普通にクリームソースのパスタに豆の状態のグリーンピースとベーコンがごろごろ入っているものでした。

そして、ひと口。

!!!

パスタの茹で方、上手になってる! 先週は水気のないぱさぱさの麺を出してきたのですが、今日はちゃんとふんわりしっとりなめらかに麺を茹で、調理してあります。

さすが。もともと腕のいいフレンチのシェフがいますからね、ここの店。きちんと準備と研究の時間を与えれば、専門外のイタリアンだってきちんとつくれるはずなんです。先週は準備不足があまりに露骨すぎた。

味付けは、先週もそうでしたが、少し塩が強いかな。このへんは好みの問題もあると思うのだけど、塩気の強い、濃い味に仕上げるのなら、パスタ麺自体にもっと旨みがほしいな。というか、もう少し美味しいパスタ麺を使うといいのにな。ま、どういうパスタ麺を美味しいと思うかも、好みがありますけどね。ちなみに自分は、ディ・チェッコよりもブイトーニ、ブイトーニよりもバリッラの麺が好きです。

いずれにしろ、もうちょっとパスタのぷりぷり感、外側には弾力があるんだけど中心はきちんとアルデンテで、最後にぷつんっと気持ちよく切れる感じに茹でられるようになると、さらにいいな。これについてはパスタ麺自体のポテンシャルもあるので、現在使っている麺でそういうふうにできるようになるかどうかはわからないけど。

ともかく、がんばってるよ! ビストロ・イデアル。メートルのOさんも、「思うところはあったとしても、やると決めた以上、少しでもいいものを、可能なかぎり美味しいものを追求していきます」といってました。

少なくとも、普通に美味しいレベルのパスタは出せるようになったビストロ・イデアル。でも、まだまだ美味しくできる力はあるはず。すごく期待です。あそこはワインも美味しいし、パスタが地域でのトップレベルになったらかなり強力になるはず。そのためには、味付け等ももちろんだけど、まずはパスタ麺そのものを美味しく茹でる・調理する、あるいはより美味しい麺に変えるというのがポイントではないかな。

ちなみに今日は、アンヌ・グロのオート・コート・ド・ニュイ・ブランをいただきました。美味しかったぁ~。
サラダは先週と同じ。ソースだけでもたまに変えるといいのに。
デザートはチョコレートのムース。これも美味しゅうございました。

さぁ、来週はさらにクオリティアップがあるか。楽しみ。

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豚肉のソテー ウィスキー風味


すっかり「夕食の献立紹介」になっている今週のPensiero!別館Blogです。

そんなわけで昨日の夕飯は、豚の肩肉の薄切りが特売だったので、豚肉を焼くことにしましたさ。もちろん、使い方のよくわからないエシャレットがまだたくさん残ってるので、これも使わねば。しかし家に帰ったのが遅かったので、調理を始めたのが夜の10時。簡単にとっととつくって食べねば。

まずはつけあわせ用のジャガイモから。ジャガイモ2個を太さ1センチくらいの柱状に切ります。そいつらを、オリーブオイルをたっぷりめに入れて弱火にかけたフライパンに投げ込み、そのままほっておきます。

ニンニク1かけをみじん切りにし、フライパンに加えます。焦げないように、ときどき鍋を振っておきましょう。

エシャレット1けを千切りにし、フライパンに加えます。焦げないように、ときどき鍋を振りましょう。

ジャガイモにじっくりと火が通るまでのあいだを利用して、サラダをつくります。

サラダほうれん草を水洗いし、適当な大きさに手で引きちぎってざるで水切りしておきます。

水切りしているあいだに、トマト1個を大き目のサイコロ状にカットします。

この間にもときどき、忘れずにフライパンは振っておきましょう。

サラダボウルにほうれん草を盛り付け、上からカットしたトマトを彩りよく載せます。さらにその上からカッテージチーズを見目麗しく載せます。緑・赤・白の美しいイタリアンカラーなサラダができあがり。

などとやっているあいだにジャガイモに火が入ります。

豚肉の薄切りを5センチくらいの食べやすい大きさに切り、両面にしっかり塩コショウします。

フライパンのなかのジャガイモ類を端に寄せ、空いたスペースに豚肉を広げてどんどん入れていきます。フライパンはガスレンジの中心から少しずらして置き、ジャガイモはあまり火の当たらない位置に、肉は火の当たる位置に配置します。火の強さは中火です。

肉の片面が焼けたらひっくり返して裏面も焼きます。薄切り肉なのですぐ焼けます。

肉におおよそ火が入ったら、大きく鍋を振ってフライパンの中身を混ぜ合わせます。強火にし、ウィスキーをけっこうたっぷり目に入れ(30ccくらい入れたかも)、フランベ(鍋に火を入れてアルコールを飛ばす)します。

肉汁と油とウィスキーが全体になじむように混ぜ合わせたら弱火に戻し、フライパンのなかでジャガイモと肉をより分けます。エシャレットとニンニクはできるだけ肉側に残すようにし、ジャガイモだけをフライパンの片側に置くよう盛り付けたらできあがり。

うちは取っ手の取れるティファールのフライパンを使ってるので、そのまま「ポークソテー ジャガイモ付き」としてテーブルに運びます。その隣にはほうれん草のサラダ。そしてもちろんワインとパン。夕食支度時間、約30分でした。

エシャレットのさわやかさをもっと出すために、もう1個くらい刻んで入れてもよかったかな。ウィスキーが淡白な豚肉に豊かな風味をつけてくれて、これはいい感じです。つけあわせのジャガイモも同じ鍋内で調理するので、肉やウィスキーなどの味を吸ってよい感じに仕上がります。

赤ワイン(昨日抜栓したバルバレスコと、おととい抜栓したパッソ・ドーブレ)とも楽しめましたが、白ワインでもいけそうだし、意外と白のスパークリングやビールなどもよさそうだな。うん、おいしゅうございました。

ちなみに、調理中にフライパンに火を入れるのは、中華などでは油を燃やすこともありますが、西洋料理では基本的にアルコールを飛ばすときだけらしいです。鍋にブランデーやワインなどのアルコール類を風味付けに加えたときに、アルコール分を飛ばすために火を入れるのであって、アルコールの入っていない鍋の油に火をつけることはしないのだとか。というか、油が燃えた時点で焦げ臭さとかが食材についてしまうので、それは調理失敗と考えることが多いらしい。


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2005/03/02

エシャレットってどうすれば


仕事帰りにいつもの八百屋さんでいつもどおり閉店間際に買い物をしたんですよ。いつもどおりジャガイモとトマトを買ってお金を払って出ようとしたら、レジの兄ちゃんが唐突に

「エシャレットって、たべます?」

それに対して反射的に「食べるかもしれない」と答えてしまったら、棚にひとつだけ売れ残っていたエシャレットをおまけにくれました。

エシャレット... 食べたことないです。ていうか、食べ方がわからないです。

ちなみにエシャレットには2種類あって、フレンチなどでソースに使ったりするエシャレットと、日本のスーパーなどで安く売っているエシャレットは別物です。西洋のエシャレットはねぎのお友達みたいなものですが(たまねぎ代わりに使ったりする)、日本のエシャレットはラッキョウのお友達。八百屋さんがくれたのはもちろん、ラッキョウ仲間のエシャレット。

自分、ラッキョウが苦手です...

さっそくインターネットで「エシャレット 食べ方」で検索したのですが、ほとんどの方が「味噌つけてまるかじり」だそうで。まるかじりって...

そのほかでは、浅漬けにするとか、刻んでしょうゆまぶして炊き立てご飯にたっぷり載せてほおばるとか、いずれにしろ「和食以外のなにものでもございません!」という食べ方ばかりです。食卓に炊いたご飯が出てくることが年に数回の我が家では、どうすればいいのでしょう??

とりあえず束からひとつ取り出して、端のほうをそのまま少しかじってみました。う~ん、感じとしては、ラッキョウというよりはミョウガ系? どっちにしろ薬味っぽい。でも、ミョウガ系であるなら、白ネギもどきとして使えるかも。

ということで、ほうれん草のサラダに使うことにしましたさ。

サラダほうれん草を水洗いして、食べやすい適当な大きさに手で引きちぎる。
みじん切りにしたニンニク1かけとエシャレット半かけをEVオリーブオイルを多めに入れたフライパンに投げ込み、弱火にかけてじんわり揚げる。というか、オリーブオイルで茹でる。
残ったエシャレット半かけは白髪ネギ状にカット。
大き目のサラダボウルにほうれん草を盛り、上からニンニクとエシャレットの香りのついた熱々のEVオリーブオイルを振り掛ける。
白髪ネギ上にカットしたエシャレットをトッピング。
フライパンに残ったニンニクとエシャレットのオリーブオイル煮をトッピング。
塩を適量。

これだけでも充分美味しそうですが、調子に乗って、ここにカッテージチーズなどもまぶしてみましたさ。

うん、美味!
エシャレットのちょっと独特の風味がカッテージチーズと混ざってなんだか新鮮な味です。これはけっこういけるぞ。

しかし、エシャレットはまだあと6個くらいあります。毎日これってわけにはいかんし、残りはどうしたらいいんだろう。

どなたか、日本のエシャレットを洋風に食べる美味しい調理法、ご存じないですか?

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2005/03/01

インサラータ・ディ・リーゾ


日曜の昼にひさしぶりにご飯を炊いたのだけど、全部食べきれずにあまってしまいました。こういうときはお米のサラダにしちゃいましょう。ということで。

まずはサラダの具の準備。
ミニトマトを4分の1くらいにカット。
グリーンオリーブ(うちではけっこう常備してます)を8分の1くらい(大粒だったので)にカット。
その他、サラダの具に美味しそうな野菜などがあったらなんでも小さなサイコロ状にカット。
うちではカルチョーフォ(アーティチョーク)の水煮やオイル漬け(けっこう常備してある)を入れることが多いのですが、今回は入れませんでした。

次はご飯のサラダ化。
あまりご飯にエクストラ・ヴァージン・オリーブ・オイルをどぼどぼ。今回はアーティチョークのオイル漬けのオイルが残ってたのでそれを使いました。
ワインヴィネガーをどぼどぼ……と思ったら、不覚にもワインヴィネガーを切らしてました。残念ながらレモンもない。しかたがないので普通の酢(ずいぶん前に餃子が食べたくて買ったのが残ってた)&辛口の白ワイン(今回はモーゼルのリースリング・クラシックを使ってみました)をどぼどぼ。
塩胡椒を適量。

ここにカットした野菜類を投げ込んで、よ~く混ぜ合わす。
あとは冷蔵庫で一晩寝かす。

さぁこれで美味しい自家製インサラータ・ディ・リーゾのできあがり。今回はワインヴィネガーの代わりにワイン&ヴィネガーという力技を使ったのでどうかなぁと思ったのですが、何気にワインヴィネガーでつくるよりも美味しかったかもしれません。

冷蔵庫に野菜があまりなかったのと、残っていたご飯の量が多かったので、トマトとオリーブくらいしか入れなかったけど、やはりもっといろいろな野菜を入れたほうが美味しいな。アーティチョークは、オイルだけじゃなく、やっぱり実も入れるべきだった。しかし、すでにどんぶりいっぱいくらいのお米のサラダになっていたので、これ以上具を入れるとたいへんなことに(笑)。あくまでも「サラダ」であって、パンとかパスタとかの代わりじゃないですからね。といいつつ、どんぶりいっぱい食べたのだけど。

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