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2005年2月

2005/02/28

ビーフ・ストロガノ風

スーパーでオージービーフの切り落としパック(たしか肩肉だったと思う)が安くなっていたので、ひさしぶりにビーフ・ストロガノ風をつくりました。ビーフ・ストロガノフじゃないですよ。あくまでもストロガノ風。

というのも、ロシアン・レストランなどでちゃんとした?ビーフ・ストロガノフを食べたことがないので、本当の?ビーフ・ストロガノフってよくわからないのです。ついついハッシュド・ビーフとごっちゃになってしまう。そんでもってハッシュド・ビーフって、ハヤシライスとごっちゃになってしまう。でも、自分がつくるストロガノ風は、ハッシュド・ビーフやハヤシライスのようにドミグラス・ソースを使いません。もっと簡単なのです。

■用意するもの
牛肉薄切り
たまねぎ
サワークリーム
牛乳
小麦粉
塩・胡椒

牛肉の薄切りに塩・胡椒し、そのうえから軽く小麦粉をまぶします。スーパーの袋詰め台(あそこ、なんと呼ぶのでしょう?)にある透明のポリ袋に塩・胡椒した肉を投げ込み、小麦粉も適量投げ込み、袋の中でシェイクシェイク!ってすると簡単です。

たまねぎを薄切りにします。ふたり分くらい(肉の量200~300グラムくらい)だったら、中くらいの大きさのたまねぎ1個全部入れちゃっていいと思います。たまねぎ多いほうが美味しい気がするし。

薄切りにしたたまねぎをフライパンで炒めます。しっかりとした重めの味にしたいときはバターを使うのがいいと思いますが、うちにはバターがないのでいつもエクストラ・ヴァージン・オリーブ・オイルで炒めてます。オリーブ・オイルとバターをミックスするのもいいですね。

たまねぎがしんなりするまで中火でじっくり炒めたら、小麦粉をまぶした牛肉を加えて、さらに炒めます。

牛肉全体にあらかた火が通ってきたら、弱火にして、サワークリーム1パック(って、何CC入りだ? たぶん150CCくらい)を加え、全体になじませます。たぶんこのままだとサワークリームが全体になじみにくいので、少しずつ牛乳を加えてクリームソース状にし、全体に絡ませます。スープやシチューにするわけではないので、牛乳は入れすぎないように。あくまでも肉とたまねぎの全体に絡まるくらいに薄めれば充分です。

その状態で10分くらい弱火で煮ます。肉とソースがなじんだらできあがり。
色合いとして、最後にパセリなどの緑の葉っぱを刻んで散らしたりすると素敵です。

サフラン・ライスやイエロー・ライス、あるいは塩とカルダモンなどで風味をつけたスパイス・ライスなどと一緒に食べてもいいですし、ショートパスタやフェットチーネなどと一緒でも美味しい。茹でたジャガイモにつけるのもグッドです。うちでは簡単にバゲットと一緒に食べちゃうことが多いですが。

ワインは、栓を抜いたヴァルポリチェッラ・クラッシコ・スーペリオーレ・リパッソとバルベーラ・ダスティが少しずつ残ってたので、両方とも飲んじゃいましたが、酸味の強いバルベーラのほうが相性的にはよかったかな。ヴァルポリチェッラはリパッソだったので、ほんのりアマローネぽい風味があって美味しいし、重さの点で料理とのバランスはいいのだけど、料理もワインも重いのはちょっとね。日常の食事にはもう少し軽やかさがあったほうが楽しいかなと。

今回は飲みかけの赤ワインが2本あったのでそれを飲みましたが、白でもおいしそうだな。果実味の豊かな南欧とかオーストラリアとかのソーヴィニヨン・ブランなどよさそう。

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2005/02/25

がんばれ!イデアル

本格的なフレンチを、きちんとしたサービスで、しかも手ごろな価格でランチに食べられ、思いっきりお気に入りのビストロ・イデアル(神楽坂)が、経営者の方針変更により今週からはランチがパスタのみになってしまいました。

めちゃめちゃ哀しいことですが、あの席数(14席だったか)で満席率が60~70%程度、客単価が1600円(いちばん安いコース)~2000円程度で、あの様子だと2時間のランチ時間での客席回転率は1.5くらいだろうから、多めに見積もってもランチの売上げが3万円程度。それでキッチン2人とホール2人では、たしかに経営的に苦しい部分はあるだろうな。

その辺の事情は、自分もまがりなりにもレストラン出身ですから、想像はできます。なので、よりカジュアルな料理を提供(客単価をさげて、提供時間を早くして、客席回転率を上げる)という方向を試してみるのも、悪くはないでしょう。

ちなみにイデアルのウェブサイトには「サービス形態変更のお知らせ」がありまして、そこには、お客からヒアリングした結果見つかった改善点のうちの最重要課題として、

1.気軽さが足りない(無い)
2.料理の提供時間が長い
3.ディナーの閉店時間が早い(現在21:30)
4.ワインの品揃えが偏っている
5.客席が少ない

があげられています。ランチで問題になるのはこのうちの1,2,5ですが、1,2に対する具体的な対策として、

1.ラフでフレンドリーなサービスと親しみやすいお店作りに
2.前菜、主菜などコースでお一人お一人に順番にお出しするのではなくワイン バーのように一皿を皆様でシェアしながら召し上がって頂き、出来上がったお料理の順にお出しするスタイル。

を宣言。そして、

> ランチタイムは2月21(月)よりパスタをメインにしたランチメニューに変更

という営業方針を打ち出したわけです。

ラフでフレンドリーなサービスはいいでしょう。できた順に料理を出してみんなでシェアというのもいいでしょう。でも、パスタをメインにしたランチっていう考えは、いったいどこから出てきたんだろう? 「サービス形態変更のお知らせ」のところには、

> 当初考えておりました「気軽に本格的なフレンチを」を更に進めるためにサービス形態を変更

と書いてあるのだけど、パスタって「本格的なフレンチ」じゃないじゃん。

それでも、これまでたくさんの美味しい料理を食べさせてもらったし、ホールのスタッフさんから気持ちのいいサービスをたくさん受けてきた自分です。ランチがパスタになったからってイデアルを見捨てたりはしません。ということで、食べてきましたさ、パスタランチ。

哀しい。

メニューはパスタ2種類からどちらかを選ぶだけ(昨日はボロネーゼかイカとアンチョビのパスタ)。サラダ、デザート、ドリンクつきで998円。料金的にはこのあたりの相場でしょう。

しかし、です。

美味しくないのです。麺そのものが。味付けがどうのというのではなく、パスタの麺自体の茹で方、扱い方が、うまくないのです。

乾麺を使っていることはいいにしても、麺が5~6本くっついて硬い束になっているようなものを出しちゃだめです。また、あんなに水分の少ないパサついたパスタ麺をレストランで食べたのはひさしぶり。茹でたあとの調理時の茹で汁の加え加減がうまくいってないのでしょう。そして、あれほど繊細で素材の旨みを上手に活かした料理を出してくれていた店なのに、やたらと油っぽく塩気やペッパーの辛さが雑で大雑把な味付け。

申し訳ないけれど、バリラの乾麺を使って家で自分でつくったほうが数倍美味しいです。ジョナサンで食べたほうがよっぽど美味しいです。

突然のランチの業態変更は、常連のお客にとってもびっくりだったけど(昨日も知らずに来店した常連さんにメートルのO氏が頭を下げてた)、現場のスタッフさんにとっても突然だったようです。どう考えても、あの店のあの狭い厨房に、パスタランチでお客をがんがん回転させる調理設備が整ってるとは思えない。くっつき束麺みたいな初歩的な「だめ料理」が出てしまうのは、小さな鍋で麺を茹でるからでしょう。

パスタをメイン商品として飲食店で提供するには、それなりの設備(とくに「茹で」のための)が必要です。フレンチをつくる道具をなんとなく使いまわしてどうにかできるものじゃないはず。また、これだけイタリアン・レストラン、パスタ屋さんがあちこちにあるいま(神楽坂にもたくさんある)、美味しい麺にこだわるのは当然だし、そこそこの味ではお客はついてこないのですよ。

本当のところはどうかわかりませんが、なんとなく、経営者が、「気軽な料理? パスタだったら気軽じゃん。それにつくるの簡単だし」と、パスタを軽く考えて現場にやらせちゃったんじゃないか、という感じがしてしかたがありません。突然の業態変更で、キッチン側の「きちんと美味しいパスタ」をつくるための準備(設備や調理技術その他含めて)が整わないままに見切り発車させられてしまったような、そんな気が(現場は現場で新しい状況に対して精一杯がんばっているのは見えます。でも、ちょっとモチベーションは下がってるかも)。

あそこのキッチンなら、もっと美味しいパスタがつくれるはずなんです。でも、いまのままじゃすぐに常連は昼に来なくなること請け合い。かといって新しいお客がつくとも思えない。常連さんと思われる年配の女性のお客さんが出されたパスタを大量に残して帰っていったのを見ても明らかに、お客の期待を下回った料理を、いまは提供しているのです。

がんばれ!イデアル。この3~4週間が勝負です。いまは業態変更したばかりでいろいろな準備が整っていない・なれていないからしかたがないかとやさしく見守る古くからの常連も、1ヵ月後に再度様子を見に来て、やはりきちんとしたパスタが提供されていないようであれば、少なくともランチは見限ります。なので、この3~4週間で確実にうまいパスタを提供できるようになってもらわなければ。

自分ももう少し見守ります。しばらくは毎週食べにいってやる。せめてカロセッロ(イデアルから遠くないところにあるイタリアンのお店)くらい美味しいパスタを出せるようになってくれ。

しかし、フレンチでは気軽さが足りないからパスタ、という思考方法は、あまりにも短絡的だし、やっぱりパスタをなめてる感じだなぁ。

たとえばイタリアンでもコースでは気軽さが足りないということで、アンティ・パストとプリモとセコンドを一皿に盛り付けるワンプレートランチを考えた人がいて、いまはそれを導入する「本格的なイタリアンを気軽に食べさせるイタリアン・レストラン」が増えてきています。同様のことをフレンチではできないんだろうか。コースとしてのサービスで提供時間(=客席滞在時間)が延びてしまうのが困るのであれば、短い時間で楽しめる「提供のしかた」を考えるほうが本筋にあってるんじゃないだろうか。

せっかく「美味しいフレンチ」が売りのお店だったのだから、それをいかにもっと気軽に、楽しく、短い時間で提供できるようにするかを考えてほしかったなぁ。あくまでも「フレンチ」というお店のアイデンティティを守ってほしかった。だってビストロ・イデアルは、シェフも、メートルも、ギャルソニエール(でいいの? 女性のギャルソン)も、フレンチを提供するときにもっともその能力を輝かせる人たちのように思えるのだもの。

がんばれ!“ビストロ”イデアル

ちなみに、まだ始まったばかりでわからないけど、おそらく今回のランチ業態変更は失敗に終わるのではないかと自分は思います。そしてそう遠くないうちに、フレンチに戻すのではないか。あるいは、ランチをやめて夜だけオープンという選択肢もありそうだな。

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2005/02/24

ANTONIO DECIMO / LA DOMENICA DELLE PALME

Amedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)のアルバムでときどき名前を見かけるAntonio Decimo(アントニオ・デーチモ)のアルバム。すべての曲を自分で作詞作曲(一部に協作あり)しています。プロデュースとディレクションをAmedeoがしていることもあり、Amedeoのコアなファンのあいだではちょっとだけ知られているようではありますが、一般的にはまったく無名といっていいのでしょう、きっと。

この人、いい声だな。クリーンで、あたたかみがあって、ちょっとセクシーで。カンタウトーレというよりも、ミュージカル・シンガーを思わせるような歌い方(ってどんなだ?)。裏ジャケットには色鉛筆のようなタッチで海に近い古いイタリアの小さな町の広場の絵が描かれているのですが、これもまたやさしげでいい感じです。

ただ残念なのは、曲自体にあまり魅力がないこと。決して悪くないのだけど、たとえばサビだけでももっと印象的なメロディがあればなあと思います。全体に標準はクリアしているけれど、どこも標準のままで終わってしまった印象です。ところどころに飛びぬけたところがあれば、もっと魅力的になると思うんですけどね。

Amedeoがプロデュースはしていますが、アレンジはMichele Santoro(ミケーレ・サントロ)という人が担当していることもあってか、アルバムのなかにあまりAmedeoぽさはありません。ギターを中心とした演奏アレンジがされていますが、もしこれがAmedeoアレンジでキーボード中心になってたら、また違った魅力が出たかも。

Antonioは、歌声はとても魅力的なのだけど、彼のつくる曲に「Antonioらしい個性」のようなものがあまり感じられないのが残念です。曲によってほんのりAmedeo風だったり、ナポリ風だったり、Mango(マンゴ)風だったりして、それらのどれも悪くはないのだけど、借り物っぽいんですよ。「L'inverno non e' qui」ではAmedeoがヴォーカルで参加しているのですが、Amedeoがうたいだしたとたんにその曲のすべてがAmedeoの世界に変わってしまう。歌い手が変わっただけで曲自体の印象がすぐ変わってしまうというのは、カンタウトーレのつくる曲としてはちょっとつらいです。かといって、Amedeoがつくった曲をAntonioが歌ったらすぐにAntonioの世界に変わってしまうかというと、そこまでの個性はAntonioのヴォーカルにはないかなぁ。いい声なのだけど、あまりクセがなくてどんな曲にもそれなりにマッチしてしまう感じがするところが、ミュージカル・シンガー風な印象を受ける所以なのかもしれません。

Antonio Decimo名義のアルバムっておそらく、この1枚だけじゃないかと思います。それなりにイタリアの愛らしさが感じられるかわいらしいアルバムなのですが、やはり自分などのような一部のコアなイタリアン・ポップス・ファンが聴けばそれでいい作品でしょうね。強い魅力は感じないけど、でもなんかむげにはできない。それはそれで素敵だといえるな。

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2005/02/23

ALBERTOMORSELLI / DA UN'ALTRA PARTE

Albertomorselli(アルベルトモルセッリ)は、ヴォーカル担当のAlberto Morselli(アルベルト・モルセッリ)とギター・ベース・プログラミング担当のFabio Ferraboschi(ファビオ・フェッラボスキ)のふたりからなるユニットのようです。どう見てもFabioのほうがこのユニットに貢献する中心人物のように思えるのですが、ユニット名にはAlbertoのフルネームが使われているあたりに、このふたりの微妙な力関係が見える気がします(笑)。

ユニット自体はこのふたりによるもののようですが、ゲスト・ミュージシャンが5人ほどいて、そのうちのヴィオラ&ヴァイオリン担当のFilippo Chieli(フィリッポ・キエリ)はこのアルバムで重要な役割を持っているといえます。ほぼ全曲で聴かれる、ヴァイオリンというよりはフィドルといったほうが雰囲気が出る、ひなびた哀愁を帯びた音色が印象的です。

Albertoは中低域の豊かな、深みのある声を持っています。うたい方には粘りがあり、たとえばFrancesco Renga(フランチェスコ・レンガ)からクセの強いビブラートとスケベっぽさを8割ほど取った感じ、といえばなんとなく似てるでしょうか。声も歌い方も、なかなかに魅力的です。

ただ、残念なことに、曲自体に魅力がない。起伏にかける平凡な歌メロ、盛り上がりやドラマ性のない曲構成、アルバム全体を通してこれといった変化のない曲調と演奏。淡々とした古いフォークソングのような曲ばかりですが、それにしてももう少し緩急をつけるとか強弱をはっきりするとかして変化はつけられるはず。Filippoのひなびたヴィオラだってもっと上手に活かせるはず。そういったあたりがとても弱いよなぁと感じます。

どうやらプロデュースもアレンジもAlbertoとFabioのふたりが自分たちでやっているようですが、誰か客観的にアドバイスをくれるよいプロデューサー/アレンジャーをつけたほうがよさそうな感じです。このままではあまりに単調で、CDを最後まで聴く前に飽きちゃいました。

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2005/02/22

道成寺と悪魔の唄

先週末は芝居を二本観たのでございます。
土曜日は西新宿で、ルームルーデンスによる「道成寺」。
日曜日は下北沢で、阿佐ヶ谷スパイダースによる「悪魔の唄」。

ルームルーデンスの舞台は、観るのは初めてでございます。
以前から見知っている役者さんが出演するとご連絡をいただいたので、出かけてきたのでございます。
お芝居の内容がどうであるとか、役者さんの演技がどうであるかというよりも、舞踊を取り入れたお芝居で、その舞によりさまざまな心象風景を表現するといった場面が多々あるのでございますから、「もっときちんと踊りの勉強と練習をしろよ!」と思ってしまったのでございます。
また、小さな舞台で、セットもないなかでお話が展開していくのでございます。
観劇者は、何もない舞台にさまざまな物を想像し、そこにあると感じながら観なければならないのでございます。
しかるば役者のみなさんは、もう少しパントマイムの勉強をされたほうがよろしいかと存じます。
非常に崇高な意識と目標を持って上演されたお芝居であろうとは存じます。
しかしながら残念なことに、その舞台を完成させるだけの技量が役者さんにも演出家さんにも足りなかったのでありましょう。

阿佐ヶ谷スパイダースは何度か拝見しております。
長塚様のお宅のお坊ちゃまは、お声や立ち姿、お芝居のしかたなどがますますお父様に似てこられて、今後がいっそう楽しみでございます。
お芝居の内容がどうであるとか、役者さんの演技がどうであるかというよりも、会場である本多劇場様、あまりにも暖房がきつすぎでございます。
あまりの暑さに、いまにも卒倒しそうでございました。
入り口でいただいたお広告ではたはたと扇ぎ続けた観劇者は、私だけではございませんでしたよ。
死霊がたくさん出演するお話ですのに、あそこまで会場が暑いのはいかがなものかと存じます。
暑さのあまり、舞台に集中できなかったのでございます。
とはいえ、山内圭哉様、小島聖様、そして長塚圭史様のお芝居は、印象的でございました。
主役?のおじさまを演じられた役者さん、そして死霊の伍長殿を演じられた役者さんに、もう少し味わいと深みがあったなら、舞台にもっと奥行きや厚みが感じられたでしょうに、その点が少しばかり残念でしたことを付け加えておきたいと思うのでございます。

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2005/02/21

オペラ座の怪人

ミュージカル映画『オペラ座の怪人』を観てきました。

劇場で観た予告編がよかったので、けっこう期待していきました。ミュージカル『オペラ座の怪人』は、ケン・ヒル版は観たことがあるのですが、あまりおもしろくなく、劇団四季が採用しているアンドリュー・ロイド・ウェーバー版を観てみたいと思っていたし、今回の映画はウェーバー版の完全映画化だということもあったので、楽しみにしてたんです。

観終わった感想。う~ん、思ったほどじゃないな。悪くはないけど。

『オペラ座の怪人』自体は原作の文庫本を読んだこともあるのですが、じつはあまり細かいところまでは覚えていません。でも、より原作に忠実なのはケン・ヒル版ミュージカルでしょう。ウェーバー版は、けっこうアレンジが加えられていた感じです。

しかし自分にとっての『オペラ座の怪人』は、おそらく10年以上も前にNHKで放送された、イギリスかアメリカで制作された3時間程度のドラマのイメージなのです。このドラマでは、原作のイメージをきちんと残して、かつシンプルに(原作はけっこう長くて途中かったるかったりするのです。そういうところがフランス的?)、しかしポイントははずさないというつくりになっていました。

今回の映画(少し前に来日公演があったケン・ヒル版ミュージカルもそうでしたが)のもっとも弱いところは、ファントムの歌がうまくない、という点だと自分は思います。だってファントムは「音楽の天使」なんですよ。なのに、あの発声、あの歌い方はいかんだろ。

べつにこれがロック・ミュージカルだとかロック・オペラだとかだったらかまいません。たしかに『オペラ座の怪人』という作品自体はロックというかポップ・オペラなので、そういう意味ではこの歌い方でもかまわないといえばかまいません。

でも、舞台となっているのはパリのオペラ座ですよ。登場人物はオペラ座関係者ですよ。そしてファントムを慕うクリスティーヌはソプラノ歌手で、クリスティーヌに歌のレッスンをしたのがファントムなんですよ。なのにあのファントムの歌唱。ありえない。

ラウル・シャニイ伯爵の歌がポップス歌唱なのはぜんぜんかまいません。彼は「素人」さんですから。しかしクリスティーヌとファントムには、オペラ座で働く人間を、オペラ座にオペラを観にくる観客たちを、心の底からとらえて離さないような圧倒的な歌唱力と声が必要なはずなのです。

ファントムが、本当に「音楽の天使」と思えるほどに素晴らしい歌声を持っていなければ、この話は成立しないはずなんです。

この映画を観て、ラウルとファントムのあいだで揺れ動くクリスティーヌの心を「移り気」とか「浮気性」のように感じた人が多くいたようです。そう思われて当然。それを「字幕(翻訳)のひどさゆえ」と指摘している人も少なくありませんが、それ以前に「ファントムの歌の下手さゆえ」のほうが大きいでしょう。

クリスティーヌのなかにある「ラウルに対する愛」と「ファントムに対する愛」は、まったく別のものです。幼馴染でもあるラウルに対する愛は、いわゆる「恋愛感情」です。しかし、ファントムに対する愛は、音楽という芸術への渇望であり、音楽家・芸術家としての自分をより高みに導いてくれる、あるいは自分が愛する「音楽という芸術」の素晴らしさを理解してくれ、一緒に愛してくれ、さらに高い時限の素晴らしさを見つけ、教えてくれる、まさに「音楽の天使」への愛情であり、非常にスピリチュアルなものです。プラス、そこに亡くなった父親(やはり音楽家)への想いも重なるのですが、このふたりをつなぐのはあくまでも「音楽」なんです。しかし、ファントムの側がそこに「音楽以外のもの」を見出し、求めてしまったところにファントムの哀しみがあるわけです。

ところが、この映画のファントムは、セクシーで魅力的な男性ではあるけれど、「音楽の天使」には程遠い。「音楽の天使」を名乗るなら、フランコ・コレッリくらい素晴らしい歌声を聞かせてくれ、せめてアンドレア・ボチェッリくらいの歌は聞かせてくれよ。そこがあまりにも弱いので、クリスティーヌとファントムをつなぐはずの「音楽」が観客に理解できず、結果としてラウルとファントムがほとんど同格・同種類の「恋の相手」に見えてしまうところが非常に残念。

ついでにいってしまうと、映画内(ということは、ミュージカル内)で使われている音楽自体も、それほど魅力的には感じられませんでした。有名な「ファントムのテーマ(?)」はインパクトがあるけれど、それ以外は思ったよりフレーズにバリエーションがないのね。ミュージカル『Cats』もウェーバー作だったような気がしますが、あれもおんなじフレーズばかりで観てて飽きた記憶があります。もちろん、同じフレーズを何度も使うことでよりそのフレーズの印象が強まるということはあります。それぞれのフレーズにはそのフレーズが表わす登場人物や感情が割り振られていたりするので、ある種のナレーション/字幕スーパー的な意味合いで同フレーズを多用しているということはあるのでしょう。でも、飽きるものは飽きる。

自分が以前に見たテレビドラマ版の『オペラ座の怪人』では、音楽はオペラそのものを使っていました。それぞれの主要なシーンでオペラからのアリアを用い、それまでオペラを聴いたことのなかった自分にはそれがとても印象的かつ魅力的でした。主に「ファウスト」からの曲を使っていましたが、これで自分は「ファウスト」のCDを買ってしまいましたから。いまでもドラマのクライマックスで使われたパートを聴くと、ちょっと泣きそうになります。オペラという「音楽」で引かれあうクリスティーヌとファントムのある種の絆が強く感じられ、しかしその絆を自分で壊してしまうファントムの弱さと哀しみが胸にしみます。

そういった部分が、この映画ではぜんぜん伝わってこなかった。そのため、ただのラヴ・ストーリーになっちゃったなと思います。

とはいえ、セットは豪華だし、よくつくってあるとはいえるでしょう。音響面も含めて、観るのであれば劇場で。人間描写が浅いので、DVDではいっそうのスケールダウンはまぬがれないだろうな。

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2005/02/18

SIMONE / GIORNI

2004年のサンレモ音楽祭に参加したSimoneことSimone Tomassini(シモーネ・トマッシーニ)のアルバムです。これがデビュー作かな。

う~ん、普通だ。いわゆるロック・シンガー系の作品なのだけど、これといって特徴がありません。サンレモ参加曲の「E' stato tanto tempo fa」やバラードの「Ci sara' il sole」などはいくらか魅力的なメロディを持ってもいるのだけど、全体的に歌メロの魅力が薄いですね。あと、アレンジもとくにひねりがなく、平凡。「Ci sara' il sole」なんて、もっとドラマティックに、もっと厚みと奥行きのあるアレンジになっていたら、もっと魅力的なバラードに聞こえただろうに。

「E' stato tanto tempo fa」の出だしの歌メロや、続く「Sorridendo」のイントロのギターは、なんかむかしのU2を思い出させますが、全体の印象としてはむかしのGianluca Grignani(ジァンルカ・グリッニャーニ)を薄く小粒にした感じ?

彼は自分で詩も書き曲も書き歌も歌うカンタウトーレですが、そのどれもが「そこそこいい」レベル。どこかで突き抜けて、Simoneならではの魅力といったものを手に入れないと、このままではきついだろうな。いいアレンジャーといいプロデューサーに恵まれて、作詞・作曲能力およびヴォーカルの味わいについての指導や影響を受けて、伸びてくれるといいのだけど。

悪くはないのだけど、「これはいい!」といえる決め手に欠ける平凡な若手ロック・シンガーのアルバムといった感じでした。

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2005/02/17

お気に入りのランチがなくなるのです(涙)

自分は音楽もワインも料理もイタリアンが好きなんですが、フランス料理も好きだったりするのです。フランスワインは... 安いボルドー(というか、カベルネ・ソーヴィニヨン)はちょっと苦手ですが、ブルゴーニュはやはり素晴らしい味わいだし(ピノ・ノワール好き)、ローヌ葡萄(とくにグルナッシュ)も好きだったりするのです。

コンビニやスーパーの弁当は脂っこいし味はくどいし、だからといってあまりお米を食べたくないので定食屋の和食にもあまり興味がない自分は、ふだんのお昼はコンビニやベーカリーのサンドイッチを申し訳程度につまむ程度だったりする(まずいものをいっぱい食べるよりは、多少ひもじくても死なない程度に最低限食べるほうがいい)のですが、週に1度は「きちんと調理されたちゃんとした料理を食べたい」と、フレンチやイタリアンのお店にランチを食べに出かけます。

でも、昼休みの1時間で、きちんとした「メインディッシュ」を出してくれるお店が意外と少ない神楽坂。イタリアンのお店はいっぱいあるけど、昼はパスタだけだったり、メインも食べようと思うと1時間では対応してくれなかったり。フレンチのお店も、メインを食べようと思うと1時間では間に合わなかったり。

会社からそれほど遠くなく、ちゃんと1時間で食べ終えられて、かつ「おいしい料理」を出してくれるお店は、じつは少ないのです。そんななかで見つけたイタリアンの「リストランテ・ステファノ」とフレンチの「ビストロ・イデアル」は、週に1度のお楽しみ的な、自分にとって大切なお店だったのです。

ところが。

イデアルが業態変更をすることになってしまいました。これまでの「フレンチ」だけでなく、フレンチベースのもっとカジュアルなお店になるそうです。そして、これまでのランチはアントレとメインとデザートというフレンチのお手軽コースを提供していたのですが、来週からはランチはパスタになるそうです。

かなしい。

月に2回はランチを食べに行っていた常連ですから、ホールのスタッフ、メートル・ドテルのOさんや、ギャルソン(女性の場合はギャルソニエールっていうのか?)のSさんとはすっかり顔なじみ。そのおふたりが、本当に申し訳ないと頭をさげてくれました。現場の人たちは、お客さんがいかにこのお店のランチを愛していたかを知っていますからね。でも、お店のオーナーさんの経営方針が変わり、もっとカジュアルで利用しやすいお店にしろということになったため、しかたがないのです。

イデアルは、本当にいいお店です。アントレにメインといういちばん安いランチのコースは1600円とお手ごろ価格(小さなデザートとコーヒーがつきます)。安いですが、アントレもメインもとても丁寧に調理されているし、食材も新鮮。たとえばこれまで自分で苦手だと思っていた食材や料理も、ここで食べるとぜんぜん平気だったりしますし、美味しいとすら感じてしまうことが多々。これまで食べたことのない料理に挑戦するときでも、ここでなら安心。もしここで食べても自分に合わなかったとしたら、おそらくどこで食べても会わないだろうと思えるくらい、ここの料理は信頼できました。

そして、ランチでも、この価格でも、きちんとしたテーブルサービスが提供される。自分は常連なので、すっかり顔も名前も覚えられていて、キッチンへの注文通しも「○番テーブル(お店ではフランス語でいわれてますが)、もあ様」と名前つきでオーダーされてます。シェフもメートルも、自分のお昼休みが1時間しかないことをわかっていますから、こちらで何もいわなくても、1時間できちんと最後まで食べ終えられるよう、こちらの食べ進み具合と時間のバランスを計って料理を提供してくれるんです。そのくらいの常連ではあるのだけど、日本の勘違いした中レベルのレストランによくあるような、過度なフレンドリーさは持たない。常連としてフレンドリーに接してくれるけれど、ときにワインやコーヒーの特別サービスをしてくれたりはするけれど、だけどお店とお客の間の距離感はきちんと保つという、非常にバランス感覚にあふれたサービスをしてくれるんです。

いつだって、このお店に食べに行けば、納得できる味わいの、ちゃんとしたフランス料理が楽しめて、気持ちのいいサービスが受けられる。安心して食べにいける。そういうお店なんです。

だけど、来週からは、ランチはパスタオンリー。夜はフレンチ・メインでの営業を続けるそうですが、営業時間を後ろに延ばして、夜間の入店を増やすという方針になったため、シェフも基本的にディナーでの仕事がメインになるそうです。メートルのOさんも、夜のシフトが中心になりそう。

たしかにランチ・コースだと、回転率が悪いです。自分も1時間かけてランチを食べて、ひとりでひとつのテーブルを占領しているわけですから。それでも自分は毎回ワインも一緒に頼むので、自分の客単価は2500円くらいにはなるのですが、ワインを頼まなければ1600円。小さなお店でテーブル数も少ないので、これではきついのかもしれません。また、ランチで1600円というのも微妙な値段付けかもしれません。もっと高くするか、安くして回転率を増やすか。でも、回転率を増やすには、コース・メニューは不都合です。なので、パスタなんでしょう。たとえばランチを1000円にしても、パスタなら滞在時間は30分から40分程度なはず。1600円で1時間超いられるよりも売上アップになる可能性が高いのです。

そういったお店の事情もわかるのだけど、やはり残念感はぬぐえません。お昼に食べに出かけられる範囲のフレンチのお店、1時間の昼休みでメインも食べられるフレンチのお店は、自分の知るかぎりあと2店ほどあるのですが、1店は料金がイデアルより高く、だけど料理の味はイデアルより下。もう1店はランチ1000円と安いのだけど、会社から遠く、料理の味も値段相応。どちらのお店も、グラスワインのクオリティがいかにも「安いハウスワイン」なのが哀しいし(イデアルは、もともとはワインバーの姉妹店としてオープンしたので、グラスでも美味しいワインを出すのです)、何よりも、この両店ともに魚が安心して頼めないのです。料理単品としてはそこそこ美味しくても、ワインと合わせると魚臭くなってしまうことが多々。こういうお店では、苦手な料理や新しい料理に挑戦できませんし、料理に信頼感・安心感も持てません。

あぁ、残念。今後、自分がフレンチを食べる機会は大幅に減るでしょう。もちろん、イデアルのランチがパスタになっても、ときどきは食べに行くつもりです。これまでの恩?がありますし、ますます接客スタイルがメートルのOさんに似てきたギャルソニエのSさんが中心になって、これからもきっと気持ちのいいテーブルサービスをしてくれるはずですから。でも、パスタを食べるんだったら、やっぱりステファノに行ってしまうかも。

昼にパスタを食べさせる(というか、1時間の昼休みではそれ以外に食べられない)イタリアンのお店はいっぱいあります。どこもそれなりに美味しいですが、味的にはステファノがダントツです。イデアルには、ホールのサービス・レベルが高いというアドバンテージはあるけれど、とはいえ提供される料理はやはりパスタなのです。サービスの価値にあまり重きを置かない傾向にある日本のお客、しかもランチのお客に、それがどこまでアピールできるか。せめてセコンドも提供してもらえればなぁと思うのだけど...

ちなみに、自分がこれまでに食べにいった会社周辺のイタリアンやフレンチのお店のなかで、いつ食べても確実に魚が美味しい、ワインと合わせても魚臭くなるようなことが一切なかったお店は、イデアルとステファノだけです。てなことをメートルのOさんに話したら、なんとイデアルとステファノは同じ魚屋さんを使っているのだとか。なるほどね。いい魚を仕入れる魚屋さんなんだな。素晴らしい。

美味しい魚と美味しい野菜を仕入れて、それをきちんと丁寧に美味しい料理にできるお店は、間違いなくいいお店だと思います。あぁ、そんな美味しいフレンチを手軽に楽しめたのがイデアルだったのにぃ。本当に、本当に、残念です。

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最近の老化現象


麻生久美子と








麻木久仁子が
















区別できましぇん(涙)

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2005/02/16

EMMA SHAPPLIN / THE CONCERT IN CAESAREA

以前にPensiero! websiteに書いたレビューを読み返したら、けっこう否定的なこともいっぱいあったのですが、それでも実はEmma Shapplin(エマ・シャップラン)のファースト・アルバム『Carmine meo』はけっこう好きで、よく聴いてたりしたのです。

1997年に『Carmine meo』がリリースされたときは「Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)の女性版」ということで母国フランスでずいぶん話題になったらしいEmma。日本ではテレビ東京系の番組「美の巨人たち」のエンディング・テーマとして「Spente le stelle (星に想いを)」が使われ話題になり、2000年に日本盤CDもリリースされました。なぜかそのアルバムではEmma名義ではなく、Carmine Meo Projectとかいう名義で出たようですが。

その後、彼女の名前を聞くことはあまりなかったのですが、2002年には『Etterna』というセカンド・アルバムをリリース(これも日本盤があるらしい)していたようですし、映画『フィフス・エレメント』のディーヴァの歌や、映画『レッド・プラネット』の挿入歌などもEmmaなんだそうです。あと、シングルを2枚くらいリリースしてるのかな。

というわけで、巨大なCarmine Meo Projectで使い捨てにされることなく、その後もきちんと活動を続けていたらしいEmmaが1999年にパレスチナのカエサリアという町にある2000年以上も昔に建造されたという劇場で行ったライヴの録音が、2003年ころにリリースされてたのを見つけました。このライヴはたった3日間、あとにも先にもこのときだけの「Carmine Meo Live」だったようで、フル・オーケストラに合唱団つきという大人数によるものになっています。もちろんアレンジとキーボードにはスタジオ盤と同様、元Mandalaband(マンダラバンド)→元Sad Cafe'(サッド・カフェ)のVic Emerson(ヴィック・エマーソン)も参加。ライヴだからといって音が薄くなることなく、ドラマティックなステージが展開していきます。

ソプラノ・シンガーとしては歌唱力にちょっと難のあるEmmaですが、ロック/ポップスを歌う分には充分に強力。ただ、スタジオ録音よりも声の伸びが足りないかな。また、こういったオーケストラ&合唱入りドラマティック・ポップスでは、ライヴゆえのドライヴ感や迫力といったものが「粗さ」といった悪い方向に出ちゃうことが多いように思うのですが、このライヴ盤にもそういう面があるかも。

しかし、もっとも不満なのは、せっかくの大所帯ライヴなのに、収録時間が短い! どうせだったらアルバム『Carmine meo』全曲を古代劇場で再現くらいしてほしかった。実際のコンサートでは再現されてたのかもしれませんが、であればそれを全曲収録してほしかった。

などということもあるにはあるのですが、そして今回もやっぱり否定的なことを多く書いているような気がするのですが、しかしけっこう気に入っちゃってるんです、このアルバム。というか、Emma。それこそがフランスの歌姫Emma Shapplinの魔力なのか!?

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2005/02/15

届くの遅いよ

先日、イタリアに住むイタリア人と手持ちのLPをトレードしました。彼はFabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)のコレクターで、自分が持っていた、日本でリリースされたFabrizioのライヴ盤LPがどうしてもほしいというので、日本ではなかなか見つからないTito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)のLPとの交換を条件に、手持ちのLPを譲ったのです。

東京・神楽坂の郵便局にLPを持ち込んだのが1月31日(月)。イタリア人の彼は2月1日(火)にエミリア・ロマーニャ州モデナの郵便局にLPを出しにいっています。そして、イタリアからのLPが自分のもとに届いたのが2月11日(金)。当然、彼のもとにもこちらから出したものが届いているだろうと思ったら、まだ来てないよ~(T_T)という。

遅いよ。

エアメールの書留で送ったんだけど、EMSにしておけばよかったな。EMSなら配送状況がおおよそどうなってるか、ウェブですぐ調べられたのに。イタリアはときどき郵便物がなくなっちゃうからなぁ。ちゃんと届くかなぁ。心配だなぁ。どっかで行方不明になっちゃったかなぁ...

と心配してたのですが、今朝メールが来て、さっき受け取ったと。よかった。「It's a great LP!!!!!」とびっくりマークが5個もついてる(笑)。そりゃ、帯つき・ライナーつきの完璧な状態で送ってあげたからね。

ともあれ、無事にトレードがすんでよかったです。

ちなみにその彼、Fabrizioの日本盤LPにすごく興味を持っていて、ほかにもあればぜひ教えてくれ、送ってくれ、といってます。自分はFabrizioコレクターでもヴィニール・マニアでもないので持ってないのだけど、もし持っていて、譲ってもいいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。あなたがお探しの別のLP/CDとトレードしてくれるかもしれませんよ。

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2005/02/14

FIORELLA MANNOIA / I TRENI A VAPORE


イタリアン・レストランなどでFiorella Mannoia(フィオレッラ・マンノイア)の曲がかかっていると、いつもまずは「この声、Alice(アリーチェ)だっけ?」と思ってしまう自分です。低くてふくらみのある声。こういう「甘さ」のない女性シンガーはけっこう好きです。甘くはないけど、やさしさとあたたかみにあふれているのがFiorellaの魅力ですね。その点、Aliceのほうがクールというか、ちょっと怖い。このクールさと怖さを突き詰めていくと、その先にはNico(ニコ)が待っている?(笑)

Fiorellaは、そのシンガーとしての実力が認められているのか、それとも人柄などで愛されているのかは知りませんが、才能のあるカンタウトーレから楽曲提供を受けることが多く、それゆえアルバム自体のクオリティも高くなり、さらにFiorella自身の評価も上がるという、とてもいいサークルのなかにいるように思います。今回のアルバムでも、アレンジはFio Zanotti(フィオ・ザノッティ)、曲提供はIvano Fossati(イヴァーノ・フォッサーティ)、Massimo Bubola(マッシモ・ブボラ)、Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)、Eugenio Finardi(エウジェニオ・フィナルディ)、Enrico Ruggeri(エンリコ・ルッジェーリ)と、ビッグ・ネームばかり。

派手さはないけれど、胸に深く静かに染み渡るような曲を書くカンタウトーレたちの曲が中心なので、アルバム全体にも落ち着きがあります。こういった曲調はFiorellaのヴォーカル・スタイルにも合っていますね。ロマンティックなIvanoや、素朴でトラッド風味も感じるMassimoの曲もいいのですが、メロディや構成的にはあまり盛り上がりのないFrancescoやEugenioの淡々とした曲をこれだけ上手に「聴かせる」女性シンガーって、あまりいないと思います。テクニックや表面的な起伏とはまったく別のところで、胸の奥から、心の深いところからにじみ出てくる「想い」のようなものが、静かに、穏やかに、聴き手に届きます。そしてそれを邪魔しないように、丁寧に控えめにバックアップするFioのオーケストレーション・アレンジ。

派手さはないけれど、とても穏やかで趣のある、いいアルバムだと思います。そしてやっぱりFiorellaって素敵なシンガーだ。

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2005/02/11

イタリア人とLPのトレードしました

こんなものまでCD化!? ってくらいいろんなものがCD再発される今日この頃ですが、それでも「名作」と呼ばれていたりするのにいまだにCD化されないままの作品というのもいっぱい残ってるわけで、そういうのはLPを探すしかないのだけど、LP自体もう全時代の代物で、それはそれで見つけにくいわけです。だからといってプレミア価格を払ってまでマニアさんと取引する気は毛頭ないので、これはもう奇跡的にCD再発されるか、なにかの間違い?でどこかで偶然見つけるかといったことがないと一生聴く機会はないかもなと思うアルバムがいくつかあるのです。Renzo Zenobi(レンツォ・ゼノービ)とかSandro Giacobbe(サンドロ・ジァコッベ)とかUmberto Balsamo(ウンベルト・バルサモ)とかね。

Tito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)の『Io ed io solo』もそんななかの1枚。『Orfeo 9』はCD化されているのだけど、同じFonit Cetraからリリースされたこれと次作の『Concerto per un primo amore』はぜんぜんCD化の噂すら立たないのですよ。なかなかの名盤といわれているのに。

幸いなことに『Concerto per un primo amore』は再リリースかなにかのLPが1990年代だったかに日本に入ってきたときに手に入れたのだけど、このアルバムで自分が彼の素晴らしさを知ったときには『Io ed io solo』のほうはとっくに廃盤で、ずっと「聴きたい!」と思いながらもアルバムそのものすら目にすることもなかったのですよ。

もうずいぶん前になるけれど、Pensiero! websiteに『Orfeo 9』のレビューがあるのをTito Jr.が見つけたらしく、本人からメールをもらったことがあります。そのときに『Concerto ~』を持っているが、このアルバムは素晴らしい、『Io ed ~』も同様に素晴らしいという評判だが聴けずにいる、CD再発の可能性はないかとたずねたことがあります。Titoの回答は、マスターテープはFonit Cetraにあって、自分にはどうにもできない、自分の手元にもカセットテープしかないんだ、それに、あの作品にはいい部分がたくさんあることはわかっているけれど、自分が若いときにつくったもので、実は納得できない部分も多いんだ、あれはポップ作品だけど、自分の本質はポップ・オペラにあるから、積極的にあれを再発するという気持ちにはなれないんだよ... というようなものでした。なのでいっそう、よほどなにかの偶然かなにかがないと聴く機会はないだろうなと思っていたのですよ。

しかし、偶然があったのです。

ある日、モデナに住むイタリア人からメールが来ました。日本語が読めないのでわからないのだけど、お前のサイトに掲載されているアルバムは、お前が売っているものなのか? って。そういうメールはときどき来るので、いつもと同じように「自分はただのファンで、ウェブに載せてるアルバムは売り物じゃない」と返事を出したのだけど、彼はしつこかった(笑)。自分はFabrizio De Andre'(ファブリツィオ・で・アンドレ)のコレクターなのだけど、お前がウェブに載せてるFabrizio + PFMのライヴアルバムの日本盤は持っておらず、ずっと探していた、どうしてもほしいので売ってくれないか、もしくは同じアルバムのイタリア盤LPもしくはCDとのトレードではどうか、あるいはほかにお前がほしいものがあればそれとのトレードでもいいぞと。

自分はFabrizioコレクターでもヴィニール・コレクターでもありません。このアルバムはたまたまむかしに買ったから持ってるだけで、LPだと聴くのが面倒なのでMDにコピーしてあり、もっぱら聴くときはそっち。もとのLPなんて長いことラックから出してません。それにこのアルバム自体はCD化されてて、その気になればCDを手に入れるのもそれほど難しくないのだけど、MDにコピーしたものがあるからそれでいいかくらいの執着度なわけです。

そこで、彼に返事を出しました。Stefano Polo(ステーファノ・ポーロ)のCD、Antonio Decimo(アントニオ・デーチモ)のCD、Tito Schipa Jr.の『Io ed io solo』のどれかとならトレードしてもいいよと。これらはどれも現在入手困難で、自分は物自体を見たことがないのです。彼もTito以外は名前すら聞いたことがないといってました。でも何とか探してみるから、少し待っててくれと。

そして2週間ほどしてメールが来たのです。Antonio DecimoのCDは手に入れられそうだと。そしてさらにその数日後、TitoのLPも手に入れられそうだと。どっちも手に入りそうだけど、どっちがほしい?と。

マニアのネットワークって、すげぇ。びっくりしたわ。さすがにStefanoは見つけられなかったけど、他の2枚は見つけちゃったんですよ。

あせったのはこっちです。どっちもほしい。ここで立場が逆転。Ok、FabrizioのLPは送るよ。だけど自分はTitoとAntonioのどっちもほしい。同じLP同士ということでTitoとFabrizioはトレードするけど、AntonioのCDも送ってもらうためには、自分はどうしたらいい? LPと一緒にお金を送ろうか? それともなにか別のアルバムも一緒に送るかい?

しかし、彼からの回答は、

FabrizioのLPだけでいいよ。そのLP1枚と、AntonioのCDとTitoのLPを交換しよう。

あぁ、本当にこのLPがほしかったんだねぇ。彼にとってはこれ1枚に、CDとLPの両方分の価値があるんだねぇ。

というわけで、日本盤LP(帯・ライナーつき)を送ってあげ、彼からはCDとLPを送ってもらうことになったのです。そしてその小包が今日、届いたのですよ。

あぁ、はじめてみる『Io ed io solo』。オリジナルじゃなくて1979年の再発盤のほうだけど、ジャケの底が少し抜けてるけど、かまいません。盤面にほんの少しすれたような感じはあるけど、充分きれいだし。

手に入ることなどないのではないかと思っていたこのアルバムを、さっきプレイヤーに乗せたのですよ。Titoの独特な丸い声が響きます。繊細で、少し神経質にも感じるけど、だけどとてもあたたかみのあるヴォーカルが、やわらかなメロディとともにスピーカーから流れ出ます。B面は全体を使った組曲。うん、1970年代のプログレッシヴ・カンタウトーレらしい味わいに満ちてる。『Concerto per ~』にくらべると少しまとまりがない感じはするけど、そしてきっとそこがTito本人にとって不満なところなのではあるだろうけど、それでも充分以上のクオリティを持っていると思うのですよ。

たしかにコアなイタリアン・カンタウトーレ・ファン向きではあります。CD再発はむずかしそうだな。なまじっかFonit Cetraなんて大手がマスター持ってる分、余計に再発が困難な気がする。大手PolydorのUmberto Balsamoが再発されないように。もったいないよなぁ。

でも、いまこのLPは自分の手元にあるんです。さっそくMDにコピーしました。これでいつでも聴きたいときにすぐ聴ける。うれしいわぁ。

ちなみにAntonioのほうはけっこう普通だった。Amedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)プロデュースで、1曲ではデュエットもしてて、Amedeoファンだったらきっと気に入るという評判だったんだけど。ま、悪くはないですけどね。でも1990年代までのAmedeoのアルバムのほうが好ましいな。

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2005/02/10

アスパラクリームスープ

ポッカの「じっくりコトコト煮込んだスープ」シリーズの「アスパラクリーム」を飲みましたさ。100円ショップで売っている安いシリーズのスープと違い、さすがにこのくらいの値段になると味わいむ深く旨みもあって、おいしーぃです!

んが、しかし。

乾燥アスパラ、すじすじなんですけどーぉっ!(T_T)

すじがひとつ、歯の間に挟まって取れません(<おじいちゃん)。これが気になって今日1日ぜんぜん仕事にならなかったらどうしてくれるっ!(<なにキレてんの?)

具なしで、スープだけにしてくれたほうがありがたいです。

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2005/02/09

SBB / SBB

ポーランドのグループだったと思います。彼らにはただ「SBB」というタイトルのアルバムが何枚かあってわかりにくい(Peter Gabrielみたいだ)のですが、うちにあるのは1987年リリースのポーランド盤LP。それをMDにコピーして聴いてます。

自分は、全体的にキーボード/シンセサイザーが主導権を握るロックってちょっと苦手です。キーボードの音やオーケストレーションは好きなんですが、なんでもかんでも全部キーボードでといった感じ、というか、ヴォーカルやギターの比率が極端に低いキーボード・ロックが苦手なんです。だからELPもあまり好きじゃないし、あまたある「ELPタイプ」と呼ばれるキーボード・トリオとかもあまり好きじゃありません。

そしてSBBはポーランドのELP? と呼ばれてたかどうかは定かではありませんが、おもいっきりキーボード主体のトリオ編成ロックです。だからか、もう長いこと聴いてませんでした。聴くの、めちゃめちゃひさしぶりです。

全体的には、やはりキーボード・メインでギターやヴォーカルの比重は低く、個人的な好みにはあまり合いません。LP片面1曲ずつの計2曲というアルバム構成で、どちらかというと苦手なタイプの曲を聴き続けるのは、ちょっとつらいところもあります。

ただ、比重は少ないながらも、ヴォーカルはいいんですよねぇ。何をいってるのだかぜんぜんわからないポーランド語?の響きには、いかにも「ヨーロッパ!」な哀愁が感じられますし、声質もどことなくつらそう(笑)でいい感じ。メロディも非常にヨーロッパ的。といってもイギリスやドイツなどの西ヨーロッパ的な重厚感や深みではなく、東欧のフォルクローレやイタリア中南部の伝統音楽などをときに思わせるエキゾチックさを持ったヨーロッパ音楽を感じさせます。こういうメロディに出会えることがユーロ・ロックの楽しみだったんだよなぁということを思い出しました。

A面(M1)とB面(M2)では、自分はA面のほうが好きです。なんだかちょっと腑抜けちゃったB面よりも、圧倒的に構築美と緊張感と哀愁があるように感じます。とくに前半はヴォーカル比率も高く、キーボードだけでなくギターもきちんとアンサンブルで活躍しているのが好ましい。穏やかな海上で風を感じながら波に揺られているかのごときキーボードのバッキングも心地いいです。

A面も後半に入ると大キーボード・プログレ大会になってしまい、ヴォーカルもギターもどこかへいってしまうので、少しつらくなってくるのですが、それはそれでスリリングでスピーディな演奏が繰り広げられていて、きっとキーボード・ロックのファンにはうれしい展開なんだろうなと思います。そういったことも含めて総合的に考えれば、やはり優れた東欧プログレッシヴ・ロックのアルバムなんでしょう。実際、ひさしぶりに聴いて「おぉ! なかなかいいじゃん」とも思いましたし。

それでも、やはり自分の好みでいえば、ここにパーマネント・メンバーのギタリストがいればなぁ、せっかくの味わい深いヴォーカルをもう少し聴かせてくれればなぁ、と思ってしまうのです。

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2005/02/08

家訓

うちの家訓は「食えるものは、食えるときに食え」です。

うちの父はいわゆるサラリーマンじゃなかったので、収入は不安定。金があるときはいっぱいあるけど、ないときは全然ない。なので、今日は食えても、明日は食えないかもしれない。だから、食えるときに食わなくてはいかんのです。そんななかで生活費をやりくりしてた母は偉大だ。

自分はいまサラリーマンで、すでに実家からは独立していますが、この家訓は我が家でも生きています。いや、妻はどう思ってるかは知らんが。

いまはそこそこ収入もあって食いたいものはおおよそなんでも食えるけど、そんな日々、いつまで続くかわからん。勤め先もいつまで持ちこたえるかわからんし、会社つぶれたら転職は厳しいぞ、この歳じゃ。これといった強みもないしな。

こんなに毎日ワインを飲んでられるのも、いまだけ。飲めるときに飲め、いや、食えるときに食え。食えなくなったら... 食えるものを食え。もしやこれって、座右の銘ってやつか? 墓標に刻むか。う~む、もっとかっこいいやつのほうがいいなぁ。

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2005/02/07

昨日、ひさしぶりにPensiero! 別館1を更新しました。「ひとりごと」のコーナーです。去年の後半に観た映画や舞台についての感想書いてます。
別館2のほうも準備がだいぶ整ったので、今度の週末には更新できそう。
本館は、これから準備を始めなくちゃいけないので、まだ数週間かかるな。

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2005/02/06

シドニーの年末年始 5

2005/01/02(日) 曇り

8時ころ起床。コーヒーを飲んだあと、身支度を整えて9時過ぎにチェックアウト。荷物をコンシェルジュに預け、帰りのエアポート行きシャトルの手配もすませて最後のシドニー見物へ。

まずは犯罪博物館。と思ったらオープンが10時からで、まだ開いておらず。オペラハウス横で海を見ながら時間つぶし。10時になったので博物館へ。こじんまりとした建物で、古い警官の制服や武器、古い犯罪者の写真、拷問用の道具などが展示してある。

1時間ほど見て回ったのち、サーキュラーキーから電車に乗ってタウンホール駅、そこから歩いてダーリングハーバーを抜け、シドニー・フィッシュ・マーケットへ。大きな鮮魚市場で、サーモンやマッドクラブ、ロブスター、バラムンディといったオーストラリアでおなじみの魚や、マグロの刺し身なども売っている。ショッピング・センターが併設されていて、そのなかにはフードコートやレストランもある。お昼はそこのレストランDoyle'sで、タスマニアン・アトランティック・サーモンのグリル、2種類の白身魚とエビのフリットの盛り合わせ、ソーヴィニヨン・ブランをグラスで2杯、ガス入りのミネラルウォーター1リットル、食後にエスプレッソ2杯で80AUS$。量もたっぷり、味もよくてサービスもフレンドリー。ハーバーに面したテラスですてきなランチを楽しめた。

食後、トラムに乗ってヘイ・マーケット/チャイナタウンへ。ディクソンストリートという短い通りだけがにぎわっていて、チャイナタウン自体は2ブロックほどの小さなもの。横浜中華街のほうが圧倒的に見る価値アリといった感じ。

残りの時間が微妙になってきたので、気になっていたけど乗れずにいたモノレールで街を1週。コンパートメント形式で混雑していて、あまり快適ではなかった。ガレリア・ヴィクトリアで降り、妻のお土産買い物のつきあいでWoolworthへ。オーストラリアにくるたびにお世話になってるスーパーマーケット。今回も助かりました。

さらに残りの時間が微妙になってきたが、さいごにサーキュラーキーまで出てしばし海とオペラハウスを眺める。これでシドニーも見納め。さよなら、シドニー。またいつか。

ホテルに戻り、バッグをピックアップして空港行のシャトルへ。来たときと同様、シルクハットにタキシードのドアマンが荷物をシャトルまで運んでくれた。

あとは飛行機に乗って帰るだけ。さくさくとチェックイン、出国をすませる。帰りの機内食はなんだろうか。最後の楽しみはそこだな。

というわけで、機内食のご紹介。

シドニー・ソウル間:
ディナー/ピビンパか魚のソテーのチョイス。今回のピビンパは肉ではなく魚のピビンパ。相変わらずつくりにくいのだけど、美味しいです。スープはみそ汁でした。魚のソテーのほうはほんのり醤油味? 野菜の煮たものもたくさん入っていて、なかなかいいお味。
ブレックファスト/焼きそばかオムレツのチョイス。朝ごはんに焼きそばというのもどうかと思うが、味的には悪くない。オイスターソースの風味がする。麺はふわふわ。オムレツは、今回はオリーブ風味のソースで、これがなかなか美味しい。つけあわせはハッシュドポテトとハーブ入りのソーセージ。これも美味。どちらのメニューにもチーズケーキがついていて、これまたうれしい。ちょっと甘かったけど。

ソウル・東京間:ランチ
チキンの照り焼きとご飯。シイタケやニンジンなどの煮付けつき。やっぱり醤油風味で和風? カニカマのサラダもついて、楽しいお食事でしたわ。

しかしコリアン・エアー、食事時のドリンク・サービスのタイミング、ぜったいおかしいよ。

食事を配ると同時にワインのサーブがあるのはいいけど、10分もしないうちにお代わりを持って回ってきたって、まだメインディッシュのアルミカバーをはずしてやっとひと口ふた口食べたばかり、ワインだってほとんど飲んでないって。ワインのお代わりはその後は回ってこない。

そして、ワインのお代わり回りの直後にコーヒー・紅茶のサーブに回ってくる。それも1回だけ。まだ食べてる途中ですから。食事の終わるころに持ってきてくださいよ。

そんでもって、トレーの片付けはえらい速い。せっかく機内食の味はいいのだから、次は料理サーブのタイミングとかのクオリティアップを期待したいなぁ。

ともかく、そんなこんなで短いシドニー旅行は終わってしまいました。次回はぜひもっとゆっくり行きたいよ~。

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2005/02/04

シドニーの年末年始 4


2005/01/01(土) 晴れ

9時過ぎ起床。シャワーを浴び、11時ころに出掛ける。オペラハウス沿いにシドニーベイを見物。水に太陽の光がキラキラと反射して美しい。

オペラハウスそばのハーバーに面したEast Bank Cafe'でランチ。ウズラのグリル(34.5AUS$)とカンガルーのステーキ(34.5AUS$)、グラスの白ワイン(ひとつはヴィクトリア州のリースリング、もうひとつはサウス・オーストラリア州のブレンド。それぞれ9.75AUS$)を頼む。シドニーのあるニュー・サウス・ウェールズ産のワインがなかったのがちょっと残念。

食後、ロイヤル・ボタニック・ガーデンへ。ファーム・コーブに面した芝生の木陰で一休み。そういえば去年の正月はパースのキングス・パークでだらだらとしていたのだったわ。2年続けてオーストラリアの公園でだらだらした正月を過ごすというのもいいものだ。

1時間ほど芝生でうたた寝をしたのち、海沿いにボタニック・ガーデンをまわり、ウルムル・ベイへ抜け、ザ・ワーフヘ。古い埠頭を再開発し、アパートとホテル、飲食店にしたもの。こじんまりとしているが、なかなか趣がある。ボート・ハーバーになっているが海はきれいで、停泊しているボートもあまり大きくないものが多く、かわいらしい。

ザ・ワーフを少し見物したのち、ザ・ドメインをとおってハイド・パークへ行こうと思ったのだが、ザ・ドメインはニュー・イヤーズ・デイの有料イベントのために閉鎖されていて、通れず。ザ・ドメインを迂回してハイド・パークへ。入り口手前のワゴンでソフトクリーム(2AUS$)を買って食べた。

ハイド・パークで少し休憩したのち、パークの横にあるセント・メリー・カテドラルを見物。とても大きな教会で、ステンドグラスや壁にかかっている絵画もすばらしい。

カテドラルを見たあと、ハイド・パークを抜けてダーリング・ハーバーへ。ハーバーサイドで行なわれている大道芸を少し眺めたあとシドニー水族館へ。ここにはカモノハシがいて、けっこう明るいなかでその動きとかが見られる。タロンガ動物園よりもはっきり見えて、かなり楽しい。カモノハシ、好きですわ。

カモノハシのほかにも平和そうなアシカや凶悪な歯を持ったサメ、巨大なエイなど、見ていて楽しい生き物がいろいろといて、なかなかいいところだった。

水族館を出たあと、水族館に近いハーバーに面したイタリアンの店でシドニー最後のディナー。エビのグリル(有頭エビが6尾くらい乗っていた。サラダとフレンチフライつき)、魚介のグリルの盛り合わせ(有頭エビ、イカ、タコ、サケ、ムール貝にサラダとフレンチフライがついている)、ローズマウントのシャルドネをボトルで1本、サン・ペレグリーノの500ミリを1本、カプチーノ2杯で、105.71AUS$。どれも美味しく、量もたっぷり。ワインと合わせてもまったく魚臭くならない。お客もいっぱい入っていて活気があり、シドニー最後の夜を楽しむに充分な店だった。

食後、ダーリングハーバーをひとまわり。最後の見物。ジャグリングを見てからホテルへ戻る。シャワーを浴びて就寝。明日はもうチェックアウトして、夜の飛行機で帰らなくてはいけない。残りあと半日ほど。寂しい。

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2005/02/03

わすれられないKISS

はじめてのKISS体験は、たしか11歳のころだった。
団地に住む友人の、あまり光の入らない薄暗く狭い部屋だったな。
その前まで、なにをしていたのかは覚えていない。

当時の自分は、多少ませていたとはいえ、まだ幼い少年。
そして、突然のKISS。

からだの底から、心の奥から、しびれた。
それまでに知らなかった甘美。
はじめて感じる躍動。

それからの自分は毎日、むさぼるようにKISSを求めた。
世の中に、こんなにすばらしいものがほかにあるものか。
脳とからだの両方をかき乱す快感。
まるでからだの中を縦横無尽に動き回るような感触。
KISSさえあれば、ほかはいらないと思った。

でも、それもいまは遠いむかし。

高校生となり、大学生となり、社会人となった自分は、
KISS以外にもすばらしい快感をもたらしてくれるものが、
ほかにもいろいろとあることを知った。

そしてKISSの喜びは、
少しずつ記憶の奥底にしまわれていった。

しかしいま、ひさしぶりのKISSに心が震えている。
記憶の底に沈められていたけれど、
それは忘れ去られたわけではない。

はじめてのKISSの感動は、
からだの奥に染み付いて、
心の奥に住み着いて、
いつまでも生きている。

わすれられないKISS。

そしていま、あらためてわかった。

自分はKISSを基準にしている。
KISSが自分の「好き」の中心になっている。

キャッチーさが足りない音楽に親しみを感じないのは、
しかしキャッチーなだけの音楽にも魅力を感じないのは、
キャッチーかつ骨のあるロックがKISSは得意だったから。

単純なギターリフに退屈してしまうのは、
KISSがギターリフのアイデアにたけていたから。

ルートを弾いてリズムを取る役割しか持たないベースにうんざりしてしまうのは、
リズムを取りつつコードを分解してフィルイン的効果もはさむKISSのベース・ラインになじんでいたから。

そして自分は、そんなKISSの音楽が大好きだったから。

キャッチーでドラマティックでハードでポップ。
シンプルでストレートだけどひと手間かかったアレンジ。
このバランス感覚が自分のなかで、ひとつの「ロックの基準」となっている。
その後の人生の大半を占めるプログレッシヴ・ロックにおいても、
KISS的なバランスと動き回るベースを期待していた自分に気づく。

今朝、ひさしぶりに電車のなかで『Love Gun』を聴いていて、
自分の原点はここにあったんだなぁと、あらためて思ったのでした。

以上、わすれられない(アメリカン・ロック・グループ)KISSについてのお話でした。

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2005/02/02

シドニーの年末年始 3

2004/12/31(金) 晴れ

7時半起床。眠い。からだが痛い。天気予報によると今日のシドニーは晴れで最高気温は25度。そんなに暑くはないな。

9時過ぎ、ホテルを出発。サーキュラーキーからフェリーに乗ってタロンガ動物園へ。フェリー降り場からロープウェイに乗って動物園の頂上入り口へ。この動物園は丘にあり、ふもとにも入り口があるのだけど、高いほうの入り口から入って丘を下りながら見て回るのがおすすめとガイドブックにあったので、それに習うことに。

園内に入り、まずは朝食。卵、ハム、チーズ入りのイングリッシュマフィンと、ドライトマト、ボッコンチーノ、野菜の入ったパニーノ、ミルクティ2杯で17AUS$。

タロンガ動物園は総合動物園なので、オーストラリア固有種はそれほど多くないらしい。それでもコアラはいるしウォンバットもタスマニアデヴィルもディンゴもいる。でも、なによりうれしかったのは、カモノハシがいたこと。以前にケアンズ近郊の川で野生のカモノハシを見たときは、遠くて小さくてわらわらと泳ぐ動きしかよく見えなかったのだけど、ここでは水槽のなかにいるので、間近でよく見える。暗室になっている建物内でフラッシュ禁止なので写真は撮れなかったが、意外とふっくらしたしっぽまで見えてうれしいわ。

そのほか、一般の動物園にいるような動物も、丘の上で向こうにシドニー湾が見えるようなロケーションで見ると、また少し違った趣。アシカのショーもあったが、エンタテインメントに徹するアメリカのショーとは違い、少しお勉強がまじるところがオーストラリア的。

ちなみにお昼も園内で。キッズ・バーガー・コンボとラップド・チキン、アイスティで17AUS$くらい。コンボには通常より少し小さいキッズ・バーガーとスモール・サイズのフレンチフライ、スモールサイズのドリンク(自分はダイエット・コークにした)がつくのだが、キッズ・バーガーといってもマック・グラン+αくらいのヴォリュームがあるし、ポテトもマックシェイクぐらいのサイズの紙コップがあふれるくらいに入っている。コークも日本のレギュラーサイズくらい。おなかいっぱいなんですけど。

今日はニュー・イヤーズ・イヴということもあってか、動物園は16時で閉園。それを知らずに出口そばのアシカのプールでボーッとアシカを見てたら、クルマで見回りにきたスタッフに帰れといわれてしまった。時計を見たらもう16時20分。閉園時刻は過ぎていて、通常の出口はすでにシャッターが降ろされ、自分らは臨時出口から出ることに。

フェリーに乗ってサーキュラー・キーに戻る途中でシドニー湾の両岸を見ると、すでに夜の花火を見るために場所取りをしている人がびっしり。オペラ・ハウスの周辺などはチケットを買わないと入れない状態。サーキュラー・キーも湾に面したところにはすでに多くの人が場所取りをしていて、もう飲み始めている人、ラッパを吹いている人など、パーティ状態に突入し始めていた。また、大量の警官隊もスタンバイしている。いまの段階でこれだと、本番時はたいへんな騒ぎになりそう。

ハーバーに面したところはえらい人出になりそうなので、自分らは少し離れたObservatory Hillという丘で見ようかと思っている。ハーバー周辺はすでにすごい人出だが、丘のほうはどうなっているか、ちょっと下見。ハーバーほどではないけど、こちらもすでに場所取りをしている人たちがいる。缶ビールを箱で買って運び込んでいる若者も。こちらは警官隊もいないようで、夜はいったいどうなることやら。

下見をすませ、とりあえず1度ホテルへ戻る。花火見物のときは荷物を置いて手ぶらで出掛けるつもり。

19時過ぎ、夕食を取るためにホテルを出る。昨日はスルーしたセンターポイントのフードコートで食べるつもりだったが、昨日はこの時間でもやっていたのに今日はもうすでに閉店していた。ニュー・イヤーズ・イヴはこういうことがあるから困る。フードコートはやってると思ったんだけどなぁ。

しかたがないので昨日と同じダーリングハーバーのフードコートへ。ここはニュー・イヤーズ・イヴ・フェスティヴァルをやっていることもあり、もちろんフードコートも営業中。昨日と同じトルコ料理の店で、ビーフとヴェジタブルのトルコ風ピッツァ(7AUS$)とホウレン草のピッツァ1/4カット(5AUS
$)、ノーチラス・バーで白と赤のハウスワインをグラス(各5.5AUS$)で頼む。まだ少し時間は早いが、それでも昨日とはくらべものにならないくらい混んでいた。

食後、下見をしておいたObservatory Hillへ。さすがに人は多くなっているが、密集というほどではない。芝生の一部に空いているところを見つけたので、そこに座って21時の花火を見た。シドニーベイとダーリングハーバーの両方で同時に花火が上がり、なかなか派手。とくに連打乱れ打ちのときは観客がすごく盛り上がる。としまえんの花火大会にくらべると、量もドラマ性もとしまえんのほうが上だなと思ってしまうけど、それでも充分以上に楽しめる。小さい子供などはかなり興奮気味だった。

21時の花火終了後、いったんホテルへ戻る。少し休憩して、カウントダウンのときに再度出掛ける予定。

23時過ぎ、再度ホテルを出発。Observatory Hillへ向かう。21時前とはくらべものにならないくらい人がサーキュラーキーの方へ向かって歩いている。すでに道の多くが車両通行止めになり、酔って奇声を発する若者や割れたビンの破片などが目につく。丘の上からも騒ぐ声が下まで聞こえてくるほどに人で埋まっている。ほとんど宴会状態、花見状態。

いよいよ深夜。ハーバーブリッジからまず花火が上がり、続いてシドニーベイ、ダーリングハーバー、さらにもっと内地の方でも同時に花火が上がり出した。規模も量も21時よりパワーアップ。最後にはハーバーブリッジのライティングも花火とシンクロし、かなり華やかな感じ。ただ、自分らはブリッジの裏側から見てしまった。サーキュラーキーの側が表だったようで、向こうから見れば橋の上から流れるナイアガラなども見られたはず。でもあちら側は若者がさらに激しく騒いでいたようなので、年寄りの自分らにとってはこちらのほうがよかったかも。

約20分の花火大会終了後、ホテルに戻って就寝。明日は少し寝坊して、ゆっくり過ごそう。

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SAGRADO CORACAO DA TERRA / FAROL DA LIBERDADE

ブラジリアン・シンフォニック・ロックのトップ・グループのひとつですね。エレクトリック・ヴァイオリンの美旋律を中心に、しなやかで流れるようなシンフォニック・ロックが展開されます。ところどころフルートも加わり、ときにはPFMを思わせるようなきらびやかなアコースティック・ギターのアレンジなどもあり、聴きどころの多いアルバムといえるでしょう。

けっこう演奏はテクニカルなんだけど、あまりそれを感じさせず、おおらかで暖かい印象を受けるのは、ブラジルだからなんでしょうか。ほどよく哀愁もあるのだけど、それがあまりシリアスな感じにならないのも、ヨーロッパとはちょっと違った肌触り。ヴォーカルなどはイギリスのファンタジックなシンフォニック・ロックに似た印象を受けるのだけど、そのファンタジーの世界には妖精も魔物も棲んでいない感じ。

メロディや演奏、アレンジ自体は厚みもあるし深みもあるし広がりも充分以上に感じられる。音楽に対する愛情や暖かい気持ちもしっかり伝わってくる。それだけで充分魅力的なのだけど、その背景にある種の暗さとか重さとか湿りけといったもの、光と影の強いコントラストが感じられないところがヨーロッパのシンフォニック・ロックとは違う、ブラジリアン・シンフォニックの味わいなんでしょうね。これはこれで聴いていて気持ちのいいものなのだけど、自分の好みとしてはやはりヨーロッパ的なコントラストがほしいなと思ってしまいます。ついでにいえば、エレクトリック・ヴァイオリンの音色にもっとつややかさを、ヴォーカルにもっと情熱を、とか思ってしまうのだけど、それはこのグループのめざすところとは違うのでしょう。

個人的な好みを別にすれば、とても完成されたシンフォニック・ロック・アルバムだと思いますよ。

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2005/02/01

シドニーの年末年始 2

2004/12/30(木) 晴れ

朝6時ころ、朝食の匂いがしてきたので起きることに。ずっとすわっていたら背中が痛くなってしまい、あまり寝られなかった。それでも4時間くらいは寝たのかな。

朝食は、西洋風かアジア風をチョイス。西洋風は、プレーン・オムレツにケチャップ風味の野菜のソース、茹でたホウレン草、ハッシュドポテト、アプリコット入りのヨーグルト、マスカットのゼリー、パンという献立、アジア風はお粥と漬物、ゼリーという献立。どちらも美味しいのだけど、やはりお粥は珍しい。漬物を混ぜながら食べるとさらに美味。

食後は着陸までうつらうつらとしながら過ごす。眠い。背中が痛い。

8時20分、定刻どおりシドニー着。サクサクッと入国をすませ、エアポート・シャトルで今回の宿泊先、Radisson Plaza Hotelへ。

シドニーの年末年始はどこのホテルも満室で、やっととれたのがここだったのだけど、これまでに海外旅行で泊まったなかではもっとも料金が高い。今回はたった3泊だが、去年のパース1週間分くらいの料金。自分らには不釣り合いな高級ホテルだ。シャトルから降りたらベルボーイに荷物をフロントまで運ばれてしまい、ちょっとドキドキしてしまった。しかし室内の設備などはさすがにすごい。ビジネス用のライティングデスクがあるところが素敵。

少しホテルで休憩してから、街を探索に。

まずは歩いてCircular Quayへ。ホテルがおおよそ街の真ん中に位置しているので、Circular Quayまでの歩いた加減で街の大きさがおおよそわかるはず。意外とすぐついてしまったので、そんなに大きな街ではなさそう。

一応、お約束なのでオペラハウスの写真を撮る。生で見るオペラハウスは、テレビや写真で見るよりもずっと黄ばんでいた。

Circular QuayからThe Rocksの方へ少し歩いて、Nurses Walkの「Gumnut Cafe'」でランチ。オージービーフのミートパイ(13AUS$)と今日のスペシャルのパプリカのスープ・ライスとインゲン豆いり(8.95AUS$)、マッキァート(3AUS$)。ミートパイはひき肉ではなく固まり肉が入っていて、いい感じ。スープもパプリカとトマトの味たっぷりで、あたたまる。日陰に入ると意外と寒かったので、このオーダーは正解。

食後、もう少しThe Rocksを見て歩いたのち、Argyle Parkを抜けてDarlimg Harbourへ。海に近い部分はいまも商業港として使われていることもあり、船も停泊していてちゃんと港だが、一般にDarling Harbourと呼ばれる観光地区は、とくに船もなく、湾に面してレストランが並ぶといった感じのところだった。The Rocksよりも良心的な値段がついているのが好ましい。

ひとしきりDarling harbourを見て歩いたのち、Hyde parkへ。芝生の豊かな大きな公園で、思わずうとうとしてしまいました。

その後、フードコートを探しに街をチェックしたが、あまりたいしたものが見つからず。

だいぶ涼しくなってきたので、ひとまずホテルに戻り衣装を変える。昨晩の寝不足もあり、強力に眠い。ベッドに横になったら30分ほど、意識が飛んでしまった。

18時30分ごろ、夕食を取るために外出。最初はセンタープラザのフードコートでと思ったのだが、気のきいたアルコールを出す店がなかったので、ダーリングハーバーのフードコートまで行くことに。

トルコ料理の店でヴェジタリアンプレート(10.50AUS$)とポーク&マトンのケバブ・ミックス・プレート(14AUS$)、バーでグラスの白ワイン(シャルドネ)と赤ワイン(シラーズ&カベルネ)各5.50AUS$)を注文。

ヴェジタリアン・プレートには野菜でお米入りの具を巻いたものがついているのだけど、これがほんのりチマキ風でいい感じ。ワインはプラスティックのカップとグラスとあるけどどちらがいいと聞かれたので、プラスティックのカップでいいよと答えたら、プラスティックカップにこぼれる寸前までたっぷり注いで暮れた(テーブルに運ぶ途中で少しこぼれた)200cc以上入ってたんじゃないか。オージーワインらしい果実味の豊かな味わいで美味しかった。少し酔っ払った。

21時ころ、食事を終えてダーリングハーバーをあとに。ホテルに戻り、お風呂に入って就寝。もうすっごく眠いです。

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