« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »

2005年1月

2005/01/31

最近観た映画

■ ネバーランド ■
現在公開中。新宿の劇場にて。
なんていうか、「いい映画観たなぁ」という感じ。どこがどう「いい」のか、うまくいえないんだけど、なんか胸にじわぁってくる。「ピーター・パン」自体もちょっと哀しいところがあるのだけど、その話が生まれた背景にも、やっぱり哀しいところがあったのね。
いろいろなことの「終わり」が、この話のモチーフなんだろう。命の終わり、愛情の終わり、家庭の終わり、少年期の終わり。その「終わり」を認識し、受け入れるのがつらいときに、人はファンタジーの世界を求め、そこに逃げようとする。でも、ずっとファンタジーの世界にいるわけにはいかない。いつか「現実」に帰ってこなければならない。ファンタジーの世界は、現実逃避のためにあるのではなく、現実を認識し、受け入れ、新たな一歩を踏み出すためにあるんだ、というのがこの映画(および「ピーター・パン」)のテーマなように思う。原題の『Finding Neverland (どこにもない場所を探して)』って、そういう意味なんだろうな。
むかし、誰かがファンタジー小説について、こう書いていたのを思い出す。
「必ず現実に戻ってくるのが本当のファンタジー。夢の世界にいったままで返ってこないのは、ファンタジーとはいわない」

■ Gun Crazy episode II ■
夜中にテレビで放映されていた。
1作目は米倉涼子(こんな字だったっけ?)主演で、くだらないながらもばかばかしいおもしろさ、爽快さがあった。やくざ?に父親を殺された娘の復習劇というのも陳腐だし、突っ込みどころ満載なんだけど、それはそれで目的がはっきりしているし、その点では共感もしやすいし、楽しめるストーリーだった。それに鶴見慎吾(こんな字じゃなかった気がする)も「こういう漫画みたいな役と芝居、やってみたかったんだろうなぁ。笑」という感じで、休みの日に寝っころがって観るにはけっこういい映画だった。
しかし、2作目のこれはひどい。菊川怜(漢字に自信なし)のどうしようもない芝居は米倉以上だけど、まあそれは最初から期待してないのでいいとしよう。しかし、ストーリーがちゃちすぎ。たったあれだけのことで菊川がスナイパーになるなんてまったく納得も共感もできない。あれだけのトレーニングであそこまで射撃がうまくなるなんてのも、あまりにもご都合主義。希薄な目的意識、さえないストーリー展開、演技力のない役者。休みの日を無駄にするには最適かも。
ここしばらく舞台の脚本・演出で見かけない水上竜二さんが出演してるのを発見。すぐ殺されてた。こんな映画に出るより、Tokyo F公演を復活させてくださいよ。

■ マイ・フェア・レディ ■
BSで放送されたものを録画してあった。
1964年の映画だそうだから、自分が生まれる前。主演はもちろんオードリー・ヘップバーン。オードリーはやっぱり綺麗です。最初の下品な花売り娘から、最後はプリンセスと間違われるまでの気品と美しい言葉遣いを身に着けたレディへ。話し方や発声、発音、身のこなしなど、自然に演じ分けていました。貴婦人になったオードリーが、花売り娘時代に生活していた地域へいくシーンなど、ちょっと切なくなりますね。中産階級になってしまった飲んだくれ親父も含めて、本当にあれで幸せなのだろうかと、少し思ってしまった。
古い町並みや、花をじょうずに扱った映像は美しく、物語は素直で、やっぱり古い映画はいいなと感じます。
などということもありますが、この映画を大雑把にいうと、大変な(困った)おっさん(ヒギンズ教授)の騒がしい毎日... といったところでしょうか(違う違う)。

■ A.I. ■
先日テレビで放送されたのを録画してあった。
気持ち悪いです。グロテスクです。最悪です。それでもって差別意識にあふれている感じがします。自分はもともと子供が嫌いなんですが、メカ子供のディヴィッドは子供のいやらしいところ、むかつくところが集大成されてますね。無知で馬鹿で自己中心的で。むかついてきます。てめぇ、自分のことばっか考えてないで、すこしはくまさん(テディ)のケアもしてやれよ、という感じです。できそこないメカ子供のてめぇよりも、くまさんのほうがよっぽど人間的だ。
夜観てたのですが、なんだかすごく気分が悪いまま就寝するはめになりました。大失敗。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/30

シドニーの年末年始 1

そのうちウェブのほうに写真つきでアップする予定ですが、なかなか時間が取れないんで、まずはテキストだけこちらで公開。年末年始のシドニー3泊(涙)旅ノートです。

==========

2004/12/29(水) 東京・雪 → 韓国・晴れ

東京は今年最初の雪。めっちゃ寒いです。まいったな。これから南半球、真夏のオーストラリアに行くので、あまり厚着はしたくない。ま、寒いのは駅までと乗り換えの待ち時間だけですから、セーターにジャケット、マフラーくらいでなんとかしのぎましょう。

11時12分、予定どおり成田着。第1ターミナルにくるのはひさしぶりな気がする。コリアン・エアーに乗るのははじめて。

さくさくと搭乗券を受け取り、チェックインもすんなりと。セキュリティチェックや出国審査もがらがら。なんか、えらくすいてるのは、数日前の津波でアジア方面のリゾートがのきなみキャンセルになってるからか?

搭乗まで少し時間があるので、食堂でキノコそば750円を食べる。ちょっとツユがしょっぱいけど、まぁまぁおいしゅうございました。

知らないうちにソウル行きKE704は予定より10分早い13時45分出発に変わっていた。しかし実際は搭乗時間に間に合わなかった乗客がいて、当初の予定時間よりも少し遅れての出発になった。

15時ころ、食事。たった2時間程度のフライト(九州に行くのとほとんどかわらん!)なので、出ても軽食程度かと思っていたのだが、けっこうしっかり出てしまった。

ちょっと醤油風味?のチキンのソテー(のレトルトに似てる)とご飯、エビとキュウリのサラダ(マヨネーズあえ)。コリアン・エアーは機内食が美味しいと評判だけど、まぁ普通の味かな。ほどよく美味しいです。韓国のHiteというビールを一緒に飲んだが、このビールはさっぱりさわやかで美味しかった。ちょっとバドワイザーぽい?

16時30分、定刻より少し早くソウル・インチョン空港着。シドニー行きは20時20分発なので、4時間近く乗り換え時間がある。

ソウルの空港はキムチの臭いがするという噂があるが、少なくとも国際線ターミナルは、そんなことはなかった。非常に大きく近代的なつくり。ブランドものの店や免税店が並ぶところはどこの国際空港も同じだな。ただ、空港内にファーストフード・ショップが見当たらないのがちょっと珍しい感じ。せっかく韓国なんだからチヂミのテイクアウトとかあればおもしろいのに。

と思ったら、大きなフードコートが4カ所ほどあり、そのなかの1カ所にバーガーキングやケンタッキーが入っていた。

ひとしきり空港散策もすんだので、搭乗ゲートで待ちながら休む。搭乗開始まであと1時間くらい。けっこうたくさん歩いたこともあり、少しはおなかもこなれた感じ。これなら夕飯の機内食も食べられるだろう。

待ち合いゲートのテレビでは普通に韓国のコメディやドラマなどの番組チャンネルが放送されているのがおかしい。コメディはアメリカのばかばかしいシチュエーション・ラブ・コメディのような内容で、音声は聞こえなかったけどだいたい話の想像がつく。合間に流れるコマーシャルがなんだか日本のコマーシャルにそっくりだった。

時間どおりに搭乗開始。成田・ソウル間もそうだったけど、コリアン・エアーってけっこう座席の間隔が広い。比較的ゆったり座れるのがありがたい。

気流が悪く、たびたびミール・サービスが中断したためと、自分らの席はいちばん最後にサービスがまわってくる位置だったこともあり、夕飯にありつけたのは22時ころ。メニューは大韓航空名物?のビビンパかビーフのチョイスだったのだけど、自分らの順番がきたころにはすでにビーフは出払ってしまい、ビビンパしか残っていなかった。ワインはオーストラリア・ローズマウントのカベルネ・メルロー。

ビビンパは、ナムルの入ったボウルにあたためたパック入りのご飯とコチュジャン、胡麻油を入れて混ぜるというかたち。ちょっとボウルからあふれそうだったが、味はなかなかいい。ワカメスープにザーサイふうの漬物もつき、楽しい食事。ただ、ドリンクサービスのタイミングが悪いため、ほしいときにワインのお代わりやコーヒーなどがまわってこないのがいまいち。たぶん、乱気流のせいでタイム・スケジュールが狂っているせいもあるのだろう。

食事のあとは映画『アイ・ロボット』を観る。ここのところ、各座席に専用の液晶画面がついている飛行機にばかり乗っていたのだが、今回の飛行機はむかしながらの、天井に取り付けられたひとつのブラウン管をみんなで観るタイプ。画面が小さく、ちょっと距離もあったため、日本語字幕がよく見えない。英語のリスニング力もほとんどないため、細かい部分で話がよくわからなかった。残念。けっこうおもしろそうな話のようなので、地上波で放送されるのを待とう。

映画のあとは、できるだけ眠っておかないとね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/28

チキンのオーブン焼きトマトとバジリコ風味

昨日はピーコックで鶏肉が100グラム98円とお買い得品だったので、オーブン焼きにしてみました。

大きめのぶつ切りにした鳥もも肉に軽く塩コショウ。
オリーブオイルを敷いたフライパンで皮をぱりっと焼く。
いい色になったら裏返して、反対側もほどよく焦げ目をつける。
トマトを1センチ厚くらいの輪切りにして、オリーブオイルを塗った耐熱皿へ。
輪切りのトマトの上にジェノヴェーゼ・ペーストを少したっぷりめに塗る。
さらにそのトマトの上に焼き目をつけた鶏肉を、皮を上にして載せる。
白ワインをほどよく振り掛ける。
200度くらいのオーブンでじんわり焼く。
あら美味しい!

トマトと白ワインが混じったところに肉の旨みも加わった汁を振りかけながらいただくとグッドです。
トマトとバジリコ、トマトと鶏肉、鶏肉とバジリコ、どれも相性がいいもの同士の組み合わせですから、美味しくないはずはありませんね。
付け合せはマッシュポテトにしてみました。

茹でてつぶしたポテトにオリーブオイルと牛乳を加えて練る。
塩コショウで味付けし、風味付けにパルミジャーノ・レッジャーノを削って混ぜ合わせる。

うちにはバターがないので、いつもオリーブオイル風味になってしまいますが、これがなかなか美味しいのですよ。オリーブの青くさわやかな風味が自分は大好きです。

そして、このマッシュポテトに鶏肉オーブン焼きの汁をかけて食べると最高。あぁ、ヨーロッパに生まれてよかった(違う違う)って思う。

ワインは料理との相性とかとまったく関係なく、たんに「飲みたかったから」という理由でDella RoccaのAmarone della Valpolicella Classico 1996。Amaroneにしてはさっぱりさわやか系な感じでしたが、それでもやっぱりAmarone。アルコールは14.5%あるし、旨みも凝縮。いわゆる普通の赤ワインとは違った味わいです。あまりに味が強くて料理に合わせにくいことが多いAmaroneですが、このAmaroneは比較的さっぱり系なので、それほど料理を殺すことなく、美味しくいただけましたわ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/01/27

666

あ~サスペリア2観てぇ~、といくつかの中古DVD屋さんを覗いてみたのだけど、やっぱりどこにも売ってないわね。観られないとなると、いっそう観たくなるのですが、観られないんだからしかたがない。というわけで、代わりに「オーメン」を観ましたさ。むか~し夜中にテレビで放映されたのを録っておいたビデオで。

「オーメン」好きです。「エクソシスト」よりはぜったい「オーメン」。古のゴシック・ホラーな匂いが残ってますからね。自分はクリスチャンじゃないし、きちんと聖書を勉強したこともないのでよくわからないのだけど、このお話、聖書のネタをモチーフに、その逆のかたちをつくることで「悪」を想起させるっていうような手法があちこちに取り入れられているらしい。父と子と聖霊による聖三位一体に対して悪魔と悪魔の子ダミちゃんと偽占い師による裏三位一体とか。最後の、教会で父親がダミアンを殺そうとするシーンは、あるクリスチャンの人によると、アブラハムが息子のイサクを神へのささげものとして殺そうとするシーンを思い出させてぞくっとするんだとか。

いずれにしろ、あのころのホラーとかオカルトは、今みたいにくだらない「笑い」がないし、悲鳴の垂れ流しもない、ストイックな美意識が感じられるのがいいよね。あぁ、「ローズマリーの赤ちゃん」とかもまた観たいな。長いこと観てない。

「ローズマリーの赤ちゃん」といえばポランスキーの作品だけど、同じポランスキー作でジョニー・デップ主演の「ナインス・ゲート」ってどんな話だったっけ? DVDが中古で1700円くらいで売ってるのを見つけたんだけど、買おうかどうか迷わしいところ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/26

サスペリア2のDVDほしい

いま、無性に『サスペリア2』が観たいです。DVDほしい。でも廃盤で入手困難なんですよね。

いやね、Simonetti Horror "Goblin" ProjectのCDが中古でばか安で売ってたもので、買ってしまったんですよ。それを聴いてたらね、なんだかもう、観たくて観たくて。

うちには、ずいぶんむかしにテレビで土曜の昼間に放送された『サスペリア2』の録画ヴィデオがあるんですが、これ、日本語吹き替えだし、もともと2時間くらいある映画を正味1時間くらいに編集してあるのでなんだかメタメタだしで、あの映画が本来持ってる魅力だとか美しさだとかがずいぶんそがれちゃってるんです。それでも観るたびに魅了されてしまう自分なんですが、やっぱり完全版が観たいよなぁ。

思えばむかしのホラーとかオカルト映画には美学がありましたよね。横溝や江戸川乱歩にも美学がある。やっぱり、ただ血が噴き出すとか死体の数がやまほどとかいうのではなく、そこにはストイックさとか哀しみとかその他もろもろの心情に裏打ちされた美学がないと。

あぁ、『サスペリア2』のDVD、再発されないだろうか。

ところで、Suspiriaってどういう意味なんでしょ? 英語でもイタリア語でもないようだけど。それに、このつづりだと「サスピリア」のほうが音が近い気がするのだけど、なぜ「サスペリア」? ていうか、『サスペリア2』じゃなく原題の『赤い深遠(Profondo Rosso)』のほうが雰囲気があっていいんですけど。アメリカでは『Deep Red』という、趣があるんだかないんだかなタイトルになっちゃいました。直訳だから間違いじゃないけど、せめてcrimsonを使うくらいの気持ちがほしかった。

ちなみにSimonetti HorrorはDaemoniaの前身グループになるんでしたっけ? このアルバムはスタジオ・ライヴですが、ラップにアレンジされた「Profondo rosso」には泣けました。ずっと4拍子の「Profondo rosso」なんて、「Profondo rosso」じゃない~い! あまりにも安易な映画音声のコラージュも悲しくなった。やっぱりオリジナル・サウンドトラック(って、Goblinのデビュー・アルバムになるんでしたっけ?)のほうがいいな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/01/25

今夜は第3話

「救命病棟24時」、どうなっていくんでしょうね。

前回のシリーズでは、最初は存在感とかがあまり感じられなかった救命スタッフたちが、救命の現場に真剣に向き合う姿の中から、新藤先生と関わる中から、それぞれの持つキャラや想いがあきらかになっていく、回を追うごとに救命スタッフそれぞれの人となりが見えてくる、っていう面白みがあったのだけど、今回のシリーズでは最初から「いかにもなにかを背負ってます」「医療現場以外の背景があります」ていう登場人物ばかり。医療の現場よりも、どちらかというと登場人物たちの心情に焦点が当たっていそうな感じです。

それはそれでかまわないんだけど、それにしては登場人物多すぎない? これからそれぞれの登場人物たちが背負うもの、彼らの背景が描かれていくのだろうけど、また描いてもらわないと、あまりにも思わせぶりなわりにはじつはたいした意味もないっていう出来の悪い映画のようになってしまうので勘弁してもらいたいのだけど、あれだけの人数の「クセのありそうな人たち」のそれぞれをきちんと掘り下げて描くだけの余裕があるのだろうか? これ、1クールだよね? な~んか中途半端なまま終わってしまいそうで心配。松島奈々子の役柄が、もしかしたら余分かなぁ。河野ファミリー(町医者)&新藤医師(救命医)&中村トオル(官憲側)のからみだけでよかったかも。

などという心配をしつつも、やはり見てしまうのですけどね。

しかし、ドラマ界におけるMEGUMIの位置って、なんとなく酒井若菜とかぶってる気がする。どっちかというと酒井若菜のほうが役者として好ましいな。
かぶっているといえば、自分は乙羽(こんな字だった?)と佐藤江梨子(こんな字だった?again)がときどきごっちゃになります。バラエティ界での位置がかぶってる気がする。どっちかというと... どっちでもいいです(興味なし)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/24

アレグリア2

今回も観にいってきましたよ、シルク・ド・ソレイユ。来日のたびに必ず観にいってる(初来日公演のときだけ見逃しているのがいまだに残念)。今回の演目は「アレグリア2」です。

シルクの来日はこれで6回目になるのかな。初来日の「ファシナシオン」はどんなだったんだろう。なぜか「ファシナシオン」はサウンドトラックがないんですよね。日本向けの特別プログラムだったのかなぁ。その後は「サルティンバンコ」「アレグリア」「キダム」ともにサントラがあって、もちろん持ってたりするんですが、曲的にはこのなかでは「アレグリア」がいちばんいいと思います。いにしえの街角ユーロ音楽やヘヴィメタルを知る前のプログレッシヴ・ロック/シンフォニック・ロックの匂いがするんだよな。

今回は「アレグリア2」ということで、前回の「アレグリア」とは少し内容が変わっているらしいのだけど、具体的にどこがどう変わっているのか、前回のことをくわしく覚えていないのでわかりません(汗)。ただ、舞台セットは変わったな。前回のときはたしか、バックバンドのうえに水晶風の屋根?があって、そこがせり出しステージの代わりにもなり、歌姫がそのうえで歌うシーンがあったのだけど、今回の水晶屋根ではなく、木組みの梁みたいなつくりになってた。そこで歌うシーンもあるのだけど、それよりも下で、舞台の前のほうに出てきて歌うことのほうが多かったな。ちなみに歌姫自体は前回来日時の人のほうが声に迫力と哀愁があってよかった気がする。今回の人も悪くないのだけど、ちょっと品がいい感じ。って、同じ人だったらどうしよう(笑)。

ステージで繰り広げられる数々の演目は、もう「さすが!」としかいいようがないです。人間の肉体ってこんなにも躍動美にあふれているんだ、これほどまでに美しさと可能性を秘めているんだってことを改めて感じる。ワイヤーアクションでもCGでもない、生の肉体が奏でるアクション芸術。気がつくと口開いちゃってますよ、自分。そんななかでも前半にあった空中ブランコとトランポリンはとくに素晴らしかった。メロウな曲にのって演じられるブランコの幻想美、舞台に十字型に仕込まれたトランポリンを最大限に活かしたスピーディな躍動感。感動で涙ぐんでしまいます。それと、スチールパイプ製?の立方体を使った演目も美しかったなぁ。

そして最後におなじみのテーマソングが聞こえてきて大団円。このテーマソングでのヴォーカルがちょっとパワー不足だったのが残念。「キダム」のように、数々の演目に圧倒されっぱなしの最後にテーマ曲で感情が一気にあふれる、ていう感じになるとよかったのだけど。

とはいえ、やっぱりシルクはすごいです。彼らのステージを見ることができて本当によかったって思います。ぜひまた来日してほしい。ただ、次は「キダム2」とか(笑)じゃないほうがいいな。できればまだ日本でやっていない演目で来てね。個人的には「O」が観たいです。セット的に日本では難しいのかな。ラス・ヴェガスまで観にいくしかないか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

IVAN CATTANEO / BANDIERA GIALLA

Ivan Cattaneo(イヴァン・カッタネオ)のアルバムは以前『Uoaei』を聴いたことがあって、これが幻想的サイケ・プログレ風のとっても変な、だけどとっても魅力的なカンタウトーレ作品だったもので、もう少し追いかけてみたいと思ったのですよ。だけど彼の作品って、何枚ものアルバムが出ているのだけど現在はあまり流通していないようで、ネットショップではほとんど見かけません。そんななか、たまたま見つけたのがこのアルバム。

う~ん、ずいぶんと印象が違うな。『Uoaei』ではほぼ100%ファルセットで変なヴォーカルを聞かせてくれたのですが、このアルバムでは地声9割といった感じ。それでも個性的なヴォーカルではあるのだけど、『Uoaei』ほどの「なんだこれ!?」なインパクトはありません。

そして何よりこのアルバム、基本的にカバー集だったんです。Michel Polnareff(ミシェル・ポルナレフ)やNeil Diamond(ニール・ダイアモンド)の曲その他もろもろ、「I'm believer」とか「Nights in white satin」とか「California dreamin'」とか「La bambola」とか、あまりにもおなじみの古典?がいっぱい。こういったむかしの曲ってメロディが素直だから、Ivanの変なヴォーカル・スタイルをうまく活かせないように思います。M1「La bambolina che fa no no (Une poupee qui fait non)」とM2「Bang bang (Al cuore bang bang)」ではまだ少しファルセットで味を出してたけど、あとの曲はあまりに普通だなぁ。

でもってアレンジはちょっとファットなエレ・ポップ風。自分の好きなタイプではないけど、これはこれでよし、と思ってアレンジャーの名前を見たら、Franco Battiato(フランコ・バッティアート)ファミリーの奇才、Roberto Cacciapaglia(ロベルト・カッチァパッリァ)でした。なるほど。

悪くはないんだけどなぁ、なんかもうひとつ、突き抜けたところが足りないよなぁ。せっかくの才能・魅力を出し切れてない感を強く感じてしまうアルバムでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/21

生ハムは焼くにかぎる!?

日本産の生ハムって、なんであんなに厚くスライスしてあるんだろう? なんか、えらく噛みごたえがありますよね。のわりには旨みに欠ける。しょっぱいだけ。イタリアやスペインの生ハムは大好きなんですが、日本のものは、同じ「生ハム」という名称がついているけど、ぜんぜん違うものだわね。ま、値段も3倍くらい違ったりしますけど。

日本産のものはそのまま生で食べるより、料理に使って火を入れたほうが美味しいような気がする今日この頃。以前、輪切りにしたナスを生ハムでくるんでオリーブオイルで焼いただけ、というのがなかなか美味しかったのだけど、昨晩はもう少し手をかけて、いんちきサルティンボッカ風をつくりましたさ。

主な材料:本日の特売の豚ロース肉焼肉用、今月のお買い得品の日本産生ハム、セージ、にんにく、白ワイン

焼肉用の豚肉は、たたいて薄く延ばします。
伸ばした豚肉にセージの葉を1枚乗せます。
肉が大きいときは上から生ハムを載せて、肉が小さいときは生ハムでくるむようにして、セージを肉とハムのあいだに閉じ込めます。
生ハムがはがれないように、肉にしっかり押し付けます。
両面に軽く小麦粉をパタパタ。
フライパンにオリーブオイルを入れてくだいたにんにくをひとあぶり。
にんにくの香りのついたオイルでハムつき肉の両面をこんがりと。
肉の両面に焼き色がついたら白ワインを少し多めに入れて、両面を煮焼き。
白ワインが煮詰まったら肉にしっかり絡めとり、美味しくいただきましょう。

お好みで肉に塩胡椒してもいいけれど、生ハムがしょっぱいのでしなくてもOK。ハムのほのかなスモーキー感とワインの風味だけでも充分な味付けですね。セージもアクセントになってるし。

ワインはドイツ・ラインガウ地方エルトヴィレ産のリースリング・カビネットを用意。ゾンネンベルグという1級畑で作り手はフォン・ジンメルという一流どころ(らしい)なので、間違いなく美味しいです。とてもドライに仕上がってる。塩気の強いいんちきサルティンボッカ風との相性も抜群でした。豚肉とか鶏肉とかって、赤ワインでも美味しいけど、じつは白とあわせたほうが美味しいことが多い気がする今日この頃ですわん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/20

意外と奥が深いぞ!?

「鳴かぬなら、私が鳴こう、ホトトギス」
(みかんさんのBLOG「この映画はスバラシイ!」より)

日本の成功者は自分を戦国武将にたとえ、自己流の哲学で「鳴かぬなら、・・・ホトトギス」の句を詠む、という話から、自分だったらなんと詠むかとつながって、上の句。そして、この句に対し、みかんさんは自分のことを

ただのパシリだな。

と落としてるんだけど、いやいやなんの、これはなかなか奥が深い句ではないですか。

鳴かないホトトギスに対して、何もせずに待つ(鳴くまで待とう)のでもなく、ホトトギス側の気持ちをどうにかしてやろう(鳴かせてみよう)というのでもなく、否定する(殺してしまえ)のでもなく、まずは自分が鳴いてしまおう、自分の行動を変えることから始めてみよう、ってことですよね。自分が先に鳴けば、もしかしてホトトギスも一緒になって鳴き始めるかもしれない。これってすごくコーチング的な考え方だと思う。

他人を変えるのは難しい。でも、自分を変えることは、少なくとも自分の行動をふだんと変えることは、他人を変えるよりはやさしい。そして、自分の行動を変えると、相手の行動も変わってくることが多々ある。だから、相手を変えたいなら、まずは自分が変わること。コーチング的だぁ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

カップスープはポッカよりクノール

自分、朝ごはん食べないんです。7時に起きて、7時半になる前には家を出ちゃいますから。水も飲まずに出発ってことが多い。でも、それだと喉が渇くんですよ。ていうか、渇いてるんですよ、会社についたとき。そんなわけで夏場は会社のそばのコンビニで野菜ジュース(これ1本で1日に必要な栄養素全部とれます!みたいなやつ)を毎朝飲んでたりするんですが、さすがに冬は寒い。

というわけで、最近は毎朝会社のデスクでカップスープを飲んでます。粉末の、お湯を注ぐだけですぐできるやつ。1杯のスープから始まる1日。なんだか素敵。インスタントだけど。

いま、デスクの引き出しには、おまえはスープ屋か!というほど、いろいろな種類のスープが入ってます。ストレートなポタージュはクリーミーとさっぱり系の2種、コーンクリームは粒入りと粒なしの2種、そのほか、完熟トマトとモッツァレラのミネストローネ風ポタージュ、ほうれん草とモッツァレラのポタージュ、きのこのポタージュ、ビーフコンソメ、などなど。これらを日替わりで、その日の気分でチョイス。

これがけっこう美味しいのですよ。インスタントあなどりがたし。
ちなみにデスク内にはクノールの製品とポッカの製品が入り乱れています。クノール製はスーパーで購入、ポッカ製は100円ショップで購入。どちらも美味しいのだけど、やはり100円じゃ買えないクノールのほうが、味に深みがあるというか、まろやかというか、クリーミーというか、濃厚というか、ひと言でいえば美味しい。ポッカはクノールよりもさらっとしてて、ちょっと旨みに欠ける気がします。

ただ、前日のワインが残ってる感じでなんとなく胃が重いようなときには、さっぱり系のポッカのほうが美味しくいただけるんですけどね。って、ほぼ毎日じゃん(涙)。最近すっかり体力の衰えを感じる今日この頃(休肝日をつくりなさい!)。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/19

A4 / MILANO-VENEZIA


女性ヴォーカリスト+ギターとベースの兄ちゃんふたりというグループです。それ以上のことは、自分は知りません。このCD、なんでうちにあるんだろう? いや、お店にいろいろなCDと一緒に注文したから届いたんですが、なんで注文したんだろう? どうして注文する気になったんだろう? 自分で注文しておきながら、謎だ。

ですが、内容はですね、これがけっこういいのですよ。女性シンガーに男性ふたりっていうと、Dirotta su cuba(ディロッタ・ス・クーバ)とかが思い出されますが、耳あたりとしては似ているかもしれません。ただ自分はDirottaの音楽をちゃんと聴いたことがないので、よくわからないんですけどね。

ヴォーカルに少しソウルのニュアンスがある、洗練されたシティ・ポップ。メロディも洗練された美しさとキャッチーさ、ポップさがあるんですが、それがいわゆる英米のメロディの借り物にはなっておらず、イタリアの匂い、イタリアの肌触りがたっぷりあるんです。このメロディの人懐こさ、身近さ、ほどよい哀愁、そして可愛らしさって、どこかMatia Bazar(マティア・バザール)にも通じるように思います。

こんなCD注文したっけ?と思うようなものに、ときどきこういう「意外といいじゃん」がまぎれていると、自分の直観力もまだまだ捨てたものじゃないなと思うのだわ(はずすケースのほうが圧倒的に多いことは、この際忘れよう。笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/17

イタリア・フェスティバル行ってきました

東京ドームで行なわれている「イタリア・フェスティバル」、1月15日(土)に行ってきました。お目当てはもちろん、今回初来日となる“現役”(ここ大切!)カンタウトーレ、Gatto Panceri(ガット・パンチェーリ)のライヴ&フラッグ・ショーです。なので午後2時過ぎにのんびりと出かけてきました。

んが! やはり土曜日ともなると、朝から雨模様なのに、午後には雪になると予想されているのに、めちゃめちゃ寒いのに、それでもたくさんの来場者がいらっしゃいました。自分は人がたくさん集まって自由に歩くのがままならない催物会場などがとても苦手なもので、入場した時点でちょっと後悔(笑)。もっと遅く、Gattoのコンサートだけに時間を合わせて来ればよかったかも。

コンサートは午後5時からなので、開始まであと3時間弱あります。席を確保するために30分前に着席したとしても、2時間はなんとかして時間をつぶさなくてはなりません。しかし、どこのブースも人だらけ。なんとかいうレストランはすでに今日の分の入店整理券全部配布済みだそうで、あとは自分の番号が呼ばれるのをひたすら待つだけになってるらしい。食事をする時間を自分で選べないなんて、そんなのやだな。もとから会場内で食事をする気はないのでかまいませんが。その他のバールやテイクアウェイの飲食店ものきなみ1時間待ち。ご苦労様です。

飲食以外の各ブースもけっこうな人ごみで、とくに試飲・試食があるところは飲食店なみの行列。いったい何を配っているかと見れば、ふつうにヴェルディッキオとペコリーノだったり、バゲットにオリーブのペーストを載せたものだったり、オリーブオイルとバルサミコをパンにつけてるだけだったり。ワイン数種類の試飲というのもあったけど、正直にいって、あんなちっちゃなプラスチックカップではそのワインの持つ本来の味わいなど感じられるはずもなく、1時間近く並んでまでも飲みたいとは思えないのでした。

一方で、自動車や自転車の展示といった、女性陣・おばちゃん陣にはあまり興味がないと思われるブースは比較的すいてました。いやぁ、美しかったですよ、フェラーリF2002(だったっけ?)。F1のチャンピオン・マシンですからねぇ。流れるようなライン、燃えるフェラーリ・レッド。ここにミハエルが、ルーベンスが、もしかしたらルカ・バドエルが?乗り、テストをし、場合によっては実戦にも使われたかもしれない。やっぱりF1マシンは美しい。

ほかにもアルファ・ロメオやパンダ、チンクェチェントなども展示されていて、イタリア車の美しさ、可愛らしさを堪能できました。こういった「本物のイタリア車」とくらべると、ニッサン・ムラーノとかはやっぱりパッチもんですね。あのフォルムのどこが「ヴェネツィアのムラーノ・グラスを意識」なんだか。

そのほかの展示物は、物販を含めてあまり興味がわかず。ワインはどれも高めだし、オリーブやプロシュートなどはインターネットで買えるものが大半。これは!と興味を持って手に取ったアマレットなどは展示のみの非売品だったり。ヴェネツィアン・グラスにしてもカメオにしても、どうせ買うんだったら現地に行って買おうって思っちゃいました。唯一楽しかったのは、やはり職人さんによる実演ですかね。絵画修復なんかはとても興味深い。ヴァイオリン職人はずっとバック・ボディの木を削ってるだけでしたが、それもまた楽し。靴づくりもなかなか見てておもしろいです。

そうこうしているうちに4時を過ぎ、少し早いけどちょっと疲れたこともあってステージ前の客席へ。会場内でもらった料理のレシピを見たり、持っていった本を読んだり、うとうとしたりしながら待ってると、そのうちにピッツァ・アクロバットがスタート。こういったショーはテレビで見たことはあるけど、生ははじめて。いやぁ、ほんとによく回しますね。生地がどんどん伸びますね。なかなか楽しいですね。しかし、こういったショーを見てていつも思うんですが、この技術って、美味しいピッツァづくりに関係があるんでしょうか。

ピッツァ・アクロバットのあと、ついについに今日のメイン、Gatto Panceriのコンサートです。初来日だというのに小さなステージで、バンドも置けず、ほとんどがカラオケ演奏をバックにという、いちイタリアン・ポップス・ファンとしてもなんだか申し訳ないようなこじんまりした舞台でしたが、それでもGattoはいいコンサートを行なってくれたと思います。

なにしろ、いまも現役ばりばりで活動中の人ですからね。ふだんからきちんと歌っている声、Gattoのことを知らない観衆がおそらく半数以上を占めるなかでも投げやりになることなくきちんと会場をケアするステージング。さすがです。そしてなにより、彼の曲って実はメロディがとってもポップでキャッチーだったんですね。自分は古いアルバムを2枚持っているだけで、今回のステージで歌われた曲は知らないものが多かったのですが、サビの部分などはほとんどその場で覚えてなんとなく一緒に口ずさめるものばかり。メロディもそうだけど、歌詞も比較的簡単な言葉をサビに置いてあるので、うしろの席に座っていたあきらかに「イタリアン・ポップスって何?」といったスーパーからの買い物帰りのようなおばさまですら最後は少し口ずさんでました(変な音程で。笑)。

また、数は多くないながらも、関西方面から応援に駆けつけたらしいペンライト女性集団は声を揃えて「ガットォ~」と声をかけ、単発ながらもところどころで「ブラヴォ~」(できれば「ブラァ~ヴォ」のほうがイタリア語っぽく聞こえるんですけどね)の声があがり、最前列では「GATTO 6 GRANDE」(「Gatto sei grande」、ガット最高!って意味ですね)横断幕をつくって応援する熱心なファンもいてと、こじんまりした分アットホームなよさっていうのもあったように思います。Gattoも初来日を楽しんでもらえたならいいんですけどね。

しかし、あの曲名紹介をするMC?のお姉さんは、もう少しなんとかならんのか。耳に痛いキンキン声は仕事柄しかたがないにしても、「Dove dove」を「どべどべ」と思いっきり日本語(しかも絶対ひらがなに違いない!)でいうし、Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)のことを「ぼっちぇり」っていうし(日本人にありがちな間違え方だ)。などということもありましたが、次回はぜひ、バンドを引き連れてのフル・ステージを見てみたいものです。

Gattoのコンサートのあとは、妙に笑顔のかわいいヴィオリノ&フィザルモニカのじいちゃん二人組「デュオ・イタリー」+ゲスト?シンガー「フランチェスコ」によるカンツォーネ・ショー。はい、いかにもイタリア。ひなびた哀愁のある「デュオ・イタリー」の演奏は古いイタリア映画を見ているようです(といっても、実際に古い映画を見たことはあんまりないので、あくまでも印象ですけど)。

そして午後7時10分。今回のふたつめの目的であったフラッグ・ショーの始まりです。これまた楽しかった。会場となったスペースが狭いため、ところどころやりにくそうな感じはあったけど、2回ほどミスもあったけど(笑)、美しくも迫力のあるショーを見せてくれました。しかも、たまたま自分が立っているすぐ前に小さな子供二人組(幼稚園から小学生くらいの姉妹?)がいて、この子たちがえらくショーに興奮し、手をたたいたり笑い声を上げたりするもので、旗振り隊の人たちの多くがこの子たちに視線を投げかけ、ほんの少しこの子たち寄りに演技をしたりしてくれたものですから、なんだかふつう以上に楽しかったように思います。髪の毛やわらかウェーブのスター?な兄ちゃんもたくさん微笑みかけ、しかし決めるときには引き締まった表情を見せと、メリハリのある演技をしていました。しかし、兄ちゃんからおっさんまで、股間もっこりのぴったりタイツは、なんだか見ていて恥ずかしい。

Gattoのコンサートにフラッグ・ショー。このふたつだけでも雨の降る寒いなか出掛けてきて入場料1500円払っても充分以上に価値のある、素敵な1日でしたわ。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2005/01/14

ドン・キホーテ

あ、最近あっちこっちで火をつけられて話題になった?お店のことじゃありません。スペインの古典、ラ・マンチャの男、風車に戦いを挑んだことで知られる、ドン・キホーテ・ド・ラ・マンチャのことです。

自分ね、このお話、読んだことがないんですよ。ドン・キホーテという名前は知ってるし、ロバに乗ったサンチョ・パンサという従者と一緒に旅に出て、風車を巨人だと思いこんで戦いを挑む、っていうシーンはね、たぶん絵画で見たかなにかで知ってる。そこから導き出されるこの物語は、いわば頭のおかしなジィさんの話、かなと思ってたんです。

「この映画はスバラシイ!」1月13日の書き込みに、「名前に“ドン”が付く人は、素性のわからない人が多い」とありました。そんな「素性のわからん人」のなかにドン・キホーテもあげられていた。

そう。たしかに素性がわからないんですよね。いったい何者なんだ、ドン・キホーテ。やっぱりあたまのおかしなジィさんなのか、それともミュンヒハウゼン男爵(『ほら男爵の冒険』の主人公。映画『バロン』の原作?ですね。子供のころに読んですごくおもしろかった記憶がある)のような、空想癖のある愛すべきじいちゃんなのか。

そしたら先月だったか、NHK-BSで、アメリカで制作されたテレビ用映画(なのかな?)『ドン・キホーテ』が放送されたんですよ。

ドン・キホーテって、こんなお話だったんだ。最初はある種の老人性痴呆というか、いわゆる「ジィちゃん、ぼけちゃったのね」ってなことを思いながら見てたんだけど、また実際、ちょっとぼけちゃってるともいえるんだけど、そんなジィちゃんを見て笑うって話じゃないぞ、これ。

騎士の時代、騎士の活躍が書かれた書物が大好きで、騎士の時代、騎士の世界へずっと憧れていた男性が、歳をとり、ある日突然、自分は騎士だ、と思いこむ。名前もドン・キホーテ・ド・ラ・マンチャと変え、従者を連れて、騎士としての名誉と誇りを求めて旅に出るんです。

でも、世界にはとっくのむかしに騎士道なんてなくなってた。騎士が重んじた名誉も品性も勇気も他者への尊敬も、いまの地では馬鹿にされ、軽んじられ、からかわれる対象でしかない。でもドン・キホーテは、それに気づかない。馬鹿にされているのに、からかわれているのに、毅然と「騎士としての立ち居振る舞い」を貫く。そこにコミカルなおかしさを見る?

ドン・キホーテのやっていること、考えていることって、本当に馬鹿にされ、からかわれ、軽んじられるべきものだろうか。純朴だけど考えの足りないサンチョ・パンサを馬鹿にすることが、本当に必要なことだろうか。

謎の騎士に扮した学者との馬上試合に負け、誇り高きラ・マンチャの騎士ドン・キホーテは旅をやめ、家に帰ります。家族から「ジィちゃんを正気に戻してくれ」と頼まれた学者は、みごとにその役を果たしたのです。

そして、家に戻ったドン・キホーテは、すべてが夢であったこと、自分が正気を失い、本のなかの世界と現実がごちゃ混ぜになっていたことを認識します。そして家族の願いどおり正気に戻り、もう騎士の時代は終わった、もう騎士はいない、騎士のいるべき場所・いられる場所はない、ということを認めます。

そして、息を引き取ります。

最後は自分、泣きそうでした。夢をなくしては、生きていくことができない。誇り、品性、尊敬が重んじられない世界では、生きていくことができない。そんなドン・キホーテを、笑うことなんてできない。

世界でもっとも売れている本は『聖書』だそうですが、2番目に売れているのは、実は『ドン・キホーテ』なのだそうです。古典として読み継がれているものには、それだけの理由(深み)があるんですね。近いうちにちゃんと本で読もう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/13

MICHELE ZARRILLO / L'ELEFANTE E LA FARFALLA

子供の描いたクレヨン画のようなジャケットがほほえましくも印象的です。アルバム・タイトルでありオープニング曲でもある「L'elefante e la farfalla(象と蝶)」を描いたものなのでしょうが、イラストのほうはほのぼのとした感じがするのに、曲は哀愁とセンチメンタルな印象なのがちょっと不思議。

このオープニング曲も、つづくM2「Occhi siciliani」の哀愁路線。そしてM3「Non arriveranno i nostri」でMichele Zarrillo(ミケーレ・ザッリッロ)らしいアップ・テンポなポップ・ナンバーへというアルバムの流れは、なかなかいい感じです。

ただ、曲があまりドラマチックに展開しないのはあいかわらず。聴いてて気づいたのですが、彼の曲って、1曲のなかで使われるメロディ・パターンにあまりヴァリエーションがないんですね。同じような音の連なりを持ったパターンを3つか4つくらい用意して、それを並べて組み合わせて1曲ができあがっている、といった印象を受けました。もちろん、曲自体の持つメロディ・パターンはそれぞれの曲で違うのだけど、曲のなかでのパターン・ヴァリエーションが少ない。だからあまりドラマチックに展開しないんだろうな。緩急でドラマをつくることなく、緩な曲は緩なまま、急な曲は急なまま。

もともとのメロディ・パターンにヴァリエーションがなくても、ヴォーカル・スタイルだとか、バックのアレンジだとか、歌うときのメロディ・フェイクだとかでパターン崩しをすれば、もう少し緩急がつくだろうに名。M4「Domani」とか、もしこれをClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)が歌っていたら、もっと展開を感じさせたはず。ま、曲づくりの段階でもっと展開する曲になっていただろうけど。M3とかM6「Come hai potuto」といったポップな曲も、たとえばこれがEros Ramazzotti(エロス・ラマッゾッティ)だったらとか、Paolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)だったらとか、そんなことばっかり考えてしまいました。

Renazo Zero(レナート・ゼロ)ほどドラマティック・メロディ満載でなくてもいいけど、もう少し曲内でのメロディ・ヴァリエーションと緩急を増やしてもらえれば、Micheleはもっと自分の好みになるのだけどなぁ。とはいえ、そういったある種の厚みが希薄な「軽やかさ」がMicheleの魅力ともいえるのでしょうけど。

ぜんぜん関係ありませんが、Micheleはミケーレというイタリア男性の名前だけど、Michelleはミッシェルというフランス女性の名前なのね。うしろのほうにLがひとつ入るかどうかで、国も性も変わってしまう。しかも小文字の「l」は見づらいんじゃぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/12

救命病棟24時

始まりましたね。基本的に連続ドラマは見ない(見てる余裕がない)自分ですが、これだけは楽しみにしてました。前回(パート2)がよかったからな(パート1は見てない)。

しかし...... 今回は、初回を見たかぎりではちょっと微妙。ゆるゆると緊迫感のない医療現場。どうでもいい松島奈々子の結婚話。もうひとつ「中間管理職の悲哀と疲労」が感じられない医局長。いかにも「研修生役を演じてます」って感じの研修生。クセのある性格がまだうまく全体のなかになじんでない感じのクセのある救命医。やたらと張られた人間関係面の伏線(として最後にまとまるんだろうな?)。そしてなにより、テーマを大きくしすぎた感じ。

パート2が医療現場に焦点を当て、医療そのものへの医者たちの取り組み自体を見せることで視聴者にテーマの広がり、強さ、深さを感じさせるつくりになっていたのに対し、今回のパート3は先にテーマをぶち上げ、外枠を見せ、それを視聴者に納得・説得するための材料として医療現場を見せていくのかなぁという印象。なんとなく、先に手を広げすぎて、そのままぐだぐだになっていってしまいはしないかと、ちょっと心配してしまうのですわ。

ま、あと2回くらい見てみないとわからないけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

GIANNA NANNINI / G.N.

近作『Perle』ではアコースティックな演奏をバックに豊かな表現力と表情を聴かせてくれたGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)。基本はだみ声シャウト系ロック姉さんで、どちらかというと全体的に女性歌手が苦手な自分ですが、Giannaの声とヴォーカルはけっこう好きだったりします。好きだったりはするんですが、このアルバムは、ちょっと単調かな。

以前のGiannaって、それほど表現力が豊かなわけじゃないんですよね。けっこうストレートに、シンプルに、パワフル・ヴォーカルを聴かせるっていうタイプのシンガーだったと思います。その点でキャラがはっきりしてて、わかりやすいといえばわかりやすいのだけど、ヴォーカルに「パワー」以外のものがあまりないので、アルバムの世界にガッチリ引き込まれるには楽曲の持つ「メロディ」と「アレンジ」がどれだけ魅力的かにある程度依存してると思うんです。

ちょっと聴いただけではたんなるロック姉さんなGiannaですが、メロディに関しては以前から潜在的にいいものがあったということが『Perle』というアコースティック・セットを中心としたセルフ・カヴァー・アルバムであらわになったわけです。しかし、その一方で、アレンジの面でときに恵まれないことがあったんだなということも露呈したわけで。で、このアルバムは、アレンジ面でもうひとつ恵まれなかった作品なんだろうなと思うわけです。

なんかね、演奏・アレンジが平凡。シンプルなロック・アレンジなら、それはそれでいいんですが、そこになんだか安っぽいエレ・ポップ風なアレンジも混ざっちゃって、これが興ざめです。ヴォーカルはいつもどおりがんばっているのですが、まだ表情や表現力よりも声自体の持つパワーに頼った歌い方をしている時期ですから、アレンジ面や楽曲面でドラマをうまくつくらないと、ちょっとつらい。なのに、中途半端なエレ・ポップ風味ロック・アレンジなんですよ。ほのぼの感の漂うM4のように、そういった中途半端さを押さえれば、メロディのよさと声の持つ力で充分な楽しみ方ができるのですが、へんてこアレンジがせっかくの潜在力を損なっちゃってるかな。

自分の耳からへんてこエレ・ポップ風味を締め出し、メロディと声にできるだけ注意を注いで聴いていれば、これはこれでなかなか楽しいポップ・ロック・アルバムなんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/11

たまには江戸っ子風?

自分は生まれがヨーロッパ、というかイタリアの高貴な家系なものだから(うそうそ)、ふだんの生活もとてもヨーロッパ風。とくに食生活はほとんど日本人じゃありません。醤油やだし用昆布・かつおが家にないことは多々あれど、オリーブオイルやワインのストックがないことはありません。何か月もご飯を炊かない・米を食べないことはあるけれど、パンやパスタを食べない日が1週間と続いたことはありません。

そんな自分ですが、この連休は少しだけ江戸っ子風。というか日本人風。

まずは土曜日。前日の夜に放送された「スチュワーデス刑事」をビデオにとっておいた(うちの妻が好きなんです。ほとんどお正月の風物詩状態)ものを見て、だらだらとすごす。「スチュワーデス刑事」ってところがすごく日本人っぽい(気がする)。

日曜日。立川にお出かけ。お昼はついついピッツァとパスタと白ワインのランチを取ってしまいましたが、その後は立川新春落語会。志の輔さん、志の吉さん、志の春くんの落語に二楽さんの紙きり。

志の輔さんはあいかわらずうまいのだけど、立川新春落語会はお客さんがそれほどコアな落語ファン・志の輔ファンというわけではないからか、独演会にくらべるとわかりやすいお話をわかりやすいアレンジで披露している感じがしますね。お客さんへの声のかけ方なんかも。

びっくりしたのは志の吉さん。上手になったなぁ。ずっと志の輔さんの前座で新宿の高座に上がってたときは、滑舌は悪いし振り分けも微妙だし、聴いててはらはらする、ある意味手に汗握る緊張感にあふれた(笑)落語をしていたのに、いまでは流れるように話し、上手に振り分けもし、安心して聴いていられる。最後に志の吉さんの落語を聴いたのは、たしか真打になる直前くらい。もう2年近く前になるんだろうか。成長するんだねぇ、成長したんだねぇ、よく精進したねぇ。

生で紙きりを見るのもひさしぶり。二楽さんっていうのははじめて。正楽さんの弟子らしい、ていうか、紙きりは正楽さんとこの系図しかないのか? 師匠は座って紙を切っていたけど、やはり若い人は違うね。立ったまま切って、できあがった作品はプロジェクターでスクリーンに映写。でもやってること、きりながらつぶやいて(笑)いることは、師匠とたいして変わらない。こういうのっていいな。受け継ぐべきものは受け継ぎ、変えるところは変える。こうやって伝統芸能は生き続けていくのだわ。

落語会のあと、立川の駅ビルを少しぶらぶらしてたら偶然、友人と買い物に来ていた妹と遭遇。おたがい、このあたりに住んでるんじゃないのに。びっくり。おひさしぶりです。

夜は地元の寿司と串焼きがメインの居酒屋へ。昼間は落語を聴いて、夜は寿司をつまみながらいっぱい。江戸っ子だねぇ。

そして昨日。お昼は浅草でうなぎ。自分はお重、妻はひつまぶし。ひつまぶしってテレビでしか見たことなかったけど、おいしいねぇ。最後のお茶漬けがたまらん。そしてそのまま新春浅草歌舞伎を観に。

毎年、若手の役者が中心となって行なわれている新春歌舞伎。今回のみっけものは愛之助さんでしたわ。主に上方(大阪)で活動しているらしく、自分は名前をはじめて聞いたのだけど、貫禄のある侍役も、若くてちょっと頼りなげな色男の役も上手にこなす。獅童さん、ちょっと食われてたよな。あと、お年玉口上はぼろぼろで「おいおい、だいじょうぶかい?」と心配した門之助さんも、最後の演目では魅力的な「やり手ばばぁ」を演じてて、ちょっと印象に残った。今後、このふたりの名前を見かけたら、観にいってしまうかもしれないなぁ。

そして、七之助さん。舞い物50分(演目は「鏡獅子」)は長いよ。自分は舞い物が苦手。途中で何度も睡魔が。でも、獅子の精となった七之助さんの舞いは美しゅうございました。女形でのしなやかな舞いも上手だけど、飛んだりはねたり回したりの激しい舞いも決めるときはピシッと決めて、凛とした空気を生み出す。すごいなぁ。

と、自分にしてはめずらしく日本人な3連休を過ごしたのでした。でも夜は、やっぱりパン食べてパプリカのマリネをつまみにワイン飲んじゃった。日本人風でいられるのは3日が限界なのかも(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/07

MICHELE ZARRILLO / COME UOMO TRA GLI UOMINI

奇蹟の?来日公演 at 東京厚生年金会館からもう6年が経つんですねぇ。せっかくの初来日、せっかくの厚生年金会館という大きなステージにもかかわらず、けっきょく日本盤CDが1枚もリリースされなかったMichele Zarrillo(ミケーレ・ザリッロ)は、なんだかかわいそうです。本国ではトップ・シンガーのひとりだし、日本でもイタリアン・ポップス・ファンのあいだでは人気が高いんですけどねぇ。

とはいえ個人的には、彼への評価はいつも「おしい! あと少し」って感じなんです。来日のときのステージもそうだったし、今回このアルバムを聴いてもやっぱり「おしいなぁ」満載って感じです。

Micheleって、すごくいい要素をいっぱい持ってると思うんですよ。ほどよくひび割れていて味のある甘い声。美しいメロディを書ける才能。ロマンティックなものもポップなものもつくってうたえるバランス感覚。これらを巧みに操って、とても耳あたりのいい、しなやかで軽やかなイタリアン・ポップスを聴かせてくれます。

ただね、こういった「いい要素」のどれもが高い水準にはあるけど、突き抜けたものがないんですよ。「いい要素」同士がバランスを取り合ってしまっているの。そのため、インパクトに欠けてしまうんだよなぁ。これぞMichele!ってものを感じにくい。

たとえば、声。これが、もっとすごいだみ声だったら、あるいはもっとクリーン・トーンだったらどうだったろう。楽曲やメロディはこのままで、だけど声だけがもっとめちゃめちゃ個性的だったら。

あるいは、楽曲。彼の書くメロディはきれいだけど、楽曲として聴いた場合、じつはあまり展開がなくて平凡だと思います。これを、せっかくの美しいメロディを駆使してたたみかけるように展開するとか、うんざりするほど美しいメロディを連発するとか、構成面かメロディ面での個性を追求するとか。

なんでもいいのですが、なにかひとつ、突き抜けた要素、ときに全体のバランスを壊すくらいの圧倒的な特徴や個性といったものを、自分は期待しちゃうんです。

その点、Micheleの音楽って、どうも優等生的なんですよね。すべての教科でどれも高得点(だけどひとつも学年トップはない)みたいな。会社員でいえばゼネラリスト? あらゆる要素でハイレベルにあるというのは、それはそれで素晴らしいのだけど、自分はそれよりも職人的というか、ある部分に飛びぬけたものがあれば他の部分は平均点プラスαくらいでOKな感じのアーティストが好きなんです。

Michele Zarrillo、いいシンガーだとは思うけど、聴きやすいいい曲も多いと思うけど、もうひとつ心をガッチリつかむなにかがほしい、その点が「おしい!」といつも感じてしまうカンタウトーレなんだよな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/01/06

X-LEGGED SALLY / EGGS AND ASHES

ベルギーのグループでしたっけ? 以前から名前だけは知っていたものの、音を聴いたことはありませんでした。たまたま中古で安く見つけたので購入しましたが、なんだかこのグループ、すごいです。

ジャンル分けするとなにになるんだろう? アヴァンギャルド系ブラス・ロック? やっぱりシンプルに(でもわからない人にはすごくわかりにくい。笑)プログレッシヴ・ロックの一形態、といったほうがいいのかな。

スピーディでスリリングなホーン隊。やけに重たいベース。なんて分厚くてパワフルな音圧。半端なハードロック/ヘヴィメタルなんて目じゃないほどハード&ヘヴィ。そんななかに突如現われる、つかの間の静寂とヨーロッパのエレガンス。混沌としているようでいてスタイリッシュ。パワフルだけどメロディアス。シリアスなんだけど、なぜかどこかオープン・マインド。タイプ的には自分の苦手な音楽なはずなのに、聴いてていやじゃない、かえって引き込まれてしまう。

ジャズ、ロック、ファンク、ユーロ・ミュージックなどの要素が渾然一体となっていて、なんだかわからないけど不思議な力と魅力を持ったグループです。すごい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/05

これが最初か、それとも最後か

短い冬休みも終わってしまいました。今日からお仕事ですわ。

あぁ、働きたくない。

などともいってられないので、気分を変えて働こう。

次はゴールデンウィークか。でも、今年のゴールデンウィークは、カレンダーどおりにしか休めない人にとってはちっともゴールデンではないのだわ。

てことは、夏休みまでがんばらねいかんのかぁ。今年はなぁ、アレッツォまでドニーに会いにいってやらんといかんだろうなぁ。去年いってないし、年末には手術したし、様子を見にいかんと。

などと思いながら昨日、冬休み最後の日をだらだらとすごしてたら突然、届け物が。
こんな時期になんだ? なにも注文しとらんぞ。といぶかしみながら受け取ったら、カード会社から小包。

ん? ん?? 覚えがない。宛書にも中身の記載がないし。あやしい。カード会社を語ったネガティブ・オプションか???

とりあえず包みを開けてみると、中から出てきたのは「金賞受賞日本酒3本セット」でした。
そういえば2か月くらい前だったか、カード会社の懸賞に応募したのだったわ。
そうか、当たったのか。日本酒か。うれしいな。3本のうち2本は純米酒じゃん。純米酒好き。ちょっと甘いけど。日本酒があるなら、和食をつくるのもいいな。鍋とか寿司とか焼き魚とか。なにか日本酒と美味しい献立を考えよう。

というわけで、シドニーからの帰国早々、日本での新年1日目に届いた日本酒セット。これは新年早々縁起がいいってぇもんだ。この調子で縁起と運のいい1年をおくりてぇもんだなぁ、ご隠居さんよ。

おまえ、ばかいうんじゃぁないよ。そうそう運がいいことが続くかい。おまえさんの今年の運は、これで打ち止めだよ。

おぃおぃ、ひでぇなぁ。少しはおれっちにも夢ぇ見させてくれよ。

さてさて、今年の運は、これが最初か、これで最後か。個人的な希望としては、運が良くも悪くもなく、平穏・平凡に過ごせていければいいなぁと思う初出かな。まる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »