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2004年12月12日 - 2004年12月18日

2004/12/17

夜遅く

家に帰る途中、街頭の少ない我が家までの薄暗い道を歩いているとき、ふっと上を見上げたら、民家のベランダになにかの影。

ん?

んん??

猿だ! 猿が洗濯物を盗んでるっ!!

こちらの視線に気づいたのか、なにやらシャツらしきものを抱えた猿は、民家のベランダからベランダへと飛び移り逃げていく。ひまだったのであとを走って追いかけていくと、どんくさい猿が手を(足を?)すべらせて、少し先の道路に落ちた。

近づいて見ると、意外と小さい。脳震盪でも起こしたのか、じっと動かないので、思い切って捕まえてみた。

めちゃめちゃ暴れた。指を噛まれた。でもそれは猿じゃなく、モグラだった。

手の中で暴れるモグラを、逃げないようにしっかりつかんで、交番へ届けた。

おまわりさん猿が洗濯物を盗んでるのを見たので追いかけたら上から落ちてきたこの猿はじつはモグラだったんですよそのうえ自分の指を噛みやがって痛いじゃねぇかこのやろうって感じなんですがこいつどうしたらいいですか自分にはわからないのでとりあえず交番に持ってきました。

困惑した顔でこちらを見る警官だったが、とりあえずお菓子の空き箱があるからそこに移しましょうとなり、箱の中に押し込んだ。何度も箱から這い出そう、逃げ出そうとするモグラを、箱の蓋で押さえ込んだ。

すると突然、箱の中から声が。

ったく、なにすんだよ、いてぇじゃないか!

えっ? えぇーーーーっ!?

おまえ、人間の言葉が話せるのか?
あったりまえだろ、何年人間界でモグラやってると思ってんだよっ!
まじかよっ!?

あまりのことにひるみ、箱の蓋を押さえる手が緩んだ瞬間、ものいうモグラは「じゃなっ!」っと箱から飛び出し、暗い街の中へ走り去っていった……

という夢を今朝見ました。
こんなくだらない夢を見させるひまがあったら、お願いだから熟睡させてください>俺の脳。
めちゃめちゃねむ~い!

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2004/12/16

ALBERTO FORTIS / DENTRO IL GIARDINO

1979年にアルバム・デビューしたAlberto Fortis(アルベルト・フォルティス)は、いまでも地道に活動を続けているようですが、あまり話題になることがありませんね。1980年代前半くらいまではけっこう人気があったらしいのですけれど。

これは、1994年にVirginレーベルからリリースされたアルバムです。正直にいってしまうと、自分の好みからすればかなり残念な内容です。魅力のないメロディ、無駄にパワフルなロック的演奏、自分が苦手とするソウルフルなアレンジ、そしてやっぱり自分の苦手ジャンルであるゴスペルっぽい、いわゆる黒っぽいコーラス……どれもこれも「まいっちゃったなぁ」という感じです。ミックスがロサンゼルスで行なわれているせいもあるのかなぁ。

初期のころのAlbertoの曲には、ロック要素は強いものの、カンタウトーレらしいみずみずしさや味わいがあり、ときにすごくセンチメンタルなメロディもあったりして、好ましい曲も多いのですが、このアルバムには、少なくとも自分は魅力を感じません。かろうじてM5「Mai」あたりに少し心ひかれるメロディやアレンジは見つけられるけど、ほかはきついです。

そういえば、Virginレーベルからリリースされたカンタウトーレのアルバムって、自分の好みとは合わないものが多いかも。最近はレーベルごとのカラーってあんまり(ほとんど?)なくなってしまったけれど、21世紀になる前はけっこう、レーベルごとに個性とか癖とかがあって、そのアーティストやミュージシャンのことを知らなくてもレーベルとプロデューサー名を頼りにアルバムを発掘するというのが洋楽ファンのあいだではふつうに行なわれていたし、それで成功する確率も高かったんですよね。逆に、このアルバムのように、アーティスト名を知ってたので手を出したら、リリース元が自分の苦手なレーベルで失敗というのも、それはそれで納得のできる(そうか?)時代ではあった気がします。

ま、そんなわけで、個人的にあまり好きになれないアルバムなのですが、それでもAlbertoの歌声のなかにときおり聞こえてくるイタリアの風情とか、思いっきりアメリカンなロック・ヴォーカル作品になってるのだけど、どうしても捨てきれないイタリアなアイデンティティが見え隠れ、見たいなところがあって、そうそうむげにもできないという気になってしまう自分は、やっぱりイタリアン・ポップス・ファンなのだわと思ってしまう今日この頃なのでした。

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あと少しなんだけど

自分は海外旅行にいくと太るんですよ。

ふだんの食事は1日に2回、そのうちの昼はコンビニのサンドイッチとを軽く取る程度で、ちゃんと食べるのは夜だけだったりするのですが、外国に行くと日に3回、そのつどしっかり食べてしまう。なんてったって、めずらしくて美味しいものがいっぱいありますからね、外国には。その結果、たった1週間程度の旅行でも、太って日本に帰ってくるわけです。

10月のドイツ旅行でも、みごとに太りました。ベルトの穴2~3個分。まずいよなぁ。日本に帰ってきたら、そのまま食欲の秋に突入してしまい、いつものペースでは痩せない。

それでもやっと、もとのサイズに戻りつつあります。あと少し、あと少しなんです。

だけど、再来週にはオーストラリアに行ってしまいます。うまいんだ、オージービーフが。味わい深いんだ、ラムが。ぷりぷりなんだ、シーフードが。味が強いんだ、野菜たちが。そしてもちろん、ビールもワインも美味しい国です。

あと少しで、もとに戻るところなのにぃ。

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2004/12/15

ひさしぶりにオフコースの

ライヴ・アルバム(2枚組みLP)を聴いた。すごく鬱陶しい気分になった。もともとオフコースって好きじゃなかった。なんで自分、このライブ持ってるんだろ? あまりに鬱陶しい気分だったので、すぐにそのあとFabrizio De Andre' & PFMのライヴ・アルバムを聴いた。生き返った。やっぱり自分が聴くべき音楽はこっちだな。

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2004/12/14

CRUCIS / LOS DELIRIOS DEL MARISCAL

アルゼンチンのプログレッシヴ・ロック・バンドです。基本的にヴォーカルレスの、ギターを中心としたインストゥルメンタル・ロックをやっています。ヴォーカルがないロックって、じつはちょっと苦手だったりします。

あまりひずませないギターが奏でるメロディは、ほんのりジャズ風味があって、どこか人懐っこくて、暖かみと可愛らしさが感じられます。そうだなぁ、ちょっとオランダのグループ、Focus(フォーカス)とかFinch(フィンチ)とかに通じるところがあるかなぁ。ただ、ギターは音がクリーントーンに近づくほど、ピッキングやフィンガリングの巧い下手が如実に聞き取れるようになってくるのですが、ここのギターは、オランダ勢にくらべると少し技術が落ちるように思います。アルペジオ風のフレーズなどでは音の粒立ちとかリズムとかがちょっと微妙になったりします。

ガンガン弾きまくるギターが中心だけど、あんまり哀愁もないのだけど、メロディは明るく暖かいところが好ましいです。自分はもともとギター弾きだったので、ついついギターが気になってしまいますが、このグループ、じつはギター以外の演奏がかなりきっちりしてるから、勢いで引きまくりな感じのギターが前に出てても、あまり飽きずに聴けるのかもしれません。

少しばかり暑苦しいギター。カチッとまとまったリズムセクション。淡々と、だけど要所はきちんと締める軽やかなキーボード。このバランスがいいんだろうな。

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2004/12/13

白い犬とワルツを

これの原作本日本語翻訳を文庫で読んだのは、ずいぶん前のこと。まだ日本で話題になる前で、たまたま近所の小さな書店でタイトルに引かれて手にしたのがはじめだった。これとか、デヴィッド・リンチの『ストレイト・ストーリー』とか、じいさんがなんらかの目的を持って遠出するロード・ムービーふうの話って、自分は好きなのだわ。

などと思っているうちに、いつのまにやらどこかからの口コミがきっかけになって文庫本はベストセラー、アメリカだかイギリスだかで制作された(おそらくテレビ用)映画もNHK(だったか?)で放映され、これまたいい出来。そのブームに目をつけたのか、日本でも映画化されたわけでして、その日本版の映画『白い犬とワルツを』を観たのです。

ひどい。

もう、なんだか全然別の話です。奥さんが死んで、そのあとに不思議な白い犬が現われるっていう枠組みだけ使って、まったく違う話をつくっちゃったなぁという感じ。これに『白い犬とワルツを』というタイトルを載せちゃいけませんよ。

不思議な白い犬とじいさんがダンスを踊るシーンだって、あんなじゃない。しんどいじいさんは、足が悪くてふつうに歩くのはしんどい。だけど頑固だから、歩行器なんか使わん! と、せっかくある歩行器に目もくれない。だけどある日、娘夫婦らが心配するから(だったか、それとも歩行器なしではほんとに歩けなくなったからだったか、忘れた)としかたなく使った歩行器に犬が手をかけて、それがまるで一緒に手を取り合ってダンスを踊っているみたいに感じ、なんだか楽しくなって、それ以後、歩行器を使い始める=頑なな心が解けていく、というようなことだったはず。ま、日本では「歩行器」になじみがなく、形やら用途やらがぴんとこないから違う方法で表現、と考えたのかもしれないけど、それにしても、ねぇ。

あ、ちなみにこの話、原題は『To Dance with a White Dog』だったと思います。「白い犬とダンスをするために」っていう意味ですね。これを単純に「ダンス」ではなく「ワルツ」と言い換えた翻訳者さんのセンスのよさ、作品への愛情を、この日本映画はまったく無視してしまった気がします。

だいたいね、もともとの話はとってもさわやかなんですよ。だからこそ、感動的なんです。なのに、なんですか、この映画。重い。べたべたしてる。日本という風土に置き換えると、こんなふうになっちゃうんですか。なんで在日朝鮮人を登場させる意味があるんですか? どうして在日朝鮮人に対する日本人の嫌がらせを映画内に取り込む必要があるんですか? この話がもともと持つものとはまったく関係ないじゃん。原作には神経質な黒人のメイド(乳母?)が出てきて、この人が「あの犬は幽霊だ」とか、その他もろもろで娘たちを心配させたり起こらせたりするんですが、たしかに日本でメイドとか乳母とかいわれても困るし、舞台当時のアメリカにおける黒人の地位といったものを日本人に感じさせるのも難しいかもしれませんが、だからって、在日朝鮮人の方たちとは、ずいぶん違うんじゃないの?

長年一緒に暮らしてきた妻の死、そして、徐々に近づく自分の死という、テーマとしては重いものを扱いつつも、そこに愛があり、ある種の希望があり、感謝があり、さわやかな感動があった原作のよさが、ことごとくつぶされてしまったように思います。なにも、無理して日本を舞台に映画化する必要はなかったのに。

最後、死んだじいさんの墓の、かぶせられたばかりのやわらかい土の上に、犬の足跡がぽこぽこぽこって残っているのを子供たちが見つけるシーンで湧き上がる、えもいわれぬ暖かい感情を返してくれ!

この映画を観て「話題になったわりにはたいした話じゃないな、暗くてキライ」と思ったあなた! 原作はぜんぜん違いますから。ぜひぜひ文庫本を読んでね。

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