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2004年7月4日 - 2004年7月10日

2004/07/10

映画『21グラム』を観てきました。

『アイ・アム・サム』の予告を観たときも、『ミスティック・リバー』を観たときも、もしかしてそうかなぁと思ったんだけど、この映画を観ていっそう確信しました。

自分はショーン・ペンの顔が嫌いだ。

映画は全編にやり切れない悲しさや苦しさ、切なさがただよっていて、観ているこちらまで気分が沈んできます。でも、じつはこれって「雰囲気一発」映画な気がします。

たしかにテーマは重いし、ある種の哲学的命題を感じさせるようにも思えるのですが、それもみんな、時間軸が交錯し、混乱した時間軸のなかで主要人物3人の物語がぶつぎれでカットインしてくることによる効果の部分が大きいような。時間の流れに沿って事件を見せ、それぞれの人物の物語も整理して映し出したなら、意外と平凡な映画になったように思います。

とはいえ、この「時間」と「想い」の交錯と混乱が、事件の当事者、関係者たちの不安定で混乱した心情を表わしてるともいえ、そういう意味では「うまい構成だな」と感じます。

しかし、ベニチオ・デル・トロのダメ男演技はしびれました。彼がもっとも「21グラム」の重さに押し潰されていましたね。あと、音楽がけっこうよかったな。

それなりに見ごたえのある映画で、なかなか楽しめました。

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2004/07/09

明日は日比谷の野音で

HOOTENANY(フーテナニー)が何年ぶりかで復活。産経新聞や日経MJでも取り上げられていましたね。自分は、出演はしないけど、見には行くつもり。

15年ぶりくらいかな、見に行くの。今回の復活フーテには、大学時代に一緒に活動していたサークルの同期や先輩が何人か出演者として参加してるし、長いこと顔を見ていない同期の連中も何人か来るみたい。顔とか、見分けられんかもしれないな。ずいぶん経つから。ていうか、同期以外は名前とかちゃんと覚えてないぞ。やばい。

しかし、暑そうだな。そして、熱そうだ。

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MATTHEW FISHER / JOURNEY'S END

Matthew Fisher(マシュー・フィッシャー)のソロ・デヴュー作。若い人はMatthewのことを知らないかもしれませんね。自分らくらいの世代の人ならほとんど誰でも知ってるだろうと思われるProcol Harum(プロコル・ハルム)の超名曲「青い影(A Whiter Shade of Pale)」で印象的なハモンド・オルガンを弾いてた人です。Procol Harumには2枚目くらいまで在籍し、その後、ソロに転向しました。

「青い影」は世界中にProcol Harum=クラシカルといったイメージを植え付けちゃいましたが、じつはProcol Harumってそれほどクラシカル・クラシカルなグループじゃありません。意外といなたい世俗感が魅力だったりします。とすると、クラシカルなアイデンティティはMatthewが担ってたのかなぁと思い、このソロ・デヴュー作をある種の期待を持って聴いたのですが、出てきたのは「小粒なProcol Harum」でした。

ハモンド・オルガンはあいかわらず魅力的な音色で響いています。でも、導入比率はあまり高くありません。全体にリラックスした、ちょっとひなびた、いうなれば「疲れたおじさん」風なある種の色気?がイギリスらしい趣をともなって響きます。そもそもファーストアルバムなのに「旅の終わり」なんていうタイトルをつけるあたり、なんだかお疲れって感じです。

古いブリティッシュな響きは、自分にはとても心地よいのですが、あまりにも小粒かなぁ。Procol Harumを思わせるところがところどころにあるのですが、Gary Brooker(ゲイリー・ブルッカー)の味わい深いヴォーカルにくらべるとMatthewの歌はひ弱だし、せっかく盛り上がりそうな展開になっても盛り上がりきれない。Procol Harumだったらさらにもう一段の盛り上がりでドラマティックに演出するのに、って思ってしまいます。

おだやかで、あたたかで、やさしくて、いい作品だとは思うんですよ、こじんまりとしてて。でも、なんていうのかな、瞬発力? それが足りない。演奏にも、曲の構成や展開にも、そして歌にも。静かな曲、おだやかな曲でも、そのなかで「ここは!」ってところには一気に気持ちを高めたりしないと、ただだらだらと静かなままで終わっちゃうじゃないですか。その「一気に」を可能にするのが瞬発力だと思うんですけど、それが弱いんですよね。だから、牧歌的なままで通り過ぎてしまいます。田園風景がずっと続く電車の窓から外を眺めているように。それは、気持ちよくはあるのだけど、気持ちよすぎて眠くもなってしまいます。そんな印象のアルバムでした。

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2004/07/08

お米のサラダ

好きなんですよ、お米のサラダ。家でもよくつくる。

イタリアとかでは生のお米をアルデンテに茹でるところから始めるようだけど、日本のお米でそれをやると、外はべとべと中は硬っ!みたいになっちゃったりするので、自分は普通に炊いたお米を使ってつくります。

でも、炊きたてのご飯でつくると、なんかやわらかくなっちゃうんですよね。なので、前の日の晩に炊いて冷蔵庫に入れておいたご飯が個人的にはベスト。大きめの器に入れて、刻んだトマトとカルチョーフォ(アーティチョーク)、オリーブその他、そのときにあるサラダにできる野菜類をいろいろ入れて、たっぷりめのワインヴィネガーまたはレモン汁と美味しいオリーブオイルを和えたら、冷蔵庫に1時間くらい入れてなじませる。美味しいですわぁ。うちの妻は冷やしたユカリご飯にヴィネガーとオリーブオイルを和えたスタイルを開発して、これもけっこうおいしかった。

で、昨日の晩もつくったんですよ。トマトとカルチョーフォ、コーン、それにアンチョビを少し入れてみました。うん、コーンの甘みがやさしげでいいぞ。アンチョビはもっと入れればよかったな。

しかし……、昨日使ったご飯は、一昨日炊いて2日間冷蔵庫に入れっぱなしのものだったのですよ。水気が抜けてぱさぱさ。ヴィネガー多めに入れてちょっとジャブジャブ状態にすれば水分吸って少しはふっくらするかなと考えたのだけど、あまかった。味はすってくれたけど、やっぱり芯のほうはぱさぱさのままなのね。1晩くらい置いておけばなかまでしみこんだのかなぁ。味付け的にはいい感じだったのに、肝心のお米がぱさぱさだったのがちょっと切ない昨日の晩なのでした。

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RED CANZIAN / IO E RED

Pooh(プー)のベース・プレイヤー、Red Canzian(レッド・カンツィアン)のソロ・アルバムです。

Redといえば、Poohに入る前はCapsicum Red(カプシクム・レッド)というプログレッシヴ・ロック・グループのメンバーで、クラシックをアレンジしたシンフォニック・ロックなどを演奏してました。Poohに加入しての最初のアルバムが『Parsifal』というクラシカルでドラマティックなシンフォニック・ロック作品になったのは、Redの加入が大きく影響したのではないか……などといわれていた時期がありましたね。

実際に『Parsifal』にRedの影響が強く出たのかどうかは知りませんが、このソロ・アルバムを聴くかぎり、Red自身にシンフォニック・プログレッシヴへの憧れや志向があるようには思えません。もちろん、Capsicum Red在籍時や『Parsifal』制作時とでは音楽シーンも違うし、Red本人の年齢も違いますから、当時がどうだったかはわかりませんけれど。

Poohの他のメンバーもソロ・アルバムをリリースしていますが、Poohの大半の曲を書いているRoby Facchinetti(ロビー・ファッキネッティ)のアルバムが「ひとりPooh」だったのに対し、Redのこのアルバムには、あまりPoohの匂いがしません。もっと軽快でリズミカルな印象です。もちろん曲によってはPoohを思わせるものもありますが、じつはRedってこんな感じの曲がやりたかったのかなぁ、Poohにいてフラストレーションがたまらないのかなぁと、ちょっと余計な心配をしてしまったり。

全体の曲調は、自分の好みとは少し違うな。自分はもっとロマンティックな感じのほうが好きです。でも、Redの弾くフレットレス・ベースのあたたかい響きとなめらかなフレージングは、いつもとても魅力的に感じます。

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2004/07/07

THERION / LEMURIA

前作『Secret of the Runes』でドロマティック・オーケストラル・クワイア・メタルの頂点を極めたTherion(セリオン)の、待望の新作は、それぞれ『Lemuria』『Sirius B』と名づけられた2枚のアルバムが1つのパッケージに収められた2枚組みとなりました。今日は、そのうちの『Lemuria』のほうの雑感を。

『Sirius B』でも感じられたのですが、Therionは、傑作となった『Secret of the Runes』の次に進む方向として、この路線をさらに高い次元にまで持っていくことをめざすのではなく、原点回帰というか、初期のころの自分たちが持っていたアイデンティティをもう一度確認することを選んだのかなという気がします。

このアルバムでも、男声・女声を巧みに使ったクワイアは健在です。でも、その密度は下がってきているように感じます。また、ひさしく聴いていなかったデス声(ヴォォォォォ~とかいうヴォーカル)がこのアルバムでは一部導入され、彼らがもともとはデス・メタル・グループであったことを思い出させますし、さらにはちょっとハイ・トーンめのシャウト・ヴォーカルもあり、ヘヴィ・メタル・グループであることも主張しています。

オーケストラは使われていますが、『Secret of the Runes』のようにクワイアとともに全編に響き渡るということはなく、要所要所で顔を出すといった感じになっていて、楽曲およびアルバムのなかにおける重要度・貢献度は下がっています。また、オーケストラを使う曲とそうでない曲に明確な差が出てきていて、ヘヴィ・ロックとクワイア入りオーケストラの融合をより高い完成度で実現させるスタイルを追求してきた前作までの試みが、このアルバムではあまり重視されていないように感じます。ロック・グループとオーケストラが別物として存在していて、おたがいにあまり深くかかわってない印象です。たとえばDeep Purple(ディープ・パープル)の『Concerto For Group And Orchestra』みたいな感じでしょうか(だいぶ違うな)。

結果として、ひとつのパッケージでリリースされた『Sirius B』よりも、さらにヘヴィ・ロック・グループとしてのTherionの姿がシンプルかつストレートに感じられる作品になっていると思います。その分、プログレッシヴ・ロック/ユーロ・ロック的なおもしろみや味わいは減っていますが、それでもユニークな音楽性を持ったグループであることには、変わりはありません。

ここ数作の流れが、オーケストラル・クワイア・メタルとしての高い完成度を追求し、ひとつの頂点を極めた次に、ヘヴィ・ロックとしてのアイデンティティの強化を追求というふうになっていることを考えると、この次の作品がどうなるのか、オーケストラやクワイアは楽曲のなかに生き残るのか、それともよりヘヴィでデスな初期に近づいていくのか、気になるところです。彼らの音楽にプログレッシヴ・ロック的なもの、ユーロピアン・ロック的なものを求めている自分としては、このアルバムよりもさらにオーケストラやクワイアから離れていく・遠ざかっていくのであれば、彼らに対する興味はここまでかなという感じです。

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2004/07/05

COS / BABEL

自分は細々ながらもけっこう長くプログレッシヴ・ロックのファンをやっていて、ウェブ上や友人間での会話などでもプログレッシヴ・ロックについて書いたりしゃべったりすることもときどきあるわけですが、けっこう困るのが、プログレッシヴ・ロックを知らない(聴いたことがない)人に「プログレッシヴ・ロックってどんな音楽?」と聞かれることだったりします。プログレッシヴ・ロックの黎明期のころなんかだと「クラシック・ミュージックのアイデアやスタイルをロックに取り入れ、歌詞にも思想性などを持たせた、芸術的なロック」とか、いま考えるとワケのわかんない説明ですが、それでもなんとなくそんな感じで表現できたのだけど、その後「プログレッシヴ・ロック」はどんどんスタイルを多様化させていってしまい、もうひとことでは説明できなくなっちゃいました。

で、ベルギーのグループ、Cos(コス)なんですが、こういうグループがいるから一層、「プログレッシヴ・ロックってどんな音楽なんだ?」という質問に答えにくくなってしまいます。ここには、いわゆるイギリスのメジャー・プログレッシヴ、たとえばKing Crimson(キング・クリムゾン)だとかYes(イエス)だとかPink Floyd(ピンク・フロイド)だとかGenesis(ジェネシス)だとかEmerson, Lake & Palmer(エマーソン・レイク&パーマー)だとかThe Moody Blues(ムーディ・ブルース)だとかに聴かれるような要素は、ほとんど皆無だといっていいでしょう。

軽やかで、ユーモラスで、ジャズ風味があって、どこかふざけたような、人を馬鹿にしたような演奏。意味のない音の羅列でしかないヴォーカル。冗談なのか本気なのかよくわからない曲。でも、これも「プログレッシヴ・ロックなの?」と聞かれれば、「プログレッシヴ・ロック……だと思うよ」と答えるしかなさそうです。だって、「プログレッシヴ・ロック」に含める以外に、こういう曲は、いったいどういうジャンルに入れればいいんでしょうか。

そうです。既存のロック・ジャンルに含めるのが「なんだかなぁ」というロックはみんな「プログレッシヴ・ロックの一形態」なんですよ。そして、そういった「はみだしちゃったからプログレッシヴ・ロック」の最右翼グループのひとつがCosなのかなと思うわけです。

プログレッシヴ・ロックをそれなりに聴いている人には、いわゆるカンタベリー系のヴァリエーションのようなもの、といったほうがわかりやすいでしょうね。ユーモアと軽やかさを感じさせるジャジーなポップ・ロック、といってしまったらそれですんでしまいますが、本家イギリスのカンタベリー系よりも、さらにふざけた感じで、かつ力が抜けているように思います。なんだか楽しげです。

こういうグループもプログレッシヴ・ロックに含めてしまうから、プログレッシヴ・ロックの世界はおもしろいし、深いし、厚みがあるし、だけどワケがわからんのだよなぁ。そういったもろもろの意味も含めて、なかなか魅力のある作品だと思います。

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