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2004年6月27日 - 2004年7月3日

2004/07/02

ASIA / same

あまりにも有名な、あのAsia(エイジア)のデヴュー作。

正直にいって、自分は彼らがあんまり好きじゃなかったんですよ、デヴューしたころ。King Crimson(キング・クリムゾン)、Yes(イエス)、EL&Pのメンバーが集まって、なんでこんなにアメリカンな音になっちゃうんだろうって。これじゃJourney(ジャーニー)やStyx(スティックス)とたいして変わらんと。

JourneyやStyxはね、べつに嫌いじゃないです。というか、Styxなんて、けっこう好きです。でも、それは、彼らが「もともとそういう音楽性を持った人たち」だったから。だけどAsiaは、もっと違う、もっとブリティッシュな音を持ったグループ出身者じゃないですか。それもトップ・グループ。当然、それらの音がミックスされた、たとえばKing CrimsonのパワーとEL&Pの派手さをYes風に制御したような音楽とかをね、期待してたわけですよ。

なのに、最初にラジオ(テレビの「ベストヒットUSA」だったか?)で耳にした曲が「Heat of the Moment」ですからねぇ。

というわけで、プログレッシヴ・ロックに思い入れがあった学生時代に聴いてしまったために、長いこと正当に評価できなったわけです。でもいまは、グループのメンバー構成だとか、それぞれのメンバーの履歴だとかにあまり興味がなくなってしまい、単純に「いま聞こえている曲」をどう感じるかという聴き方をするようになってきたためか、これはこれでいいんじゃないかなぁと、べつにJourneyもどきでもいいかなぁと、そんなふうに思えます。

とはいえ、あまりにアメリカンだなぁという学生時代に感じた印象は、いまもたいして変わりません。「Only Time will Tell」とか「Sole Survivor」とか、曲名忘れちゃったけどM7とかは、それなりに「ブリティッシュ志向のアメリカン・グループ」風な印象があって、以前からけっこう好きだったけど、それ以外はなぁ。

「Only Time will Tell」とM7のベースはいい音ですね。ぶぃぶぃいってて。ちょっとKing Crimsonを髣髴させます。M7は、このアルバムのなかではもっとも「プログレッシヴ・ロック」を感じさせる曲じゃないでしょうか(あくまで「感じさせる」程度だけど)。

ちなみに自分は、Steve Howe(スティーヴ・ハウ)のギターの音色がダメなんですよ。なんで彼の弾くギターって、あんなに音が汚いんだろ。キンキンしてて、とんがってて、情感が薄い。Yesがそんなに好きになれないのって、彼のギターが好きになれなかったからっていう要素が大きいんだよな。Asiaになっても、ギターの音色の汚さは変わりませんね。

プログレッシヴとかポップスとかにこだわらず、お手軽に気軽に楽しむ「ブリティッシュ風な雰囲気も持ったアメリカンなロック」(みんなイギリス人なのに)として楽しむのが、自分にとっては正解な感じのアルバムです。

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2004/07/01

ICONOCLASTA / same

Iconoclasta(イコノクラスタ? アイコノクラスタ?)はたしか、メキシコのグループでしたっけ。セカンド・アルバムが日本に入ってきたとき(もちろん、LPでした)、「混声合唱入りのすごいシンフォニック・プログレッシヴ!」ということでずいぶん話題になった記憶がありますが、今日聴いているのはファースト・アルバムのほうです。

しかし、なんでこの曲をアルバムのトップに持ってきちゃったのかなぁ。いやね、気持ちはわかるんですよ。華やかで、演奏面での派手さもある曲ですから、ここでしっかり「つかんで」おきたいってことだったんだろうと思うんですが……キミたち、演奏ヘタすぎ!(笑)

アルペジオで1音1音の長さをそろえられないキーボードとか、細かいフレーズのスピードについていけていないリードギターとか、やっぱまずいでしょ。しかもインストゥルメンタルだからねぇ。あまりにもチャレンジングです。これだったら、学生時代に自分が加入してたグループのほうが演奏うまいぞ。それに、学生時代の自分のほうがギターもうまかったぞ、きっと。

自分たちでつくった曲に要求される演奏技術に本人たちの技量が追いついていないという弱点はあるのだけど、曲自体は、なかなかかわいらしくて好感が持てます。あたたかみのある音で、やわらかく明るいシンフォニック・ロックを演奏してます。Camel(キャメル)とかGotic(ゴティック)を少しテクニカルにした感じでしょうか。いわゆる南米ぽさというのがどういうものかはわかりませんが、ユーロピアン・ネイティヴとは少し違った、でもユーロピアンな雰囲気を多分に持った、なかなか魅力的なアルバムです。

ちなみに、A面1曲目(うちにあるのはLPなんです)以外は、それほど「速いパッセージの応酬」といったパートはないので、「めちゃめちゃ演奏ヘタじゃん」と笑ってしまうようなこともあまりありません。というか、1曲目で「この演奏力で大丈夫か?」と心配させられた分、2曲目以降では「なんとかがんばってるじゃん。よしよし」と、成長過程の子供を見るようなあたたかいまなざしで彼らを見つめちゃいます。それが狙いだったのだろうか。

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2004/06/30

THERION / SIRIUS B

傑作アルバムとなった『Secret of the Runes』に続くTheion(セリオン)のアルバムは、『Sirius B』と『Lemuria』と題されたアルバムが1パッケージに収められた2枚組というかたちになりました。で、とりあえず今日は『Sirius B』のほうを聴いての雑感を。

前作『Secret of the Runes』でオーケストラ入りドラマティック・ユーロピアン・クワイア・メタル(そんなジャンルがあるのか?)の頂点へと登りつめたTherion。その前の数作からこの方向性を模索してきたようですが、その探求が結晶となって、非常にすぐれた形で記録されたのが前作だったと思うわけです。そんな傑作のあとにリリースされるアルバムというのは、いろいろな面でプレッシャーやハンディキャップを負うわけで、その点、Therionも同じだったかなという感じです。

初期のデス・メタルから、オーケストラおよびクワイアの導入により独自のドラマティック・メタルをつくりユーロピアン・ロマンを前面に押し出してきたわけですが、前作でその頂点を極めてしまったので、次の方向としては、同じ道筋でさらに高みをめざすか、あらたな道筋を探すか、あるいは自分たちのたどってきた道筋を一歩引いて見つめなおすかといったことになるのでしょう。そしてTherionは、最後の道筋、自分たちのたどってきた道筋を客観的に見つめなおすという方法をとったような気がします。

一見すると、一歩後退に見える、ということです。『Deggial』のころに戻りつつある感じ。あいかわらずクワイアは全編で響き渡りますが、オーケストラの活躍頻度は下がり、ヘヴィ・メタルらしいバンドの演奏が力強く響いてきます。この傾向はもう1枚の『Lemuria』でさらに顕著になっているように思うのだけど、それについてはまた後日。

オーケストラとクワイア、それにヘヴィ・メタルな演奏がすぐれたバランスのうえで渾然一体となって鳥肌モノのユーロ世界を築きあげた前作とくらべると、バランス感が悪いです。ただ、それはきっと、Therionが「ヘヴィ・メタル・グループとしての自分たちのアイデンティティを再度、見つめなおそう」と考えたゆえの、重心位置の変化によるものだと思います。たんに「後退」したのではなく、さらに次へ進むために今一度、足元を固めようという意識ではないでしょうか。

そういった姿勢は好ましいですし、クワイア・メタル(というジャンルはあるのか?)の作品としても高いクオリティを持ったアルバムだと思います。思いますけど、やはり『Secret of the Runes』の衝撃が大きかった分、ちょっと落ちるかなとも思ってしまうわけです。とくに自分の場合、ヘヴィ・メタルではなくプログレッシヴ・ロック/ユーロ・ロック的なものとして前作を楽しんでしまったので、よりヘヴィ・メタル的になったこのアルバムは、ちょっと自分の守備範囲から遠ざかりつつあるわけで。

それでも、パイプ・オルガンから始まり、アコースティック・ギターのアルペジオのうえで混声合唱が厳かに響きわたるM7などは、プログレッシヴ・ファンとしての心がかなり揺さぶられました。ヘヴィ・メタル回帰の意識は散見されるものの、まだまだ侮れませんよ、Therionは。

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2004/06/29

神楽坂のイタリアンでランチ

昨日のランチは、神楽坂のカンティーナ・フィレンツェという店でランチを食べたのだわ。まだオープンして2か月くらいらしい。

落ち着いた内装で、静かで、感じはいいです。店だけでなく、スタッフも。ランチのセットは、パスタメインのものが1200円だったかな。アンティパストとプリモのセットが1800円。セコンドもついたコースが2800円。

で、メニューを持ってきたカメリエーレに、12時50分までには店を出なくちゃいけないのだけど、いまからセコンドつきのコースを注文したとして、時間までに全部の料理を提供できるかとたずねてみた。結果は「ちょっと難しいです」。ちぇっ。セコンドが食べたかったのに。しかたがないので、アンティパストとプリモのセットを選ぶことにした。

しかし、なんで日本のイタリアンレストランは、セコンドメインのランチセットをつくらんのかね。プリモはいらんから、アンティパストとセコンドでセットにしてほしいわ。あたしゃセコンドが食べたいのよ、お昼休みの時間に。

料理の内容は、野菜とパンを煮込んだトスカーナ風のスープ(トスカーナの家庭料理ですね。こういうのをメニューに載せてるのは好ましいです)、スモークサーモンのそば粉入りクレープ巻き(そば粉を使うのって、北イタリアのほうでしたっけ?)、そしてプリモは、パスタではなくアサリと野菜のリゾットを選んでみました。パスタにすると、仔牛のラグーのフジッリか、イカとバジルのスパゲッティ。なんか、普通だから。デザートは、生クリームを薄くスライスして焼いた(のかな?)ナスでくるんだものにチョコレートソースがかかったもの。不思議な感じ。それにグラスでドルチェット・ディ・ドッリアーニをつけました。ワインが1000円で、トータル2800円。

うん、普通においしかったですよ。グリッシーニが出てくるあたり、ちょっとうれしいです。おかわり自由だし(そんなには食べないけど)。パンは、トマトを練りこんだパンと、オニオンを練りこんだパン。これはこれでおいしいけど、普通のトスカーナパンにしてほしかった。日本の人って、小麦の味しかしないパン、あまり好きじゃないのよね。アメリカ人かよ。

全体に塩味薄め。女性客を意識したか? オリーブオイルの香りも弱めで、よくある「日本人向けに上品にまとめちゃいました」って味ですね。スープはあまり野菜の味がしないし、塩もきいてないので、なんとなくぼけた味わい。だけど、からだにはよさそう。リゾットも、米の芯までしっかり火が通っていて、ほとんど雑炊もしくはおじや。「生煮えだ!」という勘違いなクレームを防ぐためですか?

というわけで、普通においしいんだけど、イタリアンを食べたーって感じはあまりしません。これで1800円……どちらかというと「やっちゃったなぁ(残念)」という感じです。塩を抑えるなら、もっと本来の味がしっかり感じられる素材を使わなくちゃ。やっぱり、いきつけのビストロ「イデアル」とリストランテ「ステファノ」のほうが美味しい。コースの料金も安いし、きちんと素材の味がするしね。ワインも、1000円とってあれかよって感じです。量も少ないし。

でも、もっとも残念だったことは、料理以外にあるのだ。

いちばん最初に、カメリエーレにいったんですよ。「12時50分にはここを出なくちゃいけない」って。そのうえで、それに間に合うセットということで、注文したのね。そのカメリエーレは、ずっとホールに、自分のテーブルのそばにいたのですよ。中間下げも、料理提供のたいはんも、ついでに料理についての感想を聞きに来たのも、その若いカメリエーレの兄ちゃんです。

で、最終的に自分が店を出られたのは12時56分。昼休み中に会社にたどりつけないじゃん。なんのためにこのコースにしたんだよ。12時50分には店を出なくちゃいけないことを聞いていながら、どうして「ほんの一呼吸はやい中間下げと料理提供」ができないんだよ。毎度毎度、次の皿に移るまでにあんだけのブランクがあるのはどういうことだよ。キッチンにひとこと伝えられなかったのかよ。最後の皿からデザート&コーヒーに移るタイミングだけでももっとはやくできたんじゃないの?

ていうか、あんたけっきょく、客がいったこと、覚えてないし、重要なことだとも思わなかったでしょ? そんなあわただしいスケジュールで昼のセットなんか食べにくるなよとか思ったでしょ?

素敵な笑顔にスマートな身のこなしで小奇麗にホール・サービスはまとめてた。きっと、ホールでのサービス・スキルに関するトレーニングは受けたんでしょう。この兄ちゃんに限らず、店のスタッフはみんな素敵な笑顔で動いていたから、その部分での教育はきちんとしてるのかもしれない。だけど、サービス・パーソンとして大切なこと、「お客さんを見て、お客さんの言葉を聞いて、お客さんの要望を探り、それに応える」というマインドの部分を、この人は教わっていないんだな。残念です。

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ANYONE'S DAUGHTER / ADONIS

Adonisっていうのは、ギリシャ神話にでてくるのでしたっけ? 女神アフロディーテに愛された美少年でしたよね。そのAdonisをテーマにしたコンセプト・アルバムのようです。

Anyone's Daughter(エニワンズ・ドーター)といえば正統的なジャーマン・シンフォニック・ロックを演奏するグループで、そのひたすらに美を追求した演奏や曲には好感を持てます。デヴュー作となるこのアルバムでも、クリーンで透明感のある美しいシンフォニック・ロックを聴かせてくれます。とくにLPのA面すべてを使った「アドニス組曲」は、彼らの持ち味をよく表わしてるといえるでしょう。

彼らの演奏って、派手なところがないので、あまりテクニック的にハイレベルな感じはしないのですが、よく聴くと、じつはドラムがけっこうすごいです。すごく細かくハイハットやらスネアやら叩いている。でも、それがぜんぜんうるさく感じないのは、ヴォーカルも含めたアンサンブルのなかで「歌うように」プレイされているからなのでしょう。

エレキ・ギターも、クリーン・トーンによる細かいアルペジオとウォーミーなディストーション・サウンド(フロント・ピックアップを使ってるのかな)を上手に使い分けて、イギリスのファンタジック系シンフォニック・ロックに引けを取らない夢見心地の演奏を聴かせてくれます。

ヴォーカルは線が細くて、あまり主張がないのだけど、美しく澄んだメイン・ヴォーカルの大部分にハーモニーをかぶせ、曲の持つファンタジックさをさらに高めています。そういう意味では、曲調によくあったヴォーカル・スタイルだと思います。とくにA面4曲目「Adonis part IV: Epitaph」の終盤で聴かれるハーモニーなどは、まさに天使の歌声って感じです。ヴォーカルだけでなく、この曲はこのアルバムのなかでもベストの1曲だと思います。

これらの各種インストゥルメンツにくらべると、キーボードがちょっと個性的に弱いかなという気もしますが、必要なとき以外はやたらと主張しないというスタイルは好ましいです。これはキーボード以外のインストゥルメンツ全体にもいえるように思えるので、Anyone's Daughterのメンバー全員が持っている気質のようなものなのかもしれません。

このアルバム、自分はLPしか持っていなくて、ほんとにひさしぶりに聴いたのだけど、いいアルバムですね。すがすがしくて美しいシンフォニック・プログレッシヴ。Sebastian Hardie(セバスチャン・ハーディ)の持つ南半球らしいあたたかでおおらかな感じを、そのままヨーロッパの持つあたたかさとおおらかさに置き換えたような、そんな印象を持ちました。

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2004/06/27

デイ・アフター・トゥモロー


CGはなかなかよかったです。「いかにもCG」って感じではなくて。ストーリーはシンプルですね。人間由来の自然災害(言葉として変だな)で北半球が凍結し、北半球の人類はほぼ滅亡。それを予測していた(到来時期は思いっきり読み間違えてたけど)気象学者が、凍結したニューヨークに残っている息子を助けに行く。そのくらいの話です。たいして深みはありません。でも、見た目の部分の大仰さで楽しめたから、それでよしとしましょう。

主人公の親子以外に、登場人物、ちょっと多すぎですね。それらの人々になんとなくバックストーリーを持たせたのに、それを少しも掘り下げることなく映画は進んでいくので、彼らのストーリーが何の意味を持たずに凍結していく。なので、彼らの「生きた姿」がぜんぜん感じられない。主人公親子の妻・母親である女医と病気の子供とか、スコットランドあたり(だっけ?)で海流の温度をずっと計測している学者さんたちとか、そのほかにも「ドラマ」を持ってそうなほのめかしのある人たちがいっぱい出てくるんだけど、みんなほったらかしです。

そもそも主人公親子自体、人としてのドラマが薄いですね。父と子の関係も、それぞれがどういったキャラクターを持った人物であるかについても、説明的なシーンがちょろっと入るだけで、実感として伝わってこない。人間ドラマの部分を観て楽しむことはできない映画だと思います。

地球に氷河期が訪れ、北半球が凍結するという現象が起こりうる理由については、それなりに映画のなかで説明されていたので、学問的なことはわからないけど、そういうこともあるのかもなということで、映画の設定のなかに入っていく助けになりました。でも、異常気象が始まるときには、なぜ始まるのか、この先どれほど被害が大きくなっていくのかについて調査し、騒ぎ、絶望するシーンとかがいっぱいあったのに、あの終わり方はなに? 異常気象の終結については、なんだか気づいたら終わってたみたいな感じで、あまりにあっけない。どうして終わったのか、そろそろ終了ということは観測から予想できなかったのか、NASAや気象学会はなにやってたんだよという印象ばかりが残ってしまいます。

主人公息子が思いを寄せる女性の敗血症にしろ、船のなかでのオオカミとの戦いにしろ、あまりにあっさりしすぎ。主人公はもっとすごく大変な困難に向かい合わないと。ていうかあんたたち、何日も建物内に避難しているわりには、みんな身奇麗すぎ。あの状態でみなさん、毎朝ひげをそってらっしゃったんでしょうか。それと、主人公父と一緒にニューヨークをめざした仲間たち。なんだか全然意味がなかったぞ。主人公父ももっともっと大変な困難に立ち向かわないと。

などなど、突っ込みどころというか、突っ込まずに流して観てしまったほうがいいところは満載です。でも、それはそれとして、目の前に映し出されていることをそのままに観て「寒そう」とか「すげぇ」とかいって楽しんじゃえば、それでいいんじゃないんでしょうか。

ちなみに、主人公息子と一緒に図書館に避難していて最後まで助かったおじさんは、図書館の館長なのかしら? ずっとグーテンベルクの初版本聖書を抱えていた人。暖を取るために図書館内の本をどんどんと暖炉にくべる主人公たちからその本を守るために抱えていたわけですが、最後に救出されてヘリコプターに乗るときも抱えてましたね。映画内ではこのおじさん、「私は神を信じてなどいない」とかいってたけど、ここってすごく宗教くさいシーンだと感じました。

グーテンベルクの初版本聖書。世界で最初の、人類初の「印刷された神の言葉」てことですよね。これってモーセの十戒に見立ててるのかなぁ。神の十戒が刻まれた石版って、おそらく人類史上初めて「文字」というかたちで神の言葉が人々に渡されたものなんですよね、きっと? はじめての印刷物と、はじめての石版。なんとなく、リンクしません? 十戒を守っているかぎり、ヤハウェはイスラエルの民を見捨てない、必ず救う。聖書を守っているかぎり、キリスト教信者は父と子と聖霊により救われる?

ほかにも聖書の投影っぽいシーン、シチュエーションがいくつかあります。

たとえば、主人公父がもうすぐ主人公息子の下にたどりつくという少し手前、主人公父は、凍死して雪に埋もれた真っ白な死体をいくつも見つけます。彼らは、もとは主人公息子と一緒に図書館に避難していた人たち。図書館の外を多くの人たちが避難していくのを見て、正確な情報も持たないまま、自分たちも街を出ようと決めた人たち。主人公息子が止めたのにもかかわらず、気象学者の父が「嵐はますますひどくなる、屋内でじっとしていろ」といった言葉を伝えたのにもかかわらず、自分の考えで出て行った人たち。彼らがみんな、真っ白になって死んでいるんです。まるで「塩」のように真っ白になって。

滅ぼされた街と、塩の塊にされた街の住人。これって、ソドムとゴモラ? 神の言葉を忘れ、私利私欲、悪徳、男色に満ちた街をニューヨークに投影したんだろうか。

気象学者である「父」は、これからニューヨークになにが起きるかを知っていた。それを「子」に伝えた。「子」は「父」の言葉を「民」に伝えたけれど、その言葉を信じたのは一部の者だけ。「子」の言葉に背いた者たちは死んだ。

すべてを知る「父」なる神は、神の言葉を伝えるために「子」であるイエスを地上に降ろした。「子」であるイエスは「民」を救うために「父」である神の言葉を説いた。しかし「民」の多くは「子」イエスを信じず、「父」である神の言葉に背き、滅びへの道を選んだ。

めちゃめちゃ自分勝手な深読み・邪推ですが、なんとなく関連性を感じてしまいます。あと、よく覚えてないんですが、スコットランド沖で海流の温度が極端に下がったっていうところ、下がった温度は13度ではなかったでしたっけ? 13。不吉な数字。それを観測していた学者のチームは3人で、主人公父のチームも3人。3は聖三位一体につながるのでラッキーナンバーですね。

なんてことを観たあとに考えるくらいには楽しい映画でした。

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