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2004年9月

2004/09/30

牛角っておいしい???

「牛角」など多数の飲食店チェーンを展開しているレインズが、今度は輸入高級食材で有名な成城石井を買収するそうだ。
うぅ、本当にそれが実現したら、なんだか哀しい。

牛角って、仕事の関係で何回か行ったことがあるけど、正直に申しまして、おいしくないと思うのですわ。あそこで出される肉って、あまり旨みがない。店員の接客レベルも哀しい状況だし(これはお店によって違うのかもしれんけど)。けっきょく、チェーンの居酒屋レベルなんだよな。モンテローザのチェーンだといわれても信じるよ、自分は。

そんな「安いだけで、食そのものの楽しみからは遠い」飲食チェーンを展開しているレインズが、成城石井を買収……。哀しいだけでなく、なんだか腹立たしさをも感じてしまう。

成城石井の店舗そのものにはほとんど行ったことがないけど、成城石井が輸入しているワインその他の輸入食材はけっこう購入してるからな、うち。
買収実現後は、成城石井という名称のうしろに「牛角やってるレインズ」という文字が透けて見えるようになるわけで、それだけでもう「なんだかおいしくなさそう」って感じてしまいそう。

あぁ。

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2004/09/29

MORTE MACABRE / SYMPHONIC HOLOCAUST

中古で安く売ってたので買ってみたのですが、事前知識としては「どこかで名前を聞いたことがある気がする」程度のグループ。Anglagard(アングラガルド)とかAnekdoten(アネクドテン)とかの関連でしたっけ? そんなわけで、どういう音楽なのかもわからないまま手に入れたのですが、その実態?は、ホラー映画に使われた曲をMorte Macabre(モルト・マカブル?)がカバー?したもの。

最近のホラー映画の音楽はすっかりヘヴィ・メタルに侵食されてしまった気がしますが、むかしのホラーにはプログレッシヴ・ロック的なにおいがするものがたくさんありましたよね。『サスペリア』で有名なGoblin(ゴブリン)や『エクソシスト』のMike Oldfield(マイク・オールドフィールド)などももちろんですが、『オーメン』のサントラとかも、なかなかにプログレッシヴ。ヘヴィ・メタルが中心になったのは、ホラーが純粋にホラーではなくホラー・コメディになってしまったからでしょうか。

このアルバムに収録されているのは、ホラー・コメディになる以前の、ホラーがちゃんとホラーしてたころの作品の挿入歌が多いようです。『ローズマリーの赤ちゃん』の曲とか、すごく懐かしいです。あと、オリジナルも1曲入ってます。

メンバーは4人ですが、全員にメロトロンのクレジットがあるのが、なんだかおかしい。プログレッシヴ・アルバム発掘ブーム?だった1980年代~1990年代くらいにはよく「トリプル・メロトロン!」とか「全員がメロトロンを!」など、メロトロン使用比率の高さだけで「幻の名盤」扱いされるアルバムがあったように記憶してますが、もしこのアルバムは1970年代のリリースだったら、まちがいなく「幻の名盤」の1枚になってたことでしょう。それらの「幻の名盤」は1990年代ころまでに数多く発掘・再発され、その姿を白日のもとにさらしたわけですが、実体はたいしたことないというものが多かったように思います。Morte Macabreのこのアルバムについても、同様に感じます。

基本はあくまでも「サウンド・トラック」の寄せ集め。プログレッシヴ・ロックとしてのダイナミズムとかは、あまり期待できません。全曲にわたってメロトロンが鳴り響いていますが、これが本当に効果的なメロトロンの使い方かというと、そうは感じません。べつにメロトロンじゃなくてもいいじゃんといった感じ。メロトロンさえ鳴っていれば、なんとなく奥行や深みが出るからというだけの使い方に思えてしまいます。残念ながら、メロトロンの持つ潜在力、ダイナミズムといったものを引き出しているとは思えないんです。

悪くはないのだけど、やっぱりサウンド・トラック的、BGM的だなぁ。雰囲気のなかでうつらうつらするのによさそうなアルバムでした。

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2004/09/27

MODRY EFEKT & RADIM HLADIK

チェコ・ロック・シーンのビッグ・ネーム、Modry Efekt(モードリー・エフェクト)のアルバム。ちなみに、CDではModry Efekt名義になっているが、ジャケットのウラやライナーノートを見ると、Modry Efektに改名する前のBlue Effect(ブルー・エフェクト)時代にリリースされたもののようです。

このアルバムでの主役はRadim Hladik(ラディム・フラディク)のギターです。Modry Efektらしい、ぶんぶんうなるベースや東欧の哀愁を漂わすフルートその他の演奏などは楽しめますが、ヴォーカルは入っておらず、彼らのアルバムの楽しみのひとつである野太い男性コーラスも聴けません(ボーナストラックは歌入りの曲ですが)。

しかしRadimのギターは迫力ある演奏のバックアップで激しく奏でられ、ときにフルートやサキソフォンとバトルします。非常に「ロック」を感じさせる演奏が繰り広げられています。かと思うと、やわらかく美しいメロディのギターとフルートが調和する、オランダのFocus(フォーカス)を思わせるような曲もあり、アルバムに変化を持たせます。ちょっとコミカル?なスキャットも入り、そのへんも少しFocus風かもしれません。

ヴォーカルとコーラスが聴けないのは残念ではありますが、熱いロック魂と東欧の哀愁が渾然一体となって投げつけられるかのような音楽は、自分にとってはなかなか好ましいです。チェコ・ロック、侮りがたしといった感じです。

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2004/09/24

Theatre劇団子『好きよキャプテン』

そういえば先週の日曜日はTheatre劇団子の芝居を観にいってきたのだったわ。

劇団子の舞台を観るのは、これが3回目かなぁ。最初は無料招待券プレゼントに当たったのでいったのだけど、そのときの芝居がおもしろかったのと、招待券客への対応もよかったので、その後は公演があるたびに、スケジュールさえあえば必ず観にいくようになった。これまでにいくつかの劇団を無料招待券で観にいったけど、芝居の内容や演技、招待客の扱いなどで「次回も観よう」と思わせてくれるところって、少ないんだよね。カリフォルニア・バカンスなんて、招待しておいてい、招待客はいちばん最後の入場、だから劇場のいちばんうしろの隅で舞台なんてほとんど見えないような席に座らせる。なんのために無料招待券を配ってるんだか。そんななか、劇団子とSky Theater PROJECTは観劇が続いている数少ない劇団。

前置き長いな。

たぶん、制作者・役者が自分と同じような世代なんだろうと思うのだけど、毎回、微妙にツボなネタ振りや笑いがある。今回は「松田聖子」だったりするんだけど、これって、うちらくらいの世代じゃないと、よくわかんないんだろうな。「のちに二谷友里恵と結婚して別れる男と付き合ったあとにカツラ男と結婚して、不気味な娘が生まれる」とか、かなりおかしいんですけど。

こんな、世代や場合によっては笑えるんだか笑えないんだか、笑っていいんだかいけないんだか、ちょっとビミョーなネタをはさみつつも、いつも「かっこわるい青春」から抜け切れない大人のお話になってる。難しく考えたり、構えたりする必要のない、わかりやすくてストレートな舞台。

もとは名門だったけど、いまでは機材も練習場所もない高校のボート部で最後の夏に起きた事件を断ち切れないまま大人になった元部員たち。ひさしぶりの同窓会で過去を振り返り、決着をつけ、新しい一歩を踏み出そうとするところで幕切れ。彼らの芝居はいつも、ほんのちょっとの哀しさや寂しさを残しつつも、最後にはいつも少しの希望や未来が見えて終わるので、観たあとの気分がいいんだよね。そのへんが甘さといえば甘さでもあるのだけど、劇団子の舞台にくればこの「ほどよい甘さ」が楽しめるってことを期待して観にきているところもあるので、これはこれでいいんだ。

役者も、毎回客演陣が登場人物のキャラクターに広がりを加えるけど、レギュラーの役者さんはそれぞれの役のキャラがほぼ決まっているようで、配役を見ればおおよそ「こいつが問題起こすな」とか「こいつはちょっとうっとうしいヤツだろう」とかあたりがつけられるのも楽しい(それがはずれることもあるし)。今回も、あいかわらずアゴの人(すみません、名前覚えられなくて)が事件を起こしてる(笑)。

そういえば、今回の登場人物にはみんな学生時代のあだ名があって、そのあだ名の由来が劇中で説明される。ビンボーなハルオで「ハルビン」、虚弱体質の「ジャッキー」(キョジャッキーから)、自分で自分をこう呼んでくれと宣言しちゃったお調子者?の「プリンス」、部での役職そのままでとくにひねりのない「キャプテン」と「マネージャー」に、在日韓国人という設定の「チョーさん」(妻いわく、韓国で「チョウ」という苗字はないんじゃない? 中国の名前だよ。とのこと)。彼らについては、なぜそういうあだ名なのかが説明され、あるいは役職そのままなので説明の必要もなかったりするのだけど、アゴの人の役柄だけ、あだ名の由来の説明がなかった。ちなみに、そのあだ名とは、

ナイフ

―― わかりやすすぎです(笑)! あんたは辻本茂雄か!!

などと思いつつ、来年春ころに行なわれる予定の次回公演を楽しみにしている自分がいたりするのだな。

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2004/09/23

映画『テイキング・ライブス (TAKING LIVES)』

自分、思いっきり勘違いしてまして。他人になりすまして事件を起こすっていうところから、ある種の寄生生物的特性を持った心霊体のようなものがどんどん寄生先の人間を乗り換えて猟奇殺人事件を繰り返すみたいな話だと思ってたんですよ。オカルト系サイコホラーみたいな、ボディ・スナッチャーみたいな。

ぜんぜん違うじゃん。

自分と同じぐらいの年格好で社会とのつながりが希薄な人を殺して、その殺した相手になりすますっていう、いうなれば『太陽がいっぱい』系(内容はぜんぜん違うけど)の「なりすまし」なのね。

そのあたりの勘違いはおいといて、ストーリー的にはけっこうゆるいです。あれだけしか登場人物が出てこなければ、犯人たりえる人物はある程度特定されちゃう。2時間ものサスペンスドラマと同じですね。けっこう途中から話が読めちゃいます。結局こいつが犯人なんだろうなと思ってたヤツがやっぱり犯人だったってことが明かされたあとの展開もありがち。どうせ偽物でしょ、だましでしょと思ってたら、やっぱりだましだったし。

なんかなぁ、シリアルキラーになってしまった理由も、連続殺人をする動機も、あいまいだし説得力に欠ける。カーチェイス・シーンもしょぼいし。もっと物語に説得力と深みがほしかったなぁ。

アンジェリーナ・ジョリーが出演している映画って、じつは観るのがはじめてな気がするのだけど、『トゥームレイダー』(でしたっけ?)のポスターで見るよりも、ずっときれいな人ですね。それくらいかなぁ、見どころは。まぁ、観ている最中はそれなりに楽しめるんですけどね、あとに残る余韻はないな。

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2004/09/22

ヴィレッジ

そういえば先日、映画『ヴィレッジ』を観てきました。『シックス・センス』で有名なM・ナイト・シャラマン監督の最新作。

ウェブ上での読後感層とかを見た感じだと、な~んかビミョーそうですねぇ。んでも、CMはそそられるものがあるのよね。森のなかに閉ざされた村。その家々につけられた「しるし」。扉にしるしをつけるなんて、もしやこれ、「過ぎ越し」? またもや聖書ネタがらみ? ワクワク。

なんて思いながら観にいったんですが、あんまり(ぜんぜん?)関係なかった。

ただ、映画自体はそれほど悪くはなかったですよ。あいかわらず「赤」の使い方が印象的で、雰囲気はよく出てる。エイドリアン・ブロディ(だっけ? 『戦場のピアニスト』の人)のイカレ芝居はいいね。知能には障害があるけど、そうでない人と同じように心は弾んだり傷ついたりするっていうのを上手に表現してる。

ストーリー自体は、べつにどうってこともない。シャラマン映画は最後のどんでん返しが見どころ?らしいのだけど、たいしたどんでん返しでもない。

ある種の理想を求めて外界から遮断されたコミュニティをつくり、そこで何年かに渡って生活してきた人々。コミュニティを守るためにコミュニティの創設者たちがつくりあげたルールと、それが「創設者たちによってつくられたルール」だと知らない若いメンバー。そのコミュニティにある日おきた事件。そして余儀なくされた外界への再接触。そういったことが、比較的淡々と描かれているだけ。

でも、淡々としたなかに、それぞれの登場人物の心の動きがあり、揺れがあり、希望があり、閉塞感があり、愛があり、憎しみがある。ふつうに「人間の精神活動」がある。外界から隔絶された、つくられた世界でも、やはり捨てきれないのだろう。そういう意味で、とても人間くさい話だな。

ただ、このコミュニティをつくるにいたった創設者たち(映画内では「年長者」といっていた)が、なぜこのコミュニティをつくった(つくらざるをえなかった)のかという点については、映画で描かれる理由だけでは弱いなぁ。たしかに悲惨なことではあるけれど、それだけで「社会」を捨てて「ゼロから新しい世界をつくる」までにいたるのだろうか。

あと、ふたつほど疑問点。

このコミュニティをつくったのは「年長者」たちだと思うけど、いったい何人でつくりはじめたのだろう? そして、映画で描かれている村は、創設後何年ほどたっているのだろう? 映画内ではけっこうな数の村人がいて、年長者以外に年頃の若者も相当数いるのだけど、外界との接触を絶っている村だから、外との人的交流はないんだよね。ということは、あの若者たちはみんな「年長者」たちの子供? 冒頭で7歳くらいで死んだ子は、年長者たちの子供同士が結婚して生まれた子供? いずれにしろ、この村では近いうちに(すでに?)近親婚が繰り返されるしかなくなる。年長者たちはそのことをどう考えているんだろう。

それと、この映画、舞台は19世紀末だよね。冒頭で死んだ子の墓に189X年とか書いてあった気がするから。でも、最後に森を抜けて街へ到達した女性に薬を渡した兄ちゃんが乗ってたクルマ、あれって19世紀のもの? なんか、えらく近代的なクルマだったと思うんだけど。兄ちゃんが薬を取りに戻った詰め所も、19世紀のものには見えない。もしかして、村のなかだけ19世紀で、森の外は20世紀もしくは21世紀なの? それとも、なにか自分は大きな思い違いをしている??

なんてことが気になる映画でした。

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AL-BIRD / SODOM & GOMORRA XXI

ウズベキスタンのロック・グループ「X Religion(エックス・レリジョン?)」のキーボーディスト、Al Bird(アル・バード)によるソロ・アルバム。X Religionが何人グループなのか知りませんが、このアルバムにはX Religionからベーシストとドラマーが参加してます。

タイトルがソドムとゴモラですからねぇ。「XXI」がなにを意味するのかわかりませんが、テーマ的には「悪徳の滅亡」ですよね、きっと。サブ・タイトルには「Progressive Symphonic Poem」となってます。

ちなみに、ここで演奏されている音楽は、もともとは舞台用のものだったみたいです。Original scenic versionはウズベキスタンのThe Youth Teatreで上演みたいなことが書いてあるし、ジャケットのうしろにも舞台シーンの写真があります。

曲的にはキーボードを駆使したインストゥルメンタルのシンフォニック・プログレッシヴ。ギターが加わるパートもあり、いかにもキーボード・ミュージックというふうにはならず、きちんとバンド・サウンドが楽しめるのがうれしいです。キーボード自体はそれほど音色にヴァリエーションがありませんが、フレーズやアンサンブルに変化があるのと、メロディがいいのかなぁ、とくに飽きることなく聴けます(自分はキーボード・メインのインスト曲って途中でよく飽きちゃうんですけど)。またパイプ・オルガンをガンガン鳴らすパートもあったりして、迫力と広がりのあるロックになっています。

ソドムとゴモラといえば、男色をはじめとしたありとあらゆる快楽・悪徳がはびこり、それを「もう見てられん!」と思ったイスラエルの神(エホバ)が一晩のあいだに焼き尽くした街ですね。唯一、信心深い家族にだけは天使が「逃げなさい。その際、うしろを振り返ってはならない」と告げに来るのだけど、逃げる途中でつい街を振り返ってしまったお母さんはたちまち塩の塊になってしまったという話。この話をテーマにしたトータル・アルバムなので、快楽・悪徳の栄えを表現したパートとかもあるのかなと思ったのですが、全編通して暗いイメージで、快楽・悪徳の栄え的華やかさ・猥雑さといったものはありませんでした。そのあたり、もっと収録曲(パート)に「シーン」をもっと想起させるようなメリハリがあってもよかったかなぁ。

独特のくすんだ感じがまとわりついているあたりが、やはり東欧。音色、フレーズ、展開、アンサンブルともにクオリティはけっこう高いと思います。X Religionも聴いてみたいぞ。

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2004/09/21

はじめてのディズニーシー

昨日、はじめて東京ディズニーシーに行きましたよ。最後に東京ディズニーランドに行ったのが、もう5年も前のことで、まだディズニーシーもイクスピアリもできてなかったころ。いやー、舞浜駅前はなんだかすごいことになってるんですねぇ。

そんでもって、ディズニーシー。う~ん、微妙だ。

楽しいことは楽しいんですよ。港町の景色って好きだし。メディテレーニアンハーバーとか、まぁよくできてると思います。アトラクションも、インディ・ジョーンズとセンター・オブ・ジ・アースはなかなかですね。

ただねぇ、パークとしてのコンセプトというか、目的というかが、よくわからない。パークの独自性という点でもねぇ、ちょっと弱いんじゃないですかねぇ。

アトラクション。インディも地底探検も、海と関係ないんじゃないかしらん? なぜそれがディズニー“シー”に? ちなみに地底探検にはネモ船長って出てこなかったと思うんだけどなぁ。海底2万マイルつくったので、単純にジュール・ヴェルヌつながりで出しちゃったのかしらん。

それと、スチームボートのナレーションで「ネモ船長はノーチラス号で2万マイルも旅をした」とかいってたけど、1マイルってたしか1.6メートルだっけ? とすると2万マイルって3万2000キロ? たったそれだけかい!! ノーチラス号は「2万マイルの深海まで」潜って、ふつうの潜水艦では見られない未知の海底世界を旅したっていう話じゃなかったんか? だから「海底2万マイル」なんだろが。なんかなぁ、こういうところ、きちんとつくりきれてないんだよなぁ。

それとなぁ、けっきょくインディ、地底探検、海底2万マイル以外のアトラクションって、新鮮味がない。これはスターツアーズだ、これはイッツ・ア・スモール・ワールド&カリブの海賊÷2だ、これはよく遊園地にあるやつのディズニーランド版? って感じで、ディズニーシーオリジナルってのが弱いよなぁ。インディとかにしても、もとネタにあまりディズニーもシーも感じさせないし。

メディテレーニアンハーバーを囲む街並みは、なかなかきれいにヨーロッパ風。だけど、あくまでも風。ヴェネツィアもどきの場所なんて、失笑もの。スケールの小さなリアルト橋もどきに、不恰好なゴンドラ。

ディズニーランドの「古きよきアメリカ」は、いまではあまり見られなくなってしまった(少なくとも日本人観光客がしょっちゅう行くような場所にはなくなってしまった)アメリカであり、そこにあるのは「本当にはないけれど、多くの人の心のなかにある懐かしい風景」なんだと思う。でもディズニーシーの「ヨーロッパの街並み」は、いまでもイタリアのトスカーナとかドイツの古城街道・ロマンティック街道などに行けばふつうにごろごろある。本当に何百年も前からの石畳と石造りの家、城壁などが残ってる。それを何度も見ちゃってるので、つくりものの「古そうな石造り」とか見せられてもねぇという感じ。

全体的に、イメージが固定しちゃってるんだよなぁ。ディズニーランドは、ありそうでないものが多いから、そこからイメージを膨らませられる。アトラクションから映画がつくられるっていうのは、いい例だろう。でもディズニーシーは、ありそうでやっぱりあるものからパーク内に多いように思う。映画からアトラクションをつくった、いまも見られるヨーロッパの田舎やアメリカの港町の風景をもってきた。そんな感じ。だから、イミテーションの向こうに「本物」を見てしまい、イミテーションが輝かない。

あと、気になったのは、スタッフ。なんかみんな、しんどそうなんですけど。笑顔がない。元気がない。ゲストが声をかければ明るく対応してはいるようだけど、それ以外のときはなんだかつらそうな顔で立っている人が多い。ディズニーランドもいまはこんななんだろうか?

昨日は風が強くて、ブラヴィッシーモは内容変更、そのあとの花火も中止と、ちょっと残念といえば残念ではあった。パークに入ったのは昼の12時半くらいで、パークを出たのは夜の9時。そんなに長くいたわけじゃないけど、もう充分かなという感じ。ディズニーランドなら閉園までいるんだけどね、たいていは。ま、1回くらいは見ておかない戸という目的は達成できた。でもディズニーシーのリピーターになるかというと、自分としては別にいいやという感じ。近いうちに、ひさしぶりにディズニーランドのほうにまた行きたいなという気持ちを強くさせられたディズニーシー初体験なのであった。

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2004/09/17

TARANTULA / TARANTULA

スペインのプログレッシヴ・ロック・グループです。スペインのプログレッシヴと聞くと、おもいっきりフラメンコ・ギターが入った熱くて哀愁たっぷりのロックを想像するかもしれません。実際、スパニッシュ・プログレッシヴのトップ・グループのひとつであるTriana(トリアナ)とかは、まさにフラメンコ・ロックで、おそらく多くの日本人が思い浮かべるであろう「スペイン=フラメンコ」&「ロック」の組み合わせそのものです。でもじつは、フラメンコ・テイストたっぷりなスパニッシュ・ロックって、あまり多くないというか、自分はTriana以外に知りません。

Tarantula(タランチュラ)もやっぱりフラメンコ・テイストはありません。でも、とてもとてもスパニッシュな雰囲気を感じさせてくれます。それは、ヴォーカルによるところが大きいのだろうな。あまり大きなビブラートをかけず、圧倒的な声量で、美しくも哀愁のあるメロディを力強く歌います。同じ「喉を開いて歌う」のでも、同じく歌のなかに「強い日差し」を感じても、どこか突き抜けた明るさとおおらかさがあるイタリアとはちょっと違い、スペインの歌には「哀しみ」がついてまわるような気がするのは自分だけでしょうか。

そんなヴォーカルの魅力が存分に発揮されたM1はインパクト強いです。フォーク風にやさしげに歌っていたとおもったら、さびでは一気にオペラチックな歌い方へと変わり、サビの後半ではファルセット・シャウト。もう、これだけで「やられた」って感じです。そしてバックではリリカルなフルート、クラシカルなオルガンやストリングスが強力にサポート。一気にアルバムの世界に引き込まれます。

この曲に代表されるように、Tarantulaの特徴は奥行のあるキーボード群と個性的なヴォーカルにあるといえるでしょう。演奏の土台を固めるリズム隊も力強く、哀愁一辺倒にならない、きちんと「ロック」を感じさせてくれるシンフォニック・プログレッシヴになっています。ちなみにギターも入ってるんですが、これはあまり印象に残りません。

キーボードの音色自体はあまり熱くなく、どちらかというと薄っぺらな感じではあるのですが、クラシカルでときに教会音楽をも思わせるようなフレージングやアルペジオ、要所を押さえたオーケストレーションなど、センスのよさを感じます。このキーボード群のアンサンブルを中心に、緩急のはっきりしたドラマティックでちょっとハードなシンフォニック・ロックが展開されます。個人的にヴォーカルの個性が強いプログレッシヴ・ロックが好きということもありますが、スパニッシュ・プログレッシヴとしてなかなかの名盤だと思います。

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2004/09/16

くえすと・え・らんごろ・でぃ・ぴんぱ

今週発売の「Tokyo Walker」で、ひさしぶりに見ました。サーラ・アリエンティ。

まぁ~、大きくなっちゃって(おまえは親戚のおばちゃんか!?)。

サーラがNHKの「イタリア語会話」に出ていたのは、いつのことだ? もう4年くらい前かな。イタリア産の動物アニメ「ピンパ」のコーナーを担当してた。

このアニメ、主人公のピンパがめちゃかわいくない。赤い色のぶちのある犬の女の子って設定なんだけど、おっさんみたいながらがら声で、最初はずっとオス犬だと思ってた。赤いぶちも、ぶちってよりは「おまえ、なんか悪い病気?」って感じで気持ち悪いし。

そんなコーナーで、とてもイタリア人と日本人のミックスとは思えないめちゃめちゃ「ひらがな」なイタリア語で「ちゃお・あ・とぅってぃ・こめすたぁ~て?」といっていたサーラ。まだ子供だったのになぁ。すっかりきれいなお姉さんになっちゃって。

Tokyo Walerでは「ミスコンに出るふつうの大学生」として紹介されてたんだけど、もうモデルの仕事とかやめちゃったんだろうか?

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2004/09/15

MAURIZIO MONTI / L'AMORE

この人のこと、ぜんぜん知らないのですが、BMGのGli indimenticabiliシリーズの再発はハズレがほとんどないし、プログレッシヴ・ロックのファンにもおすすめといったコメントをどこかで見たので購入しました。

はい。今回も正解でしたよ。Amedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)の古いアルバムとかPaolo Frescula(パオロ・フレスクラ)とかが楽しめるプログレッシヴ・ファンなら、Maurizio Monti(マウリツィオ・モンティ)のこのアルバムも、きっと楽しめるでしょう。

Maurizioという名前のとおり、この人は男性なんですが、声はちょっと高くて、なんだか女性ぽいです。そのうえ、少し割れてる。Loredana Berte'(ロレダーナ・ベルテ)とかGianna Nannini(ジァンナ・ナンニーニ)とかがおだやかに歌っているときの声に近いような気がします。個性的な声質・歌い方で、あまり力を込めて歌い上げたりということはないのですが、感情が豊かに伝わってくる感じです。べたべたと甘くなったり、なんだか暗くなったりすることのない、やわらかな哀愁を漂わせています。

また、このアルバムではキーボードがいいですね。少しざらざらした音色で、大げさにならず、かといってスカスカにもチープにもならず、上手に曲を盛り上げています。曲自体はフォーク・タッチで地味な感じのものが多いのですが、ほどよくドラマティック&シンフォニックなキーボード・オーケストレーションによって、味わいと広がりのあるものに仕上げられています。

曲によってはLa bottega dell'arte(ボッテガ・デッラルテ)やCollage(コッラージェ)などのようなコーラス系ラブソング・グループが演奏しそうなものもあります。頼りなげに「amore ~」と歌う曲などは、思いっきりイタリアン・ラブソングど真ん中。このあたりもイタリアン・プログレ者の心をくすぐります。

全体的にはフォーク・ベースの地味なアルバムですが、どことなくふわふわとした感じがあり、そこはかとなくサイケデリック、ほどよくシンフォニック。生粋のプログレッシヴ・ロック・ファンやイタリアン・ロック初心者にはすすめませんが、プログレッシヴ・カンタウトーレ系の作品が好きな人ならきっと楽しめる作品だと思います。

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2004/09/14

METAMORFOSI / PARADISO

1970年代に2枚のアルバムをリリースしたMetamorfosi(メタモルフォシ)の、およそ30年ぶりになるサード・アルバム。奇跡の復活、奇跡のリリース!? 前作『Inferno(地獄)』はダンテの『神曲』の地獄編をテーマにしたコンセプト・アルバムだったそうで、今回の『Paradiso(天国)』はやはり『神曲』から天国編をテーマにしたコンセプト・アルバムだそうです。30年のときを経て、アルバム・コンセプトが引き継がれています。

Metamorfosiの『Inferno』、けっこう好きで、むかしはよく聴きました。どこかBanco del Mutuo Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)を思わせるような、よく通るオペラチックなヴォーカルや、ドラマティックかつ邪悪な雰囲気を撒き散らすキーボード群、1970年代イタリア独特のばたばたとしたリズム。そして、それら全体をうす~く包み込んでいたくすんだ感じ。いかにもイタリアン・プログレッシヴという感じでした。

21世紀のMetamorfosiにも、こういった感じは引き継がれています。引き継がれていますが、もうひとつ強く心に入ってこないのは、自分が年をとって変わってしまったからでしょうか。それとも、変わることを拒んでいるから?

ピアノの音に艶と奥行が感じられません。奏でるメロディやフレーズはイタリアンなのに、音色がかさかさ。現代的なすっきりした音色のキーボード群も、聞きやすく耳あたりがいいのだけど、Metamorfosiの持っていた熱い情念のような部分が薄まった気がします。そして、はっきりすっきりしたキーボード群が全体を支配していることで、ヴォーカルがキーボードのなかに埋没し、相対的な力関係が弱まっているように感じてしまいます。ヴォーカルに特徴と魅力があるグループだと自分は思っているのですが、その点で残念です。

前作はコンセプトが地獄で、今回はコンセプトが天国なので、前作のような邪悪さ加減があまり感じられないのは、当然といえば当然なのかもしれません。ただ、自分にとってのMetamorfosiはやっぱり『Inferno』で、くすんだ薄もやの向こうに邪悪で怪しいうごめきがあり、そのなかに聖性と邪性のどちらにも転びそうな美しい声のヴォーカルという印象なんです。

その点からすると今作は、あまりにすっきりはっきり。演奏テクニックなどに衰えは感じないし、曲もドラマティックによくできているけど、『Inferno』が持っていた魂の迫力とそれに支えられた力強さといったものがあまり感じられません。よい楽曲と上手な演奏なんだけど、その先にあるもの、あるいはそのもとにあるものが、ちょっと弱いかなぁ。

多くのプログレッシヴ・ファンのみなさん、Metamorfosiファンのみなさんのあいだではとても評価が高い作品なので、自分ももっと聴きこむ必要があるとは感じているのですが、どうしても聴きこみたいという欲求を抱かせるまでにはいかない。そんな感じです。

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2004/09/13

最近観た映画

『死国』
夜中のテレビでやってたので。テレビで観るのは2回目。
感想:
生き返った娘って『Kill Bill』(観てない)のゴーゴー夕張だったんだ。
主演してたの、夏川結衣さんだったんだ。前に観たときは気づかなかった(そのころは夏川結衣さんを知らなかった)。
若いころの夏川結衣さんって、韓国の女優みたいだ。きれい。角度によっては田中美佐子さんの若いころにも似てるな。きれい。
映画を観る前に先に原作を読んだときもつまらなかったけど、前回テレビでこの映画を観たときもつまらなかったけど、今回もやっぱりつまらなかった。このテーマで、このシチュエーションだったら、もっとなんとかできそうなものなんだけどなぁ。

『クリムゾン・リバー2 黙示録の天使たち』
早稲田松竹のラスト1本800円でやっていたので。観るのははじめて。
感想:
古い修道院。キリスト像から流れ出る血。12使途と同じ名前を持った猟奇殺人の犠牲者たち。薄暗く湿った映像。なんて自分好みなお膳立て。このまま古い宗教観や教会が隠し(守り)続けてきた秘密などをベースにゴシックなサスペンスになってくれればおもしろかったかもしれないのになぁ。
途中から「埋蔵金を探せ」映画になっちゃった。『キング・ソロモンの秘宝』系? 最後は思いっきり『インディ・ジョーンズ』。まいっちゃったな。アークが財宝に変わっただけじゃん。
『クリムゾン・リバー』1作目(テレビで観た)もベースの部分のストーリー(猟奇殺人の動機)があまりに薄っぺらくてまいっちゃったな系の映画だったけど、続編もやっぱりおんなじ。ゴシックなお膳立てがなんの役にもたっていなかった。

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M.EFEKT / NOVA SYNTEZA 2

すごいです。ボコボコしたベースとドラムの迫力。ドラマティックな構成。哀愁のあるヴォーカル。力強いブラス。非常に重厚なヘヴィ・シンフォニック・ロックが堪能できます。

言論や思想に対する統制が強く残っていた1970年代の東欧・チェコで活動し、多くのアルバムをリリースしたModry Efekt(モードリー・エフェクト)のデビューは1960年代終わりころ。旧共産圏ではロックを「西側的退廃の象徴」とみなしていたようですが、チェコも例外ではなく、このアルバムにも「ロック」ではなく「ジャズ・オーケストラ」という文字が見えます。

しかし聞こえてくるのは間違いなくロック。ブラスの導入費率が高いのでジャズ風に聞こえるところもありますが、ブラスとバンドによる密度と緊張感の高いアンサンブルはOsanna(オザンナ)やKing Crimson(キング・クリムゾン)に通じるところもあるでしょう。

このアルバムを代表する曲はやはり、20分を超す大曲で、アルバム・タイトル曲にもなっている「Nova Synteza 2」でしょう。初期のころのOmega(オメガ)などにも通じるような、東欧の叙情・哀愁をたたえたハード・ロック的要素を力強いリズム・セクションとブラスが引っ張り、非常にパワフルで重く、スリリングな演奏が楽しめます。緩急をつけたドラマティックな構成も見事ですし、男声コーラスによる印象的なフレーズも耳に残ります。

共産政治によるさまざまな規制のなかで、しかも1974というはやい時期に、これだけのパワーとクオリティを持ったアルバムをリリースしたグループに脱帽するしかありません。プログレッシヴ・ロックのファンで、というよりもユーロ・ロックのファンで本当によかったと思えるアルバムです。素晴らしい。

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2004/09/11

薔薇の名前

ずいぶん時間がかかりましたが、やっと『薔薇の名前』がDVDになりましたよー。シネマスクエアに観にいったのが思い出されまするぅ。

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2004/09/10

SHLOMO GRONICH

イスラエルのシンガー・ソングライターだったと思います。例によって?ジャケットやブックレットはイスラエルの文字で書かれていて、アルファベット表記があるのはアーティスト名だけ。困った。

よく耳にするピアノのアルペジオによるクラシックの曲から始まります。ブックレットの写真からすると、鍵盤はShlomo Gronich(シュロモ・グロニシュ?)が自分で弾いてるのかな。このアルペジオが微妙にリズム感が悪くて、おいおい、この先だいじょうぶかよと心配になりますが、フルートその他の楽器が入るパートへとすすんでいくと、なんとかなります。ブックレットが読めないのでわからないのですが、おそらくシンガーのShlomo+バック・ミュージシャンという構成だと思うんですよ。それにしては、バックの演奏はみんな微妙に下手です。1971年リリースということを考えても、ねぇ。このあたりに西欧諸国とイスラエルの地域格差を感じちゃいます。しかし、そういった演奏力の弱さが逆に、アルバム全体にノスタルジックな雰囲気を与えているともいえます。

Schlomoの歌声は丸く、心持ち気弱な感じで、やさしく響きます。Tito Schipa Jr.(ティト・スキーパ・ジュニア)から神がかった部分?を抜いたような印象でしょうか。そんなSchlomoのヴォーカルを中心に、哀愁とノスタルジィに満ちたストリングスやハーモニカなどが美しく響くパート、ハードなオルガン・ロック風になるパート、泣き叫ぶような女性ヴォーカルを配したパートなど、さまざまな場面が展開されていきます。アルバムとしてはあまりまとまりがないというか、かなりとっちらかっている印象ではありますが、もしかしたらこの作品、ロック・テアトルとかポップ・オペラとかなのかもしれません。そう考えると、このとっちらかり加減がなんとなく納得できます。

多少まとまりは悪いですが、アルバムのなかには喜びがあり、悲しみがあり、郷愁があり、苦しみがあり、さまざまな感情とドラマが刻み込まれています。西欧諸国の持つ美しさとは少し違った美しさもあります。声だけでなく、アルバム自体にもどこかTito Schipa Jr.の作品に通じるなにかがあるように感じます。初心者さんにはすすめませんが、プログレッシヴ・カンタウトーレのコアなファンなら聴く価値のある、意欲的な作品だと思います。

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2004/09/09

プログレしりとりアルファベット全制覇

ここ数日、francofrehleyさんのBlogで開催されている「プログレバンドしりとり合戦」にすっかりはまっています。仕事中も気になって気になって(笑)。

もともとのゲームは、プログレバンド/アーティストの名前でしりとりをしようっていう、単純といえば単純な企画。でも、ゲームを続けるために、しばらく聴いてなかったアーティストの名前を一生懸命思い出したり、投稿の際にはそのアーティストについての一言コメントを書かなくてはいけないというルールがあるので、アルバムの内容を聴きなおしたり、記憶をたどったり。自分が知らないアーティストやアルバムの名前もコメントつきであがり、なんだかとっても楽しい。

最初はたんに「しりとりしよう」というゲームだったのですが、数々のアーティスト名があがるうちに、B、C、J、M、Q、V、X、Zで始まるアーティストが出ていないことがわかり、いつしか「アーティスト名の頭文字のアルファベット全制覇をしよう」という新たな目標が!

これらの頭文字で始めるには、これらの文字で終わるグループを探さなくちゃいけない。X、Zあたりはこれらの文字で始まるグループ自体の数が少ない。そのあたりのバランスを取りつつ、参加者同士でそれとな~くヒントを出し合いつつ、ひとつひとつ文字をつぶし始めたのが昨日の2時半ころから。それが一気に加速しだしたのが5時ごろからで、もうここからは仕事どころじゃありません(笑)。

自分でグループ名を出すことだけでなく、自分以外の誰かに出してもらうためにヒントとともに「つなぎ」を出したり、自分であげられるグループ名のヒントを出して誘導したり、あと一歩というところで思わぬどんでん返しがあったり。一瞬、もうだめかと思ったところで、別の解決法を見つけ出す人がいたり。

そして、緊張の瞬間。ついに最後の一文字が埋まったときは、感動しました(笑)。顔も知らないプログレ・ファン同士でひとつのことをやり遂げた(大げさな)。

なんか、おいしいところをいっぱい自分がいただいちゃって申し訳なかったけど、こういうことにハマッテしまうところが、やっぱりまだプログレ者なんだなぁ、自分と思ったのでした。

アルファベット全制覇は達成したけど、プログレしりとりはまだ続いてます。残りグループ数も少なくなってきて、ここからはさらにマニアックにいかないと厳しいかも。いつまで続けられるか、楽しみですわん。

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2004/09/08

滝川クリステルさんって

いつも、ちょっと困ったような顔をしてますよね。
それが、なんか……









すっごくかわいーんですけどーっ!

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2004/09/07

ALUSA FALLAX / INTORNO ALLA MIA CATTIVA EDUCAZIONE

ひと言でいってしまうと、小粒だな。13の小曲を継ぎ目なくつなぎあわせることでアルバム1枚を形成するという手法なので、大きなうねりとかダイナミックな展開とかは出しにくい点もあるのでしょうが、自分の好みからすると、もう少し「おぉっ!」と思わせるような強引さのようなものが欲しかったです。

それと、聴き終わったあとにいつまでも耳に残っているような印象的なフレーズやリフレイン。これも欲しかったな。アルバム全体の構成とかが複雑で把握不能なような高度な?プログレッシヴ・ロックでも、名作・傑作と呼ばれる作品には必ず印象的なフレーズやリフレインがあって、はじめて聴いてもその部分が妙に耳に残っちゃったりするもんだと思うんですよ。自分の好みの問題なのかもしれませんが、そういったフレーズやリフレインがあるかどうかって、アルバムを評価するときの基準のひとつになっちゃいます。

そういった弱点はあるのですが、だからといってAlusa Fallax(アルーザ・ファラックス)のこのアルバムが聴くべきところのない平凡な作品かというと、そうではないところがプログレッシヴ・ロックの楽しいところ。いろいろ力不足なりに一生懸命に頑張ってるところが愛らしいんです。

フルートを中心に、各種管楽器がけっこう大きく導入されているのがひとつの特徴といえるでしょう。でも、このフルートが、なんだか肺活量が少なそうで、聴いててはらはらしちゃいます。それが幻想的かつはかなげな雰囲気を出すのに役立ってはいるのですが。ちなみにフルートの入るパートではスペインのGotic(ゴティック)とか思い出しちゃいました。

そのほかの管楽器、サックスや、ホルン?とかは力強く鳴っています。サックスの入るパートではOsanna(オザンナ)など、濃ゆいイタリアの血を感じます。

問題は、キーボード。ピアノやチェンバロなどでアルペジオやメロディを弾くときはまぁいいのですが、キーボードによるオーケストレーションのアレンジが、とても平凡。単純にコードを白玉で鳴らしただけみたいな部分が多く、もう少しひねりましょうよという印象を受けてしまいます。演奏技術的にもあまりうまくない感じです、ここのキーボーディスト。

ギターは普通かな。比較的クリーンな音を使うことが多く、フルートやピアノなどとの絡みでやわらかな哀愁を表現します。サックスの入るようなハードなパートではきちんと激しい演奏もできます。じつはこのグループの演奏は、このギターとフルートで支えているような気がします。

そして、やはり魅力的なのはヴォーカル。ざらざらとした声質で、あるときはやさしく、そしてときに情熱的に、力強く歌い上げています。いかにも1970年代のイタリアン・プログレッシヴらしい、豊かな声量と表現力を持ったヴォーカルです。むかしはこういうヴォーカリストがイタリアにはいっぱいいたんですが、最近は減ってきてしまいましたね。

全体に小粒だし、せっかくのパワフル・ヴォーカルやヘヴィなサックス&ギターとリリカルなフルート&ギターのアルペジオを上手に対比させぶつけ合うような瞬発力の不足、印象的なメロディ&リフレインの不足といった弱点はあるのだけど、つむぎあわされた小曲のなかに小さな「イタリアン・プログレッシヴの魅力」のかけらがたくさんちりばめられていて、それらを探し拾い集めるのはなかなか楽しいです。また、大きなうねりはないけれど、曲の並べ方、アルバム全体の構成は、けっして悪くはありません。ここになにかコアになる曲やフレーズがあれば、もっと締まった感じになったのだろうなとは思いますけどね。

そういう点で、ある程度多くの1970年代イタリアン・プログレッシヴを聴いてきた人に愛される、そういう人が楽しめる作品だと思います。逆にいえば、イタリアン・プログレッシヴの初心者や、1970年代のイタリアン・プログレッシヴにあまり興味がない人には、あまりすすめにくいというか、先にもっと聴くべきアルバムがあるはずだと感じます。

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2004/09/04

蝋山陽子さんが亡くなったそうです

Vermilion Sands(ヴァーミリオン・サンズ)のヴォーカリスト、蝋山陽子さんが8月23日に亡くなったそうです。
たぶん、自分とそれほど年も違わないのに、まだ若いのに、びっくりです。
蝋山さんと直接の面識はなかったけど、Varmilion Sandsのライヴで美しい歌声に魅せられ、ニフティのプログレ隔離室で何度かやりとりをする機会があって(夢幻のライヴで鳴っていたのはサンプリングではなく本物のメロトロンなんですよと教えてくれたのは蝋山さんでした)、日本の女性ヴォーカリストのなかでは永井博子さん(大木理沙さん)にならんで好きな人でした。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
「Water Blue」を聴きながら……。

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2004/09/02

FLAMING YOUTH / ARK 2

プログレッシヴ・ロックのアルバムのひとつとして、古くから日本のプログレッシヴ・ファンのあいだでは知られていた作品。でもこれ、プログレッシヴ・ロックじゃありませんね。たんに、Genesis(ジェネシス)に加入する前のPhil Collins(フィル・コリンズ)が参加していたからというだけで、プログレ的知名度があるにすぎないものだと思います。

1969年リリースということを考えればしかたがないのかもしれませんが、録音はもこもこで、演奏でなにをやってるんだかよくわからないパートがいくつもあります。Philのドラムも、Genesisのアルバムでは「すげぇ」と思ったものですが、このアルバムではほとんど目立たず。いまとなっては古臭さばかりを感じてしまうオルガンの響きが支配的な感じです。

オーケストラの導入があったり、いくぶんサイケデリックな味付けがあったりもしますが、けっきょくこれはプログレッシヴ・ロックではなく、1960年代終盤のブリティッシュ・ポップ・ロックだと思います。アート・ロックにも達していません。なので、プログレッシヴ・ロックの範疇で語られるのではなく、Move(ムーヴ)とかPilot(パイロット)なんかと一緒に語られるのが本筋なんじゃないでしょうか。あえてプログレッシヴ・ロックの方面から彼らの音楽の持つ雰囲気を表現するなら、プログレッシヴな要素のないThe Moody Blues(ザ・ムーディ・ブルース)、シンフォニックな要素の薄いBarclay James Harvest(バークレイ・ジェームス・ハーヴェスト)、ポップなきらめきがない初期Electric Light Orchestra(エレクトリック・ライト・オーケストラ)……といった感じでしょうか。

楽曲のクオリティも、演奏のクオリティも、たいして高くない、どちらかというと資料的価値で聴かれるべきアルバムなんでしょうね。ただ、それでもメロディ・ラインやのどかな?コーラスなどには古のブリティッシュ・ポップな雰囲気が濃く漂っていて、ブリティッシュ・ファンとしてはそれなりに楽しんで聴けてしまうのではありますけど。そういう意味では、まったくの駄作というわけではないと思います。

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