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2004年8月

2004/08/31

ひさしぶりにご飯を炊いた

もう何か月ぶり?っていうくらいひさしぶりに、ご飯を炊きました。うちはほとんどお米食べないんですよ、ふだん。家に帰るのがほとんど9時すぎとかなので、ご飯炊いて、それに見合うおかずをつくる時間がない。たいていはパンかじって、ちょっとしたメインディッシュ(肉・魚類)とちょっとしたおつまみで、あとはワイン飲んで終わり。妻が仕事から帰ってくるのが10時過ぎなので、本格的なディナー?のスタートはそれからだけど、自分は9時半くらいからつまみを取りながら飲み始めちゃってるのが普通。

でも、そんな生活が何か月も続き、さすがに最近飲みすぎで胃が疲れてきました。昨日は8時半くらいに帰りつけたので、ひさしぶりに米を研いでみたのだわ。おかずは、ほんのりと温めた豆腐に豆板醤としょうゆでほんのりピリ辛に味付けをしたジャコを乗せたもの(飲みメニューだな)、それと麻婆豆腐。今日はアルコールなし。一滴もアルコールを飲まない日なんて、ご飯を炊く以上にひさしぶりな気がする。

おいしかったですよ。普通に。普段はワイン飲みながら2時間くらいかけるのだけど、アルコールがないと食事はすぐ終わっちゃうね。30分もかからない。なんだか、ちょっとさびしいです。おいしい料理があるのに、おいしいお酒を飲まないなんて! と思いつつも、たまには肝臓休めないとな。

ひさしぶりにアルコールを抜いた翌朝だけど、やっぱり胃の疲れはあんまり変わらない感じ。もう少し抜けということなのか、抜いても抜かんでも変わらんということなのか。とりあえず今日は、昨日炊いたご飯と、ジャコがまだ残ってるので、夜はジャコご飯。いちおう、今日も酒抜きの予定。明日は健康診断の再検査だしな。

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2004/08/30

Pixies

このあいだ『16歳の合衆国』という映画を観まして、まぁ、この映画自体はどうということもなかったのですが、映画で使われていた曲がえらくかっこよかったんですよ。そんで、スタッフロールで確認したら、どうやらPixiesというグループの曲のようでした。

Pixies。名前を聞いたことはあるような気がするのだけど、曲を聴いたことはいままでないな。思えば、中学生時代(1970年代終盤)はFMで英米のベスト・ヒット番組みたいなものを聴いていたけれど、高校生~大学生時代(1980年代)はユーロものを中心としたプログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルにどっぷりだったし、1990年代以降はイタリアのロック&ポップス中心で、ここ20年以上、いわゆるチャートもの音楽ってほとんど聴いたことがない。

インターネットで調べたら、けっこう人気があるんですね、Pixies。のちのグランジに多大な影響を……とか書かれているのだけど、グランジってのがわからん(汗)。

映画のなかでかかっていた曲を聴いたかぎりでは、すごくブリティッシュな印象を受けたのだけど、アメリカのグループなんですね。ただ、デビューはイギリスの4ADレーベルというのが、納得といえば納得。

4ADといえば、このレーベルができた最初期のころにリリースされたMassとかModern English(のちのヘヴィ・メタル・グループとは違うよ)、それにMatt Johnson(The TheとかGadgetsのリーダー?だった人)のアルバムは、リアルタイムで日本盤LPがリリースされた。高校生のときだったと思う。陰鬱なイギリスの音色に満ちたMassとサイケなMattのアルバムはよく聴いたなぁ。

4ADってもともとはBauhausのレーベルだったと思ったけど、Bauhausが有名になってBeggar's Banquetへ移ったあと、彼らを追いかけるブリティッシュ・オルタナティヴ(当初はBauhausやKilling Joke、The Birthday Partyみたいなロック/グループをオルタナティヴと呼んでたのに、いまは違うみたいだね)の発信基地として、4ADには注目が集まっていたはず。なのに、いつのまにかコクトー・ツインズ(つづりがわからん)とかDead Can Danceとかで耽美系にいっちゃって、おやおやぁって感じだったんだよね。でも、Pixiesには、初期のころの4ADが持っていた雰囲気に通じるものを少し感じる。

1980年代以降の英米の音楽って、プログレッシヴ・ロック以外ほとんど聴いてないのだけど、こういう音を聴くと、ロック・ファンとしての血がちょっと騒ぐな。彼らのアルバムが聴きたくなってきた。

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2004/08/27

ナスと生ハム

昨日の夜は、厚さ1センチくらいに切った米ナスを生ハム(国産)でくるんで、オリーブオイルで単純に焼いてみた。塩・胡椒はなし。最後に白ワインをひとふり。

国産の生ハムって、塩味ばっかり強くてあまり肉の旨みを感じないので、つまみとしてそれだけ食べ続けるのはどうかなぁと思う味なのだけど、こうやって料理の調味料代わりに使う分にはいい感じ。パッケージには「生のままで食べろ」って書いてあったけど、焼いたほうがおいしい気がするぞ。

中火で両面をじっくり焼いたので、外にまかれた生ハムにはこんがりと焼き目がつき、なかのナスはふんわりと焼きあがりました。ナスだけをそのまま油でいためると、ナスがどんどん油を吸ってべちゃべちゃの油っこいものになっちゃうことも多いのだけど、生ハムを巻くことでナスに直接油がしみこむのを防いでくれたみたい。ふっくりと焼きあがりましたわん。味わいも、ナスの甘みとハムの塩味に、ほんのり肉の旨みが混じりあって、メインとして楽しめる一皿になりました。

そのほかには、舞茸をオリーブオイルと塩・胡椒でささっと炒めて軽く白ワインをふったもの、レタスとレモントマトに白ワインヴィネガーとオリーブオイルをまぶしたサラダを用意。それと、ルブイユという作り手のオート・コート・ド・ボーヌ2001。どれもワインともおいしく合わせられて、楽しい食事になりましたわ。

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2004/08/26

EVITAR BANAI / TRIP SONG

イスラエルのシンガー・ソングライター。アーティスト名とアルバム・タイトルにはかろうじて英語表記があるのですが、それ以外は全部イスラエル語?で表記されているため、ぜんぜん読めません。

このアルバムは、おそらくセカンド・アルバム。某ショップでは彼のことを「イスラエルのMauro Pelosi(マウロ・ペロシ)」といった紹介をしていますが、それはどうかなぁ。たしかにファースト・アルバムは陰鬱なヴォーカルに哀しげでさびしげなピアノとストリングスがかぶさる感じがなんとなくMauro風ではありましたが、このセカンド・アルバムでは、Mauro風なイメージはほとんどないといっていいんじゃないでしょうか。

『Trip song』というアルバム・タイトルからもわかるように、かなりサイケデリックを意識したつくりになっています。Evitar Banai(エヴィタール・バナイ)のヴォーカルは浮遊感があって、Claudio Rocchi(クラウディオ・ロッキ)やAlan Sorrenti(アラン・ソッレンティ)などに通じるところもあり、ある意味ヴォーカルだけで充分サイケデリック風味なのですが、ClaudioやAlanにくらべると、歌声の持つ力と密度が小さい。なのに、バックの演奏は派手なサイケデリック風をめざしているため、ヴォーカルとバックのバランスが非常に悪くなっていると思います。

とくに、過剰にデジタリックな処理をされた派手なリズムや、無駄に雰囲気をあおるシンセサイザーのアレンジはいただけません。ピアノやウッド・ベースなどのアコースティックな楽器との対比でサイケな感じを強調しようという意図なのかもしれませんが、あまりにもバランスが悪い。不協和・不調和による調和とは程遠い位置にあると感じます。そのうえ、曲、歌メロ自体が持つ魅力・存在感もファースト・アルバムより少なくなっているため、いっそうぼやけた印象になってしまいます。

イスラエルの言葉には、フランス語のRの発音をさらに強調し汚くしたような「ふがっ」といった音があるようで、前作ではそれがとても気になりました。前作は、曲もアレンジもロマンティックでシャンソン風なところが多く、そのなかに出てくる「ふがっ」はあまりにそぐわなかったからです。でも今作では、この「ふがっ」があまり気になりません。この音自体があまり出てこない感じがしますし、出てきたところで、バックの演奏がそれ以上に汚い音なので、それほど違和感がないのでしょう。

以上、あくまでも私的な感想ですが、正直にいってがっかりな出来。せっかく個性的で魅力的な歌声を持っているのですから、その声を生かすメロディとアレンジを聴きたかった。もっとシンプルでストレートなアレンジのほうが、彼の歌が生きると思います。

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2004/08/25

PROCOL HARUM / SHINE ON BRIGHTLY

たしかセカンド・アルバムだったと思います。Procol Harum(プロコル・ハルム)らしい、大英帝国の気品をふんだんに漂わせつつもじつは世俗でいなたい酒場ミュージックの雰囲気もふりまく音楽が堪能できます。

このアルバムではまだマシュー・フィッシャーが在籍しているので、かれのひなびた哀愁オルガンも楽しめます。ただ、ファースト・アルバムに収録されている大ヒット曲「Whiter shade of pale (青い影)」のような泣きのクラシカル・オルガンを期待すると、ちょっと期待はずれかもしれません。

あらためて気づいたのですが、初期のProcol Harumにはギターが入ってたんですよね。ファースト・アルバムはしばらく聴いてないので古い記憶になりますが、あまり(というか、ほとんど)ギターの記憶がありません。でもこのアルバムでは、ずいぶんとギターが元気よく鳴っています。思えばギタリストは、ジミ・ヘンドリックスの再来などといわれたこともあるロビン・トロワーですから、このくらいのヘヴィな音色を鳴らして当然ですね。しかし、ロビン・トロワーとProcol Harumって、あまり印象が重なりません。だから早くに脱退してしまったのでしょうか。

ロビンの脱退は、自分としてはどうでもいいといえばどうでもいいのですが、マシューの脱退は、やはりちょっと残念です。彼のオルガン・サウンドは、Procol Harumのイメージの一端を担っていたと思うので。

ゲイリー・ブルッカーのヴォーカルはやはり味わい深く、そこに彼の弾くピアノとマシューのオルガンがかぶさったときに、Procol Harumのもっとも「イギリス的」な音ができあがるように思います。このアルバムでいえばM6~M7あたりの流れに彼らの魅力が強く感じられます。

やっぱりいいグループだなぁと思います。もう少しアルバムそろえようかな。

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2004/08/23

GIANLUCA GRIGNANI / UGUALI E DIVERSI

Gianluca Grignani(ジァンルカ・グリニャーニ)もすっかり中堅どころのアーティストになりましたね。初期のころは土臭いストレートなロック・シンガーだった気がしますが、最近はほどよいポップさを備えた重厚なロックを得意としているように感じます。ミディアム・テンポの曲が増えたのも、最近の彼の傾向かな。

Gianlucaって、声がいいですね。太くて力強いのだけど、そのなかにそこはかとない頼りなさや優しさ、甘さが見え隠れしてる。この声がミディアム・テンポのメロウなメロディにとてもよくマッチします。また、美しいバラードもこの声の魅力を充分に引き出します。

この前のアルバムもそうだったと記憶していますが、ちょっと曲調が似通ったものが多く、メロディや構成にもある種のワンパターンさを感じる部分があることは否めません。それがGianlucaの曲の個性になっているともいえますが、もう少し曲ごとの個性というのも期待したい感じです。彼の場合はヴォーカルに個性があるので、曲調やテンポに変化をつけても声の個性で求心力を得られるでしょう。

むかしながらの土臭いストレートなロック、美しいロック・バラード、ほどよくポップな曲など、それなりにバラエティはあって楽しめます。あっさりめのオーケストレーションも雰囲気づくりに役立っています。自分の好みとしては、これにもう少しリズムの変化や緩急豊かな展開があればなぁとは思いますが、充分にやわらかなイタリアン・ポップ・ロック・ヴォーカルの魅力を感じられるアルバムだと思います。

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2004/08/22

映画『16歳の合衆国』(ちょっとネタばれ)

映画『16歳の合衆国』を観てきました。

なんか、救いのない話だ。これがアメリカ人(の一部)が最近持っている気持ちなのかなぁ。

主人公のリーランドは、ものごとのネガティブな面にばかり視線が行ってしまう16歳の少年。現状がネガティブではなくても、この先の未来にはネガティブな展開しかないと考えてしまうような、ある意味では繊細な、でもじつは臆病な性格。そのリーランドが、恋人(ジャンキー)の弟を殺してしまう話。その弟には知的障害があるため、リーランドは「彼の未来にはいいことなんかなにも待っていない」と考え、未来の不幸を防ぐために、いま殺しちゃう。

この事件をきっかけに、恋人の家庭(みんな問題ありまくり)が崩壊しかけ、リーランドの家庭はとっくに崩壊してて、教師と恋人の関係も崩壊しかけ、なんだかんだとあるわけです。

思春期にリーランドみたいな考え方に傾くことっては、べつに珍しくはないわな。ただ、そこから「他人の不幸を断ち切るために、不幸のなかにいるその他人を殺す」という行動には、普通は出ない。いくらリーランドがその子の姉とつきあっているからといっても、殺人の動機としてはあまりに弱いと思うのだなぁ。やはり本当の動機は、「彼のため」ではなく、もちろん「恋人のため」でもなく、「自分のため」なはず。未来には不幸な世界しか待っていない恋人の弟を殺すことで、未来には不幸しか待っていないように思えてしかたがない自分を終わりにしたかったのかなぁ。

いずれにしろ、殺人という行動を起こすかどうかはべつにして、リーランドの考えていること、感じていることは、まったく理解不能なことではない。そういうこともあるよね、こういう子もいるよねって思いながら観ていけば、それなりにこの映画の持つ世界の中に自分を置くことはできる。

ワケわからんというか、不要だよなと思ったのは、リーランドの父親。家庭を顧みない売れっ子作家。作家としては一流だけど家庭人として、父親としては失格なおじさん。こういう父親がいるからリーランドのような子が育つっていうことをいいたかったのかもしれないが、それならそれでもっと父と息子のこれまでのかかわりとかをきちんと描かんと。ただおっさんが出てきてモノローグしてるだけじゃいかんでしょ。それに、こういう子供って、親がどうかとはあまり関係なく、こういう考え方を持つものだと思う。いっそのこと、リーランドの家庭環境なんかはまったく画面に出さないほうが、かえってリーランドという少年の心の中に入っていきやすかったなと思うのだわ。

最終的にリーランドは、世の中はネガティブなことばかりではないということを感じ、世の中に少し心を開こうと思った矢先に、ジャンキー恋人の姉のボーイフレンド(リーランドのせいで家庭が崩壊した恋人の仇をうちに来た、と見せかけて、自分と恋人の関係が悪化したことを彼のせいにしたくて来た)に刺し殺されるんだけど、最後、リーランドは笑ってるんだよね。少しポジティブな気分になってきたところで「終わり」が来たから、彼は自分の未来の「ネガティブ」な部分を見ずにすんだ。その点でいえばある意味ハッピーエンド。彼の教師は恋人とヨリを戻し、リーランドを殺した兄ちゃんは「恋人の家庭のために」という大儀のもとリーランドを殺したいという自分の欲望を果たし、おそらくジャンキー姉ちゃんは結局ジャンキーから抜けられないだろうし、別れを望んでいたジャンキーの姉は望みどおり彼と別れて遠くの大学へ行く。そして「哀しみにあふれている世界」はなにも変わらないまま、ずっと続くんでしょう。

という雰囲気を感じて、そういう世界の中を漂って、ふ~んって思って終わっちゃう映画でした、自分にとっては。

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2004/08/20

トレンティーノ・アルト・アディジェの赤ワイン

ラグレイン・ドゥンケルという赤ワインを飲みました。ラグレインというのは葡萄の名前だそうです。ラグレインで造られたワインを飲むのははじめてだし、そもそもトレンティーノ・アルト・アディジェ州のワイン自体、飲むのがはじめてかも。造り手はサンタ・マグダレーナ。ヴィンテージは1997年。

ちょっとカベルネ・ソーヴィニヨンにも似た、鉄のような、酸っぱいような、かたいような香りと、ちょっとこげた香りがします。口に含んだ瞬間は甘い果実の味が広がり、そのあとから強い酸味が追いかけてきて、最後にタンニンが穏やかに味を占めます。そして飲み干したあとにはほのかにバニラのような香りと味わいが口に残ってる。

なんだか、おいしいです。7年経ってるからなのか、酸は強いけど口当たりは丸いし。1400円弱でこの味わいならパフォーマンスが高いな。

イタリアの北のほう、とくにドイツやスロヴェニアに近いフリウリ・ヴェネツィア・ジゥリア州やトレンティーノ・アルト・アディジェ州は、どちらかというと白ワインのほうが有名ですが、じつは地元品種を使った赤ワインもなかなか味わい深いものが多い気がします。スキオッペッティーノとかレフォスコとかもたしか、このあたりの地元品種ですよね。これらの葡萄で造られたワインって、日本ではあまり見かけないのだけど、見かけるとつい買ってしまいます。そして、たいていは自分の好きな味わい、満足するワインになってます。今後はラグレインという葡萄も要チェック品種にしておこうと思います。

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2004/08/19

コンビニのサンドイッチ

平日のお昼は、コンビニのサンドイッチを食べることが多いんですよ。たいていはコンビニサンド(三角のやつ)1パックです。

でね、思うんですけど、なんでコンビニのサンドイッチのパックって、具材の同じもの2個の詰め合わせなんでしょう? せっかく2個のサンドイッチが入っているのに、両方とも同じ味なのがつまらん。というか、たまにはカツサンドとかコロッケサンドとかハンバーグサンドとか食べたいんだけど、2個も食べたら飽きるんですけど。ジャガイモのサンドイッチは好きだけど、それだけふたつ食べるのはちょっと物悲しい気持ちになることがあるんですけど。カツサンド1個と野菜サンド1個の組み合わせとかだったらいいのに。

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2004/08/18

MIRO / REAL LIFE GAMES

バックをIl volo(イル・ヴォーロ)のメンバーが担当していることもあってか、むかしからプログレッシヴ・ロック/イタリアン・ロックのファンのあいだでは存在がよく知られていて、また実際に聴いた人たちの評価も高いアルバムです。ただ、CD化されたのはつい最近で、それまでずっと入手困難な作品の1枚だったので、自分は聴いたことがありませんでした。

う~ん、微妙だ。

たしかにIl voloを思わせるような演奏がところどころに聞こえたりはします。M5などはいかにもイタリアン・ポップスを感じさせるストリングスの音色とアレンジがほんのりサイケ風味のロックに乗っていてちょっとひきつけられます。でもM3なんかはわりと普通のロックだし、M7とかは1960年代から70年代初頭のブリティッシュ・ポップスに近い雰囲気で、じつは全体にあんまり「プログレッシヴ・ロック!」という印象はないような気がします。

歌詞が英語というのも、ちょっとなぁという感じ。もともと曲調にそれほど“イタリア”を感じないので、英語がそぐわないということはないのですが、おそらくこのアルバムのなかでもっとも“プログレシッヴ・ロック”を感じさせるであろうM1、M2での英語歌詞の乗りの悪さはいったいどうしたものでしょう。なんだか、いかにも英語素人がもともとは別の言語で書かれていた曲の歌詞を無理やり英語に翻訳してなんとかメロディに載せましたというかのような座りの悪さ、歌メロと歌詞の乖離を感じます。

ちなみに、このM1とM2を聴いてると、日本のむかしのプログレッシヴ・ロック・グループを思い出します。Far East Family Band(ファー・イースト・ファミリー・バンド)とか。初期のころのPink Floyd(ピンク・フロイド)のサイケ風味と、初期のころのKing Crimson(キング・クリムゾン)の叙情性、そしてTangeline Dream(タンジェリン・ドリーム)のエレクトロニック風味がほどよくまぶされていて、ヴォーカルが歌メロ・発声ともに曲から浮いているところなんて、すごくオールド・ジャパニーズ・プログレッシヴに近いと思うのですが、いかがでしょうか(笑)。

イタリアということをあまり考えず、またプログレッシヴ・ロックということにあまりこだわらず、1970年代初頭の“新しい音楽”だと思って聴けば、それなりに楽しめると思います。あぁ、そうだ。Lucio Battisti(ルーチォ・バッティスティ)の『Amore e non amore』なんかと似たようなポジションにあるのかもしれません。自分にはあまりよさがよくわからないのだけど、古くからのプログレッシヴ・ロック・ファンのあいだでは評価が高いという点で、この2枚には通じるものがあるかも。

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2004/08/17

前と後ろ

どうでもいいことなんですけどね。洋式トイレの便座に使う「便座シート」ってあるじゃないですか。デパートのトイレとかにある、便座に敷くぺらぺらの紙。あれってさ、たいていの場合、四角い紙に切れ込みが入ってて、使用するときは切れ込みのなかを便器内にたらして使うじゃない。

そのとき、便器内にたらすところの一部は、便座に敷く部分につながっているのだけど、便座シートの「使用方法」を読むとさ、つながっているところを後ろ側(背中側)にして便座に敷き、前方向にたらしてくれって書いてあるのね。でも、ウォシュレットのときはつながってるところを前側にして便座に敷き、たらすのは後ろ方向にって書いてある。

ウォシュレットは後ろ側から水が出るので、そこにたれさがった便座シートがあったら邪魔だから、つながってるところを前側にっていうのはわかるのだけど、そうでない便器ではなぜ後ろ側? ぜんぶ前側でいいじゃん。ウォシュレット以外のトイレで前側にすると、なにか不都合があるんだろうか……。

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2004/08/15

死にかけセミは怖いよ!

あたしゃ虫が嫌いなんです! でっかいのもちっさいのも。あのわらわら動く細い脚も嫌いだし、顔の造形とかからだのつくりだとかも気持ち悪い。うぅ。

そろそろ秋も近づいてきだした気配のする今日この頃、めっちゃおっかないのはセミです。それも死にかけのやつ。道端だとか、アパートの階段や廊下だとかに仰向けにひっくり返ってて、死んだふりしてるくせに、うかつに近づくといきなりばたばたと暴れだして、むやみやたらな方向に飛ぶ。でも死にかけだからちゃんと飛べなくて、低いところをばたばた。そして、あろうことか、いきなり方向を変えてこちらに向かってきたりする。

こえぇ~よ~ぉ。あんなのにぶつかってこられたら叫んでしまいそうだ。お願いだから、おとなしく死んでて。じたばたしないで、じっとそこで死にかけててくれぇ~。

というわけで、帰宅途中に道で仰向いてるセミを発見すると、死んでるのか、それとも死にかけなのか、すっごくびくびくしながら、できるだけ遠くを足早に通り過ぎる日々なんですが、そいつが死んでるのか死にかけなのかを見分ける方法があると眞鍋かをりさんのブログに書いてあった。いわく、

~~~~~~~~~~
脚の開き具合を見るのである。
完全に死んでいるセミはきっちりと脚を折り畳んでいるのに対し、
まだ余力を残している奴は少し脚が開いているのです。
こういう子に近づくと、いきなり暴れだして心臓がとまる思いをすることになります。

(眞鍋かをりさんの8月15日ブログより)
~~~~~~~~~~

へぇ~~~~っ! 知らなかった。脚がポイントなのか!!
勉強になりました。眞鍋さん、ありがとう!

と思ったんだけど、確認するために仰向いてるやつらに近づいて、気持ちの悪いわらわら脚の開き具合を調べるなんて、できねぇよっ!

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2004/08/13

ラムと野菜の蒸し煮ちょっとエスニック風

昨日の夜は、近所のスーパーでひさしぶりにラムが売っていたので、そしてひさしぶりに夜8時半に家に帰りつけたので、ラムを蒸し煮にしてみることにした。いつもいつも焼いてばっかしじゃつまらんからな。

ラムの両面にしっかり塩コショウして、たっぷりめのオリーブオイルを敷いた深めの鍋で両面に焼き目をつける。
細切りにした生姜、ざっくり刻んだにんにく、一口大に切ったジャガイモとにんじんとトマトを、鍋に投げ込む。
ローレル2枚と、手近にあったエスニック系のスパイス、カルダモン、フェンネル、クローヴ、コリアンダー、オールスパイスあたりを適当に投げ込む。
香りづけに白ワイン少々をふりかける。

あとはアルミホイルで落し蓋をして、弱火にかけておくだけ。野菜から出てきた水分と蒸気で、肉も野菜もふんわりと仕上がるって寸法。火にかけたらワインの栓を抜いて、蒸しあがるまでの間にシャワーを浴びて、メールをチェックして、てなことをしてるとワインも美味しい状態に開いてきて、料理も美味しくできあがるってワケです。

なんとなく思いつきで適当につくったけど、美味しかったわ。ワインは、昨日の残りのラリナム・サンジョヴェーゼ(イタリア・プーリア産)とプラネタのセグレタ・ロッソ(おそらくネロ・ダヴォラ主体? イタリア・シチリア産)を用意したけど、セグレタのほうがこの料理には合ってたな。

しかし、やっぱラムはんまい! もっと普通に日常的にラムが買えるようになってほしいぞ。

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2004/08/12

U2 / WAR

今頃になって、はじめてU2の名作アルバムを聴きました。U2は学生時代にほとんどリアルタイムだったと思うのだけど、学生時代の自分はプログレッシヴ・ロックを中心にマニアックなものしか聴いていなかったので、意外と「名作」と呼ばれるロック作品を聴かずにすごしてしまっていることだらけなのですわ。

オープニング曲の「Sunday Bloody Sunday」、えらくかっこいい曲ですね。U2というとクリーン・トーンに深いエコー(ディレイ)をかけたギターのアルペジオがクールというイメージがあったのだけど、この曲はどこどこと響く重たいドラムにちょっとラフな感じのヴォーカルと、すごく「ロック!」を感じます。歌詞はわからないのだけど、タイトルからして暴動とかそんなことを歌ってるんでしょうね。アルバム・タイトルは「戦争」だし。なんだか、すごく「熱い」印象。

このオープニングから、大ヒットとなった(んでしたよね?)「New Year's Day」までの流れが素晴らしいですね、このアルバム。曲のタイプがそれぞれに異なっていて、U2の持つ音楽性の幅が感じられます。それぞれの曲のクオリティも高いし、集中力のようなものも感じられる。

ここまでの密度の濃さに比較すると、それ以降の曲は少し弱い感じを受けます。曲としてよくまとまっているし、演奏やメロディも悪くないのだけど、演奏者が曲や演奏に込めた「パワー」「集中力」といったものがそれ以前の曲ほど強く感じられません。その分、ある種の余裕のようなものがあって、それはそれで魅力的ではありますけれど、ちょっと息切れ感もぬぐいきれない。後半にもう少し、出だしの緊張感の高さを髣髴させる、もしくはそれを凌駕するような、密度の濃ゆ~い曲が配置されていたら、さらにアルバムとしての完成度や衝撃度が高まったのだろうな。

自分はハード・ロック/ヘヴィ・メタルからプログレッシヴ・ロックを経て、いまは主にイタリアン・ポップスを聴くようになったのですが、これまでの流れのなかで、じつはパンク/ニューウェーヴ系のグループやロックをほとんど聴いてません。U2のギターって、いわゆる「ロック」のギターじゃなくて、ニューウェーヴ系のギターだと思うんですよ、音づくりや演奏スタイルなどが。こういうギター、自分はあまり聴いていないので、とても新鮮で印象的に聴こえます。U2の音楽自体はとても「ロック」な感じですが、そこにこういうギターが入ると、こんなにもかっこよくなるんだな。

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2004/08/11

IRON MAIDEN / FEAR OF THE DARK


スピーディなリフと美しいハーモナイズド・ギター、リズム楽器に収まらない自由なベース、ときどき現われるプログレッシヴでドラマティックな展開 ―― Iron Maiden(アイアン・メイデン)ってプログレも好きなハード・ロック・ファンの心をくすぐるグループだと思います。このアルバムでもM3、M4などは、いかにもIron Maiden的で、ひきつけられます。
ジャンル的にはヘヴィ・メタルに分類されているけれど、最近のヘヴィ・メタルやプログレッシヴ・メタルとはずいぶんと肌触りが違って、ヘヴィ・メタルというよりはブリティッシュ・ロックという言葉のほうがふさわしく感じます。Diamond Head(ダイアモンド・ヘッド)や、ときにはWishbone Ash(ウィッシュボン・アッシュ)にも通じるところがあるように思います。
そんなわけで、自分はけっこう好きなグループなんですが、このアルバムはちょっと冗長な感じがするかな。ところどころに魅力的なフレーズやアレンジはあるのだけど、なんか切れが足りないというか、突っ走るところとドラマティックにいくところの役割分担がうまくいっていないというか、そんな印象を受けてしまいます。全体にゆっくりめの曲が多いこともあって、ちょっと単調というか、アルバムとしての起伏に欠けますね。また、今回はベースがあまり活躍していないことも、アルバム全体に勢いのあるドラマティックさがもうひとつ感じ切れない理由かもしれません。
Iron Maidenにはもっと疾走するドラマティックさを求めたい自分なのでした。

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2004/08/09

映画『箪笥(たんす)』を観てきた(思いっきりネタばれ)

先日の『4人の食卓』に続き、また韓国ホラーを観てしまった。先にいってしまうと、自分にとっては『4人の食卓』のほうがおもしろかったですわ。『4人の食卓』は幼年期のトラウマ系神経衰弱サイコ・ホラーといった感じでしたが、『箪笥(たんす)』のほうは少女期の不安定セクシュアル系精神障害多重人格ホラーでした。

いきなりネタばれしちゃうと、スクリーンに映し出されているシーンの大半(90%くらい)は姉の妄想・幻想です。妹も、継母も、あの家にはいません。すべて姉が自分で演じ、自分で愛し、自分で憎んでいます。そこまで精神が崩壊する事件が、あの家であったからなんですけど、そして、それに大きくかかわっているのが箪笥なので、タイトルも『箪笥』なのでしょうけど、この危うさって、いかにも少女期って感じです。それが自分の肌感覚になじむかなじまないか、なんとなくでも受け入れられるか受け入れられないかで、この映画を楽しめるか楽しめないかが決まってきそうです。

実の母は箪笥のなかで首をつって自殺していますが、おそらくこの母も精神的にもろい人だったんだろうな。その気質が姉に遺伝しているように思います。妹のほうはそういう線の細さがなく、どちらかというと天真爛漫系の、太陽のような子だったのでしょう。だから母も、どちらかというと妹のほうが好きだったのではないでしょうか。なので、妹の部屋で死んだのではないかと思うわけです。

姉は、のちに継母になる女性と父親が愛人関係にあったと思っていて、そのために実母が自殺したと考えているようですが、そのあたりの真偽はわかりません。母は精神的な問題で突発的に自殺を図ったとも考えられます。

おそらく、この姉は、家族のなかでいちばん浮いていたはずです。この姉には、父に対する近親相姦的な愛憎を感じます。もしかして母を精神的に追い込んだのも、この姉なのかもしれません。じつは妹のことも、この姉は本当は好きじゃなかったのではないでしょうか。もちろん、のちに継母となる女性も、姉は好きではなかった。この姉にとって、父のまわりにいる女性はすべて憎むべき対象なのではなかったか。そう思うわけです。その結果、家族中から「困った娘」と見られ、浮いていたんじゃないかなぁと。

場合によっては、妹が箪笥の下で死に掛けていたことすら、姉は知っていたのではないか、知っていて、知らぬふりをしたのではないかとも思います。

映画では、のちの継母が1度、妹の部屋を確認し、事態に気づいたけれどそのまま放置して戻りかけるのだけど、やはり思い直して、おそらく救出に向かおうと仕掛けたときに、姉が部屋から出てきて、そのタイミングを失わせます。結果、のちの継母は救出に向かうことなく、妹は死んでしまうわけですが、もし姉が、のちの継母が1度妹の部屋を確認しに行ったことにきづいていたとしたら……。

その前のシーンで、のちの継母は他の親類らしき人たちと居間にいます。そして、なにか大きな音がしたから、ちょっと見てくるとその場を離れます。ということは、その場にいた他の人たちは、のちの継母が確認しにいっているはずなのに妹の事故を見逃したことの証人になるわけです。もしくは、事故に気づきながら見殺しにした、と。そんな女性、もうこの家には置いておけませんよね。これにより姉は、実母と妹とのちの継母という、父のまわりにいるじゃまな女性たちすべてを排除できると考えたのではとも思えるんです。

さらにいえば、もしかして実母は自殺ではなく、姉が殺したのかもしれない。じゃまな母を、憎たらしい妹の部屋で。だから、妄想のなかで実母の霊が襲うのは、もともとの自分である姉なのかも。

いずれにしろ、この姉は、父のまわりにいるすべての女性を憎んでいたと思います。父の正式な妻である実母に対する憎しみは、映画のなかからはうかがえませんでしたが、あれが自殺ではなく殺人だとしたら、そこに描かれていたのかも。妹へ対する憎しみは、自分が継母の人格になることで表現されています。妄想継母になり、袋詰めにした妄想妹を殴り殺すわけですから。継母に対する憎しみは、もとの自分の人格であらわにしています。そして、父に対するセクシュアルな愛情と欲望を、自分が妄想継母になることで満たそうとしている。

これらから、この映画は、映像はとても美しいのだけど、じつはエログロにまみれた怪奇少女人形のような作品だ(どんな作品だ?)と、自分には思えるのです。この点で、純粋な「哀しみ」が根底に流れていた『4人の食卓』のほうが、自分には共感も納得もしやすかったのですよ。

ひとつわからないのが、夕食に招かれる親戚(おじ・おば)です。彼らは実在だったのだろうか? それとも、彼らも姉の妄想? おばは「流しの下になにかいた」といったことをいいますが、そもそもあの家でおきる怪奇現象および霊らしきものの出現はすべて姉の妄想ですから、姉意外に見えるはずはないんです。しかし、おばは「いた」といっている。妄想が実態として現われてしまっている。

そもそもあのふたりを呼んだのは誰でしたっけ? 父が電話で「呼ぼうと思っている」といっていたような気もするけれど、妄想継母が「食事に呼んだ」と宣言し姉人格が「いやだ」と応酬しているシーンもありました。とすると、このおじ・おばも妄想の一部と考えたほうが理解がしやすいな。ひきつけを起こしたおばが薬を飲まされるシーンも、妄想継母および姉本人が薬を服用しているシーンとつながるし。

ちなみに、このふたりがクルマで家を訪れる途中の道の端に、テントのようなものがあったような気がするんですが、あれはなんだろう? なんか、気になる。

しかし、幽霊の描き方はもっとなんとかならなかったんだろうか。あまりにも貞子なんですけど。いいかげん『リング』の呪縛から抜けてほしいですわ。

それと、お父さん役の役者さん、途中からどうしても大杉漣さんに見えてしょうがなくなっちゃった。そのうえ、継母役の人は秋本奈緒美さんに見えちゃうし。2時間ドラマかよって感じでしたわ。でも、ふたりとも芝居はうまい。とくに継母役の人、すごいぞ。秋本奈緒美レベルの芝居じゃありませんでしたよん。

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神楽坂ア・マ・テラスでランチ

今日は会社のそばにあるフレンチ・レストラン「ア・マ・テラス」でランチ。ここ、およそ2~3年ごとにフレンチ→イタリアン→フレンチ→イタリアンという業態変更を繰り返し、いまはまたフレンチになってす。業態が変わるたびに店名も変わり、そのたびにだんだんと料理の単価が上がっているのがいただけませんな。

いまの業態・店名になってから入るのははじめてだけど、過去の業態時の料理やサービスのことを考えれば、そのつど働くスタッフは変わっているようだけど、あまり期待はできません。しかし、1回くらいは行っておかないとね、ご近所だし。

セットはプリフィクスで何種類かあるけれど、いちばん安いAコースを選ぶことに。でも1700円だぜ。それで内容は、スープ1品とメイン1品、そしてデザートとドリンク。このスープをオードブルに変更するとBコースになって、値段が一気に2100円となってしまうのでした。高いよ。ビストロ・イデアルならオードブル1品とメインにデザート、ドリンクで1600円だぜ。

今日のスープは2種類。かぼちゃの温かいスープと、サツマイモの冷たいスープ。自分はサツマイモをチョイス。うえに有機栽培白ゴマをすりおろしてつくったソースが少しかかっていて、香ばしくてグッド。スープもサツマイモの甘みが感じられ、おいしいです。サツマイモのソフトクリームみたい。ただ、ちょっとあと味がべたべたと重いのがいけないな。メインに入る前なので、もっとすっきりしておいてほしかった。

メインは、魚が2種(スズキとさんのじ)に肉が2種(ラムとチキン)の合計4種のなかからチョイス。昨晩の夕食がラムステーキだったので、今日は魚にする。さんのじって食べたことがないので、これに。白身のぷりぷりした魚で、細切りのジャガイモで挟んだ状態でソテーしてある。上にサワークリームがかかってる。味は……普通だな。塩が利いてないので魚の味がぼけてる。ぷっくりした歯ざわりはいいのだけど、ちょっと「魚っぽい」感じがなぁ、どうしてもしてしまうんだよなぁ。ビストロ・イデアルやリストランテ・ステファノで魚を食べてもこう感じることはないんだけど。というわけで、魚に関してはビストロ・エリゼ・レベルだろうか。エリゼの魚もちょっと魚っぽいので、最近はあそこでは肉しか頼まないのだわ。この店でも今後は肉しか頼まないだろうな。

デザートはかぼちゃのプリンに紅茶とバニラの2種類のアイスクリームの盛り合わせ。これはなかなか豪華で、イデアルのおまけのようなデザートとはぜんぜん違う(イデアルは、本格的デザート付きは別のコースがあるのだけどね)。そしてエスプレッソもなかなかいい味に入れられていた。

もちろん、グラスの白ワインも飲んじゃいました。今日のはロワール産だといっていた。ちょっと桃の香りがして、冷えてるときにはすっきりしててまぁまぁおいしいのだけど、あたたまってくるとちょっとベタってするかな。

コース1700円とグラスワイン600円であわせて2300円。料理に関しては、あまり「フレンチを食べた」という満足感はない。ワインはそこそこ。デザートはいい感じ。というわけで、総合評価は「そこそこ」ってところか。やはり自分のなかではリストランテ・ステファノとビストロ・イデアルの優位は揺るがない。

しかし、12時30分に店に行ったのだけど、その時点で客は自分ひとり。店の前にはメニューブックが置いてあるのだけど、そのメニューブックの前に自転車が横置きされてるし、入り口の扉は開いてたけど店内は薄暗いは客は誰もいないはで、休みかと思いましたよ。食事が終わるまでにふたり連れが一組と、ひとりで来たお客がいたけれど、昼時であの入りはまずいんじゃないだろうか。イデアルはもっと入ってるよ、いつも。お盆期間でお客が少ないの? 夜は入ってるんだろうか?

ランチの値づけとメニュー構成、料理の味のどれもが中途半端で、前途多難な感じ。2~3年したら、またイタリアンのお店になってしまいそうな予感がひしひしですわ。

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PAOLO MENEGUZZI / LEI E'


一部でTiziano Ferro(ティツィアーノ・フェッロ)のパッチもんともいわれているらしい?Paolo Meneguzzi(パオォ・メネグッツィ)。たしかに声や曲の感じに似たところがあります。ほどよくR&B/ソウル風味のあるポップスです。ただTizianoほど歌に色気はないかな。
要するに、最近のはやりのタイプの曲なのでしょう。ほんのりとセンチメンタルなフレーズとオーケストレーション。静かに穏やかに情熱を込める歌い方。おだやかなラップの導入。上手にできていると思います。アコースティック・ギターのナチュラルな響きとシンセ・ベースやキーボードのデジタルな響きをぶつけるようなアレンジも、最近のグループやアルバムでよく聞かれますね。
それらも含めて、標準的なアルバムだし、標準的なシンガーだと思います。これといって強い個性があるわけではないけれど、とくに悪い点も見当たりません。曲調にヴァリエーションがあまりなく、ずっと聴いてるとちょっと飽きてくるかなとは思いますが。せめてアレンジだけでも、もっとヴァリエーションがほしい感じです。
しかしほんと、曲によってはTizianoによく似てるな。

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2004/08/05

SILVER MOUNTAIN / ROSES & CHAMPAGNE

Silver Mountain(シルヴァー・マウンテン)のサード・アルバム。けっこう好きだったんです、このグループ。『Universe』と『Shakin' Brain』はよく聴いたな、むかし。スウェディッシュ・メタル・グループって、Europe(ヨーロッパ)もそうでしたが、デビュー当時ってけっこうもっさりしてるんですよね。このもっさり感にクラシカル・フレーバーがちりばめられたスウェディッシュ・メタルを学生時代にはよく聴いてました。

Silver Mountainもいちおう、スウェディッシュ・メタルの名グループのひとつといわれている(た?)のですが、それはやはり、ファースト・アルバムで演奏していたヨハンソン兄弟がYngwie Malmsteen(イングヴェイ・マルムスティーン)のグループに引き抜かれたからでしょうか。たしかグラハム・ボネットのAlcatraz(アルカトラス)でも演奏してましたよね。

実際、ファーストとセカンドは、もっさりと垢抜けないところは多分にあったけれど、それがある種独特な哀愁となって、クラシカルなフレーズをかえって魅力的にしていたところがあったと思います。その点、このサード・アルバムは、もっさり感が減り、すっきりポップなクラシカル・フレーバーになって、以前ほど陰影に満ちた哀愁は感じられなくなりました。曲自体もずいぶんポップな要素が増えました。思えばEuropeも、ポップ要素を大幅に取り入れて大ヒットになった『Final Countdown』ってサード・アルバムでしたっけ? 残念なことにSilver MountainはEuropeのようにヒットを飛ばすにはいたりませんでしたが。

そんなわけで、個人的には過去のアルバムにくらべると魅力が薄いこのアルバムなのですが、それでもJonas Hansson(ヨナス・ハンソン)の弾くギターは哀愁があって素敵です。ビブラートのかけ方とか、ちょっと線の細い音色とか、変わりません。そして、キーボードのアルペジオ風のフレーズをふんだんにちりばめたメロディは、Yngwieの5倍くらいスピードは遅いけど、北欧クラシカル・メタルらしい情感を持っていて好ましいです。Yngwieもこういったアルペジオ風のフレーズをよく使うけど、Jonasのメロディ展開はちょっと独特で、Silver Mountainならではの魅力になっていますね。

しかし、M3「Where are you」の女性コーラス、もっとなんとかならなかったんだろうか。哀愁系バラードなのに、この人の声、なんか品がないんだよな。と思って名前を見たらCatherine Hansson(カテリーヌ・ハンソン)という人なのだけど、もしかしてJonasのお姉さんか妹? う~む、なにかのしがらみか。

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2004/08/04

KARDA ESTRA / VOIVODE DRACULA

Karda Estra(カルダ・エストラ)というのはRichard Wileman(リチャード・ワイルマン)という人を中心に集結したプロジェクト・グループのようです。「ドラキュラ伯爵」というタイトルのとおり、吸血鬼ドラキュラの物語をテーマにしたコンセプト・アルバムです。

このてのオカルト系ロック(?)としては、スロヴェニア出身でイタリアで活動をしているDevil Doll(デヴィル・ドール)という素晴らしいグループがあって、ついそちらとくらべてしまうのだけど、くらべるまでもなく、Devil Dollの勝ちという感じです。Karda Estraはイギリスのグループですが、イギリスといえばゴシック・ロマンの本場なのに、東欧とカトリックのタッグにはかなわなかったということでしょうか。

ゴシック・ロックの魅力である、陰鬱さのなかにある神秘的な美しさと重厚感があまり感じられません。緊張感がありません。なんとなくゴシック風味なのだけど、たんにフレーズやアレンジをそうしているだけで、そこにゴシックなソウルやスピリットが感じられません。演奏が邪悪さや「忌むべきもの」「触れてはいけないもの」といった感じを出せていないため、対比的に入る女性コーラスの美しさも引き立ちません。このあたり、なみのゴシック・メタル・グループにも勝ててないと思います。

吸血鬼は、邪悪であり、忌むべきものであり、恐怖であると同時に、哀しい存在でもあるはず。そういった複雑な感情や状況がきちんと音楽化されているとは思えず、なにか、安っぽいゴシック・ホラー映画のサントラを聴いているよう。

Cyclopsレーベルから「プログレッシヴ・ロック」としてリリースされているアルバムだけど、プログレッシヴでもロックでもないと思います。どういうときに、なんのために聴けばいいのか、自分にはよくわからない作品でした。

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2004/08/03

大量殺人

うち、いまテレビが壊れてて、ほとんど見られないんですよ。まぁ、テレビ見てる時間もないんで、個人的にはあんまり困ってないんですけど、新聞も取ってないし、会社で新聞読む時間もあまりないし(ここんとこ、マジ忙しで)ということで、世間のニュースに疎くて。かろうじて大きなニュースはメルマガやBlogなどで誰かが書いてるのを見て知るくらい。

んで、今日はpura23さんのBlogから。こんな事件があったなんて、知らなかったですわ。

民家2棟で7人刺殺、親族の男に逮捕状…兵庫・加古川

すげ。濃密な人間関係だとか近所づきあいだとかが残ってる地方の田舎町って、考えただけで息が詰まるよなぁ。自分はずっと東京育ち(でも田舎だけどね)だからかもしれないけど、買い物その他の生活の利便だけでなく、周囲との人間関係においても、都会って住みやすいと思うのだわ。ま、自分で稼ぎも持たず、子供に入れあげて、公園でのよそのママさんたちとの閉じた輪にしがみついているお母さんたちにとってはどうかわからんけど。

こういうニュースを見ると、日本ってぜんぜん変わってないんだなぁと思う。横溝正史の時代から。これ、まんま金田一耕介ものの舞台じゃん。みんな、もっとラクに生きればいいのに。人のこともほっといてあげればいいのに。

自分ひとりになる時間(物理的にだけでなく、精神的にも)、自分ひとりでモノを考える時間って、すごく大切なのに、最近はそれが持ちにくくなってる。せっかくその時間が持てるチャンスがあっても、みずからそれを壊したがる子供たちが増えている。みんな、なにをそんなに恐れてるんだろう? 自分がひとりになれないから、他人をひとりにしておけない。ひとりであることを許さない。そんな窮屈な世界にいたら、そりゃまわりをみんな消して、自分も消したくなるだろうな。

ちなみにこのニュース、思いっきり『八墓村』っぽいですが、『八墓村』って本当にあった事件をベースにしてるんですよね。みかんさんのBlogにもちょっと触れてありましたけど。

この、もとになった村人集団殺人事件は、『八墓村』以外にも、映画『丑三つの村』でも描かれています。こっちのほうがもとの事件に近いというか、そのものですね。さらに映画『野生の証明』も、この事件を重要なモチーフにしていますね。みかんさんのBlogによると、事件自体の報道は小さな扱いだったようですが、それを知った人に与えたインパクトは大きかったんだろうな。

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2004/08/02

ハワイアン・フェスティバル行ってきました

東京・代々木公園で行なわれたハワイアン・フェスティバルに行ってきましたよ~。

今年が初開催だとかで、来場者はけっこうまばら。時間がはやかったせいもあるかな。同じく代々木公園ではタイ・フード・フェスティバルとジャマイカ・フェスティバルが今年はあったけど、ハワイアン・フェスティバルがいちばん人が少ない気がするぞ。まぁ、タイ・フェスティバルは有名になりすぎて、すでに制御不能な感じだけどね。日比谷公園のアフリカ・フェスティバルも混むようになってきちゃったな。ジャマイカ・フェスティバルは過去にも何回かやっているようだけど、そんなに混んでなかった。

混んでるのは、タイとアフリカ。混まなかったのは、ジャマイカとハワイ。どこに違いがあるかというと、やはり食べ物屋台の質と量だろうな。

タイ・フェスタはほんと、タイ料理の屋台がずらっと並び、会場は食べたいものだらけ。アフリカ・フェスタは、屋台の数は少ないけど、普段はあまり見られない各地のアフリカ料理が食べられて楽しい。

ジャマイカ・フェスタは、そもそもジャマイカ料理ってなんだよって感じだし、会場に行って見ても普通に焼きそばとか売ってるし、中華やカレーの屋台もいっぱい。けっきょくジャマイカ料理を歌ってるのはジャーク・チキンとかいう、これってアメリカ?って感じのジャンクな味付けがされた鶏肉およびそれをはさんだハンバーガーくらい。

そしてハワイ・フェスティバル。ハワイの料理(ロコ・フード)といえばロコ・モコ・ボウルやスパムがちょっと日本でも知られているくらいだけど、ハワイの伝統料理には肉を葉っぱに包んで蒸し焼きにしたものとか、ポキやロミロミ・サーモンといった魚介もあるし、もっと日常的なものでもマヒマヒのフライやソテーなどもハワイっぽい。でも、そういったお店はほとんどなく、なぜかカレー。一番人気はメキシコ料理(だったか?)のタコ・ライスの屋台。それでもかろうじて、ポキどんぶりやロコ・モコ・ボウル、パイナップルのチャーハンといったそれふうの店もあったけど、あまり「ハワイ料理だー」っていうワクワク感がないのが残念だね。かといってクア・アイナのハンバーガーとか出されてもちょっとだけど。マンゴービールはすごかった。普通のビールとマンゴージュースを1対1で割ったもの。力技だ。おいしかったけど。

しかし、この4カ国のフェスティバルのすべての会場で見かけた気がするトルコのケバブ屋さんは、いったいなに? トルコっていったいどこにあるんだよ(笑)という感じでしたわ。

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