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2004/08/22

映画『16歳の合衆国』(ちょっとネタばれ)

映画『16歳の合衆国』を観てきました。

なんか、救いのない話だ。これがアメリカ人(の一部)が最近持っている気持ちなのかなぁ。

主人公のリーランドは、ものごとのネガティブな面にばかり視線が行ってしまう16歳の少年。現状がネガティブではなくても、この先の未来にはネガティブな展開しかないと考えてしまうような、ある意味では繊細な、でもじつは臆病な性格。そのリーランドが、恋人(ジャンキー)の弟を殺してしまう話。その弟には知的障害があるため、リーランドは「彼の未来にはいいことなんかなにも待っていない」と考え、未来の不幸を防ぐために、いま殺しちゃう。

この事件をきっかけに、恋人の家庭(みんな問題ありまくり)が崩壊しかけ、リーランドの家庭はとっくに崩壊してて、教師と恋人の関係も崩壊しかけ、なんだかんだとあるわけです。

思春期にリーランドみたいな考え方に傾くことっては、べつに珍しくはないわな。ただ、そこから「他人の不幸を断ち切るために、不幸のなかにいるその他人を殺す」という行動には、普通は出ない。いくらリーランドがその子の姉とつきあっているからといっても、殺人の動機としてはあまりに弱いと思うのだなぁ。やはり本当の動機は、「彼のため」ではなく、もちろん「恋人のため」でもなく、「自分のため」なはず。未来には不幸な世界しか待っていない恋人の弟を殺すことで、未来には不幸しか待っていないように思えてしかたがない自分を終わりにしたかったのかなぁ。

いずれにしろ、殺人という行動を起こすかどうかはべつにして、リーランドの考えていること、感じていることは、まったく理解不能なことではない。そういうこともあるよね、こういう子もいるよねって思いながら観ていけば、それなりにこの映画の持つ世界の中に自分を置くことはできる。

ワケわからんというか、不要だよなと思ったのは、リーランドの父親。家庭を顧みない売れっ子作家。作家としては一流だけど家庭人として、父親としては失格なおじさん。こういう父親がいるからリーランドのような子が育つっていうことをいいたかったのかもしれないが、それならそれでもっと父と息子のこれまでのかかわりとかをきちんと描かんと。ただおっさんが出てきてモノローグしてるだけじゃいかんでしょ。それに、こういう子供って、親がどうかとはあまり関係なく、こういう考え方を持つものだと思う。いっそのこと、リーランドの家庭環境なんかはまったく画面に出さないほうが、かえってリーランドという少年の心の中に入っていきやすかったなと思うのだわ。

最終的にリーランドは、世の中はネガティブなことばかりではないということを感じ、世の中に少し心を開こうと思った矢先に、ジャンキー恋人の姉のボーイフレンド(リーランドのせいで家庭が崩壊した恋人の仇をうちに来た、と見せかけて、自分と恋人の関係が悪化したことを彼のせいにしたくて来た)に刺し殺されるんだけど、最後、リーランドは笑ってるんだよね。少しポジティブな気分になってきたところで「終わり」が来たから、彼は自分の未来の「ネガティブ」な部分を見ずにすんだ。その点でいえばある意味ハッピーエンド。彼の教師は恋人とヨリを戻し、リーランドを殺した兄ちゃんは「恋人の家庭のために」という大儀のもとリーランドを殺したいという自分の欲望を果たし、おそらくジャンキー姉ちゃんは結局ジャンキーから抜けられないだろうし、別れを望んでいたジャンキーの姉は望みどおり彼と別れて遠くの大学へ行く。そして「哀しみにあふれている世界」はなにも変わらないまま、ずっと続くんでしょう。

という雰囲気を感じて、そういう世界の中を漂って、ふ~んって思って終わっちゃう映画でした、自分にとっては。

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コメント

またまた見る予定が無いのでネタバレ読ませていただきました。

>未来の不幸を防ぐために
映画の紹介では16歳の少年が彼女の弟をどうして殺したのか、分からなかったので納得しました。大きなお世話だと私は思うのですが、実際にあった話ではなかったでしょうか。

>姉のボーイフレンドに刺し殺されるんだけど
更なる悲劇だと思うんですけど…

>ふ~んって思って終わっちゃう映画
身近にあったら嫌だと思うんですよ、小説や映画の中だけでいい。でもアメリカではこれが現実なのでしょうかね。

知的障害の弟と言えば思い出されるのは「ギルバート・グレイプ」。感動したとは言えない映画なんだけど、黙々と家族を守るジョニー・デップが良かった。最後の家が燃えるシーンも未来を感じさせる。

投稿: hello nico | 2004/08/23 00:24

さらなる悲劇……ですかぁ。ジャンキー娘の家族にとってはそうなのかもしれませんね。でも、リーランド本人と刺した兄ちゃんにとっては、そうとばかりもいえないかなぁと自分は思います。悲劇と喜劇は見方次第というのは『人間失格』のなかに出てくるんでしたっけ?

ふ~んて思って終わっちゃうのは、あまりにも現実離れしてるとか、自分とはまったく関係のない世界の話に思えるからというわけではなく、すごく当たり前な、普通な話に思えるからです。たしかに「殺人」という現実的な行動をともなうという要素は身の回りにはあまりないけど、その行動を除いた部分は、身の回りにありふれてるなぁと。それを普通に描いただけのように感じられるので、ふ~んと思って終わっちゃう。

世界は、過去も現在も未来も哀しみにあふれているのですよ。ただ、哀しみだけじゃないということを、一瞬の幸福がそれ以上の不幸よりも意味を持つことがあるということを、最近の自分は知っているだけ。

投稿: もあ | 2004/08/23 13:09

>すごく当たり前な、普通な話
見ていないので、よく分からないのですが身近な事を描いているのですか。では、共感できるかな? WOWOWで見てみます。

>最近の自分は知っているだけ
何か意味深ですね。

投稿: hello nico | 2004/08/24 00:20

>身近な事を描いているのですか。

どうだろう。身近かどうかは、その人によるんじゃないかと思います。自分にとっては、身近というよりは、慣れ親しんだ考え方というか、思考の方向というか、とりたててクローズアップする必要はないくらいに普通なことなんじゃないかなぁと、そんな感じがするのですわ。

>何か意味深ですね。

あ、べつにたいした意味はないです。たんに10代のころの自分もリーランドみたいなことを考えてたよなって。当時の愛読書はカミュにカフカに太宰でしたからねぇ(汗)。いまもそれほど未来に希望なんて持ってませんが、あのころはまったく持ってなくて、1日もはやく世界が、自分が、すべてが終わってしまえばいいと思ってました。世界に「理由」と「意味」と「意義」を求めてましたからねぇ。

そういう点も含めて、なにもいまさらって感じなんですよ、この映画。10代の子供たちが不安定なのは、いまに始まったことじゃない。ただ、それを目に見えるかたちで、しかも短絡的な方法で表現する子が増えただけ。

投稿: もあ | 2004/08/24 08:59

私も十代の頃カミュにカフカ読んでました、文学少女だったもんで。太宰は読んでないけど(日本の昔の小説は言葉が難しいので)、ボリス・ヴィアンとか「アウトサイダー」(誰が書いたっけ?)果ては「チャールズ・マンソン」とか…ちょっと屈折してましたね(今もかも)。でも、難しいことは考えてなくて、非日常を小説や映画、音楽に求めていただけ。現状への不満からの逃避だったかもしれないけど。

>短絡的な方法で表現する子が増えた
夢と現実の区別がつかないのかな? と思います。頭で考えるくらいなら誰でもすると思うけど、まさか行動するとは…イヤな世の中になってきました。

投稿: hello nico | 2004/08/26 00:36

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このあいだ『16歳の合衆国』という映画を観まして、まぁ、この映画自体はどうという [続きを読む]

受信: 2004/08/30 08:46

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16歳の合衆国  近年多発する少年犯罪。犯罪を犯す若者たちのこころの中にはいったい何が流れているのか?  恋人の弟、知的障害者の少年を殺害してしまった16歳。繊細さゆえに世の中にあふれる哀しみに耐え切れず心を閉ざした彼の心の弱さや、苦しみ悩みながら生きる人々の姿を描いた映画。  全てのことを悲しいこと、暗い方向へ考えてしまう自分の姿とこの主人公がリンクして、自分のことが少し解ってきた気がする。  実際問題、事件のことをニュースで見て、うちの母もよく「どうしてこんなことがで... [続きを読む]

受信: 2006/03/16 23:01

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