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2004/05/16

ぼくは怖くない

映画『ぼくは怖くない(Io non ho paura)』を観てきた。

舞台は南イタリアのどこかなのかな。すごーく貧しそうな、小さな村。時代はいつなんだろ? 物売りに来るトラックのラジオからIvan Graziani(イヴァン・グラツィアーニ)の「Lugano addio」が流れてたってことは、1970年代の終わりなんだろうか。それとも、懐メロとして流れてたのかな。

貧しい村に住む貧しい少年が主人公。少年の父をはじめとした村の大人たちがみんなでグルになり、ミラノの富豪の息子を誘拐して身代金を取ろうとしてる。それと知らずに地価の穴に監禁中の富豪の息子を見つけ、友達になってしまった少年。それを大人たちに告げ口した少年の友達と、息子が知ってしまったことを知って苦しむ父親。それぞれの登場人物がきちんと意味と役割を持っていて、よくできた映画になっていると思う。

絶望していた富豪の息子が、声をかけてくれた少年に「君は守護天使?」と問いかけるのだけど、なにげで少年の名前はミケーレだったりする。ミケーレって、大天使ミカエルのイタリア語読みだよね。

ミケーレが穴の中の富豪の息子と会ってることを大人たちに告げ口したのは、ミケーレの友達のサルヴァトーレ。告げ口するなんて友達じゃない!と思ってしまいそうだけど、そこからミケーレのことを心から愛している父の迷い(良心)が表に大きく出始め、最終的にすべてが「救済」へと向かう。だから彼の名前はサルヴァトーレ(救済者)なのかな。

ちなみに誘拐されてたのはフィリッポという名前の金髪の男の子で、フィリッポってのはイエスの12使徒の一人ピリポのイタリア語読みだったりする。フィリッポのおかげで父とミケーレはさらに深い愛情で結ばれるし、フィリッポとミケーレの間にも強い友情が生まれる。さすが愛を説いて歩いたイエスの弟子?

ついでにいえばミケーレの母の名前はアンナで、聖母マリアの母と同じ名前。大人たちの犯罪の一部に属していながらも、最後まで天使(ミケーレ)を愛し、他の大人たちから守ろうとする愛情深い母を演じている。さすが聖アンナ。

誘拐事件自体については、じつはあまり触れられていないので、なんで突然あんなにピンポイントで憲兵が現われたのかとか、腑に落ちない感じはあるんだけど、べつにそこがテーマじゃないからね。ミケーレの成長、ミケーレとフィリッポの友情、ミケーレと父親の愛情、父親の改心といったものがテーマなはず。それらが暖かくやさしい視線で描かれていて、じんわりとくる映画だった。

* Blogオープンに伴い、以前に使っていた掲示板を閉鎖したので、掲示板に最近書いたものをこちらに移行しました。

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コメント

管理人さま、初めまして。
「ぼくは怖くない」で漂流しつつ、辿り着きました。
名前・・・そうかぁそういう風にきちんと見ていけば
それぞれの関係性がよりはっきりと見えてきますよね、うんうん。
ただもうちょっと事件の背後にあった大人達の事も知りたかったなーと思いつつ見ていました。
あと妹の存在がちょっとわかりにくかったのです、私。
途中で「犬がいる、お兄ちゃんには見えないのね」って言う場面があるんだけど
あれはどういう意味だったのかなって考えています。

投稿: るるる@fab | 2004/07/31 08:23

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